2018年09月20日

マスターズ陸上日記2018年 その28

9月20日(木)

昨日、全日本マスターズ選手権前の最期の投擲練習に行って来た。
今日(20日)を最終練習とする予定だったが、朝の天気予報で20日から三日連続の雨となっていたので、急遽予定を変更して投げてきた。
今日(20日)は予報通り朝から雨。
昨日投げておいてよかった。

河川敷の上空はすっかり秋の空だ。
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右肩をぐっと突っ込んで円盤を振り切って、手ごたえがあり、38m80の練習では今年のベスト記録が出た。
私の出場する65歳代の部の円盤投げ決勝は三日後の23日(日)午後1時競技開始。
40mを投げて一位を争いたいものだ。
徐々に気分が盛り上がってきた。

川岸の草むらにはイヌタデが姿を見せた。
昔は「赤まんま」の愛称があった野草だ
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川土手のジョギングコースにはキバナコスモス。
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2018年09月18日

インドネシア語企業研修

先週、N社様でのインドネシア語研修が終了した。

この秋にはインドネシアに赴任する方が対象だったが、インドネシア語が全く分からなかった社員が、予期せぬ辞令一枚で、三か月の語学レッスンで現地で仕事をしなければならない。

サラリーマンは厳しいな。

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2018年09月14日

映画「男と女」

BSで放映された1966年のフランス映画「男と女」を観た。

監督はクロード・ルルーシュで、この作品によって彼の名声は一気に高まった。
出演はアヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン他。
主演の男女二人の会話はごく抑えられていて、ルルーシュは男女の表情としぐさによって二人の心の内を観客に語らせる。

音楽を担当したのはフランシス・レイ。
この映画のテーマ曲は1966年当時ラジオの深夜放送で繰り返し流されていた。
フランシス・レイの作曲した映画のテーマ曲は日本でも大変ヒットしたが、その代表的なものは「パリのめぐり逢い」、「白い恋人たち」、「雨の訪問者」、「ある愛の詩」などでその曲を聴けば、私にはたちどころに映画のファーストシーンが蘇って来る。
私は「パリのめぐり逢い」のテーマ曲が好きだった。



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2018年09月12日

庭の花

昨日植えたコスモス

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2018年09月07日

インドネシア語レッスン

先週からFさんのインドネシア語個人レッスンが始まった。
当方の教室の空き時間がなかったため、Fさんとインドネシア人講師の自宅からほど近いコメダ珈琲店でレッスンをすることになった。

インドネシアの大学に一年間留学していたFさんの夢は、現在お勤めの会社のインドネシア支店を設立し、日本のローカルフードの一つをインドネシアで広める事。

その目的への第一歩としてまづお勤めの企業のHPを全てインドネシア語に翻訳する作業からレッスンを始めることになった。

生徒さんの遠大な夢のサポートが出来ることは外国語スクール店主の冥利に尽きることだ。

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2018年09月04日

マスターズ陸上日記2018年 その27

9月3日(月)

朝7時30分の河川敷。
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先日までのセミの合唱は消え、今は虫の声が取って代わった。
日差しの強さも蒸暑さもさほど変わりはないのに、昆虫たちはわずかな変化を感じ取って舞台の役どころを交代していく。
川岸にはすすきも姿を現した。
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全日本マスターズ陸上選手権(鳥取)も三週間後に迫ってきた。
競技スケジュールも発表になり、私の出場する65歳代円盤投げの決勝は9月23日(日)の午後1時からで出場者は20名。
フォームはかなり固まって来て36〜38mは安定して出るようになってきた。

今年の優勝ラインは38〜40mと予測していたら滋賀県のH選手が8月末の大会で41mオーバーを投げていた。
大いに刺激を受けた。
高いレベルのしびれるような勝負を競う、その一人になりたいと思う。

昼前に練習を終わる事には夏そのものの炎天が広がり、セミ達も鳴きはじめた。
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2018年08月14日

マスターズ陸上日記2018年 その26

8月13日(月)

午前7時40分。
蒸暑いが上空には秋を思わせる雲。
空にはすでに秋が来ている。
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下半身の補強の為、今月から三つ練習メニューに加えている。
・バウンディング(10段×7本)
・その場ジャンプ(10回×3本)
・腿上げ(30回×3本)
若い頃は60キロだった体重が78キロになっているためその場ジャンプはまことにきつい。
腿上げは当初ダッシュをやろうとしたのだが、やってみたところ足がもつれてひっくり返りそうになるので、腿上げから始めることにした。
思えば全力疾走などここ数十年やったことがなかったもんな。
その後2kのダンベル投げを10本。これは円盤を振り切るパワーをつけるのが目的。

本練習では久しぶりに37m50が出た。
円盤のアーチの頂点を上げるように投げてみて成功。
今日は思いついてデジカメを後ろに設置して動画を撮ってみるが37m50の時は円盤が高く浮いていた。

来月鳥取で行われる全日本マスターズ陸上選手権で、円盤投げの私のクラス(65歳代)の優勝記録は38m前後になるだろう。
今日はいいきっかけがつかめた。

豪雨の影響で砂をかぶっていた隣のゴルフ場も復旧し、今日からゴルファーの姿が見られるようになった。
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川面では何度も魚が跳ねる。
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2018年08月04日

マスターズ陸上日記2018年 その25

8月3日(金)

朝6時半、河川敷に到着。
このところの猛暑にたまりかね、朝の早いうちに練習しようと思い立ったのだ。
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西日本豪雨でこの河川敷沿いの木々は軒並みなぎ倒されたが、一ヶ月が過ぎ小木が徐々に立ち上がって来ている。
準備体操をしていてふと見るとアリが何匹も地面を動いている。
あの豪雨の中をどうやって生き延びたのだろうか。
木もアリもたくましいもんだ。

円盤の描くアーチが低いことが距離が伸びない大きな原因なので、高さを出すべく試行錯誤している。
今日は最後のリリースで両足で爪先立つ感じで投げてみる。
36mを何本か超える。

練習を終えて川を渡る橋脚の下でしばらく休む。
川岸の階段に座っていると上げ潮のせいか、かすかに潮の香りが風に乗ってくる。
ここは涼しい風が吹き抜けてほっとする。
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広島マスターズ事務局から2017年度の記録集が送られてきた。
私は65歳代の部の日本ランキングで砲丸は10位、円盤は5位に入っていた。

人影のない、ジリジリと焼けるような川沿いの道を自転車で帰宅。
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2018年07月27日

マスターズ陸上日記2018年 その24

中国マスターズ陸上選手権―その2
(前回の続き)

上空は雲一つないカンカン照り。
私の出場する65歳代の部は8名の出場。
去年の中国マスターズ選手権(鳥取)とほぼ同じメンバーだ。
全てのクラスの中で一番出場者が多いのは団塊の世代と重なっているからか。
二回の公式練習投擲はいずれも35mほど。
長年のライバルの松本さんから円盤が低空飛行になっているとアドバイスされる。
分かっちゃいるけど、これがなかなか修正出来ないんだよな。

いよいよ一投目。
意識して高めに円盤を振りきって36m01。
一投目にしてはまずまずの出足。
しかし結局この記録が今回のベスト記録になってしまった。
二投目以降は35m13、35m12、ファウル、31m、ファウル。
回を追うごとにフォームがバラバラになって行って、コントロールが出来なくなってしまった。
「ガツン」という思い切った振り切り、腰のスイングが出来ず、ダラーンとした投擲になってしまった。
今年の全日本マスターズ選手権の優勝ラインは38〜40mになるだろう。
この試合で38mは投げておきたかった。
結果は一位が36m01の私、ライバルの松本さんは32m39で二位だった。
松本さんとの円盤投げの通算成績は2勝2敗。

バスに乗って今夜の宿のホテルに行く。
シャワーで汗を流してホテル近くの居酒屋へ行く。
焼肉屋へ行ったほうが良かったと後悔しつつ店を出えて、ホテルに戻り、長く暑い一日の疲れが出て、ほぼ気絶状態で眠りに落ちる。

7月15日(日)
4時起床。
散歩を兼ねて新山口駅近くのコンビニに行き、コーヒーとサンドイッチ、新聞を買ってくる。
上空は雲一つないみごとな朝焼けだ。
空一面が朱色に染まり、地平から黄色い太陽が姿を現した。
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ホテルに戻り新聞を読みながらゆっくりと食事。
6時30分からホテルでバイキングの朝食という手もあったのだが、いつも朝が早い私は6時30分まで待てないし、その上、食べ放題となるといつも逆上して限界まで食べてしまうという悪癖がいい年をしていまだに治らないのだ。

7時半、ホテルを出て新山口駅に向かう。
新山口駅はかつては小郡駅という名称であり、山口線のホームの外れには昔の「小郡(おごほり)」の駅表札が残されている。
種田山頭火のこの駅表札を見たのだろうか。
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9時、維新百年記念公園陸上競技場に到着。
受付で昨日の円盤投げの表彰状を受け取る。
9時30分、サブトラックでウオーミングアップ開始。
サブトラックにはトラックを走っている人が一人いるだけでセミの声だけが炎天下に響いている。
サブトラックでは実際に砲丸を投げられないのでタオルを丸めて投げる動作を繰り返す。
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何とかいい感じになったところで切り上げ、招集所に向かう。
去年の中国マスターズでは10m45の大会新記録で優勝したが、今日は10m70は投げたい。

