三国志が元のコトワザよいよね

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    コメント

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    1:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:20:36.84ID:wEA+22C20.net
    国士無双
    もともとの名称は十三么九(十三幺九、シーサンヤオチュー)で、国士無双は雅名である。「国士」はその国の中で最も優れている人物、「無双」は並ぶ者のない意味を指す。語の出典は史記、淮陰侯列伝。語源は、前漢の高祖劉邦に仕えた韓信の才能を、「国に二人といない、得難い人材」と讃えた言葉であるといわれる。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/国士無双
    左遷
    中国では「右」を尊び「左」を卑しむ観念があり、官位の降格を「左遷」といった。

    http://gogen-allguide.com/sa/sasen.html
    四面楚歌
    項羽は夜更けに四面を囲む漢軍が楚の国の歌をうたうのを聞き、楚の兵たちが漢に降伏したと思い絶望したというものである。

    http://gogen-allguide.com/si/shimensoka.html
    先んずれば人を制す
    殷通は地元の有力者の項梁(こうりょう)に言いました。
    「今や天が秦を滅ぼそうとしている。
    人よりも先に行動を起こせば人を支配することができるし、出遅れると他の人に支配されてしまう。
    挙兵しようではないか。」と言いました。

    http://kotowaza-gogen.sblo.jp/article/58205859.html
    馬鹿
    馬家説
    中国にいた馬という姓の富裕な一族が、くだらぬことにかまけて散財し、その家が荒れ放題となったという白居易の白氏文集にある詩の一節から生まれたとする説。「馬家の者」から「馬鹿者」となったとする。『全国アホ・バカ分布考』で松本修が提唱した。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/馬鹿
    背水の陣
    そこで漢の韓信は、あえて川を背に陣を敷き、兵士達が退けば溺れるほかない捨て身の態勢にした。

    http://gogen-allguide.com/ha/haisuinojin.html


    2:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:21:19.84ID:JhU9f4b70.net
    馬鹿って三国志絡みやっけ
    秦やなかったか



    3:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:21:22.49ID:DSM10G/e0.net
    呉越同舟


    4:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:21:25.52ID:vj6aE11w0.net
    苦肉の策定期



    6:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:22:08.16ID:gey7kiVRa.net
    一番有名な馬謖がおらんやん
    あれは慣用句か?



    8:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:22:20.46ID:FWSnXD3T0.net
    男子三日会わざれば刮目して見よ
    その一方呂蒙は無学だったので、君主の孫権が少しは学問を学び、人間の幅を広げるよう呂蒙に諭した。
    呂蒙は学問に励み、いつしか勇に智が伴う武将になっていたのだ。

    http://majin.myhome.cx/pot-au-feu/dataroom/proverb/ryomoh/ryomoh.html


    27:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:25:40.76ID:61EWpVlJd.net
    >>8
    りょもうたんすき



    9:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:22:47.89ID:5Dl1+Ehy0.net
    項羽と劉邦、三国志の話だった


    11:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:23:23.57ID:tTsQWsGIp.net
    読書百遍義自ずから現る
    って三国志だっけ?

    魏の学者董遇が、弟子入りを申し込んだ者に対して言った「読書千遍、其の義自ら見る」から。
    多くの本を読めばよいというものではなく、良い書物を熟読することに意味があるという乱読を戒める意味を含む。

    http://kotowaza-allguide.com/to/dokusyohyappengi.html


    12:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:23:32.72ID:SIKSTK5aM.net
    泣いて馬超を斬る
    蜀(蜀漢)の武将・馬謖が、街亭の戦いで諸葛亮の指示に背いて敗戦を招いた。この責任をとり馬謖は処刑されることになるが、愛弟子の馬謖の処刑に踏み切るにあたり諸葛亮は涙を流した。後に蒋琬から「馬謖ほどの有能な将を」と彼を惜しむ意見もあったが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と再び涙を流しながら答えたという。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/泣いて馬謖を斬る


    32:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:26:00.92ID:fKJgqTnV0.net
    >>12
    馬超「なんでや!」



    206:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:54:14.09ID:GclBGagzd.net
    >>12



    267:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:01:23.45ID:TtcQMG+r0.net
    >>12
    なんもしてないのに草



    274:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:02:26.08ID:+bSRqTGF0.net
    >>267
    なんもせんから斬りたくなる



    14:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:23:48.99ID:TfJgFNfU0.net
    三顧の礼はちゃうか
    黄巾の乱の鎮圧で関羽、張飛とともに天下に名を揚げていた劉備に対して、諸葛亮は司馬徽など一部の人にしかまだ名前を知られていなかった。しかも劉備の40代に対し諸葛亮は20代であり社会通念上明らかな上下関係があるにもかかわらず、それに捉われない応対をしたことから有名になった故事である。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/三顧の礼


    23:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:24:58.96ID:43leryH8p.net
    覆水盆に返らずって誰やっけ
    諸葛亮だったか太公望だったか



    35:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:26:30.17ID:Pn82Yt6Px.net
    >>23
    太公望やで



    317:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:06:53.21ID:nG4We9KfF.net
    >>23
    太公望、科挙の元になる公務員試験に受かったのに仕事せずに引きこもって読書三昧
    自分で働いてニート夫を養ってたヨッメ、ブチ切れて離婚する
    太公望がその後に周で偉くなって国を与えられる
    ヨッメが復縁したいと言ってくる
    ニート「覆水盆に返らず(キリッ)」


    よくよく考えると別にヨッメ悪くないやろこれ

    太公望が周に仕官する前、ある女と結婚したが太公望は仕事もせずに本ばかり読んでいたので離縁された。太公望が周から斉に封ぜられ、顕位に上ると女は太公望に復縁を申し出た。太公望は盆の上に水の入った器を持ってきて、器の水を床にこぼして、「この水を盆の上に戻してみよ。」と言った。女はやってみたが当然出来なかった。太公望はそれを見て、「一度こぼれた水は二度と盆の上に戻る事は無い。それと同じように私とお前との間も元に戻る事はありえないのだ。」と復縁を断った(出典は後秦の時代に成立した『拾遺記』による)。
    この話から一度起きてしまった事はけっして元に戻す事は出来ないと言う意味で覆水盆に返らずと言うようになった。なお、四字熟語では覆水不返(ふくすいふへん)。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/覆水盆に返らず


    339:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:09:04.29ID:4ylB4MDm0.net
    >>317
    言うほど嫁悪く無いか?

