April 2013

April 30, 2013

トランスフォーマー・リベンジ

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車やバイク、ありとあらゆる機械に変形(トランスフォーム)する金属生命体は遥かな昔から地球に来ていた。
金属生命体の勢力は2つ。
人類と共闘するオートボットと、人類を支配しようとするディセプティコン。
2勢力は、今もなお戦い続けていた。

前の戦いで敗北を喫し、司令官であるメガトロンを破壊されてしまったディセプティコンは復讐の時を虎視眈々と狙っていた。

はじめて買った車がオートボットのバンブルビーだったコトから、オートボットとディセプティコンの戦いに巻き込まれてしまった高校生・サム(シャイア・ラブーフ)。
サムも大学に進学し、普通の生活に戻るためにバンブルビーと離れ、寮生活に入る。
だが、サムの服に残されていた、あらゆる機械を金属生命体に変えるキューブのかけらが、サムの運命を再び翻弄する。


格好良いスポーツカーや戦闘機がロボットに変形し、戦うアクションシーンは男の子心に火をつけるには充分。
何だかんだで嬉しくなっちゃう自分が、男の子だったと再認識。

前作が3時間とダラダラ感があったのに対し、続編はテンポ良く、スピーディに展開してやたら気持ち良い。

ストーリー展開の御都合も完全にぶっ飛んでしまっている。
無茶苦茶だって、行きつくとこまで突き抜けてしまえば、いっそ面白い。
もう、ツッコミなんか振り切ってしまうスーパー展開。
ストーリーさえ、命さえ、エンタメ展開の為にはすべて自由。

この「御都合フリーダム」は、トランスフォーマーシリーズの伝統とも言えるけど、前作ではまだ中途半端だったそのテイストがこのリベンジで突き抜けて完成。

もう、とにかくロボットたちが格好良く戦えば良いじゃないか。

良いじゃないか、良いじゃないか、よーい、よーい、よーーーい。


まぁ、難を言えば、敵と味方のロボットが混戦してると、どっちがどっちか分からなくなる。
そして、どっちが勝ってる、どっちが負けてるも分からなくなる。
最終的には、組み合って、絡まり合っちゃうと何が何だか分からなくなる。

もうちょっとだけ、ロボットのデザインをスッキリ出来ないか。


最終評価 A−


know_the_base at 23:14|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 た行

April 28, 2013

伝える力

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NHK記者、「週刊こどもニュース」のキャスターを経て、今、最も伝える力のある池上彰が、ビジネスパーソンに向けて書いた伝える力の高め方。

しかも、タイトルの実践として、非常にわかりやすい言葉で読み安く、キチンと中身が「伝わる」本。

PHPビジネス新書
池上彰 著
2007.5

商談や会議、プレゼンテーションや企画書・報告書の作成、電話での交渉、メールでの連絡――ビジネスの現場で行なわれている日常業務。仕事の「できる」「できない」を左右するのは、意外とこうした基礎をしっかりやるかどうか。それには上司や部下、顧客とのコミュニケーションをいかに円滑にするかが鍵を握る。
PHPビジネス新書 書籍紹介より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第1章 : 伝える力を培う
第2章 : 相手を惹きつける
第3章 : 円滑にコミュニケーションする
第4章 : ビジネス文書を書く
第5章 : 文章力をアップさせる
第6章 : わかりやすく伝える
第7章 : この言葉・表現は使わない
第8章 : 上質のインプットをする

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この本のタイトル、正しくは下記の通り。
‐「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える! 伝える力‐

タイトルの通り、かなり初級のコミュニケーション能力向上の入門書。

第1章で、まず伝える物事を「本当に」正しく理解していなければ、相手には伝わらないと、伝える基礎の基礎を明確にする。
そして、その理解の為に必要なこととして、自分は何も知らないことを認め、謙虚に相手の話を聞きくことが必要だと示す。

第2章では、話の導入である「つかみ」、展開の面白さが相手に伝える為に必要なキーだと伝える。

第3章では、そもそも論として、伝える人間の人間性が相手に理解されて、はじめて相手に伝わるのだと伝える。

第4章では、文章を書く力はまず模倣から入る大事さを伝える。

第5章では、自分の生み出した文章に客観性を持たせる方法を伝える。
その方法は、先輩であったり、もう一人の自分であったり、時間を経過させた後の自分であったり、音読であったり、ブログであったり、そういう何かひとつ「書き手」目線だけではない「読み手」目線を入れる必要性を説く。

