小野茂樹歌集 (現代歌人文庫 21)
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記憶に残るのは総体ではなく部分で、それだから思い出されるのはいつだって断片である。時おり急に鋭さを持ったまなざし、やや猫背の後姿、振り向くときの少し首をかしげた様子。声色。指の丸められた華奢な手。小野茂樹はまぎれもない天才であったが、彼の天才たる所以の大きなひとつはそのような断片の切り取り方の見事さと美しさにあるだろう。僕たちが共感し何かを思い起こすと同時に、そのような切り取り方があったかと新鮮な気持ちにさせられる歌の数々。彼の短歌は現実と不思議な距離と透明感をもって隔てられており、それはもしかしたら彼が夭逝したこととも関係があるかもしれない。「髪いぢる/手に光あり/わが前に/きみただ明日の/ひととして立つ」。瞬間を結晶化させたような彼の歌は定型詩たる必然性も同時に持ち合わせており、瑞々しく愛唱性のある作品群は永遠の若さとして今日も尚、そしてこれからも僕たちの前に立ち続けることだろう。(O)