「防災メールまもるくん」がおすすめできない理由。

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今朝はスマホに繰り返し入ってくる警報メールで起きました。

ムスコが高校生になり、6時半には家を出るため、4月から5時起きの生活です。

眠い頭で、ムスコに朝食を食べさせ、弁当を作ったので、

「そうだ、電車が動いているのか確認しなきゃ」と、思ったのはその後のことで。

筑豊線が運転見合せ!

制服に着替えてきたムスコと改めて、テレビをつけたところで、学校から休校のメールが入りました。

実は、河川氾濫の危険水位に達した川がうちの校区にも出て、「避難指示」の発令はあったのですが、その頃には、雨が普通程度になっていて、テレビと窓の外の様子にはギャップがあったのです。

河川事務所のHPで当該河川の状況はライブカメラで確認できます。覗いてみると、その川は確かに水位が上がっていましたが、一番恐れている遠賀川はまだまだ余裕がある様子。

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休校になったムスコを置いて、仕事にも行ってきました。

うちよりも山沿い、うちよりも北の方が雨は強かったようで、ムスコが同級生としているLINEグループの画像には、

image折尾駅



image水巻駅



こりゃ簡単には運行再開せんわ・・・今回の深刻さがやっと伝わった思いでした。

パソコン教室では、今週、講習内容を変更して、防災関連調べ方にしていました。

私のおすすめは、

yahoo!天気・災害
https://weather.yahoo.co.jp/weather/


天気予報、警報の確認ができますが、一番は雨雲ズームレーダー。パソコンなら1時間後まで、スマホ版なら6時間後までの雨雲の動きが見られます。

NHKニュースweb
http://www3.nhk.or.jp/news/


テレビで放送されたニュースが同時配信されることと、天気予報のページが、テレビを見慣れていると見やすいと思います。
配信量が多いので、見たいニュースがトップページから消えてしまうのも早いのですが、ホットワードから辿ったり、サイト内検索などで探した方がいいのですが、それらのアクションパーツが見つけやすい配置になっています。
ネットニュースは偏りが目立つところも多いので、NHKから入るのが無難かと。

遠賀川河川事務所
http://www.qsr.mlit.go.jp/onga/


土手道まで行かなくても、ここのライブカメラで川の様子が確認できます。夜もバッチリです。
ライブカメラで目に見えて上がってきたなと感じたら、リアルタイム水位を避難判断の最終材料にするというのが私の見方です。

余裕があればTwitterやYouTubeで検索しますが、まあこちらは玉石混淆なので。デマ、遅延に注意しながら見る必要がありますね。

そして、やっぱり今回もイマイチな結果になったのが「携帯メールまもるくん」。福岡県が運営している防災メールです。

理由がこちら。
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避難指示が八幡西区の一部地域に出ているのはわかったけれども、

「その一部地域って何処だよ!」

相変わらず、このメール一発で行動に移れないメールです。

災害対策としては、yahoo!天気や災害のアラートの方が、よっぽど早いので、まもるくんの役割はもう終わったのか、もしくはガラケーに限定されたサービスと割り切った方がいいのかもしれない。

細切れなメールを送られるよりも、ひとつのメールで行動につながる内容はしっかり入れて欲しい。
そして、これだけメールが連発するときは、メールタイトルだけで緊急度と対象の地域がわかるくらいの工夫はして欲しい。
警報の発令と解除のメールのタイトルが同じってのもねぇ。

毎日、仏壇前で何拝む?

