February 2013

February 28, 2013

今日が嫌な日になることは分かってた。

病気は病気だけで十二分に苦しむ。
それなのに現実は、オマケを付けてくる。

良いコトもある。悪いコトもある。

そんなコトは分かってる。
一応、オトナだから。

でも、ソレでも凹むコトもある。


今日は、退院して最初の診察日。
それなりに現実と向き合う日。

今日は、職場(病院)へ行きました。

僕は、ダメな身体になりました。

色々、ある。
今後も、ある。

そんなコトは分かってる。
分かってた。

一応、オトナだから。



それでも、あそこに帰るコトが目標。今でも。

それに今日は、またひとつ嫁様を惚れ直したので、そんな良いコトもあったので、それで無かったコトにする。

大丈夫。







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February 27, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その4 CCUでの2週間

自分自身、整理しておきたくて手を付けたこの闘病記。
でも、やっぱり、というか、当然、コレは当時のコトを思い出す作業。
なるべく正確に虚飾なく、を、心がけておりますが、まだ当時の気持ちに引っ張られてしまう部分もあるようです。

それは、まだナカナカにベビーだったりもするのです。
それでも、整理と名を借りて吐き出してしまいたい自分も居る。

今しばし、この長編記録にお付き合い頂ければ幸いです。


さて、「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。

発生2日目に手術を回避した僕の治療方針は、ひとつになりました。

「血圧を下げ、安静を維持し、裂けてしまった血管が安定するのを待つ。」
要するに、ただひたすらに動かないで時間が過ぎるのを待つワケです。

まぁ、そうは言っても、単にずーーーっとベッドに寝ているワケではありません。

自己判断で動いていいレベルを「安静度」と言います。
ベッド上で絶対安静を起点として、ベッドを60度まで起こして良い、や、90度までOK、ソレが可能になったら自分で座って良い。等々。
一段階進めては、始めは5〜10分程度の維持をして、少しづつ維持の時間を延ばし、で、また次の段階へ。
そうやって安静度のレベルを徐々に上げていき、最終的に歩いて帰るレベルに達したら退院と相成るワケです。

一段階進むのに、2〜3日。
段階が進む前後には血圧の測定やら、CTやらで異常が起きないかを確認しながら。
ゆっくり、万全を期して進む安静度。
結局、CCUを出れる(自分で座れる)安静度になるまでに2週間の時間が必要でした。

このCCUを出るまでの2週間は煉獄。
何がツライかと言い出せば、痛い、動けない、咳痰、寝れない、食事マズいとキリがない。

昼夜を問わずに大声を出し、唯我独尊を通すことコトがアイデンティティになってる爺さんが隣のベッドになったり。

大きい方を出す時の「差し込み便器」ってのも、精神的にも肉体的にもキツかったな。
まず、患者にとって生活空間であるベッド上で大きい方をする精神的ダメージは特大。
その作業は、イキまない為(血圧を上げない為)にどうしても時間が掛かってしまうのだけれど、差し込み便器のヘリが案外鋭く肉に食い込むコトとか。
慣れない時は、最長で3時間強くらい差し込み便器の上にいた・・・とか。
失敗してシーツを汚してしまったとか。
アレは本当に嫌だった。

ただ、どれが特記してツライとかじゃなく、全部ツラい。
生きるコトが、そのまま修行。そのまま試練のようでした。

でも、このCCU期間は、ある意味で救いのある日々でもありました。
毎日、何かひとつは改善や治療の進行などがある。

今日は、もう水を飲んで良いですよ。
今日は、超強力鎮痛剤を止めましょう。
今日は、60度までベッドアップしてみましょう。
今日は、食事を出してみましょう。
今日は。
今日は。

1日一歩でも、改善がある。
まぁ、三歩進んで二歩下がるの世界ではあるものの、自分が治っていく実感を得られるコトが嬉しかった。

多少の救いはある、希望は見える、でも、地獄。
ゆえに、CCUは煉獄。


ただ、命に関わる緊急の時期を過ぎ、徐々に身体の回復が得られるようになってきたこの頃から、精神の方にダメージを負いだしたのも忘れられません。

CCUの期間は、夜にとにかく寝られない。
そもそも寝られる環境ではないんです。

午前中は、検査や食事、清潔作業などをしていると終わる。
午後は、昼食後に少し待てば面会時間になり、嫁様が来てくれる。
その後も家族が入れ替わりながら、面会時間ギリギリまで誰かが居てくれるので、午後8時の面会時間終了までは、あまり暗いコトを考えずに済む。

ただ、そこから朝までの10時間は、たった独り、身じろぎもせずに天井を眺める時間。

「この先、自分はどうなるんだろうか?」
「仕事への復帰は、本当に出来るのか?」
「自分の身体はどれくらい保つのだろう?」

延々と繰り返しの続く、自分との対話。
その中で生まれた、もうひとりの自分・虚無。

心の闇から生まれた虚無が現れた夜は、最悪。
自分の不安や恐怖が、ノーガードの心の柔らかい所を切り裂いていく。

虚無から逃げよう、寝ようと試み、ウトウトすると、定時の血圧測定で起こされる。このツラさ。

まぁ、実際は半分くらいはウトウトしてたんでしょうが、体感時間的に夜はとにかく長かった。


肉体的には、一歩ずつ回復と希望があり。
精神的には、一歩ずつ病んでいく。

CCUは、そんな2週間でした。

2013,1,10
でも、そんな日々も終わり、一般病棟へ移る日が来ました。


「急性大動脈解離・闘病記 その5 一般病棟へ、そして胃腸炎」へ



「そう言えば、年越しもCCUのベッドの上だったな。」

「何の感動も感慨もない年越しでしたか?」

「いや、2013年の目標が定まった夜だったよ。「必ず日常に帰り、社会復帰する。」ってね。」

「え?目標、ココで発表? しかもフツーっすね。つまんね。」

「この目標にそんなコト言うのは、君くらいだよ。虚無君。」



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February 26, 2013

アンパンマン卒業 → ?

現在、3歳4ヵ月の娘っち。
僕の入院中、彼女の身に大きな変化が起こってました。

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一歳になる前からあんなに愛した赤ら顔。

アンパンマンからの卒業。

スーパーで彼を見つけては、「あ、アンパンマン!!」と叫んでいたのは、今は昔。
彼の顔さえ書いてあれば、何でも欲しがったあの子。
そんな彼女の熱かった彼への恋心は、父親の知らないうちに急速に冷めてしまったようす。

アンパンマンからの卒業を入院で見逃しました。

パパが退院してきて二週間弱。
現在、娘っちは一切、彼に目を向けません。
録画していたデータは未視聴を表すNEWのマークが付いたまま。
現在は録画予約さえ消されてしまいました。

何もそんなに一気に冷めなくても・・・、と、同じ男性としてパパが寂しくなるホド。


でも、そう。

女子って、そういうトコあるよね・・・。

一度冷めてしまえば、名前さえ出ない。とか、ね。


で、その移り気な彼女が今、おネツなのはNHK教育で放送中の「がんばれ!ルルロロ」です。

無題

「がんばれ!ルルロロ」
NHK教育 月曜〜金曜 AM7:40〜7:45 放送

あらすじ
大ベストセラー絵本「くまのがっこう」シリーズから生まれた
テレビシリーズ・アニメ。
主人公は、くまの双子の女の子。オレンジ色がルルで黄色がロロ。
とある田舎町を舞台に、ルルとロロは、毎日新しいお仕事に挑戦します。
お洗濯、おつかい、お風呂そうじ、赤ちゃんのお世話・・・。
大人にはちっぽけな話も、子どもたちには大ミッション。
声をそろえて、「えいえいおー!」と元気にお仕事にチャレンジします。
失敗して泣くことだってあるけれど、
やさしいおばあちゃんのおやつで元気回復!
なんとかお仕事をやりとげたあとは、気持ちよくお昼寝・・・。
ルルとロロのチャレンジする姿をお楽しみに!
・NHKアニメワールドより

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実家に預けられた時に、何かのタイミングで見てしまったらしく一目惚れ。

もう、今は毎日ルルロロですよ。
鼻歌はオープニング曲。
しかも、5分番組ですから、同じ話を2・3回はリピートですよ。

さぁ、この恋心は一体いつまで続くのでしょう。


「乙女心と秋の空と、言いますわ。」

「パパは、と、言うか、男的には女子のその冷める速度が怖いんだよ。」



know_the_base at 22:14|PermalinkComments(2)TrackBack(0) こども | アニメ

February 25, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その3 2日目・手術の判断

個人的に、この闘病記を書ききらないと「猫物語(黒)」の感想が書ける気がしない。
てか、療養中に物語シリーズ絡みの記事を書いちゃったら、「アイツ、元気なんじゃん。」ってなるよね。
それは、読者を安心させるのか、いい加減にしろと思われるのか。
どうも後者な気がする・・・。


さて、 「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。

2012.12.28
急性大動脈解離発症2日目。
ベッドの上で「絶対安静」になり、痛み、吐き気、咳痰、慣れない環境で寝れない夜が明け、担当医師から

「手術が必要かも。」

と告げられた朝イチ。

何も知らずに告げられたのなら「手術か、嫌だな。」程度に思うその言葉。
しかし、出血の止まらない抗凝固剤を飲んでいる身体を持つ僕にとっては、死刑宣告にも似た響きがありました。

担当医師曰く。
昨日、救急外来で撮影した造影剤使用のCTスキャンの結果、解離が右の足の方へと向かっている。
そして、その解離が、もしかしたら右の腎臓と消化管(小腸など)への血管を塞いでいる可能性がある。
もし、消化管への血流が止まってしまうと、そこから先が壊死してしまう。
その判断をする為に、今日は早めにCTをもう一回と腹部のエコー(血流を確認する超音波検査)をする。
検査で血流が確認できなければ、手術が必要になる。
君も分かってると思うけど、その手術は、大変難しいモノになる。

で、この近くで、このレベルの手術が出来るのは2ヵ所ある。

A病院は、ウチの病院とはあまり連携した経験はないけど、2005年に君の弁置換手術をしたトコ。
B病院は、ウチとはよく連携してて、担当医師はB病院の医師を良く知ってる。

「で、どっちにする?」

いや、どっちにする?って、聞かれましても・・・、ねぇ?

