2009年11月22日
まつかぜ@1980年
もう沢山(?^^;)でしょうが、大阪で出発を待つ博多まつかぜの写真が出てきたので^^;
前後に、東京からの銀河到着の写真が入っていたので、大阪を出る直前の下り博多
まつかぜ「まつかぜ1号」で間違いないはずです。他の写真よりちょっと古い1980年
8月だと思います。何故か特急シンボルマークが付いていません。
これはポジではなくネガから。自分にとって大きいのは撮影したカメラです。
これはAE-1ではなく、FUJICA ST-Fというレンズ交換が出来ない一眼です。露出も自
動ではなく露出計に合わせて絞りを選びます。SSは、露出に合わせて固定。そして一
眼初のフラッシュ付きカメラでもありましたが、これも自動調光など行えるはずも無
く、距離連動のフラッシュマチック。フラッシュを使うときは、レバーを操作しピン
トリングと絞りリングを連動させるという原始的なもの。
なんか、インチキくさいカメラでしたが、一眼のピント合わせの練習にはなり、AE-1
にすんなり移行できたという意味では、自分にとっては功績のあったカメラでした^^;
EF6652
さて回顧カコスキャばかりではなくしっかり「現在」にも目を向けてます^^;本日の3075レは、52号機。0番台機ですが、103に続きステップが黄色く塗られてます
ね。これからの66のトレンドでしょうか?数ヶ月すると、○○号機はまだステップ未
黄塗装とかいって騒がれる…わけないですね^^;
はるか@京都駅30番線
あれから24年経った2006年8月の旧山陰1番線です。キハ82あさしおの写真とだいたい同じ位置から。
今では30番線と呼ばれ、ほぼ「はるか」専用ホームになったようですね。旧山陰ホー
ムも駅ビルの下に入ってしまい、高架化されたわけでもなく同じ位置に線路があるに
も関わらずまったく印象が変わってしまいました。京都駅の西の端に常に響いていた
ディーゼルのアイドリング音も今は思い出。今はタンゴディスカバリーが在りし日を
偲ばせる程度ですね。
キハ181-あさしお
キハ82の画像から数ヵ月後の1982年7月、伯備線電化に伴うダイヤ改正により、陽陰連絡の雄「やくも」がキハ181から381系電車に置き換えられました。
そして「やくも」一系統を支えていた大量のキハ181が放出されることに…。
これにより、博多まつかぜを除くほとんどの山陰特急がキハ181系化され「あさしお」
も穏やかな顔のキハ82から精悍な顔つきのキハ181となりました。
キハ181系化直後、1982年8月同じく山陰1番線です。「山陰1番線」の表記が少し見
れますね。
キハ82-あさしお
山陰1番線を前から。1982年3月。1977年夏に、京都−鳥取を「あさしお」に乗ったのが、ディーゼル特急に乗った最初
でした。実はそれより前に、ディーゼル特急線区の紀勢線に乗る機会があったのです
がそのときは、「くろしお」の指定席が取れずやむなく「きのくに」に乗ったという
記憶があります。まだまだ国鉄特急の人気が高く供給より需要が高かったころです。
キハ82もしかしたらキハ81だったかもしれない「くろしお」に乗り損ねたのは残念で
なりませんでした。キハ58の窓から恨めしげに赤とクリームの車体を眺めてました。
そんなこともあったので、キシもつかない「あさしお」でしたが、キハ82に乗れた
ことは嬉しかったですね。
あさしお
キハ82関連で自分の世代では大阪が「まつかぜ」なら京都は「あさしお」でした。京都から、山陰線を進み、そのまま素直に倉吉、米子方面まで行く列車や、丹後方面に寄り道しながら城之崎まで行く列車など若干性格が異なるような行き先をもった
ものも「あさしお」の名前で統合されていましたね。
今は「はるか」が海外に向かう人たちを乗せて出発していく京都駅ホームに佇む
「あさしお」。1982年3月撮影。
当時は山陰本線用で名称は山陰1番線だったと記憶しています。
先頭(というか最後尾)のキハ82は、クーラーの位置から、クーラー増設を行った
初期型に見えます。特長ある半分にぶった切った増設クーラーユニットの形状は、
見にくいですが、次のクーラーが妙に近いので。
まつかぜ@大阪
1982年3月大阪。時間帯と向きからいって米子まつかぜの上り「まつかぜ2号」でしょうか。
上野にキハ82が出入りしていたことは自分にとって有史以前(^^;)の話ですが、
大阪駅にキハ82が出入りしていたことは普通のことです^^;
東海道須磨あたりで新快速に乗車中、赤2号とクリーム4号の列車とすれ違い
「山陽特急の幻!?」と思ったらはまかぜのキハ82だったこともあります^^;
2009年11月21日
ク5000
1983年11月関が原シリーズ^^;牽引機はいまでも辛うじて見ることができるEF65の一般型ですが、牽引されている
貨車は形式消滅した自動車輸送用貨車ク5000。
このころまでは、貨車にいろいろバリエーションがありました。
現在のコンテナ編成も編成美という意味では嫌いではないですが…
EF61
これも1983年11月関が原付近。本来ゴハチの後を継ぐはずだった、新性能直流機唯一のSG搭載機EF61。
この当時、PS22B化、シルドビーム二灯化されていますが、クイル駆動とともに
最大の特長であったSGのスチームが僅かに確認できます。
EF6640
カコスキャです。1983年11月。関が原付近です。
EF6640。この当時で新製から8年。今のEF210-100番台初期グループより新しかった
ことになります。
そしてこの40号機は、1995年にEF66の廃車第一号になる悲運の号機ですね。
40年以上も現役でいる号機のあるなか20年足らずでの廃車でした。
EF210-157
今日は昼の二本だけ。3075レは、EF210でした。普通なら-_-;ですが、この157は初撮影^^;
しかしもう汚れ始めていて新製機の魅力半減ですね。
157といえば…つまらない釜なのに長生きだけが取り得になり最後には大注目となり
数多の魅力釜を差し置いて博物館入りの候補になる…かも^^;
みずほ@広島
カコスキャコラボ2。1983年8月、ゴハチ荷レと早朝の広島で並ぶ「みずほ」です。PFもゴハチも中途半端な扱い--;まあ時代の一シーンということで^^;
これは、小野田支線のクモハ42を撮った後、可部線73系を撮りに寄ったときの
ひとコマです。因みに、その間の移動は583彗星のロザ。(乗車は小倉−広島です)
みずほ
カコスキャコラボレーション(^^;?)1982年7月。下り「みずほ」を牽くPFです。
ポジで残っている九州特急は、PFばかりで、Pも66もありません。
個人的には、寝台特急牽引機としては小学生の頃見ていたPが最も好きなのですが
ろくな写真がありません^^;
まつかぜ
カコスキャの時間。キハ82上り「まつかぜ4号」です。1981年8月、電化工事たけなわの出雲市。
このときの写真は本編でも紹介していますが、これは未公開の写真。
(同じ列車をほぼ同じ角度から撮ったものは既載ですが^^;)
当時のこの「まつかぜ4号」は博多を8:12に出て新大阪に21:18に到着していた
ようです。所要時間、実に13時間以上。
まぁ通しで乗る人は物好き以外いなかったでしょうが^^;
今、8:12に博多を出るのぞみ154号に乗ると10:51には新大阪に着くようです。
新大阪博多間は最速ののぞみだと2時間半も切っている…
(新)大阪-博多間を、山陰経由でディーゼル特急が走っていたなんてこれはもう
ロマンですね^^;