65歳代の砲丸投げ出場者は6名。
1投目 10m22
2投目 10m33
3投目 10m24
4投目 10m49
5投目 10m19
6投目 10m56

6投目の10m56は大会新記録。
これで優勝かと思っていたら私の次に投げた富中さんが10m92まで飛ばした。
彼には一発があって、この大会では円盤投げでも30mを初めて超えて自己新記録を出している。
高校時代は1600mリレーで全国制覇をした元スプリンターだ。
10m67の私の広島県記録も破られた。
今回は敗けてしまったが、秋の大会では10m92を破って県記録を取り戻すという新たな目標が出来た。

試合の後は湯田温泉に妻と一泊した。
国宝の瑠璃光寺五重塔には感動させられた。
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2018年07月24日

マスターズ陸上日記2018年 その23

中国マスターズ陸上選手権―その1

7月14日(土)

4時起床。
昨夜の残りのマグロとタコの刺身でどんぶり飯の朝食。
自転車で広島駅に向かう。
三連休の初日とあって広島駅構内は人でいっぱいだ。
しかも暑い。

9時41分、新山口駅に到着。
駅構内のコンビニで今日の試合の為の食糧を調達する。
さるそば、チキンカツサンド、シソのおにぎり、お茶。

山口線に乗車し、山口県維新百年記念公園陸上競技場に向かう。
二両編成のワンマンカーで30%ほどの乗車率。
見まわしたところスマホに目をやる人が四人、漫画を読む高校生が一人、付箋がいっぱいついた教科書を読んでいる女子学生が一人。
文庫本を読む中年の女の人が二人。
しかもこの二人とも文庫本に手製と見えるカバーをかけている。
山口は西の京都と呼ばれるがこんな些細な車内風景にも文化レベルの高さを感じる。

右側の車窓に川の流れが見える。
椹野川(ふしのがわ)だ。
昭和の初め、小郡に庵を結んだ俳人、種田山頭火が川岸を逍遥し、川の流れに泳ぎ、時にはシジミをとって来て一杯やったのもこの椹野川だ。
河口からは遠いので川幅こそ狭いが清潔な流れであることは車窓からでも見て取れる。

10時32分、矢原駅到着。
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10分ほど歩いてスタジアムに到着。
着替えをしてからスタンドの最上部に上がってコンビニで買ってきたざるそばなどで腹ごしらえをし、ビニールシートを敷いて昼寝。
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12時10分に円盤投げのアップのためにサブトラックに向かう。
サブトラックに向かう途中に池があり、女の人が一人鯉に餌をやっている。
ただのため池的な池ではなく、見るからに由緒のありそうなたたずまいを持った池だ。
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サブグランドに到着。
やる気一杯の太陽の攻撃を避けて木陰で体操をしていると同じ65歳代円盤投げに出場する大原さんもやって来た。
彼はグランドの入口で帽子をとって一礼した。
彼は高校の体育の先生だ。
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グランドに降りて円盤を投げる。
この試合のポイントは右肩をぐっと入れて右手を強く振り切る事。
これが出来る時には練習で38mは飛ぶのだが、今日は右肩がスムーズにはいらない。
無理に右肩を入れると振り切りのタイミングが遅れて円盤が左方向に飛んでいく。
修正できないまま時間になったので切り上げロッカーに戻って準備をする。
(次回に続く)

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2018年07月13日

マスターズ陸上日記2018年 その22

7月12日(木)

曇り。
河川敷は先週広島を襲った洪水で川岸の木々が軒並み倒されてしまっている。
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河川敷の芝に覆われていなかった部分は土がすっかり洗い流され、大小無数のの石がごろごろ転がっている。
隣接する川岸のゴルフ場は芝が細かな砂にすっかりおおわれており、コース上の木は倒れてはいないものの、立ち枯れの様相を呈している。
ゴルファーの姿は勿論ない。
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今週末(14,15日)山口市で開催される中国マスターズ陸上選手権に向けて今日が最後の投擲練習だ。

砲丸(5k)は右足の押しと両肩のスイングを意識する。
10m65が出る。
中国大会の65歳代砲丸投の大会記録は去年私が鳥取で記録した10m45。
この記録をもう一度更新したいものだ。

円盤投げ(1K)は腕ではなく、両肩のスイングで振り切るつもりで投げて37m70が出る。試合ぎりぎりでいい感じがつかめた。

太田川に流れ込んでいる小川には数匹の亀がぷかぷか浮かんでいる。
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あの洪水の中で亀はどこにいたのだろう。川岸で見かけるテンやヌートリア、キジの夫婦も洪水の後、姿が見えなくなった。
練習を終える頃にはやる気一杯の夏の太陽が空から熱線を浴びせかけていた。
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2018年07月09日

エッセイコンテスト入賞

第10回「珈琲のある風景」エッセイコンテスト2018で私のエッセイが入賞した。

結果発表のサイトは以下。

http://www.coffeefunakura.com/essay/essay.html

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2018年07月04日

マスターズ陸上日記2018年 その21

7月4日(水)

このところ台風の影響で雨の日が続き屋外での投擲練習が出来ない。
山口で行われる中国マスターズ陸上選手権まで残すところあと10日となったが、今後の天気予報を見る限りでは,実際に投擲練習が出来るのはあと二回だけになりそうだ。

最期に投擲練習を行ったのは先週の6月28日(木)。
しばらく使っていたシューズの底に穴が開いたので、思いついてルームサイクルに乗る時に使っている上履きをはいてみた。
薄いゴム底の紐の無い、小学生などが体育館での授業に使うようなものだ。
ところがこれが地面をじかに感じられて実に具合がよかった。
試合で使うにはいささか恥ずかしい気がするが、中国マスターズでも使ってみようかと思案中。
6月28日(木)の河川敷の上の青空
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芝刈りされたグランドIMG_1589

川岸の夏草風景
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2018年06月21日

マスターズ陸上日記2018年 その20

6月日15日(金)

7時半に河川敷に着いた時には薄曇り。
川岸の草むらからは虫の声。
虫が鳴くのは秋になってからと思っていたが、草むらでは5月から虫の声がしている。今年になって初めて気が付いた。
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砲丸(5k)はグライドの最期の左足の着地にタイミングを合わせて腰をスイングさせてみる。
最初はタイミングが合わなかったが徐々にかみ合ってきて10m52まで飛んだ。
この投法を体にしみ込ませようと思う。
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円盤投げ(1K)はターンの際、円盤を持った右手で大きな円を描くようにイメージしてみる。
最期に極端に高角度で振り切って38m50が出る。
5月以降、投擲練習日の二回に一回は38mが出るようになった。
60歳になった時は30mを越えるのがやっとだったので6年間で8m飛距離が伸びた。
今年の目標の40mが練習ではそろそろ出そうな気がしてきた。

11時に練習を終えるころには秋のようなさわやかな空が広がっていた。
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2018年06月14日

マスターズ陸上日記2018年 その19

6月10日(日)に行われた広島県マスターズ陸上選手権の結果。

65歳代の部砲丸投げ:10m22(一位、大会新記録)
65歳代の円盤投げ:35m13(一位)
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砲丸投は10m50、円盤投げは37m50が今大会の最低の目標だったので不本意な成績に終わってしまった。
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次の試合は7月中旬に山口県である中国マスターズ陸上。

スタジアムから新尾道駅へと続く坂道
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2018年06月04日

マスターズ陸上日記2018年 その18

6月日1日(金)

所により午前中から雨という天気予報通り、ウオーミングアップをしていたらポツリポツリと降り始めた。
6月10日(日)の広島県マスターズ選手権まで二週間を切った今となっては小雨程度で練習を中止して帰宅するわけにはいかない。

円盤を投げ始めても雨は降ったり止んだりを繰り返す。濡れた円盤は投げる際に滑りやすくて誠にやっかいだ。
去年(2017年)の和歌山での全日本マスターズ選手権も雨の中での試合になった。
私は雨を予想して大きめのポリ袋を持って行ったがこれが役に立った。
投擲の順番が使づくと円盤をタオルで拭いてポリ袋に入れそのままサークルに入り、濡れていない円盤を袋から取り出して投げた。ポリ袋作戦を実行したのは私一人だったが、その試合で二位になったのはポリ袋のおかげだったともいえる。
あの全日本マスターズ選手権で65歳代の部に出場していた選手に中には高校以来50年以上も円盤を投げている人もいたが、ポリ袋を持って投擲サークルに入る人は初めて見たと言ってほめてくれた。

私の場所に隣接して河川敷に作られたゴルフ場が見渡せるが、雨のせいかグルファーの姿はない。広大な河川敷で雨に打たれているのは私一人だ。この季節になれば雨に打たれるのはかえって気持ちがいいくらいだ。
映画「明日に向かって撃て」の中でポール・ニューマンとキャサリン・ロスが自転車に乗る場面で流れる曲がB・J・トーマスの「 雨にぬれても」だ。
Raindrops keep falling on my headで始まる爽やかなバラードだ。
今は雨に濡れているが「もう少しで幸せが僕を迎えに来る…」とB・J・トーマスは歌う。

雨がいよいよ激しくなってきたので橋げたの下に退散して今度は砲丸を投げる。
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左足の着地のタイミングにひらめきがあって、2,3本いい投げが出来た。
いい気分で「雨にぬれて」自転車で帰宅。