    太公望「俺には俺の考えがあるから」
    太公望「俺将来ビックになるから」
    嫁「ぜってー嘘だわ」

    ↓マジでビックになる

    嫁「復縁したい」



    347:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:09:43.75ID:gFYdhPmi0.net
    >>317
    ヨッメが甘やかしてたから



    341:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:09:13.22ID:p6AhrQ6Xa.net
    >>317
    畜生呂尚



    350:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:10:13.26ID:bs3NXjTi0.net
    >>341
    いや、畜生じゃないヤツの方が少ないやろ



    31:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:25:59.39ID:9ZxAgI/P0.net
    空城の計
    空城計(くうじょうけい)または空城の計(くうじょうのけい)は兵法三十六計の第三十二計にあたる戦術。
    あえて自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘う計略のこと。敵方に見破られた場合は全滅の危険性があり、心理戦の一種である。

    『三国志演義』では蜀の諸葛亮が野戦で魏に敗れた際、蜀軍は魏軍と比べて圧倒的に兵力が少なかった。諸葛亮は一計を案じ、城に引きこもって城内を掃き清め、城門を開け放ち、兵士たちを隠して自らは一人楼台に上って琴を奏でて魏軍を招き入れるかのような仕草をした。魏の司馬懿は諸葛亮の奇策を恐れてあえて兵士に城内に踏み込ませなかったという。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/空城計


    33:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:26:02.27ID:hQQVmX8a0.net
    敵に塩を送る
    戦国時代、遠江の今川と相模の北条の両氏から武田信玄が、経済封鎖をされ塩不足で困窮していたとき、長年敵対関係にあった上杉謙信が武田信玄に塩を送って助けたという話に基づく。

    http://kotowaza-allguide.com/te/tekinishiowookuru.html


    85:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:32:48.02ID:iYtgCaOZx.net
    >>33
    飢えすぎやろ



    38:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:27:27.70ID:Z0lky2dPK.net
    曹操の話をしたら曹操が来た(=噂をすれば影)ってのは中国やと未だに使われとるんやっけ?
    ((ことわざ)) (曹操の話をするとちょうど都合良く曹操が来た→)うわさをしているとちょうど都合良く当人がやって来る,うわさをすれば影が差す.

    cjjc.weblio.jp/content/说曹操,曹操就到


    42:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:27:32.72ID:pLcXOcDPa.net
    水魚の交わりって三国志?
    三国時代直前の中国にあって、 劉備が三顧の礼で諸葛亮(諸葛孔明)を臣下に迎え入れて以来、日々深まる両者の交情の篤いさま──すなわち、親密な人間関係のありよう──を評して言われたもので、その様子を見て心中穏やかでいられない関羽・張飛といった古参の有力武将に対して語ったとされる劉備の言が元になっている。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/水魚の交わり


    47:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:28:12.82ID:DKlFXxkz0.net
    >>42
    せやで



    56:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:29:18.53ID:pLcXOcDPa.net
    >>47
    サンガツ



    43:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:27:36.16ID:CCcgJ91A0.net
    盗賊のこと白波いうも三国志からやな
    「白浪」の名称は、かつて中国で「盗賊」を意味した「白波賊」(はくはぞく)という語に由来する。後漢末に黄巾の乱を起こした盗賊・張角の残党が、のちに河西(現在の山西省)の白波谷(はくはこく)に立てこもったことから白波賊と呼ばれるようになったが、後になるとこれが盗賊を意味する語として定着した。日本では近世にこの「白波」が訓読みされて「しらなみ」となり、さらにこれに当て字した「白浪」が義賊を表す語として定着した。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/白浪物


    48:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:28:13.11ID:2NFSVaP7a.net
    完璧→刎頸の友のコンボすき
    刎頸の交わり(ふんけい の まじわり)は中国の戦国時代に趙で活躍した藺相如と廉頗が残した故事。「刎頸の友」ともいう。『史記』原文には「刎頸(之)交」とある。「お互いに首を斬られても後悔しないような仲」という成語として用いられる。

    『史記』によると、藺相如は大国秦との外交で体を張って宝物「和氏の璧」と趙の面子を守り、趙王に仕える宦官の食客から上卿(大臣級)に昇格した。しかし歴戦の名将である廉頗は、口先だけで上卿にまで昇格した藺相如に強い不満を抱いた。それ以降、藺相如は病気と称して外にあまり出なくなった。
    ある日、藺相如が外出した際に偶然廉頗と出会いそうになったので、藺相如は別の道を取って廉頗を避けた。その日の夜、藺相如の家臣たちが集まり、主人の気弱な態度は目に余ると言って辞職を申し出た。だが藺相如は、今廉頗と自分が争っては秦の思うつぼであり、国のために廉頗の行動に目をつぶっているのだと諭した。
    この話が広まって廉頗の耳にも入ると、廉頗は上半身裸になり、いばらの鞭を持って、「私はあなたの寛大なお心に気づけなかった愚か者です。どうかあなたのお気の済むまで私を鞭で叩いて下さい」藺相如に謝罪した。藺相如は「あなたがいてこその趙です」と、これを許し、廉頗に服を着させた。廉頗はこれに感動し「あなたにならば、たとえこの首をはねられても悔いはありません」と言い、藺相如も同様に「私も、あなたにならば喜んでこの首を差し出しましょう」と言った。こうして二人は互いのために頸(首)を刎ねられても悔いはないとする誓いを結び、ここに「刎頸の友」という言葉が生まれた。この二人が健在なうちは秦は趙に対して手を出せなかった。

