ヒトなどの恒温動物の深部温度は、内部環境保持の一環として
37℃前後に保たれています。一方四肢の体温は末梢に近いほど
外気温に平行して下降する変動性を示します。
これは四肢温の恒常性を犠牲にしても深部温を保つということです。
深部温が下がる身近な例として寝冷えがあります。
寒冷時では、健常者でも四肢温は冷えているのが普通ですが、
自分が「冷え性」だとは思いません。
「冷え」に「冷えを苦痛に感じる」という要素が加わったものが
「冷え性」になります。
※寒いと感じるとき
体温よりも過度に外気温が低ければ生体は「寒い」と感じます。
これは生命を維持するための「生理的な(当たり前の)働き」です。
この「寒いと感じる状態」が続くと深部体温は下がり命に危険が及びます。
低体温症とは、一般的には、自律的な体温調節の限界を超えて
寒冷環境に曝され続けたり、何らかの原因(濡れた衣服や冬場の泥酔)で
体温保持能力が低下することで、 恒常体温の下限を下回るレベルまで
体温が下り、 身体機能にさまざまな支障を生じるもののことです。
いってみれば非日常的な状態ですが、これが昨今、日常的に(慢性的に)
増えているといわれていて、その原因として ストレスや不規則な生活、
食生活の乱れ、運動不足などで、 自律神経がうまく働かないことなどが
考えられています。慢性低体温症(厳密には「低体温」であって、
低体温症と 区別される)の人は、
生命活動に必要な熱が産生されていないため、日常生活において
様々支障をきたします。慢性化しているために、
いろいろと不調は訴えるが、「寒い」とは感じない人も少なくありません。
慢性的に低体温の人は、基礎代謝が低下しているために体温が低く、
セットポイントが低く設定されているため、核心温保持のために末梢血管を
収縮させるということも起こりません。
よって、さほど他覚的に「手足が冷たい」 ということがなかったりします。
一方、このような人は自律神経が乱れているため、
快適に過ごせる温度の範疇が狭く、
暑さにも寒さにも弱いというケースが多いです。
※「冷え性」は体質的傾向、「冷え症」は疾病。
2.寒冷時の静脈循環
1)四肢動静脈の構造
外気温が非常に低い場合、手足の皮膚表面温度もかなり低下し、
実際に手や足は冷たく感じます。しかし簡単には凍傷や霜焼けになる
ことはありません。それは「四肢の深部温」はあまり下がっていないからで、
皮膚や皮下組織による断熱効果と、37℃ほどある動脈血が 体幹から
四肢深部に流入するためです。
動脈と深部静脈との間で熱交換が行われているため、
低温となった還流静脈は そのままの温度で体幹に流入することはなく、
体幹に温かい血液が環流されます。
※冷え性は、「局所循環障害型」と
「冷えに対する知覚過敏型」に分類されます。
前者は冷えを訴える部位を他者が触って
実際に温度低下を感じるものであり、
後者は温度低下はそれほど目立たちません。
2)知覚過敏による冷え
寒冷時の健常者の四肢は、浅部温低下の場合であっても、
魔法瓶のような仕組みで深部温は守られています。
このような場合、触ってみて手足が冷たくても、
本人は それを大して苦痛と感じていません。
同じ状況で苦痛に感じるのは知覚過敏によるものです。
※知覚過敏には先天的なものと後天的なものがあり、
後天的に知覚過敏となる理由の一つには「痛み」と同じように、
ストレスが関係しているということは考えられます。
ストレスによって痛覚閾値が下がるように、
ストレスによって冷覚閾値が下がることはあり得ることです。
3)基礎代謝低下による冷え(慢性の冷え)
革心温度を一定に保つ働きの中枢は視床下部です。
核心温度を一定に保つために
身体は寒冷時は温暖時と比べて、多くの熱を体内で産生します。
このとき、過不足のない熱量を産生する必要があり、放出熱量の度合いは、
外気温に反比例します。つまり外気温が低いほど、
産生する熱量は増加します。
基礎代謝を増加できない場合、身体は核心温度低下を防止するために、
四肢動脈血流を減らそうとします。
このために四肢は浅部・深部ともに温度が低下します。
これは慢性の冷えによくみられます。
※基礎代謝量が低い人は、
体内において体温調節のセットポイントが下げられ、
結果として核心温度も下がっています。
このような人は、セットポイントが下がっているために、気温の高い夏に、
ちょっとした暑さでも汗を流すことになります。
「暑がりの寒がり」はこのようにして生まれます。