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2018年05月28日

マスターズ陸上日記2018年 その17

5月日25日(金)

上空には秋を思わせるようなうろこ雲(?)が広がっている。
河川敷を吹き過ぎる風も秋のような涼しさだ。
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年明けから痛み始めた左肩は整形外科のリハビリを受けても一進一退。
昨日は、はり師に生まれて初めてはりをうってもらった。
何となく痛みが薄れた感じがする。

砲丸(5k)は途中で思いついて円盤投げのスイングを意識して投げてみる。
肩までドスンを突っ込めて10m72が出る。
思いついたことはとにかくやってみると新たな発見がある。
独学の面白さだ。

円盤投げ(1K)は38m75の練習における自己ベストが出た。
今までの最高はちょうど一年前に投げた38m15。
今日はセカンドベストも38m40まで飛んで、38m台はどうすれば投げられるか分かってきた気がする。

いつにもまして充実した練習を終えて、川岸に降りて川を眺める。
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ロバート・レッドフォードが監督した「リバーランズスルーイット」と言う映画があった。ロバート・レッドフォードの作品の中ではアカデミー賞をとった「普通の人々」よりも私はこちらのほうが好きだ。

キジの夫婦が今日も草むらを散歩していた。
雌が先を歩き、赤い顔の体の大きなオスがその後を追う。
一度だけだがキジ鍋を食べたことを思い出す。
伊豆の旅館でのことだ。
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2018年05月24日

マスターズ陸上日記2018年 その16

5月日21日(月)

朝7時50分。
快晴。
今日の河川敷の上空は見事に真っ青な空。
ジュクジュクと鳴き続ける鳥の声。
川岸に住み着いているキジの夫婦のメスが一羽散歩中。
オスは餌を探しに出かけているのか見当たらない。
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砲丸(5k)は前回の練習で11m超えの一発が出た理由の上体でのスイングの再現が本日の練習の狙い。
再現はなかった。
たった四日で手ごたえのあったあの感覚がすっかり消えていた。
これは実によくあることだが、悩ましいことだ。
結局10m35が今日のベスト。

円盤投げ(1K)はフォームが出来上がって来た。
ファウル気味ではあったが実測では39mまで飛んだ。
40mの匂いがしてきた。

先日川岸で見つけたブルーベリーのような木の身。
黒く熟れた実が増えてきている。
ふと見ると何の鳥かその実をついばんでいるではないか。
私は占有権を主張すべく、勇敢にもその鳥を追い払ったが、一日中見張っているわけにはいかない。
結局彼らのお余りを頂戴することになりそうだ。
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2018年05月19日

マスターズ陸上日記2018年 その15

5月日17日(木)

朝7時50分。
薄曇りで、河川敷は湿度が高く蒸暑い。
ウグイスのさえずりがいつものように聞こえ、キジの夫婦が草の中で餌を探している。
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砲丸(5k)は投げ初めは調子が悪く9m60前後の投げが続く。
8投目で思いついて、上体の回転で投げることを何回か続け、その後右手をしっかりと押し込むようにして見たところ飛び始めた。
15投目で11m16が出た。
去年の全日本マスターズ65歳代の部の3位にあたる記録だ。
今日は会得があった。

円盤投げ(1K)は37m30が今日のベスト。
円盤投げはこのところの練習ではコンスタントに37〜38m飛ぶようになった。
腕を高くキープしてのターンと、腰の回転がだいぶ身についてきた。
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川岸の藪の中で甘い実のなる木を一年ぶりに発見し、熟れた身を一つ食べた。
ブルーベリーを少し酸っぱくしたような甘さだ。
これはなんという名前の植物なのだろう。
もうしばらくするとほとんどの実が黒く熟すが、今年はビンを持って行って収穫し、ジャムを作ってみようと思っている。
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2018年05月12日

庭の花 その2

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2018年05月07日

マスターズ陸上日記2018年 その14

5月5日(祝)

岡山県マスターズ陸上選手権。
会場は備前市総合運動公園陸上競技場。
海のすぐわきにあり、潮風が吹きぬける清潔なスタジアムだ。
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もっとも潮風が吹き抜けすぎてホームストレートはまともに向かい風。
短距離の選手たちには気の毒だった。
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しかし周囲の山からはウグイスのさえずりが途切れることなく聞こえ、備前市は桃源郷かと思わせられる。
円盤投げ(1K)二投目に出した35m22で65歳代の部一位。
最終四投目はかなり距離が出たがわずかに右にファウル。
目標の38mには届かなかったが課題ははっきりしているのでまあ良しとする。
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砲丸(5k)は最終四投目の10m67で65歳代の部一位。
島根県の松本さんの持っていた記録10m27を破っての大会新記録だった。
三投目までは腰の回転が出来なかったが、最後の一発でうまく腰での投げが出来た。
四年ぶりに試合で10m67が出た。
こちらは大いに収穫があった。

江戸時代前期の寛文10年(1670)に岡山藩主池田光政によって創建された、現存する世界最古の庶民のための公立学校である閑谷学校を見たかったが時間がなかったのは残念だった。

タクシー、赤穂線、新幹線を乗り継いで6時に広島の自宅に帰宅。
朝3時の起床に始まった長い一日が終わった。
ぐったり疲れてしまった。



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2018年05月02日

マスターズ陸上日記2018年 その13

5月1日(火)

朝7時45分。
快晴。
5月5日(土)に備前市で行われる岡山県マスターズ陸上選手権へ向けての最期の投擲練習。
河川敷は前日ここを使った少年野球チームの指導者たちが伸びた芝を刈ったのだろう、短く散髪されていて、ふかふかの芝の上を走るのは実に快適だ。
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5月5日は試合前に投擲練習は出来ないので、それを想定して入念にアップを行う。

円盤投げ(1k)は36m90が今日のベスト。
私の参加するM65の円盤投げの大会記録は39m14なので今日の出来では届かないが、38mは飛ばしたいと思う。
38mは今年の全日本マスターズ選手権で優勝するための最低ラインだと思われる。
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砲丸(5k)は調子が出るまで時間がかかる。
試合では公式練習2投、本番4投なので、私のように20回以上投げてやっと調子が出てくるようではいけないのだ。
今日も20回目にやっと10m33.
こちらの大会記録は私のライバルである松本さんの持つ10m27。
この記録は出来たら更新したい。
群生する黄色い花。
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帰り道。
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2018年04月25日

マスターズ陸上日記2018年 その12

4月23日(月)

朝7時45分。
今日の河川敷上空は薄雲が広がっている。
温かいのでアップの時から半袖になる。

クローバーが咲き乱れている。
子供時代に四葉のクローバー探しをしたことを思い出し、しばらく探してみるが三つ葉ばかり。
ガロに「四葉のクローバー」という曲があったが、あれはかまやつひろしの作曲だった。

砲丸(5k)から練習。
ほんの10日前、10m80飛んだ時の感覚がすっかり消え去り全く飛ばなくなってしまった。
10m20が今日のベスト。
右足の押し出しがうまくいかず、体が後ろに残ってしまう。
次回の練習では突出しの際、左足で地面を押して見ようかと思う。

円盤投げ(1k)は35mが当たり前に飛ぶようになってきた。
最期に手先に意識を置いて思いっきり振り切って今シーズンのベスト記録36m70が出た。
デジカメで撮った動画を見ても腰が回り、右肩も入っていい投げが出来ている。
今年初めての一発が出た。

野アザミ(ちょっとピンぼけ)。
モモイロクローバーかとも思ったが葉をみるとクローバーではないのでアザミだろう。
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名前不明
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カラスノエンドウ
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2018年04月24日

庭の花

6 (4)


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2018年04月20日

マスターズ陸上日記2018年 その11

4月16日(月)

今日も河川敷の上空は快晴。
一昨日の雨で草が青々としている。

まず砲丸(5k)からスタート。
前回「右足のつま先で地面を押し、右肩をガツンと突っ込んで10m80まで飛んだ」感覚が消えてしまっている。
よくあることだが、きれいさっぱりなくなっている。
トップレベルのアスリートたちの「再現性」という言葉をよく耳にするが、良い投擲が安定的に再現できることが重要で、私にはなはだしくかけている能力だ。
その日、投げてみないと分からないというレベルをそろそろ脱しなければならない。
結局10m35が今日のベスト。

円盤投げ(1k)は腰のスイングを意識して36m迄行った。
やっと去年の同じ時期の記録に追いついてきた。

5月5日の今年の初戦、岡山県マスターズ選手権まで、投擲練習が出来るのはあと多くて4回。
以下は私のホームグランドの河川敷の状景。

モモイロツメクサ
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キジムシロ
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名前不明の野草
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この鳥の名は調べ中
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川岸
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帰宅中の川土手
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2018年04月14日

マスターズ陸上日記2018年 その10

4月13日(金)

朝の8時前だが、ホームグランドの河川敷ももう寒くはない。
鳩の群れが藪の中で羽を休めているのが見える。
空には秋の様な雲。
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今日の砲丸(5k)は今年初めての一発が出た。
立投げの段階で10m20が出て幸先よし。
本練習に入って9本目。
右足のつま先で地面を押し、右肩をガツンと突っ込んで10m80まで飛んだ。
昨年の全日本マスターズ選手権65歳代の部では4位に相当する記録。
今日は重要なポイントを2つつかんだ。