A病院には大変お世話になり、良い病院なのは知っている。
でも、あの当時に執刀してくれた医師は既に院長にランクアップし、7年くらい受診もしていないから、今も良いのかどうかは良く分からない。

B病院は、担当医師が「良く知ってる医師だし、腕は良いと思う。症例数もあるよ。」と言う。

正直、どっちでも・・・と言いたくなるものの、自分の命を懸けるのに「どっちでも良いです。」もない。

僕の答えは、B病院。

今までの人生を振り返ってみれば、結局、僕の命は人と縁の繋がりで救われてきた。
原病であるマルファン症候群の発見も、以前手術した大動脈瘤の発見も、その手術も、今回も、いつも「たまたま」「偶然」が重なって、なんとか命を拾ってきたようなモノ。
どっかひとつ間違えば、ここにさえ居ない人間。

そう考えれば、たまたまでも今の担当医が「腕は良いよ。」と薦める医師が、きっと僕にとってのベターなのだろう。
そう思いました。

何の因果か、僕は子供の時から色々な手術をしました。
もちろん「死亡率」なんて言葉が出る手術は、前回の大動脈瘤と弁置換術位ですけどね。
どの手術に臨む時にもリスク等々の話は散々されましたが、成功イメージしかなかったし、そして成功してきた。

でも、今回は失敗のイメージしか湧かなかったんです。

「嫌な予感。」としか説明不能で、もちろんメンタルの問題だと自分でも分かっている。
手術の必要性も分かる。
やるべき手術なら、やるしかない。

それでも「手術になれば失敗する。」という、確信に似たイメージを拭い去るコトがどうしても出来ない。

医師とのやりとりを終えた後、放心。

そして、失敗した結果のイメージに囚われたまま、とめどなく流れる涙。

枕元にある、昨晩の面会時に嫁様の置いていった2枚の娘の写真を眺める。
1枚目は、数日前のクリスマスイヴに庭を掃除する元気な娘の笑顔
2枚目は、嫁様とほっぺを押し付け合って、幸せそうな笑顔。

ふたつの笑顔。どちらも撮ったのは自分。

数日前までは、この幸福の中に居たのに。
あの日に戻りたい。
家族に会いたい。
集中治療室に入れない幼い娘には、もしかしたら、もう会えない。

自分でもコントロールしようのない想いが溢れ、タオルを顔にかけたままで検査の時間を待ちました。


大量の点滴を入れ、ベッド上での絶対安静を義務付けられていた僕は、2台の点滴台 + 超強力鎮痛剤用ポンプ + 精密モニター類を付け、移動には看護師2名+助手さん1名を要する大移動。

しかも、安静時には多少おとなしくなっていた痛みは、移動時のちょっとした衝撃・振動で存在を主張する。
そして、血流を確認する腹部の超音波検査では、猛烈な吐き気があるっつーのに、胃の周辺をこれでもかとエグるように機械を押し付けてくる(てか、一度リバースしました。)。

あの時間は拷問だったと言って、過言ではないでしょう。
その後、体調も悪化したしね。

でも、僕の心はそんな肉体的な問題より 「何とか良い検査結果が得られないか、手術を避けられないか。」そればかり考えていました。


午後になって検査が終わり、午前中から呼ばれていた嫁様と父上が担当医師から別室で検査結果を見ながらの説明を受ける。
「なぜ、患者本人には詳しい説明が無いんだ。」と思いつつ、報告を待つ。

担当医師曰く。
一応、血流は認められた。
ただ、流れは確実に悪くなっているので、今からこの検査結果をB病院に(担当医師が)直接持って行って、相談してくる。
その戻りはおそらく夕方になるので、その時に結論を出そう。
とのこと。

「血流があった。」
それは、手術回避への希望の言葉でした。
でも、担当医師が片道30〜40分かかる相手病院へ直接出向き、相談して帰ってくる。と言うのは、どう考えても特別待遇。
つまり、楽観視できる状況ではないことは確か。

僕はこの時、手術になって失敗した時(僕が死んだ時)のコトを嫁様と父上に相談すべきかどうか、真剣に考えていました。
でも、何か言葉を紡ごうと頑張っても、どうしても涙が流れ、言葉は嗚咽になってしまう。
しかも、それを口にするコトで、イメージが現実味を帯びて、その結果を引き寄せてしまうような気もする。

そんなコトを考えている間に、B病院へ向かったハズの担当医師が戻ってきました。

担当医師曰く。
B病院医師にアポを取る為に電話をし、病状経過と検査結果を伝えた。
その電話の段階で、「今回のケースは手術の適応ではないだろう。」とのこと。
今後の消化管への血流次第ではあるが、現在は一応の血流も認められ、最悪、右の腎臓ひとつがダメでも生命維持に問題は生じない。
両医師の判断として、「手術のリスクを考えれば、無理に手術をする状況ではないだろう。」との結論を得た。
とのこと。

「現段階では、手術の適応はない。」

「手術はしない。」








生きて、こうして闘病記を打っている今からすれば「なーんだ。」な話。
てか、今、ブログ書いてるんだから、当たり前でしょ。
読者の方だって、この結末くらい分かってるって話ですよね。

それでも、この時のコトを思い出しながらキーを打ってる僕は、実は泣いてたりします。


その位、あの時は追いつめられていた。
あの結果は、福音だった。
肩から力が抜け、朝からずっと首に掛かっていた死神の鎌が外れるような、体温が戻ってくるような感覚。

あの時、僕は文字通り「命拾い」をしました。

「また、娘に会える。」

その希望の前に、腎臓のひとつがダメになるかも程度の悪いニュースは霞んで消えました。


そして、しばらくしてから父上に言いました。
「手術が決まってたら、「自分が死んだら嫁様と娘を宜しくお願いします。」って言おうとしてたんだよ。」と。

父上は、「もう、歳だから勘弁してくれ。」と苦く笑いましたが、思えば親不孝なコトを言ったモノです。


しかも、後日談になりますが、右の腎臓もちゃっかり生きてます。
退院時に撮ったCTでは、左の腎臓に比べるとちょっと小振りではありましたが、ちゃんと生きてました。
左の腎臓は、右が弱った分を頑張って大きくなっているらしい。
人体ってすごい。

「手術をするか、しないか。」に振り回された闘病記クライマックスな2日目が終わり、めでたし、めでたし。

で、終われれば良いんですけどね。
ココまでで、50日の入院の1/25ですから。

こっからは巻きでイキます。


「急性大動脈解離・闘病記 その4 CCUでの2週間」へ




know_the_base at 22:41|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

その報告、要るか?

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カニクリームねー。

気になってたんすよねー。



って、なるかーっ!

しかも
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完璧、コレの流用だろ。


「ツッコミ待ちの釣り看板じゃないですか。」

「こうなると次を期待しちゃうよね。」



know_the_base at 17:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

February 24, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その2 初日CCU〜2日目朝

さて、「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。
毎回、長文。しかも、イタイやツライなどばかりの煉獄時代を含みますので、嫌な部分は読み飛ばして下さい。

2012.12.27
大動脈解離発症初日。
病名告知「解離、起きてるよ。」からは、基本的に医療者側のやらなければならないコトを問答無用で患者に処置していく行程が続きます。
もう、患者側に良いも悪いもない。やらなければならないコトを最短でやっていく。

発症当初、治療方針が決定する前に解離に対して可能な対処方法。

それは「絶対安静とモニタリング」です。

患者は、血管の裂け目が開かないように動かないで、裂け目の安定を待つ。
医療者側は、その解離の固定化までの間、致命的な部位へ解離が動かないかをモニタリングし続ける。

その為にすること。
超強力痛み止めの持続注入。
ベッド上で排泄を可能にする。
食事不能なので、点滴による栄養剤やその他薬剤の注入。
モニタリングの為に様々なモニターを付ける。

要するに僕は、尿管にカテを入れられ、点滴やら心電図やら様々なケーブルに繋がれ、寝返りひとつも許可制となりました。

この状態にする為に行われた処置の過程で、僕は健康な時に持っている「羞恥心」や「自尊心」を投げ捨て、捨てられ、必死で命を拾うコトだけを考える「入院患者」へとジョブチェンジしたワケです。

この「絶対安静」でツラかったコトを一気に列挙します。
・痛み止めが効いてるとは言え、背中から腰にかけてが痛むのに動けない。
・一応、意識有の状態で、同世代看護婦さんに陰部をつままれて尿管カテを挿入される。
・超強力鎮痛剤の副作用で吐き気が常にある。何かを飲めば飲んだだけ吐く為、飲水禁止となる。
・飲水禁止となり、許されているのは水を口に含むのみ。
・空気が乾燥してて、咳痰が異常に出る上、寝たまま動かずに痰を吐かなければならない。

痛み、猛烈な吐き気、痛みに響く咳、喉に詰まる痰、そして、ソレらへの反射で強制的に体が動いてしまうのに、「動かないで。」と言われるのが常にベースとしてキツイ。
そして、吐いたり咳きこんだりして猛烈に喉が渇くのに、「飲水禁止」であるコトが、更にキツイ。
そんなでした。

ちなみに、下記の2つは特記すべき、別件のキツかったコト。

右手首の動脈から直接に血管状況をモニタリングする「Aライン」ってヤツの挿入とか、痛かったな。
「人生の経験上で・・・。」と言えるくらい信じられない位に痛い注射を手首から入れるんですが、血管の形状のせいか5〜7回位は上手く入らずに刺し直したりとか?
そのくせ、ちょっとしたベッドの移動でラインがズレた結果、せっかくのラインがダメになる。
しかも、結局「刺し直さなくて良い。」コトになった時は、「だったら最初っから刺さないでくれよ。」と流石に思ったな。

そして、カーテン挟んで隣のベッドが家庭内不和を抱えたアジア系男性外国人(おそらく心不全?でそちらも安静のハズ)。
酒を飲んで面会に現れた妻との激しいケンカや、親族の仲裁、そして、自己判断で帰ると言い出して看護師たちに取り押さえられたりとすったもんだなど。
メンタルがヤラれ、ただでさえ耐え難い状況なのに、安静環境でなかったコトも厳しかったなぁ。

あとオマケ。
あまりにも喉が渇いて研修医に「水分を摂って良いか?」と聞いたら、「良い。」と言われ、喜々として水分を摂ってゲロゲロに吐き、「飲水禁止」になった過程。
コレに関しては、今でも「その「良い。」の判断は何だったんだよ。」とツッコミを入れたい。


