趣味力向上作戦

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人生は趣味だ!

スクラップ・アンド・ビルド

東京の街を撮っている。
それは自分の生まれて育ったところだからというのが始りであるけれど、
考えてみると、東京という街の成り立ちは面白い。

小さな漁村に毛が生えたような村であったところが、江戸の幕府を開いたあたりから大きく変貌を遂げた。駿河台と呼ばれた山を崩して運河を掘り、埋め立てをして街を整備した。徳川幕府の江戸時代というのも凄い時代であったと思うけれども、大政奉還となって時代が変わった。明治維新というのはホントに大革命だ。そして、天皇が移ってくることになった。それでも未だに首都ではないというのも不思議なお話だ。

という話はおいといて、東京のルーツはどこに在るのかというと、それはどうやら神田あたりらしい。
そういえば昔、そこにはお玉が池という大きな池があったという。
いまや跡形もないけれど、考えてみると江戸時代から土地を拡げて流通や上下水の整備というのを絶え間なく行ってきた結果に今があるのだなぁと感慨深い。
地震の多いお国柄という事もあって、建物はスクラップ・アンド・ビルド それが日本の文化かもしれない。

そんな目で東京を見渡すと、今ある建造物や景色が何時まで残っていくものか、それにはいろいろな要素があるだろうけども、100年先を考えてみるのも面白いと思う。
例えば大きな津波が来たらどうなるのか?とか 新しいテクノロジーで街はどう変わるのか?
とか、ネタは尽きない。

そして、それには江戸のオリジンだった神田から始めるのが相応しいに違いないと思って、この街を徘徊してるのだ。

kanda

神田 snapbackphoto

新プロジェクトスタート

自分は東京で生まれて育ったので、地元意識というか、やはり地元の事は気になるものだ。
元号が変わる丁度の節目でもあるし、2度目のオリンピックも来年にやってくる。

前のオリンピックの時には、東京の街も色々と様変わりして、思い返すと生活様式までもが変わり始めるきっかけになったのだ。今度のオリンピックではそれほどの事件にはならないだろうけれど、ちょうど元号が切り替わるこのタイミングでは、東京の街を記録しておくのも良いのではないかと思うのだ。
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東京を記述するのに、上町と下町の対比を切り口にしようとして、台地と平地の比較をしようと試みて東京百景"Century scapes"を撮り進めていたが、どうも浮世絵の江戸百景のようには絵にならなくていた。

江戸=東京の成り立ちを考察していくと、どうやら東京の街は神田から始まったというのが自分なりの結論だ。江戸時代に神田山を切り崩して江戸湾を埋め立てて拡げていった。そうして当時世界一の人口規模の都市を作り上げた。それはどうも、インフラ整備や流通や資源リサイクル的な発想も先駆者的であったけれども、なによりも都市改造というか整備の規模と歴史は比類なきことではなかったかと推量している。都市の総合プロデュースみたいな事だ。

そうして場所ごとに色々な役割と人間の配置をしていった。それは自然発生的なものではない。
いうなればUnited village of YedでありUnited streets of Yedなのだと思う。
そして今それはUnited scapes of Tokyoに引き継がれてきているのだ。

令和に作る新しいシリーズをCentry scapes からUnited scapes of Tokyoに革めて始めるのだ。

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三月末にクローズした二つの企画展に参加しておりましたが、沢山の方に見て頂くことができて評判もそこそこなようで嬉しい事でした。

というところで世は春、桜。来月からは新元号の時代が始まる。
ちょうど「ことしの桜」展も開催されるので、ひたすらことしの桜を撮影しようと思う。

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私の青空 - My blue heaven -

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「花」 - Ranunculus-


グループ展参加中

片や既に始まっているのですが現在2つの写真展に参加中

paper pool 3周年記念 「花」展 3月21日〜3月31日

Roonee 247 fine arts 公募展「私の青空」3月26日〜3月31日

いずれも最終日31日は早くクローズになりますのでご注意を。


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皇居前広場には松が植わっている。
この黒松は2,000本ほどもあるそうですが、何時頃からあるのかと調べて見ると、環境省のHPに記載を見つけました。
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江戸城築造前、この一帯は入江となっていて丘陵部にはクロマツが自生していました。皇居前の広場に植栽され始めたのは明治21年からで、その後、昭和14年〜18年にかけて実施された、「皇紀2600年記念宮城外苑整備事業」により、現在のような姿となりました。
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という事です。

