2020年07月10日

運動靴  その3

父親と男の子が
林の中を駆けてくる
父親は青いシューズ
男の子は赤いシューズを履いて

面はゆげな顔の二人
肩が触れ合うほどに寄り添ってはいるが
声を交わすわけではない
ただ無言で会話している

「速くない?」
「だいじょうぶだよ」
「木の根っこ、気を付けて」
「分かった」
「いい気持ちだね、朝走るのは」
「うん」

木漏れ日を背に、二人は万緑の中を遠去かっていく
遠い日の私と息子のように

やがて、私は踵を返し、宝石をちりばめたような朝の林の中を行く
思い出が私の胸にさみしく広がっていく


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kiyo0816 at 13:49|PermalinkComments(0) 散歩詩集 

2020年07月06日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その26

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・「〜しなければならない」
have to は「客観的必要性があって〜しなければならない」
must は主観的に「〜しなければならない」

・「香り・におい」
scent  良い香り
smell  良い香り、悪いにおい


◎「ローマの休日」のセリフ

ヘネシー支社長とジョーの狐とタヌキのばかしあいのような会話が続く

★JOE.
You have practically owned me for a couple of years now, but that's all over.
I'm gonna win that money and with it, I'm gonna buy me a one way ticket back to New York!

★HENNESSY.
Go on, go on-I'll love to hear you whine!

★JOE.
And when I'm in a real newsroom, I'll enjoy thinking about you, sitting here with an empty leash in your hands and nobody to twitch for you!

★HENNESSY
So long, Pigeon

★ジョー:
これまで何年間もあなたの奴隷だったんだ。でもこれで終わりです。その金でもって、ニューヨークへ帰る片道切符を買うんです

★ヘネシー支社長:
もっと言え、もっと言え。お前の泣き言を聞くのは大好きだよ

★ジョー:
本社の編集部に戻ったら、誰もいじめる相手のいないあなたが、空っぽの引き綱を手にして座っているのを想像して楽しみますよ。

★ヘネシー支社長
あばよ、カモ野郎


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2020年07月03日

散歩詩集  2

朝焼け


切り絵のような黒々とした稜線
東の空が燃えている
闇の中、鳥たちはやけににぎやかだ

稜線の上に長々とのびている雲
遠くに見える高層建築
それらを刻々と色を変えて染めながら
東の空が燃えている

橋に立つと
巨大な鐘の音が東から西に空を渡っていくようだ

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2020年06月29日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その25

◎ラジオ講座の落穂ひろい

「勝つ」について
・「相手を打ち負かす、倒す」と言う意味で、目的語に人やチーム名が来る場合の「勝つ」はbeatやdefeatを用いる

・「勝利や商品を勝ち取る」「戦いに勝つ」と言う場合の「勝つ」はwinを用いる
(例)
Win a victory 勝利を勝ち取る
Win a game   試合に勝つ
Win a election  当選する



◎「ローマの休日」のセリフ

ヘネシー支社長とジョーの狐とタヌキのばかしあいのような会話

★HENNESSY:
That particular story would be worth five grand to any news service.
But, er, tell me Mr. Bradley-if you are sober-just how are you going to obtain this fantastic interview?

★JOE :
I plan to enter her sick room disguised as a thermometer.
You said five grand? I want you to shake on that.

★ヘネシー支社長:
そんな特ダネだったら、どのニュース社だって5000ドルは出すだろうよ。しかし、ブラッドレー君、もし君がしらふなら聞くが、どうやってそんな素晴らしいインタビューをやってのけるのかね?

★ジョー:
体温計に化けて病室に入り込みます。5000ドルと言いましたよね?その約束で握手してください


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2020年06月25日

散歩詩集  1

王の船


綿にくるまれたような朝まだき
川は上りもせず、下りもせず
桜色の雲とマンションが、鏡のような川面に映っている

エンジン音を響かせ、しじみ漁の小舟が一艘、川を遡って来た
雲とマンションが砕ける

木の間越しで顔は判然としないが、漁師が一人、舵を握っている
王のように

彼は金と黒の縞模様の波を残して川上に遠ざかり
波はとろけたチョコレートのように私に向かって来る

川岸の石垣が横面をひっぱたかれて目を覚ます


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2020年06月17日

外国語講師募集

エバンス外語スクールは下記の内容で講師を募集しております。
興味をお持ちいただけた方は、下記のメールアドレスにお問い合わせいただければ幸いです。

◎言語: タイ語、韓国語、中国語、その他外国語。および手話。
◎条件: ご自宅で個人レッスンの出来る方。出張レッスンのみ可能な方も可。
◎採用: 書類選考他(経験不問)
◎対象地区: 広島県全域

*****************************
エバンス外語スクール
〒732-0067:  広島市東区牛田旭2丁目4―10
Tel: 082-221-9720
e-mail :info@evans-gaigo.jp



Recruitment of lecturers

Evans Foreign Language School is looking for lecturers with the following contents.
If you are interested, please contact us at the following e-mail address.

◎Language: Thai, Korean, Chinese, and other foreign languages. and sign language.
◎Conditions: Those who can take private lessons at home.
◎Recruitment: Document screening, etc. (no experience required)
◎Target area: Hiroshima Prefecture

Evans School of Foreign Languages
732-0067: Ushida Asahi 2-chome 4-10, Higashi-ku, Hiroshima
Tel: 082-221-9720
e-mail: info@evans-gaigo.jp


kiyo0816 at 15:19|PermalinkComments(0) スクール日記 

2020年06月08日

早朝の散歩  6月8日

5時00分〜5時50分am

朝5時。
西の空にほぼ満月の有明の月。
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写真に撮りたくて牛田大橋に急いで行く。

干潮で川底が姿を見せた浅瀬で、鷺が水中に時々頭を突っ込んで朝の漁をしている。
鷺の細長い脚は抜き足差し足に都合よくできている。
上から見ていると小魚の群れが水面にさざ波を立てて逃げていく。
それを鷺が早足で追って行く。
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上ったばかりの朝陽が林の中に緑のグラデーションを描いている。
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水神さんにはバナナが備えてあった。
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川岸には泥に埋もれた木製の川船の残骸。
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白潮公園の使われていないポンプの周りに赤、黄、青のトランプが散乱している。
何となくシュールな情景。
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今朝すれ違った散歩人
男8人、女6人。一番多いのが70歳代と思える人、次が50歳代らしき人達。
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2020年06月03日

早朝の散歩 6月3日

4時50分〜6時00分am

4時半、外はまだ闇。
静寂を破って一羽の鳥が鳴く。
全く濁りのない、澄んだ、よく通る声だ。

近所のスナックの扉に「閉店御挨拶」の張り紙。
ここもコロナの影響だろうか。

5時、男性が二人、通りの反対側を歩いていく。
顔はよく見えないがかなりの高齢者と思われる。
体が前かがみになり、歩幅が狭いのでそれと分る。
ということで、意識して上体を立て、大きな歩幅で歩くが、こうすると腹筋背筋を使わなければならないのがよくわかる。
川の向こう岸は、今日はとりわけ鳥の声がにぎやかだ。
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私の好きな大木の下にたたずむと、ハトが三羽、舞い降りてきた。
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昨日はカラスに理由もなく恫喝された場所だ。カラスが黒い帽子の人間を襲うことがあると知ったので、今朝はグレーの帽子をかぶってきたのだ。
カラスと違ってハトは無口で、控えめで、押しつけがましいところがなく、好感が持てる。
3本の大木(ジェネラルと命名している)の真ん中に立ち、風に揺れる葉をしばし眺める。

昨日に続いて今日も川岸でセグロセキレイを見た。
知己を得た感じがする。
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白潮公園の林の中は朝陽とそれの作る影がはじけるように燦爛している。
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石の上に置き忘れられた小さなハンカチ。
近くにベンチもあるのに、その人はこの場所が気に入ってここに腰掛け、忘れたか、あるいは明日もここに来ようと思って、ハンカチを残していったのか。
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そこから見上げる景色はこれ。
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風に乗って胃袋を刺激するにおいが漂ってきた。
これは餃子でもなく、豚まんでもない。
シュウマイの匂いだ。
朝食にシュウマイを食べる人はどんな人かと想像しながらその匂いの中を歩く。
女でなく、男。老人ではなく、未成年でもない。
35歳の男、とみた。
ベトナムでは35歳の男のことを「ベーメラム」と言うと開高健のエッセイで知った。
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June 3 (Wed.)

4:50 - 6:00 am

Half past four, the outside is still dark.
A bird sings in silence.
It's a clear, well-passed voice that's totally muddy.

"Closing greetings" is attached to the door of the snack in the neighborhood.
I wonder if it is the influence of corona here, too.

At five o'clock, two men walk across the street.
The face seems to be a considerable elderly person who does not see well.
Because the body bends forward, and the stride is narrow, it understands it.
So, raise the upper body consciously, but walk with a large stride, it is easy to see that you have to use the abdominal muscle sitback in this way.
On the other side of the river, the voice of the bird is especially lively today.

Three pigeons came falling when standing under my favorite big tree.
Yesterday was threatened by crows for no reason. I found out that crows sometimes attacked people in black hats, so I wore a gray hat this morning.
Unlike crows, pigeons are silent, modest, impositionable, and have a good feeling.
Standing in the middle of three large trees (named General), he looks out at the leaves swaying in the wind.

Following yesterday, I saw segroceki on the riverbank today.
I feel like I've got myself.

In the forest of Hakutyo Park, the shadow which makes it with the morning sun is bright as if it may burst.
A small handkerchief left on a stone.
There was a bench nearby, but did the person sit here like this place, forget it, or leave a handkerchief to come here tomorrow?
The scenery which looks up from there is this.

The smell of stimulating my stomach in the wind drifted.
This is not a dumpling, nor a pig bun.
It's the smell of shumai.
I walk in the smell imagining what kind of person i am to eat shumai for breakfast.
Not a woman, but a man. It is not an old man, and it is not a minor either.
I imagine 35-year-old man.
In Vietnam, i learned about a 35-year-old man in an essay called "Bemelam" and ken Kaoko.





