TVピープル (文春文庫)
TVピープル (文春文庫)
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村上春樹はファンタジーで難解な長編小説だけを書くと思われがちだが、実は「日常」を描くことにも巧みな作家だ。特にそれは本書のような短編小説に発揮されている。表題作「TVピープル」はテレビの向こう側の世界からやってくる、人間を一回り小さくしたようなTVピープルが「僕」の前に出現し、彼の現実を歪めていくという物語だ。ストーリーだけを述べるとまるで絵本のような世界だが、実はテレビという新しくて便利な機械をひたすら礼賛し、高度化する科学に支配されつつある世界に身を任せて己を省みようとしない人間への皮肉が感じられる。また、他にも表面上は文句もなく満足した生活を送っているが、単調で変化のない日々にあせりを覚える主婦が不眠症に陥る様子を描いた「眠り」。彼の手にかかると人々のありふれた日常生活が物語になる。村上春樹の文学が多くの現代人の共感を得るのは、自分たちの生活によく似た生活を描いている点にもあるのだろう。(A)