飯能河原の脇にある水天宮様から諏訪八幡神社の方向に歩いてゆくと、豊川陀枳尼真天神社がある。

すぐ上は飯能と名栗を結ぶ幹線道路である県道70号線が通り、多くの車両が行き来している。
極めて簡素な神社であるが、真新しい幟が建ち並び、絶え間なく信仰されている様子がわかる。

豊川陀枳尼真天神社
社殿の左脇から県道に上がると、すぐ目の前が諏訪八幡神社である。

豊川陀枳尼真天神社の祭神である荼枳尼天(だきにてん)はヒンドゥー教の女鬼(半女神)であるという。

この聞き慣れないネーミングはサンスクリット語(梵語)のダーキニー(Ḍākiṇī)にそのまま漢字を当て嵌めたものである。
さらに日本に伝わり神として祀られることになり荼枳尼に「天」とつけて荼枳尼天となった。

ダーキニーは、インド神話ではカーリーという血と酒と殺戮を好む戦いの女神の眷属とされる。
カーリーとは大黒天女であり、シヴァ神(日本では大黒天)の妻サティーの転生とされる。サティーは慈悲深い美貌の女神であった。

なぜ「血と酒と殺戮を好む戦いの女神」と「慈悲深い美貌の女神」が同じなのかは解らないが、そのカーリーの眷属だから「慈悲深く美しい戦いの女神」ということになるのだろうか(^^;

ダーキニー神
首に髑髏を巻き付けているのが何とも…(^^;

仏教の荼枳尼天は剣と如意宝珠を持っている姿で描かれることが多く、中世には密教立川流でも祀られたという。

荼枳尼天は狐に乗るとされることから、日本では狐が稲荷神の眷属ということにからんで稲荷神社と同一視されるのである。
そうしたことから豊川陀枳尼真天神社とは豊川稲荷神社と同一と見てよいのだろう。

真言密教と関係深く、戦国時代は城の鎮守稲荷としても祀られることが多かった。
また寺院の鎮守稲荷として荼枳尼天を祀ることが多いことから、すぐ上にある観音寺の鎮守であったのではなかろうか。

現在、豊川陀枳尼真天神社と観音寺、諏訪八幡神社の間には大正七年に県道が新設されて分断されてしまった。
あるいはこの時に若干社地も移動されているのかもしれない。

場所はこちら 


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