円盤投げ(1k)は35mで相変わらず。
全体的に振り切りで体が後ろに残ってしまっている。
ここを修正しないと記録は伸びていかない。

練習を終えて川を眺める。
波の様子がきれいだったので1枚撮る。
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隣接する河川敷のゴルフ場も温かくなるにつれゴルファーが増えてきた。
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咲き始めた菜の花。
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2018年04月07日

マスターズ陸上日記2018年 その9

4月5日(木)
竹中郁に「午前十時の風」という詩がある。

“いま
「春」が
垣根に沿つて喋(しゃべ)言つて往つた“

これだけの短い詩だ。
まだ冬の寒さが残る住宅街、下校中の小学生たちが垣根沿いに甲高い声でしゃべりながら通り過ぎて行った。
その声の響きの中に春を感じた、その様に私はこの詩を読んだ。

思えば垣根と言う言葉はほとんど死語に近いものになっているのではなかろうか。
子供時代、私は木製の垣根の上を歩くのを得意とし、遊び仲間から一目置かれていたものだ。
しかしサーカスの綱渡りの芸人にならなかった私はあの能力を人生において生かす場面はついになかった。
人はいくつかの才能を持って生まれてくるが、一人の人間に内在する才能にも陽の目を見るのとそうはならないものがあるようだ。
陽の目を見なかった私の綱渡りの才能は、地表に芽を出し花を開くことなく地中で一生を終えた植物の種の様で、不憫な気がする。
川岸のスミレ。
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今日も朝8時に河川敷に到着。
準備体操をしていたら、川土手の草むらにテンが姿を現した。
去年の夏、この川岸で私と鉢合わせをしたテンかも知れない。その時はよほどびっくりしたのか後ろ足で立ち上がった姿と顔の可愛かったこと。
見ていると草むらの中を黄色い矢のように跳ねながら姿を消してしまった。

今日の砲丸(5k)は10m46が出た。
パワーポジションで顔をしっかり残し、腰のスイングを意識したのがうまくいった。
やはりポイントは下半身だ。
これを忘れてはいけない
円盤投げ(1k)は34m60でこれもまずまず。

クローバーも咲き始めた。
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2018年03月31日

マスターズ陸上日記2018年 その8

3月29日(木)

本年の5回目の屋外での投擲練習。
今日も雲一つない快晴で、河川敷を吹く風ももはや冷たくはない。
毎年一回、1〜2週間発症する、むずむず脚症候群が数日前から始まり、昨夜は夜中の一時から足の痙攣が始まったのではなはだしく寝不足状態。
近くの藪ではウグイスがまだたどたどしい声で囀っている。
今年初めてモンシロチョウを見た。
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砲丸(5k)は前回、前々回の練習では10mにも届かない低迷だった。
今日は思いついて両肩のスイングで砲丸を投げてみると手ごたえがあり、10m20がでた。
デジカメの動画を見ても右肩までしっかりと突っ込みが出来ており、初速が上がっている。
陸上を始めて10年めになるが初めて肩を振るというアイデアが出た。
物事を続けているとこういう嬉しいひらめきがやってくることがある。
自己ベストにはまだ1mほど足りないが、今日の砲丸は大いに収穫があった。

円盤(1k)は34m20。こちらも少しず調子が上がって来ている。

隣接するゴルフ場には春休み中とあって、子供連れのゴルファーが来ている。
川辺でサックスの練習をする高齢の男性の姿も今年初めて見た。
川土手の桜は満開で、近くの幼稚園の子供たちが保母さんたちと花見をしていた。
世はまさに春爛漫だ。

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2018年03月29日

公募授賞式

3月25日(日)、静岡県島田市の(株)まちづくり島田主催、第14回「愛するあなたへの悪口コンテスト」の表彰式に出席してきた。
前日24日(土)、広島→名古屋→掛川→島田と新幹線、在来線を乗り継ぎ、夕方に島田着。

表彰式では審査委員長の村松友視氏(直木賞作家)から大賞の表彰状をいただいた。
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主人が20数年前から持っていた村松氏の小説「アブサン物語」にサインをしていただき、一生の思い出になった。


kiyo0816 at 14:23|PermalinkComments(0) スクール日記 

2018年03月16日

マスターズ陸上日記2018年 その7-2

3月12日(月)

本年度、砲丸投げ(5k)の第一投、10mは飛んでほしいとの願いもむなしく8m70。
何ということだろう。
デジカメで撮った動画をチェックするが、この冬で3kも増えた体重は小さな画面からでも歴然とわかる。
最後の10本目でやっと10m15
最後の右足でのけりと、左腕の引付が次回の課題だ。

9時半になり気温がぐんぐん上がって来ている。
何の鳥か、気持ちよさそうにコロコロといい声で鳴いている。
声の主を求めて川岸に降りていくと藪の中で一羽の小鳥がいる。
真似をしてさえずってみるが、私に関心を持ってもらう事は出来なかったようだ。
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続いて円盤投げ(1k)のアップを始める。
これも5か月ぶりの投擲だが円盤がほとんど指にかからない。
しかし広い河川敷を独り占めして円盤を投げるのは爽快だ。
見上げれば飛行機雲。
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10回投げて32m50がベスト。
ここ数年、シーズン最初の練習ではいつも35mは越えていた。
まあ、小さく生んで大きく育てるという言葉もある。
伸びしろは大きいと考えることにしよう。

河川敷に可憐な青い花が咲いていたので写真を撮る。
帰宅して調べてみたらオオイヌフグリ。
ああ、君がイヌフグリか!
積年の謎が解けた。
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小学校で教わった草野新平の「春のうた」という詩がある。

ほっ まぶしいな
ほっ うれしいな
みずは つるつる
がぜは そよそよ
ケルルン クック
ああいいにおいだ
ケルルン クック
ほっ いぬのふぐりがさいている。
ほっ おおきなくもがうごいてくる。
ケルルン クック
ケルルン クック

翌朝、全身の筋肉痛で、壊れかかったロボットのような動きでようやく起き上がる。
一年ぶりのなつかしい痛みだ。
この朝の痛みも三度目の投擲練習が終わるころには薄れていく。
今年もそうあってほしい。


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2018年03月14日

マスターズ陸上日記2018年 その7

3月12日(月)

朝8時、五か月ぶりにホームグランドの河川敷にやって来た。
4月から投擲練習を始めるつもりだったが、急に気温が上がり春めいてきたので例年より3週間早めに屋外での練習を開始した。
マスターズ陸上を始めて10年目のシーズンが始まった。
快晴ではあるが、河川敷も、川岸の木々も、隣接する市のゴルフ場の芝生もまだ冬枯れの様相。
風もまだ冷たい。
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今年の最大の目標は9月に鳥取で開催される全日本マスターズ選手権のM65(65歳代の部)円盤投げで40mを投げて1位になる事。
昨年、和歌山での全日本では1m1センチの差で2位だった。

去年の12月から積み上げてきた体作りの結果がどう出るか、ワクワクしながらまずは砲丸(5k)から投げ始める。
今年は砲丸、円盤ともに練習で投げるのは10回までとすることに決めた。
昨年は気の済むまで延々と投げることを続けた結果、8月に右大胸筋の部分断裂をやってしまい、3週間近く投げられなかった反省からだ。

(続く)


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2018年03月11日

思い出の映画 その2 「旅情」

・1955(昭和30)年イギリス・アメリカ合作映画
・出演
ジェーン(キャサリン・ヘプバーン)
レナート(ロッサノ・ブラッツィ)
フィオリーニ夫人(イザ・ミランダ)

アメリカの地方都市で秘書をしている38歳の独身女、ジェーン・ハドソン(キャサリン・ヘップバーン)は長期休暇を取り、念願であったヨーロッパ旅行の夢を実現させ、この旅行の最終目的地であるヴェニスを訪れる。
ジェーンは駅から船でフィオリーニ夫人(イザ・ミランダ)が経営するペンシオーネに到着する。
その後観光に出かけたヴェニスの街で一人のイタリア人男性レナート(ロッサノ・ブラッツィ)と出会うことになる。


・フィオリーニ夫人を演じるイザ・ミランダは大人のイタリア女の魅力を存分に感じさせてくれる。
「イタリアでは年齢は財産です」とジェーンに言うセリフはフィオリーニ夫人の生き方を象徴している。
季節は夏とあって、彼女は夏のドレスを着ているが、アーウィン・ショーの名作「夏服を着た女たち」 (常盤新平訳)の原題はThe Girls in Their Summer Dresses。
サマードレスというといつもこの映画のイザ・ミランダを思い出す。

・ペンシオーネ・フィオリーニのバルコニーでジェーンは他の客たちと談笑する。木漏れ日がジェーンたちの服の上で揺れ、まるでルノアールの絵の様だ。このシーンに限らず、「旅情」は美しいシーンがふんだんにあって見る者を楽しませてくれる。
この作品の撮影はジ ャック・ヒルドヤード。
彼は後に「戦場にかける橋」でアカデミー撮影賞を受賞している。
監督のデビッド・リーンが主演女優のキャサリン・ヘプバーンについて「彼女は皺だらけで…」とこぼしたのを、みごとに撮影して見せたのがジャック・ヒルドヤードだった。