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2020年05月31日

早朝の散歩  5月30日

4時50分〜5時40分am

いつもより20分近く早く家を出る。
見事な朝焼けだ。
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車はまだライトをつけて走っているが、大気は雲の色と同じうす紫色に染まっている。
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川に向かい通りに人影はなく、私一人だ。
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川沿いの道に出ると今日はいつにもまして風が強い。
半そで、半パンの男性が私を追い抜いて行く。
川岸の草むらから虫の声が聞こえてくる。

上流からカワウが一羽飛んできた。朝の漁の始まりだ。
川は眠らないが、対岸の林はまだ眠っている。
後10分もすれば山の端から顔を出した太陽の斜めの光線が差し込み、高い梢から目を覚ましていく。

川沿いのパン屋のガラス窓の奥には、仕事を始めている職人さんの姿。
「あさ いちばんはやいのは」という子供向けの歌の歌詞にこうあった。
今も昔も、パン屋は早起きだ。

あさ いちばんはやいのは
パンやのおじさん
あせかいて あかいかお
しろいこな こねる
ヨイコラショ ヨイコラショ

工兵橋を渡ったところにある大木群の下に立って、深い森の中にいる自分をイメージしながら、ザワザワと鳴る葉擦れの音を聞く。
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まだほの暗い川岸に降りて、川にカメラを向ける。
波紋がきれいに撮れた。
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「合流」のマンホール
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川岸の木が一本川に倒れ込んでいる。
幹の太さが20センチほどのまだ若い木なのにどうしたことだろう。折れたのではなく、切られたのでもないのに。
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白潮公園の林の中にビワの木を見つけた。高さは2mを超えているのに、どうして今まで気が付かなかったんだろう。誰かが食べたビワの種を捨てたのが、運よく芽を出し成長したのだろうか。
まだ実は小さいが「これが大きくなったなら…」と、捕らぬ狸の皮算用をしているのは人間だけではない。
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東の空には秋を思わす雲。あの茜色の雲はほんの40分ほどでこんなにも姿を変える。
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2020年05月29日

早朝の散歩  5月29日

5時10分〜5時50分am

ふと気になって路面にあるマンホールの写真を撮る。
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今朝見つけたものでは広島市の管轄しているものが4種類、民間のが1種類。
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「汚水」の流れているマンホールと、「雨水」の流れているそれが区別されていることを初めて知った。
映画「第三の男」のように、何者かに追われて地下水道を逃げ回ることになったら「雨水」のほうを選びたいものだ。

工兵橋のたもとにあるジェネラルは地上2mのところで枝分かれし、それがまた枝分かれして横に広がり、堂々たる風格だ。
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林の中で昇る朝日の方向に向けてカメラを構えている人がいる。
私と同じような朝陽愛好家を見つけた。
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座っている人を見たことがないベンチ
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久しぶりに川沿いの水神さんの祠に手を合わす。
「お金が転げ込んできますように」
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林の中の短い坂を下って川岸に出る。
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この川岸には少なくとも20年前までは一本の木が立っていたそうな。
満ちれば根元を水が洗う、ついには根が支えきれなかったのか。その残骸が泥の中に倒れている。
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この川岸では、夏になると川に飛び込んではしゃぐラプラドルレロリバーを見る。
うれしくてたまらない様子で、ほとんど半狂乱になっている彼(彼女?)を見るといつも梁塵秘抄の「我が身さへこそゆるがるれ」の思いに駆られる。
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路上にカラスの羽
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2020年05月28日

早朝の散歩  5月28日

5時10分〜6時00分am

快晴、風は肌寒い。

手術をしたので三週間ぶりの散歩だ。
見ると川岸の直径70センチほどの木が切られて、切り株だけが残っている。
切断面の新鮮さからして切られて間もないのが分かる。痛々しい。
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切断面には点々と多くの小さな穴が開いているが何のためだろうか?

道路の反対側をカカシが走ってきたと思ったら、両手にダンベルを下げた男の人。
川岸の草むらの中から懐かしいクビキリギスの鳴き声。
去年その存在を知った春に鳴く虫だ。
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工兵橋を渡り始めると風で帽子が飛ばされそうになるが、川が風の通り道であることが分かる。
渡り切って林の中に入ると、そこは朝日を浴びて木漏れ日が乱舞する。
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牛田大橋に突き当たった所に、前々から気になっている不思議な一角がある。
レンガ塀の一部が残り、地面には建物の土台と見えるコンクリートの残骸が残っている。来週会う予定になっている郷土史家のNさんに尋ねてみよう。
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川岸の泥のいい写真が撮れた。
この色は陽が昇ったばかりの一瞬のもの。すぐに平凡なただの泥になってしまう。
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コロナウイルスの影響で「使用禁止」のテープで囲われていた公園の遊具からそのテープが消えていた。
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ちなみにこの一角は地元の人からは「白潮公園」(はくちょうこうえん)と呼ばれていることを先日教えられた。
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2020年05月26日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その24

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・oneは名詞の繰り返しを避けるために使われる代名詞。
しかし、oneは数えられる名詞にしか使えない。

(例)He likes white wine better than red wine.    
彼は赤ワインより白ワインのほうが好きです
(ここで red wineの代わりに red oneとは言えない)

※可算、不可算を分ける基準は「具体的で決まった形がある」なら可算、「抽象的で決まった形がない」なら不可算。


◎「ローマの休日」のセリフ

ヘネシー支社長はジョーの怠慢を叱る

★HENNESSY: If you ever get up early enough to read a morning paper, you might discover little news events-little items of general interest, that might prevent you in the future from getting immersed in such a gold-plated, triple-decked, star-spangled lies as you have just told me!
If I was you, I would try some other line of business-like mattress testing.

★JOE.:Is this ―the Princess?

★ヘネシー支社長: 君が早起きをして朝刊に目を通していたら、ちょっとした事件や人が面白がることを見つけられるだろうよ。そうしたら、今君が並べたような、金ぴかで、ゴテゴテで、ギラギラの嘘で身動きできなくなることは、この先ないだろうよ。
もし私が君だったら、何か他の仕事をするよ。マットレスの検査とかね。

★ジョー:これが…王女ですか?



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2020年05月21日

ラジオイタリア語講座とイタリア語レッスン日記  その14

◎ラジオイタリア語講座の落穂ひろい

・il pane fresco

・一般的に「〜が好き」という場合、数えられない名詞(il vinoなど)の場合は、単数形でpiaceで表し、数えられる名詞(gli animaliなど)の場合は複数形でpiaccionoと共に表す。


◎映画「道」 La stradaより

〇ザンパノ(街角で鎖を切る芸を見せるシーン)

・Questo qui e un pezzo di catena dello spessore di mezzo centimetro, in ferro crudo… e piu forte dell'acciaio.

・Con la semplice espansione dei muscoli pettorali, ossia del petto, io spezzero il gancio.

・Grazie, Grazie, Grazie, signore e signori.


(字幕)
・これは純粋な鉄で出来た五ミリの鎖です。鋼鉄よりも硬いんですぞ

・胸の筋肉を膨らませるだけで、このフックを切ってご覧にいれます

・ありがとう、ありがとう


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2020年05月19日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その23

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・Tom yam kung is off today.((トムヤンクンは今日はやっていません)

・I feel a bit off this morning.(今日はちょっと調子が悪い)

・The curry she made me was off.(彼女が作ってくれたカレーは腐っていた)


◎「ローマの休日」のセリフ

★HENNESSY.:In view of the fact that you just left her, of course.
But here it is, Mr. Bradley, all over the front page of every newspaper in Rome!

★JOE.:Alright, alright; I overslept. It can happen to anybody!

★ヘネシー支社長:君はたった今王女のインタビューから帰って来たんだから、もちろんそうだろう。
しかしだよ、これを見たまえ、ブラッドリー君。ローマ中の新聞の一面はそのことだけだ!



★ジョー:分かりました。わかりましたよ。寝過ごしたんです。誰だってやることでしょう。


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2020年05月15日

ラジオイタリア語講座とイタリア語レッスン日記  その13

◎ラジオイタリア語講座の落穂ひろい

子供の性格について

・bravo:大人の言うことをよく聞く「いい子」
・vivace:活発過ぎて、大人がほとほと手を焼いている感じの「元気な子」


◎映画「道」La stradaより

〇ジェルソミーナ
・Vado a lavorare.
・Mi insegna un mestiere.
・Poi mando i soldi a casa.
・Fa l’artista. Anch’io faccio l'artista …
・a ballare, a cantare, come la Rosa.

(字幕)
仕事に行くの。
仕事を教えてもらうのよ
家へ仕送りをするのよ
私も芸人になるんだ
踊って、歌って…ローザみたいに


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2020年05月13日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その22

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・We have a situation. (私たちは)困ったことになりました

・An eye for an eye 目には目を


ローマの休日」のセリフ

・JOE.  You got any money?
・ANN.  Never carry money.
・JOE.  That's a bad habit.
・JOE.  Alright, I'll drop you off; come on.

・ジョー:金は持ってる?
・アン :お金は持ち歩きません
・ジョー:それは良くない習慣だ
・ジョー:分かったよ。送っていくよ。さあ、乗るんだ


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2020年05月09日

早朝の散歩  5月9日

5時10分〜5時55分am

薄曇り。
川岸にやって来ると木の香りが際立ってくる。
引き潮で川床が大きく姿を現し、白鷺が浅瀬で狩りをしている。
狙っているのはゴカイか小魚か。
水面漁業協同組合の表示で、一般人はエムシ(ゴカイ)やシジミを獲ってはいけないとあるが、白鷺には漢字は読めないものなあ。

鳥の声だけが聞こえる林の中を、人影がないのを幸い「さあ、太陽を呼んでこい」を歌いながら歩いていたら、一段高くなっている道を高齢の男性が立ち止まってこちらを見ている。
急に歌をやめるのもかえって恥ずかしく、気が付かないふりをして歌いながら通り過ぎた。
次からは周囲の警戒レベルを上げよう。

木の皮の一部がめくれて反り返っている木がある。
この川岸には古木が多いが、いずれも原爆の熱線を浴びながらも生き残ったものだろう。
神社や寺の境内には「被爆樹木」の表示がある木がよくみられるが、多くの無名の被爆樹木はこうして人知れず寿命を迎えて行っている。



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2020年05月08日

早朝の散歩  5月8日

5時10分〜5時45分am

いつもより10分早く家を出る。
今朝は少し肌寒い、ウインドブレーカーを着ていてよかった。
朝焼け雲が素晴らしいので写真を撮るために橋へ急ぐ。
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薄い茜色の雲、この色は太陽が昇るとたちまちにして消えてしまう。
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たまたま少し早めに家を出たからこその幸せだ。
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いつもは横目に見降ろして通過する川沿いの林を通る。
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傾斜地なので木が斜めに伸びている。
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普段は誰も使うことのなさそうな川へ降りる石段。
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今朝は晴れが続いたせいか、気温が低いせいなのか、木や花の香りがしない。
雨上がりの翌日は林の中を歩くと植物の発する新鮮な香りに包まれる。



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2020年05月07日

早朝の散歩  5月7日

5時20分〜6時05分am

家から路上に出て最初に聞こえたのは山からの鶯の声。
涼しい風が通りを吹いている。

川沿いに出る交差点、連休明けのせいか今日は車の通りがやや多い。
川沿いの林に入ると植物が生み出すできたての新鮮な酸素と、木の発する甘い香り。
我知らず何度も深呼吸をする。
川岸の枝のサラサラという葉擦れの音。
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寿命の近づいた桜の老木、こんな老木でも一月前には花をつけていた。
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線路の高架に突き当たって林が終わる所はうっそうとしているが、そこにたった一本、2mを超す高さに伸びたバラ。
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川岸には釣り人が一人、川に向かってルアーを投げている。
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たっぷり眠って目覚めたばかりの朝陽が作り出すシルエット。
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斜めの光が効果的だ。
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一日の疲れを感じさせる夕日と違って、朝陽は疲労のシミを感じさせない。
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早朝の散歩は、車や人間の活動で汚されていない木や川の香りを味わうのが醍醐味だ。
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車の通らない通りに立って自撮り。
脚が長いぞ。
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2020年05月06日

