げーむ部屋

アニメ・映画・読書などを通じて、フィクション・ノンフィクション問わずTRPGのネタになりそうなものを集めています。

1914年からはじまった第一次世界大戦の最中、ドイツはUボートを使って商船や油槽船を襲う通商破壊作戦を行いました。

1915年7月30日、北大西洋において哨戒任務を行っていたドイツ潜水艦U-28は、絶好の獲物を見つけます。
相手はイギリスの貨物船イベリアン号、排水量5223トン、全長180メートルという船です。

U-28はさっそくイベリアン号に攻撃を敢行、見事に魚雷を命中させ、これを撃沈することに成功します。
傾いたイベリアン号は、船首をほとんど垂直に天に向け、ものすごいスピードで海中に没していきました。
イベリアン号が海に沈んでから約25秒後、水中爆発が起こり、水柱が空高く上がりました。
その頃には、イベリアン号の船体は水深100~200メートルまで沈んでいたと考えられます。
U-28のゲオルグ・ギュンター・フォン・フォルストナー艦長と5人の船員は、浮上した潜水艦の司令塔からイベリアン号の破片が宙に舞い上がる様を見ていました。

そのとき、彼らは目を疑うような光景を目撃することになります。
海の中からとてつもなく巨大な生物が飛び出してきたのです。
その生き物は海面の近くにいたところを爆発の衝撃波で投げ出されたらしく、もがきながら大きく宙を舞い20~30メートルの高さに上がったかと思うと、再び海の中へと落ちて消えていきました。
その怪物は体長20メートルほどでワニに似た姿をしており、手足には水かきがあったといいます。
しかし、死んではいなかったようで、そのまま二度と浮かび上がってくることはありませんでした。

それはまるで、中生代白亜紀の地球に生息していた大型の肉食海棲生物モササウルスに似ていたということです。

しかし、当時のドイツ海軍の報告書にはU-28がシーサーペントに遭遇したという記録は残されていません。
確かに、U-28という潜水艦は存在していて、1915年から出撃していましたが、1917年9月2日に自らが沈めた貨物船の爆発に巻き込まれて沈んでいます。
これによって、怪物を目撃したはずの乗組員達も全員戦死してしまいました。
ただ一人、事前の人事異動によって艦を離れていた、1915年当時の艦長ゲオルグ・ギュンター・フォン・フォルストナーを除いては。

どうやら、この話は海軍の記録に基づくものではなく、戦後にドイツの地方新聞が行った艦長へのインタビューがもとになっているもののようなのです。

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シーサーペント

本作はDCの人気ヴィランであるジョーカーの誕生にまつわる物語。
悲劇とも喜劇とも言える彼の人生にフォーカスした完全オリジナル・ストーリーで、狂気で人々を恐怖に陥れるジョーカーそのものではなく、孤独な男がジョーカーになるまでのリアルなドラマが描かれています。

物語は犯罪と貧困が広がる街ゴッサムで心に問題を抱えながらピエロとして生計を立てていた男アーサー・フラックに災難が降りかかり続け、コメディアンとして再起を図るもどん底から狂気に陥って、次第に自分を貶めた社会への復讐を画策する、といったお話。
とにかくアーサーは災難に遭い続け可愛そうで仕方がない奴で、最初はちょっと同情してしまいますが、段々と常軌を逸してきて観客がドン引きする悪党となっていくという、かなりサイコスリラーな作りになっています。

一応、アメコミ映画のくくりではありますが、他のいわゆるアメコミ映画と比べるとかなり地味であり、ほとんどアクションもないので、そういった路線は期待しないほうがよいでしょう。

トッド・フィリップス監督も参考にしたと語っていますが、どちらかというとマーティン・スコセッシ監督の映画「キング・オブ・コメディ」の雰囲気にかなり近い作品です。
キング・オブ・コメディ」で狂いゆくコメディアンを演じたロバート・デ・ニーロが、本作ではアーサーを狂わす司会者役なあたりはかなり狙った作りとなっています。

また、作中には所々に謎が散りばめられていて、それらの解釈によっても観方が変わってくるあたりは、何度観ても楽しめる作品だと言えるでしょう。
特に、アーサーの妄想と現実が交錯するシーンが作中に幾つか登場しますが、どこまでが現実でどこまでがアーサーの妄想なのかの境界線が曖昧になっていく感覚を通じて、狂気の演出に深みを与えています。

ストーリーの構成もさることながら、なにより主人公を演じるために24キロも体重を落としたホアキン・フェニックスが見せる狂気は圧巻で、凄みを感じさせます。
一足早く公開されたヴェネツィアやトロントの国際映画祭では、ジョーカーを見事に演じたホアキン・フェニックスの演技が絶賛されており、早くもアカデミー賞が期待されています。

また、ヴェネツィア国際映画祭ではコンペティション部門へ出品され、世界で初めてお披露目されました。
映画の上映が終わると、ジョーカー誕生の物語を目にした観客は、約8分間のスタンディングオベーションを送りました。
そして映画祭の最高賞となる金獅子賞を受賞しました。
もちろん世界三大映画祭において、アメコミ作品が最高賞を受賞するのは初の快挙です。

