こんにちはYです。近頃紀尾井文学会では、7月に販売致します夏号の原稿締め切りも近づき、原稿が終わらないとの悲鳴もちらほら聞こえて参ります。文学会っぽくてとてもいいと思います。

本日は、5/7に実施されました、編集のN女史による勉強会の感想を書かせていただきたいと思います。Nさんには、文学とも実は関わりの深い民俗学について、とりわけ動物の「狐」に関するあれこれを発表していただきました。


発表では特に民俗学に見る「動物」(中でも狐)にスポットライトが当たりました。
文学作品においても、夏目漱石『吾輩は猫である』、宮沢賢治『注文の多い料理店』、中島敦『山月記』、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』など、動物はたくさん登場しますね。
更にさかのぼると、小説・文学作品以前の、昔話や風習にも動物の姿は見られます。そこには動物と人間との関わりであったり、動物の象徴する人間の考え方や社会の有り様が見て取れるそうです。これらの民俗学的な「含み」は、それを基に創作された作品世界に奥行きを持たせるものであり、僕たちの普段の読解にも活かし得るということでした。

今回は「狐」について、その文化史や具体的な説話などが紹介されました。
僕たちは狐と言われると、何故かどこか神秘的な存在として捉えてしまいますよね。今ちょっと辞書を引いてみましたが、「狐につままれる」「狐の嫁入り」「狐火」「狐狸妖怪」「狐憑き」など、言葉の中にも、そのような狐観は表れているようです。
そういえば、テレポートを巧みに使いこなすポケモン「ケーシィ」も狐によく似ていますね。


Nさんの発表によれば、日本ほど狐を神聖視する感覚が浸透している文化は稀であるそうです。
また、日本における「狐観」の歴史的変遷を辿ると、そのイメージが二転三転しているのも大変に興味深かったです。レジュメを参考に、以下に簡単にまとめさせていただきます。


弥生時代→稲作の邪魔となる鼠を食べてくれる狐は益獣と見なされ、ひいては豊穣の神とされる。

古墳時代→朝廷による中央集権の過程で、権威に抵抗するアニミズム信仰の民は狐と呼ばれ、排除・蔑視される。しかし、後半に入る山神や神の使いと狐が同一視されたり、『日本書紀』にヤマトタケルを導く存在=白狐として登場するなど、神聖視される。

飛鳥時代→仏教の伝来により、ジャッカル(日本にはいなかったが狐に似ていたので同一視された?)を従えた豊穣の神(後には邪神ともされた)・荼吉尼天と、日本における豊穣の神・稲荷(狐はその使い)が同一視される。この頃から悪狐(妖怪としての狐)が登場し、定着。

近世・近代→稲荷神=豊作・商売繁盛の神。


……そういうわけで、神の使いだと言ってみたり、妖怪だと言ってみたり、なかなかイメージが安定しなくて狐も大変だなあと思いますね。
ですが、この「正と負」「神聖と世俗」という二面性こそ狐の本質であり、マージナルな存在、「こちら」と「あちら」の仲介者として、我が国の風習や物語においてその役割を果たしてきたのだそうです。

言われてみれば「狐の嫁入り」(空が晴れているのに雨が降る)なんかも、ちょっと不思議な感覚、日常にありながら異郷に足を踏み入れるような、まさに「境界」にいるという気持ちになりますよね。
狐というのは面白くて、仮に鬼に目をつけられたら死ぬほど怖いけど、狐だったらせいぜい「化かす」程度だろうという気がしてしまって、我々はどこか軽視してますよね。軽視してるけど、少し怖いし、またやはりそれなりに敬っている。
僕たちは上に挙げたような不思議なもの、「あちら側」に魅力を感じてやまない感覚があって、だからこそその入り口に姿をあらわす狐に、親しみとも憧れともつかない微妙な感情を抱いてるんだろうと思いました。

とても丁寧な調べと、「マージナル性」に主眼を置いた発表がとても面白かったです。
そんな流石のN女史と共にDS版「大神(おおかみ)」の発売を楽しみに待ちながら、ここらで失礼させていただきます。