呪われた一族 ~メビウスの輪~

「あら、」
ショーンを見つけ出せず、苛立っていた僕は、廊下の角を曲がった瞬間に人とぶつかった。
「すみません。」
僕が言って顔を上げると、どこかで見た女性だった。
現役モデル講師の…
「リョウね。」
僕が彼女の名前を思い出す前に、彼女は言って僕を見下ろした。
さすがモデル、190センチはあろうかという長身、黒色人種やプエルトリカン特有のメリハリのあるプロポーション、緑色の目に高い鷲鼻、カーリーな黒髪は腰まで波打っている。
彼女は顔にかかった髪を後ろへ払いのけた。
彼女のクラスを受けたことがあるから、彼女が僕の名前を知っていても何ら不思議はない。だが、ニヤリと笑った彼女の眼差しに異様なものを感じて、僕は後ずさった。
「さっさと、その血を渡しておしまい!!」
途端、彼女は叫んで僕に手を伸ばした。
その時、ドアの外にいた男が講師の後ろに現れたのが見えた。
僕の記憶はそこまでで、感謝祭の夜、自転車に乗っていた時のように、その後の記憶がプッツリと途切れてしまった。

気がつくと、僕は学校の医務室にいた。
ベッドのわきにはあの男が立っていて、僕を見下ろしていた。
「あなたを一族に加えることは、我々の百年前からの計画だった。」
男は言って、ちらりと背後に控えている女を見やった。
先ほど僕に掴みかかろうとしてきた女講師のダリアを。
「計画?百年前から?意味がわからない。
あなた方は一体何者なんだ?ジェリエルは?
僕に何をした?」
僕は体を起こした。
一度ふらっとしただけで、体調に異常はないようだった。

「あなたに歴史を教えよう。我々、アーク一族の歴史をーー」
言って、男は強く僕の手首を掴んだ。

とたんに強いめまいがして、景色がグラリと歪んだ。
そして次に、映画の早回しのように映像が次々と流れた。それは男の記憶だった。
草原で草笛を吹く少年はマリウスと言った。イタリアは戦争に明け暮れ、小作人を失って田畑は荒れ放題、領主であるマリウスの父は、使用人を泣く泣く解雇し、マリウスの幼馴染みであったユリア一家も住む家を失った。
青年になったマリウスは兄たち同様戦場行きを望んだが、戦火は領地にまで及び、両親を連れて逃げ惑うことしかできなかった。やがて父を病で亡くし、母とも生き別れて、港に行き着いたマリウスは、停泊していた汽船に咄嗟に乗った。ユリアらが渡ったという新しい大地・アメリカを目指した。
ニューヨークにはイタリア人街があり、同胞が数多くいて、日々生き延びるのには困らなかった。マリウスはそこからツテをたどり、俳優の端くれとなった。
ハリウッドに移住し、トーキーに出ながら、人気俳優やプロデューサーの家の掃除や犬の散歩をする会社を設立。金銭面では彼らと同等の稼ぎを得た。
ある晩、事務所に残って一人で事務仕事をしていると、一人の美しい女性が訪ねてきた。彼女は名前をステファニアと名乗った。ユリアの娘だと言う。確かにユリアに瓜二つだ。ステファニアいわく、彼女の祖父母、そして母であるユリアはアメリカへ来てしばらくして立て続けに亡くなってしまい、7歳の頃から天涯孤独の身だという。
今までいろんなことをして働いた。人のものを盗んだこともあるし、春を売ったこともある。流れ流れて、今は15歳。移民を雇ってくれるというこの会社に来てみれば、その会社の社長は、母がいつも懐かしく話していた故郷の幼馴染みと同じ名前、同じ容姿。
マリウスは喜んで彼女を雇い入れた。
ステファニアはよく働く気立ての良い娘だったので、多少年は離れているが花嫁にと、マリウスは考え始めた。しかしステファニアには別に想い人があった。それは俳優で遊び人と噂のジョージ・ランバートだった。
マリウスは心配した。そして案の定、ステファニアは他の娘たちと同じように遊ばれて捨てられた。諦めきれなかったステファニアはランバートの家を訪れ、そして悲劇が起きた。
ランバート、一族の風上にも置けない男ーー彼はステファニアの血を吸ってしまった。
息も絶え絶えのステファニアを抱きかかえるマリウス。
ランバートは「こいつは俺のおもちゃにするんだ、永遠に。それが望みなんだろう、えぇ?」と高笑いしている。
そこに一族の長が現れる。
赤い髪に白髪が混じった初老の男。豊かな髭も同じ色。長いローブに身を包み、シルクハットをかぶって紳士ぜんとしている。
彼らは自らをロストアーク、あるいは単にアークと呼んでいた。失われた方舟の一族と。
「その娘の息の根を止めねばねらない。」アメリカ大陸の西側を治める長・ゲインは言って、マリウスの手からステファニアを奪った。
ランバートはステファニアの血を吸ったばかりか、長の許可なしに彼女を仲間に加えたのだ。
「これ以上仲間を増やすわけにはいかない。ましてやジョージの血を継ぐ者など。」長はランバートをねめつけて、ランバートは震え上がった。濃い血を持つ者は、一定の空気を支配することができる。
マリウスは長に願った。「どうかこの娘を行かせないでください。その代わりに私の命を捧げます。一滴残らず。」
するとステファニアが朦朧とする意識のしたから訴えた、「なりません、御館様。私のために命を捧げるなど。そんなことになったら、天国の母が私を許さないでしょう。どうか私のことは捨て置いて。現世では貴方の好意に応えられなかった私ですが、あなたはまさに母が話していた通りの素晴らしいお方。来世ではきっと花嫁にしてくださいまし。」そう言って儚く笑うステファニアの顔を、マリウスは今でも忘れることはない。
ゲインはマリウスの目を見つめた。そしてそこに嘘がないことを知ると、「よかろう」と言った。
そうしてマリウスは長に血を捧げた。正確には、一族が必要なのは生命力(エネルギー)で、エネルギーは血の中に宿るため、多くの一族は血を吸う。だが、転生して何十年も経つと、個人差はあれど、次第に血ではなく、血の中のエネルギーだけを吸い出す能力が備わってくる。ある者は手を当てることで、ある者はただ手をかざすだけで。しかし、ある者はいつまで経っても首筋から血を啜らねばならない。
マリウスは薄れ行く意識の中で、ステファニアが多くの仲間によって運ばれ、そしてランバートが文字通りチリと消されてしまうのを見た。
マリウスは長の住む「村」で食料として飼われた。意外にもそういった人間は多かった。いつか不死を授かろうともくろむ者や、ただ吸血鬼の僕として生きることに喜びを見いだす者。
ステファニアはあれから眠り続けた。時々、血が混ざりあうまで何十日も要する者もいると聞く。
マリウスは眠ったままのステファニアの世話をしながら過ごした。そうして村で過ごすうち、不死は必ずしも喜ばしいものではないと悟った。数日のち、マリウスは一人で生きていかねばならないステファニアをかわいそうに思い、自らも一族に加わりたいと申し出た。
長はマリウスを気に入っていたので、マリウスの願いはすぐさま聞き届けられた。
しかし、マリウスが転生して目を覚ましたときには、ステファニアは二度と目を開けることなく、そのまま石膏のように白く固まってしまっていた。
「ジョージの血が悪かったのだ。あやつも外の者だった。」ゲインは言った。
一族は主に村を作って住んでいたが、自由や孤独を好む者、あるいは規律を嫌う残忍な殺戮者どもは、村から出て無秩序に人間を殺し、または仲間にし、人前で醜態を晒した。一族はそれらの無法者や、彼らによって作られた者を外の者と呼んだ。
長は外の者を始末し、仲間の数を、血の濃度を、適切な範囲に管理しなければならなかった。「人間は我々にとっては食料だ。すべての人間が仲間になってしまったら食料が不足してしまうではないか。」ゲインは言って、不気味に笑った。「しかし、若き王の考えていることはそんなことではないのかもしれぬ。」
マリウスは、掟に従い、泣きながらステファニアの身体を砕いた。それは粉々に砕けて、塵のように舞った。

