http://d.hatena.ne.jp/tictac/20120110/p1


「僕は自分が思っていたほどは頭がよくなかった」という記事と、それに対しての返信までについて、
僕がこれまでに経験してきたことを織り交ぜながら、思うことを書きたいと思います。

僕は自分が思っていたほどは頭がよくなかった、なんてのは、
受験の時に限らず、社会人になってから感じることもあるかもしれないです。
ただ、自分の場合は、大学入試の時に嫌というほど感じました。
“数学”が、本気で理解できない壁にぶち当たったんです。

高校入試では、いや、高校1年までは割と得意科目だった気がする。
でも、どこかで(数列あたりで)、概念が分からなくなってしまい。。。
そのために、大学のセンター試験は数学“以外”を徹底的に勉強し、
(8割~9割9分取れるように)
その上でだいぶランク下げた、という経験が。

それ故か何なのか、割と中小企業を渡り歩き、
何かを成し遂げては、折り合いが悪くなってやめているという(汗)
でも、自分の知識はどの分野においても、圧倒的に役に立った。

それだけでもなかった。
大学に入ったら入ったで、論文書くための実験データをどう系統立てて行うか、
そこがあまり得意でなく。教授の熱血指導で何とか修了してきました。

今思うと、何が足りなかったのかははっきりわかるんだけど、
(塾の講師という、まさにそのための仕事に就いているので)
こと、これを今の自分に当てはめて改善しようにも、ポイントポイントで
指導してくれる人がいないと結構深いレベルの指導ってできない。

多分だけど、塾のオーナーの中には、講師の適性とか無視しちゃうパターンってありそう。
これって、とっても勿体ない。
ひいては、生徒との組み合わせに影響することでもあるのだから、
もっと塾長は講師とツーカーの関係になっている必要がある。
さらに、間違った考え方として、「勉強したら教えられるだろ?」という言葉。
これが素人教室長だと、猛烈に進めてくる。
いや、大学受験でできていないことはだれかしっかりした先生によって指導されないと
講師でも難しいよ。

そのために、わざわざ分業制を作ったのに、それがだんだんグダグダに。。

大人って、大概馬鹿なんです。年をとればとるほど。
んじゃどうすっぺ?

塾は相性です。先生が信頼できるなら、続けるべき。
意味を感じないなら辞めた方がいい。

んまぁ、個人的な考え方ですが。

ビジネスにおいて、お客さんがどこに付いているのか、ってありますよね。

例えば、カルチャー教室や塾など、あからさまに“先生”(店員)についているパターン。
(ただし、最近の個別指導塾なんかだと、必ずしも当てはまってないかも)
こーいうのは、何かしら先生が揉めたりで辞める時、
通っているお客さんに悪影響が(割とはっきり)出るような傾向です。

コンビニだとか、スーパーだとかは、
別に店員さんにお客がついてきているわけではなく、
店で扱っているものに、お客さんがついてくる、
もうちょっと簡潔に言えば、『お店』にお客さんがついているわけなんです。
もちろん、お店の不手際があれば、割と簡単に崩れる関係ですが。
(このパターンが、標準的な商売をするうえでの目標、かな)

もう一つのパターン。
地域最安値の店に行ってしまうお客さん。つまり、お店とは何の関係もない
常に、価格だけを見て動かれるため、固定化しづらい。
だけれども、収入として、少なくはないウェイトを占めることもあり、
だからこそ牛丼業界は「安売り戦争」が始まってしまう、と。
(個人経営のお店では、決してこの路線を歩んではいけない。
一歩踏み入れたら、潰れるまで自分の首を絞める結果になる)

もちろん、この関係において、信頼なんてものは基本的にはない…はずなのに、
気づけば、ここにさえ、品質を求めているのが、今の日本人。
安かろう、悪かろうがなくなって、それ自体はいいけれども、
クオリティを実現しているのは、案外“中の人”の我慢だったりして。なんだかなぁ。

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商売をやっていくうえで、大切なのは、
本質的には『固定客』なんですよ。
だから、どんな業種においても、『固定客』をつくる(育てる)ための努力が必要なのです。
(営業って、そういう仕事だと思うんですが)

短期的に集まってくれる浮動層のお客様も大事だけれど、
いつも来てくれる、信頼してくれるお客さんを簡単に手放す、
そういうことをすると、何やってもダメですよ。
(これって、本来政治の世界なんかも同じ、だと思うんだけども…)

もう少し言えば、
“サービス”という言葉の意味を取り違えないこと。
あれもこれもやる、ではないんだ、
少なくともいえるのは、『お客様は”お客様”』なんじゃないかな。
提供する側、される側が両方満足している状態こそが、正常。

