久須美の白鬚神社は名栗に向かう県道70号線が永田台へ上がる交差点を直進し、名栗川と共に大きく曲がるカーブを過ぎると右側に見えてくる。

簡素な両部鳥居をくぐると正面に入妻作の拝殿がある。

久須美白鬚神社 (23)

久須美白鬚神社 (8)

主祭神は猿田彦命で、他に素盞鳴尊、菊理媛命、宇迦之御魂神を祀る。
久須美村の天台修験教順坊が、延文年間(1356~1360)に勧請したと云う。
江戸時代の天明2年(1782)に焼失し、2年後に再建された。

久須美白鬚神社 (12)

久須美白鬚神社 (18)
拝殿の前には水を溜める平らな巨石がある

久須美の白鬚神社の境内には、巨石が複数鎮座している。
拝殿の前には手水鉢のように水を溜める平らな巨石があり、その右側には高さが4~5mほどもある巨石を筆頭に数個の巨石が身を寄せている。
現在は寄り集まった巨石の中心にイチョウの木があるが、まだ若木である。
狭まったところは、まるで胎内のようにも感じられる。

久須美白鬚神社 (17)

久須美白鬚神社 (14)

鳥居が密教で云う金胎両部伝法灌頂(こんたいでりょうぶ・でんぽうかんぢょう)を表しており、修験者はこの巨石群に胎蔵界を重ね見たのかも知れない。

巨石は神の宿る磐座(いわくら)である。
古代より巨石は人々の目を引き神聖視され、やがて神祀る場となった。
いわゆる象徴的なアニミズムをここに見ることができる。
久須美の白鬚神社の境内は、常世(とこよ)と現世(うつしよ)を隔てる神奈備の領域である。

周辺は前に名栗川が流れ、背後は山に囲まれるが、神社の鎮座地一帯は南斜面のなだらかな傾斜地ではあるが、近くに巨石と繋がりそうな地形は見あたらない。つまり巨石は忽然とそこにある。
神社としては最も古い景観であろうと思う。

久須美白鬚神社 (21)
磐座の前にある小社は本殿とは違う方向を向く


勧請されたのは延文年間とされているが、おそらく古代より人々の信仰を集めた場であったのではなかろうか。

北西200mほどのところには縄文時代の遺跡として長割間遺跡がある。
むろん確認されているというだけで、周囲にはまだ未確認の遺跡もあるのだろう。

また、真西の方向には岡部氏が拠ったという小瀬戸城もよく見える。


白鬚神社の本社は滋賀県高島市鵜川の琵琶湖畔に建つ白鬚神社で、近江国最古の神社とされている。
謡曲『白鬚』の舞台であり、勅使の道行が白鬚神社に参拝すると明神・天女・竜神が現れて、比叡山の縁起を語るという物語である。
そしてここで登場する琵琶湖に釣り糸を垂らす翁こそ白鬚明神である。

飯能にある白子神社や他の白鬚神社のほとんどが、近江国白鬚神社と同じく猿田彦命を祭神としており、当社も同様である。
猿田彦は天孫降臨の時に道案内として登場する国津神で、元は伊勢国五十鈴川の川上が故郷であるという。
猿田彦は豊穣の神だが、天孫降臨で道案内をしたことから、後に道の分岐で集落を守る道祖神・岐の神(ふなどのかみ)とも同一視され、隣村との境界にあってその土地を守る鎮守と考えられていた。

修験者が巨石を聖域と見て開いた当社は、長く久須美の鎮守として大切に祀られ、いまも周辺自治の拠り所となっている。

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