・サンマルコ広場のカフェで、レナートの息子から、レナートに妻がいる事を知らされたジェーンは、失望と怒りに駆られて、ペンションに帰る。
レナートはジェーンを追ってペンシオーネ・フィオリーニにやって来る。
そしてジェーンをこう言ってなじる。
「君はまるで、空腹なのにラビオリはいやだ、ビフテキが食べたいんだ、と言っている様なものだ。空腹だったら、目の前のラビオリを食べたらどうなんだ」
ラビオリは、肉や野菜、チーズなどの詰め物をしたパスタで、餃子のようなものと言えばいいだろうか。
普通はゆでて、トマトソースやチーズと和えて食べるが、この映画が日本で公開されたのは昭和30年。その当時、このレナートのいうラビオリを知っていた人はほとんどいなかったのではなかろうか。
私は2018年の今でさえラビオリを食べたことがない。
そして、ジェーンもいったんはその気になるものの、結局は「目の前のラビオリ」を食べなかった。
食べなかったからこそ、最後の印象的な別れのシーンがある。




kiyo0816 at 08:21|PermalinkComments(0) 映画日記 

2018年03月09日

「黄色い涙」より  海辺の恋

「黄色い涙」は1974年(昭和49年)の11月25日から12月20日に、NHK総合テレビの銀河テレビ小説で、月曜〜金曜の21時40分から22時00分に20回のシリーズで放送された。

1963年(昭和38年)、東京・阿佐ヶ谷のアパートの一室で共同生活をする事になった漫画家・画家・小説家・歌手を志す若者4人と、彼らの行きつけの喫茶店、食堂の人々の日常を描く。
脚本は市川森一、出演は森本レオ、下條アトム、岸部シロー、長澄修他。

この番組のテーマソングだったのが小椋佳の歌う「海辺の恋」。
詩は佐藤春夫、作曲は小椋佳。

こぼれ松葉をかきあつめ
をとめのごとき君なりき
こぼれ松葉に火をはなち
わらべのごときわれなりき

わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ
うれしくふたり手をとりぬ
かひなきことをただ夢み

入日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ

小椋圭さんがレコードデビューしたのはこの年に先立つ1971年。
NHKホールのコンサートで初めてその姿をステージ上に現したのが1976年。
この1974年はまだ姿の見えない歌手だった。
シンガーソングライターである氏が他人の詩を歌うのは非常にまれであるが、この「海辺の恋」はその希少な例の一つである。

当時京都の大学に籍を置きながら、世の中から落ちこぼれてしまっていた私は、それでもこのドラマ「黄色い涙」の四人の若者のように、何者かになりたいと願っていた。このドラマの放送があった一か月間、毎晩アルバイト先から冬空の下を自転車を飛ばして帰り、アパートの小さなテレビのスイッチを入れたものだ。
まさにここに私がいると思いながらこのドラマを見ていた。

この「黄色い涙」を心の中の玉のように大切にしている人がいた。
その人は当時18歳。一人暮らしの東京の小さなアパートでこのドラマを見ていたそうな。
たった一ヶ月の短いテレビドラマだったが、その人と私は共通の宝を持っていた。
そのテーマソングの「海辺の恋」は私の心に深く染み入り、忘れられない。



kiyo0816 at 10:15|PermalinkComments(0) 思い出の歌 

2018年03月08日

マスターズ陸上日記 2018年 その6

岡山県マスターズ陸上選手権の案内が送られてきた。
例年通り今年も5月5日(土)に開催されるが、今年は従来の倉敷ではなく備前市の陸上競技場が大会会場となる。
備前市とはどこにあるのかと地図で見れば、兵庫県まで後10数キロのところ。
私にはもちろん未知の街。
グーグルマップで見ると競技場は海のすぐそばにある。
今年の初戦は潮の香りのするスタジアムで迎えることになりそうだ。

・円盤が 潮風に乗る スタジアム

昨年12月から始めた体作りも四か月目に入り、2月から10kと6kのダンベルを使っての筋トレも始めた。去年のシーズン中の体には戻ってきた。
去年の自分に追いついたので、9月の全日本マスターズ選手権までこれからどれだけ成長していけるかだ。
今年の強化ポイントの右手、右指の強化はうまくいっている。左手と右手の大きさ、厚みの差が見た目にもはっきりわかるほどになってきた。
先日買って来た40kのパワーグリップは物足りないので、今日は50kの物を改めて買ってきた。

高村光太郎の彫刻作品「手」−あれは左手だが―のような力強い手になりたいとかねがね思っている。

・青りんご 握りつぶすや 光太郎

四月から始める河川敷での投擲練習が待ち遠しい。


kiyo0816 at 09:03|PermalinkComments(0) マスターズ陸上 

2018年03月05日

公募受賞

静岡県島田市の(株)まちづくり島田主催、第14回「愛するあなたへの悪口コンテスト」の結果発表が2月15日にあり、私の作品が大賞を受賞した。

主人の食卓での一言をヒントに、575の川柳に作り上げた。
3月25日(日)には島田市で表彰式がある。

http://www.machi-shima.com/aiwaru.html

kiyo0816 at 15:37|PermalinkComments(0) スクール日記 

2018年02月28日

エデンの東

1955年のアメリカ映画。監督はエリア・カザンで原作はジョン・スタインベック。
舞台は1917年のカリフォルニア。
この映画を初めて観たのは50年近くも前の高校時代、淀川長治さん解説のテレビの洋画劇場だったと思う。ジェームス・ディーンの声の吹き替えは野沢那智さんだったろう。
私はこの映画は息子の父親に対するラブストーリーだと感じた。

ジェームス・ディーンの事はそのずっと前から知っていた。中学一年生の時から映画雑誌「スクリーン」を購読していた私にとって、外国映画の俳優はまさにスターだった。
クラーク・ゲーブル、ゲーリー・クーパー、グレゴリー・ペック、アラン・ドロン、ジャンポール・ベルモンド、ジャン・ギャバン等の中で、私が一番親しみを感じていたのがジェームス・ディーンだった。
彼がすでに若くして亡くなっていることは知っていたし、イタリア人女優のピア・アンジェリと恋仲であったことも知っていた。

高校三年の時の世界史の担当は井町先生だった。その年山口大学を卒業したばかりの新任の先生だったが、その井町先生がジェームス・ディーンに心酔していた。
先生は授業の合間には両手をポケットに突っこんで歩くジェームス・ディーンのしぐさや、相手を上目使いに見る演技をまねて見せてくれた。
高校時代に映画館で観た「エデンの東」のジェームス・ディーンのかっこよさに衝撃を受けたのだ。映画が見る者に全人格的影響を及ぼすには、やはり観る側が若くなければならないという好例だった。

秋の文化祭では先生たちによる演劇が目玉の一つになっていた。
その年の出し物は何と「エデンの東」だった。井町先生の熱意が先輩の先生方を動かしたのだ。先生は自分で脚本を書き、演出をし、最大の目的であるジェームス・ディーンの役は勿論手に入れた。
場面の中心は事業で失敗した父親を喜ばそうとして、豆の相場で手にしたお金を父親の誕生プレゼントにし、しかもそれを拒絶されて、泣いて父親に訴える劇的なシーン。
井町先生は熱演した。
歩き方も、訴えかけるような上目使いも、泣いて父親にすがる絶叫もジェームス・ディーンが乗り移ったかと思わせた。
ただ惜しむらくは先生が「女心の歌」の歌手、バーブ佐竹にそっくりであったことだ。ジェームス・ディーンとの乖離は大きかった。
井町先生の演技が熱を帯びれば帯びるほど、客席の生徒は笑いをこらえるのに歯を食いしばらなくてはならなかった。
カーテンコールで、やり切った満足感を全身にみなぎらせ、会場の拍手にこたえる先生の笑顔は忘れられない
先生も今は70歳を越えておられるはずだ。
故郷の萩市に帰られただろうか。
今も、両手をポケットに突っこんで歩き、上目使いのはにかむような笑顔を見せておられるのだろうか。

兄の恋人アブラを演じたジュリー・ハリスは1917年当時のカリフォルニアの素朴な娘を感じさせて忘れられない。
また、先日久しぶりのこの映画を見直して、ロバート・レッドフォードは体の動かし方などにジェームス・ディーンの影響を受けていることが見て取れた。



kiyo0816 at 09:38|PermalinkComments(0) 映画日記 

2018年02月26日

学生街の喫茶店

作詞は山上路夫、作曲はすぎやまこういち。
歌はガロ。
レコード発売は1972年だが大きくヒットしたのは1973年。
当時私は大学の三年だった。
昼前に大学へ行くと学食で定食を食べ、それから図書館で時間をつぶし、夕方になると下賀茂神社近くのパン屋で夜10時までアルバイトをしていた。
陸上部は一年前に退部し、興味が持てない大学の授業には全く出ず、将来の展望は何もなかった。
そんな頃、この歌が流れていた。
「君とよく来た喫茶店」も「お茶を飲み話した君」も、私とは無縁の世界だった。しかし、見れば周囲の同級生はまさにこの歌のような生活を送っているように私には見えた。


生まれて初めて入った喫茶店は、大学に入学したばかりの頃、陸上部の一年先輩が連れて行ってくれた銀閣寺近くの店だった。先輩は私にクリームソーダをおごってくれ、感激した私はひところ喫茶店に入ると必ずクリームソーダを注文したものだ。
その後、同級生が当時はやっていたジャズ喫茶に連れて行ってくれたが、何やら難しそうな顔をした学生がタバコの煙の中でジャズに合わせて首を振っており、私はなじめないものを感じ、以後ジャズ喫茶には足を向けることはなかった。