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朝食後、デイサービスの迎えが来るまでの間に、毎日数分間仏壇の前に座り、線香をあげて、しばらくいる姑。

ちょっと前までは、
「お父さん、早く迎えにきて」
と言っていたようだが、最近は何を話すでもなくボーっとしている。

昨日の5月12日に、

「今日、何の日か覚えてる?」

と聞いてみた。すると、

「知らんばい。14日なら母の日ばい」

と、余計な情報は入れてきた。

ちなみに、姑は姑の姉妹同士が非常に仲が良く頻繁に連絡をとり合っていたのだが、この時期になると「母の日に何をプレゼントしてもらったか」を自慢し合うという嫁泣かせな習慣があった。(しかももらったプレゼントに対して「使う」「使わない」「いらないから持って帰れ」をその場でハッキリ言ってしまう人でもあった)

5月12日は、舅の命日だったんですけどね・・・。


ウチで同居する半年前までは、ご院家さんに月命日欠かさず来てもらっていたんですけどね。


まさか、自分の旦那の命日よりも、母の日の方が大事な情報なのか?!


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朝、パソコンを立ち上げたら、Skypeにメッセージが入っていた。

連絡先リストに登録されている方の誕生日通知。

でも、その人はすでに故人。


高齢層を相手に仕事をしているので、年々こういった事が増えてくる。


リストから削除しようかと思ったけれど、


まあ今日は故人を偲んでそのままにしておくことにした。


そういって、また来年もこのメッセージを見ることになるかもしれないけど。(^_^;)

ばあちゃんの問題発言。

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昭和世代なら、認知症のイメージは大滝秀治が演じた映画のイメージが強いと思う。
私も姑の認知症に直面するまでは、そういうものだと思っていた。

だけど、認知症の症状は、そんな画一的で分かりやすいものではなかった。

姑の場合、物忘れも大分出てきてはいるけれども、自分の身の回りのことはできているし、ちょっと雑談をする程度では認知症であることは見抜けないと思うほど達者だ。

ただ姑にとっての問題は、臭いに関する認知がすっかり衰えてしまったことだ。

トイレに関することは姑の自己管理に任せると半日もすれば尿臭で近寄り難い状態になってしまう。

我が家に身を寄せるまでは、毎日歩いて買い物もしていたので人より健脚でもあっただろう。
実年齢よりも若く見られることを自慢していた頃もあった。
よく出かける人だったので、出先でトイレの心配をしたくなかったのだろう。水分もあまり摂らない人でもあった。

姑は自分のことを「トイレが遠い」性分と認識している。

だけど、認知症が出始めてからすっかり外出の回数が減った。
比例するように足腰も弱くなり、腹圧で尿意をコントロールすることも難しくなった。
うちで引き取る直接の原因が熱中症だったこともあり、高血圧でもあり、水分の摂取量は真っ先に上げた。
水分量を人並みに摂るようになっただけで、高血圧も、姑が長年悩んでいた便秘も解消されたが、水分を摂るようになった分、出る量も増えているはずである。
しかし、姑の「自分はトイレが遠い」という認識は揺るがない。

放っておけば何時間でもソファに座りっきりになるので、トイレを促すのだけれど、先日の姑の返事はこれだ。

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姑は、うちに来たのとほぼ同時にリハビリパンツと替えパッドの重ね付けの状態にしてもらっている。
今時の吸収ポリマーの性能はよほど良いのか、尿漏れがあっても濡れて姑が不快と感じることはないらしい。
トイレを促しても、自分が動きたくない時は、

「濡れとらんばい。見るね」

とすら言うこともある。

水分を吸収するのには、なかなかの高性能を発揮してくれている替えパッドだが、出ているものは大人のオシッコ。それも服薬している人のオシッコなので時間に連れて独特の臭いが出てきてしまう。

この臭いが姑には認知できない。
それはそれは、相当な臭いの時でも姑には分からない。

そしてこの臭いは洗濯しないと取れないし、染み付くと洗濯しても取れなくなる(買い替えるしかなくなる)。

自分のトイレ習慣を過信しないで、時間で替えるように癖付けをしたいのだけど、姑の自尊心や自主性がなくなってしまうのと良くないと思い、強く言い聞かせることもできない。

