広島で友人の結婚式がありました。
そこにヒッチハイクで行けば面白いのではないかと思い、この度ヒッチハイクで広島に行くことになりました。
涙あり?、笑いあり、その道中の全貌をここに書き記しております。

第1章 出発

父親が厚木に車で勤務しているため、海老名SAまで乗せてもらう。

家を6:30に出て7:00くらいには海老名SAにつき、そこからヒッチハイクを開始する。

第2章 期待

とにかくやれることをやってみようと用意したフリップ「名古屋方面」を手に持ち、

トイレ前や、売店の入り口に立ち、たまにフードコートを歩きまわってみる。

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そんな時、ある60代くらいの男性から話しかけられ、それに対して丁寧に答えていると

「しかし、ユーは日本語上手いねぇ!」

と言われ、いつも通りに出生の詳細を明かす。

60代男性が困惑した顔を見せたことは言うまでもない。

奥様まで居心地が悪そうだった。


いろいろ考えた結果、車の通りが一番多い出口前に立つのが効果的ではないかと思い、

なおかつそこにたつことはとても楽しかったため、

大げさな身振り手振り、最高の笑顔を振りまきながらでひと目を集めるように努める。


第3章 ぬくもり

出口前でフリップを持って手を振ったりすると、

無視されることが普通だが、

ときには「ゴメン!」と意味を込めて両手を合わせる人がいたり、

「Good Job!」と親指をたててくれたり、

笑って手を振り返してくれたりと、とにかく反応してくれることがとても嬉しかった。


第4章 崩壊

自分のやっていることを冷静に考えてみると、非常に滑稽に思えてきた。

26歳にもなって、定職にもつかないから平日からこんなことをして、友だちの結婚式という大事なイベントにヒッチハイクで行くという自分の姿が、今更に自分の壺に入ってきた。

だからこの時は1人で爆笑しながらなりふり構わず踊るようにフリップを振り回していた。


この時Twitterをたくさん活用し、

「同情するなら同乗させてくれ!」もとい

「同情するなら席をくれ!」

が誕生した。


第5章 困惑

しかし3、4時間経っても結局乗せてもらえなかった。

先ほどのような笑いはとうに消えていた。


僕はストレスを感じるとおそらく暴食に走るほうなのだが、

海老名SAではアイスクリーム、牛丼(並)、夕張メロンのミックスソフトクリーム、スモークターキー、メロンパンを食べることとなった。

海老名SAにとってはまぁ、なんという単価の高い上客なのだろうか。

ここまで熱心に消費するお客にはもっとサービスを厚くしたほうがいいのではないかと提案すべきかもしれなかった。


同じことをやっていても同じ結果しか出ないことは目に見えていたので、

戦略を変えることにした。


というのもヒッチハイク経験者である友人の関真志に電話したところ、

出口付近でいくらフリップを出しても車は止まってくれないということだった。
 

それをするなら売店の入り口、トイレの前に立っている方がよほど効果的ということだった。

さらにそれでもダメな場合には自分からアクションを起こし、話しかける、車のドアをノックするというのが必要との事だった。


最初の戦略はいわば“待ち”のスタンス、自分に声をかけてくれるかけがえのない、特別な人と最高のヒッチハイクドライブを楽しもうと考えていた。


しかしその甘い考えではずっと成果が出なかったので、戦略を“攻め”に転じ、声をかけようと努めた。

ただ一言声をかける勇気が出ずにいた。


第6章 失望

駐車場をグルグル回り、ナンバーを見て回る。

そして中部、関西、中国、九州ナンバーの車を見つけては声をかけるタイミングを見計らった。

しかし、声をかける前に常に声をかけられない言い訳を自分の頭の中で作り出し、ずっと声をかけずに駐車場をグルグル回り、いたずらに時間が過ぎていった。


自分に自信がなくし、心が折れた。


「この人とはもう会うことはない!」という最近読んだ本のナンパ師の意識を借りてみたが、ダメだった。

見ず知らずの人でも、目の前の人に嫌われることが怖かった。

なぜこんなに恐怖に包まれるかわからなかった。

証券会社勤務時代には1日100件以上に飛込営業をしていたのに、今の自分にはその勇気がなくなったのかと思うと悲しくなった。


第7章 絶望

6時間が経過した。

時間は経てども一歩踏み出す勇気は出なかった。

ただただ駐車場をグルグル回っていた。


この頃、もし父親の帰社時間まで海老名SAから出られなかったら、迎えに来てもらうと考えていた。しかし、せっかくこの機会のために、寝袋とマットを買ったのだから、それを使って3日はやりきろう。とにかく3日間は移動できなくても、諦めずに野宿しながらやりきろうと奮い立たせていた。

