August 21, 2011

日光例弊使街道の旅。

お盆休みを利用して、日光例弊使街道を走破。

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(一番左が日光街道、真ん中が国道4号、左が例幣使街道)


栃木の知り合い宅を訪問する延長プランで行くことを決定。

知人宅がある小山から日光へは東武線を利用。ワリと遠いのねと痛感。電車に揺られながら夜9時頃、下今市(現在は日光市)のホテルに宿泊。

暗〜い受付にいた宿の女将からは、どうしてこんな駅から遠いさびれたホテルに泊まるのかという問いかけ。

私自身にとって、この宿はこの上ないほどのベストスポット。日光街道と例幣使街道との追分の目の前であり、これ以上のロケーションがないことを力強〜く説明。

街道筋の追分(つまり合流点)は、単なる道の交差点というだけでなく、人や物、そして文化の合流地点でもある。例幣使街道は京都から、日光街道は江戸からの道。西と東の出会いの場所であり、さぞかし賑わったであろうところである。ましてや少し先には家康を祀る東照宮があり、江戸時代のうねりを感じられるスポットなのである。想像しただけでお腹いっぱいになってしまう。


そんな話を聞いて、女将は当然、愛想笑い。

部屋に戻って浴衣に着替え、誰もいない大浴場を独占。ゆっくりとお湯につかってから部屋に戻り、ノートパソコンで明日のルートを再確認、友人とスカイプをして就寝した。


ソロの街道旅の場合、私の朝は早い。大抵、早朝の5時台には出発をする。今回も5時半にはもう自転車に乗っていた。だが実際は、宿のエアコンが 全く効かず眠れなかったのが正直なところ。

道中について書きたいと思う。

まず今回たどった街道であるが、日光例幣使街道という。 (詳しくはリンク参照)

京からの使い(奉幣使)が日光の東照宮に幣帛(へいはく)という、言わばありがたい布地を収めるために使ったルートである。中山道の倉賀野宿(高崎)から分岐して、東に栃木市まで進んでから北上し、日光街道に合流する約130キロの道程である。


今回のお供はBD-1号。友人宅までが電車であったこと、途中、友人の車にのせてもらうことの利便性からの選択となった。上の画像は、スタート直後の日光市内の例幣使街道である。立派な杉並木が続き、さらに下り道ということで最高の走りだしである。

上記の杉並木をスイスイと軽快に下っていると、途中でリュックを背負った自転車青年とすれ違った。少し話すと、埼玉から北海道へと行くとのこと。背中にリュック、そしてママチャリ。

ん〜、懐かしい。私の自転車旅の原点、高校生の時の埼玉から富士山登山をした時の自分と重なる装備の数々。20数年前の自分を見た気がした。しかし、私が高校生の頃は、国道を走っていると自転車旅の仲間と頻繁にすれ違ったものだが、最近では滅多にすれ違わないなと思う・・・。


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街道中、もっとも街道らしく整備されていた栃木宿。現在の栃木市の中心。アスファルトも歴史的景観でおなじみの茶色の石を使っている。特に立派な蔵が残っており、街並みも美しい。

(右:東武線と日光例幣使街道)

DSC03919 左の画像は、前回、倉賀野方面から走り、雷と竜巻のために断念した地点「境宿」(伊勢崎市)の本陣跡である。ルート的には、両方向から攻めたにせよ、一応前ルートトレースということになったのだが、夏場でまだ日が高いこともあり、あと約30キロ程度なので、一気に倉賀野の追分を目指し、今日一日で例幣使街道の一発走破を目指すことを決意。

DSC03936-1 しかし、思ったより日が暮れるのは早く、またさすが群馬、雷が鳴り始め雨が振ってきた。結局、倉賀野についたのは、夜の7時頃。あたりはすっかり暗くなっていた。

だが、街道を一日で走破。達成感は大きい。





 

July 06, 2011

気づいてないし、誰も何も言わないけど、今日は「サラダ記念日?」

今日も行田に出張なり。

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朝のニュースでもやっていたが、約20年前のあるときから、七夕の前日は「サラダ記念日」と呼ばれるようになった。

恋人の日常的でみずみずしいやり取りを、サラダの新鮮さと爽やかさで詠んだあの歌がはじまりだ。

俵さんのあえて前日を選ぶところが、ちょっとばかりヤラシサを感じるが、それは商売であるから仕方ないか。

今では教科書にも載っているほど”教育的な”短歌である。


ところで本日の研修だが、「グループウェア」なるものを学んだ。

中盤に共有のカレンダーを設定するという学習の場面があった。
講師の先生が「じゃ、ここで試しに登録者に共通な日程を登録します、例として”開校記念日”を設定してみましょう」と言った。 

