クリント・イーストウッドの映画、硫黄島(東京都小笠原村)の激戦を追ったルポ作品「硫黄島の星条旗」が楽しみです。

実は私、硫黄島へ行ったことがあります。

サラリーマン時代、官公庁担当の時期がありました。防衛庁もその取引先の一つで、ある実験棟建設計画があり、視察のために硫黄島へいきました。 普通は、民間人は行けません。

航空自衛隊入間基地からC-130輸送機に乗り、約3時間です。もしもの事故のため、名入りの鉄プレートを首からさげて............。

自衛隊の方が、その戦跡をいろいろと案内してくださいました。本当に衝撃的な体験でした。米軍との上陸戦のためにつくった地下壕の様子は、とても言葉では表せない悲惨さがあります。

地下壕といっても、二人ぐらいしか入れない穴も多くありました。その中に入るとたちまち猛烈な熱気に包まれました。中に入って行くと、土で作った寝床や食料庫などがありましたが、サウナ状態で、空気も生暖かく息苦しくなってしまい、15分も入っていられませんでした。

こんな中で、米軍と戦った兵士はどんな精神状態だったんでしょうか。

いろんな記事を読むと、とても惨いことが書いてあります。

「地下に潜って隙を見て反撃を加える日本軍に対し、米軍は地下壕を 一つ一つ、徹底的に火炎放射器、爆薬で攻撃して回る「コルク抜き戦法」を取った。

火炎放射器の火が届かない、深く入り組んだ壕については、入口から黄リン やガソリンを流し込み、点火して焼き尽くす方法を採ったり、ブルドーザーで入口を塞いで生き埋めにすることもあった。」

 硫黄島は数ヶ月続いた爆撃や艦砲射撃のために完全に焼け野原になり、地形さえ変わりました。

戦後、米軍が空中から植物の種を散布したことや亜熱帯性の気候によるため、今は緑が豊富で、ジャングルのようになっています。

ところで、
日本は、なぜ戦争のことをあまり詳しく語りたがらないのでしょうか。

米国は、湾岸戦争を皮肉った「ジャーヘッド」やベトナム戦争を扱った「ディアハンター」「地獄の黙示録」など、自国の過去の戦争批判を堂々と撮った映画がありますが、日本はないですよね。

日本の戦争映画は、「男の大和魂」といったキレイ事を話の題材にすることは多いですが。
それが、日本という「国家の品格」といったところでしょうか。

私は、とても生きて帰れない状況から戻ってきた何人かの兵隊の方と話をする機会を持ったことがあります。


これから書く話は真実です。

「私は岩手出身で、徴収命令によりある基地へ赴任しました。毎日、野球のベースに滑り込むような練習をさせられました。それ以外は、棒を持って、藁人形へ突きの練習でした。

何のためにやっているか上官はまったく教えてくれませんでした。100人ほどいたと思います。そして、戦地へ赴きました。そこで、知りました練習の意味を..........。

その後の話を、私は本当なのかと信じられない思いで聞きました。

「あの滑り込みの練習は、敵陣の戦車が通る時、手榴弾を体に巻いて、戦車のキャタピラーめがけて滑り込むためだったんです。

明日はお前だと指名された夜は、先輩がご馳走の鍋をつくってくれました。 まだ、20代の若者の多くは、子供や嫁さんの写真をみながら「死にたくない」と泣いていました」 戦地では、同期の友人らは、ほとんど死にました。」

まさに、ゼロ戦の特攻隊だけでなく、地上戦でも肉弾としてのあつかいです。また、戦地での食料事情、武器の不足、指揮系統のドタバタ、上官の人権無視............といった日本の軍隊の恥部の実態をいろいろと聞かされました。

続きは、またいつか書きましょう。