第6章では、分かったつもりになるばかりで伝わらないカタカナ語や、「〜的」「〜性」といった言葉、または難解な四字熟語やことわざで誤魔化さないことで「分かりやすいことを分かりやすく、難しいことも分かりやすく」伝えることが大事だと説く。

第7章では、「そして」「それから」「いずれにしても」と言った、言葉を使わないことによって高まる表現力と「てにをは」の大事さを説く。

第8章では、本を読んだり、落語を聞いたり、良い表現に多く触れることが、自分自身の良い表現に繋がることを説く。


こうしてこの本を通して読むと、高いコミュニケーション能力とは
自分の能力をまだまだと思い、周囲から吸収する謙虚さを持ち
多くの本を読んだりすることで見聞を広めて物事を本質を見極める目を持ち
相手への感謝と礼節を持ち
複雑な物事を分解・理解した上で、相手に伝える能力だと言える。

相手の意見を聞き、目を見て話し、観察し、陰口を言わない。
さらに、沢山の本や映画から知識の引き出しを持ち、それを自分の表現として使う。

要するに、総合人間力の発露がコミュニケーション能力だという話。

そんな話を、池上さんの分かりやすい切り口で誰にでも伝わる文章で書いてある本。
もちろん、そこに至るための方法論も記されていて(決して近道ではないが)、本当にこの本通りに取り組めば、コミュニケーション能力も、ビジネスマンとしての総合力も、最終的には人間力も高まることは間違いない。

だって、何が面白いのか・良い表現なのか「考えながら」沢山の本を読み、映画を観て、落語まで聞いて、その呼吸や表現方法を書き写し、マネし、吸収しましょうって話なんだから。
そりゃあ、ソレが出来る人は高いコミュニケーション能力を得るでしょうよ。

まぁ、池上さんは努力なしで伝える力がつきますなんて、ひとことも言わないもんね。
結局は、急がば回れ。
ビジネスマンだからってビジネスばかりではダメですよ。とゆー結論。


そこで池上さんが流石だと思うのは、誰でも簡単に出来る手法もキチンと記していること。
それによってこの本の内容が、高尚なばかりで手の届かない話から、実践可能な話に変わる。

その辺も、この本に対してかかった期待値を受け止めた池上流の危機管理であり、コミュニケーション能力の成せる業といったトコでしょうか。


読みやすい文字の大きさと行間でサラリと読め、それでいて多くの発見と示唆に富んでいる、なかなかの良書でした。




know_the_base at 20:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) まじめな本 | 日記

GW初日は買い物

皆さん、黄金色に輝く週間、楽しんでらっしゃいますか?

我が家はちょっとした臨時収入もあったので、初日の昨日は一大買い物大会を開催。
大型ショッピングモールで一日過ごし、それぞれの欲しいモノを手に入れました。

僕は痩せてしまったウエストに合わせたスラックス2本と、「千と千尋の神隠し」の画集。
嫁様は雨の日に羽織れるウインドブレーカーと、サボ靴。
そして、娘っちはキツネリスのぬいぐるみ。

千と千尋の画集、タイトルは「THE ART OF Spirited Away 」。
このジブリ編集の「THE ART OF」シリーズは、紙質にまでこだわりを感じる作り。
しかも製作者、特に作画の方が「この時はこうしたから、こう描きました。」的な裏話がチョコチョコ書いてあって読み物としても面白い。
以前「THE ART OF TOTORO」を入手して気に入ってたシリーズだったので前々から欲しかったんです。
今は、気に入ってる作品から順に一冊ずつ増やしていこうかと計画中。
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次はラピュタが欲しい。

そして、娘っちはキツネリス。
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キツネリスのテトがナウシカの指を噛んで、舐めて、「この子わたしに下さいな。」、てーてれてーと回る。
あと、強風の中で「死なないで、テト。」と言いながら服の中に入れて抱きしめるとか。
そんなナウシカごっこを何回やるのか。


