2012年02月12日
EF210 EF66 (02/11)
EF210-1

先ずは1157レはトップナンバーがやってきてくれました。
1号機が来るとなんとなく得した気が^^;
EF66 128

さて、続く上り5060レは待てど暮らせど来ず。
3075レも2時間ほどの遅れだったので16時には来るかと思っていましたが
なかなか来ないのはいつも通り…
そうこうしているうちに遅れの発表は逆に終着で1時間40分ほどに縮まりまし
たが来ない…漸く、2時間40分程遅れてやってきました。128号機。
遅れ貨物が捕らえられれば、この際100番台でも^^;
この3075レは終着まで定刻が余程のんびりなのか、この辺りの遅れから1時間以上
詰めることになることがしばしばです。
…で、結局その間にも5060レは来ませんでした。
ということで、今日は2本で終了。
2012年02月11日
シトロエン DS / ID
以前に消えたサイトに載せていたものですが、容量の関係でサイトが消える前に廃止した記事から一部加筆修正して。
1990年代始め、シトロエンのAX→BXと乗っていたこともあり、当時シトロエンに関心を寄せていました。
1990年代にフランス国内で撮ったDS/IDです。
意外と残ってました。街を散策していると、遭遇するという感じで。
乗ってる人たちは好きで乗っていると思われるのですがその割りには外観ぼろぼろのものが多かったように思います。
ひょっとしたら好きで乗っていたわけではないのでしょうか?
1991年 パリ
生まれてはじめて行ったフランスで見たDSです。バックの建物に溶け込みそうな色でした。
ヴァンサンクと405を従えているようにも見えました。
1992年 パリ
ちょっと分かり難いかもしれませんが、内側の補助灯がステアリングの方向を向いてます。
75のパリのナンバーは品川ナンバーのようなステータスを持っているのでしょうか?
1992年 ブザンソン
一見非常に綺麗ですが、反対側のリアドアがべっこり凹んでました。
どういう扱いでどういう位置付けなのかまったく理解に苦しみます。
1992年 パリ
何気なく駐車してあっても、薄汚れていても、強烈な存在感を発揮してます。
1992年 パリ
パッチワークになってます。
好きで乗ってるのか…仕方なく乗ってるのか…こういう感じがいいです。
1992年 パリ
これは、非常に程度が良い状態でした。日本に現存するDSのように。
1993年 トゥーロン
DS/ID自体はまだ見られましたが、流石にマイチェン前のものは珍しかったです。
特に大切にされているようには見えないのですが…。そこがまたいいんですけど。
1993年 トゥーロン
見つけるとどうしても撮りたくなる、そんなクルマです。
1994年 パリ
まあまあ綺麗な状態。石畳に似合うクルマですね。
1994年 パリ
無理やり駐車するから撮りにくいのなんのって…あ、別に撮るために置いてるわけじゃない?
(海外での車の撮影は十分気を付けて!特に人物を絶対に入れないように!)
日本でDSをこんな停め方する人はまずいない…ですね。
1995年 コリウール
これもパッチワーク。
1995年 コリウール
これは綺麗でした。どこかのクラブのステッカーが貼ってありました。
1996年 モナコ
これはフランスのナンバーでもモナコのナンバーでもないですね。
ここ最近は、流石に淘汰されていてフランス国内といえども街角に草臥れたDSの姿など見られなくなってきましたね。
我が家にも何台かDS/IDがあります。幸い維持費はかかってません^^;
2012年02月05日
EF210 (02/05)
EF210-14

1157レの14号機。
1157レらしくない先頭から積載コキですが、1157レのはず。
EF210-11

これも0番台で、5060レの11号機。
吹田の運用のはずですが、11は岡山?
66が入ったり岡山が入ったりなんでもありですね^^;
3075レが遅れていてこの辺りに来そうでしたがが、ぎりぎり間に合わなかったのか、またはまだ来ていなかったのか
いずれにしても撮れませんでした。なんとなくまだ来ていないかった気もしましたが、深追いしませんでした。
クイント インテグラ
掲載していただけるかな^^;かき集めついでにご紹介。
1985年デビューのホンダ クイント・インテグラです。