さて、展開が派手だった救急外来の急転直下に対し、CCU(集中治療室)に上がってからは、とにかく地味(?)に耐えるのみの初日。

救いはやはり家族に会えたコト。
誰と何を話したか、とか、曖昧ですが、それぞれの顔を見ただけで泣けたコトだけはハッキリ覚えています。

そして、夜。
面会時間ギリギリまで家族は居てくれたものの、一晩中と言うワケにもいかない。
安眠など出来るワケもなく、ちょっとウトウトと眠れそうか・・・と思うと、看護師が現れて定時の血圧測定(両手足・両手首の4か所)をしていく。、
キツイを耐え続け、眠れない夜。アレは長かった。
しかも、全く寝られない長い夜はCCUを出るまで続きました。
ツラかったな、CCU。


2012.12.28
発症から明けて翌日、ある意味でこの闘病記のクライマックスになります。
なぜなら、大きな治療方針の決定があったからです。

大動脈解離と言う病気に対して、可能な治療の選択肢は2つ。

「手術をするか、しないか。」です。

不幸中の幸いで、CTの結果も、正常な会話をしているところからも、今回の解離は(27日現在では)脳血管にダメージのある形ではなかった。
なので、脳死や緊急手術は回避した。(もし脳側へも裂けていた場合、おそらく、今ここに居ません。)

だが、裂けているのは大動脈。
枝のように細かい血管が繋がり、その一つひとつが大事な臓器へと血液を運んでいる。
脳と言う、最悪の場所を避けれたからソレでOKとは問屋が卸さない。
どこか大事な臓器への血管が裂けても、裂けて血管内に残る膜がどこかの枝の入り口を塞いでも、それもアウト。

そして、今回、僕の解離は、右の腎臓及び消化器官へ血を送る血管側と裂け目を伸ばしていたのです。

このまま安定を待つか、手術が必要な状態なのか。
27日の検査結果は「手術必要?」のギリギリのトコ。
担当内科医にも現時点では判断のつかない、微妙なボーダー上に僕は居ました。

「手術しちゃえば良いじゃん。」

ね。そんな風に思いますよね。

でも、大動脈は、大動脈です。
背骨に沿って伸びる、血流の中心。木で言うなら幹。
さらにその幹の手前には骨、皮、五臓六腑があるワケです。
その幹から生えている枝ひとつ殺さず、幹を人工物に交換しようって話ですからね。

しかも、血の止まらない抗凝固剤を飲んでる患者を、ほぼ緊急のような状況で。

今まで自分が自分の身体について調べ、知っている知識。
大動脈解離と言う病気のヤバさ。
医療事務という仕事柄や、前回の手術の時の難易度、そして、ソレから推定する今回の手術の難易度は

成功率? さぁ?
死亡率? 言っちゃいけない位じゃない?

そんなトコでしょうか。

ま、簡単に「手術しちゃえば良いじゃん。」とは・・・、ね。

「手術が必要かも。」と朝イチで担当医師に伝えられた時、僕の中の全ての知識が「遂に来た。」と警報を鳴らしていました。
「大動脈解離を起こしたら、死ぬかもしれない。」 確実にその方向へと足元が傾いていく。そう感じました。

手術になったら、死ぬかも。

本気で、そう思う2日目が始まりました。


「急性大動脈解離・闘病記 その3 2日目・手術の判断」へ



「随分と大げさに言ってませんか?」

「表現は抑えている方だと思います。」


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February 23, 2013

自宅警備強化中

退院して9日。
すっかり自宅警備員が板に付いてきた know_the_base です。

食事は基本的に嫁様による完全管理による減塩食。
減塩食に関しては距離感があいまいですが、基本的に健康食ですし、最初に徹底してしまって生活に馴染ませてしまうのが良いかな・・・と思っております。
まぁ、でも減塩食と言っても、嫁様がヤル気満々にやってくれてるので、意外と普段の食事と変わらない気分で美味しく過ごさせて頂いてます。
びば、嫁様。

さて、生活の方は、外には出ないものの、ベッド上で過ごすと「眠りすぎる。」為に日中は起きて過ごします。

午前中はミーアキャットか爬虫類のように、日向で動かず太陽エネルギーを蓄積。
なぜなら、入院生活で筋力中心に7キロ近く体重を落としてしまった為、体温が維持できないらしい。
結果、非常な寒がりになってしまいました。やむなし。
この時に娘っちと遊んだり、新聞を読んだりします。

ある程度、太陽エネが充電されたところで、流しの洗い物や風呂洗い等の負荷の小さそうな家事を処理。
「その程度の負荷で筋力・体力は戻るのか?」と疑問には思いつつ、体を起こし、歩き回り、子供の相手をし、階段の昇り降りなどをやってるうちに、何とな〜〜く、なんとなーーーーーく、体力も戻りつつある気配を感じる今日この頃。

そんな外出できない自宅警備員を家に残し、嫁様や娘っちは本来の日常である未就園児クラスやら買い物やらへと出掛けていく。
で、自宅警備員は、自宅を警備しつつ撮り溜めたTV録画などを見る。

そんな生活。それが自宅療養。


さて、そんな自宅療養と言う任務に就いた自宅警備員に、次々と新装備品が投入されています。

新装備・1
Yahoo でイチバン売れてると言う、とにかくデカイ着る毛布。
通称・キング
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形状は、要するにガウン。
これを着てしまうと、水仕事以前に歩く気にすらならなくなるとゆー、呪いの快適ガウン。

新装備・2
北海道在住の実姉が投入してくれた、トイレ用ヒーター。
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大きい白いのが人感センサータイプ。
小さいピンクが一定の温度を維持するタイプ。
大動脈が壊れ、血圧の昇降が命綱となる僕の体にとって、トイレ・風呂などの肌を露出する時が危険タイム。
なので、トイレ用暖房。
こんなニッチなアイテムが、様々な大きさ・機能で選択肢沢山だなんて、素敵すぎ北海道。

新装備・3
我が家のIT環境プロデューサーが投入してくれた、windows8。
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今までvista を使っていた僕の愛機に8を導入してくれるとのコト。
「これは、見舞いだから。」のひと言で、OSが最新版に変わり、ハードディスクが40G→120Gになり、メモリが1G→2Gになり、しかも無線LANのアンテナまで新しいモノに変わっていると言う、驚きのバージョンアップ。

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OS、HD、メモリが変わり、もう愛機は全くの別物。完全に新しいPCに生まれ変わったと言っても過言ではないでしょう。
これはもう、感謝と言うか、なんと言うか。

ホント、いつもいつもありがとう。
古い友人だから面と向かっては暴言を吐きますが、感謝してるんだよ。真面目に。


ほぼ老人の身体になってしまった自分。
この身体は、何をするにも他人様のチカラが必要。

ありとあらゆる人の世話になり、ありとあらゆる人の力でなんとか生きてる。
そんな毎日。
感謝ばかり。
この恩は、返したくても返せる量じゃない。
そして、返せるアテもない。

僕に出来るのは、ただ生かされて、精一杯、生きること。

朝、起きて、無事に起きれたと喜び。
夜、一日何も無かったことを喜ぶ。

そうして、毎日をおくる。
そんな毎日を重ねて、重ねて。
それだけは、頑張らねば。


この新装備体制で、この冬の療養を乗り切りたいと思います。


「あれ?windows8 になったのにタッチパネルは・・・。」

「そのネタはすでに死んでいる。」

「パパのツッコミの方が死んでます。」



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February 22, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その1 発症〜CCUへ

記憶がハッキリ残っている内に、今回の「急性大動脈解離」の時系列での闘病記をまとめておこうと思います。
おそらく超長編連載になる予定。しかも、毎回長文。
そのくせ、前半に行数を割きまくって、後半はアッサリの予定。

まぁ、本人の記録なので、ご容赦下さい。


2012.12.27
クリスマスの余韻を残しつつ、年末の長期休暇まであと2日と迫った年の瀬。
その日も当然ながら出勤の予定。
むしろ、年末の長期休暇に向けて、準備すべき仕事を残業まで含めて頭の中で考えながら朝食をとっていました。

※基礎情報1・・・・・
遺伝子の病気「マルファン症候群」を持つ僕は、2005.12 に大動脈瘤の人工血管置換及び、人工金属弁への置換術を行っています。
その為、血管の中に血栓が出来ないように抗凝固剤(ワーファリン)を毎日飲んでいます。もちろん、それに付随した様々な薬も。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、朝食を食べ終え、朝の薬を飲もうとした時に何とも言えない違和感を感じました。
例えるなら、首元から現れた蛇が背骨にそって走り、そのまま胃の中に落ち込んでいくようなザワッとした感触。
そして、胃の少し下の辺りでとぐろを巻いた蛇が、そのままソコに居座るような感触が続きました。

確かに感じる不快な違和感。
でも、「痛いか?」と、聞かれれば、痛い訳でもない。
消えない違和感の正体を考えながら、しばらく待てば消えないかと僕は動きを止めました。

そんな僕の異変に気付いた嫁様と少し会話。
「大丈夫?」
「うーん? わかんない・・・。」
この時は本当に分からないコトしか分からないような状態でした。

何はともあれ、「とにかく職場(病院)に付いたら受診しよう。」と決め、出勤時間も迫っていたので手元の薬を飲んで出勤しました。

※基礎情報2・・・・・
マルファン症候群は、筋骨格・目・血管に特に異常を生じる病気。
なので、医師から「急性大動脈解離」と言う病気が発生する可能性がある事は知らされていました。
ただ、急性大動脈解離に関しては、発生時に「バットで殴られるような急激な痛みが生じる。」と話に聞いていたので、この時点の違和感を解離だとは考えませんでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出勤の為、いつもの通りを走っている途中から、段々と違和感は明確な「痛み」へと変わってきました。
通勤路の中ほどを過ぎた頃には、普通に座っているコトも満足に出来ないほどの痛みになっていました。

最も痛みが酷いのは腰から背中にかけて。
僕の中で解離の可能性も一瞬頭をよぎったのですが、徐々に痛みを増してくる症状の経過から判断がつかない。
むしろ、その時は腰の痛みから「尿管結石」なんじゃないかと思いました。

今になって思うと、とゆー、言い訳をさせて貰えば、僕は「大動脈解離」が起こったら、自分の人生は終わると考えていました。
本当の意味で死んでしまう可能性はもちろん、半死半生になって社会的に死んでしまう位のモノだと考えていました。(まぁ、本当にソレくらいにクリティカルだったんですが。)
だから、運転が辛うじて出来る位の痛み、そんなモノが「大動脈解離」だとは、認められないし、認めたくなかったんでしょう。
まぁ、後から思えばって話ですけどね。

