音楽雑記帳

音楽鑑賞ネタ 他は 自分の英語ブログ(google blogger)からの転載など。他は適宜時事、社会ネタも混じります

カテゴリ : フレンチ ポップス

 
 等ブログでフレンチ ポップスのコーナーを設けておりますが、現在のおフランスの状況とは余りにもかけ離れた感もあるので、一種の「現実逃避」として機能しているかも知れません。現実は日本の軍歌のズントコ節が仏語の替え歌で大受けしてたりします。
 
 この2~3年、フランスの選挙では国民戦線の躍進が著しく、ついに得票率で第一党になると言う歴史的事態になりましたが、今度は私にはどことなく「昭和維新の歌」 が聴こえてきます。フランス人はきっと激オコ状態に違いありません。何に怒っているのか?恐らく「亡国と退廃の趨勢」だろうと思います。とりわけ同性婚法制化に反対して作家が自殺した時そういう思いが強くなりました。フランスでは日本の何が大受けするか分かりませんが、少なくとも自殺した作家は「憂国」の心情を残しています。(日本では殆ど報道されていない)


 PhotothequeJLRANCUREL1965_60_x書 Jean-Emmanuel Deluxe著 Y-Y Girls of '60s French Popイエイエガールズの60年代を読み終えました。

  内容は60年代 フレンチ ポップスのアイドル スター達やセルジュ ゲンズブールの関わりなどで、実際にフレンチポップスのリスニングのお友にうってつけかと思います。アメリカ音楽の影響も大きく、またビートルズやローリングストーンズなど、ホットなイギリスとの相互性も大きかったことが分かります。ゲンズブール夫人となったジェーン バーキンはロンドン出身ですね。

 さて一番面白いと思ったのが、フレンチ アイドルがモータウンのカバーなんかをやってた事で、スプリームスのBaby Loveを  Annie Philippe という歌手(本書のカバー 写真)がやっていました。60年代末位に入ると社会情勢が激変し、フランスではアイドルポップは全く振わなくなっていきます。この辺が日本とかなり違うところでしょう。それでもフランス本国以外では、今でも60年代のイエイエアイドル達やゲンズブールの曲が好まれている訳です。


  

 
 引き続きフレンチ ポップス史の洋書購読の最中ですが、ゲンズブールがフランス ギャルに提供した楽曲「娘たちに構わないで」が ドリフのズンドコ節に似ていると話したところ面白がられたので、実際にフランスでズンドコ節は演奏された事が有るかどうか調べたところ、「あったなんてもんじゃない」事が分かった。知っている人もいるかも知れないが、今最もフランスで有名な曲かも知れない。

 フランスで再生されたYoutube動画でズンドコ節フレンチバージョンは堂々一位だったそうである。やっているのはフランス在住の日本出身者で レ ロマネスクと言うそうだ。2011年日本のテレビ局が一度取り上げた事が有るそうだが、周りに知っていた人は皆無だった。固定観念は恐ろしい。
  
   


  引き続き イエイエ アイドルの60年代という洋書を読んでいますが、恥ずかしながら、ピチカート ファイヴという日本のバンドの存在にいま気がつきました。勿論もう解散している事は承知してます。聴いて見るとフレンチ ポップステイストですが、ファンクっぽかったりテクノっぽかったりしますが、基本的にはある種反動的なレトロ調ですが面白い。ファッションも フランス ギャルのパロディーみたいで面白い。

 本書では当時のバルドーや フランス ギャルなんかのカバーをやっている日本のアーチストとしての紹介ですが、国際的な評価はとても良かったようです。ちょっとニッチな当たり方だったようで90年代は殆ど音楽に関心が無かったせいも有って聴いていませんでした。2001年に解散したそうですが本当にもうJ-popはおしまいなのかなと思ったりもしました。 

 この コンタクトという曲はゲンズブールの作詞で ブリジット バルドーがテレビ ショウで歌っていた曲のようです。

 