    それから50年後の秦代末期、張耳と陳余という人物が藺相如と廉頗を見習い刎頸の交わりを交わした。だが反乱軍に身を投じた二人は、秦との戦いで張耳が秦軍に追い詰められたとき、陳余が秦の大軍の強さに圧倒されたために援軍を送れずにいたことから仲違いをし、ついには互いの一族を殺し合うような仲になってしまった。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/刎頸の交わり


    62:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:29:48.22ID:RLf2Pzri0.net
    >>48
    おお!



    282:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:03:10.53ID:pT7mk8BPa.net
    >>48
    頓知で成り上がっただけのやあが俺より上なんておかしいやろと
    ちょっかい出す武の人かわええ



    68:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:30:33.55ID:1UwdkScn0.net
    呉越同舟って呉と魏が水上戦中溺れたら助けるっていう暗黙の了解やっけ?
    『孫子そんし』で、「呉と越は宿敵同士でしばしば戦いを繰り広げたが、その憎しみ合っている両国の人が、同じ舟に乗って川を渡るときに大風が吹いて舟が覆りそうになれば、普段の恨みも忘れて互いに助けあうだろう」とたとえた故事から。

    dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/呉越同舟/m0u/


    75:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:31:26.14ID:zNfDqRCH0.net
    >>68
    越はどこ行ったんですかねぇ



    95:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:34:26.69ID:thYDtIDwa.net
    >>68
    呉と越って国は同じ天は仰がんレベルの敵対国で嫌ってる者通しが同じ所におることやぞ



    69:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:30:39.61ID:YTOcUG8g0.net
    泣く子も黙るとかどうなんや
    戦後、投降兵に孫権の話を聞くと、楽進に「撤退する敵軍の中に孫権らしき人物を見た。奴を知っていれば今頃この手に首級を挙げていた物を」と悔しがったという。

    この鬼神の如き戦いぶりは相対した孫権や江東の兵たちに相当のトラウマを植えつけたらしく、

    「遼来々(張遼がくるぞ!)」※ただし正確には遼来遼来。遼来々は吉川三国志の造語である。

    と叫ぶだけで呉の兵は浮き足立ち、死の寸前で病の床に臥せっていた時ですら孫権は「張遼が病程度でどうにかなるはずがない」と攻め込まなかった。

    この活躍が元で、江東では子どもを静かにさせる時に「泣いていると張遼がやってくるぞ」と言い聞かせた。 これが「泣く子も黙る」の語源となったという。

    dic.nicovideo.jp/a/張遼


    72:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:31:19.30ID:PTEua0S+0.net
    西門豹「神様のところに出した使者が帰って来ないぞ」


    345:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:09:40.67ID:wEA+22C20.net
    >>72
    横山史記の因習打破は何度も読んだわ



    331:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:08:01.52ID:zQPsYl+Td.net
    >>72
    この逸話は痛快



    335:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:08:59.94ID:0tXIPav20.net
    >>331
    男西門豹、迷信と極悪人を一掃する名采配



    73:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:31:20.56ID:DKlFXxkz0.net
    阿呆の語源を劉禅と勘違いしてるの多すぎィ!
    中国の江南地方の方言「阿呆(アータイ)」が日明貿易で直接京都に伝わった可能性が『全国アホ・バカ分布考』で指摘されている[8]。上海や蘇州、杭州などで現在も使われている言葉で、「阿」は中国語の南方方言で親しみを示す接頭語であり、意味は「おバカさん」程度の軽い表現である[8]。これは現在の日本語の(特に近畿地方における)「阿呆」にもあるニュアンスである。
    語源の一説として
    ・秦代の大宮殿阿房宮の不必要・無駄に大きすぎるとするイメージからとする説
    ・劉備の子で蜀の2代皇帝劉禅の、『三国志』や『三国志演義』における暗君のイメージから、その幼名の「阿斗」に由来するとする説
    などがあるが、ともに信憑性は乏しい。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/阿呆


    88:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:33:35.42ID:HvKuJNEh0.net


    言い訳言い訳アンド言い訳



    94:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:34:24.81ID:DKlFXxkz0.net
    ここまで七縱七禽なし
    225年、諸葛亮が南征して来ると周りの人間は雍闓を殺し、孟獲を擁立した。孟獲は諸葛亮の前に何度にも亘り捕まるが、その度に放された。諸葛亮は仮に武力でこの地を征服しても、蜀漢軍が撤退すれば、いずれ反乱が再発する事を予見していたので、現地の人達を心服させるために、このような処置を採ったといわれている。孟獲は七度目に放された時、ついに諸葛亮に心服し蜀漢への帰順を誓ったという(七縱七禽)。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/孟獲