僕の通勤路は国道6号線と言う、非常に太く、通行量も多い通り。
ですが、幸いにも近隣の学校が冬休みに入っていた為に流れはスムーズでした。

段々と、確実に増す痛み。
ここで車を路肩に寄せて救急車を呼ぶべきか、そのまま職場である病院まで自分で向かってしまうべきか。
コレは相当悩みました。

信号で止まった時に救急外来に連絡も入れ、悩んでいる間も車は進む。
病院まではもうあと数分の距離。
もう、大通りに車を止めて渋滞を作ったりしてまで救急車を呼び、救急車を待ったりするよりも、直接自分で向かった方が絶対に早い。

最終的に、痛みで吐き気さえ感じるようになっていました。
でも、僕の心の中で、「今、事故だけは、絶対に、ダメだ。」と念じながら、いつも以上の安全運転(のつもり)で走り、病院の駐車場に車を停めました。

救急外来の事務室に駆け込み、「とにかく急いで受診したい。痛い。」と伝える僕の切迫した状況を見た後輩が、診察券を握って救急外来に走ってくれました。

おそらく救急外来の中で僕のカルテを確認して「ヤバイ患者だ。」と思ったんでしょうね。
僕の待つ事務室に、いつもはにこやかな顔馴染みの看護師が飛んできて、「とのかくストレッチャー(救急で使う移動可能なベッド)に寝ろ、もう、決して動くな。」と真剣な表情で言うんです。

「あ、コレはヤバいヤツか。」 僕もやっとその時、大動脈解離の可能性を認めました。

今思えば、この辺から僕は相当混乱してます。

「担当医は? 誰先生?」 看護師の質問に、どうしてもいつもの先生の名前が出てこない。等々、いつもなら普通の受け答えがどうしても出来ない。

そして、驚くほど早く現れた別の内科医(その時、別件で救急の医師が集まっていたらしい。)から寝たままでCTスキャンで使う造影剤の説明を受け、いつも使っている薬なので寝たままの姿勢で同意書にサイン。
あっと言う間に点滴のラインが作られ、あれよあれよと言う間にCT室へと運ばれ造影CT。

で、付き添った内科医が、造影CTを取り終えて、まだ機械からも出ていない僕に

「解離、起こしてるよ。」

そう告げました。

医師にしてみれば、むしろ解離が前提での確認CTだったんでしょうね。
そして、多少は顔も知ってる職員である僕も「その為のCT」だと思ってると、思っての告知だったんだと思います。

その告知は、非常に冷静で、淡々と「確認事項を確認しただけ。」と言った雰囲気でした。


「解離、起こしてるよ。」

頭の中を回る言葉。
理解、出来るのに、消化出来ない言葉。

「最悪のパターンだったか。」 と、冷静に受け止める自分。
「仕事どうしよう。」 と、どうにもならないコトでテンパる自分。
「自分はどうなるんだ。あれ?これから死ぬのか?」 と、思考が半分ブラックアウトして、何も考えられなくなる自分。

この瞬間から、色々が一気にゴチャゴチャになりました。(この先はちょっと記憶が曖昧かも)

救急外来に戻ると、担当部門の先輩が「家族に連絡するから携帯貸して。」と声をかけてくれる。
これから明らかに迷惑をかける先輩。「申し訳ありません。」としか言いようがない、どうしようもない申し訳なさ。
まだ、この時は年末の仕事の処理のコトとか考えてて、自分でも大変だと思ってる量を、この人たちに押し付けるのかと思いながら携帯を渡す。
この時位まで「仕事どうしよう。」が頭にガンガン鳴り響いてて、この日で一番泣きたくなった瞬間かも知れない。

傍に居る内科医に
「最低2週間〜1ヶ月くらいは入院だから。CCU(集中治療室)の用意が出来次第、上がってもらうよ。」
と告げられる。

この辺から、感覚がバカになって、自分の話が少し他人事の様に感じ出す。

医療事務的に名前だけ知っている「最強クラスの鎮痛剤」が、当然の様に自分に注入されていく。
「へぇ、こんな形で、こんな風に使うのか。」なんて、本当に他人事のように観察したりしてしまう。

いつもの担当医師が現れる。
「どうやって来たの?」と聞かれ、「自分で。」と答えたら、「次は絶対に救急車で!!」と言われる。
「そんなコト言われても。」と、思いつつ、「そうか、次もあるのか。」と言う現実に気付く。

寝たままの姿で、チラリと嫁様と父上の後姿が担当医師と一緒に診察室の中に消えていくのが見える。

痛み止めの効果なのか、どんどん増していた痛みは同じ痛みで足踏みするようになってくる。

自分の考えていた「大動脈解離」と多少イメージのズレた現状に、多少の安心感と言うか「(この病気の)最悪パターンじゃないかも?」といった楽観的なことを考え、内科医に今後の展開など聞いてみる。

「事務職への復帰は出来るんじゃないか?」

その言葉を聞いて、少しだけ安心する。

「CCUの用意が出来た。」と連絡が入り、そのままストレッチャーでCCUへと運ばれる。
その時、少しだけ嫁様と父上の顔を見る。この時の心境は、上手く文字に出来ない。
と言うか、嫁様と父上の表情も、自分の心境も、上手く思い出せない。

自分の心境は、「悲しい・ツライ」と言うよりも、「申し訳ない。」に近かったコトだけは憶えている。

そして、CCUへと辿り着く。


「急性大動脈解離・闘病記 その2 初日CCU〜2日目朝」へ




「2/22 猫の日と猫物語に絡めたオチ、付けますか?」

「この連載で、オチ付けますか?」

「・・・。」

「分かればよろしい。」




know_the_base at 12:32|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 21, 2013

音楽の力 the pillows 「Another Morning」

この身体になり何日だ?
えーと、57日?かな?
まぁ、約2ヶ月。

心折れるコトもあり、また立ち直るコトもあり。
折れて、立ち直って、でも、また折れて。
その繰り返し。

で、立ち直る時、口ずさんでいる曲があります。
その曲は

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

the pillows 「Another Morning」

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途方に暮れて泣いてた
オモチャ売り場の隅で気がつけば
ママの姿は消えていた
知らない人がやさしく話しかけてくれるけど
そんなのまるで聞いちゃいなかった

今もまだよく似た不安がつきまとう
耐え切れない出来事は確かにあるけれど

どんなに寂しくても誰も迎えには来ないよ
迷子のお知らせ アナウンスはかからない
扉の向こうには約束なんて無い
でも行こう 生まれ変わる朝が来た

夢中になって自転車をこいで
遠くのグランドへ走った
あの頃キミと二人乗り
何も無くてもただ楽しい そんな毎日だったな
ずっと変わらないと思ってた

アルバムの厚いページを埋めて微笑んでる顔も
遠く離れて近頃じゃ手紙さえこないけど

今日は新しい僕の誕生日なんだ
記念写真を撮り直すからおいでよ
素敵な思い出を映すロウソクは消さないで
生まれ変わる朝がきた

another morning
happy rebirthday


作詞・作曲 山中さわお

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



何も無くてもただ楽しい毎日、ずっと続くと思ってた。
扉の向こうは、ずっと変わらないと約束されてると思ってた日常、でも、変わってしまった日常。
あの楽しかった頃は、既に自分から遠く離れてしまった。
こんなに変わると思ってなかった。

途方に暮れ、不安に襲われ、部屋の隅でただ泣きたくなる。
扉の向こうに、変わらない明日の約束なんか無かった。

耐え切れない出来事は、確かにある。

でも、行こう。
コレは、新しい僕のはじまり。
生まれ変わる朝が来た。

another morning
happy rebirthday



この身体になるまで、この曲はそんなに強く響いてなかったのに。
今は、聴くと涙さえ出る。

この曲の肝は、生まれ変わり、立ち直るのは、自分自身の力しかないということ。
都合の良い迷子のアナウンスなんか無い。
周囲の人がどんなにやさしく話しかけてくれても、そんなことで生まれ変わる朝は迎えられない。

正に、今の自分を奮い立たせる為に用意されていたかの様な曲。

あぁ、音楽には力があるな。と、再確認してしまう。


この生まれ変わりを Happy と言うには、まだもう少し時間がかかりそうですけどね。


the pillows Another Morning



know_the_base at 12:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 療養生活 | 音楽

February 20, 2013

極小レベルな個人的勝利

この療養期間中に頂いたモノの中に、この様な宝物が混ざってました。

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えー、と。
説明します。

実兄夫婦から誕生日(6月生)プレゼントとして、「化物語」と「偽物語」のマグカップ。
EDテーマデザインのキャラと、ファンならグッとくる名言を組み合わせたナカナカの良デザイン。
フツーに使えるでしょ。コレ。

そして、見舞いの友人が持ってきてくれた、物語シリーズの小さなフィギュア(きゅんキャラ)月火と火憐です。


んー。

日々の情宣活動の成果。
シリーズファンであることはアピールはしているけれども、ここまでの成果があるとは。


さて、フィギュアは個人的趣味ゾーンに陳列されるとして。
マニアデザインなマグカップをいかにするか。
ココが、ヲタな夫とノーマルな妻のカップリング夫婦の小戦場。

僕は、むしろ普段使いでも良いんじゃないかと思う。

嫁様は、食器棚に有るのが邪魔だから、個人ゾーンでペン立てにでもしてと思う。(思ってらっしゃるに違いない。)

もし、個人ゾーンでペン立てになぞしようモノなら、せっかくのマグカップがホコリまみれになって、小汚くなるのが目に見える。
ソレは阻止せねば。

食器棚にあれば、日の目を見る時もある。

なんとか食器棚に納めねばっ!

むむ。
この局地戦、いかにして勝つべきか。

僕はまず、マグカップ類の並んだ棚の中身を全部出してみる。
すると、あるわあるわ、大学時代にフリマで買った謎のショボいマグカップやら、決して使わないであろうビールのオマケジョッキ等々。

そして、僕は切り出した。

「要るモノ、要らないモノ、しよっか?」

当然ながら、ゴミへと変わるショボいマグやらジョッキやら。
そして、何気無く空いたスペースへ納められる「例のブツ」。

その僕の行動を予想していた嫁様も、もちろんひと言 、チクリ。
「本当にソレ、使うの?」

僕もソレへの回答は、既に用意しておりました。
「コレをくれた実兄夫婦やS家の方々がいらっしゃった際、ネタとして役に立つからっ!
絶対、役に立つからっ!」

瞬時に繰り出された、ヲタな夫精一杯の返し。

そして、思いのほか空いたスペースを眺めながら、嫁様は軽いため息と共に病弱夫の願いを通してくれたのでした。
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「ちゃんとしたのも買ってよね。」by嫁様

know_the_base at 13:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | 物語シリーズ関連

February 18, 2013

障害者生活向上委員会?