言いたいことは、日本って、顧客満足度は高いけれども、
社員の満足度って、本当に高いのかなぁ?って疑問。
中の人の我慢で商売を成り立たせているところで、
それが崩壊することは目に見えているのに。みんな、頭の中ではわかってる。
本来は、それを経営者が変えていくべきこと、なんだよね。

さんざ、いろんなところで言われ続けていることだけれども、
自分がそういう立場になって、改めて思ったので。

気づけば、いつの間にかだいぶ記事を書いていませんでしたね。

そんな中で、最近思うことです。

“うまい”っていうのは、割と説明しやすくて、
具体的にどこがどう良いか、っていうのが、書きやすいんですね。

でも、“おいしくない”、もっと具体的には“まずい”って言うのには、
案外説明できないんですよね。

これ、食の経験値が確実に影響しているように思います。
食べなれない味、って、
基本的に自分の経験則からどう結論付けるか、を決めることになるのですが、
場数が少ない人は、初めての味に対して、基本的に否定的になる傾向があるように思います。
もっと言えば、自分で説明できないからうまくない、って結論が導かれる、と。

所謂評論家の人って、一般人とは場数が明らかに違うので、
単純な言葉で評価ってほとんどないんです。
ちゃんと理由があって、“うまくない”、あるいは“イマイチ”って表現してるわけで。

つまり、いろんな食体験が増えるにしたがって、
(たとえば大人になってふきのとうの味が理解できるようになるとか、そういった部分)
解釈が様々できるようになるので、
実は単純に“うまくない”って結論になりずらくなるよね、っていうお話でした。

異論は認めます(笑)

定期的に自分的食べ歩きの心得を書いていくつもりだったのですが(汗)
久々の更新では、最近自分が食べ歩きの時に見たり考えたりするところから。

食べ歩き、と一口にいっても、切り口で考えると、
  • 接客
  • 価格
とか、人によって視点は多種多彩にあるかと思います。


飲食店というのは(多かれ少なかれ)値段が高ければ、
その分、高品質のサービスが提供される、というのが基本です。
基本的には、『安かろう悪かろう』、という世界です。
もちろん、ごく普通に例外があって、
例えば、大手ハンバーガーチェーンでは製造原価の圧縮、
サービスの徹底したマニュアル化、回転率を高める工夫などによって
低価格で(それなりに)高品質なサービスを実現しています。
これは投入可能な資本がそもそも全く別次元であるので、
本来はそこいらの一般店との比較なんザしようがないんです。

ここでは多店舗展開していても店舗数が10以下の
まだまだマニュアルが定型化しないクラスのお店をターゲットにします。
(ラーメンブログ、ではあるのでラーメン店を想定します)


さて、お店に入った時に真っ先に目にするのは、店構えでしょうか。
外観があまりにも汚いのは、入るのに勇気がいるし、
だからと言って変に作りこまれすぎていても、ちょっと引く。
外観は作りこまれていても、客が少なかったりすると、
『あ、この店、だめなのかも…』という印象を持ってしまいがちですし。
(これは個人的感想ですが・・・)
新店では仕方ないことではありますが、程よい“こなれ感”が欲しいところ。

店内に入ると、内装の状態がチェックできます。
また、店員がどれくらいいるか、どういう対応をするかが伺えますよね。
例えば、店員がすごく多いのに、薄汚れている(掃除が行き届いていない)となれば、
やはり、味以前の印象が悪くなるわけで。
逆に、大将一人っきり、爽やかに「いらっしゃいませ!」とか言われると、
こだわりがあるのかな、という雰囲気を感じるのかもしれません。
(個人的感想ですが)
混雑しているときは、待たなければいけなくなります。
その時の対応も、チェックしておきたい。
一人で行ったとき、カウンターが先に空いて、5人くらい飛ばして案内された時の
アフターフォローなんかもしてくれると(個人的に)高評価。

