2006年12月24日

愛がなくても

 相変わらず、お相手募集掲示板や2ショットチャットの待ち受けメッセージには「信頼」とかいう言葉が乱発されているけれど、最近、SM、特に男Sと女Mの関係に必要なものって、本当はなんなんだろう、と考える事が多い。

 いつもお世話になっているこちらのブログを見て思ったのだけれど、「男は性欲と愛情を切り離して考える事が出来る」というのは、確かな事実。愛情を持っていないMでも、Sとしては、ムチをふるい性欲を果たす相手として扱えるだろうと思う。そもそも、加虐被虐を純粋に突き止めれば、別に愛情なんて必要ない。信頼なんてもっての外。Sは虐めMは虐められるの、単純な関係だと思う。

 SもMも、自ら性癖を出している訳だから、要は、お互いが自分の扱いに満足しているかどうか、という事が重要なんだと思う。

 SMだけの関係でパートナーを探そうと思うと、やはりまず必要になるのは「安心感」だと思う。お互いに相手に体をあずけても大丈夫、という安心感。Mにとっては、どんなにきつく拘束されても、最後は開放してくれるという安心感。Sにとっては、どんなに酷いことをしても相手は受け入れる、という安心感。それ以上は不要なんじゃないだろうか。

 お互いが安心すれば、どの程度までは耐えられる、という感覚もつかめてくる。その中で「信頼関係」が出来たり、愛が生まれたり、あるいは過酷な状況を許容する何かが生まれたりするのではないだろうか。


トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by さやか   2006年12月27日 22:55
 トラックバックありがとうございました。この勇気あるエントリーにまず拍手を送らせて頂きます。「愛が無くてもSMはできる」この事実を認めることのなんて難しい事でしょう。出来るという事実を認めることと「愛していない人とSMをする。」「あるいはする事を賛美する。」「愛のあるSMを否定する。」と、いう事は同一ではありません。さやかは、この認識を踏まえて、でも、愛する人を見つけたいと思うんです。それでもやっぱり、ネットの中で愛の無いSMの存在を認めることは難しい時代。影があることを知らないで、光を見ることは難しいはずなのに。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