    103:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:35:21.34ID:MSci8uPt0.net
    遼来遼来
    張遼は、その名将振りから魏将の中でも極めて人気が高い武将の一人である。清末民国初の文学者古直は『曹子建詩箋』において、曹植の楽府「白馬篇」に詠われる武者の姿は、207年の烏桓討伐時の張遼を、モデルにしているのではないかと推測している。
    また『蒙求』には「張遼止啼」という標題があり、張遼の武勇は江東にも広く轟いたので、江東の子供が泣き止まない時も「遼来遼来(張遼が来るぞ)[2]」と言えば必ず泣き止んだ、という逸話が紹介されている。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/張遼


    118:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:37:34.41ID:NmBenCzU0.net
    何千年も前の故事が今に伝わってるってのも不思議ではある


    120:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:37:53.54ID:J3rfX7nj0.net
    背水の陣は油断させて城奪う作戦なのに、根性論みたく言われる


    122:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:38:39.65ID:CQ9bRLTQ0.net
    >>120
    項羽は根性論で使ったから多少はね?



    156:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:46:04.51ID:v7dbDB+y0.net
    >>122
    項羽軍の精鋭クラスじゃないと他の奴がやっても効果ないやろなぁ



    193:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:52:40.98ID:4ylB4MDm0.net
    >>120
    いや根性論で合ってるぞ
    兵を死地に追い込めば必死になって戦うって発想からの応答だし
    命令する側からしたら戦略的に労働者に根性論を押し付けてるわけ



    123:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:39:30.79ID:2KUh8GBqp.net
    何百年か後に歌人が三国の頃や楚漢戦争の頃を思って詠んだ詩の中からも引用されとるからな


    142:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:43:18.50ID:KFoR84jr0.net
    伏龍
    諸葛亮(孔明)の青年時代の通称。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/伏龍
    水が魚を得るが如し
    水魚の交わり
    三顧の礼
    出師の表
    建興5年(227年)、諸葛亮が主君の劉禅に奉った上奏文。一般に「出師表」と言えばこの文章を指すが、「後出師表」(後述)と区別するために、「前出師表」と呼ばれることもある。自分を登用してくれた先帝劉備に対する恩義を述べ、あわせて若き皇帝である劉禅を我が子のように諭し、自らの報恩の決意を述べた文である。陳寿の三国志の本文にも引用されている他、『文選』、『文章軌範』等にも収められており、諸葛亮の真作と考えられている。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/出師表
    泣いて馬謖を斬る
    天下三分の計
    当時、曹操は汝南袁氏を倒して中原地方をその支配下に治めており、中国全土の統一までは揚州の孫権、荊州の劉表、益州の劉璋、漢中の張魯、涼州の馬超・韓遂などを残すのみとなっていた。
    その頃、流浪の身であった劉備は劉表のもとに身を寄せていた。劉表が支配する荊州は、揚州と益州の中間に位置しており、軍事的に極めて重要な地域となっていた。

    このような情勢を踏まえ、諸葛亮は劉備に対し、曹操への対抗策として天下三分の計を説いた。その内容は、劉備が荊州と益州を領有し、劉備、曹操、孫権とで中国を大きく三分割する。そして孫権と結んで曹操に対抗し、天下に変事があった際、部下に荊州の軍勢を率いて宛・洛陽に向かわせ、劉備自身は益州の軍勢を率いて秦川に出撃することにより曹操を打倒し漢王朝を再興できる、というものである。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/隆中策
    隆中策
    空城の計
    七たび縦ち、七たび檎う
    死せる孔明、生ける仲達を走らす

    史実では[編集]
    三国時代、敵対していた蜀と魏の戦いの一つである五丈原の戦いの最中に、蜀の丞相である諸葛亮が病没した。これを察知した魏の軍師である司馬懿は、諸葛亮のいない蜀軍を強敵ではないとみなし、撤退する蜀軍に追い討ちをかけた。しかし、蜀軍が反撃の姿勢を見せたため、司馬懿はこれを諸葛亮による自分を釣り出すための計略と勘違いし、撤退した。司馬懿は、諸葛亮がいる蜀軍とまともに軍をぶつけることを良しとせず、できる限り打って出ないようにしていた。このことを後に、習鑿歯が漢晋春秋にて「死せる孔明[1]、生ける仲達[2]を走らす」と称したことにより、この言葉が生まれた。

    三国志演義では[編集]
    諸葛亮は五丈原の戦いの最中に過労で衰弱しきっていたため自らの死期を悟り、延命の術を試みる。しかし、儀式の成功間際に魏延が報告のため儀式の祭殿に飛び入ってきてこれを壊してしまったため祈祷に失敗。その後、病没する。星占いにて大きな星が落ちるを見た司馬懿は諸葛亮が死んだと判断し蜀軍に攻め込んだ。しかし、生前に諸葛亮が作らせた彼の木像を見て肝をつぶし撤退した。このことを後に人々が「死せる孔明、生ける仲達を走らす」と言いはやした。後に司馬懿はこのことを「死者が相手ではどうしようもない」と語ったという。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/死せる孔明生ける仲達を走らす
    孔明すげーわ


    162:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:46:58.34ID:DKlFXxkz0.net
    >>142
    や孔N1

    死せる孔明生ける仲達を走らす
    これほんとすき



    147:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:44:06.68ID:MHIclhR00.net
    足の裏みたいなねじまがった顔で人間不信の男が中国統一したり
    わからんもんよな



    148:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:44:07.17ID:stjwSMELK.net
    逆に王平を斬る


    150:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:44:11.02ID:ISmGdd2F0.net
    先ず隗より始めよすき
    どうすれば賢者を招くことができるかと燕の昭王に問われたときに郭隗が、「まず私のような凡人を優遇することから始めて下さい。そうすれば優秀な人材が集まってくるでしょう」と言ったという、『戦国策・燕』にある故事に基づく。

    http://kotowaza-allguide.com/ma/kaiyorihajimeyo.html


    153:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:45:36.44ID:Onr2sTtva.net
    >>150
    でも粛清はやります