東洋医学の体質分類において、
「気虚タイプ」と称される人に多くみられるものです。
逆に考えると、基礎代謝量が高い人は、
セットポイントが高いところにあり、
核心温度も上がり、ちょっとした寒さでも「とても寒いと感じる」。
結果として暑がりの寒がりならぬ、「寒がりの暑がり」が生まれる、
というようなことが起こりそうですが、そうはなりません。
平常時の体温が、健常者の一般平均体温といわれる「36.5℃」を
下回る(35℃台、中には34℃台も)人はいても、
健常時に常に体温が37℃台の人いません。
3.冷えの憎悪因子
1)基礎代謝に関与するホルモン
体温上昇作用にある代表的なホルモンに、
甲状腺ホルモンと黄体ホルモンがあります。
①甲状腺ホルモン:老人性の冷え症、甲状腺機能低下症の者の冷え症
②黄体ホルモン :黄体ホルモン分泌増大が、
成熟女性の基礎体温の高温期を作ります。
黄体ホルモン分泌開始期である思春期と、
分泌終了期である更年期は
ホルモン分泌が不安定となり、冷え性となりやすいです。
2)アレルギー
末梢血管調節は自律神経によって、
視床下部からの司令に基づいて自動調整されます。
アレルギー反応で、ヒスタミンなどの血管拡張物質が放出されると、
神経支配を無視して 状況に関係なく血管を開く方向に作用します。
微笑血管の血流量が増大し、血管透過性が
亢進することで血液中の水分間質に漏出することで、
体熱を必要以上に放散することになります。
喘息・アトピー性皮膚炎・鼻アレルギーに代表される
Ⅰ型アレルギー疾患で、 ヒスタミン などの血管拡張物質が放出されますが、
これも「冷え」に関係します。
4.冷えが根底にある症状
「冷え」は「冷え性」と異なり、本人はあまり苦痛を感じませんが、
東洋医学的には重要な所見です。
冷えを改善することでよくなる病気がたくさんあります。
1)睡眠障害
入眠に入ると、代謝率低下、発汗量増大によって体温が下降します。
体温が高いほど睡眠総量は多くなります。
運動習慣のある人に不眠症が少なかったり、
入浴をするとよく眠れることは経験上知られています。
2)胃腸障害
腹は四肢と異なり本来核心温度を維持しなければならない部位です。
腹が冷えると、胃腸機能の低下を起こし、胃腸の中にある消化物を有害物質
として認識して、すみやかに体外に外出しようとします。このため、
胃腸平滑筋収縮 → 蠕動運動亢進 → 下痢腹痛 となり、
「寝冷え」のときなどにみられます。
3)足のむくみ
冷え症のむくみは、主として下肢に出現します。
これは静脈の還流障害にるものです。
静脈の還流は主に、①筋ポンプ、②呼吸ポンプ、
③心臓の吸引効果、 によって行われますが、
下肢においては影響が強いのは筋ポンプ作用です。
筋ポンプ作用とは、骨格筋が収縮する際に、筋肉中の静脈が圧迫され、
血液が押し出される働きをいいます。この時、静脈弁が逆流を防ぎ、
必ず心臓方向に流れるようになっています。ところが静脈に血行不良が
起こると、静脈中に血液が溜まるようになり静脈圧が高まります。
すると毛細血管の圧も高まり、間質腔に血管内に血球成分を残した体液が
染み出し、これが溜まると浮腫となります。アレルギーがあると、
ヒスタミン等の炎症伝達物質が毛細血管透過性をさらに亢進させます。
4)めまい・立ちくらみ
起立性低血圧では、急に立ち上がる際に、めまい・立ちくらみが起こります。
これは起立時の四肢末梢の血管収縮反射が不十分なために、一過性に
脳虚血となるためです。
先述の通り、健常者であれば寒いと核心温度を保持しようと
末梢の血管は収縮します。
末梢血管が収縮することで核心温度が保たれます。
言い方を変えれば,「核心温度保持=冷えがない」ということです。
つまり冷えがある(核心温度が保持できない)ということは、
寒冷時においても末梢血管がうまく収縮しないということ。
末梢血管がうまく収縮しないと血管抵抗性が減少し、
めまいや立ちくらみが起こりやすくなります。
※ 「冷えからみる3つのタイプ」
①核心温度も末梢温度も充分
双方共に充分なため、核心温度を保持するために
末梢血管を収縮させる必要がありません。
本人も冷えを感じていないし、他者が手足を触っても冷たくありません。
②核心温度を確保するために末梢血管が収縮
核心温度は保たれていますが、そのために末梢血管が収縮されて
いますので、他覚的に手足は冷たくなっています。
③核心温度保持のために末梢血管は収縮しなくてはならないが
それがうまく機能していない。