さらに、今日がダメでも明日もしかしたらうまくいくかもしれない、と甘い考えが頭をよぎるようになり、行動もとまり始めた。


行動を起すことをやめ、この時初めてヒッチハイクの効果的なやりかたのサイトを読み始めた。

ただ読んではいるものの、実際に行動に移す気持ちはもはやなかった。


第8章 偶然

乗せてもらえることになった。

なんとか最後の勇気を振り絞って初めて声をかけた人だった。

乗せてもらったのは三河ナンバー、社会人2年目の運送会社のドライバー千田(24)さんだ。


三河という地域はかつて江戸幕府の将軍・徳川が納めていた領土だったことを初めて聞かされ、織田、豊臣、徳川は愛知県の出身だということを初めて教えてもらった。

愛知県といえば世界のTOYOTAのイメージしかなかったが、実に歴史の深い土地だと知った。

日本ノ歴史ハ難シイデス。


千田さんは今は仕事ばかりで遊ぶ暇はなく、僕と正反対にカラオケが苦手で、女の子にも自分からアタックしたことはなく、それでも今まで3人とも付き合ったことがあるという人だった。


世代も近かったので下ネタ中心に話を展開したが、なかなか心を開くのが難しかった。というのも千田さんは陽と陰ならまず間違いなく陰という性格の持主だったからだろう。


普段引越しのバイトの時、「現場は弱いが、車中は強い」と車中トークの盛り上げに(引越しの家から家の移動中には車内ではフリートークになるから)定評を頂いている僕でも千田さん相手にはなかなか話を継続的に盛り上げることはできなかった。


途中から車中の会話がなくなり、僕も気が緩んで寝落ちした。


第9章 到着

会話のないまま「もうつきますよ、あの観覧車が刈谷SAです」と突然声が発せられ、目的地に着いた。
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最後は本当に感謝を込めて握手をしてSAで降ろしてもらった。

車中での盛り上げを継続することは難しかったが、とにかく千田さんは僕にとって、6時間粘った後の初めて乗せてもらったドライバーだったので、本当に感動、感激だった。


刈谷SAについたのは18:30頃だったのでまずは夕食を食べることにした。

名古屋と言えばういろう、ひつまぶし、味噌カツ!

僕はお財布と相談し、味噌カツ丼を食べることにした。

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美味かった。

名古屋を感じることができ、達成感を感じることができ、非常に美味かった。


第10章 躍進

名古屋に到着したことをFacebookで報告すると様々な方から応援や称賛を頂き、俄然やる気になった、美味しいものも食べられたことだし。

Twitterの方ではラグビーの元教え子家族(現在はラグビーをしていない)がわざわざ人文字を送ってくれたりした。
まさかそんなに手厚いメッセージを頂けるとは思わなかったので、本当に人のつながりは素敵だと再度確信した。

→最初に届いた応援メッセージ
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→朝に届いた「小林」を表現した人文字
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そして調子に乗って海老名SAとは打って変わって刈谷SAでは通り過ぎる人全員に声をかけた。

フードコートでは「大阪方面」のフリップを持ち「大阪の方に行く予定はありませんか?」と手当たりしだい声をかけ、駐車場では九州・中国・関西ナンバーを狙って声をかけた。


とある熊本ナンバーのドライバーがドアを開けて何か作業していたので、事情を説明してみることにした。すると、首を縦に振って乗車させることを簡単に了承してくれた。

実にあっけなかった。


1度成功すると2度目は簡単なのか。

よく言われることだが、こんなにも簡単なのだとは思いもよらなかった。


明朝6:00出発の約束をして、僕は野宿する旨を伝えた。

せっかく寝袋とマットを買ったことだし。

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第11章 終焉

刈谷SAには天然温泉が隣接されている。
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僕は迷わず歩みを進め、820円を支払い入浴した。

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様々な種類のお風呂が用意されていた。

僕は身体を一通り洗い終わると露天風呂を楽しんだ後、サウナと水風呂を交互に入り倒した。

サウナの中では、最近結婚した美人な弁護士の日常を紹介するテレビ番組が放映されていた。


身体が芯から温まると露天風呂にあるベンチに横たわり

身体の熱を落ち着かせた。


落ち着いた後、さらにサウナを入って、汗を流し浴槽を後にした。

着替えを済ませ、寝転び座敷の間で、もちろん寝転びながら、今この文章を打っている。

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第12章 振り返り

やはり物事はやってみないとわからない。

僕は皆から営業に向いていると言われ、一番厳しいというレッテルが貼られる証券営業に従事し、結局見事にそこで自信を喪失した。


僕みたいな見た目の人は怖いからヒッチハイクで乗車させないと皆から、実の父親にまで言われたが、実際には乗せてもらい、さらに広島行きの車まで抑えることに成功した。


人の良い部分に触れられるとてもいい経験になったし、皆にこの経験を分かち合いたいと心から思った。

ただ僕は現在フリーターの身であるためにこういった思い切った行動にも踏み切ることが出来る。フリーター万歳。


今回は「友人の結婚式にヒッチハイクで行ったらオモシロイ!」と感じたためにただ実行に移しただけである。他に特に理由はない。・


自分がオモシロイ、オモシロそう、やってみたいと感じることにどんどん身体を向け、自分の心地良い生き方を今後とも模索していきたい。
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名古屋から広島、を越えてちょっくら山口県へ!初対面で9時間一緒に乗車し続けた千田さん登場! 2日目①
に続く。

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