バレエを愛する皆さん、こんにちは。八月もそろそろ半ば。
巨大な台風で被害に遭われた方、皆様にお見舞いを申し上げます。

大杉バレエアカデミーは明日から数日間、夏休みを頂きます。

さて、先日「わんわん」さんからのコメントをご紹介しつつ、お返事もさせて頂きました。

ご本人から、コメント等頂けていないので何とも申し上げれれませんが、あれから、私自身いろいろ考えてみました。

本当に申し訳ないのですが、私自身の体験談でしかお話、お答えできません。


私は小学生の頃、書道を習っていました。
お友だちの影響もありましたが、

何より「筆」や「硯」、「下敷」を持ってお教室に通うと言うのがとても魅力的でした。

私は、その時期、バレエは母に習っていましたので、お教室に通うという事がありませんでした。

ですので、

「レッスンバッグを持って習いに行く」、この行為自体に憧れていたのですけれどね。

なので、書道のお稽古に行くのがとても楽しみでした。

書道の練習も楽しかったです。

楷書から始めたのですが、

習い始めのころは、墨汁を使っていましたね。そして
教えて頂いたのは、

まず「始筆」、一番最初の筆の置き方です。これが結構難しかったです。

その次に教わったのが、「送筆」、最後に「終筆(止め)」。


「終筆」も師匠にOKを貰うまでかなり時間がかかりました。

漢数字の横棒、「一」を何度も、何カ月も書かされました。

ですが、飽かずに「一」を書きつづけました。

綺麗な「一」を書くために一生懸命に練習しました。

「なぜ、一しか書かせてもらえないんだろう」とか全然、疑問に思いませんでした。
当然のことと受け入れていたのだと思います。

でも、やっと、師匠から、OKを頂いたとき、とっても嬉しかったですね。

そして、「一」を卒業した私の次のお題は「縦棒」の「一」。
立ての棒が真っ直ぐに書けなくて、これまた苦労しました。

でも、楽しかったですよ。縦棒が終わったら、次は「はね」、「はらい」。

どんどん、文字に近づいて行きます。ワクワクしましたね。

やっと「一文字」書かせて頂けるようになりました。

二文字以上書かせて頂いたときは、高学年になっていましたwww。

もちろん、小学校の授業でも「お習字」はありました。

先生からは「お上手ね」と褒められ、「展覧会」では「初日の出」と書いたものが張り出され、「金賞」の印に半紙の右肩に金色の色紙が貼られました。

(小学生の割には)「綺麗な文字を書きますね」と、学習ノートの文字を褒められたこともあります。

ですが、やはり私は「お習字」で褒められるよりも、外で「書道」を習う方が好きでした。

そして、書道連盟で段を取るため毎月「お提出」をするようになり、
発行される会報誌では、自分の名前を探しました。
昇級していた時には、名前が太文字になったりしましたね。

なんの疑問も持たず、通ってました。

「書道」が本当に、自然に生活の一部になっていました。


会報誌に名前が掲載されるのも嬉しいですが、私にはもっと目指すものがありました。

それは、会報誌の前の方のページに「作品」の写真が載ること。

写真が載ると、偉い先生から「勢いがあってよろしい」、とか「見どころのある一筆、一層の精進を。」などと一言添えられます。

練習に一層、力が入りました。

最初の写真は小さなもの、それがだんだんと大きくなって行きます。

もちろん、そのころには「楷書」は卒業し「行書」になり「草書」にも手が届きそうなくらいでした。

「行書」の時には、すでに墨汁は卒業。墨汁を使わず、硯で墨をすっていきます。

「文字」に合わせて、墨の濃さを加減したりして、とても楽しい作業でした。


書道を辞めたは、いつの頃かは分かりません。
「草書」は習わなかったので、中学生くらいかと・・・。


自分の意志で辞めたというより、「バレエ」のレッスンの方が忙しくなったのと、受験などがあったせいだと思います。

ですが、書道を習っている間、「通う」ことが普通でしたし、毎月出されるお題を書いて、連盟に提出するのも当然のことと思ってやっていました。


こう考えてみると、わんわんさんの仰っていることが少し分かってきた気がしました。


「お提出」をして何になるのか。

「書道」が上達して、それが何に生かせるのか。

将来は「書道」と関係ない道。



これは、わんわんさんが仰っていた、

発表会に出て何になるのか?

上達出来てそれが何に生かせるのか?

と思ってしまうのです。

将来は舞踊とは関係ない道です



に通じるかと・・・。

 屬提出」をして、会報誌に名前が載り、写真も掲載されると嬉しい。←「書道」をやっていない人が味わえない喜びが味わえる。(幸せな時間が持てたとお友だちなどに言える)。モチベーションも上がりますしね。

◆崕馥察廚上達すると、普段の文字が「達筆」になる。


これは、社会に出たときには、十分役に立ちます。生活に活かせます。

たとえ、「書道」とは関係ない道に進んだとしても、文字が綺麗だととても得をします。

履歴書(今はPCで作るエントリーシートに変わっていますが)を書いたとき、
文字が綺麗なだけで、十分なアピールになります。

会社に入り、書類を作成したときり(これまた、PCのワープロソフトにとって変わっていますが)、
「誠実な人」だと思われます。

それに、セレモニーの時に書く「芳名帳」、これは絶対に手書きですから、達筆であれば恥は書きません。

私は、結局(と、言うか)目標であったバレエの教師になりましたが
文字が綺麗で損をしたことは一度もありません。

得をしたことばかりです。

ですので、長年、「書道」を習ってきたけれど、「書道」と関係ないところにたどり着いた私でしたが、
「書道」を習ってきた時間は無駄にはなっていないと思っています。

今も「達筆ですね」と言われてますからね〜。
バレエをするのに「達筆」なのが必要かどうかは関係ないですが、
前述した、芳名帳(バレエの世界でも書く機会はあります)への記載。

長じて、お子さんが生まれたとして、お子さんの持ち物に「おなまえ」を書いてあげるとき
綺麗に書いてあげられる。エトセトラ、エトセトラ、

毎年の年賀状の宛名書きは、私が「筆ペン」で書いています。

中には「宛名ソフト」を使っているのかと思ってました、と言ってくださる方もいらっしゃいます。


とにかく「達筆」だと、人に自慢ができるので、自慢しいの私は「達筆ね」と言われるとマジ喜びます。



話しが長くなってごめんなさい。

なので、わんわんさんが仰っていたことって、「バレエをやっていた時間が無駄であったのではないか」って考えていらっしゃるのかな、と思ったりしてます。

でも、バレエに限らず、人が何かしてきたこと、たとえそれが仕事上の失敗であっても
その経験は決して無駄なことは無いはずなんです。

確かに、新作映画を観に行ったけれど、大して面白くなかったとき、「時間の無駄だったな」って一瞬考えることもありますが、その映画を観なかったら、その作品が面白かったか、つまらなかったか分からないですよね。

なので、「無駄な時間を過ごした」わけではなかったんですよね。

こんな私の考え方ってポジティブすぎますか?

これも、わんわんさんが求めている答えではないと思いますが、私なりにいろいろと考えていますので
ご参考までに。



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