今日で仕事納めです。明日、大掃除と迎春準備を完了させて今年も終わります。その最後の授業で久しぶりに説教を垂れました。遅刻しても謝らない、と いうか遅れずに来る気がない上に悪いと思っていない、必要なものを持って来ない、というか何が必要か分かっていない、宿題をしていない、というかしなけれ ばならないと思っていない、居眠りする、つまりはやる気がない……。いつもは、そういった事例があるたびに、他の生徒にも分かるように「何がどう悪いの か」を示して、どうすべきだったのかを懇々と伝えます。その場ではわかってくれていると思うのですが、しばらくすると同じ説教のくり返しです。こちらが一 生懸命になって「直してやろう」と思うほど、本人たちは「本気で直そう」とは思っていないのでしょうか?


こちらが真剣であることを伝えようと思うと声が大きくなります。目と目を合わせていな いと伝わらないので、必ずこちらを向かせます。そのために手で机などをバンバンたたいて大きな音を出します。若かったころの激怒している私は、きっと子供 たちを委縮させてしまっていたのだろうと思います。そういえば塾勤務時代には黒板や机を叩き割ったこともありました。私も年を取って丸くなったのでしょうか。でも、昔からこのスタンスは変わりません。


出 来ないことは悪いことではありません。出来ないからこそ出来たときのうれしさを味わえるんだと思います。そのためには、自分は出来ないということを知らな ければなりません。出来ないことは恥ずかしいことではありません。子ども達には、出来るようになるための努力をしないことが恥ずかしいことだと分かって欲 しいのです。


真剣に怒るのは本当に疲れます。今年も疲れ果てて一年を締めくくることになりました。

来年も頑張って怒るぞ! でも、本当は褒め上手になりたいな、と思っているんですよ。