どんだけジブリ好きだ。我が家。
まぁ、娘っちの嗜好は親の誘導のような気もするけど・・・。

いや、でも、本人も明らかに食い付いてるし。
きっとコレは誘導じゃないんだ。きっとそうだ。


「わたしとママのジブリ好きと、パパのジブリ好きは違う気がします。」

「え?何で?」

「パパは、ジブリだったら買っても許されるからっていう打算が見え隠れしてます。」

「いや、パパは本当に欲しい時には買ってしまうよ。どんなアニメの、どんなアイテムもねっ!」

「・・・・ 。」



しかし、買い物に行ったショッピングモール、大型連休の初日だったのにスカスカでした。
車椅子でもラクラク。
買い物がしやすいのは嬉しいけど。大丈夫?>茨城


know_the_base at 07:05|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

April 26, 2013

ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:Q

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やっときたー。
と、いうワケで、さっそくの鑑賞。


第14使徒に取り込まれた綾波レイを助ける為、限界を越えたエヴァ初号機の力を使った碇シンジ。
その英雄的な行為の結末が記されぬまま、終結した前作、「破」。

そして、物語は急転直下の「Q」を迎える。

式波・アスカ・ラングレーと真希波・マリ・イラストリアスが宇宙から棺を持ち帰る。
その棺の中にあったのは、シンジを取り込んだまま14年の時を経たエヴァンゲリオン初号機。

14年。

その歳月は、世界の全てを変えていた。
だが、初号機からサルベージされたシンジの時は、あのレイを助けた時で止まっていた。

自分の状況も、どこにいるかも、何をしたかも、何も分からないシンジ。
そんなシンジに「エヴァに乗るな。」と冷徹に言い放つ葛城ミサト。
リモートで爆破出来るDSSチョーカーをシンジに着け、「いざという時は一命を持って止める。」と言う赤城リツコ。
拳を叩き付ける式波・アスカ・ラングレー。
憎しみの目を向けるかつてのネルフスタッフ。

シンジが目覚めたここは、ここは「神殺し」と呼ばれる船・ヴンダー。
ミサトが率いる、ネルフと戦う組織・ヴィレ。

かつてネルフでシンジと共に戦った仲間たちは、今は、もう、いない。

少ない説明と暴力的な扱いに苛立つシンジは、ヴンダーを襲った綾波レイに身を委ねる。

廃墟と化したネルフ本部。
そこに居たのは、碇ゲンドウ、冬月、シンジの助けたのではない綾波レイ、そして、渚カヲル。

唯一、シンジに心を開いてくれるカヲルと心を通わせるシンジ。
シンジはカヲルから14年前の真実を告げられる。

「君がサードインパクトを起こし、世界は滅んだんだ。」

シンジは、綾波を助けたハズの自分が引き起こした現実を知る・・・・。



劇場2回。
自宅で初回。
鑑賞3回目。

慣れ?なのか、初めはぶっ飛んだと思った「Q」のストーリーがあまりにもすんなりと受け入れられる自分に驚く。

初回は驚いたミサトたちの態度も、あまりに当然と言えば当然。
そして、シンジの行動もまた必然。

今まで能動的に自分から動くことが出来なかった少年が、自らの意志で最強の使徒の前に立ち、そして、綾波を救うに至る。
本来であれば、英雄として褒められるべき自らの行動が、世界を滅ぼすサードインパクトを起こしていた。
その現実を向き合い、何も出来なくなったシンジにカヲルが言う。

「世界を救いに行こう。君となら出来る。」、と。

避けがたい運命に翻弄される少年に示される、世界救済の糸口。
それを掴んだシンジを誰が責められるだろう。


確かに急展開だし、時間が飛んだり、「破」までの振りを振り払ってしまう展開ではあるけれど、でも、今は「この展開しかない。なかった。」と、納得してしまう。

このストーリー・設定の中で僕の疑問は、「なんで赤城リツコはヴィレに居るのか。」だけかな。
今までのリツコから考えたら、それでもネルフでゲンドウの傍に居そうな気がするんだけど。

詳しく語られない14年の間に、何があったのか、次作で語られるのでしょうか。
いや、ない・・・かな。エヴァだし、庵野だし・・・。


果たして、どんな結末が待っているのか。

次回 「シン・エヴァンゲリオン劇場版:iI 」

やはり、この期待、ハンパじゃない。


最終評価 A+ (自信をもって)


細かい設定も含めて、語れる同志求ム。


ちなみに、初回特典のサウンドトラックが嬉しい。
「巨神兵 東京に現る」が本編前に入ってて、劇場の時が蘇るのがまた嬉しい。
あー、無事に届いてよかった。

そして、配送が遅れた理由を教えろ。>Amazonと日本郵便



know_the_base at 22:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 あ行

April 25, 2013

エヴァQが届かないっ!!! (号泣)