早朝の散歩  5月6日

5時20分〜6時05分am

朝4時半。
いつもこの時間になると闇の中で一羽(多分?)の鳥が囀り始める。
「ホーホケキョ」とは聞こえないから鶯ではない。
澄み切ったいい声に聞きほれる。

川沿いの林間にはクローバーが咲き始めている。
工兵橋のたもとの人目につかない公園は旧陸軍工兵第五連隊の跡地の一部だが、建物の三階建ての高さの、私がジェネラルと名付けた木が10本近くある。
この木は戦前には兵隊たちに快適な木陰を与えていたのだろう。
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道路沿いの飲食店は軒なみ「休業」の貼り紙。

九軒町公園の突き当りの川岸。
今は上げ潮だが、川岸よりも川の真ん中の流れが速いのがわかる。
流れるごみの動きからして秒速30センチの流速。
散り残った桜がまだチラホラ。

木の上に子供たちの秘密基地の跡だろうか、枝が何本も渡してある。
子供の頃、私もこうして木の上に板を渡して基地を作って遊んだものだ。

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2020年05月05日

早朝の散歩  5月5日

5時20分〜6時10分am

玄関を出てからずっとサイモンとガーファンクルの「四月になれば彼女は」が鳴り続ける。
川土手に来ると木の香りが強く香ってきた。一昨日の雨で水をたっぷり吸った木々が、活力に満ちたからだろう。
川面は潮の流れが止まり湖面のごとし。

いつも渡るつり橋の工兵橋の説明版にはこうある。
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「工兵橋は、白島の陸軍工兵第五連隊と牛田の演習場を結ぶため、1933年(昭和8年)に架けられました。原爆によって白島地区は、この工兵橋付近を除いて全焼しましたが、この橋は損傷が少なかったため、多くの被爆者が渡って避難していきました」

工兵橋を渡って対岸の林の中を行くと、ここも清々しい木の香りでいっぱいだ。
対岸からは鶯のさえずりが渡ってくる。
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ジョギング中の女の人、自転車の男性から「おはようございます」と声を掛けられる。
いずれも未知の方だが、今日の私の背中は声をかけたくなるような何かが漂っていたのだろうか。
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自宅の近くで上下真っ赤なジャージを着て散歩中の男性を見る。
いかにカープの地元とはいえ、人目を引かずにはおかない異形。
赤いバットマンかと思った。
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歩道わきの植え込みのつつじは今が盛り。
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2020年05月04日

早朝の散歩  5月4日

5時20分〜6時00分am

昨日から今朝がたまで降り続いた雨で路面は濡れている。
車道にも歩道にも、あちこちに水たまりが出来ていて、道路に凸凹があることがそれとわかる。

早朝の水たまり。
通勤通学者はおらず、この時間に散歩をする人もいないので、誰も足を踏み入れていない水たまりは小さな澄み切った湖面だ。
街路樹や住宅が湖面にモノクロの姿を映す。
日が昇ればやがて姿を消してしまう空からやって来た水が作った鏡。
京橋川は濁った緑色、空気に水気を感じる。

川沿いの、雨粒を葉に残した緑は久しぶりにたっぷり水を吸って満腹している。
遠くの山並みには波打つように靄が流れている。
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つり橋の工兵橋の板は濡れていて、滑らないようにゆっくりと渡る。
何故か今日は橋の揺れを感じる。
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2020年05月03日

早朝の散歩 5月2日

朝5時の部屋の温度は19度。
一気に気温が上がり、今朝は半そで姿で歩く。
川沿いですれ違った高齢の女の人は私とすれ違う時、手で口元を覆う気づかい。
朝の散歩にもコロナの影響。
川は上流から下流に向かってさざ波を見せて流れる。
下流からしじみ漁の小舟が一艘上っていく。
顔はよく見えないが、漁師が一人舵を握っている。
朝まだきの川を独り占めして気持ちがいいだろうなあ。
私の子供の頃はこの川でシジミを自由に掘り、母がそれを味噌汁のみにしたものだが、今は漁師しか獲ることは許されていない。
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川船が川面に立てた波が朝日に生えて滑らかなチョコレートのようだ。
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立ち寄った川沿いの公衆トイレに先客あり。
驚かしてしまったようだ。
公園にテントが一張。テントの横にはバーベキューセットと缶ビールの空き缶。
桜の古木の枝に朝日が映える。
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川沿いの石垣、石段が朝日を浴びる。
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川へ降りるための広島独特の雁木(がんぎ)
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2020年05月02日

朝の散歩 4月29日

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朝の京橋川

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九軒町の川岸

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昇ったばかりの朝日を浴びる林

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昇ったばかりの朝日を浴びて朱色に輝く落花



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2020年05月01日

歌う医者

沼津市在住の内科医Iさんから、イタリア歌曲の翻訳、解説以来の封書が届いた。
今回の歌はトスティ作曲の「四月」。
この曲は私は寡聞にして知らなかったが、ネットで調べてみるとパバロッティやカレーラス、ディ・ステファノ等、名だたる歌手がこの「四季」を歌っている。


I先生との出会いは、私の事務所がまだ沼津にあったころの20年近く前にさかのぼる。
その後広島に移転した当時、私が書いたのが次の文章。


                 歌う医者


チェックの背広に派手なネクタイを締めた中年の紳士が、私の教室にやって来た。
見れば、手には大きなラジカセを下げている。

ラジカセのセールスマン? まさか。
紳士が、あわただしく紙袋から取り出したのは、「三大テノール愛唱歌」と銘うった楽譜である。
私の教室には「エバンス外語スクール」という看板がかかっている。
彼は、何か勘違いしているに違いない。
もしかして、危ない人?

その紳士はIさんといい、近くにある総合病院に勤務する医者であった。
彼は、一年前から、かねてより念願であった歌曲を歌うため、音楽教室で声楽の勉強を始めた。
そこの先生におだてられその気になったのか、Iさんはイタリアのナポリ民謡や、オペラのアリアを十曲選んでCDを自作することにした。
ついては、イタリア語の歌詞の意味が理解できなくては、歌に感情がこもらない。
詳しく意味を教えて欲しいという事で、私の教室においでになった。
ラジカセのセールスマンではなかったのである。

イタリア語となれば私の出番だ。
お任せください、と引き受けた。
十曲の楽譜には、それぞれイタリア語の歌詞がついている。
明後日から始めたい、とおっしゃるので、その晩早速「オーソレミオ」の予習を始めた。
見慣れない単語が出てくる。「いかんな、まだまだ勉強不足だな」と思いながら辞書を引いてみるが見当たらない。
又、知らない単語が出てきた。これも辞書に載っていない。
その時になって、やっと、日本でよく知られているナポリ民謡はナポリ語で書かれていることを思い出した。


万策尽きた私はIさんに電話をして、歌詞がナポリ語で書かれているので少し分からないところがあるのだが、と恥じ入りながら告げた。
すると、そんなこともあろうかと、ナポリ語の辞書を取り寄せてあるとおっしゃる。
当方のイタリア語の実力を、私に会う前から見抜いていたかのような言葉だ。
早速その辞書を借りて、何とか約束の日までにレッスンの準備を終えた。

レッスン当日、Iさんは、前回と同じく、大きなラジカセを下げてやってきた。
逐語訳と解説を終えたところ
「歌ってもいいですか」
とおっしゃる。
「ぜひ」
と答える。

彼はすっくと立ち上がって歌い始めた。
むせび泣くようなテノールが、私のぼろ教室の壁を振るわせ始めた。
初対面の人の前で、イタリア民謡を歌う人を、私は始めてみた。
初夏であった。
ご近所の窓は開け放されている。私はさりげなく窓を閉め、エアコンを入れた。隣の部屋では中国語のレッスンをやっている。静かになり、やがてざわめく気配がした。
Iさんは、オーソレミオの一番を歌い終えた。やれうれしや、やっと終わったか、と思いきや、人の気も知らないで、彼は二番に入っていった。そして「君こそ輝く太陽 君こそ輝く太陽」と最後のフレーズを、イタリア語で朗々と歌い上げた。
私の教えを忠実に守ってくれて、発音もよければ、感情もこもり過ぎるくらいにこもっている。
私は拍手をした。
心の中では、かつての浅草オペラの大スター田谷力蔵そっくりだと思ったが、そんなことはおくびにも出さず、心にもない歯の浮くようなお世辞さえ言った。
「パバロッティみたいでした」
「からかわないでくださいよ」と謙遜すると思いきや、驚いたことにIさんは当然という顔で、
「でも私の歌の先生からは、声の質はカレーラスに似ていると言われます」
と、恥じらいのかけらも見せずとんでもないことを言った。
私の賛辞に力を得てか
「ではもう一曲聞いてください」
と言った。
もうたくさんですと、誰が言えよう。
ナポリ民謡「カタリ カタリ」が始まった。ふだんなら、私も好きな曲だ。
歌が終わろうとする時、彼の携帯に電話が入った。彼の病院からのようだ。彼は電話で患者の容態を聞き、指示を与えた後
「失礼しました」
と言って、あろうことかあるまいことか、又最初から歌いなおした。
そこはもう聞きました、とは言えず私はひたすら早く終わってくれと祈った。
私の祈りが通じたのか、Iさんは三曲目を歌うことはなく、私はやっとプライベートなリサイタルから開放された。
「いやあ、いいものを聞かせていただきました」
零細外国語スクールにとっては、いかなるお客様も神様である。リップサービスを惜しんではならない。
「来週もお願いします。私は今、これに夢中なんです」
と言って、彼は嬉々として帰って行った。

次回の曲はトスカの「星は光りぬ」と、愛の妙薬のアリア「人知れぬ涙」。
あの調子では、来週もまた彼は歌うだろう。
ご近所の皆さんにも、またドラマチックな熱唱を聞いていただけるのか。
私も「田谷!」という掛け声だけは出さないよう気をつけよう。
ところであの大きくて重そうなカセットデッキ、何故Iさんはいつも運んでくるのか。
使いもしないのに。
謎だ。

その後、私のスクールが広島に移転してからのこと、Iさんから手紙が来た。
年末に、彼の勤務する病院のホールでクリスマスオペラコンサートをするとのこと。優秀な内科医の彼も、彼の「オペラ病」を治療するすべは知らないようで、進行するに任せるしかないようだ。
その日、私は5時間かけて広島から出かけて行き、パジャマ姿がほとんどの客席で彼のアリアを聴き、また5時間かけて広島に戻ってきた。



kiyo0816 at 07:52|PermalinkComments(0) スクール日記 

2020年04月30日

早朝の散歩  4月29日

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朝日を浴びる散り残った桜

kiyo0816 at 08:31|PermalinkComments(0) スクール日記 

2020年04月26日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その21

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・横綱: grand champion

・大関:champion

・関脇:junior champion first class

・小結:junior champion second class


◎「ローマの休日」のセリフ

(ジョーのセリフ)
Huh, what do you know? You're well-read, well-dressed; you're snoozing away in a public street. Would you care to make a statement?