    155:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:45:52.12ID:wEA+22C20.net
    >>150
    楽毅すき



    170:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:48:16.71ID:ISmGdd2F0.net
    >>155
    自分の待遇を上げてその上最強の人材まで獲得する神采配



    152:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:45:15.17ID:KtaGEXtO0.net
    もともと中国産がほとんどだし


    161:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:46:54.23ID:RLf2Pzri0.net
    屍に鞭打つ


    163:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:47:12.04ID:ToLHXvEC0.net
    朝飯前
    死中に活を求める
    『後漢書・公孫述伝』に「男児当に死中に生を求むべし。坐して窮すべけんや」とあるのに基づく。

    http://kotowaza-allguide.com/si/shityuunikatsu.html
    虎穴に入らざれば虎子を得ず
    後漢の班超が匈奴との戦いで危機に陥ったとき、部下に言った言葉から。

    http://kotowaza-allguide.com/ko/koketsuniirazunba.html


    164:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:47:20.51ID:tQMFnuaKd.net
    ワイは孫策と周瑜の断金の交わりが好き


    178:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:49:57.62ID:4ylB4MDm0.net
    春秋戦国時代から三国志までの間しか知らないけどそれ以後ってなんか面白い時代ある?
    朱元璋以外で



    187:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:51:56.79ID:ToLHXvEC0.net
    >>178
    そら宋末元初よ
    水滸伝からモンゴル帝国



    195:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:52:47.28ID:6zUJIhjz0.net
    >>178
    五胡十六国はカオスでおもろい



    207:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:54:11.22ID:MSci8uPt0.net
    >>178
    南北朝やろなぁ



    181:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:50:22.80ID:TwcXty/L0.net
    泣く子も黙る
    は張遼関係なしにいつの時代も言われてそうで微妙



    225:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:56:08.42ID:ToLHXvEC0.net
    >>181
    ヨーロッパやとハンニバルやな



    228:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:57:07.24ID:/kx9D7Ko0.net
    >>225
    孔明の罠


    182:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:50:29.84ID:stjwSMELK.net
    功天下を覆う者賞されず


    184:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:51:07.94ID:bAVJ+/RG0.net
    国士無双の韓信とか飛将軍の李広みたいな
    かっこいいやつない?



    199:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:53:00.14ID:ToLHXvEC0.net
    >>184
    門神の尉遅敬徳とか

    中国においては寺院、道観にとどまらず、民家の門にも絵画で普及している。邸宅では彩色で直接正門の扉に描かれるが、簡易なものでは木版画として売られ、これを旧暦の新年に際して扉に張る風習がある。
    観音開きの木戸が多いため、左右の扉の外に面した側に一対の門神が貼られる、または描かれるのが普通。中国においては、民間伝説としてよく知られている秦叔宝(秦瓊)と尉遅敬徳(尉遅恭)が対で描かれるか、一枚扉の場合は、魏徴または鍾馗が描かれることが多い。
    朝鮮、台湾、ベトナムなどにも伝播し、塑像や絵画として具象化されている。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/門神


    200:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:53:03.94ID:v7dbDB+y0.net
    >>184
    そら覇王項羽よ

    西楚の覇王[編集]
    項羽は劉邦を許した後、劉邦に降伏していた秦の最後の王である子嬰一族を殺し、咸陽を焼き払って財宝を略奪した。その後、地の利の良い咸陽を都とするように進言されたが、故郷に錦を飾るために楚の彭城(現在の徐州)を都と定めた。
    楚へ帰ると自ら「西楚の覇王」と名乗り、諸侯を対象に大規模な封建を行うが、その基準となったのは功績ではなく、項羽との関係が良好か否かであった。故に、ろくに手柄を立てなかったものが優遇されたり、逆に、咸陽に一番乗りして秦を滅亡させた劉邦が冷遇されて漢中に左遷されるなど、不公平なものとなり、諸侯の多くに大きな不満を抱かせるものとなった。
    また、楚の懐王を「義帝」と呼んで格上げしたが、傀儡のはずが自立を模索し自分に指示するようになった懐王の処遇に困り、遷都という名目で彭城から追い出し、辺境に追いやりその途中で暗殺した。このことによって倫理的に大逆の汚名を負うことになり、人望を失い劉邦に自分を討つ大義名分を与えてしまった。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/項籍


    220:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:55:40.70ID:U3Eccnpz0.net
    >>184
    極西の神人郭侃

    『元史』巻百四十九 郭寶玉伝 郭侃条によると、成年後は、百戸長に任ぜられた。1232年の征金戦に従軍。1245年には千戸長に任ぜられた。1253年にはフレグの西方遠征軍に従軍。1256年、ペルシアのイスマイル派を攻め、カシミールを平定し、乞都卜城を火砲で攻撃し陥落させた。また、イスマイル派の根拠アラムート城砦を攻略するなど128の城砦を攻略した。1258年には敵前でのチグリス川渡河作戦を決行し、バグダードを火砲などで攻撃し、東城、西城を陥落させ、逃亡するアッバース朝第37代カリフのムスタアスィムを追撃し捕虜にしたという。シリアへも侵攻して、十字軍とも交戦し、連戦連勝で瞬く間に120余りの城砦を陥落させ、小アジアを平定した。その用兵の巧みさから敵軍からは「極西の神人」と恐怖された。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/郭侃