松は松竹梅の筆頭にくるめでたい木という事ですが、それに関しては別のところで、こんな記事をみつけました。
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松はその変わらぬ緑から長寿のシンボルとして尊ばれた。また、その毅然とした姿から百木の長ともされた。たしかに、松は華やかな感じはないが、毅然とした大樹の姿には威厳がある。古くから祖霊の宿る木として、門松などに用いられてきた。
 松の字を分解すると「十八の公」となる。これは十八年待って、公=大臣になった人の話が中国にある。松は時を待って隠忍し、チャンスがくれば目的を達する訓えにもなった。松が家紋に採用されたのも、このようなめでたい木だからだろう。
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自生の木だったけど、めでたいし、お城の前に植えるには丁度良いという事だったのですね。

うちの家紋は三階松なのです。

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皇居前 TP05

都庁

TP00から武蔵野崖線をスライスしてきたけれど、東京23区でいうと一番標高(東京湾平均海面)の高いのが練馬区と西東京市と武蔵野市の三重点付近。その少し東側の練馬区関町にある。約TP58となる。
これは丁度23区と市部の境になっているけれど、それから西へ進めば山へ向かってだんだんと標高が上がっていく。東へ進むと海に向かって下がっていく。東京とはそういう地形の街だ。

そして現都庁舎の建っている新宿の西口はTP40
昔の淀橋浄水場は、たしかに周囲よりも少し高い土手に囲まれていた。それでも現在の高層ビル群は掘り下げた貯水槽の底の部分に建っているわけだから、実際にはTP35くらいになるのかもしれない。

都庁のビルへ登ってみる。都心方向を見ると高層ビルや電波塔が目に入ってくるのは、やはり東京のスカイラインだ。で、くるりと振り返ると西には丹沢の山々の向こうに富士山が見える。これは東京のではなく、日本のスカイラインと言うべきものだ。

新宿という名の起こりである、江戸時代に四谷大木戸の外に作られた内藤新宿の街は、都庁から見下ろすと新宿駅から都心に向かって伸びていく。甲州街道に沿って進んでいけば、四谷大木戸があり、その先に半蔵門がある。都庁の反対側は青梅街道に淀橋の橋がかかっている。江戸時代、その外は畑の続く田舎だったとあるから、上町下町の旅も淀橋まででお開きとしましょう。

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借景 TP40 都庁舎の上

私の住んでいた辺りは、ちょうど右窓の下隅ギリギリのあたりだった

#tokyo #100yeartown #上町下町 #tokyopeil

TP+35

東京湾平均海面から35mというと山の手線の西側区間がそのくらいになります。

東京は坂の多い町だと前のblogに書きましたが、これは山の手線の東側ではほとんど坂はありません。
山手線より西側の地域、とくに段丘部分に多いわけですから、著名な名前のついた坂は山の手線の内側に多いという事になりそうです。

その山の手地区にある変わった風物はなんだろうかと言う事なんですが、それが煙突。

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中落合2丁目 TP+35

私は東京に特有の景色であるとか風物を探して歩いているのですが、ちょっと気になったのは大きな煙突のような塔。煙突といえば昔はお風呂屋さんでしたが、今はだんだんと廃業されて見かけなくなってきました。一部愛好家の方型は煙突を探して風呂屋巡りなどもあるようです。
そのかわりに登場してきたのが主要な道路沿いなどに見られる大きな煙突。
あれらは清掃工場で、23区内に21箇所あります。一部建て替え中で閉鎖もありますが、大体そのくらいの数。それとは別に、道の真ん中に奇妙な塔の建っているのは環六(山の手通り)で、これは煙突ではなくて排気塔ですが、首都高の中央環状線山手トンネ部分の上に建っているものです。高さが45mあって、総数14本あります。

これも、他所ではなかなかお目にかかれない、東京の風物だと思います。


#Tokyo #tokyopeil #100yeartown #上町下町

上町と下町

東京では下町と対になる言葉は山の手で、ちょうど武蔵野台地の東端を指す。


専ら地理的な要因から名付けられた呼び名かと思うが、大坂では下町の対語は上町となって上町台地というのもあるけれど、地勢的な理由だけではない意味がある。
やはりそこには武士であれば格付けの問題であるとか、士農工商と区別した中身の、それぞれにおける序列の感覚を含んでいるようだ。