届かない、初回限定版――「ヱヴァQ」届かずAmazonレビューが炎上

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 「発売日になっても届かない」「ざ〜んこく〜な配達テーゼ」――4月24日に発売された「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の初回限定版Blu-ray Disc・DVDがAmazonから届かないという人が続出しており、Amazonの商品ページのレビュー欄が炎上しています。

 レビューを読んでみると、日本郵便を使って配達が行われているケースが多いようですが、21日・22日ごろには発送の連絡があったにもかかわらず、発売日の24日に商品が届かなかった人が複数いるようです。いち早く商品を手にしたかったファンらのフラストレーションが、レビュー欄に向かった形になっています。

「ねとらぼ」より



ウチも届きません。

ウチも日本郵便。

そして、21日発送になってる。

配達予定は26日。

なんだ。

なんなんだ、この5日間は。

楽しみにしてた分、悔しい。

店舗にいけば並んでるし、買えるのに、発注してるせいで買えない。

発売日に欲しくて予約するのに、届かないって何だ。
今日は届いてると思ったのに、配達日が明日って何だ。
発売日から2日って、何だ。

説明求ムぞ、日本郵便。

いや、まじで。



「器が小さすぎます。」

「・・・・、だって今日は来てると思ったのに、2日も肩透かしなんて・・・ぐすり。」



know_the_base at 21:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

April 24, 2013

「魔女の宅急便」が初の実写化

「魔女の宅急便」が初の実写化、主人公“キキ”役に小芝風花抜擢。

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作家・角野栄子(78歳)の児童書「魔女の宅急便」初の実写映画化が発表された。主人公のキキ役には、女優の小芝風花(16歳)を抜擢。「呪怨」などで知られる清水崇監督がメガホンを執る。なお、今回の実写映画化にアニメ版を制作したスタジオジブリはタッチしていないという。
ナリナリドットコムより


ソレはどうだ。

ソレはどうだ。

ソレはどうだ。

主人公の子が、とかじゃなくね。

同じ原作を使っての別作品とは言え、それはヤメとけ。と、思わずにいられないのは僕だけじゃないだろう。
噂では聞いてたけどね。
噂だけにしとけって。

これほど嫌悪感のある実写化も少ないな。


ズルイってか、何てか、これは「悪い」だろ。

製作者は「別物」と言った所で、その製作者だって原作とジブリ版だったら、ジブリ版を心の中のイメージとしてる可能性の方が濃厚なワケだし。
いや、コレはあくまで憶測ですけどね。
でも、同世代の人間が映画よりも先に原作を読んでるとはとても思えない。

その上で、あえて「別物です。」で実写化って、どうなの?

どう考えても「別物です。」はズルイことしてる言い訳にしか聞こえない。
批判されても、成功しても、どっちにしても「言い訳」を前フリしてるとしか思えない。

ジブリはノータッチとは言え、大多数の心にあるのはジブリ版「魔女宅」なワケだし。
どうしたって観客はあの「魔女宅」と比較してしまうワケだし。

便乗がないなんて、言わせない。


「呪怨」の監督すか。

今、何がしたくて、何のために魔女宅なのか。

金儲けすか?




でも、コレで実写版が名作だったら、土下座だな。>僕





know_the_base at 21:57|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

April 23, 2013

美味しんぼ

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1996年、日本映画。

三國連太郎さん追悼。
息子の佐藤浩市との共演作品。


業界大手の東西新聞は100周年を迎え、特別記念事業として食の頂点である「究極のメニュー」を企画する。
この規格の担当は、新聞社イチのぐうたら社員・山岡士郎(佐藤浩市)と新人の栗田ゆう子(羽田美智子)。