画像のクルマは1987年、学生時代に家の車の買い替え時に意見を通してもらって家にきたものですが、その年に父が急逝してしまったので、そのまま譲り受けて乗っていた車です。学生時代から社会人のはじめまで5年75,000kmほど乗りました。
無限のホイール、ショック、ステアリング、マフラーをつけていました。このクルマのときは、こういうパーツを替えることに執心していたのですが、このクルマを最後に出来るだけオリジナルの方が良いと思うようになりました。(例外は、ロードスターR-Ltdのとき。スタイリング追求と実用のため少しパーツを替えていました。V-Spのときはそのまま乗っていました。)
とにかくこのインテグラでは、簡単なメンテなどクルマの基本をいろいろ勉強しましたし、学生のときに友人と横浜から出て全て下道で紀伊半島を一周してみたり、一人で高速をエコランして横浜−小牧で1.6Lキャブ車ながら19km/Lを叩き出してみたり、他にもいろいろ思い出深いクルマです。
エンジンはZC。クイント・インテグラは3/5ドア車は全車1.6L DOHC搭載と鳴り物入りで登場し(後に追加された4ドアにはSOHCの1.5Lもありました。これはこれで今となってはマニア垂涎CVCC^^;)、PGM-FIという名前のインジェクションのものとシングルキャブのものがありましたが、我が家のは廉価版シングルキャブ仕様で馬力はネット100psと16ValveDOHCエンジンとは名ばかりか??と言われそうな控えめなものでした。しかしこのZC、ボアストローク75x90mmと今でも空で言えるロングストロークのDOHC16Valveエンジンでピストンスピードがレッドゾーン7000rpmで既に20m/sを超えるという当時としは常識を超える領域に足を踏み入れていたエンジンです。
しかもシングルと言え、キャブ車だった故、レッドゾーンを越えても燃料カットはされないので、アクセルを踏んでいるときタコメーターを見てレッドゾーンに達したところでアクセルを緩めないとレッドゾーンに入っていきそうな勢いでした。
このクイント・インテグラは、1989年にモデルライフを終えているのでどんなに新しくても23年目、また1987年にマイナーチェンジを受けているので、マイナー前の車は25年目以上です。こういったクルマがまだ現役で走っているのを見ると155もまだいけるか?と勇気付けられます。それなりに維持には大変な苦労があるようですが…
2012年02月02日
大糸北線
大変なことになっていますね。
一昨年の、一月と二月に各々一度ずつキハ52の最後を記録するために上の子と一緒に撮影に訪れておりますが、あの冬も雪で運休する日が続くことがしばしばありました。(一月には雪の運休で旅程を変更しています。)
今年の雪は5年来ということで、一昨年の比ではないのかもしれませんが、それでも、一昨年、懸命の除雪で出来る限りの運行に努力してしてくれていたのは、キハ52が最後ということもあったのでしょうか?







全線開通は昭和30年代に入ってからと、実は比較的新しい線区。
戦争や災害で幾度と無く工事が中断したらしい北線ですが、最後に自然の猛威と闘う努力と需要のバランスが崩れてしまうことが危惧されます。
2012年01月29日
EF66 EF210 EF65 (01/29)
今日もダイヤが乱れた結果、1157レの時間が狙い目に。
EF66128
東北から継承されてくる列車は東京圏内で一気に遅れが縮まるので要注意です。
この3075レは通常ダイヤだと新鶴見で一時間以上の停車が組まれているので、遅れのときは東北の遅れが
東海道に来た途端一時間ほど急激に縮まることがあり、今日もその例に漏れませんでした。
東北での2時間半以上の遅れが、大本営15時発表時点で急に1時間10分遅れまで短縮。
この事態に備えていてスタンバイしていたので緊急出動で間に合いました!
…でも、ただの128号機ですけど^^;昨日から3連番です。
EF210-137
乱れたダイヤのなか淡々と短距離1157レが行きます。137号機。
EF210-114
5060レは114号機でこれも定刻通過。
EF651074
そしてこれは大幅遅れをもって上ってきていた5086レ。8時間半ほどの遅れ列車を捕らえました。
まあこれにしても更新色PF1074ですけど…
大幅遅れの列車を捕らえられたときの満足は格別です^^;
引き続き遅れ1097レを待ちます。15時時点で東タ停車中。いつ発車するかと思って16時発表を待ちましたが
なかなか発表されず、やっと16時半前に発表された内容を見ると6時間40分遅れ。
新鶴と違って、東タの場合、荷物の積み下ろしに掛かる時間を考慮しなければならないので遅れ回復度が読めませんね。
ということで諦めて撤収。二勝一敗で、遅れ貨物撮りは終了^^;
2012年01月28日
EF65 EF210 EF66 (01/28)
EF65 1072