パン屋のアルバイトが休みの夕方は、宝ヶ池の近くにあった英会話スクールに行っていた。
このお先真っ暗の現状を語学で打破できないかと思ったのだ。
結局、その後今日に至るまで、私は外国語で食べていくことになった。
ある、その英会話スクールのレッスンにガロのリードボーカルの大野真澄にそっくりの京大の学生がやって来た。あまりにもそっくりで私はガロがやって来たと驚いたくらいだ。
彼がレッスンで、バングラディッシュ人の英語講師の質問に答えて言った、Something like that(まあ、そんなところです)という言葉が45年過ぎた今、彼の少ししゃがれた声とともに突然よみがえってきた。いったい私のどこにそんなに長期間保存されていたのだろう。

この歌の歌詞について一言。
「わけもなくお茶を飲み話した」とある。喫茶店でお茶と言うからには、番茶ではなく紅茶ということになる。コーヒーも「お茶にする」とはいうが、私は紅茶と取りたい。
この歌の「サヨナラも言わないで別れた彼女」は紅茶を好む人であり、「私」もそれにあわして二人で紅茶を注文したのだ。ミルクかレモンかとなると、彼女との思い出に香りを添えるとして私はレモンティーと思いたい。
何故この「学生街の喫茶店」が懐かしいのだろう。
45年前、私は世の中から脱落してしまった思いで、無為の日々を送っていた。
一方、周囲の学生たちは青春時代を謳歌しているように見えた。「学生街の喫茶店」は彼らを象徴している曲のように私には思えた。
そんな世界を味わうことなく、何一つ達成感の無いまま学生時代を終えてしまった悔いが、この歌が心に引っかかっている理由だろうか。

「学生街の喫茶店」にはついに無縁のままに終わったが、その後の人生で私は「飲み屋街の居酒屋」において、この歌の世界をこんな風に味わうことにはなった。
「君とよくこの店に来たものさ、訳もなく酒を飲み話したよ」


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2018年02月22日

マスターズ陸上日記 2018年 その5

先日、量販店でハンドグリップ(負荷40キロ)を買ってきた。
5年前に知人からもらったハンドグリップは負荷が20キロで、トレーニング効果が感じられなくなっていた。
新しいものを使い始めて約3週間、右手が分厚くなり、握力が増したのをはっきりと感じる。

指の強化もいろいろ工夫してやっているが、これらはすべて砲丸投げの突き出して指のスナップが使えるようにするため。
6kの砲丸を指にかけても指が負けないようになって来ている。

ホームグランドの河川敷で投擲練習を始める四月まであと一ヶ月と少し。
投げるのが待ち遠しい。


kiyo0816 at 16:21|PermalinkComments(0) マスターズ陸上 

2018年02月16日

山頭火 この一句 −その1

「ほろほろ酔うて木の葉ふる」を読む



昭和2年から3年にかけ、山頭火が中国、四国、九州地方を「あてもなく」さまよっていた時代に詠んだ句だ。
この時も山頭火は酔っている。
山頭火の酔いっぷりには彼の告白によると5段階ある。
ほろほろ、とろとろ、どろどろ、ぼろぼろ、ごろごろだ。

冒頭の句の山頭火は、彼自身にも、周囲の者にも最も望ましい「ほろほろ」の状態だ。
同種のものには以下の様な彼の句がある。
・酔ひざめの花がこぼれるこぼれる
・酔ひのさめゆく蕎麦の花しろし
・みどり 酔へば いよいよみどり
・ふつと覚めて青い青い空(酔境)
・酔ひざめの木の葉ちるなりおちるなり

「ほろほろ」状態からさらに酔いが進行していくと、彼の俳句はこうなっていく。
・日ざかりの酔ひどれは踊る
・酔ひどれも踊りつかれてぬくい雨
・天の川ま夜中の酔ひどれは踊る
山頭火は酔うと踊る人であった。しかも句を見る限りたった一人で踊っている姿が浮かんでくる。
日ざかりの太陽のもとで踊り、真夜中、星空の下で踊るのだ。
現代ではまず見ることの出来ない酔態と言えるだろう。
正月早々から酔って踊る人であったことは昭和8年正月元旦の日記でも分かる。
「いはゆるお正月気分で、敬治君といつしよに飲み歩いた、そして踊りつづけた、それはシャレでもなければヂヨウダンでもない、シンケンきはまるシンケイおどりであつた!踊れ、踊れ、踊れる間は踊れ!」

さらに最後の5段階に至るとどうなるのかというと、例えば昭和10年7月3日の彼の日記にはこうある。
「悪日、悪日の悪日。
愚劣な山頭火を通り越して醜悪な山頭火だつた。
恥を知れ、恥を知れ、恥を知れ、恥知らずめ、恥知らずめ、恥知らずめ」

さて、この句で降っているのは「木の葉」。
山頭火の自選句集「草木塔」には「木の葉」を詠った次の句がある。
・木の葉散る歩きつめる(大正15年)
・木の葉ふるふる鉢の子へも(昭和9年)
いずれも旅を続ける山頭火に散りかかって来る木の葉だ。
風の中を山頭火が歩いていく。
しかし「ほろほろ酔うて木の葉ふる」の句からは上記の2句とは異なる絵が私には浮んでくる。

ここでは「ほろほろ」という言葉に着目してみよう・
昭和の時代なって以降、亡くなる昭和15年までに彼が「ほろほろ」と詠んだ句は次のとおりである。
・ほろほろ酔うて木の葉ふる
・砂掘れば砂のほろほろ
・ほろほろちるはもくれんのしろ
・別れて遠い顔がほろほろ落葉して
・暮れるとすこし肌寒いさくらほろほろ
・なみのおとさくらほろほろ
・旅はほろほろ月が出た
・ほろほろほろびゆくわたくしの秋
・うらうらほろほろ花がちる
・御飯のうまさほろほろこぼれ

上掲の句から何が「ほろほろ」なのかを順に見てみると次のようになる。
くずれる砂、散るもくれんの花、落葉、散るさくら、散るさくら、月、秋、散る花、こぼれる御飯。
いずれも山頭火の目にほろほろと映ったものだ。
しかし「ほろほろ酔うて木の葉ふる」だけは違っている。
ここで「ほろほろ」なのは何かというと、ほろ酔いの山頭火自身だ。
この句だけはほろ酔いの彼自らを詠っている。

この句の季節は秋、時刻は昼下がりの二時と私は見た。
昼酒にほろほろと酔った山頭火は、フラフラと紅葉した山に分け入って行く。
木漏れ日がさざめくように山頭火の周りで揺れ、とりどりの色の木の葉がほろほろと山頭火に降りかかる。山頭火が見出した酒飲みの桃源郷の境地、それを詠った句だと私は読んだ。

30年以上前の事だが、山頭火の酔いの分類でいうと第三段階の「どろどろ」状態で、私は花の下を歩いたことがある。
当時私の住んでいた沼津の海岸に近いマンションの下を細い遊歩道が1キロほど続いていた。
その夜、私はワインを一本明け、二本目も半分ほど飲んだところで夜中のベランダに出た。
眼下には遊歩道の桜が満開だった。
私はワインの瓶をつかんで表に出、満開の夜桜の下を歩いた。
私の異様な振る舞いに心配した妻がついてきた。
すれ違い人は皆、気味悪そうに私をよけて過ぎた。
時々ビンからワインをラッパ飲みにするが、桜はそんな私にほろほろと散りかかる。
私は絵画の中にいるような陶然たる気持ちのまま、よろよろと歩き続けた。
その後の記憶は一切ない。
警察に通報されなかったことは運が良かったというしかない。



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2018年02月13日

スポーツ文学愛好会レポート 6号 

◎作品: 普通の一日

◎著者: 沢木耕太郎

◎収録: 王の闇(文芸春秋)

◎作品に描かれている選手:
瀬古利彦(マラソン選手)

◎この作品の魅力:

・「あの時ああならばこうはならなかったのに…」という「もし?」はなかったかという問いを沢木は瀬古に投げかける。
それに対して瀬古は「オリンピック…モスクワの」と答える。
それはモスクワオリンピックに出ていたら勝てたかもしれないという意味ではなかった。

・モスクワ、ロサンジェルス、ソウル。三回のオリンピックのたびにそれまで好調だった瀬古を不幸が襲う。国民の期待に押しつぶされそうな彼を救ったのは誰だったろうか?

・「スポーツ選手として一番さびしいのは…」として瀬古は父と子の関係について印象的な言葉を残している。

・沢木は瀬古に引退した理由を尋ねている。その答えは「走るのが楽しくなくなってきたから」だった。

・陸上長距離のトップ選手で現役引退後も市民マラソンに出たり、マスターズ陸上で年代別の日本チャンピオンを目指す選手は意外と少ない。瀬古もその一人だが、何故そういう形で走り続けないかについて、瀬古は明快に答えている。

・指導者と選手の関係について瀬古はこう述べている。
「これだという選手に出会うというのは、ほとんど神様のお導きなのかもしれませんね」
そして沢木は瀬古に最後の質問をする。
「もし目の前に瀬古利彦のような選手が現れたらどうします?」


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2018年02月05日

スポーツ文学愛好会レポート 5号 

◎作品: ジム

◎著者: 沢木耕太郎

◎収録: 王の闇(文芸春秋)

◎作品に描かれている選手:
大場政夫(プロボクサー)
昭和24年生まれ。
昭和45年、WBAフライ級世界王者となる。
昭和48年1月25日、首都高速道での交通事故で死亡。享年23.