 
 _SL500_AA300_このところ洋書購読に時間を割いているため、更新がなかなか出来ません。現在Kindle洋書で イエイエアイドルの60年代と言うフレンチ アイドル史を読んでいますが、これがフランスの戦後史みたいになっていて結構面白い。前回読んでいたフランス最大の思想家 レヴィ=ストロース氏の伝記と合わせて、戦後フランスのイメージがかなり変わった。一言で言うと日本の戦後と共通する部分がかなりある点だ。

 フランスにはしばらくアメリカ軍が駐留していた。影響はとても大きかった。これがのちにイエイエ ブームを生み出すきっかけに成っている。この点「内田 樹」氏というフランス思想の先生、評論家は勘違いをしていた。彼はフランス人はカントリーを聞いていないと言っていたが、 本書ではフランス人はカントリーも良く聴いたそうである。やはりフランスの事はフランス人に聞く方が良い。二つの世界大戦ですっかり疲弊し、植民地を失っていったフランスに於いてアメリカの影響力は共産主義と同じぐらい大きかったのだ。実質的にはフランスも「敗戦国的心理と占領、冷戦」を経ているのだ。


 シルヴィー バルタンはブルガリア出身で共産主義が嫌いな事でも有名だった。当たり前である。ソ連の支配下から亡命した家族の子女だからである。フランスの共産化はもっともアメリカが恐れたシナリオであり、当然アメリカの強い政治、文化の影響下にあった訳だ。フランスというと、アメリカに対抗する文化国家と言うイメージは大きな誤りだという事がイエイエ ブーム、フレンチポップスの成立過程の背景に存在する。シャンソンは古臭い旧世代の伝統音楽という認知を戦後のベビー ブーマがするようになった話も日本の演歌とよく似ている。 

 
 レナウンはアパレル大手かつ名門の老舗だったが、バブル崩壊を境に凋落、現在は中国資本の企業となっている。レナウンの知名度のかなりの部分は レナウンの「イエイエ」によるものである。 

 60年代に入ると、フランスのポップスにロックやジャズの影響が流入し 所謂「イエイエブーム」というのがあり、フランスの10代の女性ポップ アイドル歌手がブームとなり、これを企業イメージのキャンペーンに取り入れたのが レナウンだった。 レナウンの「ワンサカ娘」としてお馴染みのCM曲は、作詞はかまやつ ひろしだそうだ。

 n-1680-01おフランスのイエイエアイドル風のファッションが日本に定着し始めたのもこの頃からである。  私は大川総裁の替え歌「レバノン娘」の方が強烈で原曲をすっかり忘れていた。日本の若い女性タレントのファッションも依然イエイエ風のものは結構ある。
 
 「シルビー バルタン」  はイエイエアイドル西の横綱といったところで、レナウンのコマーシャルに出ておりました。

 左の写真は今年2013年 六本木で行われたシルビー ヴァルタンさんのライブに、花束贈呈にあらわれたバルタン星人です。


  

 
 現在のJ-popの原点になっているのは概ね、70年代の洋楽ポップスかな~とも思う。少し取り上げて駄文を重ねたいと思う。70年代は日本では所謂ニューミュージックが登場した。それとは別に、現在のアイドル系ポップスはダンサブルなものが多く、何が出てきても、一回聴いた事が有るような感覚に襲われる。そして心当たりのある洋楽が思い浮かぶ。
 
 アース ウィンド アンドファイアーなんかはやはり影響が大きかったようで、ファンク系の曲で日本のポップスシーンに浸透した最初のブラックコンテンポラリーとなった。その後でてきたゴダイゴなんかはソックリでしたが。

 ミッシェル ポルナレフと言えばフレンチポップスのスター歌手ですが、70年代初頭、日本でも有名になりました。ブラック ミュージックの影響を受けつつフランス語のポップスを仕立てましたが、今のJ-popだと言っても聞けそうな感じは有ります。 「愛の休日」 と 「シェリーに口づけ」が日本ではやりましたが、不思議な事に アースウィンド アンド ファイアーの「スペース ファンタジー」と「シェリーに口づけ」は日本だけの大ヒットだったのです。