待つこと暫し。なんと原色EF651072で遅れ3071レがやってきました!
雪辱を果たした気分です^^;
このあと、逆に3075レは来ず。
EF210-109

3075レを待ちながらこの場所で109号機の950レを見送ります。
EF66 129

5097レが129号機できたところで3075レは諦めて一旦撤収。
EF210-9

再び1157レの時間帯にやってきました。隠れた貴重グループEF210 0番台の9号機。
空は曇り始めかなり暗くなっていました。
EF69 130

5060レは、EF66代走で、EF66130。
「5060レの代走66は0番台」というドジョウの3匹目は現れませんでした^^;
130号機は、5097レの129号機と連番ですね。
EF210-105

ここで、遅れ1097レがこの時間帯に入ってきたようなので待機。
10分ほどで、接近灯が点滅したので「EF200捕捉!」と思ったらよりによってEF210代走-_-;…EF210-105でした。
今日は、原色PFが撮れたからまあまあの成果かなと思いつつ、自分はそんなにPFに価値を認めていたっけ?と自問自答^^;
2012年01月24日
ALFA CODE一式
当座必要ないけど要るときがきたら探しまくらなくてはいけないものがない」という漠然
とした不安を与え続けていたものが見つかりました。
ALFA CODE、つまりイモビライザーを使ったアルファロメオのキーシステムのマスターキーです。
155時代のマスターキーはこんな形。表と裏。


後年のものとは形が違うようですね。
このマスターキーは裏が開くようになっていているようで、先ず右側をスライドさせ…


そして、左側を上に引き起こすとばらばらになる…という記事をみつけたのでやってみました。
ご覧の通り。

その記事通り、このマスターキーの鍵の頭にチップが格納されていました。

このチップが新たに鍵を作って登録するときの肝のようです。

155を買うと付いてきたALFA CODE関連のものは以下の通り。
先ずは、上で紹介したマスターキーと…

通常使うキーが二本。メイン、スペアの別は無く、両方ともトランク、グローブボックスも開くはずです。

手前が、普段は使っていないキー、奥がいつも使っているキーです。汚い…
そして、electric code、mechanical codeというコードが書かれたセキュリティーカードが二枚。

このコードは、ALFA CODE(イモビライザー)不具合時の緊急始動時に使うので、一枚は免許証入れに
入れてあり、一枚はマスターキーとともに保管です。

これらが、こんな袋に入って渡されました…15年前に…。
追加のキーを作るには、公式にはマスターキーとセキュリティーカードが必要ということになっています。
因みに、今まで15年間、マスターキー、セキュリティカードが必要になったことはありません。
一度だけ、セキュリティカードのコードを使って緊急始動を試みたことがありますが、結局原因はイモビ不良では
なかったので結果的にはセキュリティカードもいらなかったことになります。
また、最近では、通常使っているキーがあればそこからもう1本エンジンがかかるキーを作成するサードベンダー的な
サービスもあるようなので、マスターキーも最悪なくてもなんとかなるかもしれません。
ということで、今これらのキーやカードの存在意義は、中古を買うときの前オーナーの次のオーナーに託す思いや
売り手の知識と真摯度を計るバロメータになるところにあるのかもしれません。
2012年01月22日
交換レンズ選び
という例を紹介する本サイト内では異色の(?)「写真」寄りの背伸びをしたコーナーの復刻です^^;
交換レンズ選び
作例(即ち作品の例)という言葉を使うのが憚れましたが、便宜上使っています。軽い気持ちで見てください。
旧サイトでは容量の関係上各4枚だった例をもともと予定していた5枚にしました。このページを作った以降の最近のものを
チェックするのは面倒なので、基本的には、その当時あった画像中心ですが若干画像を新しく撮ったものに入れ替えました。
また旧サイトにはなかった撮影地も追加しました。
写真としては大したことがないので、車輌的にはなるべく面白みのあるものを選んでみたつもりです。
自分にとっての交換レンズの全ての原点は31年前に買ったこのCanonNewFD50mmF1.4です。