席につけば、メニュー(表)を確認することでしょう。
カウンター席なのに、カウンター上の壁にメニューが貼られていると見難いでしょう。
メニューの構成からも、気づける点はたくさんあります。
思い切ってメニューを絞り込んでいる店。自信があるし、それでやれているということは、
つまり、(高い確率で)間違いない、ということ。
ただし、地方都市では仕方のないことですが、(※)
多種多様なメニューがあるのは、売れ線がはっきりしない=これ、というものがない、ともいえます。
(※ 他人によって好みはバラつきがあります。
そのバラツキの分布はほぼ均一であるので、人口の少ない都市では特化するにも、
ターゲットが少なすぎる、という可能性はごく普通にあること)
そして、ここで価格も把握できるわけです。
そうそう、セルフ店でなければ、ここでお冷なんか提供されますね。
いつまでたっても来ない、というのは・・・(汗)
このお冷を飲んでみて、コップのすすぎ具合や水質が把握できますね。
さぁ、ここまで得られた情報を整理しましょう。
  • 店舗の外観
  • 店内の状態
  • 店員の接客態度
  • メニュー構成
  • 価格
ここまで追うことができれば、
価格がそれ以外の部分に多く依存していそうだ、ということが見えてくるかと。

何か注文し、提供される時間はもし見えるなら厨房を覗いてみましょう。
厨房に設置されている機材、またその配置。
そして、作り手さんの仕事ぶりも存分に楽しみましょう。
美味い店は動きも美しい(というのが僕の信念です)

さて、注文した一杯が目の前に提供されてきます。
盛りつけの丁寧さ、具材の内容、質。量。
器がふさわしいものであるか、とかも考慮してもいいかも。
お箸なんかも最近だとエコ箸的なものだったりするので見ておこう。

さぁ、実食の時が来ます。
このとき、今まで把握した情報はいったんクリアすること。
味のみを、純粋に評価してみる。スープ、麺、具材。
バランスはどうだろう?具材がさみしい?麺量はこれでいいかも?
意外と、美味い、不味いだけじゃない感想が山ほど感じられるんじゃないかと。
麺はいいけど、チャーシューが・・・なんてのはありがちだしね(笑)
つけ麺の場合だと、割スープのオペレーションなんかも興味深く見るべき。

スープまで残さず(別に残していいと思うけど)完食したら、
お勘定の時間がくるわけです。
このときにも、待たすことがないか、待たせるなら、“すみません”の一言があるか、
ポイントカードがあれば、ちゃんとそれに言及してくれるか、
細かいことを言えば、万札も細かいのでも快く応じてくれるか、
お釣りが最小のコイン数で渡されるか、とか。
そして、帰るときには、どんな時も『ごちそうさま!』と爽やかに言って去りましょう。

さぁ、これだけ情報があると、
ラーメンの値段設定って、いろいろと決め方があることが見えてくるのでは?
ここからは、麺の価格にちょっとスポットを当てようと思います。
ラーメンの価格=材料原価+人件費+店舗利益、位は当然考えますね。
実際には、さらに水道光熱費があり、家賃があり、リース料(厨房機器類の)が掛っています。
ラーメンの場合、原価は意外とバカにできなくて、
チェーン店を除けば、ラーメンの単価の20%に迫る、なんということもありうるわけです。
だから、それを各店では工夫していくわけで、スープ素材の大量買い付けだったり、自家製麺に変更したり、家賃をできうる限り安くしてもらったり・・・
外観もきれいで店員の多い店なら、改装費用も給料もしっかりかかるわけです。

そんなところまで踏まえて、価格を見てみると、
ちょっと高めだけど、居心地もいいし、悪くないとか、
確かに美味いんだけど、店員の態度がどうしてもいや、とか、
様々な評価に分かれてくるかと。


つまるところ、店構えや接客・サービスと価格を総合評価して
店をチェックすると面白いよというお話でした。

自分自身がそれほど多く食べているわけではないので
説得力は薄いように感じますが、
個人的にこれだけは押さえたうえで、の部分です。

  • 食べるときはお腹を空かせて
連食とかはいきなりやらないほうがいいです。
確実に、2軒目、3軒目の感動を減らします。

  • 口コミは必ずしも当てにならない
他人の味覚と自分の味覚は確実に異なります。
参考程度に受け止めておいたほうが食べ歩きの幅が広がると思います。

  • ウマい・マズイは店だけの問題じゃない
体調によって味の感じ方は思っている以上に変化します。
従って、少しでも調子の悪い時には新規開拓は避けるべきです。
あるいは、味の基準となる食べ物(飲み物)を何か見つけましょう。

  • 雰囲気は味わいです
無愛想を売りにしている店ならもうそれは仕方ない。
麺がウマかったらとりあえず目を瞑っておく。
初めっからオヤジ一人、家系、二郎系はそんなもんだと思っとく。

  • ブレはある程度まで許容する
食材自体が完全に一定ではない以上、確実にブレは存在します。
短期間通ってブレがひどい、ではなく、ある程度間を開けて試しましょう。

あとは普段から食に感謝、というところでしょうか。
楽しく食べなきゃ、ね!

(随時更新しようと思います。自戒の意味も含めて。)

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