 
 

 
 さて フランス ギャルの近況に関しては 資料があまりないと思っていたところ、
_SL290_Youtube上にフランスのテレビの特集等を交えた伝記がアップされており英語の字幕がついていた。最近になってWikipediaの英語版の記述も充実していた。結構面白い。

 アイドル時代が曲がり角に来た頃、男性歌手なんかと、ちょっとした交際があっても巧く行かず、交際相手から「犬を貰っていた」エピソードが紹介されていた。7年間めだった仕事はなかったが、その間アフリカ旅行なんかをしていたという。作曲家のミッシェル ベルジェの助力そして結婚、出産をへて、夫婦で充実した音楽活動する一方、アフリカの貧困問題に関わっていた。 その延長で歌手活動はいずれリタイアするつもりだったそうだが、92年夫のベルジェが急死、自らも癌をわずらう。幸い癌は予後が良好だった。その後一時期アメリカに子供と移り住みレコーディング等は続けていた。97年に難病の娘を無くす。その年、歌手活動は引退を表明。

 その後フランスでホームレスの女性等を支援する施設の運営に関わり施設の
Godmother(母親代わり)と言われるようになっている。本人曰く「最悪の悲しみを、恵まれない人達と分かち合う事が出来る」と慈善活動を続ける動機を述べている。フランスのテレビ曲が2001年に放送した特集は900万人が見たと推計されている。その後2007年にも国営テレビで特集が組まれ本人も出演した。
 
 動画は93年Berecyで行われたコンサートの模様 で, 夫のベルジェの死や自らの癌を押してのものである。有名どころのミュージシャンが一斉に来てくれたと語る。



 
 
  

  
 フランス ギャルが作詞家セルジュ ゲンズブールの力で アイドルとして売れたのは間違い無い。日本のファンも ギャルのアイドル時代とセルジュ ゲンズブールの作詞が関心の中心のようだ。一般にフレンチ ポップス黄金時代60年代半ばの歌手と言う認知が一般的だ。 ところが実際は日本では殆ど紹介が無かったが、フランス国内ではアイドル歌手を止めてからの70年代後半~80年代の方が遥かに「売れた」歌手なのだ。

 さて60年代の末頃にはギャルは低空飛行状態になり、セルジュ ゲンズブールとの関係も疎遠になって行く。70年以降これと言ったヒット曲が無いまま、忘れ去られようとしていた。ちょっとアルバム等を調べていて、「Atlantic」というレーベルからアルバムを出している事に気がついた。 これは少し驚いた。ソウル、ジャズ系の人間でこのレーベルをしらない奴はもぐりと言っていい程の名門レーベルである。一連の「ジョン コルトレーン」の名盤、レイ チャールズ、オーティス
FRANCE GALL 1975 ALレディングなどで知られている。

 75年に 後に結婚する作曲家のミシェル ベルジェ に楽曲の提供をうけ そのAtlanticレーベルから7年ぶりに出たアルバムを聴いてみると、たしかにアイドル時代とは別人のように変わっている。 フレンチ ソウルといっても良いかも知れない。ディスコ ブームの到来に合わせるように、以後ブラック コンテンポラリーの味わいのある楽曲が増えて行く。 元々ジャズやR&Bは好んでいたそうだが、それにしてもこうやって復活したアイドル歌手はちょっと他には見当たらない。ヒーロ視される事の多いゲンズブールだが、ギャルには やはりゲンズブールは「死ぬほど嫌い」だっただろう。

  この曲は1978年の、「Musique」で、ファンク調16ビートのちょっとモータウン風の曲ですが、フレンチっぽい感じはやはり有りますよね。子供じみた感じは抜けないようですが。


 

 
 enr0pxrjga0mrxgr当ブログのカテゴリーに 「フランス ギャル」があり、「これは一体何ですか?」と突っ込みをいただいたので、これを機会に、すこしいきさつを説明しておこうと思います。

 