今後、僕は真面目に障害者します。

まぁ、今までも不真面目にやってたワケではないのですが、今後は名実共に真面目に障害者します。

しなくてはなりません。


さて、こうして真面目に障害者すると決めると、色々と世の中の不具合が目に付くと言うか、イラリとするコトが様々あります。

まず、手始め。
障害者の証明・障害者手帳。
BlogPaint


多分、健常者の方はあんまり見たこと無いとは思うんです。
これがねー、いつ時代のアイテムやら。

横長の厚紙を何段かに折ってあり、ノリで貼り付けられた証明写真、追記及び訂正はボールペンに印鑑。
しかも、記載欄が足らない場合の対処は、その厚紙にノリでペラ紙を貼り付ける。

あ、アナログ・・・。

「障害者は常に携帯しろ。」と義務付けるワリには、随分と貧相かつ脆弱なシロモノ。

雨に濡れたら一発アウト。

僕も携帯するようになって6〜7年。
水に濡らした覚えは無いものの、スリ、キレ、カスミ、ニジミ、ヒヤケ、と、いまやもう極々貧相な有様。

コレは、いつ時代の・・・アイテム?

コレ、今時、カードタイプにならないの?

自動車運転免許とか、健康保険証とか、プラスチックカード化なんて世の風潮じゃないすか。

そう思って、発行元の県へ問い合わせ。
担当者曰く
「はじめての御意見でしたので、貴重な御意見として検討させて頂きます。」
ほーほー、はじめての御意見すか。

まじか?
県の障害者事業の担当者で、この意見「初?」。

そして、県の担当者曰く「お住まいの市町村は、市町村で独自に障害者手帳の作成・デザインをしてます。」とのコト。

じゃあ、お住まいの市へ問い合わせ。
担当者曰く
「はじめての御意見でしたので、貴重な御意見として検討させて頂きます。」
ほーほー、はじめての御意見すか。

まじか?
市の障害者事業の実務担当者で、この意見「初?」。

まじか?

色々、本当か?

いや、明らかに不便だろ、コレ。
しかも、改善方法が明確だろ、コレ。

フツーの感覚じゃないのかなぁ?

本当に「初」だとしたら、世の障害者(自分含む)は小さな不便の改善にアピール不足過ぎないか?

そして、今まで一切検討してないって、県市町村さん?
出来る事から改善してみませんか?

それとも
「はじめての御意見でしたので、貴重な御意見として検討させて頂きます。」
コレは、面倒臭い要望を体良くかわす常套句なのか?

んー。

なんだろ、まぁ、手始めに二・三ヶ所に電話してみただけなんすけどね。

内部障害者のハートプラスマークとか、障害者手帳とか、ちょっと過ごし易く「真面目に」障害者しようと思っただけなんだけど。

「真面目」な障害者ライフには、ぱっと思い付く改善点が沢山あって、しかも、何とかなりそうなモノもチラホラ。

なんか、こーなると、血が騒ぐ、と、ゆーか。

なんと、ゆーか。

うが。

なんか、色々、うがーっ!



人間、自分がその立場にならなければ分からないコト、気付かないコト、沢山あります。

でも、出来る事、出来ない事があります。
まぁ、小さな改善を重ねるコトが大事。かな。
急に色々は変わらないし、変えられない。

でも、出来そうなコトを見て見ぬフリをするのは違う。

変えてぇなぁ。障害者手帳!

コレも草の根運動しかないのかなぁ。

しかし、様々な差別や障害の不便と闘ってきた先人の苦労は、こんなモンじゃなかったんだろうと思うと頭が下がります。




「でも、障害者手帳は何とかカード化したいトコですよね。」

「久しぶりに新聞投稿とかしてみるかぁ。」

「むしろ、市議会議員とかにアプローチした方が早そうじゃないすか?」

「市議とかなら体裁整えればアプローチ出来そうな気もするよね。って、だから、君は誰?もう、ココは完全僕のひとり言なの?」

「元からひとり言です。」


know_the_base at 17:10|PermalinkComments(4)TrackBack(1) 雑感と意見表明 | 国内問題

February 17, 2013

iOS6 4S ver 早っ!

iOS6 4S ver がリリースされたので、やっとiOSをアップデートしてみました。
今までのiOS6はiPhone5用だったし、色々と不具合の噂も聞いていたので、未導入でした。

てか、入院中のアップデートなんて、全ての意味で無理だしね。


感覚として、Wi-Fi 環境下のブラウジングが超速!
ちと驚くな。コレは。
サクサク動く。CMみたい。

まぁ、Wi-Fiを離れるとフツーな感じではありますが、しばらく蟄居の身としては、恩恵あずかりまくりです。

はじめてアップデートして良かったと感じるiOS。

他の仕様変更はこれからってゆートコですが、今回のアップデートはアリでした。


って、今更こんなコト言ってるの、僕くらい?


「ま、今現在は軽く浦島太郎ですからね。」

「録画ハードディスクは年末から見てないからね。5時間スペシャル2本とか、なんか萎えるよ。」

「ただ、下着姿の女子がトップであるコトに耐えられなくなっただけのくせに。」

「だって、なんか恥ずかしいんだもの。」

「羽川様のコトを恥ずかしいだなんて。物語フリーク(変態)の風上にもおけない発言。見損なったわ。」

know_the_base at 16:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

やっと猫物語(黒)に手を付けたよ。

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イキナリ下着姿の女子にて失礼!

大晦日に放送された猫物語(黒)に、やっと手を付けました。

去年の大晦日・・・なんか、リアルはリアルに思い出したくない時期だな・・・。



さて、まぁ、このアニメは三歳の娘と観る内容じゃなし。
で、その制約があると、一気に2時間の時間が作れない日々なので、早起きの朝に少しずつですね。
今朝は半分くらいかな?
チビチビ楽しみます。

今は、阿良々木君の腕が飛んで、繋がったトコ。

いやー、今回もクオリティ高いなぁ。
ヤンデレ月火がイカすなぁ。
ラストまで知ってるクセに、続きが楽しみってゆー、ね。
ニクいぜ、シャフト!


まぁ、月火とのパンツ論争が無いのは、テンポ上やむなし。
このシリーズを完全に全部アニメにしたら、放送出来なくなる。

早くバージョンアップ中のマイPCが戻って、ダダダダっと感想を打ちたいモノです。



いっこ前の記事が重過ぎ。
阿呆記事をトップに置かねば、やってられん。



know_the_base at 08:35|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 物語シリーズ関連 | アニメ

February 16, 2013

たまにはボツにせず。

真面目な話。
今日現在、心の比率はポジティブ3割、ネガティブ7割で出来てます。

「大変な身体になったボクを心配してして。かまって〜。」

といった、あざとさを表に出すのが気になる派なので、なるべくポジティブ気取ってますが、今は根っ子がネガティブ。
なので、放っておくと他人様に見せられぬ、黒歴史になりかねないネガティブポエムを書いていたりいなかったり。

そんなネガティブポエムなぞ消してしまえば?
と、思うのですが、そんな自分も素直な自分なのかと思えば、消すのも忍びなくなる。
結果、下書きのまま放置する日々。

まぁ、あんまりヒドくてナルシスト入ってるのは消してますけどね。

ただ、ふと、このネガティブエレジーを押し殺すのって、精神衛生上アリなの?
とか、ちょっと心配になったりもする。

だから、誰にも見せられないと思いつつ、ネガティブポエムを書き散らかしでしまう。

誰かに吐き出して身体が治るなら、幾らだって吐き出すけどさ。
吐き出したところで、どうなるモンでもなし。

もし、本気で吐き出し続ければ、同じ悩み、同じ話を繰り返す、面倒臭い人の出来上がり。

そうはなりたくない。

だから、ネガティブポエムはボツとして、下書きへ。
あと幾つボツを作れば、僕は僕に戻れるんだろう。



娘とぬり絵をしてる途中で、手が止まる。
幸せの時間、幸せな気持ち。
その反面。
あと、どれだけこうして遊べるのだろうと。
ぬり絵の途中で涙が出そうになり、我慢する。
娘が聞く。「何を考えてるの?」
三歳児がそんな深い意味で聞いてる訳がない。
でも、誤魔化すことも出来ず、真面目に答えてしまう。
「あと、どれだけ、何が残せるのか、考えてた。」そう答えて、我慢してた涙が流れる。
娘を心配させたくなくて、無理に笑う。
でも、パパがおかしいコトくらい娘だってお見通し。
「パパ大好き。」としがみついてくる。
幸せの時間を味わっていたいと思うのに、自分で幸せの時間を台無しにする。

一生治らない、死を意識する身体。
そのくせ、運が良ければヘラヘラと生きる身体。
ふと、もう、一生心からは笑えないのかと思う。
いつか、慣れる事が出来るのか、今はそれが知りたい。



この記事は、翌朝にはまた下書き行にします。←嘘つき

追記
でも、たまにはボツにしなくて、良いのかな。
良いのかも。
素直な気持ちも、書かねば嘘だろう。
たまには許して貰えるだろう。
甘えても良いだろう。
そうだろう。
と、思う朝。

know_the_base at 21:43|PermalinkComments(8)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

それはフライング。

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冷やし中華始めました。

って、今、二月。
むしろ真冬だけど。

早くね? セブンイレブン。



ひとり家を抜け出し、最寄りのコンビニへ。
ソコなら徒歩10分圏内だし、せっかく退院したんだから、少しは羽だって伸ばしたい。
とは言え、ちょっと雑誌を立ち読みして、撤収。

今日は天気が良いけど、風が強い。
花粉飛び放題。

早く冷やし中華の季節になって欲しいけれども。

まだ冷やし中華は早いかなぁ。



know_the_base at 11:33|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 15, 2013