「へえ、こいつは驚いた。君は教養があり、身なりもいいのに、往来で居眠りしてるのかい。声明はおありですか?」
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2020年04月24日

ナオミと洋食

先日、仕事の来客があった。
受け取った名刺を見ると何と「谷崎純一郎」だ。
驚いたね。
思わず僕は聞いたよ。
「作家の谷崎潤一郎と何かご関係は?」
純一郎氏は苦笑して
「よくそう聞かれるんですが、関係ありません」
僕は何となく落胆を感じた。
純一郎氏はこういった。
「親は僕に何か期待することがあったんでしょうかね」

「痴人の愛」は、大正13年(1924年)、谷崎潤一郎39歳のときに発表された彼の代表作の一つだ。
大井町の会社に勤めるサラリーマン河合譲治の妻ナオミが、この小説の主人公だ。栃木県宇都宮生れの譲治は、会社でも君子と言う評価のあるまじめ人間。
ある日、彼は、浅草の雷門近くのカフェ「ダイヤモンド」で女給をしている15歳のナオミを知る。やがて二人は結婚をするが、次第に譲治はナオミに精神的にも、肉体的にも支配されるようになっていく…。
谷崎はこの作品にいろいろな料理や料理屋を登場させているが、中でも繰り返し出て来るのが洋食だ。
ナオミが一番好きな洋食は何だったのか?
ひま人の僕は興味を持ち、色々調べて結論を出したので聞いてくれ。

谷崎が生まれたのは明治19年(1886年)7月24日。そして、この作品が発表されたのは大正13(1924年)。
とすると、谷崎の頭にあったのは、明治、大正期の洋食であるのは言うまでもない。
この時期の洋食に関しては、明治36年に刊行された村井弦斎の小説「食道楽」に、今も人気のオムレツ、ライスカレー、カツレツ、牡蠣フライの作り方が紹介されている。
明治40年代に入ると、銀座や人形町にカフェや大衆食堂が現れ、コーヒーやサンドイッチと並んでオムレツやハンバーグ、ビーフステーキなどが食べられるようになった。
コロッケはフランスのクロケットがなまったもので、2通りの流れがあった。
洋食屋で出すものは筒型のクリームコロッケ、肉屋や総菜屋で売られるのは、平たい小判型のポテトコロッケで、大正九年帝国劇場で公開された喜劇の劇中歌として歌われ、のち、浅草オペラでも歌われてレコード化した、「コロッケの歌」には
「きょうもコロッケ、あすもコロッケ」
という歌詞があり流行したそうな。

さて、明治・大正期の洋食の花形となればカツレツだ。
しかし、豚カツと早合点してはいけない。
内田百間はそのエッセイ「牛カツ豚カツ豆腐」の中でこう言っている。
『カツレツと言うのは、ビーフカツレツで、当今の様なポークカツレツ、豚カツではない。大正始め頃の話で、豚肉が一般の食用になったのはその後のことである。』
とすると、ナオミの食べたカツレツはビーフカツレツと考えて良いことになる。
この考えの強力な援軍として、作家の池波正太郎にも登場してもらおう。
彼の作品「昔の味」の中の一節。
『豚肉をカツレツにすることが日本に流行したのは大正の関東大震災以後のことで、それまではビーフカツレツが主導権をにぎっていたようだ。』
これで、ナオミの食べたカツレツは、豚カツではなくビーフカツレツであることははっきりした

「痴人の愛」には、次の一節がある。
『ナオミちゃん、お前の顔はメリー・ピクフォードに似ているね』
メリー・ピクフォードといっても君は知らないかもしれないけれど1893年生まれのサイレント時代のアメリカのスター女優。最初の映画スターといわれた女優だ。
彼女のポートレートを見ると、まさに僕の持っているナオミのイメージそのものだ。
やや上眼づかいにカメラを見るコケティッシュな目。強そうで、美しい歯並び。パンダのごとき濃いアイシャドー。和食を好む顔ではない。洋食であっても、カキフライやフィッシュフライは好きではないはずだ。肉、それもレアに近いステーキにかぶりつきそうな顔をしている。

ナオミの体格についても谷崎は以下のように言及している。
譲治がナオミと知り合ったのはナオミが15歳のとき。
『当時のナオミは並んで立つと背の高さが私より一寸ぐらい低かったでしょう。(略)私の身の丈は五尺二寸ばかりで、小男の部だったのです。』
これからして、15歳のナオミは約154僉⊂治は約157僂箸い事になる。
それから4年後の描写にはこうある。
『譲治さん、あたしいくらか背が伸びた」
「ああ、伸びたとも。もうこの頃じゃ僕とあんまり違わないようだね」
「今にあたし、譲治さんより高くなるわ。この間目方を計ったら14貫200あったわ』
157僂両治とあんまり違わない、というのだから19歳のナオミは約156僉体重は約53キロ。
大正5年の文部省体育課による20歳の女子の全国平均は、身長は150.6センチ、体重は49.1キロ、胸囲は78.8センチ。
ナオミは身長で平均を約6僉体重で4キロ上回る大柄な女として描かれている。
大正期の、日本人の食事は言うまでもなく和食中心。洋食が、このナオミの体格を作ったといえるかもしれない。

「日本洋食物語」(小菅圭子著)に、昭和3年11月の鉄道の食堂車のメニューが載っている。この小説の発表から5年ばかり後になるが、まずナオミとほぼ同時代と考えていいだろう。
『スープ30銭、フライドフィシュ30銭、ハムエッグス45銭、オムレツ25銭、ビーフステーク55銭、チキンカツレツ50銭、ビーフカツレツ40銭、カレーライス30銭、ハムライス45銭、チキンライス50銭、シチュードビーフ40銭、コールドチキン50銭、コールドビーフ40銭、ハムサラダ45銭、プデング40銭など』
およそ、こんな料理をナオミは好んで口にしていたのだろう。
一方、ナオミが食べなかった洋食もある。
まず、ポテトコロッケだ。
先述したように、当時洋食屋で出したコロッケはクリームコロッケだった。贅沢三昧のナオミが、街中の肉屋で、主婦に混じってポテトコロッケを買うことはない筈だ。
オムライスもそうだ。これが料理書に登場するのは昭和になってから。大正13年当時のナオミはまだ口にしていなかったろう。
お子様ランチも同じく昭和5年の誕生。もっともこれは大正の時代にあったとしても、見栄っ張りのナオミが、15歳のときですら食べたはずはないだろうが。

それではナオミの一番の好物は何だったのだろう。本文に次の一節がある
『譲治さん、今日はビフテキをたべさせてよ」
などと彼女は、よくそんなことを言ったものです(略)
帰り路に洋食屋へ寄って、まるで二人が競争のようにたらふく物をたべッくらする。
ビフテキの後で又ビフテキと、ビフテキの好きな彼女は訳なくペロリと3皿ぐらいお代わりをするのでした。』
先述の食堂車のメニューを見ても分かるように、ビフテキは一番値が張る。その高いビフテキを、156僉53キロのナオミは「わけなく」、「ペロリと」、「3皿」も平らげる。金のかかる女だったんだ。

いずれにせよ、ナオミの好物ナンバーワンはビフテキだった。
しかし、オーソドックスな、ただ塩、コショーだけで味付けをしたビフテキだっただろうか。
僕は何となくそうは思えなくて、少し調べてみた。
獅子文六の「食味歳時記」に明治時代のある洋食屋の描写がある。
『明治時代の横浜に、インゴー屋という洋食や(?)があった。オヤジは白髪頭のチョン髷で、ガンコで、それで因業屋の名がついた。無論、店は全然和風でナイフとフォークを使うに過ぎなかった。
この店の看板はビフテキだったが、それに醤油を使うことを、私は自分の目で確かめた。(略)ビフテキがすっかり焼き上がって、皿へ移すちょっと前に、火の上のフライパンへ醤油を滴らせるのである。シューッと、大変な音がして、肉と醤油の混じった匂いが、たちのぼる。いかにもウマそうな匂いで、忘れがたい。しかし、それで料理はおしまい。
恐らく、醤油を添加するタイミングに、コツがあるのだろう。それで、肉も生き、醤油の味も、生きるのだろう。とにかく、インゴー屋のビフテキは、ウマかった。添え野菜のフレンチ・ポテトも、ウマかった。』
このインゴー屋のオヤジの描写、40年前のこの食堂のオヤジさんそのものだと思わないか?

さらに、東京のしにせの洋食や「たいめいけん」の先々代の主人、明治生まれの茂出木心護も、池波正太郎との対談で、自分でビフテキを食べるならどうするかと問われて
『そのヒレ、塩・コショーして、厚手のフライパンで焼いて、焼き色つけて裏返しミディアムぐらいにもってって、油を切って、日本酒かけるんですよね。(略)ええ、酒をですね、ぐーっと強火で煮詰めてって、それに醤油入れて、煮詰まったの、ジュースみたいにかけちゃうんです。』
どうだ、君も読んでいてつばがわいてこないか?
ナオミは「ぺろり」と3枚たいらげたのは、仕上げに醤油を使ったビフテキだったというのが、僕の結論だ。
谷崎潤一郎にこの説を開陳することが出来たら
「よくぞそこまで読み込んでくれた」
と、僕の手を取って感激してくれる、だろうかね?

一件落着したところで、今夜は、僕も家でナオミ風ビーフステーキだ。
ナオミや譲治とちがって、僕にはレストランでビフテキを食べると言う贅沢は許されない。
アメリカ産の安い牛肉を、特売日にさらに値下げされたもの買ってあるんだ。
譲治は馬になってナオミを背中に乗せたが、彼は馬肉好みだったのだろうか。
今夜の僕はビーフなので安心だ。
間違っても妻を背中に乗せるような事はない筈だ。


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2020年04月22日

うどんとヘプバーン その2

さて、肉うどんがやって来た。
七味を四回振りかける。
半分ほど食べ進んだところで追加の四振り。
こうして途中で味わいに変化をつけるんだ。
うどんが運ばれてくるなり、客の中には親の敵とばかりに、丼の表面が真っ赤になるまで七味を振りかける豪傑がいるが、あれでうどんの味がわかるのかね。店の人もああやたらに七味を大量消費されたら迷惑だろうに。
君、うどんを漢字で書ける?
うどんをすすりながらふと思って、家に帰って辞書を引いてみた。
「饂飩」とあるが、僕はこんな漢字人生で一度も書いたことがない。
ついでにほかの本で拾った知識を君にお知らせすると、江戸時代まではうどんの薬味は七味ではなくコショウだったそうだ。
歌舞伎十八番の『助六由縁江戸桜』にはうどんにコショウの言及があるそうだし、大田南畝の『奴凧』には「近頃まで、市の温飩(うんどん)に胡椒の粉をつつみておこせしが、今はなし」とあるそうだ。
胡椒ついては今度僕が人体実験をしてみて、上々だったら報告するよ。