受講者のみんなは、セコセコと今日の7月6日を”開校記念日”として登録していた。誰も何も気づかない感じだった。

私は、多分、一人だけだろう。”サラダ記念日”と入力した。画面の日付が赤色に変わり「休日になった」

次の休憩が入るまでの間、誰も気づいていない面白さと、ものすごくヒットしているのにバカげているこのバランスに、一人でウケていた。

ちなみに、現在、開校記念日が休みという学校は少ないのである。お祝いはするが休むほどではないという解釈らしく、思いっきり授業日である。

開校記念日の日付が”赤色”になることはもうない。


 

July 04, 2011

私的な山開き

7月1日早朝、私的な山開きを敢行。

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この時期、朝のニュースで必ず目にするのが7月1日の富士山の山開きの様子である。

当然、7月1日が休日と重ならない限り、霊峰富士の山開きには参加できないので、そんな場合に用意されている?地元の富士山の山開きをしてみた。

そうなのだ、関東に4基ある文化財指定の富士塚に登ったのである。


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↑ 自宅の近くに、国指定の重要文化財「木曽呂の富士塚」があり、富士塚マニアには知る人ぞ知るのスポットである。以前もここで夕日を眺めていると、富士塚ハンターの男性が登って来られて、富士塚談義に盛り上がったことがある。

木曽呂の富士塚は、その塚自体がクローズアップされがちだが、頂上に立てば天気が良い場合、きちんと富士山を拝むことができる。また↑画像の反対側はかなりの急斜面であり、眼下には見沼の通船堀があり、セットで考えると史跡としてもお腹いっぱいになるほどの充実度である。

私のブログのユーザ名もkizoroとしている由来は、この富士塚からきていたりもする。

7月1日の早朝は、まさに朝飯前にこの富士塚に登り、朝日を拝んだのである。

関東には、他にも3箇所ほど、国指定を受けている富士塚があるので訪れてみたいと思う。


 



June 29, 2011

帰路に史跡巡り(壱)

出張の帰り道にぷらっと歴史巡り。

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今日は自宅から2時間近く離れた県内某研修施設に出張であった。

上の画像は、私の好きな史跡の1つである
さきたま古墳群」である。

出張先からも近くだったので2年ぶりに訪れてみた。以前は併設の博物館の年間パスも持っていたほどよく来ていた。

この円墳は国内最大級のものであり、6世紀に作られたものである。また戦国時代には、かの石田三成が忍城を水攻めした際に古墳の頂上に陣を張ったと言われている。↓

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ふもとには水攻めのために築いた「石田堤」もある(全長約28キロ)

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左のコンクリート製の看板、小学校4年生の社会科見学時からあるものであり、とても懐かしい。看板の裏が小高い土手になっているが、それが石田堤である。市内にはもっと高く、長い距離の堤も残っている。

そして、もう一箇所、やはりここは素通りできない「忍城」である。

現在の城は、コンクリートで再建されたものであり、場所も違ってい入るが、やはりここは写真に収めたいところ。

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だが私の興味は、城やほりではなく、土塁である。
画像は本丸の土塁であり、なかなか立派である。元々沼地だったところを利用して作られていた。土塁から橋を渡していた。

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 来週も某研修施設に出張なのだが、史跡巡り第2弾を考えてみたい。

June 06, 2011

帰路ライド

梅雨の合間に帰宅ライド。

DSC03112 週末、休日出勤ということでもあったが、仕事が早く切り上げられたので帰り道に少し遠回りをして、久々に短距離ライドをした。

実は、職場のすぐ脇が自転車道であったりもする。

普段も天気がよければ自転車通勤をしているが、大抵、帰宅時間が遅くなるので帰り道にライド気分を味わうことはほとんどない。

先日、テレビの番組で職場の横が「渓流」というOLが取材を受けていた。OLは、時期によっては出勤前に2時間程度、渓流釣りをしてから出勤するという。

釣り好きには、たまらない環境だ。

OLは、もし朝に釣れなかった場合、帰りにリベンジをするとも話していた。そういう日の昼間は、帰りの渓流釣りのことが気になって仕事も手につかないという(笑)

わたしも仕事中、職場横の自転車道を走り抜けるサイクリストを目で追いながら、こんないい天気に走って、「いいなぁ」なんてよく思っている。

さきほどのOLも渓流横の自分の職場を大変気に入っていて、絶対に辞めたくない(異動したくない)と話していた。


私も、本格的に暑くなる前に、仕事の前後にライドしてみよう。






April 02, 2011

ローカリストな俺たち。

ローカリストな俺たち。
ということで、休みのブラブラは市内探訪。

DSC02821今日の収穫は、何と言ってもほぼラストに近いタイミングでの「武州鉄道の橋脚跡」だ。

※リンクは過去の画像

浦和美園駅周辺の開発に伴い、いずれ取り壊されるに違いないその遺構。しっかりとハイビジョン映像とカメラ、そしてこの胸のネガに焼き付けてきました!

