人類学者レヴィ=ストロースとブラジル

 レヴィ=ストロースの伝記を読めば、レヴィ=ストロースがフランスにおける「キャリアコース」の人では無かったことは自明だが、結果的にアマゾンが「レヴィ=ストロースにとっての「キャリア」の舞台になった。彼は「ライカ」の使い手としても有名で、ボロロ族やナンビクラワ族などj現地で現像しながら、貴重な写真を記録に収めている。当時はまだ「音声記録」の機材が発達しておらず、ナマの音声を記録できなかったのが残念だったそうだ。 

 アマゾン火災とマクロンとボルソナロのいがみ合い

 フランスによるブラジル開発は伝記等を読めば分かるが、当時、レヴィ=ストロースは教師としてブラジルに赴任していた。電話線の敷設が難事業だった。アマゾンやパンタナルは秘境だった。ブラジルの「普遍主義」と文明化はフランスだった。で、ボルソナロにしてみればマクロンの発言の趣旨は傲慢であり、ボルソナロが「教師気取りか、この野郎」と成るのはほぼ自明である。
 
 哲学を辞める為の「アマゾン」

 レヴィ=ストロースが「哲学」を辞める為に「フィールド ワーク」に赴いた、という話は良く引き合いに出される有名な文句だったが、そこに見たものは「世間」の「原点」だったのだろう。人間が「集団性、協同性」を成立させているのは、「神話」だというのは、当時すでに新しい知見ではなかった。それは「ワーグナーのモチーフでもある」。そこに「数学」と「言語学」を持ち込んだのは「斬新」だった。レヴィ=ストロースは「ユダヤ系」だったにもかかわらずワーグナー愛好者」だった。彼にとって人間の思考は「数学」と「言語学」の制度的効果に過ぎないのだった。「私の思考」は常に「彼らの思考の対象」として立ち上がるのだ。キャリアコースに乗らなかったレヴィ=ストロースにとってフランスの「傲慢さ」は「鼻持ち成らない」ものであったことは自明だった。