さて、肉うどんを最上位としたが、銀メダルに当たるのは天ぷらうどんだ。
これは仕事の移動で電車に乗るたびに、あちこちの駅のホームで必ずと言っていいほど食べたのが天ぷらうどんだったことによる一種の「刷り込み」だと思う。
その天ぷらうどんも、僕の好みは蕎麦屋にある海老天がのっているような上等品ではなく、あくまで駅の立ち食いで食べるかき揚げうどんだ。そのかき揚げも、駅のホームの立ち食いでは願うべくもないが、揚げたて熱々であって欲しい。うどんツユの中で、熱々カリカリのかき揚げが、徐々にほとびてしどけなっていき、あたかも貴婦人が、思いがけない不幸に巻き込まれ転落していくような様が、丼の中で展開していく事に天ぷらうどんの真骨頂がある。
しかし、なんだね。
デパートなどの食堂街でメニューのサンプルを見ると、きつねうどんや、とりわけ生卵を割り入れただけの月見うどんに対しては「同じ兄弟でも違うのよね、私」という気位の高さを僕は天ぷらうどんには感じる。

月見うどんといえば、君はどうやって食べている?
思えばここ何十年というもの、鍋焼きうどんに入れたのは別として、単独で月見うどんを食べた記憶はないが、子供の頃はよく食べた。
どうやって食べていたかというと、まず初めに箸で黄身をつぶしてツユと混ぜ、黄色いミルクセーキのようになったツユからうどんをすすり上げて食べていた。
ある時、いとこと一緒に月見うどんを食べていたところ、彼は卵を慎重に避けてうどんを食べ終わり、最後に残った丸ままの卵とツユを一気に飲み込んだ。
(これが本格派の月見うどんの食べ方か!)
と驚いたものだ。
その後しばらく僕もその本格派?スタイルで食べたものだ。
そんな食べ方なら素うどんにして、最後に残ったツユに生卵を割り入れても同じではないかというと、これが違うんだな。熱いツユの中で、いわば温泉気分に浸っていい気分になり、微妙に火の通ったごくレアの半熟卵の味わいに、この食べ方の値打ちがある。
うどんは親からいちいち食べ方を教えてもらうものではなかろうから、人によっていろいろな食べ方があるんだろうね。

銅メダルを進呈するのは平凡だけどきつねうどんだ。
学生時代に3年間アルバイトをしたパン屋(君も知っている北大路にあった店だ)では、毎週土曜日になると若旦那(と言っても40代後半だったが)が向かいの食堂からきつねうどんをとって食べさせてくれた。食堂の旦那さんの「おまっとさん」と言う声が聞こえると、若旦那が「食べてや」と声をかけてくれるのが待ち遠しかったもんだ。
パンの焼き上がり時間がそれと重なると、食べるチャンスが失われ、時には完全に冷えてしまったきつねうどんをすすることもあったが、あれは情けなかったな。
そのようにして毎週一回×4(月間)×12(年間)×3年間だから、合計144回、つまりバイト先だけで144杯きつねうどんを食べたわけだから、これは天ぷらうどん以上に刷り込みが激しいんだ。
ただ僕はきつねうどんは卒業したと思っている。なにせ144杯だからね。
以前、駅のホームでスペシャルうどんなるものを食べたことがある。
肉、てんぷら、油揚げ、生卵が乗った、よく言えばデラックス、有体に言えばくどい代物だがあれは迷わされたね。
何を迷ったかというと、四者を平等に扱わなければという気持ちから、肉を一口、かき揚げを少し、油揚げをひとかじりと食べ進めたわけだ。
しかしだ、生卵をひとかじりというわけにはいかないだろ。
結局、あの本格派方式で卵は最後まで残すことになった。
卵の前座を務めることになった肉、かき揚げ、油揚げ、とりわけ日頃月見うどんを下に見ているかき揚げの無念さ、屈辱感は察するに余りある。
以来、僕はこのスペシャルうどんを食べることはない。
値段も割高だしね。
第四位に来るのはカレーうどん。
以下、おかめうどん、タヌキうどん、月見うどん、鍋焼きうどん、素うどん、焼うどん、ざるうどん、伊勢うどん(そういえばこの間、三重のN君が送ってくれたよ)は横一線というところだ。

漂泊の俳人として知られる種田山頭火は大食いの人だった。彼はありとあらゆるものを食べそれを俳句に詠んだが、代表作の一つにうどんを詠んだ句がある。
「うどん供へて、母よ、わたくしもいたただきまする」
山頭火が10歳の時、母フサは自宅の井戸に身を投げて自殺した。井戸から引き揚げられは母の死体を10歳の山頭火は見た。
43歳以降、放浪流転の人生を送る中、山頭火はいつも母の位牌を携えて旅を続けたんだ。その母の47回忌に詠んだのが上記の句だ。
貧乏の極みにあった山頭火がやっと仏前に供えることが出来たのがうどんだった。

オードリー・ヘプバーンがうどんを食べる映画を考えたので聞いてくれ。
共演者は君だぞ。
大まかなシナリオはこうだ。
ヨーロッパのある小国の陸上チームが、どういうわけか香川県丸亀市で強化合宿をすることになった。ヘプバーンは100mハードルの代表候補選手として合宿にやって来たが、彼女は170センチの身長だったというからこの種目は不思議ではないだろう。
その合宿にハードルコーチとして招聘されたのがどういうわけか君だ。
急速に恋に落ちた二人は丸亀のうどん屋でデートを重ねることになり、君は音を立ててうどんをすする食べ方を彼女に教える。
貴族の家系に生まれた彼女(役ではそうなっている)にとっては、音を立ててうどんをすすり込むなどマナーに反する野蛮な行為であったが、君の愛を獲得しようと清水の舞台から飛び降りるつもりで頑張った。
努力の甲斐あってヘプバーンは、君をしのぐ大音量で「ズビー」と音を立ててうどんをすするコツを体得する。
しかしチームが帰国する日がやって来た。
彼女は何もかも捨てて、君と一緒に香川でうどん屋を開きたいと泣いて君にすがる。
しかし君はそれを断る。
このシーンではバックに「星影のワルツ」を流そうと思う。
“別れることはつらいけど、仕方がないんだ君のため…”

最後の日、二人はなじみになったうどん屋に座っている。
「ズビー」「チュパー」と盛大にしぶきと音を立てて二人でうどんを食べ終わると、君は車で彼女を空港に送って行く。
いよいよラストシーンだが、ここでは映画「カサブランカ」のラストシーンを拝借した。
ハンフリー・ボガードがイングリッド・バークマンに告げるセリフは
「僕たちにはパリの思い出があるじゃないか」
一方、君のセリフはこうだ。
「僕たちには讃岐うどんの思い出があるじゃないか」
タイトルは「ローマの休日」にちなんで「丸亀の休日」としたが、どうだろう。
このアイデアはきっと君に気に入ってもらえると思うのだが。
(この項終わり)


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2020年04月21日

うどんとヘプバーン  その1

今日の昼飯は肉うどんだ。
この店のはネギが小口切りではなく、削ぎ切りなので何となく丼の中に気品がある。
それに主役の牛肉の細切れの脂身が多めで、かつ強めに甘辛く味付けしてあるのが僕の好みに合うんだ。
その肉の味がうどんのツユに徐々に広がって行き、食べ始めから終盤に向かって味が変化していくのがいいんだ。

君がうどんを食べている場面の記憶が僕にはない。
うどん県、香川の隣の高知県の出身だからうどん好きだったと思うが、うどんは何が好きだったのかな、君は?
僕にとって一番は何といっても今食べている肉うどんだ。
「お待たせしました」
今ではこう言って学生アルバイトがテーブルまで持ってきてくれるが、40年以上前の学生時代、よく君と京都御所にほど近いこの食堂に来ていた頃は違っていたよな。
店の入り口に短冊に切った紙片を入れた小箱があり、客はその紙片に注文の品と自分の名前を書いて係のおばさんに渡すのだった。
注文の品が出来上がると、そのおばさんは、例えば
「きつねうどんの〇〇さーん」
と店中に響きわたるどら声で叫ぶものだから、立ち上がって、他のお客の視線を感じながら受け取りに行くのがまことに恥ずかしかった。
何せこれから自分が食べようとするものが赤の他人に大声で暴露されてしまうんだからね。
何も知らずにこの食堂に入ってきた女子学生なんぞは、あまりの恥ずかしさに立ち上がれないのもいた。するとおばさんは
「きつねうどんの〇〇さーん」
と何度も言うんだ。
あの不必要にでかい声は何とかならないもんだろうかと君も言っていたよな。
他の客も恥ずかしかったらしく、今ではその有難迷惑なサービスが姿を消したので僕は有難いことだと思っている。
(続く)

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2020年04月20日

朝の散歩 4月19日

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朝5時半の京橋川 日の出前

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工兵橋から広島市内を望む

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工兵橋遠景 朝5時半の川沿いの道は無人、鳥の声だけ

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雨に濡れた木製のつり橋、工兵橋

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2020年04月18日

朝の散歩

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2020年04月09日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その20

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・She is going to have a party next month.
ある程度計画として決まっている未来の予定

・She is having a party this weekend.
今週のパーティーに向かってすでに準備を始めているニュアンスで、近い未来の予定


◎洋画の中のセリフ

「ライムライト」
・監督: チャールズ・チャップリン
・公開:1952年
・キャスト:チャールズ・チャップリン、クレア・ブルーム、バスター・キートン

・「人生は願望だよ。願望が人生を決める」

・「バラはバラになろうと望んでいる」「岩は岩になろうとしている」

・「さっきまで君の人生は無意味だった。だが今は臨時の夫と家がある」

・「幸福のために戦え」



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2020年03月30日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その19

◎ラジオ講座の落穂ひろい

〇二つの「問題」
・problem: 障害となっている、困っている「問題」
・issue: 話し合って解決すべき{問題}

〇彼はゴルファーに向いている
・He is meant to be a golfer.

〇NHKラジオ講座新講座開講!
今日からNHKラジオ講座がまた新しくスタートした。
いわば始業式兼初レッスンだ。
「基礎英語3」のテキストは前回のコースよりレベルが上がった感じ、「ラジオ英会話」は相変らず「目からうろこ」の刺激的授業だ。
過去30年以上にわたって毎年この時期はワクワクする思いでラジオを聞いてきた。
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散歩コースの桜は三分咲き

◎洋画の中のセリフ

・「イヴの総て」より
新進女優のイヴに求愛されたビルのセリフ。
「自分から追いかけたい。追いかけられるのはいやだ」


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2020年03月27日

マスターズ陸上日記2020 その3

3月23日(木)

午前8時、曇り。
河川敷を吹きすぎる風は冷たいが、ツバメがやってきている。

砲丸投げ(5k)は年明けから動きを作ってきた新投法のステップバックを試したが、だめだと分かった。
過去10年間投げてきたグライド投法は去年見切りをつけたしとなると、残りは回転投法しかない。
10回ほど投げて9m90まで行く。
回転投げにわずかに光明を見出した気がする。

円盤投げ(1k)は3月20、23日の練習でいずれも37mを超え、今年は春から縁起がいい、といい気分でいた。
今日も立ち投げで33m30と自己最高が出て、これではターンで投げれば39mの可能性ありと思って期待した。
ところが突如フォームが崩れ、35mまでしか飛ばない。
デジカメで撮った自分の動画を見ると腕が振れていないので円盤の初速が遅いのがわかる。
わかっちゃいるけど、どうにも修正が出来ないのは私にしばしば起きること。
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土手の桜は二分咲き。
川沿いには桜に似た花が満開だ。
セグロセキレイがときどき私の周りに降りてくる。
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2020年03月23日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その18