このようなタイプは、核心温度も低く、核心温度が低いために当然
末梢温度も低い(つまり手足が冷たい)のですが、
手足が冷たい理由は末梢血管が収縮したためではなく、深部温度が
低いことに伴って低い。
5.冷え性への日常的対処と注意点
1)入浴
①全身浴
39℃程度のぬるめの湯に長時間浸かる。熱い湯だと、
深部温度があまり上がらないうちにガマンできなくなるから。
②半身浴
体温よりやや高めの温度(38~40℃)の湯に、下半身のみ浸かります。
足から内臓に還流する静脈血を37℃前後で長い時間循環させることで、
体芯を温めます(血液は50秒で体内を一巡します)。
※足湯は逆効果という説
足部の温度センサーの感度をにぶらせ、基礎体温を低く設定してしまう
というのがその理由だそうです。
※入浴は一時的には体温を上げるためのものですが、継続することで
自律神経の失調が改善されます。
2)体操
筋量の多い下半身のウェイトトレーニングなどがお薦めです。
※筋量が増えることで高くなった核心温度は、
その増えた筋量が維持されている間は、半永久的に保たれます。
5.冷え性の現代医学的治療
1)男性ホルモン投与
女性ホルモン(エストロゲン)注射は、主にのぼせ、ほてり、発汗亢進に、
男性ホルモン(テストステロン)注射は、疲労感、無気力、冷え性、不眠に
効果があるそうです。プロビオネートは隔日に3回程度注射するとのこと。
※女性の場合、男性ホルモンを注射することに抵抗感を持つ人も多いよう
ですが、老化の原因は、男女共に男性ホルモン減少が大きな理由の一つ
というのが 男性ホルモン投与の理由のようです。
不足したホルモンを補完するのではなく、ホルモンの持っている
自律神経調整作用によって治ることを期待してというのがその理由。
2)星状神経節ブロック
交感神経緊張緩和のための一方法。
6.冷え性の鍼灸治療
1)下腹部と腰仙部の加熱
①鍼灸治療の考え方
下腹部にカイロを入れておけば、入れない場合と比べて、
下肢温度は低下しません。
高熱のあるときに脇の下と両大腿部部に氷枕を挟むと解熱するため、
このような方法を行っている病院もあるそうです。
逆に同部にカイロを入れれば体を有効に温められるかもしれません。
②鍼灸治療の実際
下腹部:斉への味噌灸また塩灸
腰仙部:大腸兪、次髎への灸頭針もしくは置鍼+赤外線
普通の施灸では力不足で、灸頭鍼・温灸・赤外線などを用いて
積極的な加熱を行います。
気持ちがよいという程度ではなく、我慢できる限界近くまで温度を上げます。
2)筋ポンプ作用の回復
①下腿筋群の筋緊張緩和
若い女性の冷え症は、一般的に下腿屈筋群のヒラメ筋、後脛骨筋、
長趾屈筋、長拇趾屈筋の硬結化と過緊張が
主要な原因と言われています。
これらの筋群の緊張を緩めることで、
冷えが改善させると考えられます。
②下腿後側~大腿内側~ソケイ部の筋緊張緩和
中高年の冷え症では、下腿の循環障害に加えて、
膝内側上果部ソケイ部で循環障害が阻害されている場合があります。
大腿内側筋、鵞足部筋の筋硬結は大腿動静脈を圧迫し、
下腿の循環障害を生じ、冷えの一因となります。
ソケイ部の循環阻害因子が、
冷え症に慢性腰痛を併発している症例で顕著に認められるのは、
腸腰筋が緊張肥厚し、ソケイ部を圧迫するためと考えられます。
3)冷えのある部へ直接刺激
冷えのある部は血行が悪くなっています。
これは動脈血管壁が狭小になっていることや、
静脈還流がうまくいかないために、
動脈血は四肢末端まで充分流れることができません。
鍼灸をすると、その直後は血管は収縮しますが、
その後血管は拡張することが確かめられていますので、
それを利用しての方法です。
局所刺激(足の冷え)のツボとして、照海、失眠、湧泉、燃谷、公孫など
4)足以外の冷えの治療
足・下腿・腰は冷えが多く見られる場所です。
大腿外側や肩甲間部が冷えるという訴えもあります。
大腿外側は腸脛靭帯部で筋肉部位に比べてもともと皮膚温は低く、
また肩甲間部は、汗が出やすい部位で比較的誰でも冷えを感じます。
カイロなどで患部を直接温めるという方法で対処するのが、
最も現実的な方法でしょう。
8.静脈瘤
1)病態・症状
静脈が異常な拡大を生じ、弁の不全により、血液の逆流や鬱血などの
還流障害起こしたものです。下肢に多発。40才以上に多い。
2)治療
理論上は、自律神経の中枢に刺激を伝達する洞刺は、
静脈の血行にも有効であると考えられますが、
器質的なものに働きかけることはできません。