2012年08月24日

噂の真相

先日ミクシーなるSNSに「弟子」についてつらつら綴ったが、ある人から「明智伝鬼」さんの弟子なんですよね。
との問いが。

この際だからハッキリ記しておきましょうね。

私、神浦匠は故、明智伝鬼氏の弟子ではありません!!

20代の頃、MSに魅了されて当時、都内で行われていた愛好者の集いに顔を出すように
なったのを切っ掛けに「明智氏」とは知り合った。

当時、明智氏の元から業界初の「女流緊縛師」登場の話題が挙がった時節だった。

そんな時、ひょんな事から明智さんより相談が。。。

愛弟子がデビューして「緊縛師」として活躍するにあたり「女」だから変なのが出入りしないか
心配していると。

そこで「用心棒」をお願いしたいのですが・・・。

これが明智さんと親密なお付き合いをさせてもらう始まりだった。

それ以来自分のスケジュールが可能な範囲で「女流緊縛師」の用心棒としてショー会場等の
イベントに顔を出す事になった。

勿論、自分も縛り好きで好んで踏み込んだ「仕事」?だったからね、裏側から見る本物の世界は
実に興味深く恵まれた環境で見ることが出来た。

先に触れた集いの会場に当時もう一人のプロ緊縛師が居た。
当時その方は売り出し真っ最中の「〇〇」さん、諸事情があり敢えて名前は伏せさせてもらう。

その人から「俺の名前を使えよ」って・・・
弟子として名がついたような状況になった、しかしながらその緊縛師にもハッキリ伝えたが「弟子」
を名乗る気は自分には全くなかった。

でも時の経過と共に その緊縛師さんと現場に出向く機会が多くなる。

その緊縛師さんから「俺の弟子です」って現場の人達に紹介される。
俺は少々謙遜しつつ「弟子じゃないです・・・ブレーンですょ」って紹介を修正していた。
要するにお手伝いですよって意味でね。

しかしながら見る者はそうは取らない。。

時を経て数年後、その緊縛師さんとは疎遠になり、現在の「神浦」を名乗ることとなる。

当時、明智氏の事務所で現在の縛友会の前進となる「会」の発足話をしていた時に。
「緊縛師の〇〇さんとの師弟関係が無ければ明智の銘を継いでほしかったですね」
と言われた。

その時点で軽々しく「明智」を名乗るなんて、とても言えない。

だが同じ緊縛師同士、協力して縛りを探求し残す事をしましょう。
仲間として友として真のブレーンとして。

この話以来 明智氏とは共同のイベントや企画などを手掛ける「ブレーン」となった。

楽しい時期は早足で過ぎて・・・

明智氏が浮世を去った。

当然明智さんの影響は自分にとって絶大であった。
師匠でも弟子でも無い。
でも尊敬していた真のブレーンだったからこそ彼の死は俺にとって単なる死として受け入れる
事は出来なかった。

人の死ではなく「明智伝鬼」の追悼をお遊びでは無く 『きちんと』 やって送りたい。

そんな思いの表れが新宿厚生年金会館の追悼式の実行だった・・・・
今はその会場も取り壊され無くなり全てが思い出になりました。

そんなこんな色々書くと切りが無いのでそろそろ筆を置きますが、最後に。


神浦匠は明智伝鬼氏の弟子ではありません。お間違え無く!!



kinbakudo at 15:58│Comments(0)TrackBack(0)

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