◎ラジオ講座の落穂ひろい

○動物の子供の言い方

・cub:クマ、ライオン、パンダなど
・pup/puppy:犬
・kit/kitten:猫
・chick:鳥
・lamb:羊
・calf:牛


◎英語レッスン日記

NHKラジオ講座4月号のテキストが四種類やって来た。
そのうち3冊は英語講座のテキスト。
基礎英語3
ラジオ英会話
高校生から始める「現代英語」

私の専門はイタリア語だが、一昨年から英語のレッスンも担当している。
自分の英語力を上げ続けていかなければ、いずれも勉強熱心な生徒さんに満足していただけるレッスンは提供できない。
上記三つのラジオ講座からは毎回得ることが多い。




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2020年03月21日

マスターズ陸上日記2020 その2

3月20日(祝)

午後2時。
今年初めての屋外での練習。
4月から投げ始める予定だったが、あまりにいい天気だったので河川敷にやってきた。
桜のつぼみは今にも開花しそうに膨らんでいる。
上空は雲一つない真っ青な空が広がっているが、川の下流方向からはかなり強い風が吹いている。
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砲丸の新フォーム(ハーフの回転投げ)でどれだけ飛ぶかが楽しみだ。

砲丸(5k)は大投擲を期待していたが、実際に投げてみると思うような動きとは程遠い。
最後に10m20がでる。
去年の練習初日は9m70だったので、今日だけ見ればフォームを変えた効果はあったといえる。

円盤(1k)のフォームは去年と大きくは変わらない。
37m10,36m50,36mと初日にしては上出来。
毎年初日は33mぐらいなので今年は期待できそうだ。
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4時30分に練習終了。
空気はカラッ乾燥して秋を思わす夕日がまぶしい。
川面が夕日を反射してキラキラ輝く。
サッカーや野球に興じる少年たちがチラホラ。
いつもは午前中に投げているので、夕方の河川敷の美しさは知らなかった。
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2020年03月07日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その17

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・We have a situation.:「大変なことになった」

・You had betterは「そうしなければ良くない結果になる」という少し厳しめのニュアンスになる。目上の人に向かって使うことは避けたほうが良い。

・「〜と違う」はbe different from。アメリカでは be different thanも用いられる。

・「タピオカ入りのミルクティー」はいくつかの表現がある。bubble tea, pearl tea, bobaなどと言われている。


◎英語レッスン日記
・個人レッスンのMさんのレッスンでは映画「ローマの休日」の英語シナリオもレッスンに取り入れている。
その一場面より。

その6(ローマのタクシー)
(シーン)
夜、古代ローマ市の広場の遺跡であるフォロ・ロマーノ。
ジョーは石のベンチで寝ている若い女を見かける。
彼女を送っていこうとタクシーを呼び止める。


(チョットひとこと)
タクシーを見たアンは
It's a taxi! (タクシーじゃないの!)
と驚きの声を上げる。
やんごとなき身分の王女であるアンはタクシーに乗る事など今までなかったのだろう。
ジョーの口笛で停まったタクシーをよく見てみることにしよう。
前のドアの横にLIBEROと表示が出ている。「リーベロ」と発音し、サッカー用語の「リベロ」もこれに由来するが、ここでは「空車」を意味するイタリア語。
しかしそれを除けばタクシーであることを示すサインはこの車体には見当たらない。
現在のイタリアのタクシーはどうかというと、車の屋根にTAXIの表示が乗っているのでそれと分かる。車体の色はイタリア全土で白であり、ドアにタクシードライバーのライセンス番号も明記されている。
タクシーに乗るにはTAXIの表示が出ているタクシー乗り場で乗るか、ホテルなどで呼んでもらうかで、「ローマの休日」の時代と違って現在では流しのタクシーはない。
もしあれば、それはもぐりの白タクで、ぼったくられる危険が無きにしも非ずである。

このシーンでイタリア語と英語のチャンポンでしゃべる滑稽なタクシードライバーを演じているのはイタリア人俳優のアルフレード・リッゾ。
1902年フランスのニース生まれで、1991年、ローマで89歳で亡くなった。
「ローマの休日」の後、1956公開のキング・ヴィダー監督作品「戦争と平和」では出演者名の出ないノンクレジットではあるが出ている。この作品ではヘプバーンが主役のナターシャを務めており、役の重要さこそ違うが「ローマの休日」以来3年ぶりの共演だった。
さらに1960年のフェデリコ・フェリーニ監督作品「甘い生活」にもこれまたノンクレジットではあるが出演している。
アルフレード・リッゾはその後監督としてもいくつか作品を残している。
(続く)



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2020年02月17日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その16

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・This steak is too tough to eat.(このステーキは硬くて食べられません)
肉が固いはtough。
タフガイ(tough gay)は「なんでもはね返す男」という感じ。

・I don’t want to speak about it right now.(今はその話題には触れたくない、という感じ)
・I don’t want to talk about it right now.(今はそれについて君と話したくない、という感じ)


◎英語レッスン日記

個人レッスンを受けていただいているTさんは映画ファンなので、私と映画の話でいつも盛り上がる。
先日二人の話題になったのは「 フレンチコネクション」。

1971公開
・ 監督:ウィリアム・フリードキン

・ 出演
ポパイ(ジーン・ハックマン)
ラソー(ロイ・シャイダー)
シャルニエ(フェルナンド・レイ)


ニューヨーク市警察本部薬物対策課で“ポパイ”とアダ名されるドイル部長刑事。
彼は薬物捜査の辣腕だが、捜査のためならば強引な手法も厭わない。
麻薬の売人を逮捕したある夜、ドイルは相棒のラソーと共にナイトクラブに飲みに出かける。
そこには有力マフィアの組長たちが妻同伴で来店していた。
財務省麻薬取締部の捜査官たちと捜査を進めると、フレンチコネクションと呼ばれるマルセイユの黒幕・シャルニエがニューヨークを訪れていることが浮かび上がる。
シャルニエを執拗に追うドイル。シャルニエはこれ以上追及の手が迫ることを恐れ、殺し屋・ニコリをドイルのもとへ差し向ける…。


さて、ニューヨークにやってきたマルセイユの黒幕・シャルニエ(フェルナンド・レイ)。
手下の男とフレンチレストランに入る。
ワインを飲みながらエスカルゴ、ローストビーフと続く豪華なフルコースを取る二人。
それを通りの向こうから見張る刑事のジーン・ハックマンとロイ・シャイダー。
二人は寒空の下、鼻水をすすりながらピザをやけくそのようにかじる。
「ワインでもどうだ」
と、うけない冗談を言いながら、シャイダーはハックマンに紙コップのコーヒーを差し出す。

レストランの二人がワゴンで運ばれたデザートのケーキにたどり着いた頃、通りをはさんだ店先ではハックマンがピザをまずいコーヒーで流し込み、コップに残ったのをいまいましそうに捨てる。
「こっちはまずいジャンクフードなのに、あいつら、あんな旨そうなものを食いやがって。どうするか見てろ!」と、ハックマンの獰猛な顔が語っている。
「食い物の恨みは恐ろしい」と言うが、この場面はその具体的な代表例としてあげられよう。

ハックマンにとってこの安物のピザは食べ物というよりは燃料だ。
この燃料で腹を満たし、続くシーンではレストランから出たシャルニエの追跡をハックマンが開始する。
食うために生きる(ここでは悪党らしく悪事を働く)フランス人と、生きるために(ここでは刑事らしく悪党と対峙する)食うアメリカ人との対比が見事に表現されているシーンだ。

アメリカ映画の刑事が口にするのはピザが定番だ、とは映画好きの女の知人か漏らした一言。
洋の東西を問わず、刑事は早めしと決まっているようだ。
ゆっくりと食事を楽しむのはむしろ悪党の側で、悪党には豪華な食事がまたよく似合う。
その好例は1990年のアメリカ映画「グッド・フェローズ」。
服役中のギャングたちが、獄中に運び込まれた食材を使って、贅沢なイタリア料理を楽しむのには恐れ入ったものだ。






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2020年01月30日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その15

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・Are you seeing anyone at the moment?
(君、今誰かと付き合ってる?)
動詞seeは「見える」という意味で用いるときは進行形をとらない。
しかし「付き合う」という意味で使うときは行為なので進行形をとることが出来る。

・I’m a big fan of rakugo.
(私は落語の大ファンです)
ここでlarge fanと言うと、発言者の「体格が大きい」というニュアンスになる。


◎英語レッスン日記
・個人レッスンのMさんのレッスンでは映画「◎ラジオ講座の落穂ひろい

・Are you seeing anyone at the moment?
(君、今誰かと付き合ってる?)
動詞seeは「見える」という意味で用いるときは進行形をとらない。
しかし「付き合う」という意味で使うときは行為なので進行形をとることが出来る。

・I’m a big fan of rakugo.
(私は落語の大ファンです)
ここでlarge fanと言うと、発言者の「体格が大きい」というニュアンスになる。



◎英語レッスン日記
・個人レッスンのMさんのレッスンでは映画「ローマの休日」の英語シナリオもレッスンに取り入れている。
その一場面より。

(シーン)
ローマ在住のアメリカ人記者たちがポーカーのテーブルを囲んでいる

(チョットひとこと)
テーブルの上には灰皿、飲み物の入ったグラスと掛け金の札。
彼等は軽口をたたきながらポーカーをしているが、このシーンではポーカーの手について面白い表現が出てくる。
ジョーが言う。
three shy little sevens
数字の7がシャイということだが、私の下手な訳で言うと「内気で控えめな7のスリーカード」というところか。
その言葉を受けてジョーの相棒のカメラマン、アーヴィングは勝ち誇ったように、ジョーの言ったシャイを受けてこう言う。
nervous straight「ナーバスなストレート」
さらにアーヴィングはこうも言う。
one more round and I'm gonna throw you gents right out in the snow
「もう一回やったらお前さんたちを外の雪の中の放り出してやる」
このセリフには隠された背景がある。
「ローマの休日」はローマでのオールロケで撮影されたが、ロケが行われた年の夏はローマにおいて20世紀で最も暑い夏の一つとして記録されるほどの暑さであったそうな。
外は雪どころかサウナのような猛暑であり撮影スタッフは暑さに苦しめられた。
サマードレスのヘプバーンはまだいいとしても、屋外のシーンをネクタイにスーツ姿で通したジョー役のグレゴリー・ペックは終始さわやかな表情を崩さなかったが、さぞかし大変だったことだろう。

アメリカ人の記者クラブではポーカーだが、日本の記者クラブでの時間つぶしはかつてはマージャンと決まっていた。
部屋の中はたばこの煙が充満し、軽口が飛び交うのはローマも日本も同じようだが、60歳を過ぎた人間にとって記者クラブといえば思い出されるのはNHKテレビのドラマ「事件記者」。
1964年の前回の東京オリンピックの前後、当時花形職業であった新聞記者を題材にしたドラマは大ヒットした。オープニング曲はドラマチックで、子供だった私も親と一緒に「ガンさん」や「べーさん」というニックネームを持つ記者たちの物語を興味深く見たものだ。
時は流れ、「事件記者」に出演していた俳優たちも今では大半が故人となってしまった。
ここでアーヴィングに捧げて一首。