想定以上にダメな身体。

やっぱり病院は病人の為に作られた、病人の為の場所。
一般家屋は一般人の為の場所。

想定以上にダメでした。
負け負けです。
もう少し闘えると思ってました。

ベッドの上で普通でも、日常生活は別物。

とにかく疲れちゃう。
何しても疲れちゃう。

だからと言って、ずっと布団で寝てたんじゃ入院中以下の運動量。
ソレじゃ、ねぇ?
退院してきた意味が無いってか、まったく体力の回復も望めない。

あー、面倒な身体。

ガツガツ頑張れば何とかなるならガツガツもするけど、そうじゃなし。
とは言え、ずーっと寝続けはゆるゆるでなく、ダラダラ。

ダラダラはダメ、ガツガツは厳禁。
どないせいっちゅうねん。


まぁ、まだ2日目で何とかなるワケないんですけどね。
もう少し何とかなると思ってたので、ガッカリと言うか、しょんぼりです。


「まず、痩せ過ぎて、ずいぶん寒がりになりましたねぇ。」

「結果7kg痩せ、リビングで毛布掛けて震えてるからね。(質量9/10で減ったのは筋肉)」

「そのダイエットは誰もやりたくないヤツですね。不健康過ぎ。」

「大動脈解離ダイエット。やれるモンならやってみろい。」





know_the_base at 15:52|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 14, 2013

ただいま

退院しました。
今は、やっと家のベッドに落ち着いたトコ。


今回は、ただ普通に歩いて退院出来るコト、それだけでちょっと感動してる自分が居る。

職場に入院だったので、帰り際に所属部署やら、事務長・次長に挨拶しました。

「ゆっくり治して、また一緒に働こう。」

と、言って貰える有難さ。

社交辞令だろうが、何だろうが、嬉しくて、ありがたいコトには変わらない。


ただ、ま、ちょっと疲れました。

普通の服を着て、職場をまわって、挨拶して、帰ってくる。

それだけで疲れました。


病院でこれ以上は出来る治療がないとゆー意味での退院。
まだ、身体は入院中と同じレベル。
頭が理解する以前に、身体からのサインでソレを自覚させられました

ただ、やっぱり家は良い。

帰れたコトに感謝。


今後も、ゆるゆるとやるコトをお許し下さい。


「ゆるゆる?
そんなコトはビリー隊長が許さんぞっ!
ハイッ! 1・2・1・2ッ!」

「すみませんが、ブームもアレですし、帰って貰って良いですか?」



know_the_base at 11:43|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 13, 2013

A型軍門に降る。

退院に向けて、私物の持ち帰り運動中。

前までなら、どんだけ荷物があっても、結局は自分が頑張れば帳尻を合わせるコトが出来た。
夏休み前には、両手にヒマワリと体操服と絵の具と書道セットを持って、ランドセルに笛を刺して帰れば帳尻は合った。(実話)

正直、計画性なんて、毛ほども無かった。

でも、これからは帳尻は合わない。
計画性が命である。

なぜなら

「だってアタシ、箸より重たい物なんて持てないモン。ぷ〜」

だから、である。

あー、身長186cmの男が言うと思うと、むかつくな〜。
ま、仕方ない。仕方ない。練習あるのみ。

「持てないモンっ。ぷっぷ〜」

*注)34歳 186cm オッサン。

「箸より重いものなんてっ、持てないモンっ。ぷ〜。」

え〜、後は皆様の寛大なる御心にすがるばかり。

真面目な話。
今後の生活は、ロクな量の荷物が持てないのだから仕方ない。
厄介な身体になったモンです。


さて、B型末っ子自由人だった僕が、帰宅計画を立てる。
その姿を見る、規律型A型長女嫁様の「ソレが当然。」という普通の表情。

むー、むむむぅ。

コレは、血液型闘争のひとつの結末。と言うか、敗北。

自由奔放が本懐のB型としては悔しいものの、計画性重視のA型にとっては当たり前の話。

これからはA型道へ弟子入りせねばなりませぬ。

この儂がA型の軍門に降るとはっ!
くぅっ! 断腸也! 断腸の想い也!

だがしかしっ! 今は生きろっ!


と、まぁ、慣れないながらも、計画的に帰宅計画実施中。
ゆるゆるとこの生活に慣れようと思います。

今日の持ち帰りは、PSPとDVDかな。


「遂にパパがママの軍門に降りました。」

「あの子を解き放てっ!
あの子はB型だぞっ!」

「えー、と。その辺は自由らしけど、どうする?解放、されちゃう?」

「弟子として、精進させて下さい。(土下座)」




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February 12, 2013

退院カウントダウン。

一応、退院予定は明後日。
2/14(木) バレンタインデー

と、なっております。
今日の単純CTで何もなければ、ね。

>追記 その後、報告あり。変化なし、退院可とのコト。


木曜日は午前中に会計をして、挨拶をするべきをして病院を去る予定。
なので、実質的にはあと一日となりました。

2012/12/27〜2013/2/14 50日間

まぁ、長かったな。
苦しかったし、痛かったし、辛かったし、長かった。

で、これからの闘いはもっとずーっと長いし、メンタル的に割り切れない部分はまだ色々ある。

でも、歩いて帰れる感謝は、言葉にならない。


今後、仕事は復帰する予定ですが、この身体で何が出来るのか不安まみれです。
てか、今、最大の不安は仕事かな。
どーなんだろ。

仕事・・・。
未知数過ぎて、自分でも分からな過ぎる。
コワッ。

その他、暮らしの変化は止むを得ないし、不安だらけと言えば不安だらけ。

でも、ま、12/27に死んでたと思えば、今は生きているんだし。
生きてんだから、なるように、なるっしょ。


なんだかんだで、あと2日。

早く帰りたい気持ちで一杯です。



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February 11, 2013

ハートプラスマークって、知ってる?

ちなみに僕は知りませんでした。

8a605ce2.png

「ハートプラスマーク」
外見からでは分かりにくい「内部障害・内臓疾患」を持った人を、視覚的に分かりやすくする為に生まれたマーク。

ハートプラスの会
http://www.normanet.ne.jp/~h-plus/
H19設立のNPO法人が中心的に普及活動を行っているようです。


障害者用駐車場を、パッと見て障害者らしくない人間が利用する微妙さ。
御理解頂けると思います。

僕も今後は、名実ともに内部障害者として、その他モロモロな見た目と中身のギャップで苦労するコトもあるだろうと思って調べてみました。


イメージとしては、最近だと妊婦さんが「妊婦です。」と分かるようなキーホルダーとかカバンに付けてたりして。
妊娠週数が少ない妊婦さんも、安心して優先席に座れる。
それに近いようなモノがあったら良いなー。とゆー、期待。


で、いざ調べてみて。

このマーク・・・社会的認知度はどうなんだい?

ちなみに、僕はこのハートプラスのサイトに辿り着くのに、ちょいと時間がかかったさ。

そして、マーク自体が初見だったさ。

もうちょいとアピールがあっても・・・いやいやいや。
んー。まぁ、草の根運動的に認知度を上げていくしかないんでしょう。

なんか、色々な意味で「これから」感の漂う曖昧さを感じるのは何だろう?



むむっ!
しかし、我、文句を言う立場になし。

マークがあることに感謝こそすれ、文句を言うなど言語道断!

とりあえず、使ってみるべし。

かな?


「でも、知らないよね。」

「あの人、なんか付けてる。」が大事なハズ。
「無いよりはずっと良いさ。きっとそうさ。」

「デザインへのコメントは?」

「ノーコメント!」




know_the_base at 22:04|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 10, 2013

コレがウチの兄弟愛。

入院生活も一ヶ月半。
行動範囲も病棟内限定の僕は、売店にさえ行けない監禁生活。

多少回復してからは、新聞は嫁様が毎日届けてくれるので、隅から隅まで目は通す。
いつも買ってる週刊少年ジャンプは、月曜日に届く。

でもさぁ。
基本、僕、ヲタなんす。
シャバじゃあ、出てるメジャー誌に一通り目を通してました。立ち読みですけど。

でも、皆さん御存知かも知れませんが、この一ヶ月半はソレどころぢゃなかった。
リアルに生きるか死ぬかしてました。

で、結果、生き延びた。


するとどうでしょう。
人間(僕)なんて、バカな生物ですね。
身体は壊れても、頭はそのまま。残念なまま。

生き延びてみれば、一ヶ月半離れてしまった雑誌達が、妙に残念な気持ちでならない。
「連載モノとか、あったんだけどなー。」みたいな。

本気で追ってる作品はコミックス買うから良いんだけどさ。
立ち読み流しレベルの作品は、まぁ、諦めましょうって話。

くっだらないケド、本人的にはちょっとガッカリな話。


で、今日。

そんな僕の見舞いに来てくれた兄の差し入れ。

727481a4.jpg

ヤングジャンプ
ヤングアニマル
モーニング
ビックコミックスピリッツ
少年サンデー
少年マガジン
月刊マガジン(既読の為、回収)

いやーん、その袋、今の僕は持ったらダメな重さやーんw

と、思わずオネェになりかかるっつの。


しかし、分かってるなぁ。
分かってる。
分かってる、兄!
すごいぞ、兄!

マンガ雑誌の山を前に、困っちゃうやら、苦笑うやら、嬉しいやら。
実の兄弟じゃなかったら、フツー出来ないよね。コレは。

他の見舞客なら、迷惑?とか、読むの?とか、見舞いに?とか、まぁ、それ以前にやろうと思わないよ。

ソレを、当たり前の顔してドサリと。

で、ニヤリと。

その距離感。
身体が壊れたトコで、オマエはオマエだろ?
欲しいのは、コレだろ?
そんな風に、もう、フツー扱いにしてくれる。
それが、嬉しい。

最高だよ、この兄。
伊達に34年も兄弟やってないね。


今回の入院では、他にも沢山のお見舞い、頂き物をしてチカラを貰いました。
心が折れた時の詩集、軽く楽しめる文庫本、眺めるだけで癒される写真集や花など。
本当にありがとうございました。


で、締めがコレw
727481a4.jpg

こんな破壊力のある見舞い、ねぇ?