社長は「究極のメニュー」に相応しい監修として、陶芸家であり、彫刻家、そして美食家として日本文化界の頂点にいる海原雄山(三國連太郎)を指名する。

だが、雄山は山岡の存在を知って監修を降りてしまう。
雄山と山岡は、確執の深い実の親子だったのだ。

雄山が降りてしまった穴埋めに名のある料理評論家が連れてこられるが、役に立たない。
社長の命令で、山岡と栗田が「究極のメニュー」を背負うことになるのだった。

その頃、東西新聞のライバルである帝都新聞は文化事業として「至高のメニュー」を立ち上げる。
しかも、監修は海原雄山。

「究極のメニュー」対「至高のメニュー」と言う企画が、因縁の雄山と山岡を再び交わらせる。


山岡を演じる佐藤浩市。
雄山を演じる三國連太郎。

この実力ある親子が、確執のある親子役を演じる。

山岡役の佐藤浩市は流石にまだ若いけど、粗削りな強い演技力を示す。
三國連太郎は、赤いサスペンダーの海原雄山を演じて違和感を持たせない熟練の自然体で魅せる。
原作のイメージからしたら三國連太郎の雄山は無いと思うのに、なぜか納得してしまう。
この2人の個性が、美味しんぼの山岡と雄山にそのまま重なっていく。
ストーリーはともかく、この共演は大成功でしょう。

この2人に挟まれた栗田ゆう子役の羽田美智子がツライなー。
チラリと出てくる田中邦衛と樹木希林の存在感にも押されてるし。


ストーリーは、漫画の美味しんぼそのまま。
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雄山と山岡の確執は一本の映画の中で簡単に融けるモノではなく、そういう意味も含めて「美味しんぼ」の実写化として成功してる。

しかし、今になってこのストーリーを考えると、バブル感がすごい。

「大手新聞社」が「文化事業」として、金に糸目をつけない「究極・至高のメニュー」を作る。
その担当が、遅刻当たり前、勤務を抜け出しての昼寝のぐうたら社員。
でもって、高級料亭を使って文化人丸出しの料理評論家が勝敗を決める。

この設定に一体どれほどの「バブル感」があるかって話ですよ。

いや、良い悪いの話じゃなく。ね。

まぁ、あの頃って何かと料理対決とか流行ってたよね。「料理の鉄人」とか。
懐かしいね。

そして、新聞社のデスクに一台もPCが無い。

色んな意味で時代を切り取ったような作品。


最終評価 B+

know_the_base at 22:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 あ行

April 22, 2013

ここにきてかー。

4月に仕事に復帰し、今までとは少し違う業務を担当するコトになりました。

まぁ、僕もなんだかんだで事務職やって13年目。
どんな業務になっても、事務仕事なら「何となくこんな感じ?」と言う勘所はあるつもり。

でも、今、そんな勘所の効かない右斜め上方からの攻撃に四苦八苦しております。


それは英語。


そうですよねー、医学論文とか基本、英語ですよねー。

そうですよねー、洋物雑誌を出版してる会社は英語使いますよねー。


大学入試で TOEFL 必修とか、イマドキの学生さんは大変ねーくらいに思ってのに!
対岸の火事だったのに!

くそう。そうきたか英語!!

高校を卒業して17年。
オサラバしたと思っていたのに、ここで逆襲の牙を剥くか、英語!!

くわー、ここにきてかー。



でも、大丈夫。

てれれれってれー。

翻訳こんにゃく、いや、google 翻訳〜

これにブチ込めば、英文なんかイチコロさっ!

すでに google はドラえもんを越えた。

google 様々。
神様、仏様、google 様。


しかし、学生時代にコレがあったら、訳を作る宿題とかコレ任せになってたろうなぁ。

もしかして、最近の学力の低下は google と wikipedia が貢献してるのかも。

むむ、コイツは日本の凋落は裏でアメリカが手を引いてるってコトだな。
そうか。そうか。
僕の英語デキナーイは、アメリカのせいか。
そうか、そうか。
それじゃあ、仕方ないか・・・。
仕方ない。仕方ない。
そうかー、アメリカめー。

「書く方は?」

「うっ。」

「いや、いい機会だし、英語勉強すれば?」

「まさかここにきて必要になるとはね。罠ですよ。罠。
 図書館司書とか、英語とか、学生時代に真面目にやらなかったツケが、今、ここで、驚きの!」

「驚きの、じゃ、ねーよ。ダメ人間・・・。」




know_the_base at 22:20|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 

April 21, 2013

知的生産の技術

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岩波新書
梅棹 忠夫 著
1969.7 初版

学校では知識は教えるけれど知識の獲得のしかたはあまり教えてくれない。
メモのとり方、カードの利用法、原稿の書き方など基本的技術の訓練不足が研究能力の低下をもたらすと考える著者は、長年にわたる模索の体験と共同討論の中から確信をえて、創造的な知的生産を行うための実践的技術についての提案を試みる。

