2005年05月21日

一枚も。。。

一枚も書いてない。
もう5月後半だけど。。。
巻き返しをはからねば。



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2005年04月24日

笑いについて

前回の群像新人賞を受賞した方の新作を群像4月号で読む。
たぶん読者を笑わせようとしているのであろうなあという描写がいくつもあるんだけど、どれも笑えなかった。

小説の主人公が作家自身ととられてもしかたない書き方をしているんだけど、
主人公と作家の距離が近すぎて、
ものの見方があまりに一面的なんじゃないかなーって思ってしまって、
なんとなくひっかかってしまって、あんまり小説に寄り添って読むことができなかった。

批評の精神がないところには笑いも生まれないわけだね。
ものごとを俯瞰することのできる書き手の文章には自然とおもしろみがにじみでている気がする。

女性が書いた小説でなかなか笑えるのってないんだけど。
絲山秋子さんと瀬尾まいこさんの小説はなかなか笑えます。
特に絲山さんの乾いた筆致。すごいなあ。

kirico_s at 22:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年04月21日

ひらめいた

小説の導入部。
ひらめいたとたんに、主人公にまつわる細部がつるつると出てくる。
久々に書けそうな気がする。
感傷的にならずに、たんたんと書いていきたい。

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2005年04月20日

ペドロ・パラモ雑感

終生スサナに恋いこがれたペドロ・パラモのモノローグは叙情性に満ちている。暴力と策略で大地主にのしあがった冷酷なペドロ・パラモの言動とは対照的だ。しかしそうした内面と外面のコントラストの中にこそ彼の悲劇性が潜んでいる。
(ペドロ・パラモ訳者解説より)


母親におばあちゃんの手伝いをしてきなさいとしかられる幼年時代のペドロ・パラモ。感じからいって12,3歳くらいの印象を受けるのだが、叱られている最中彼はスサナの「露を宿したように濡れた唇」のことを考えている。
「おまえのことを考えてたんだ、スサナ」ではじまるこのモノローグは子ども二人が凧揚げをしているシーンを回想しているだけなのに、やけにエロティックだ。
しかし再度母親にはやく行くようにうながされた彼は「トウモロコシの粒もぎの手伝いにきたよ」と子どもらしい闊達さで祖母のもとへとやってくる。

このギャップ。うすらさむいような、それでいてどきどきするような、
コントラストのはっきりしたギャップ。
これは小説を牽引していく力のひとつだと思う。




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2005年04月19日

プラトン

正しく哲学している人々は死ぬ事の練習をしているのだ。そして、死んでいることは、かれらにとっては、誰にもまして、少しも恐ろしくないのである。こういう風に考えてみたまえ。もしも、かれらが到るところで肉体と仲たがいをしてきて、魂それ自身だけを持とうと熱望してきたのに、そのことが起こると、恐怖を覚え憤激するというのでは、これ以上の不合理はないだろう。

『パイドン魂の不死について』プラトン

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2005年04月13日

文學界新人賞に応募2

『ペドロ・パラモ』を電車の中で読み進める。

違うよ。相変わらずあの娘はおれに首ったけさ。だけど会えなかったんだ。町がなくなってたんだ。霧だか煙だか知らないけれど、一面に立ちこめてさ、コントラはどこにもなかった。ずいぶん遠くまで行った気がするんだが、何もなかったんだ。あんたに話しにきたのはあんたならわかってくれるって思ったからだよ。

荒野が舞台だからこそ書ける文章だ。
強弱はありながらも連綿と町が続いている今の日本では、同じようなことを書いてもリアリティが保てないと思う。
でもこのざわざわする感じを何とか移し変えられないものか。


小説のおもしろさってなんなんだろう?
小説を書くことによって何を考えたいのか?
書きあぐを読んで以来いつも考えている。
今日、中国政府の記者会見を見て、
いつもだったら何だよ中国ふざけんなって思うだけだったんだけど、
この国はどうしてこういうことを言うんだろう?って考え込んでしまった。
反日感情をある程度黙認しておいた方が、国民の目を国内問題からそらせるからだ、
なんて、そういう表面的なこと、どっかで聞いたようなことじゃなく。
ただ純粋に、なんでなんだ?と思った。

人は理解しあえないのだということ。
誰とも。どんなに身近な人間とも。
そこに軋轢とかあるいは逆に好意とかが生じるのであって、
それが世界で、そこを切り取っていくのが小説。


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2005年04月12日

文學界新人賞に応募

日々小説のことを考える時間を持つために、
そして小説を書くモチベーションをアップさせるために、
このブログをはじめることにしました。

6月末までは文學界新人賞に応募(前期)ブログ
10月末までは群像新人文学賞に応募ブログ
12月末までは文學界新人賞に応募(後期)ブログ
3月末までは文藝賞に応募ブログ

でやっていくつもりです。

1年間に小説を4本書く心づもりで。

とりあえず4月中はプロットをたてる。
そして5月中に1回書ききる。
6月は推敲&応募。

ネタ探しに『ペドロ・パラモ』を読む。
これは大陸の小説だ。
ある印象的なシーンを
日本に置き換えたらどうなるだろうと考える。
面白さを損なわずに置き換えられないもんか?
まだ考えている。明日も考えよう。

もうひとつのネタ探しは『トリックスター』。
さらに『一日一文』。

常に立ち返っているのは保坂和志の『書きあぐ』。


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