これは、いままでのアメコミ映画の枠を超えた本作のような作品が、これからもっと増えてきて、アメコミ映画というジャンルがもっと面白くなっていくのを期待させてくれる、そんな作品だと言えるでしょう。

アンネリーゼ・ミッシェルは1952年9月21日に旧ドイツ連邦共和国、バイエルン州、ライプルフィングのカトリック信徒の家庭に生まれました。
彼女はヨゼフとアンナ夫妻と3人の姉妹たちの元で、敬虔なキリスト教徒として育ち、教会のミサに週に2度、通っていました。

アンネリーゼは16歳の時、激しい痙攣に悩まされ、両親は彼女を精神科医に診せました。
その診断は、てんかんと癇癪発作、そして強い抑鬱症状というもので、アネリーゼは入院をすることになります。
1970年6月、アンネリーゼは、入院していた精神病院で発作を3回起こし、この時初めてフェニトイン薬を含む痙攣に効く薬の処方をされました。
同月、アンネリーゼはプロペリシアジン薬を処方されました。この薬も同じように精神分裂症などの精神病や精神障害行動のある患者に処方されるものです。
しかし、医学的治療をどれだけ重ねても一向に彼女の症状は改善されることはなく、ますます悪化していきました。
体は大きく跳ね上がるほどに震え、毎日のように悪魔のような顔の幻覚を見るようになり、幻聴の中の悪魔の声がアンネリーゼに様々な指令を与えるようになったのです。

信心深いカトリック信徒である彼女は、この症状は悪魔によるものだと考え始めました。
やがて、アンネリーゼはキリスト教に関する場所や十字架のような聖品に拒否反応を示すようになりました。
これらの様子から、アンネリーゼの家族もそのように確信するようになり、悪魔祓いを要請するために神父を訪ねます。
しかし、悪魔憑きの証明ができなかったため、最初のこの要請では神父は悪魔祓いを拒否しています。

アンネリーゼの身体的な症状は悪化し、自分自身の尿を飲んだり、昆虫を食べる行動をとるなど自己損傷に向かう攻撃的症状が見られるようになりました。
1973年11月には、アンネリーゼに対しカルバマゼピン薬の投与が始められました。
これは発作を押さえ、激しい持続的な気分の変化を特徴とする気分障害、典型的な双極性障害の治療に用いられる気分安定薬です。

アンネリーゼの両親に会った司祭のエルンスト・アルト神父は、アンネリーゼを見るとすぐに、「彼女は癲癇の患者とは似ていない」とし、そしてアルト神父はアンネリーゼが発作を起こしたところを見ていないと宣言しました。
アルト神父は アンネリーゼが悪魔に支配されているために苦しんでいると確信し、地元の司教に対して悪魔祓いの儀式を許可してほしいと訴えました。

1975年の9月、ヨーゼフ・シュタング司教は、司祭のアルノルト・レンツ神父がカトリック教会の1614年版儀式書に基づいて悪魔祓いの儀式を行うことを承諾し、但しこれは、秘密裡に行うよう命じられました。
レンツ神父は同年9月24日に悪魔祓いの儀式で最初のセッションを行い、アンネリーゼの両親は医学的治療を探すことを止めて悪魔祓いの儀式のみに頼ることとしました。
悪魔祓いの儀式の67セッションは、1975年から1976年にかけて約10ヵ月間、1週間に1、2回のセッションが行われ、そのセッションは最高4時間かかるものでした。

1976年6月30日、最後の悪魔祓いの儀式が行われました。
その直前にはアンネリーゼはほぼ絶食状態にあり、体は痩せ細り肺炎を患って高熱に苦しんでいました。
顔を自分で壁に打ちつけたため、目の周りはどす黒い痣ができ、歯は折れていました。
そしてその翌日の7月1日、アネリーゼは23歳の若さで息を引き取ったのです。
最期の言葉は「お母さん、私怖い」というものでした。

アンネリーゼの死後、彼女の両親と悪魔祓いを実施したエルンスト・アルト司祭及びアルノルト・レンツ司祭の2人の聖職者は殺人の疑いで裁判にかけられました。
検察は、アンネリーゼは重度の精神疾患であり、医学的治療と適切な食事を必要としていたと主張しました。
一方で弁護側は、悪魔祓いのビデオを法廷に持ち込み、彼女に悪魔が取り憑いていたということを司法の場で証明しようとしたのです。

陪審員たちの下した判決は、懲役6カ月、執行猶予3年というものでした。
悪魔の実在については信仰の問題であるとして法廷は判断を避けましたが、執行猶予がつき実刑とならなかったという事実は、遠まわしに法廷が悪魔の存在を認めたと解釈できると捉える人もいました。

これが、悪霊の仕業であるか、精神病であったのかをめぐって神父が法廷で裁かれたこの事件は映画「エミリー・ローズ」のモチーフにもなりました。



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