・・・・・・・・・・・

はじめに
1・発見の手帳
2・ノートからカードへ
3・カードとそのつかいかた
4・きりぬきと規格化
5・整理と事務
6・読書
7・ペンからタイプライターへ
8・手紙
9・日記と記録
10・原稿
11・文章

・・・・・・・・・・

まず大事なのは、この本が1969年に初版の本であるということ。
ほぼ半世紀近く前に書かれたこの本が、今も書店に並び、しかもどういうワケなのか平積みになっていたと言う事実。
それだけ今も昔も「思考・思索」によって何かを生み出す創造的な作業(著者はこれを知的生産と呼ぶ)の過程に求められる技術は、それほど大きく差がないと言うことだろうか。

本の内容は、フィールドワークに出る学者である著者が、現場でメモを取り、そのメモを整理し、そこから論を生み出して文章にする為に行っている「事務的な」管理方法をまとめたもの。

その方法の根底は、徹底した規格化と、その自分で決めた規格の徹底的な実行にある。

自分の発見や日記、思い付き、住所録、その他、全てのメモを統一規格のカードに統一規格で記して「豆論文」を作る。
他人から来た手紙も、資料も、新聞の切り抜きも、同じ規格のフォルダに同じ方法で入れていく。
そして、出したら元の位置に戻す。
これを私生活から学術まで、生活の全てで実行していく。

その内容は、「ここまでやれば確かに良いだろうよ。」と唸らざるを得ない。
ただ、その実践に関していえば、昔の学者らしい偏屈っぷりが随所にみられる。
著者の提案する管理方法には、異常なまでの固執が求められるので、普通の人間にはナカナカそこまで・・・と思うのもまた事実。
なぜなら、著者はこの規格化の実践の為に自分でデザインしたカードを印刷屋に発注し、そのファイルを片付ける為の棚を書斎に作ってしまうのだから。
この徹底振りは、あぁ学者魂。と嘆息せずにいられない。

そして、流石に全部の内容が今でも通じると言うワケもなく、「知的生産の技術」と言うタイトル通りに今も役立つ技術としては、第一章の「発見の手帖」から第五章の「整理と事務」あたりまで。
切り離しが出来ないノートの不便さから抜け出すために、ルーズリーフ、カードへと変わっていく過程は納得出来る。
「整理」と「整頓」は違うと言う「整理論」は完全に今でも通用する。
また、役に立つ立たないではなく、そう言うやり方もあるかと発見になるのが第六章「読書」。ココは、僕のこの読書録を紙ベースで行うための方法論。まぁ、現代ではやらないけど、その精神には感じるモノがある。

そして第七章以降の後半は、現代ではあまり役に立たない。
と言うより、ここで書かれているのは、「知的生産の技術」と言うより、タイプライターが導入されたものの「漢字」が打てない機械で、いかに都合良く字を打つかに頭を悩ませた60年代の学者さんたちの生き様。
音節を使った新国語論に人生を捧げた学者たちの姿が垣間見える内容で、読み物として非常に読ませる。

ちなみに、この本も非常に多く「ひらがな」を使っていて、その理由は後半の章を読んでいくと分かる。
タイプライターが導入された当時に生まれ、青春時代に全ての書き言葉を「ローマ字」で打つ「ローマ字論」や、全てカタカナの「カナモジ論」、全てひらがなの「ひらがな論」と変遷し続けた著者。
このひらがな文は、そんな時代に生きた著者らしい文体であることに気づいて、微笑ましく感じる。


読み終わって僕が思ったこと。
僕の書いているこのブログが、著者のやりたかった形のひとつだと言うこと。
日記、成長期、旅行記、読書録、映画録、その他の文章全てが手書きだった時代に、これ同じ内容を書き、管理することは非常な困難を伴ったに違いない。
しかも、その書いたモノモノを管理し、後からでも読めるようにするには、著者のようにするしかないだろうと思う。
今はカテゴリー訳も、資料検索も一発になり、50年前のスキルの相当部分は必要無くなった。

ただ、当時の人たちが事務的整理に費やしていた時間を知的創造作業に費やせるはずの僕らが、当時の人たちよりもずっと創造的かと言うと、果たしてそうなのか。


この本を読んでいて笑ってしまった記述。
「消えた新国語論」と言うセンテンスで、「新字の創設に二十数年を捧げたファナチックな学者が、その為に妻帯も見合わせ、老父母を巻き添えにし、職業も投げ打った。」と言った後の結びが、「新字論はダメだと言う結論になっている。たくさんの情熱的な新字論学者たちの、かさなりあったしかばねのなかから、ようやくられた、かなしい結論である。」で終わるコト。