 フランス ギャルは フレンチ ポップスを代表するアイドル歌手でしたが、ドイツで芸能活動をしていてドイツ語で歌っていた時期があり、ドイツ語学習にドイツの歌謡曲あさりをしていて聴き始め、面白いのでデビュー時の頃から一通り聴いて「ネタ」にしている訳です。(現在itunesドイツ語版が購入可能です)
                                                                                                                                                                                                                                              (ドイツ時代のフランスギャル)

 アメリカのロックン ロールなんかの影響を受けて成立し、1960年代中頃から1970年代初頭にかけて日本でも流行った「フレンチ ポップス」ですが、当然その頃の事は殆ど実際には知りません。フレンチ ポップスの話になると、何度も「シルヴィー バルタンですか」と聞かれましたが、シルヴィー バルタンは殆ど知らないままでした。そこで調べてみると、実際は シルヴィー バルタンの方が実績、人気共に フランス ギャルを上回っており、フランスを代表したシャンソン歌手の「エディット ピアフ」(この歌手は知っていました)に認められて世に出たフランスの国民的歌手なのだそうだ。聞き覚えの有る曲は確かに多いが、一般的なパターンとは、私の聴き方がかなり違うので、話が合わなかったようです。それでも フランス ギャルは日本でも「夢見るシャンソン人形」と言う曲がヒットしました。
 
 シルヴィー バルタンを少し調べてみたら、確かに フランス ギャルより「正統的スター」としての条件が揃っているようです。 一方どう聴いても、フランス ギャル は「大人になってはいけない」というキャラクターで、ある種「おくて」の「パロディー アイドル」みたいなところがあります。明らかに子供向けみたいな曲も多かったようです。「ギャル」と言う名前は本名ですが、「フランス ギャル」という芸名は、かなり「恥ずかしい」芸名だった事が推測されます。曲そのものは面白いものが多いのですが、私はフランス語は解らず、英訳や乏しいスペイン語の知識で見当をつけています。


 
 
  この動画は 父親の ロベール ギャルの作詞で「シャルルマーニュ大王」という曲で「シャルルマーニュ大王が学校制度を作ったせいで、学校へ通わなくちゃいけないの 頭にくるわ」みたいな 童謡調の曲です。
  

  
 _SL500_AA300_フレンチポップスの作詞家セルジュ ゲンズブールと 歌手 ジェーン バーキンの間に生まれた娘が シャルロットで、そのデビュー作の「Charlotte For Ever」を購入していたので聴く。 父と娘で歌っているが、それにしても13才の娘とこんなアルバムを出す親父はちょい悪どころではない。悪趣味はやめなさいと言いたい(現在のシャルロット本人にも)。

 フランス語は解さないが、聴き出すと結構中毒になる。うまいとはいえないシャルロットの歌声だがささやくようなフランス語はそれだけで音楽である。結局きちんと聴いてしまった。最後の曲はモーツァルトの曲に乗せて歌っているが、(レモンのインセスト)タイトルにはちょっと困ったものだ。 
 動画は最近のものですがフランソワーズ アルディーとはよく似ていますね。



 


115011553  
 フランス ギャルの「1968」は ベスト盤よりも人気の高いアルバムで、 現在絶版で入手難のようです。中古の相場は3500円前後のようです。
 
 こった風変わりな曲が多いですが、アレンジも良く聴く程にギャルの声に取りつかれてしまうでしょう。 Nefertiti  という曲がありますが、中近東風のチョット変な曲です。

 ジャズ好きの一面のあるギャルはここでも Les Yeux Bluesというジャズの曲を入れています。ファンク調のMade In France はなかなかグルービーですね。唱歌調の曲も良いんですよこの人。基本的には子供っぽいままが売りですから。 ゲンズブールのR&B調の Teenie Weenie Boppie はドラッグの曲で、いちおう反LSDの歌詞だそうです。

 それにしても変な歌手ですわ。特に「おフランス趣味」無いのに、聴けば聴くほど中毒になるひと多いんです。この動画は このアルバムの「La Fille D'Un Garçon ある男の子の恋人」です。

このページのトップヘ