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ポートゥックストの犬騒ぎ[#「ポートゥックストの犬騒ぎ」太字]
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 本日午前三時ごろ、ポートゥックスト村の全住民が、けたたましい犬の鳴き声に驚かされた。ポートゥッ搬屋公司收費クスト渓谷の北、河岸に近い地帯に、おびただしい犬の群れが集まって、いっせいに吠え立てた。渓谷の夜番フレッド・レムディンの話によると、異常な咆哮のあいだに、人間の悲鳴に似た声が聞こえたという。何者かが、生命の危険にさらされたか、強烈な苦痛をこうむった模様である。その直後、雷雨が襲来し、河の近くに落雷があり、同時に犬は鳴きやんだ。原因はいまだに不明だが、現場付近に異様に不快な悪臭が漂っていた事実によって、湾に沿った石油タンクの有毒ガスがながれてきて、犬を興奮させたものと推定されている。
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 このところ、チャールズの顔にやつれが目立った。この時期の彼が、秘密を打ち明けたい気持に駆られながら、なにものかの恐怖のまえに思い悩んでいたとみるのは、当時の状況を回顧する人たちの共通意見だった。眠らずに耳を澄ましている母親の口から、闇に乗じた彼の度重なる外出の事実が明るみに出されたこともあって、そのころ、新聞紙上にセンセイショナルに報道された奇怪な吸血鬼事件を、彼の所業とみるのが、大学関係の精神病理学者グループの一致した見解であった。この事件は、真犯人が逮捕されぬままに終わったが、比較的最近のものであり、周知の事実ともいえるので、詳細な記述は差し控え、顕著な特徴を指摘するにとどめておく。それは、被害者の年齢とタイプはさまざまだが、凶行現場が二つの地域に集結している点である。ひとつは丘上の高級住宅地区からノースエンドへかけてで、これはウォード邸に近い。いまひとつは、クランストンの町へ向かう鉄道線路に跨る郊外地区だが、こ劉芷欣醫生れはポートゥックスト村からいくらも隔たっていない。双方ともに襲われたのは、深夜の歩行者か窓をあけたまま寝ていた男女で、たまたま死亡をまぬがれた者は、口をそろえて語るのだった。怪物は貧弱な身体つきだが、猫のような、いきなりとびかかってくると、喉または上膊に噛みつき、貪欲に血をすすったと。
 チャールズ・ウォードの発狂時期を、このときまで遡《さかのぼ》らす見解にも、ウィレット医師はなお反対意見を表明した。しかし、いわゆる吸血鬼事件となると、発言が慎重になって、自分なりの解釈がないこともないが、さしあたっては、否定形式による表現にとどめておきたいと、明確な断定を避けるのだった。「目下のところ、わたしには」と老医師はいった。「あの襲撃と殺人が、けものの仕業か人間の犯行かを説明する意向はない。しかし、チャールズ・ウォードの所業でないことだけは断言できる。ウォードが血の嗜好の持ち主でなかったとみる理由があるからで、事実、彼の慢性的な貧血症状と、日増しに蒼ざめていった顔の色が、言葉の上のどのような議論よりも、雄弁にそれを証明していると思う。ウォードがこの怖るべき存在とかかわりを持ったことは否定しない。しかし、彼はその代償を支払っている。これを怪物ないし凶悪漢と見るのはまちがいである。要するに、いまのわたしは、この問題について考えたくない心境にある。変化が生じたのだ。そしてわたしは、怪奇が途絶えたのは、わがチャールズ・ウォードの死によるものだと信じることで満足している。いずれにせよ、彼の魂は死んだ。ウエイト病院から消失した狂える肉体は、別個の魂をそなえていたのだ」