    185:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:51:20.46ID:/kUZQ41u0.net
    蜚鳥尽きて良弓蔵せられ、狡兎死して走狗煮らるという言葉を知っていてもなかなか行動に移すのは難しいね
    猟場の兎を捕り尽くしてしまうと、猟犬は不要となって煮て食われる。敵国が滅び脅威が去ると、優れた功臣ほど不安の種となり邪魔者扱いを受けるたとえ。

    http://www7.atwiki.jp/sonic/pages/28.html


    198:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:52:57.04ID:0tXIPav20.net
    >>185
    韓信とかいう名言の宝庫
    そら面接も受かりますわ



    203:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:53:40.26ID:4ylB4MDm0.net
    >>185
    つかそこまで優秀でなおかつ重要な地位にまで出世できる奴が少ないだろ



    190:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:52:14.82ID:stjwSMELK.net
    日暮れて道遠し
    名文

    春秋時代後期、伍子胥は楚の平王への報復を心に誓った。
    平王の墓をあばいて掘り出した死骸を鞭打って恨みを晴らした伍子胥を見て、知人の申包胥はそのやり方を非難した。
    それに対して伍子胥が言った「吾日暮れて途遠し。吾、故に倒行して之を逆施す(私は年老いてなおなるべきことが多い。だから道理など考える暇はなかったのだ」という言葉に基づく。

    http://kotowaza-allguide.com/hi/hikuretemichitooshi.html


    191:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:52:18.60ID:PEuEgp400.net
    げえっ関羽


    197:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:52:56.09ID:/kx9D7Ko0.net
    横浜市交通局が三国志とコラボ








    224:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:56:02.50ID:N88cVr9F0.net
    >>197
    関羽が荊州のいざこざを路駐とかけて欲しかった



    276:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:02:50.37ID:cl0+MbMTM.net
    >>197
    ほどほどに(死)



    440:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:22:13.43ID:IqC/9l2t0.net
    >>197
    このシリーズもっとみたいわ



    229:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:57:09.08ID:Wzbmwa6q0.net
    >>197
    呂布が方天画戟振り回して駆け込み乗車してきたら草生えるわ



    246:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:59:05.28ID:/kx9D7Ko0.net
    >>229
    「りょ 呂布だぁ」



    285:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:03:23.56ID:bs3NXjTi0.net
    >>229
    赤兎馬絶対車より速いし、いらんやろ



    301:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:04:57.76ID:gdUX/fOqd.net
    >>197
    これ曹操が「覇王の座は譲らんが電車の席は譲ったるで」ってのもあって草不可避やった


    d203a_259_59890a38_afb3a67e


    321:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:07:05.03ID:/kx9D7Ko0.net
    >>301
    曹操にしてみれば電車の席なぞw



    227:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:57:05.96ID:4ylB4MDm0.net
    張遼が来ると言われて子供が泣き止むという発想が分からん
    普通むしろ泣くんじゃないのか?
    どういう状態なんだよ



    243:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:58:49.08ID:GsQTk1gM0.net
    >>227
    恐怖で泣き声すら挙げられない様を表現or本能的に場所を知られない様に静まる程恐ろしい様



    245:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 16:58:51.34ID:thYDtIDwa.net
    >>227
    野生の動物は危機が訪れると止まるんや。



    259:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:00:28.84ID:nf8naOFK0.net
    肛門の会
    鴻門の会(こうもん-かい)は、紀元前206年、楚の項羽と漢の劉邦が、秦の都咸陽郊外(今の西安市臨潼区)で会見した故事。楚漢の攻防の端緒となった。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/鴻門の会


    278:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:02:47.82ID:MSci8uPt0.net
    いや~乱世乱世


    281:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:03:03.69ID:wR+LYjus0.net
    これもうわ甘寧な


    299:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:04:47.07ID:j9q3/0aha.net
    虎穴に入らずんばは違うっけか


    304:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:05:19.37ID:v7dbDB+y0.net
    そういや中国史の最初ってどこから始まるんや?


    310:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:06:25.31ID:wEA+22C20.net
    >>304
    三皇五帝あたり

    三皇五帝(さんこうごてい)は、古代中国の神話伝説時代の8人の帝王[1]。
    三皇と五帝に分かれ(誰が該当するかについては諸説ある)、三皇は神、五帝は聖人としての性格を持つとされ、理想の君主とされた。
    伝説では、最初の世襲王朝・夏より以前の時代とされる。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/三皇五帝


    320:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:07:03.92ID:C1h/5fDr0.net
    >>304
    そらもう伝説といわれとった夏王朝よ

    夏(か、紀元前2070年頃 - 紀元前1600年頃 [紀元前2000年頃からとする説もある])は、中国の史書に記された最古の王朝。夏后ともいう。夏・殷・周を三代という。『史記』『竹書紀年』などの史書には初代の禹から末代の桀まで14世17代、471年間続いたと記録されている。殷に滅ぼされた。従来、伝説とされてきたが、近年、考古学資料の発掘により実在の可能性もある。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/夏_(三代)


    309:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:06:14.79ID:U3Eccnpz0.net
    >>304



    322:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:07:06.05ID:bs3NXjTi0.net
    >>309
    いや季節を聞いてるんやないで



    323:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:07:30.25ID:N88cVr9F0.net
    >>322



    329:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:07:50.47ID:MSci8uPt0.net
    >>322
    面白い



    332:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:08:34.20ID:Onr2sTtva.net
    >>322



    344:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:09:28.76ID:ISmGdd2F0.net
    >>322
    こんな切れ味鋭いレスできるようになりたいわ



    308:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:05:52.83ID:p6AhrQ6Xa.net
    七歩の才まだ出てないな
    結構好き