ただ、今回復刻したページ内の画像はデジタル一眼による撮影なので、全てNikonのAiAF、AF-S(一部Ai-P)レンズです。
2012年01月21日
末期銀河を牽いた12輌のPF

例によって発掘復元作業です。
似たような写真ばかりで作業が面倒な割りにあまり内容がないので後回しにしていたページを復旧ました。
末期銀河を牽いた12輌のPF
今のこの時期に23時過ぎの寒い横浜駅に金土日とできるだけ通っていたことを思い出しました^^;
確か3機で回していてたまに入れ替えがあったというような感じだったような…
最後の最後になって1118が久々にローテに組み込まれ賛否両論あったのも良い思い出です。
上の写真は、この時期より少し前、2006年夏、長男とはじめて寝台列車の旅に出たときに乗った銀河です。
上は、米原での長時間停車のとき、そして下が大阪に到着したときです。
まだD70sのころ。プログレッシブ方式によるブルーミング気味なのか空が苦手だったように思えます。

EF210 EF66 (01/21)
1157レでも撮るかと思って、JRF公式を見たら5097レの遅れが急に縮まっていて緊急スクランブル^^;
EF210-148

先ずは冷たい雨の中を行く1157レの148号機です。
明るさ確保のため85mm単焦点にしましたが、このレンズやはりゴーストが出る傾向がありますね。
EF210-145

満載コンテナの5060レは145号機。
そして待つこと暫しで、接近灯の点滅。
EF66 127

遅れ5097レを捕らえることができました!
別にどうだというこでもない100番台ではありますが…
但し127号機。
別にどうだということも無いとは無下には言えないかもしれない127号機^^;
ということで、狙って行った遅れ貨物を捕らえられたということ自体、何が牽引機であれちょっとした満足が得られますね。
まさかこの午後壊滅の日のしかも地味時間帯にお会いできるとは思いませんでしたが、寒い中お疲れ様でした。
5097レの「まだ通過してない」情報助かりました。ありがとうございました。
2012年01月20日
2012年01月15日
歴史というか経緯
先ずは、ALFA155V6向けサイトとしてGGVKというHNで…
というサイトを2001年6月に立ち上げました。
この中にカテゴリに入らない雑多な手記を書くために「雑記」という不定期日記を設けました。
そしてこのサイトを通して知り合った元155乗りにしてALFA各車乗り、元鉄のSHUNさんと、「ALFA乗りには潜在的に鉄道好きがいるはずだからそれを暴いて…否、発掘して…否、新しい可能性を探ってみよう」ということで、共同でAlfa Romeo sometimes RAILWAY (通称ALFA&RAIL)というサイトを
アルファロメオが大好きだけど、
こっそり鉄道ファンも立ち読みしちゃう
脳天気なイタリアンになりきれない、
オタク丸出し鉄フェチサイト
というSHUNさんの名コピーとともに2002年9月に立ち上げました。(途中ミヤモトさんにも寄稿いただき3人のクレジットで)
その中に、コミュニケーション用に掲示板を設けそれを「雑記2」としていました。しかし掲示板だとLOGが流れてしまうので、途中2006年1月にZAKKI2というBlog形式に移行しました。これが当ブログです。(このころには共同サイトだったのに私一人が鉄に突っ走ってほとんど私物化^^;…SHUNさん、すみませんm(__)m)
従って元々Alfa Romeo sometimes RAILWAYという親サイトがあったのですが、これがプロバイダの都合で強制終了。ということでAlfa Romeo sometimes RAILWAYの一コンテンツだったこのZAKKI2だけが残ったという経緯です。
その後、Alfa Romeo sometimes RAILWAYのコンテンツをBlogの仕組みを使って復活する作業を始め
ALFA&RAIL ver.2
という形で復旧しながら新しいコンテンツを入れています。これは元々コンベンショナルなサイトだったものをweblogの仕組みで復刻しているだけなので、各記事の時系列に意味がありません。logを追うより表紙から各記事をご覧頂いたほうが分かりやすいかと思います。
Alfa Romeo sometimes RAILWAYに掲載してあった鉄道初心者向けの原稿もSHUNさんからいただいているのでいずれそちらも復活しようと思っています。
まとまった鉄道関連の記事を書く時はこのALFA&RAIL ver.2の方に入れているので、鉄道関係にご興味のある方はお暇なときにそちらもご覧ください。
大元の、ALFAのページはほんとに思い出したようにしか更新しなくなった半分死んだサイトになってしまってます。
本家の雑記は今ではほぼ、このZAKKI2のALFAカテゴリのものをまとめて写しているだけです。
このZAKKI2は九割方日々の貨物撮りの備忘録と化していますが、たまにALFA、思い出したように、ムシやら清志郎やら思いついたことを漫然と書いています。
先日、bay_breeze さんともそんな話をしましたが、かつては話題を特化してピンポイントの話ができる場が貴重に思えて、話題を限定して専門化することに価値を見出していたけど(最初のサイト155V6のサイトは正に、155のそれもV6に絞った内容で、どのような交流が生まれるか、どのように見ていただけるかを試してみたくて開いたものです)最近は、好きなことを書いていてそれに共感して下さる方がいらっしゃれば嬉しいかなというようなスタンスですので、興味があるところだけ選んでご覧頂ければ…と思っております。
って、書くとこんな「サイトの経緯」に興味を持った方はいないからこの記事は読まれない?^^;
EF210 EF66 (01/15)
EF210-149