まぁ、そりゃあそうだけども。

今読むと、シュールなジョークでしかない。

まぁ、こうした過去の人達の労力の上に今のカタチが存在し、また僕らの上に重なっていくのだと思えば、自分の生にも意味があろうと思える。




know_the_base at 21:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) まじめな本 

April 20, 2013

テルマエ・ロマエ

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時空を超えた、入浴スペクタクル!!
顔の濃い日本人だけで古代ローマ人の出る映画を撮ってみました。

「テルマエ・ロマエ」は、ラテン語で「ローマの浴場」の意。
ヤマザキマリの原作は、コミックビーム連載。


AD128年のローマ帝国。
この時代のローマ人と日本人の共通点。 それは、風呂好き。 三度の飯より風呂が好き。

真面目一徹。
浴場の改善に心血を注ぐ男・ルシウス(阿部寛)。
だが、ルシウスはその固さから、古典的なテルマエにこだわり、派手で斬新な流行のテルマエを作れないでいた。
そして、勤めていたテルマエ工房をクビになり、怒りを抱えながら風呂に浸かっていた時、浴槽の穴から現代日本へとタイムスリップしてしまう。

ローマ帝国で浴場設計技師をしているルシウスが、現代日本とのタイムスリップを繰り返す事でローマの浴場界に革命を起こしていく。


原作同様、タイムスリップの原理とかは無視ね。無視。
やっぱり実写で撮っても、悩みながらお風呂に入ってると、こう、ゴバァゴボがばぁー、ざぶーんと溺れればタイムスリップっすわ。
古代ローマ人(いや、阿部寛だけれども)が、濃い顔で大したこと無いコトを真剣に悩み、現代日本からしたら大したことないコトに大いにカルチャーショックを受け、それを古代ローマに持ち帰ってしまう。


真面目で濃い阿部寛が最高!!
限りなくクールで、シュールで、真面目で、バカバカしい。原作のテイストそのまま。

しかも、一回一回のタイムスリップのテンポが早くて、どんどん進んでくのも好感。
爆笑とは言いませんが、何度となく笑わせて貰いました。

真面目なテーマとか、鑑賞後に残す後味とかは一切なく、あははと笑ってスッキリサッパリと何も残さない。
エンタメ作品ここにあり。

この作品は実写化に成功してるなぁ。

僕はこのシュールなコメディが、やっぱり好き。


そういえば、去年受けた農協の試験の講習会場兼試験会場が、この映画のロケ地のすぐ隣だったんですよね。
すっごい辺鄙なトコにある公園の周辺に「テルマエ・ロマエ」ロケ地のたて看板がやたら立ってると言う。
そして、試験会場で撮影隊は昼食やら休憩やらをしていたらしく、阿部寛と上戸彩のサイン色紙が飾ってありました。


しかし、現在、続編製作中とのコトですが・・・、ソレは要らんのじゃないかと思う。
日本屈指の濃いメンが再結集!て。

でも、観るんだろうな。>自分


最終評価 A−



know_the_base at 23:11|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 た行

寒すぎる。

もう、四月も下旬だと言うのに、何だこの寒さ。

例の入院で体重を落とし、それが戻らないせいか、非常に寒がりになってしまいました。
筋肉と脂肪の両方が落ちれば、そりゃあ仕方ないのだけど。

そうは言っても筋トレするワケにもいかないし、脂肪ばかりで太るワケにもいかない。

やっぱり厄介なカラダ。




know_the_base at 20:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

April 18, 2013

陰陽師2

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2003年・日本映画

なんだかんだでB級映画が好き。
と、言うワケで、今日は前作に「B−」を付けた陰陽師の続編。

最近、心に響く良作からちょっと逃げてます・・・。
かるーく観られる作品をサラっと流すのが良い感じ。



時は平安。
日隠(日食)があって人心が乱れ、貴族たちはこぞって魔除けの祈祷をあげていた。
一方、民衆の暮らしは苦しく、貧困を極めていた。

鬼道に通じる安倍清明(野村萬斎)は、ある日、友人の源博雅(伊藤英明)を通じて右大臣・藤原安麻呂(伊武雅刀)から鬼退治の依頼を受ける。
鬼の出所を探る中、清明は民衆の病を治し「神」と崇められる妖術使い・幻角(中井貴一)の存在を知る。

大和に滅ぼされた出雲の長・幻角。
幻角は息子の須佐(市原隼人)にスサノオノミコトを降臨させ、朝廷への復讐を図っていた。

そして、スサノオノミコトを復活させる最後の生贄は、須佐の姉であり、博雅の想い人である日美子(深田恭子)だった・・・・。



とりあえず「陰陽師」がヒットしたから、話題性のあるキャストを集めて話題作りして、続編撮ってみました。的な?

