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ガリオンはぱっと回れ右すると、湿った芝に爪を食い込ませてありったけの速さで農場めざして走った。後方で恐れおののく象たちの悲鳴と足を踏みならす音が聞こえ、それにかさるように巨大なドラゴンの耳をつんざくうなりが聞こえた。ガリオンは死にものぐるいで走った。ポルガラや他のみんながどんなに対抗手段をとろうとしてもザンドラマスに効果はないこと、〈鉄拳〉の燃える剣だけがザンドラマスを追い払えることを知っていたからだ。
 遠くはなかったが、狼の走りかたで四肢をちぢめては伸ばして進む何秒間かが何時間にも思えた。ドラゴンの吐く火が、前方の上空にわきあがった雷雲を照らしているのが見えた。青ざめた薄気味悪い稲妻がけいれんするようにジグザグのすじを描いて雲から落下した。そのうちにドラゴンは巨大な翼を折りたたみ、逆巻く火のあとから農場めがけてまっさかさまに落ちてきた。
 ガリオンは飛ぶように走りながら姿を変え、燃える〈鉄拳〉の剣を頭上にふりかざして門のほうへ走りつづけた。
 最後の瞬間にドラゴンはばかでかい翼を広げて、依然として火と煙を噴きながら農場の構内に舞い降りた。蛇のような首を大きく回し、庭を取り巻く木造建築物に白熱した炎の渦を吐きかけた。乾燥した木材が焦げて煙をあげはじめ、あちこちでドア枠のすきまから小さな青い炎がちろちろと上へ伸びはじめた。
 ガリオンは燃える剣を高々と持ち上げて庭へかけこむと、くるったようにドラゴンに切りつけはじめた。「きさまには魔術はきかないかもしれないがな、ザンドラマス!」ガリオンはわめいた。「これならどうだ!」
 ドラゴンは悲鳴をあげて、炎のカー テンにガリオンをくるみこんだ。だが、かれはそれを無視して〈珠〉と剣の青い炎でドラゴンを打ちすえつづけた。ザンドラマスはついにその執拗な猛打にそれ以上耐えられなくなり、空中に飛び出してやみくもに大きな翼をはばたかせた。やっとのことで宙に浮き、農場の二階の屋根をかろうじて飛び越えた。それからふたたび地上におりて、建物に炎を吐きかけた。
 ガリオンは再度対決しようと門から飛び出したが、とたんに棒立ちになった。そこにいたのはドラゴンだけではなかった。不思議な光輪に包まれた青い狼が、姿を変えたダーシヴァの魔女と相対していた。次の瞬間、かつてポルガラがスシス・トールでとてつもなく大きく膨張してイサ神に立ち向かったように、また、ガリオン自身が〈永遠の夜の都市〉でついにトラクと宿命の対決を果たしたときにやったように、青い狼はみるみる巨大化しはじめた。
 両者の対決はさながら悪夢をつむぎだす繭だった。ドラゴンは炎で、狼はその恐ろしい牙で戦った。狼は実体がなかったから――牙以外は――ドラゴンの炎は効果がなく、狼の歯は非常に鋭かったが、ドラゴンの鱗だらけの皮を貫くことはできなかった。すさまじい、だが終わりのない戦いに両者は荒れくるった。やがてガリオンはあることを発見したような気がした。光はドラゴンにはマイナス要素だということだ。頭上の空はりをとどめるちぎれ雲によっておおわれ、稲妻の不機嫌な閃光がかえって空をくすませていたが、狼が突っ込むたびに、ドラゴンははっきりとすくみあがっている。ガリオンはピンときた。狼の牙はドラゴンを傷つけることはできないが、青い光輪にはそれができる。光輪はいわば〈珠〉の輝きや、〈鉄拳〉の剣の火に匹敵するものらしい。ポレドラを囲む青い輝きは、彼女が狼の姿を装ったときに、どういうものか〈珠〉の威力にあずかったのだ。無敵のドラゴンの姿でいるときでさえ、ザンドラマスは〈珠〉とそれに類するものをおそれている。ドラゴンのおびえぶりが目立ってくるにつれ、ポレドラはいきおいを得て牙をむき、残忍な突進をくりかえした。そうこうするうちに、突然両者は動きをとめた。無言の同意が行き交ったかのように、どちらも本来の姿に戻憎悪を目にたぎらせて、ザンドラマスとポレドラはふたりの女として向き合っていた。
「警告したはずよ、ザンドラマス」ポレドラが死のように冷たい声で言った。「おまえがわたしたち全員を支配する〈宿命〉の目的を妨げようとすれば、いつでもわたしが邪魔をするわ」
「言ったはずだよ、ポレドラ、おまえなどこわくはないとね」魔女は応酬した。