2015年04月03日

握る男(小説:原宏一)3

2012年に本になった作品。原宏一独特のお仕事コメディかと思いきや、ノワール小説だった。ノワールだ悪漢だと分類されてはいるが、根底には原ワールドがしっかり流れていて、多少毛色が違うものの、さして違和感なく読むことができた。ただ、若干「暗い」感じがしたのと、主人公・金森があまりにネガティヴでパッシブな性格なのが、いつもと違う点だろうか。物語は昭和50年代の東京・両国から始まる。そこのあった鮨屋・つかさ鮨が舞台である。ここに、小僧として入店したのが主人公・金森。その直後、16歳の高校中退者・徳武という少年が入店してくる。イカの足を意味する「ゲソ」という綽名を貰ったこの少年こそ、この物語の真の主役である。ゲソと言われながらも、その愛嬌と機転と残虐性でのし上がっていく男の物語である。

金森が先輩弟子に苛められていると知ると、人知れず親方に告げ口して先輩を辞めさせてしまう。金森の失敗を揉み消しつつ、自分の手柄にしてしまう。こっそり鮨の握り方を練習して、金森よりも先に店に立つ。たまたま店に来た人気相撲取りに取り入り、非公式ながらも文化人などからなる後援会を作ってしまう。手練を使って親方の姪を嫁に取り、ちゃっかりつかさ鮨の役員になる。先輩が始めた支店を乗っ取る。乗っ取った支店をガラリをモデルチェンジして、瞬く間に人気店にしてしまう。仕入れ先を安値で安定させるため、漁協抜きの仕入れルートを作ってしまう。食を握ることは日本を握ることだ。人を意のままに操るためには、そいつの「きんたま」を握れ(弱みをつかめ)。外食産業の過半を握った男・ゲソに反発しつつも、離反しきれずに一生を捧げることとなった金森は、最後まで苦悩し続ける。

原ワールドらしい点は、「食」をテーマ・舞台にしていることであろうか。『佳代のキッチン』『かつどん協議会』『やっさん』『天下り酒場』など、食べることやグルメを扱った作品が多い。その文脈のひとつとして、本作はあるようだ。本作の舞台は「鮨」である。築地での仕入れなどは「やっさん」で勉強した内容だろうか。本作では、漁協や農協を通さずに食材を仕入れるルートの開発が描かれている。時代は、高度成長期からバブル、そしてバブル後まで続いており、規制緩和が進んでいくという時代の流れにうまく乗ったように見えるアイデアである。書き方の問題か、読み手の問題か「時代の変遷に合わせたな」という感じが拭うことができず、いつもの切れ味を感じることはできなかった。その代わり、私が生きてきた時代とマッチングしていたので、「あああの頃の話か」と納得共感できる部分がかなりあった。

「何かに合わせた」という感覚は、前述のビジネスアイデアだけではない。ゲソという男も、豊臣秀吉を地で行く男に見えた。小柄で愛嬌があり、機転が利いて抜け目がない。一方、執念深くて人使いが荒く、情け容赦ない一面を合わせ持つ。老いてから狂って、組織は繁盛しながらも着実に破滅に向かっていくところまで同じである。金森という語り手も、ゲソにきんたまを握られた一人であるが、批判的に見つつも常に片棒を担がされ、時には自発的に担いだりしながら、一生を捧げる(あるいは吸い取られる)のだ。こうした「ナンバー2」のあり方も、ビジネスの世界には有り勝ちで、そういう意味では良く書けているのだが、そもそも被写体が「暗い」ので、どう筆を振るっても暗くしか書けないという弱点がある。金森がもっと積極的に悪者から、「ノワール小説」という称号がふさわしいのだろうが、そこまで悪くないのは残念。ま、原氏らしいといえば原氏らしい。

(2015.4.3)



kingyo373 at 23:12│Comments(0)TrackBack(0)

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Chun(チュン)
1960年生まれ男性。
奈良県出身、大阪府在住。
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