こりゃあ、もう、いつもなら読み飛ばす作品まで目を通しますよ。

ありがとう、兄上。

ウチのこんな兄弟愛を笑ってくれる義理姉上、感謝です。

甥っ子ズにも会えて嬉しかった。
元気になったら、また遊ぼう。


なんか、久しぶりに素直に笑えた日曜日でした。


「良い感じにまとめてますが・・・あれ?
なんか、ダメの臭いがする。」

「えっ?美しき兄弟愛の話だよ?」

「あと、見舞いとしてアナタのPCを改造してる人を忘れてる!」

「その話はベッケンバウアー。」

「もう、アナタのコトを心配するのが馬鹿バカしくなりますね。」

「それが日常に戻るってコトじゃない?」





know_the_base at 18:55|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 09, 2013

退院の足音

昨晩、担当医師と話しました。
このまま何もなければ、来週末あたり、家に帰れるかも知れません。

まぁ、何もなければ。ね。

実際、これ以上入院したところで、僕の身体に出来る治療って無いですから。


これからは家庭生活が療養です。
今後、一年くらいは入院の延長みたいなモノ。
家庭生活も仕事も、無理厳禁。
入院中にやらないようなコトは、家に居ても出来ないし、やらない。

分かってる?>自分

今後は外来で定期的にフォローしながら、長い長い慣らし運転がはじまります。


その後は、もう人生ずっと、みたいな話なので、まぁ、今は考えなくて良いでしょ。



帰れても制限はある。
出来ないコトばっかりに変わってしまった身体がある。

でも、僕は帰れる。

本気で死ぬんだと覚悟した、12/28の自分にしたら夢物語。
聞かせてやりたい。「オマエ、帰れるぞ。」と。

自分の足で歩いて家に帰れるんだぞ。と。

この幸運に感謝。
この幸福に感謝。

家族に、友人に、医師に、看護師に、全てに、感謝。





みんなへ。

(多分) もう少しで帰ります。

寿司、喰いたいっす。




know_the_base at 07:49|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 08, 2013

プレステ4はスルーで。

今回、病状一切関係無し。です。
なんか、たまには病気から離れた文だって書かなきゃ、それこそ病んでくる。


SONYが、プレステ4の年内発売を発表しましたね。
シンプルに「もう無理だろ。」と思う。

数年前までは、僕は自他共に認めるゲーマーだった人間。
ゲーム機の新機種発表にはソワソワドキワクしてたワケです。が。

今回はスルー。
鉄板でスルー。
どんなコンテンツが出てもスルー。

携帯ゲーム機で十分とか、スペック争いはPCでやれとか、据え置き自体が邪魔とか、理由は色々ある気がします。

が、何より致命的なのが、ときめかないコト。

ドキドキ感が無い。

ソレを手にしたら、ソコにはどんな世界が広がるんだろう?
ってドキドキが、プレステ3までには辛うじてあった気がする。

プレステ3はビジュアルが凄くて。凄くて。
で、ソレだけだった。
買った時に抱いたドキドキは、現在もスカされたまま。

あのトキメキに払ったウン万円を返せ!

わしゃ、アケミちゃんと付き合える思うたから、ドンペリ入れたんじゃー!

ってなモンですよ。


さて、結局トキメキの無かったプレステ3から学んだコト。
ゲームの中身って、プレステ2レベルで十分じゃね?
しかも、そのレベルは現在の携帯ゲーム機があれば十分じゃね?
むしろ、スマホでイケんじゃね?

据え置き自体、要らないんじゃね?

結果、プレステ4はスルーじゃね?

コレは既に我が家の閣議決定。


今、プレステを4万円で買うなら、6万円でレンズが欲しい。


まぁ、トキメキやらドキドキやらをゲームに感じなくなったのは大人になったから。
なんつー、夢の無い事実だったりしてね。


「私がゲームをする頃には、ナーヴギアでフルダイブしますが?」

「その技術にはトキめくなぁ!」

「このオチは理解者が少なすぎの為、ボツとします。」

「君が振ったネタなのに?!」


know_the_base at 17:25|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 日記 | ゲーム

お風呂に入りました。

退院前の最後のハードルと言いますか。

血圧系の病気で何かあるとすれば、風呂、シャワー、トイレ。
当たり前みたいなこの日常の風景が、血管が開いて閉じて、圧も変わる。意外と要注意ポイントなんす。
特に入浴前後の血圧変化ってのが重要でして、今日も恐る恐る入りました。

とは言え、軽く一ヶ月半以上振りの風呂。
気持ち良いのが当たり前。
広い風呂でゆったりさせて頂きました。

入浴後に計ったら、心配した血圧も問題なし。


しかも、時間の関係で、風呂後にすぐ昼食。
今は腹もほどほどになりつつ、湯冷め防止に布団を掛けた状況。


・・・・。

寝るな。

こりゃあ、寝ない人間居ないな。


てか、どうせ2時前には娘に叩き起こされるんだし、それまで寝ます。

コレだけは入院患者の特権だ。

おやすみー。










「実は自分の機械弁が鳴らす鼓動の音を聞きながら、今から何かあるんじゃないかと寝られないでいる。そんな気持ちは書かないんですか?」

「怖い怖いといくら言っても、毎日お風呂には入るしね。お風呂に入らないパパが良い?」

「なんとか、折り合いを付けて下さい。」

「療養中の記事は、かるーく笑って終われないのが残念。でも、ま、仕方ないか。
てか、オマエ、娘っちじゃなくて虚無だろ。最近、キミ自体は怖くなくなってきたよ。」

know_the_base at 12:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 07, 2013

悲しみも 苦しみもあって、か。

僕を心配してくれる方から本を頂きました。
首から下が動かなくなった後、口に筆を咥えて絵を描き、詩を詠む詩人・星野富弘さんの詩画集。

「いのちより 大切なもの」

1aebe042.jpg

いのちのことば社 フォレストブック


いつもなら詩画集なんて目を通さない僕も、この身体になり、これだけの状況に居れば、道にも迷うし、詩集に何かを求めたりもします。

星野さんは、僕より大きな苦しみを得たのに、今はしっかりと前を向いている人。
そんな先人の言葉に耳を傾けたくもなる。

もちろん星野さんと僕は身体の状況が違い、苦しみも、苦しみ抜いた時間も違う。
だから、彼の言葉なら何でもかんでも全てが響くワケではない。

それでも、やはり相通ずる部分もある。

響かずにいられない言葉もある。

心に留めたい言葉に出会う。


「悲しみの意味」

冬があり 夏があり
昼と夜があり
晴れた日と
雨の日があって
ひとつの花が
咲くように
悲しみも
苦しみもあって
私が私になってゆく

17f5adf2.jpg

星野富弘


このページを、何度も読み返してしまう。

いつの日か、僕もこの身体になったから僕は僕なんだと、胸を張れる日が来るだろうか。

今は、胸を張れると強がる時もある。
こんな身体は嫌だと泣く日もある。

まぁ、いつの日か、胸が張れれば。とは思う。

でも、確かに解離を起こす前の自分にはもう戻れない。
身体だけでなく、苦しみを知って、心が変わってしまったから。
今更、あの日に戻せるよ。と、言われて、僕は素直に戻りたいと思うだろうか?


「本気のポエムブログにしますか?」

「今くらい良いじゃんよー。」






know_the_base at 21:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 療養生活 | まじめな本

朝まで寝る当たり前。

あんまり色々起こるので、昨日の夜は睡眠剤を飲まないで寝てやろうと思った。

夜中に起きてどうしようもないとか、そもそも寝られないとか、問題があれば飲もうと思った。

昨日は眠いのを我慢してみたので、案外とすんなり寝れた。

そしたら、入院してはじめて、睡眠剤無しで朝まで寝られた。

夜中に喉が乾いて少しだけ起きたけど、水分を摂って、すぐに寝られた。

看護師さんが朝の検温に来るまで寝てて、起こされてビックリした。


朝まで寝られた。

こんな、こんな小さな一歩、しかも、今晩も続くとは限らない半歩が、嬉しい。

なんだ、薬なしでも寝られるんじゃん。

なーんだ。


当たり前が当たり前の日常。

それは、もう望めないし、望まない。

それでも、そんな僕だって、朝まで寝られるくらいは当たり前で良いでしょ。


まぁ、でも、気負って寝るモンでもなし、起きたら起きたで仕方なし。
寝られないのも仕方なし。
その時には、薬に頼るも仕方なし。
その位でいきまっしょい。

あぁ、今晩も寝れたら良いな。


「出所後には、パパの安眠の為、私専用ベッドを用意する手はずになっております。」

「君の踵落としで起こされるのを、幸せと感じたのは二歳まででした。」



know_the_base at 07:26|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 06, 2013

安静とダラダラは紙一重?

スギ花粉の飛散を受けて、抗アレルギー剤を飲みだしました。
ただソイツが、去年良かった新薬じゃなく、眠気を誘う旧タイプなんすよねー。

まぁ、入院中に院外処方が出来ない保険診療上のルールだから、仕方ないけど。
医療事務的に諦めてるけど。

でも、飲めば眠くなると知っている薬が来て、軽くガッカリ。


そして木曜日ショック以来、「考え過ぎて寝れないと嫌。」とゆー、安易な逃避から飲み続けている睡眠剤。
いつも飲まない睡眠剤なんかに頼るのも、やっぱり弊害がありやして。
コイツが若干、効きすぎの気アリ。
午前中までやや眠い。


そして、白い壁、白い天井に囲まれた独居房。
その閉鎖環境で受け入れ難い現実に直面し、いつ精神に破綻をきたすか分からないアブナイ患者。
ヘタをすれば暴れ出すかも分からない猛獣、コイツを心穏やかにするべく投与される向精神薬。
ちなみに、コレも副作用で軽く眠い。


様々な薬を飲まされ、飲んで。
まぁ、とにかく寝てろっつー話?
幸い、寝てたからどうってコトの無い天下無敵の入院中。
むしろ、安静が治療の僕なんて、寝てる位が丁度良いかも?

でも、本人的な感覚で言うと、朝飯と昼飯の間の記憶が無いよ?
とにかく、そこが眠いよ? てか、寝てるよ?

昔、名作映画がありまして。
「カッコーの巣の上で」か、はたまた「時計仕掛けのオレンジ」か。
などと、映画の主役に自分を重ねてみる遊びをしたくもなる。


一応、飲み合わせとか、飲み方とか、相談はしてるんですがねぇ。
こんだけ複数の薬(他にも血圧やら抗凝固剤やら様々な薬アリ)を飲むわけで。
数えてみれば、朝食後に飲む薬は9種類、12錠。
医師も、薬剤師も、「やってみなけりゃ分からない。」っつーのが、正直なトコみたい。

そりゃ、そーか。
薬の作用には個人差だってあるしね。

一応、今日から朝の向精神薬は減らして貰い、様子をみるコトにはなっているけど。
はて、さて。


まぁ、とにかく眠い。

眠い。

ね、む、zzzzz



「傍から見たら、ただダラダラ寝てるだけに見えますね。」

「結果、ダラダラ寝てるだけだしね。」

「もしかして、ダラダラの言い訳ですか?」

「ダラダラの言い訳ですが、何か?」







know_the_base at 05:30|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 05, 2013

そろそろスギ花粉が飛びますよ!