950レは、149号機。
EF66101

5097レは101号機。
実は、54か!?という期待をもたれていた列車でしたが見事に期待を裏切る100番台が堂々通過…
でも、0番台去った後、次期注目釜最有力候補のEF66100番台一次型のトップナンバーです。
10年後を見据えて。…いやぁ絶対20人ぐらい集まることになりますから^^;
EF210-3

1157レは、3号機。何気に貴重なEF210の0番台。
と、無理やり独自の価値を各釜に与えてやらないとモチベーションが…^^;
このあと、5060レも来ず。
そして実はその場に居合わせたみなさんと、大幅遅れの3071レのPFを期待を込めて待っていたのですが、
露出も厳しくなってきたので撤収。
それでも、いろいろなお話もできて親交もあたためられたので、無駄な時間ではなかったかなと。
今日は、撮影の合間に雑談というより談笑のついでに撮影といった感じでした^^;
こんな日もたまには良いものですね。寒かったけど…
というわけて皆様お疲れ様でした。
2012年01月14日
EF200 EF66 EF210 (01/14)
EF200-20

1097レのラストナンバー20号機です。
曇っていたので側面影を気にせず短めのレンズで。
最近EF200撮りはサボり気味だったので久しぶりに撮りました。
EF66132

3461レの132号機。
ワム8終焉の影響で列車自体がネタ化してますね。
EF210-157

3075レは大幅遅延だったので次は、EF210の950レで157。
300mmです。
EF66115

5097レは地味に100番台115号機。
EF210-130

1157レは130号機。
今日は晴れたり曇ったりでしたが、この時間帯は3461レの時間に続き再び晴れました。
EF210-140

5060レ。誰もいなかったので、今日は普通にEF210^^;
140号機。
というわけで地味な一日でした。しかし日が出ないと寒い。
2012年01月09日
20周年
これは、日本導入時、1992年9月号(なので実質日本デビューは7月?)の雑誌広告です。

一ページ目にこれがあって…
次の見開きがこんな感じ。(見開きなので入りきりませんでした^^;)

これは、Auto&Design誌の1992年2-3月号。
155のデザインについて特集されている号です。

この号の広告に使われている写真は、日本と同じですが、日本向けの方はごく初期認可が降りなかったプロジェクターヘッドランプが
目立たない印刷になっていたことに対し、あちらの雑誌広告はもちろんプロジェクターランプばっちり。

これは、晴れてプロジェクターヘッドランプが日本向けにも使えるようになった1993年版のカタログの写真です。

今から20年前の155デビューの1992年の更に20年前というと1972年。
やっとアルフェッタが登場した年で、まだまだジュリア系が主力だった頃です。
トランスアクスルに賭けた20年が始まろうとしていた時期ですね。
155前後の20年、アルファにとって随分違う20年になりました。
そして、155デビュー20年の今年の一月やっと日本でもジュリエッタが販売開始になるようです。
しかし、泣いた赤鬼の青鬼役を155が買って出て、156の成功を導いたアルファ小型セダンの
正統な後継車がいなくなってしまいましたね。
EF66 EF210 (1/9 (1/4 1/5))
EF66122