本郷からお茶の水、JR中央線を南に渡って駿河台を下りた辺りを巡ると、かっての台地の上と下における生活環境の差みたいなものが残っているように感じ取れるし、それは赤坂から六本木、麻布へと広がる台地の界隈でも似たような具合だ。

その上町と下町の境となるのが、武蔵野台地の崖線で、ちょうどTP15くらいというのが境界線だ。
TP15より下に拡がる東京の東側地域には見事なまでに海抜15mを超える土地は無い。
そして皇居をフロントラインとして東京の西側には海抜15m以上の台地が続く。
しかしその傾斜はゆるやかで、首都23区の西の端に至っても海抜で50mくらいでしかない。
七井の池(井之頭池)から神田上水を通って江戸へ運んだ上水の工事が大変だったのも判るようだ。

そしてTP30はほぼ山の手通りが巡る辺りに見られるけれど、都心では市ヶ谷防衛省(尾張藩上屋敷)や赤坂迎賓館(紀伊藩上屋敷)より西の地域と青山一丁目から六本木を経て麻布、広尾へと尾根筋がつながっている。

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中野長者橋 TP+30   中野区と新宿区の境、私的には清水橋

#tokyo #100yeartown #上町下町 #tokyopeil #東京湾平均海面

永田町の高台

中央官庁の立ち並ぶ一帯を霞が関と呼ぶけれど、霞が関のあたりは別に高台でもなくて平たい土地に過ぎない。桜田門のあたりから緩い坂を上っていった先にあるのが国会議事堂で、さすがに議事堂のある場所は高台になっている。比べて見ると議事堂のある高さと皇居内の東御苑になる旧天守台のあたりが同じ高さ(海抜)になっている。

国会議事堂の建つ永田町の高台と皇居東御苑(大奥跡地)のあたりは元々の自然の造形によるものだろう。議事堂建築中に関東大震災を被ったが、建物は大丈夫だったというし、しっかりとした台地の上にあるのだ。皇居(旧江戸城)の旧天守台の上面は29.6mとなっている。しかし此処の石垣は盛り土かもしれない。

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国会議事堂 TP+25

さて、霞が関のほうにもどると、どうも霞が関という呼称は土地から来てるのではなさそうで、奥州街道の関所として有名だったところからの地名だとの由。しかし、新拾遺和歌集に出てくる霞の関が現在の千代田区霞が関を指すものかどうかに異論があるというので、逆に納得するところでもある。

こうして地形をなぞってみると、皇居と永田町、麹町といったあたりが武蔵野台地の続きで、まさに上町であり、上町=上士の街でもあったという事だ。一方下町が町人の街であって、大手町、丸の内と言った、堀の内側に武家を配してはいるものの、その先に大規模な町民の街が広がっていた。
そして、有名な江戸の火事も大規模なものは家々の建て込んだ下町で起きている。上町では家と家との感覚も広く、庭や塀の造りもおのずと違うだろうから、別の世界という意味を込めて、町人が上町を「山の手」と呼び習わしたのも判る気がしてくる。

何時も話があちこちに飛ぶのだけど、総括すると国会議事堂はなかなか良い立地の場所に建てられているのだなと納得したのでありました。


#tokyo #100yeartown #tokyopeil #上町下町 #東京湾平均海面

江戸古地図

江戸時代の古地図を見ると、江戸湾から江戸城を上にして作られた地図を良く見る。
昔の地図は北を上にするという規定はないので、色々な書き方がされているし、土地の区割りなども武家屋敷の名前などをみるとあちこちを向いて書かれていて、今の眼からすると読みずらいのだが、昔の人には共通の認識があったのかもしれない。

ところが共通して不思議なのは、海からみたときに「御城」の字が必ず上下逆さに書かれている事だ。
ものの本によると、これは家康が甲府から江戸に入ったときに、通ってきた道が甲州街道で、その終点が半蔵門だという事。本来の江戸城の正門は半蔵門で、だからそこから見た時に「御城」の文字が正立して見えるのが正しいという事になるらしい。

そして、当時で半蔵門こそが土塁の橋をもち、その脇を固めるのが護衛の長である服部半蔵という配置になっている。なので、この説は説得力があると思う。

その半蔵門は凡そTP+20 海面から20mのところにあり、丸の内のとkおろからみると15mほども高いところにある。当にここが武蔵野台地の東端に位置するところなのだ。


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半蔵門 TP20

#tokyo #100yeartown #皇居 #上町下町 #東京湾平均海面 #tokyopeil

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