あと一週間では到底書き上げられないので、ララノコンから抜けました。

吸血鬼ーーー闇の中の生き物ーーー
冷たい瞳、月光の中、光る二つの宝石
伝説、迷信、寓話の中にだけ、その姿を現す。
そしてその中でひっそりと、息を殺しながら、待っているのだろうか、いつか神の御手に帰ることをーーー?

ジェリエルの目は母さんのそれに似ていた。叶えられない夢を見る目。
遠くの国、幸せな未来、愛する人…
昔、目の色の違う人間を初めて間近で見た時、世界がその色に染まって見えるんじゃないかと思われた。
ジェリエルには、この世界は涙色に見えるのだろうか?母さんには何色に見えていたのだろうか?僕はそれをジェリエルに聞いてみたかった。彼なら知っている気がして…。

その時の僕には、誰かを(誰でも良いのだ)母さんの代わりに仕立てあげることが必要だった。そうでもしなければ、僕はほとんど狂ってしまいそうだった。
僕には漠然とした誰かを待っていることはもはやできなかったのだろう。
誰でも良かったのだ、生け贄には。
生きていく目標が必要だった。生きている証が必要だった。
さもなくば僕は死んでしまうしかなかった。
僕を再び引きずり下ろす者ーー
ジェリエルが天使でも悪魔でも、あるいは吸血鬼でも、他に道がない限りは進むしかないのだ。

僕は、意を決してピエールを訪ねた。
ピエールのフロントは僕の顔を覚えていて、拍子抜けするくらい快く対応してくれた。だが、ジェリエルらがもう宿泊していないことは教えてもらえたが、どこへ行ったのかまでは聞き出せなかった。
まさか、もうイギリスへ帰ってしまったのだろうか?論文発表の日までまだ10日はあるはずだが…。
僕は学校に向かい、ショーンに尋ねることにした。
しかし、ショーンを見つける前に、綾子に見つかってしまう。
なぜだか、彼女はいつも僕の前に立ちはだかる。
「リョウ、何日か学校を休んでいたようだけど、大丈夫?風邪でも引いたの?」
綾子は言って、僕に近づいてくる。
そうか、綾子とは専攻が違うけれど、美子さんが僕の後見人なのだから、僕に何かあれば美子さんに連絡が行くのだろう。
今回の無断欠席も、校長から美子さんに連絡が行ったのにちがいない。
「大丈夫だよ。もうすっかり治ったから。
それより、ショーン・メイヤーを見なかった?」
僕が問うと、綾子は怪訝な顔をして僕を見返した。
「ショーン?
見てないわ。どうして?」
話題を変えられたことが気に入らないのだろう。
僕は感受性が強すぎると、よく母さんに言われていた。
綾子は、周囲からは「いつもにこにこしていて穏やかで可愛い」と言われるが、僕にはそうは思えない。きっと顔に出ない微妙な感情の変化を、僕は感じとってしまうのだろう。
「お前は人の感情を受け取りやすいのです。人のことなど気にせず、自分の思い通りに生きなさい。」
思い通りに…自由に…?
そうだ、自由にーー
「見てないなら良いんだ。気にしないで。」
僕は綾子を置いて、早々にその場をあとにした。
綾子が後ろから呼び掛けていたが、無視して足早に去る。

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