今日は、3075レは遅れていたので5097レから。
122号機でした。50mmで冬の青空を入れて。
因みに950レはぎりぎり間に合わず目の前を通過。153号機でした。
EF210-16

1157レは、16号機。これは80mmです。
ステップに雪が付いています。冬の光景らしいですね。
EF6633

そして、5060レ。
こんな列車目当てにご同業がちらほら来てたのでもしやと思ったら…
年末に続いてEF6633号機が再び代走で入ってきました!こいつは春から縁起が良いや^^;
これは35mmです。
さて、今年の終わりにはこの機関車の運命はどうなっているでしょうね。
実は、今日が撮り初めではなく、こどもの習い事の迎えついでに1155レだけ撮りに1/4・1/5と行っていました。
EF210-141


これは、1/4の1155レの141号機ですが、ご覧の通り単機でした。
EF210-149


これはその翌日、1/5の1155レです。曇ったので、もっと短いレンズでも良かったのですが
曇り始めたのは通過直前。
この日はご覧の通り、完全空コキ編成。この完全空コキも長期休み明けの風物詩ですね。
一つでも乗っていると台無しなので、この完全空を押えることができて幸運でした^^;
2012年01月08日
ブルースクリーン
2、3日前から所謂ブルースクリーンに悩まされ始めました。
PCを立ち上げて、ネットにつながず使っているうちは何の問題もないのですが、ネットに接続すると
15分も経つと突然次のメッセージを表示して全てが終了。
電源オフまでいかず、この画面で止まってくれるので、デジカメで画面を撮って画面上のキーワードで検索。
なんといっても、インターネット接続制限時間は約15分。15分ほど接続しているとほぼ確実に落ちます。
この15分で情報収集。
PCが立ち上がらないということは無いので、いろいろ無駄な策を何度でもトライできるのですが、何をやってもネット接続して
しばらくするとブルースクリーン-_-;
いろいろ試しましたが、結局、この画面上の最重要キーワードは、"iastor.sys"だったようでそれを手がかりに
解決策を探すと、インテルのサイト上の…
==============================================================
インテルR マトリクス・ストレージ・マネージャー
説明
Microsoft* Windows XP* および Microsoft* Windows Vista* オンライン・クラッシュ・ダンプ解析サービス (OCA) のメッセージで、
エラーの原因がインテルR アプリケーション・アクセラレーター RAID エディション、インテルR マトリクス・ストレージ・マネージャー、
または iastor.sys によるものだと表示される場合があります。
解決方法
インテルR マトリクス・ストレージ・マネージャーの最新バージョン 8.8 をダウンロードし、インストールしてください。
==============================================================
という手続きに辿り着きました。
これを行ったら無事解決しました。意味は…ほとんどわかりません^^;
途中エラーログ解析用フリーソフトなんてものに手を出したためか、babylon serchなるものの付きまとわれるはめになりましたが
アンインストールはできたもののIEの新しいタブがbabylon serchになってしまう現象から抜け出せませんでした。
ネット上の情報で、最後にはレジストリエディタを使って完全撃退^^;
世の中、詳しい方々かいらっしゃって助かります。
しかし時限付きでもネットに繋がっていたから良かったもののネットから遮断されていたらもうお手上げですね。
2012年01月07日
206&155
共通の話題に事欠かず直接お会いするのが初めてとは思えないような話の盛り上がりに時間の経つのも忘れてしまいました^^;
完全にビジネス抜きの親交を深めることができるのは、この歳になると学生来貴重なことなので、きっかけを与えてくれるこのクルマは
不思議な縁をとりもってくれるなあと思います。
もっとも10月に155なお二方とお会いしたときもそうですが、もはや155はきっかけに過ぎず、それに留まらないというかそれ以外の
話題の方が多いぐらい…というところも偏りのないお付き合いができて心地よいです。…否、他の話題自体が偏ってるか^^;

今回は206でいらしていて、155はお留守番ということでしたが、横浜での使い勝手の都合というこで、来ようと思えば155でも来られる
調子は保っているということで一安心。仏車の長距離も良いですけどね。