おまけと言っては、少々贅沢すぎるが、下の画像は岩槻の時の鐘にあるサクラである。友人曰く、岩槻市内ではココのサクラが早咲きであり、毎年、咲き始めにより春を感じているとのこと。見かけによらず、案外と風情のある生活を送っているのだなと感心(笑)

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July 26, 2010

夢の自転車通勤。

夢の通勤をして3ヶ月目。その効果は・・・。

giant_idiom1 4月に異動があり、職場が市内になったことで、やっと念願だった「自転車通勤」の夢が叶った。

通勤距離は8キロ、車でも20分ほど。


自転車でゆっくり走っても25分と、距離にはやや物足りなさはある。

だが、自転車通勤では、もしトラブルがあった場合のリカバリーが重要なので、このくらいの近距離であれば、最悪、タクシーで職場に急行しても遅刻は免れるので、まぁ安心できることが重要かなと納得。

もし走り足りないと感じれば、職場の横はちょうどサイクリング道なので、帰りにその分を遠回りして距離を稼げばよい。

CRは走りやすく快適なのでストレスもない。

そして、問題の結果なのだが、天候の関係で毎日自転車で通勤ができたわけではないが、約3ヶ月で4キロちょっとの減量をすることができた。

よく雑誌にも「通勤を自転車に変えたら痩せた!」とあるが、予想通りとは言え、意外にその結果には驚いた。

まぁ私の体型では、4キロぽっち減っても誰も気付いてはくれないので、まったく自分だけの「感覚」に収まってはおりますが・・・。

しかしながら結果が少しでも出ればこれも励み、また自転車に乗れる時間も捻出できたことでダブルで嬉しいのは正直なところ。

とりあえず夏休みにリバウンドしないように自転車習慣を続けたい。

ちなみに通勤用にと言って、自分に言い聞かせながら新車を購入していたことも告白・・。

↑ GIANTのIDIOM1

フォルムに一目ぼれしてしまい、「在庫品薄ですよ!」に煽られて購入。

今年の夏の旅では、コイツと出かけようと画策中。



May 15, 2010

北のうまいもの。

本日、北の大地より、おいしい届け物が到着。感激あんど報告。

foto7  このところ毎日、良い天気が続いている。先日の大型連休も7日連続で晴天、関東でも何十年ぶりかの記録だったそうだ。

 しかし、プライベートでは家のことでバタバタとしてしまい、気づけば、ずっと空だけを見つめていた連休だった。結局、これといった外出はできなかった。残念。

 そこで「そうだ、いいアイディア!」とばかりに、昨年より親しくなった北海道の友人に「名産品」の交換を申し出てみる。連休にどこにも出かけれられず、大した名産品もない地域に住む者の「雨乞い」にも近い、この乾きへの要望を快諾してもらう。

 こちらが言い出しということで、まずは地元の物産を改めてリサーチするために某所を偵察、あんど購入。ちょうど毎年恒例の「B級グルメ大会」も開催されており、普段より物産の展示が多く、色々と迷う。しかし、最後は自分の定番の物品に着地。五家宝と彩果の宝石を買う。

 そして、今日、リプライである「北のうまいものたち」が届く。友人も事前に、いわゆる「白い〇人」などの北海道の定番をさけて、ちょっとした名産品をセレクトしてくれたようだ。

 foto3 箱の中身は、あいすの家「ソフトクリーム」、「肉まん」「あんまん」、そして「ジンギスカンまん」。他に「ふらの雪どけチーズケーキ」など、スウィーツも。

そして、箱の底には、「じゃが豚」。これは「じゃがいもを原料に、もちもちした食感の皮で新鮮な野菜と北海道産の豚肉を包み込んだ北の味」(原文のまま)だそうで、裏にも「初めての食感!!」とある。これはちょっと期待!!