    曹植の詩風は動感あふれるスケールの大きい表現が特徴的である。詠われる内容も、洛陽の貴公子の男伊達を詠う「名都篇」や、勇敢な若武者の様子を詠う「白馬篇」のように勇壮かつ華麗なもの、友人との別離を詠んだ「応氏を送る」二首や、網に捕らわれた雀を少年が救い出すという「野田黄雀行」、異母弟とともに封地へ帰還することを妨害された時に詠った「白馬王彪に贈る」、晩年の封地を転々とさせられる境遇を詠った「吁嗟篇」などのように悲壮感あふれるもの、「喜雨」・「泰山梁甫行」など庶民の喜びや悲しみに目を向けたものなど、先人よりも幅広く多様性に富んでいる。梁の鍾嶸は、『詩品』の中で曹植の詩を最上位の上品に列し、その中でも「陳思の文章に於けるや、人倫の周孔(周公旦・孔子)有るに譬う」と最上級の賛辞を送っている。

    なお、曹丕から「七歩歩く間に詩作せよ」、と命じられて詠んだという逸話(『世説新語』文学篇より)で有名な「七歩詩」は、現在真作としない見方が有力である。また彼の最高傑作ともいわれる「洛神の賦」は、曹丕の妃である甄氏への恋慕から作ったという説もあるが[5]、疑わしい。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/曹植


    333:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:08:51.43ID:FBm4Nzaz0.net
    「柔よく剛を制す」
    『三略』には「軍神に曰く、柔は能く剛を制し、弱は能く強を制す(兵法の書にいう、柔らかいものはかえってかたいものを押さえつけ、弱いものはかえって強いものを押さえつける)」とある。

    http://kotowaza-allguide.com/si/jyuuyokugouseisu.html
    「志有る者は事ついに成る」
    出典は後漢書の耿弇こうえん伝、十八史略の東漢。
    斉攻略など不可能だと思っていた光武帝が、それを成し遂げた耿弇を称賛して述べた言葉。

    http://www.kokin.rr-livelife.net/yoji/yoji_yu/yoji_yu_6.html
    「赤心を擁して人の腹中に置く」
    出典は後漢書の光武紀上。
    劉秀の単騎軽装で慰撫する様子を見た投降兵達が感動して述べた言葉に登場する。
    なお、この頃における劉秀の軍はこの投降による兵で大半が占められたとされる。

    http://www.kokin.rr-livelife.net/koto/koto_se/koto_se_1.html
    光武帝とかいう名言の宝庫


    385:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:14:18.81ID:ToLHXvEC0.net
    >>333
    「ロウを得て蜀を望む」もあるな

    隴の地方を手に入れ、さらに蜀を攻めようとしたとき、曹操が司馬懿(しばい)に答えた言葉から

    https://kotobank.jp/word/隴を得て蜀を望む-662442


    353:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:11:00.14ID:6tti1Dm50.net
    唇滅びて歯寒しとか鳴かず飛ばずとかすき
    晋から領国通過を求められた虞公に対して拒否するべきだと諫めた宮之奇きゅうしきの言葉。
    だが、虞公は諫めを聞かずに晋の通過を許し、晋は虢を滅ぼした帰途に虞も滅ぼしてしまった。

    http://www.kokin.rr-livelife.net/koto/koto_ku/koto_ku_3.html


    373:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:12:59.57ID:76unNhPM0.net
    泣いて馬糞を斬る


    379:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:13:16.28ID:k/2QqC3R0.net
    先見の明はちょっと前か


    439:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:22:13.21ID:WR9wUvfT0.net
    なんで孔明だけ字で呼ばれるんや


    459:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:23:48.26ID:L0x7tRHHr.net
    ことわざ…?


    491:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:27:49.58ID:D2eR4SV1d.net
    >>459
    諺と慣用句と故事成語と熟語とか言ってられないからしゃーない



    489:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:27:27.16ID:nnN8iLOw0.net
    公孫サンも不遇よなあ


    305:風吹けば名無し@\(^o^)/: 2015/11/21(土) 17:05:31.77ID:W8ATuTwT0.net
    史記とかいう故事成語の宝典




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      コメント

      1.気になる名無しさん2015年11月22日 06:13  ▽このコメントに返信

      悲しいなあ……

      2.気になる名無しさん2015年11月22日 06:33  ▽このコメントに返信

      日本人がどれだけ三国志好きかが分かる一例やね
      まぁ横山光輝のおかげだけど

      3.気になる名無しさん2015年11月22日 06:58  ▽このコメントに返信

      もう中国じゃなくて、三国志国でよくね?

      4.気になる名無しさん2015年11月22日 07:20  ▽このコメントに返信

      地味にアンサイクロペディアを紛れ込ませるのはやめろw

      5.気になる名無しさん2015年11月22日 07:45  ▽このコメントに返信

      韓国には、寄るな! 触るな! 近付くな!

      6.気になる名無しさん2015年11月22日 07:46  ▽このコメントに返信

      三国志関係ないやん……

      7.気になる名無しさん2015年11月22日 07:49  ▽このコメントに返信

      一騎当千は?

      8.気になる名無しさん2015年11月22日 08:00  ▽このコメントに返信

      ほとんど三国志やないやんけ

      9.気になる名無しさん2015年11月22日 08:04  ▽このコメントに返信

      いきなり三国志関係ねえじゃねえか

      10.気になる名無しさん2015年11月22日 08:04  ▽このコメントに返信

      三国志じゃなくて故事成語全般じゃねーか。

      11.気になる名無しさん2015年11月22日 08:14  ▽このコメントに返信

      歴史苦手だからあれ?項羽と劉邦って三国志だっけ?と検索してしまった
      歴史好きでも時代認識滅茶苦茶みたいだからちょっと安心したわ

      12.気になる名無しさん2015年11月22日 08:37  ▽このコメントに返信

      三国志って知ってる?