◎この作品の魅力:
この作品は大半が、大場のマネージャであった長野ハルの独白というスタイルで書かれている。大場政夫は長野ハルが八年間を費やして作り上げた作品だったと言えるだろう。

印象に残った文章を以下列挙してみる。

・ボクシングに必要なすべてがあの子に備わっていると思った。そして何より眼がよかった。
・あの子の気性の激しさは、わたしも他にその例を知らない。
・大場のためにする苦労はむしろ生きる張り以外の何物でもないような気がしていた。いつの日か、いつの日にか、と思いつづけていたのだ…
・わたしたちの頭で描いた通りの軌跡を、あれほど寸分もたがわず走ってくれた子は他に知らない。
・あの子は、わたしにとって理想のボクサーだったのかもしれない。
・華やかな場所で、いわゆる有名人やスターと会ったりすれちがったりしても、ほとんど興味を示さなかった。少なくとも無関心を装っていた。おそらく憧れる気持ちを自分に許したくなかったのだ。
・(あるショックなことが会った時)あの子の部屋のテーブルには
<俺はチャンピオンだ
俺はチャンピオンだ
俺はチャンピオンだ>
と激しく何度も書き連ねた便箋が載っかっていた。
・一人の少年を幼い頃から育て、日本一あるいは世界一の男に仕上げていく。そのことの喜びは他の何物にも替えがたいのだ


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2018年01月29日

スポーツ文学愛好会レポート 4号 


◎作品: 銀輪きらめく日々

◎著者: 深田祐介

◎収録: 中公文庫

◎作品に描かれている選手:
長義和(ちょう かずよし)。
1970年代、競輪というプロ競技のかげで低迷を続けていた日本アマチュア自転車競技界に現われた天才スプリンターだった。
1980年のモスクワオリンピックを日本がボイコットしたため、彼の金メダルの夢はかなわなかった。

◎この作品の魅力:
・長沢義明という元自転車選手が登場する。
彼は長義和に決定的影響を与えた魅力あふれる人物であった。
長沢は長以外にも、競輪の中野浩一他の選手にとっても重要な役割を果たし続けていく。

・長は自分の最高傑作となるべき1980年のモスクワオリンピックを戦うことが出来なかった
作品中ではそのことを長は「スパッと割り切って」引退したと描かれている。
しかし自分の頂点を極めることなく引退した彼は、その気持ちにどのように折り合いをつけたのか、その後の彼の心の内も知りたかった。


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2018年01月27日

マスターズ陸上日記 2018年 その4

広島男子駅伝


1月21日(日)、地元の広島で都道府県対抗男子駅伝が行われた。
ここ10年ほど、この駅伝の前日と当日、私は朝の6時に広島駅近くに行くことを習慣としてきた。
駅前のホテルに宿泊している各県の選手たちの朝練習を見るためだ。
夜明け前の冷え込む暗闇の中を選手たち、とりわけ中学高校の代表選手たちが、素晴らしいスピードで、まなじりを決して走っている姿には感動を覚える。真剣勝負を控えた選手たちの緊張感がビリビリ伝わってくる。
本番のレースよりもこの朝練習を見る方がむしろ私は好きだ。
自分のマスターズ陸上の試合も、彼らのような真剣さを持って臨まなければいけないといつも思わせられる。

優れたスポーツ選手は絵画や音楽と同じく、それ自体が一つの作品であり、観る者を感動させる力がある。実際、ひたむきに朝練習をする彼らは、彼らは何も意識をしていなくとも、道路脇に立って彼らを見送る66歳の私を、なにがなし、涙が出るような思いにさせる。
一所懸命な姿は、少し物悲しい感じがするが、何故だろうか。
「かなしい」には悲し・哀し・愛し・愁し(詩人の中原中也が使っている)・美し(古語)の五つの漢字が当てられるとはつい先日知った事。
中高生ランナーに感じる「かなしさ」は愛しが、キャリアの終わりにさしかかっているベテランに感じるのは哀しだろうか。これまでこの大会を沸かせた名ランナーがすでに何人も引退してしまった。

暗闇の中を走る彼らを見ていると、いつも岡林信康の「友よ」が頭の中を流れる。

“友よ 夜明け前の闇の中で
友よ 戦いの炎を燃やせ
夜明けは近い 夜明けは近い
友よ この闇の向うには
友よ 輝く明日がある“

走ることをテーマとした歌では、いささか古い曲になるがライオネル・リッチーの「ランニング・ウイズ・ザ・ナイト」が好きだ。
自宅のルームサイクルで今も週3,4回汗を流すが、昔は最後の五分間、全力でペダルを踏むとき、決まってこの曲を流したものだ。
冬のこの時期、ルームサイクルに乗る時は、エアコンを32度に設定し、バイクの足元には電気ストーブを置く。さらに毛糸の帽子に手袋を着用し、ヤッケを二重に着て約60分自転車をこぐ。
冬でも多いときには1.5k汗で体重が落ちる。もっとも、その後のビールは当然ジャンジャンのどに消えるので、プラスマイナスはゼロになるが。

今日も外は雪だ
4月になってホームグランドの河川敷で円盤を投げられるようになる日が待ち遠しい。
広島県マスターズ陸上のHPでは2018年度の大会スケジュール(県外の大会も含めて)が発表され、やる気が出てきた。


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2018年01月22日

スポーツ文学愛好会レポート 3号

◎作品: さらば麗しきウインブルドン

◎著者: 深田祐介

◎収録: 中公文庫

◎作品に描かれている選手:

佐藤次郎(テニス選手)。昭和8年、テニスの世界ランキング3位。
同年、日本人初のウインブルドンファイナリスト。日本テニス史上、不世出のプレヤーと言われる。

◎この作品の魅力:

・昭和9年(1934年)4月、デビスカップのオーストラリア戦のため欧州遠征に向かう途次、27歳の佐藤次郎は魔の海峡と呼ばれるマラッカ海峡に身を投げた。
伝説のテニスプレイヤーの死の謎を追いつつ、昭和初期、世界トップレベルにあった日本テニスの黄金時代を描く作品。

・この作品のもう一人の主人公は三木龍喜。彼は昭和9年、ウインブルドンの混合ダブルスで優勝している。これは80年以上が過ぎた現在、いまだに日本人がなしえていない快挙である。
これほどの実績を残しながら不思議にも日本人に忘れられてしまった三木を、著者の深田祐介氏は好意を持って描いている。


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2018年01月19日

マスターズ陸上日記 2018年 その3

ボクシングと映画

1月14日(日)は京都で行われた都道府県対抗女子駅伝をテレビ観戦。
最も印象に残ったのは、長崎県代表の4区を走った高校生の広中選手。区間新記録の快走だった。珍しくキャップをかぶって走る選手だが、伸びのあるダイナミックな走りは、一人だけ次元の違うランナーが無人の境を行く感があった。

プロ野球選手の自主トレの様子が毎日、新聞紙上で紹介されている。
何故「自主」トレ、つまり自主的なトレーニングというのだろう。
プロ野球の選手は1年毎の契約であり、トレーニングは仕事であって、つまり契約に伴う義務であり、「自主」とわざわざ言わなくともトレーニングをするのは当然の事ではないかと思っていた。
ところが、先日知ったことだが、実はプロ野球選手の契約は1年契約ではなく、2月1日から11月30日までの10ヶ月契約だった。
12月、1月は契約外であり、よってこの2か月のトレーニングを「自主トレ」と呼ぶそうな。
多くの選手にとってこの自主トレ期間の主眼は、「貯金」ならぬ「貯筋」だそうで、シーズンを通して使える筋力をこの間につけるとの事だ。

私の2018年度のマスターズ陸上の試合は、5月の岡山県マスターズ陸上選手権が初戦。10月下旬の国際ゴールドマスターズ奈良大会まで、合わせて五試合に出る予定でいる。
この時期は私も「貯筋」中。毎週四回の筋トレをしているが、腕立ても腹筋も毎週一回ずつ回数を増やすようにしている。
に腕立ては28回まで来た。たったの28回なのに、早くも僧帽筋が筋肉痛なのはやはり年のせいか。ある事すら知らなかった場所の筋肉までが痛む。
1977年のアメリカ映画「ロッキー」では、シルベスター・スタローン演じるロッキーが片腕で腕立て伏せをするシーンがある。砲丸投げの突出しのパワーをつけるにはいいトレーニングと思われるの、4月頃には出来るようになりたい。

「ロッキー」関連で言うと、ボクシングをテーマとした映画では1980年のアメリカ映画「レイジング・ブル」がいい。監督は「タクシードライバー」「グッドフェローズ」のマーティン・スコセッシ。
実在のミドル級の世界チャンピオンであったジェイク・ラモッタを演じるのはロバート・デニーロ。引退後のラモッタの役作りの為、デニーロは25キロも体重を増やしたと言われている。
いつもながらデニーロの役と一体になった狂気に満ちた演技は見る側をして「これは本当に危ない人なのではないか」と思わせる。

