2017年11月29日

いつものように健康のための散歩をしていて見つけました。新たな「源氏」です。
「清和源氏、桓武平氏」という文言は知っていましたが、こんな近所に「清和源氏」の祖である人の神廟があるとは知りませんでした。京都という都は本当にミラクルですね。


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「六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)
この神社は清和源氏の祖と仰がれる六孫王源経基を祀っている。神社の伝えでは、この地は経基の邸宅のあった場所で、その子源満仲が応和年間(九六一~九六三)に初めて社殿を建立したといわれる。~本殿背後の基壇は経基の遺骸を納めた場所で、神廟といわれる。~江戸時代には源氏ゆかりの神社として武家の信仰が厚かったことは、境内石灯篭に松平吉保など諸大名の寄進者名が見えることでしのばれる。京都市」~境内にあった案内板から~



調べてみますと、平安時代には天皇家の血筋を絶やさないように皇子が多く設けられたのですが、朝廷の財政を圧迫してきたので、皇位を継ぐ可能性がなくなった皇子を皇籍から離れさせ、臣籍に下していました。この際に源朝臣(みなもとのあそん)や平朝臣(たいらのあそん)の氏姓を賜ります。これを賜姓皇族というそうです。
「清和源氏」というのは、清和天皇の子孫で源朝臣を授けられた氏族、「桓武平氏」というのは、桓武天皇の孫たちで平朝臣を授けられた氏族です。「六孫王神社」に祀られている「源経基」は「清和源氏」の祖です。
源経基は清和天皇の六男を父に持ち「経基」と名付けられましたが、皇室では六男の六と天皇の孫という事で「六孫王」と呼ばれていたそうです。だから、「六孫王神社」なんですね。
その「源氏」も細分化し、本拠地を冠して区別(河内源氏、大和源氏、摂津源氏)したようです。先日、ご紹介しました「源為義」は河内源氏の棟梁で、長男の義朝に処刑され、その義朝の息子が鎌倉幕府初代将軍の「源頼朝」です。
あれ!頼朝の肖像画を「国宝展」で見ましたよ。ミラクルです。

          

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