10ドルを稼いだナーバスストレート
明日は王女とカメラでデート

」の英語シナリオもレッスンに取り入れている。
その一場面より。
(シーン)
ローマ在住のアメリカ人記者たちがポーカーのテーブルを囲んでいる

(チョットひとこと)
テーブルの上には灰皿、飲み物の入ったグラスと掛け金の札。
彼等は軽口をたたきながらポーカーをしているが、このシーンではポーカーの手について面白い表現が出てくる。
ジョーが言う。
three shy little sevens
数字の7がシャイということだが、私の下手な訳で言うと「内気で控えめな7のスリーカード」というところか。
その言葉を受けてジョーの相棒のカメラマン、アーヴィングは勝ち誇ったように、ジョーの言ったシャイを受けてこう言う。
nervous straight「ナーバスなストレート」
さらにアーヴィングはこうも言う。
one more round and I'm gonna throw you gents right out in the snow
「もう一回やったらお前さんたちを外の雪の中の放り出してやる」
このセリフには隠された背景がある。
「ローマの休日」はローマでのオールロケで撮影されたが、ロケが行われた年の夏はローマにおいて20世紀で最も暑い夏の一つとして記録されるほどの暑さであったそうな。
外は雪どころかサウナのような猛暑であり撮影スタッフは暑さに苦しめられた。
サマードレスのヘプバーンはまだいいとしても、屋外のシーンをネクタイにスーツ姿で通したジョー役のグレゴリー・ペックは終始さわやかな表情を崩さなかったが、さぞかし大変だったことだろう。

アメリカ人の記者クラブではポーカーだが、日本の記者クラブでの時間つぶしはかつてはマージャンと決まっていた。
部屋の中はたばこの煙が充満し、軽口が飛び交うのはローマも日本も同じようだが、60歳を過ぎた人間にとって記者クラブといえば思い出されるのはNHKテレビのドラマ「事件記者」。
1964年の前回の東京オリンピックの前後、当時花形職業であった新聞記者を題材にしたドラマは大ヒットした。オープニング曲はドラマチックで、子供だった私も親と一緒に「ガンさん」や「べーさん」というニックネームを持つ記者たちの物語を興味深く見たものだ。
時は流れ、「事件記者」に出演していた俳優たちも今では大半が故人となってしまった。
ここでアーヴィングに捧げて一首。

10ドルを稼いだナーバスストレート
明日は王女とカメラでデート



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2020年01月27日

ラジオイタリア語講座とイタリア語レッスン日記  その12

◎ラジオイタリア語講座の落穂ひろい

・イタリアではピッツアは最初、持ち運びが可能な焼窯で作られ、道端などの屋外で売られていた。
そばや天ぷらなど江戸時代の日本の屋台文化と同様、手軽に食べられる食べ物として庶民に愛されていた。
ナポリに最初のピッツェリーアがオープンしたのは1738年。
その店は今も営業しているとのこと。


◎イタリア語レッスン日記

一昨日(25日)、中央公民館で「イタリアンポップスで学ぶイタリア語」の二回目のレッスンをやってきた。
一回目のレッスンで説明が途中になった「チャオ・チャオ・バンビーナ」(イタリア語の原題はPiove)と「花のささやき」( In un fiore)を教材にして解説と、初歩イタリア語のレッスンをした。
「花のささやき」(In un fiore)は1966年にウイルマ・ゴイクがサンレモ音楽祭で歌った曲だが、日本では伊東ゆかりがカバーして随分とヒットした。

2時間大声でじゃべり続けて声がガラガラになる。

公民館事務局のAさんによると、この公民館の地下一階には大風呂と卓球台があり、無料でだれでも利用できるそうな。
この公民館には食堂もテレビもあるので、一日中ここで過ごすお年寄りもいるとのこと。


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2020年01月20日

マスターズ陸上日記2020 その1

1月20日(月)

昨日(19日)、地元広島で都道府県対抗男子駅伝が行われた。
アンカーまで勝負がもつれこんで大いに楽しめたが、長野県が逃げ切って大会新記録で優勝した。
驚いたのは今話題の厚底シューズで、一区の高校生区間の選手の大半が同じピンク色のナイキのシューズを履いていた。

3年前まで、レース当日の朝6時、私はいつも自転車で広島駅北口に行ったものだ。
暗闇の中、各県代表の若い選手たちが6時間後に始まるレースに向けて朝練習を始めている。
中学生選手もいれば、オリンピック代表選手もいる。
中高生が決戦を前に、まなじりを決して走っている姿にはいつも感動させられた。
勝負を前にした彼らには「真剣美」というべき美しさがあった。
彼らの練習を見ての帰途、いつも岡林信康の「友よ」が頭の中で鳴ったものだ。


今年の目スターズ陸上の試合に向けて目下冬季練習中。
今年の出場予定は以下の通り。
5月 岡山マスターズ
6月 広島マスターズ
7月 中国マスターズ(島根県益田市)
9月 兵庫マスターズ(予定)
10月 全日本マスターズ(福井県)

砲丸投げは今年から回転投げに挑戦する。
新フォームで投げる私は頭の中では大記録が出ているが、4月になって屋外で実際に投げてみると、さて、頭の中と実際は一致するかどうか?




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2020年01月09日

NHKイタリア語講座とイタリア語レッスン日記  その11

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・古代ローマの人たちは、当時はアルコール度数が高かったため、それを薄めたり、蜂蜜や、あるいはヨモギのような様々な香辛料を加えて飲んでいた。

・イタリア語の長い単語
Otorinolaringoiatra 耳鼻咽喉科

◎イタリア語レッスン日記

映画「 自転車泥棒」

・監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
・公開:1948年(日本1950年)
・キャスト:
アントニオ(父):ランベルト・マジョラーニ
ブルーノ(息子):エンツォ・スタヨーラ


(ちょっといいセリフ)
・ アントニオが盗まれた自転車を、一緒に探してくれることになった友人バイオッコ。
「今夜は眠れないかもしれないが、明日にはきっと見つかるさ。心配するな」

・ 盗まれた自転車を探し疲れ、ティベレ川のほとりを思い足取りで歩く父と息子。
アントニオ「腹が減ったか?」
うなづくブルーノ。父は乏しい財布の金を数えて言う。
アントニオ「ピザを食おう」
うれしそうに微笑むブルーノ。
貧しい父子は楽団までいる二人には場違いなレストランに入る。「飲んで忘れよう」と、無理に笑顔を作る父。ワインとピザを注文した父にウエイターは冷たく答える。
「うちにピザはございません。当方はレストランです」
それではというので父はカロッツアを注文する。さらにブルーノに向かって言う。
アントニオ「食後はデザートも頼むぞ。いいだろ」「いっぱい食べろ。男は食わんとな」

(ちょっと一言)
・わが子が旺盛な食欲を見せて、もりもりと食べている様子を見るのは父親の大きな喜びだ。ポスター貼りの仕事に不可欠な自転車を盗まれ、明日の収入のあてのない乏しい財布をはたいてすら、父アントニオは一時でも、息子の喜ぶ顔が見たかったのだ。
レストランで食事中、父は突然フォークを置く。
アントニオ「自転車は見つかる。…仕事を続ければ、手当ても入れて、…計算してみよう」鉛筆と紙を出して計算を始める。
「基本給が12000、特別手当が2000、家族手当が一日800だから800×30日で、…すごいだろ。だから絶対あきらめるわけにいかないんだ。自転車が必要なんだ。食うためにな」
この場面は切ない。

・ 自転車が見つからず途方にくれたアントニオは、占い師のところへ行く。自転車を盗まれたことを相談したアントニオに、ペテン師くさい女占い師は
「見つかるか、見つからないかのどちらかよ。今すぐ見つかるか、もうないか。分かった?」
なけなしの金を払って立ち上がるアントニオ。
この映画は第二次大戦後わずか3年たったばかりの1948年の作品。敗戦国イタリアでは多くの家族が貧困にあえぐ中、将来に対する彼らの不安に付け込んで、この女のようなインチキ占い師が貧しい者たちのなけなしの金を巻き上げた。アントニオが不本意な金を払うのを見るのはつらい。

・今までに少なくとも10回は観たこの映画。
最後のシーンでは、自転車を盗もうとした父が捕まり、群集に小突かれ、しかし息子ブルーノの涙を見た自転車の持ち主が、父を警察に突き出すことなく許してくれる。
しかし、深く傷ついた父と息子は、夕暮れの雑踏に悄然と消えていく。
私はこの後の二人の人生が気になる。
自分の盗みを目撃された父は息子に対し、深い負い目を持つことになるだろう。
一方、幼い息子にとっては父親とは英雄である。その父の惨めな姿を見たことは、息子の深い傷となるだろう。
涙を流しながら呆然と歩く父親の手を、息子のブルーノが握り締めるラストがわずかな希望と慰めを与えてくれる。




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2020年01月06日

NHK英語講座と英語レッスン日記 その14

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・時制の一致について
1:Mark told me his parents lived in New York.(マークがこの発言をした時点で彼の両親はニューヨークに住んでいた。今現在、ニューヨークに住んでいるか否かについては言及していない)
2:Mark told me his parents live in New York.(彼の両親が現在もニューヨークに住んでいる場合、この例のように時制の一致を受けないことがある)

・It takes two to tango.(喧嘩両成敗)。直訳は「タンゴを踊るには二人必要である」

◎英語レッスン日記

(私のスクールが沼津市にあった時代の昔話)

和風の英語

私の外国語スクールに二人連れのお客さんがお見えになった。
夫は日本人、妻はフィリピン人。
日本で婚姻届を出すので、フィリピンから届いた英語の書類を翻訳して欲しい、と言って差し出されたのはあいにく原本ではなくコピー。
翻訳を始めたものの、英語の文字がかすれて読みにくい箇所がいくつかある。
念のためにと聞いておいた番号に電話をした。
御主人が電話口に出た。

判読できない箇所を伝えると、電話の向うでフィリピン人の奥さんに大声で
「おい、ここの英語は何て書いてあるんだ。えっ?お前、そんな英語みたいな発音じゃ分からないって。日本風に言え!」
外国人に向かって、英語を英語みたいに発音するな、とは酷な注文だ。
電話の向うで、女性の声で、一生懸命日本風にした英語が聞こえる。
さらに別の箇所を聞くと
「そんなんじゃだめだって!日本風にいえよ。いつも言ってるだろ」
気の毒に、このようにして彼女の英語は「日本風」に改悪されていくのだろう。

このだんなさん、フィリピンに行って、逆にこう言われたらどうするのだろう。
「あなた、ちゃんと日本語話してよ。そんな日本語みたいな発音じゃ、分からないよ。もっと英語風に言ってよ!いつも言ってるでしょ」




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2019年12月24日

ラジオ英語講座と英語レッスン日記 その13

12月24日(火)

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・my real passion is English:私が本当に熱中できるのは英語だ
・she is tied up at work:彼女は仕事で手いっぱいだ
・clean:(ただ)そうじをする
・clean up:(そうじをして)ピカピカにする


