2017年 5月13日


GW中に京都市東山区にあります「蹴上浄水場」のつつじを見に行き、蹴上周辺も散歩して、いろいろと写真を撮ってきましたので、ご紹介します。


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                 「琵琶湖疎水記念館」です。
「明治23(1890)年に竣工した琵琶湖疎水は、現在も京都市民の生活に不可決な現役の施設である。この琵琶湖疎水の竣工100周年を記念して、琵琶湖疎水の意義を1人でも多くの方に伝え、先人の偉業を顕彰するとともに、将来に向かって発展する京都の活力の源となることを願い平成元(1989)年8月に開館。地上2階、地下1階の展示室には建設当時の疎水関連の図面や絵画、工事に関わった人々の苦労をしのばせる資料などを展示している。」~「蹴上周辺散策マップ」参考~

下記は琵琶湖疎水記念館リーフレットから
「琵琶湖疎水のご紹介
京都にとって、琵琶湖の水を引くことは昔からの夢でした。第3代京都府知事となった北垣国道は、明治維新による東京遷都により衰退の危機にあった京都に活力を呼び戻すため、琵琶湖疎水の建設を構想しました。疎水の水力で新しい工場を興し、舟で物資の行き来を盛んにしようという計画です。福島県安曇疎水の主任技師、南一郎平に琵琶湖疎水計画の調査を依頼し、大津・京都間の測量を島田道生に命じ、東京の工部大学校を卒業したばかりの田邊朔朗を土木技師に採用するなどの準備を進めました。予算は当初、当時のお金で60万円でしたが、より念入りな工事をするようにとの政府の意見を受けて、125万円に増え、議会は市民に税金を課してでも疎水を建設することを決定し、明治18(1885)年に着工しました。第1トンネルは、建設当時としては日本一となる長さ2,436メートルあり、完成を危ぶむ人が多い難工事でした。日本で初めて竪坑方式を採り入れてトンネルを掘り、煉瓦等を直営で生産し、ほとんど人力だけで工事を進めました。琵琶湖疎水は着工から5年後の明治23(1890)年に完成しました。水力発電を採用したおかげで、新しい工場が生まれ、電気鉄道も走り出し、京都は活力を取り戻しました。明治45(1912)年には、更に多くの水を求めて第2疎水が完成しました。この時に水道を創設し、市営電車を開業したことにより、今日の京都のまちづくりの基礎ができあがったのです。琵琶湖疎水は、まさしく明治から現在に至るまで、京都に命の水をもたらしています。」



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                  琵琶湖疎水「噴水」です。
「電気を一切使用せず、管の中に自然に生じる圧力を利用して噴き上げている噴水。平成元(1989)年8月、琵琶湖疎水記念館開館式において通水を行った。仁王門通や京都市動物園、琵琶湖疎水記念館などから望むことができる。」 ~「蹴上周辺散策マップ」参考~

 
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                    「水路閣」です。
「明治21(1888)年に完成した全長93.2m、幅約4メートル、高さ約9メートルの水路橋。花崗岩とレンガを積み上げて建設している。建設当時は画期的な異国風建造物であったが、今日では歴史的な風土に溶け込んだ景観となっている。」 ~「蹴上周辺散策マップ」参考~



                     蹴上の浄水場にこんな看板もありました。
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             「京の水道水 世界最高水準 うるおいのしずく、あなたへ」



              子どもの笑顔を守りたい。幼児教室けいkids+の心です。

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