この映画の最初のタイトルクレジットで、ジェイク・ラモッタがリング上で一人、シャドーボクシングをするモノトーンのシーンがある。
そのバックにマスカーニのオペラ、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲が流れる。このトップシーンは実に印象的で、この映画は只者ではないと観る者に思わせる。
そのシーンは次のサイトで見ることが出来る。
https://www.youtube.com/watch?v=zIBGy3aJcWY

日本映画では1989年の赤井英和主演の「どついたるねん」がいい。
元ボクサーの赤井英和の一世一代の当たり役だった。





kiyo0816 at 09:52|PermalinkComments(0) マスターズ陸上 

2018年01月18日

英語の翻訳

いつも翻訳のご依頼をいただいているUさんから、英⇒日翻訳のお仕事をいただいた。
今回はアメリカでお亡くなりになった方の死亡証明書とその関連文書。

私の専門はイタリア語なので、英語関連の仕事はいつもはスタッフがするのだが、今回は彼女が他の案件に取り掛かっているので私が担当する。

取り掛かっては見たものの、私の知らない単語が続出。
例えば、embalmer, biopsy, autopsy, blunt head truma, arteriosclerotic cardiovascular disease, senile dementia等々。
やっと仕上げて、今朝早く投函する。

昔、スペイン語の先生がよく言っていたことを久しぶりに思い出した。
外国語は皿回しと同じで、いつも磨いていないとすぐに錆びついてしまう。


kiyo0816 at 09:45|PermalinkComments(0) スクール日記 

2018年01月16日

スポーツ文学愛好会レポート 2号 


◎作品: たった一人のオリンピック

◎著者: 山際淳司

◎収録: スローカーブを、もう一球(角川文庫)

◎作品に描かれている選手:
津田真男選手。1980年のモスクワオリンピックボート競技シングル・スカル日本代表。日本はこのオリンピックをボイコットしたため出場はかなわなかった。

◎この作品の魅力:
昭和50年の初め、麻雀に明け暮れていた23歳の大学生が突然「オリンピックに出よう」と考える。
彼はまったく未経験であったボート競技に目をつけた。競技人口が少ないから、オリンピック代表になれるチャンスは大きいと、ごく楽観的に考えたのだ
いざ始めてはみたものの、競技に無知ゆえの障害が次々に彼の前に立ち現れる。しかし彼はそれを実に楽観的にあざやかに乗り越えていく。
漫画「明日のジョー」が彼のヒーローだった。

それから五年後、実際に、オリンピック代表の座を彼は勝ち取る。
「君、まじ?」という周囲の思いの中、自分の夢を実現して見せた青年の物語。
「ゆっくりと、かつ、急げ」という箴言を津田真男はまさに体現した選手と思われる。






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2018年01月14日

マスターズ陸上日記 2018年 その2

黄金のアーチ 2


今年はまことに寒い。
今朝(1月13日)はとりわけ冷えて、朝起きた時の私の部屋の気温は何と0度だった。冷蔵庫の中で寝ているようなものだ。いくら我家が、隙間風が我が物顔で吹きこむボロ屋だとはいえ、寒すぎる。
よって、この時期は寒いのでトレーニングは全て自宅の中。

右手指の強化は毎朝のルーティンワークとして行う。
その内容は前回ふれた新聞紙を手で丸めるトレーニングの他に、床に置いた6kの砲丸を右手でつかんで肩までの引き上げと、薬指、中指、人差し指の三本に砲丸をかけてのスナップ、それから薬指の感覚を向上させる目的で薬指と親指で机に置いた数本の鉛筆の移動等。
仕事で使うパソコンのマウスのクリックも薬指を使うようにしているが仕事の能率は大いに落ちる。とはいえ、暇な翻訳稼業だから大した影響はない。

屋外で投擲練習を始めるのは今年も例年通り4月からの予定。
今年の一番重要な試合は全日本マスターズ陸上選手権で9月下旬、鳥取県立布勢総合運動公園陸上競技場で行われる。
去年中国マスターズ選手権があった競技場だが、ここは素晴らしい環境にあり、とりわけ木立に囲まれ独立した投擲練習場は私の知る限り最高の練習場だ。
昨年、和歌山での全日本マスターズは台風の雨の影響があって円盤投げの記録は全般的に低調だった。選手たちは濡れてすべる円盤に悩まされていた。
今年は天候に恵まれれば男子65歳代の部の円盤投げは38〜40mが優勝記録になるのではなかろうか。

指に関連して前回少しふれた川端康成の小説「雪国」。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な書き出しでこの小説は始まる。
ちなみに冒頭の「国境」、私は長いこと「こっきょう」と読んでいたが、つい最近、つまり66歳になってから、これは「くにざかい」と読むのだということを知った。歳をとるということは、知らなかったことが分かるといういい点があるのだ。

さて、この「雪国」の主人公は定職を持たず、舞踏研究を趣味のようにしている島村。彼は都会生活に飽きると、越後湯沢の温泉場に行く。そこで島村は駒子という芸者を知る。
越後湯沢に向かう汽車の中で、島村が駒子の事を回想するシーンがある。
こうだ。
「もう三時間も前のこと、島村は退屈まぎれに左手の人差指をいろいろに動かして眺めては、結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている、はっきり思い出そうとあせればあせるほど、つかみどころなくぼやけてゆく記憶の頼りなさのうちに、この指だけは女の触感で今も濡れていて、自分を遠くの女へ引き寄せるかのようだと、不思議に思いながら、鼻につけて匂いを嗅いでみたりしていたが…」

私が初めて雪国をよんだのは下関の長府中学3年生の時の事。
私はまだ清純無垢な少年だった。
当時私のクラスでは高校受験を前にして、受験など眼中にないという気取りからか大へんな読書ブームで、そんな中、雪国のこの一節は同級生の読書家の頭を悩ませた。私も「指が女を覚えているとはどういうことか?」と彼と一緒に首をひねった。
ついに納得のいく回答を得られず、ある日、あろうことかあるまいことか、彼は国語の授業中、女の先生にこの一節の意味について質問をした。
止むにやまれぬ文学的好奇心が彼にそうさせたのだが、今思えば何と気の毒な先生であったことだろう。
生徒に嘘を教えてはならないという教師としての良心と、かといって真実を、相手は中三とはいえ公衆の面前でしゃべる事の恥ずかしさ、あるいは子供たちに与える心理的影響との間で、先生の心は千々に乱れた事だろう
私がもし同じ立場に立たされたらと想像すると、彼女には同情を禁じ得ない。
私たち生徒が納得のいく説明をその先生から得られたかどうかの記憶は、もはや往時茫々である。

この「雪国」は川端のノーベル賞受賞の評価の核になった作品であり、川端自身が最も愛した作品であったと言われる。


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2018年01月10日

スポーツ文学愛好会レポート 1号

・作品:八月のカクテル光線

・著者:山際淳司

・収録:スローカーブを、もう一球(角川文庫)

・作品に描かれている試合:
1979年8月16日に阪神甲子園球場で行われた第61回全国高等学校野球選手権大会の3回戦における和歌山代表・和歌山県立箕島高等学校対石川代表・星稜高等学校の試合。
延長18回、試合時間は3時間50分の熱戦だった。

・この作品の魅力:
作者はこの歴史的なゲームにかかわった選手、監督、審判それぞれに、一球、一打を語らせる。
一つのゲーム、一つのプレーに、それぞれ異なった思いが交錯している、その面白さが描かれている。


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2018年01月09日

マスターズ陸上日記 2018年 その1

黄金のアーチ 1

1月9日

今年2018年の9月下旬、鳥取で全日本マスターズ陸上選手権が行われる。
男子65歳代の部の円盤投げで私は優勝を目指している(2017年は2位だった)。

スポーツは筋書きの無いドラマだと言われる。
今年の元旦、私は日記に全日本マスターズ陸上選手権で優勝する筋書きを書いた。
人生は私の書いた筋書きに、どのような筋書きにないドラマを付け加えてくれるだろうか?
2018年の9月の大会に向けて、これから9か月、同時進行でこの項を書いていく。

去年は10月末に和歌山で開催された全日本マスターズが最後の試合だった。
11月は完全休養にし、12月から再び体作りを始めた。
新たに付け加えたのは指の強化。砲丸投げの突出しで指、特に薬指が砲丸の重さに負けてしまうことを度々感じたからだ。
どのようにしているかというと、ハンマー投げの室伏広冶さんの著書で知った新聞紙を手で丸めるトレーニング。やってみると小指、薬指が実に弱く、かつ思うように動かせないことが分かった。このトレーニングを初めて一か月たち、少しずつ指が強くなってきたのを感じる。

ところで薬指は何故「薬指」というのだろう。
他の四本の指はどれも納得のいく名前がついている。親指、人差し指、中指、小指というように。しかし、薬指だけは何故「薬」の指なのか。
私の専門のイタリア語で言うとanulare(アヌラーレ)。この言葉は形容詞として「輪状の、環状の」という意味を持つ。つまり指輪をはめる指ということで納得のいく名前だ。

手元にある辞書で「薬指」を引いてみると答えがあった。
「昔、粉薬を混ぜる際や、それを塗る際にこの指を使ったことに」に由来するそうな。

指というと川端康成の「雪国」の冒頭、汽車の中で、主人公の島村のややエロチックな回想場面を思い出すが、これについては次回にふれる。


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