◎英語レッスン日記
・個人レッスンのMさんのレッスンでは映画「ローマの休日」の英語シナリオもレッスンに取り入れている。
そのレジュメより。



(シーン)
アン王女、宿泊先の大使館から脱出する

(チョットひとこと)
夜、王女は大使館内に停まっていたケイタリング業者のオート三輪に忍び込んで脱出に成功する。
オート三輪の荷台にはイタリア語でドメニコ・ピッツァッティと大書され、その文字の下にはリンフレスキとある。ドメニコ・ピッツァッティとはこのケイタリング業者の名前でであろうし、リンフレスキとは軽い飲み物と言う意味で、要するにここではケイタリング業者であることを示している。荷台にはフレーバーワインのベルモットで知られるチンザノの箱が積まれているのが見える。
チンザノがあることからすると、その晩、大使館で行われた王女の歓迎レセプションで出された飲み物の中にはチンザノを使ったカクテル、マティーニやマンハッタンがあったと想像される。

このオート三輪と言う乗り物、最近ではあまり見かけることはなくなったがこの映画が公開された1953年当時は日本でも大いに活躍していた乗り物で、要するにオートバイに荷台をくっつけたもの。
フェリーニ監督のイタリア映画「道」で旅芸人のザンパノが乗っていたのも、このケータリング業者のよりはずっとみすぼらしくはあったがオート三輪だった。
又、一瞬映る業者のナンバープレートはこうなっている。
Roma12 4217
このようなナンバープレートはEUに統合された現在、イタリアでは見かけることはなくなった。
このシーンでオート三輪を運転していたのは荷台に名前が書かれていたドメニコ・ピッツァッティその人であろうと考えている。理由は運転席に乗り込む際に一瞬横じまの半袖シャツ姿が映るだけで、演技は必要ないからである。
この作品はイタリアでは「ローマの休日」を直訳した「ヴァカンツェ・ロマーネ」というタイトルで公開された。ヴァカンツェは「休日」を意味するヴァカンツァの複数形。
自分が登場するシーンがイタリア中に流れてドメニコはさぞかし鼻高々だったことだろう。

さて荷台に乗りこんだ王女は外を珍しそうに見回し、後ろを走っているカップルが乗ったスクーターに手を振る。当時はヘルメット着用が義務付けられていなかったので当然ながらカップルの二人はノーヘル。このスクーターがイタリアの名車ベスパで、後のシーンではアン王女自身これを運転することになる。
1993年、大腸がんのために63歳の若さでスイスの自宅で亡くなったヘプバーンは、2019年5月4日で生誕90年を迎えたが、それを記念した展覧会が彼女の生まれ故郷のベルギー・ブリュッセルで行われた。
その展覧会場で息子のショーン・ヘプバーン・ファーラ―氏が「ローマの休日」でヘプバーンが撮影で乗ったベスパにまたがっている写真を見た。
モノクロの映画では分からなかったがスクーターの色はモスグリーン。小型のスクーターであり、170センチのヘプバーンと190センチのグレゴリー・ペックがよく二人乗り出来たものだと感心させられる。


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2019年12月19日

ラジオイタリア語講座とイタリア語レッスン日記  その10

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・ミラノで生まれたクリスマスの菓子、パネットーネについて。
1490年のクリスマスのこと、コック見習いのトーニが大切な祝宴でうっかりミスをした。
困り果てた彼を見て、あるコックが機転を利かせ、ありあわせの材料でデザートを作りトーニの危機を救った。
それが「パン・デル・トン」(トーニのパン)と呼ばれ、パネットーネになった。


◎イタリア語レッスン日記

Yさんの個人レッスンではイタリア映画の「道」もレッスンに取り入れている。
そのレジュメより。
(場面は前回の続き)

☆ザンパノ
・Sicuro, faccio imparare perfino ai cani io.
・Ehi bambini, andate a comprare un chilo di salame, mezzo chilo di formaggio e due fiaschi di vino.
・Sono fatto cosi io. Tenete!
☆母親
・Grazie. Ringraziate bambini, eh! Dove vai? Vieni qui, Gelsomina! Mo (Ma)perche fai cosi? Oh, Zampano. Gelsomina!

(イタリア語セリフの私訳)

☆ザンパノ
・勿論さ。俺は犬にだって芸を仕込めるんだ。
・おい、子供たち、ちょっと買ってきてくれ。サラミ一キロ、チーズ半キロ、それにワインが二本だ。
・俺は気前がいいんだ。さあ、行って来い。
☆母親
・ありがとう。お前たち、お礼を言うんだよ。ああ、どこへ行くの。こっちへお帰り、ジェルソミーナ。ごめんなさいね、ザンパノ。ジェルソミーナったら。

(ちょっと一言)
・ザンパノのセリフからわかることはジェルソミーナの暮らす海辺の貧しい村ではサラミやチーズが量り売りされていたということだ。この映画は60年以上前の作品だが、実は現在のイタリアでもサラミやチーズの量り売りは見られる。日本でもかつて酒は量り売りされていた。二合なり三合なりその日飲みたい、あるいは財布が許すだけの酒を酒屋で買っていたわけだ。こんな店があれば、私なら常連客なるのだが。

・ワイン二本はイオリア語のセリフはこうなっている。
“due fiaschi di vino” fiaschi(フィアスコ)とは胴にトウモロコシの皮が巻いてある首が細長いワインボトルのこと。一昔前はイタリアワインといえば酒屋の店頭でこのフィアスコが見られたものだが、最近では少なくとも私に関しては目にすることがなくなった。若かりし頃のワインといえばこのフィアスコだっただけに、なんとなく寂しい。

・「俺は気前がいいんだ」は私の意訳。「道」のDVDではこの部分のイタリア語は字幕に反映されていない。イタリア語の原文は「俺はこんな風に作られているんだ」が直訳。「俺はこんな男さ」と訳すのもいいと思うが、私はさらに意訳をした。


kiyo0816 at 17:59|PermalinkComments(0) NHKイタリア語講座とイタリア語レッスン日記 

2019年12月16日

ラジオ英語講座と英語レッスン日記 その12

12月16日(月)

◎ラジオ講座の落穂ひろい

・perfectionist:完璧主義者
・I’m going to teach her a lesson:彼女に思い知らせてやる
・thinker:思想家、考える人
・believer:信仰者
・meet the deadline:締め切りを守る

◎英語レッスン日記

個人レッスンを受けていただいているTさんは映画ファンなので、私と映画の話でいつも盛り上がる。
先日二人の話題になったのは1977年公開のアメリカ映画「 愛と喝采の日々」( The TurningPoint)。
監督はハーバート・ロス。

世界最高峰のバレエ団の一つアメリカン・バレエ・シアターで、若い頃プリンシパルの座を競ったバレリーナをシャーリー・マクレーンとアン・バンクロフトが演じる。
一人は引退して家庭の主婦になり、一方はいまだに現役で舞台に立ってはいるが、若手の台頭で屈辱的な扱いを受ける機会も増えている…。

多くのバレエ関係者がこの映画にかかわっており、バレエシーンの隅々に気働きが感じられる。
アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のプリンシパルとして全盛期にあったミハイル・バリシニコフの踊り、特にドンキホーテは圧巻。



kiyo0816 at 13:56|PermalinkComments(0) NHK英語講座と英語レッスン日記 

2019年12月14日

ラジオスペイン語講座とスペイン語レッスン日記  その10

◎ラジオ・テレビスペイン語講座の落穂ひろい

・Prendo un toast.:私はホットサンドにします

「トースト」と言いながらイタリアではホットサンドを意味する。
中身はハムとチーズの事が多い。
日本で言う「トースト」はpane tostato


◎私のスクールが沼津市にあった時代の昔話
(前回の続き)

その日も、田中さんは、主語があるのに、述語がいつまで待っても出てこなかったり、意味不明の言葉に満ちた日本語で、雄弁に話し続けたあげく
「今日、僕、夜勤だから。急いでるからね」
と言って帰っていった。
奇怪な日本語を浴び続けた私は、その後ぐったりと疲れてしまった。

その後、あるブラジル人からこんな話を聞いた。
日本人は人を訪ねた際、相手の時間をつぶしてはいけないと、用件が済んだらすぐに帰ろうとする。
ブラジル人にとって、用件だけ話してすぐに辞去するということはむしろ失礼にあたる。
肝心の話が終わっても、サッカーの話や、「チカラモチ」の話などして相手と会話を楽しんでから暇を告げるのがマナーであるそうな。
だとすれば、田中さんが、悠悠としてかつ急がず、不思議に満ちた日本語で、雄弁を振るっていくのは、私に対する心遣いであったのだ。

なお、チカラモチは依然として謎のままである。

(この項終り)


kiyo0816 at 05:04|PermalinkComments(0) NHKスペイン語講座とスペイン語レッスン日記 

2019年12月13日

NHKイタリア語講座とイタリア語レッスン日記  その9

◎ラジオ・テレビ講座の落穂ひろい

今回はNHK講座からの落穂ひろいではなく、イタリア映画から拾った情報。
私の好きなイタリア映画に「イル・ポスティーノ」がある。
小さな島に暮らす無職の青年マリオが、ある日、島の郵便局で求人の張り紙を見る。
そこにはこう書いてあった。

Cercasi Postino
Ausiliario
Provvisorio
Con bicicletta
(臨時の補助郵便局員募集 自転車があること)



◎イタリア語レッスン日記

月曜日(12月9日)は広島中央公民館で、「一日イタリア語講座」を担当してきた。
タイトルは「イタリアンポップスで学ぶイタリア語」。

ほとんど全員がイタリア語未経験の方だったので、文法的な説明には踏み込まず、そのため歌詞の内容を理解していただくのが、今一つ難しかった気がしている。
しかし選んだLA NOVIA[(ラ・ノビア)とUN BUCO NELLA SABBIA(砂に消えた涙)は全員がご存じで、CDに合わせて歌って下さった。

1月からのレギュラーレッスンに向けて、もっと喜んでいただけるように内容を改善していかなければならない。




kiyo0816 at 06:03|PermalinkComments(0) NHKイタリア語講座とイタリア語レッスン日記 

2019年12月10日

ラジオ英語講座と英語レッスン日記 その11

12月10日(火)

◎ラジオ講座の落穂ひろい
・You can say that again.:「全くその通り」
・grab:つかむ(何かをパッとつかむ)
・grasp:つかむ(何かを手にとって離さないイメージ)
・What I need to do is to keep regular hours.:「私に必要なことは規則正しい生活をすることだ」
・I have a crash on Jenny:「ジェニーの事を好きになっちゃった」

◎英語レッスン日記

・個人レッスン生の中一のH君。
彼の通っているのは中高一貫の進学校で,中一にもかかわらず次のようなことわざがテストに出る。

・The early bird catches the worm
・Time flies like an arrow
・Slow and steady wins the race
・Most people think little
・Repetition is the last law of learning
・We first acquire good habits, and then those habits nurture us
・All things are difficult before they become easy
・A winner never quits and a quitter never wins
・Practice makes perfect
・Health is wealth


kiyo0816 at 13:32|PermalinkComments(0) NHK英語講座と英語レッスン日記