      13.気になる名無しさん2015年11月22日 08:48  ▽このコメントに返信

      ほとんど横山光輝の史記でよんだ
      あれは面白いな
      個人的には西洋の史記みたいなの知りたい

      14.気になる名無しさん2015年11月22日 08:56  ▽このコメントに返信

      三国志のことわざじゃなくて前漢、秦時代のもんだろ。

      15.気になる名無しさん2015年11月22日 09:12  ▽このコメントに返信

      馬鹿の馬家説ってのもあるんだ
      普通は王様に馬献上したほうだよな

      16.気になる名無しさん2015年11月22日 09:24  ▽このコメントに返信

      三国志少なくてわろた

      17.気になる名無しさん2015年11月22日 09:37  ▽このコメントに返信

      三国志関係ないの多くてワロタw
      阿呆の語源は阿斗以前に阿蒙があるから三国志より前の話やな、ってのはわかるよなあ。阿斗って劉禅の幼名だから阿呆と関係無さそうだけどどうなん?

      18.気になる名無しさん2015年11月22日 10:08  ▽このコメントに返信

      年代バラバラじゃん

      三国志なら白眉は?
      ほぼほぼ使わないけど

      19.気になる名無しさん2015年11月22日 10:26  ▽このコメントに返信

      半分以上三国志関係ないじゃん

      髀肉之嘆とか鶏肋とか

      20.気になる名無しさん2015年11月22日 10:47  ▽このコメントに返信

      >>1は歴史を知らない。
      四面楚歌は紀元前200年頃の話で、三国志は180年~280年

      21.気になる名無しさん2015年11月22日 11:36  ▽このコメントに返信

      やっぱどの国のことでも戦国の世はロマンがあるよな!

      22.気になる名無しさん2015年11月22日 11:38  ▽このコメントに返信

      孔明だけ字で呼ばれるのは当時は劉備や関羽とか2文字の名前が主流で3文字の諸葛亮はそれを気にして字で呼ばせてた

      23.気になる名無しさん2015年11月22日 11:58  ▽このコメントに返信

      いや~乱世乱世

      24.気になる名無しさん2015年11月22日 12:51  ▽このコメントに返信

      国士無双、四面楚歌、先んずれば人を制す、背水の陣は前漢
      馬鹿は秦

      馬鹿が立てたスレをまとめるなよ

      25.気になる名無しさん2015年11月22日 12:59  ▽このコメントに返信

      最近、日本のクソテレビやマスゴミやネットが中国や韓国アゲを頻繁にやるようになったね。中国様や韓国様から指令が来たんだな!!バレバレだな。もう純血な日本人は中国や朝鮮アゲをしても誰も振り向きはしないよ!!!世界中で中国潰しや嫌韓が増えてるんだから、今更こういう事をやっても無意味だよ!!もう純血な日本人は騙されないよ!!!キムチ悪いから早く消えろ!!!

      26.気になる名無しさん2015年11月22日 13:22  ▽このコメントに返信

      項羽と劉邦とかもちゃんと読めw

      27.気になる名無しさん2015年11月22日 15:33  ▽このコメントに返信

      三國志といいながら全然三國志じゃないやつだらけやないかい!
      「古代中国」とでもしとけばよかったものを・・・

      28.気になる名無しさん2015年11月22日 15:57  ▽このコメントに返信

      三国志が関係ないの多すぎワロタ

      29.気になる名無しさん2015年11月22日 15:59  ▽このコメントに返信

      映像が三国無双のやつしか思いつかやい

      30.気になる名無しさん2015年11月22日 16:44  ▽このコメントに返信

      馬超なんで斬られるんだよワロタ

      31.気になる名無しさん2015年11月22日 17:17  ▽このコメントに返信

      嘘も百回言えば、真になるニダ。

      ああ、コッチの三国時代はダメニカ?

      32.気になる名無しさん2015年11月22日 17:20  ▽このコメントに返信

      泣いて馬鉄を斬る

      泣いて馬休を斬る


      インパクト弱いかな?

      33.気になる名無しさん2015年11月22日 18:10  ▽このコメントに返信

      さらっと他の時代のが混ざってて草

      34.気になる名無しさん2015年11月22日 18:36  ▽このコメントに返信

      ※11
      この>>1が池沼なだけやぞ

      35.気になる名無しさん2015年11月22日 18:38  ▽このコメントに返信

      逆に王平を斬るは現実にはよくありそう
      それをしなかったのが孔明の偉いとこ

      36.気になる名無しさん2015年11月22日 18:59  ▽このコメントに返信

      斬られるべきは馬鹿

      37.気になる名無しさん2015年11月22日 22:00  ▽このコメントに返信

      五胡十六国時代が面白いってよく聞くからそれ扱った漫画でもあったら読むんだけどなー

      38.気になる名無しさん2015年11月23日 01:01  ▽このコメントに返信

      死せる孔明生ける仲達を走らす が出ていない!!

      39.気になる名無しさん2015年11月23日 11:09  ▽このコメントに返信

      破竹の勢いはセーフ?
      ちな普の武将

      40.気になる名無しさん2015年11月23日 21:52  ▽このコメントに返信

      俺も真っ先に破竹の勢いが浮かんだわ

      41.気になる名無しさん2015年11月23日 21:55  ▽このコメントに返信

      黄忠はまんま諺なんだよなあ

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