そんなこんなで、今日もトイレを促しては同じやり取りをして、
「ばあちゃん、自分をいくつだと思っとんの?何時間も貯めておける年じゃないよ」と言ってみたり、
替えパッドが濡れとらんと言われれば、
「布オムツじゃないんだから、いつまでも濡れとる訳なかろう」と言ってみたり、
毎日このやり取りを繰り返している。

トイレ問題は、洗濯も掃除もする立場なので、そして放置し過ぎれば自分の仕事が増えるだけなので頭が痛い。

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テレビで刀剣の映像が出れば、

「こんなので切られたらやわないね」と言ってみたり。

他人の殺人未遂事件のニュースには、

「この人、バカやね」と一刀両断な姑がいます。

顔にまだはっきりと傷跡の残る息子の傍らで。

こんなことを言っている時の姑の頭の中には、この傷のことも、もう一人の息子がこの傷を作ったことも、飛んで行ってしまっているのだろう。

事件から、もうすぐ一年が経ちます。


この一年。やりきれない、整理できない気持ちばかりでした。


8年は全くの無職で、それ以前も職を転々とし、実家のことも自分のことも姑ゃダンナ任せで部屋に籠り続けて、姑が認知症になった途端に姑の貯金の半分を引き落として散財を始めた長男。
それを三男の旦那が咎めて、長男から「殺す」と言われ始めたのが一昨年の夏。


間に入ってもらった年長のいとこに、
「お前がちゃんと兄ちゃん扱いしないからもめる」と言われ。

夏の裁判では、群馬ですでに重体だった母が待っている中、

裁判で、投げやりに「覚えてない」と「わからない」を繰り返す長男。

幼少期の同じように長男から虐待されて、ダンナ以外の家族とは音信不通でもあり、一番ダンナの気持ちが分かっていると信じていた次男から、
「出所後は、自分が長男の責任を取る」と弁護側に立たれ。

親族間の争いという理由だけで減刑され。

6年。

罪状が「殺人未遂」でも親族相手だから6年。

凶器は「ドス(あいくち)」だったけれども、家の敷地から出ていないからと「銃刀法違反」はつかず、6年。

6年は、私やダンナにとっては安心して暮らせるリミットだ。
その時に、今度はどうしらたいいのだろうと、いつも考えてしまう。

救いはムスコが成人になって自分の身を守るのは本人に任せられるようになっているだろうことくらい。
食欲も精神状態も良くなった姑は、まだ生きている可能性が高く、姑がいればきっとまた姑を頼ろうとするだろう。

ダンナは話をしに行って帰り際に後ろから首元を狙われた。

そんな小賢しい人だ。

反省もせず、同じことをしに来るとしか私は思えてならない。

事件になる前に、私たちは何年も、姑と長男の生活には口出しせず、姑が動けなくなった部分は姑が望むままに手助けをしてきた。

長男による姑の貯金の使い込みと、姑の入院は私たちにとっての限界点だった。
入院の支度をするために姑の身の回りの中から、直近2カ月分のガス使用量が0立方メートルの検針票を見て、姑を元の生活に戻すことはできなかった。

そんな姑に頼り切り、姑の貯金を半年で使い切った末に「一人じゃ生きていけん」とデイサービスに来てまで泣きつく長男に、何を期待できただろう。
どこを兄として敬えただろう?

生きることに投げやりで「自分はもう長くない」が口癖なくせに、誰かに寄生てでも生きようする長男。

精神的にはかなり安定してきたものの、仏壇の前で「早くお迎えが来てほしい」と拝み続ける姑。

意識がなくなる直前まで、明日のことを考えていた私の母に、その無駄な生を分けてほしい。
そう思わずにはいられない私は非情な嫁だろうか?


正月に、自宅の電話へ、連続してワン切りと無言の電話があった。

気持ち悪がった私たちのムスコの前で、姑が、

「長男からかもしれない」

と収監されていることを忘れた姑が言った。

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