 foto5←でも、今回の一番は、この「ジンギスカンまん」である。こちらではない味なので興味深く、とても美味しくいただいた。うまい。

 週末もこれといってイベントもなく、出かけることもない文蔵にとって、目と舌でいい旅夢気分にさせてくれる、北のうまいもの達に感謝、感謝。

ありがとう。




March 15, 2010

しろくろ車両。

 先日、青山付近を六本木に向けて走行中に見かけた車両について。

pict1 私は基本的に安全運転、交通法規順守の立場なので心配無用なのだが、そうしていても白黒に塗り分けられた「あの車両」を見ると、すこしばかり緊張してしまう。と同時に無線のスイッチも入れてしまう、何故か。

 この日も、3車線の道路を走り、ちょっとラインをオーバーしてしまった感があった時、画像にある白黒車両が後ろにいた事を確認。あっ、と思い、すぐに中央によって、後ろの白黒車両をやり過ごす。よかった、この程度のことなら、そうだよな、実際の運転では誤差の範囲とちょっと安心した。

 oict3少し走ると赤信号で停車。さっきの白黒車両の横後方につけた。どんなPが乗っているのかと凝視をすると、ちょっとちがった雰囲気に気づく。

 天井のパトライトにカバー、そして側面に貼り紙・・・。一番驚いたのは、そう、運転者が私服・・・。私服Pなのか。覆面PCを私服Pが運転するのはわかるが、普通のPCを私服Pが運転、むむむ。

 さらに凝視してみると、そこには「TV・CM・映画・ドラマ撮影車 輸送中」の文字が・・・。

pict2 そうか、刑事ドラマか何かの撮影のため、現場まで移動している撮影車だったのかと気づく。そういえば、この道を真っ直ぐ行くと、刑事ドラマが得意な「テレ朝」が近い。あわせて考えると、頷ける。

 都内では良くドラマの撮影をしていて、これまでも遭遇したことは何回もあるが、撮影用の車両、それも白黒車両は初めて見た。

 このブログでも度々話題にしているが、刑事ドラマといえば「特捜最前線」である。オープニングでは、都内を走る白黒車両が多く映し出される。

あのような場面を撮影する際に、このように車両を移動させて集め、収録するのだなと納得。

 しかし、大人になっても、この「しろくろ車両」には馴染めない。



February 26, 2010

交通博物館のあれから。

 ぷらっと交通博物館跡を訪れて、しみじみとしてしまった。 

koutsu1 神田の交通博物館が閉館してから4年がたつ。

 このブログでも閉館間近のイベントに参加したことを書いたことがあるが、建物は最近までそのままであった。

 展示物の大半は、新たに大宮にオープンした鉄道博物館と大阪のJR西日本が経営している交通科学博物館に移された。


koutsu2 09年の夏から建造物の取り壊しが着々と行われており、現在、建物の約3分の2が取り壊されており、内部の壁画があらわになり、少々寂しさが漂っていた。

 会館時を振り返えると、そう、正面玄関から入って左に曲がり、吹き抜けの大きなフロアに何台もの車両が屋内展示されていた。子どものころ何度も訪れた。この壁画の前には、往年の車両と多くの人が群がっていたことを思い出す。懐かしい。

 と言っても、実のところ私は鉄道ファンではなく、交通のファン、特に道ファンなので、乗り物ではなく、その軌道に興味があるのだが、「交通」全般を扱っていたこの博物館は大好きであった。大人になっても時折訪れていた。

 最上階には、自転車や東海道にある「大井川」の川渡しに使っていた「蓮台」も展示してあり、まさに人力から始まり、外燃機関、内燃機関、船舶、ジャンボジェットなどの大型から自転車という小型車両まで、そして幅広い時代に渡る展示が特徴であった。今考えてもよい施設であった。

koutsu3 最後にふらふらと跡地を一周し、写真も一通り撮り終えて帰ろうとすると、ガードマンがゲートを開いて、中の車両を誘導していた。ふと立ち止まり、車両の過ぎるのを待っていると足元にひとつの破片が転がってきた。

 取り壊しのコンクリート辺であった。

 何か思い出にほしいと思っていたところなので、手に取り、交通博物館の遺骨のような気持ちで拾い上げた。

 しかし、足元にポロっとコンクリート辺が落ちるさまを思い出せば、思い出の遺骨というよりも、一粒の「涙」がこぼれ落ちたといったほうがよいなとも感じた。

 交通博物館に感謝。


 ふと帰りに壁の工事予定表を見ると、ここは夏には地上十数階、地下数階のカルチャーセンターをはじめとする複合ビルになるとのことであった。