今年は例年の3-7倍。

毎年思うけど、花粉の飛散情報は飛ぶか飛ばないかだけで良いのに。
どんだけ沢山飛ぶか言われても、対策は同じだよ。


花粉症の皆さん、早めの対策を!



ちなみに。
スギ花粉てのは、あれかね?
今の僕にも容赦は無いのかね?
今年位は恩赦的な何かは無いのかね?


「残念ですが、平等に扱われます。」

「平等・・・って、一体、何だろうね?」

「残念ですが、そのような哲学的な問いにはお答えしかねます。
ただ、花粉は飛びますよ!」





know_the_base at 06:40|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 日記 

February 04, 2013

節分?

入院生活が長くなると、繰り返しの毎日で季節感が無くなります。

なので、病院食でも正月やクリスマスなどには一応、季節感を醸す料理が出たりします。

昨日は節分。

節分と言えば、そう

54f50ea2.jpg


タマゴボーロ。


ねっ!




・・・・。

ま、豆は硬いしね。
入れ歯のおばあちゃんとか一杯居るしね。
ボーロが良いよね。
ボーロが。

安全第一。


鬼のシールまで貼った、栄養課の努力に30点。



昨日の夜は、自分なりに力を入れたブログ再開の長文をトップから落としたくない気持ちと、この脱力ネタを載せたい気持ちの間で苦しむとゆー、脱力二律背反。

僕の絶望感も脱力すれば良いのに。




know_the_base at 19:04|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 03, 2013

絶望にも慣れる。幸せにもなれる。

ブログの休止を宣言して、中3日と待たずに再開。
流石にちょっと恥ずかしい。

でも、あまりに僕の日常に溶け込んでしまったこのブログ。
書きたい気持ちが起こったのに、書かずに我慢するのもオカシな話。
なので、いとも簡単に前言撤回させて頂こうかと。

まぁ「我慢が足りない。」のはいつものコトだと笑って下さい。

しかも、今回も長文だ。


木曜日、現実に向き合い、僕は粉々になりました。

あれ以来、常に死を隣に感じ、たまたま生きてるって気持ちは薄れず。
もし血管に何かあれば、命を張る博打の様な手術に挑まなければならない恐怖に怯えてます。
それは、痛みやツラさを何も知らずに心臓を切った一回目の比ではない圧力。恐怖。
しかも、今回の手術の難易度たるや・・・考えるだけ無意味な話。

今は、ただ、未来が怖い。


さて、そんな風に命をどうこうしない幸運な日常が仮に続いたとして。

そんな日常はどんなかと言えば。

歩く、持つ、といった身体へかけて良い負荷は、大人の男なら「何も出来ない。」と、泣きたくなるようなレベル。
牛乳パック数本入った買い物袋を持つのは、やめた方が無難だそうな。
娘と一緒に海やプールに入るコトも、もう出来ません。
もちろん、高く抱き上げるコトも。
そして、塩分は血圧と血管の敵。好きなモノを好きな様には食べられない、栄養のコントロールが始まります。
また、身体に負荷がかかる長距離移動が出来るようになるのは、血管と相談しながら数年後に出来るようになるか、ならないか要判断。
嫁様の実家、仙台への里帰りさえ今はまず無理とのコト。
好きだった酒は、まぁ、当然、さようならしか無いかな。

そんな身体になりました。

34歳の男が、これからの一生をこの身体と付き合い続けると思うと。

ね? 流石に泣けるでしょ?

現実的に身体も、心も、粉々。
絶望とは、こういうモノか。と。
2日間は、ただ涙が出ました。

アレをしておけば良かった。
こうすれば良かった。
後悔は数えきれず。

仕事はどうなる?こんな自分に何が出来る?
暮らしはどうなる?
残りの命は?
不安も数えきれない。

とにかく、明日が見えない。

粉々になった自分にはもう何もない。そう思いました。
そして、しばらくブログなんか書けない。そう思い小休止を願いました。



それが、3日で書きたい気持ちになっている。

自分でも笑います。

なんと軽い絶望か。
オマエは本当に粉々なのか。
そんなツッコミを入れずにいられない。


そんな前向きな気持ちになれた全ては、家族と友人、特に嫁様のおかげ。

本当に、僕自身はまだまだ粉々。
ひとつも自分自身は拾えないまま。

でも、その粉々の中には、壊れないで支えてくれる人たちが居ました。

支えるコトが、当たり前と言い切ってくれる力強い両親。

すぐに駆けつけて笑いをくれる友人。

毎日、全てを受け入れてくれる嫁様。

元気で、それでいてパパを心配する娘。

弱音も、未来への恐怖も、後悔もみんなに晒して、泣いて、泣いて、鼻水垂らして、沢山話して。

そしたら、なんか分かってきました。


未来が怖い。
でも、何が起こるか分からない未来に怯えて暮らしても仕方ない。

後悔もある。
でも、もう今更ソレを言っても仕方ない。

恐怖も後悔も意味がないなら、それに振り回されて暗い気持ちでいる意味がない。
考えたって仕方ないコトは、考えない。

じゃあ、僕はどうしたい?

僕は、幸せになりたい。



後悔して過ごしても、楽しく過ごしても、同じ一日なら、楽しく過ごしたい。

退院したら、家族と食べる食事を楽しみ。
日々の暮らしを愛しみ、大事にして暮らす。
元々それが僕の幸せだし、それ以上はなかった。
そして、少し不便になったけど、その暮らしは今の僕にだって出来る。

何年かして、出来るコトが増えるならその時、喜ぼう。
不幸にも何かあったら、その時、苦しくても耐えよう。

ただ、今は今を大事にして、何かあったら、それはその時に考えよう。

それしかない。

なんとかなる。

丸3日絶望し、泣き続けた末の結論です。


そして、この結論を導いたのは嫁様。
むしろ、嫁様が用意した答えに、僕はのっかっただけ。

「美味しい減塩食、作れそうだよ。レシピ買ってみた。」
「プールがダメなら動物園に行こう。」
「てか、元々インドア派でしょ?」
「最近のショッピングモールには、レンタル車椅子だってあるよね。」
「スーパーの買い物はネット宅配にしちゃおうか。」

当たり前のように出る、この壊れた身体の僕と暮らす為の彼女のアイディア。

その光が、どれほどの道標になったか。

彼女と居れば、壊れた僕の身体でも出来る暮らしがある。
そう思うと、自然と前を向ける自分が居ました。



絶望も死も、常に隣に居る。
僕はみんなよりソレに近いし、怖い。

でも、みんな忘れているだけで僕と条件は同じ。
いつ死ぬかなんて、分からないのはみんな同じ。

じゃあ、みんなと僕は同じじゃないか。


しかも、少し不便になったけど、僕はきっと幸せになれる。
そのチケットを持ってる。

今は、それで幸せ。








この身体、この苦しみを与えた神ってヤツ、本当にムカつく。心底、大っ嫌い。

でも、この家族を与えてくれた神に心から感謝します。

2013.2.3




追記
まぁ、本音では、まだココまで完全に吹っ切れたワケではないんです。
むしろ、周りに宣言して退路を断とうとしてるに近いかな。

でも、言い続けてれば、いつか本当になる。そんな自己暗示兼ねて、書かせて頂きました。


know_the_base at 17:06|PermalinkComments(8)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

February 01, 2013

現実を知った。

昨日まで、悲観的な自分が膨らませた闇だと思っていた虚無。
彼の言うコトが全部正解でした。
虚無が1番リアリストな自分だっただけ。
むしろ、昨日までの虚無はちょっと優しかったくらいです。

現実を知る前の自分は、虚無の指摘通り、夢見がちな楽観野郎でした。

昨日向き合った現実は、ひとりで覗けばどこまでも落ちて行く奈落にしか感じなかった。

やはり、大動脈解離って病気は、十二分以上にクリティカルで。
入院中に思いの外、回復するもんだから、夢を見てた。
現実はハンマー以上の破壊力で。

僕の未来予想は、粉々になった。

粉々。

木っ端微塵。


辛うじて生かされてる。

辛うじて、生きてた。

たまたま、生きてた。

でも、明日、たまたま死ぬかも。

そんな感じ。

今後の人生は、数年、ピアノ線みたいな綱渡りをして、運良くピアノ線を渡り終えたら、その次は少しだけ太い麻紐になるかもね。くらいのモノ。

いつ切れるかも、落ちるかも、分からない。
でも、渡るしか道が無いから、渡る術を覚えるしかない。
まぁ運が良かったのは、僕がいるのが現代日本で、綱渡りの手ほどきくらいはあるコト。か?

で、もし、綱が切れそうなら、半丁博打みたいな手術をして、乗るか反るか。さぁ勝負。
その後、もし生きてたならまた綱渡りをやり直しましょ。

僕の人生は、そんな人生に変わりました。

どう立て直す。とか。
将来はどう。とか。
最善手をひとつひとつとか、今は考えるコトさえ、ちょっと億劫。

自分に可能性を見出すコトが、難しい。

手から色んなモノが滑り落ちる音を、聞いてしまった。




なのに。

なのにね。

説明の間、黙って隣に居てくれた嫁様は、もう前を見て、僕の手を引こうとしてくれるんです。
粉々になった僕を励まして、一緒に歩こうと、むしろ、前を歩いてくれるんです。

父は、一緒に現実を受け止めてくれた。
父らしい励ましが、妙におかしくて、嬉しくて、ありがたかった。




しばらく、ブログは休みます。
今は、これ以上、書けるコトも無いし、書くことも出来そうにありません。

でも、まぁ、退院くらいまでかな。
予定では二月中旬。
大した期間じゃありません。
ただの小休止。

その頃までには、少しは自分が何とかなるように。
粉々の中から、何かを見つけるられるように。
これが、まず最初の目標。

僕自身は、今は色々壊れてしまいました。
でも、僕には家族も友人も居てくれるから、何もかもがダメになるなんて有り得ない。
そう確信できる幸せがある。

だから、今は粉々でも、まぁ、何とか大丈夫だと思う。



いや、多分、すぐですよ。

すぐに回復します。多分。大丈夫。






know_the_base at 03:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 | 療養生活