でも、その話題性キャストと言えば・・・

まだまだ演技のカタい市原隼人。
棒読みが演技の個性、深田恭子。
深田恭子の上を行く棒読み、伊藤英明。
そして、謎の存在、今井絵理子。

主人公・野村萬斎清明を際立たせる為としか思えない、このボウヨミーズの力で「B級グレード」にも箔が付くと言うもの。

そして、何とも言えないのが敵役の中井貴一。
前作の真田広之と比べると、ちょっと見劣りすると言いましょうか。
どこかちょっと楽し気で、鬼気迫るような緊迫感が足りない感じ。

続編で規模のインフレが起こり過ぎるのも困りモノだけど、スケールダウンされてもね。

いや、ストーリーをよく考えてみれば日本古来の神話に重ねて、神の世界にまで足を踏み入れるストーリーなのだった。
神代の世界か・・・、スケールは大きくなってるのか。
んー、それなのに全然スケール感を感じないってのはどうなのか。


それでも、そんな作品の中でも、野村萬斎さんの安倍清明は良い。
このハマり役だけで、この背骨があるだけで、この映画が作品として成立してしまう。

巫女姿和装で女装な萬斎さんが観られるのはココだけ!!


最終評価 B−

know_the_base at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 あ行

April 17, 2013

少林サッカー

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2001年・香港映画。

かつては黄金の右足と呼ばれるほどのサッカー選手だったファン。
チームメイトのハンに買収され、一度だけの八百長に手を染めてしまう。

だが、その一度の気の迷いがファンの人生を狂わせる。
その八百長に怒ったフリーガンに襲われ、膝を壊されてしまったのだ。

それから20年。
今や香港サッカー界の首領となったハンに顎で使われ、媚びへつらう毎日。
そしてやっと見えた監督就任の話も、ハンに簡単に反故にされ、失意のまま町に出たファンは、少林拳法の使い手・強力なキック力を持つ男・シンと出会う。

そしてファンはシンのキック力に注目し、シンを中心にして、様々な特技を持つ兄弟弟子たちを集めてサッカーチームを作るのだった。


香港映画らしいワイヤーアクションと拳法の融合。
そして、その要素にCGをプラスして撮られた、サッカーアクションコメディ。

鉄の足、鉄の頭、鉄の肌、旋風脚に空渡り。
個性的な仲間たちが集まり、力を合わせる。これがサッカーかどうかは問題外。
本当にシンほどの脚力があれば、何百億も稼ぐトップ選手だろうけど・・・。

小笑い2、半笑い3、苦笑い6。ってトコでしょうか。

んー。まぁ、コメディとトンデモは紙一重。
そして、アジア系のトンデモは、本当に飛んでってるからなぁ。
この作品の飛びっぷりも半端ない。
このぶっ飛びがハマった人には面白い作品なのかも。

まぁ、僕には合わなかったって話。
コメディ作品で笑いのポイントが合わないってのが非常に残念。


最終評価 B−

know_the_base at 22:15|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 さ行

April 16, 2013

親友が50万円貸してと言ってきたら

【男の器検定】親友が50万円貸してと言ってきた場合
(日刊SPAより)

Q:親友から「50万円貸してくれ」と頭を下げられた。あなたならどうしますか? A〜Dの中からひとつ選んでください。

A:何も聞かずに50万円貸す
B:理由を聞いて、納得できたら50万円貸す
C:「50万円貸すことはできないけど」と、5万円をあげる
D:「お金の貸し借りはしない主義だから」と断る


今時「男の」って言葉が余計な気がしますが・・・・。

ソレは置いておいて、さぁ、貴方なら?












ちなみに、僕の回答は「B´」かな。

理由は聞く。ソレは大前提。
「親友」と思う人間は僕にも何人か居ますが、そのどの人であっても理由無く他人に金を借りる人じゃない。
だから、僕に頭を下げて金を借りようってんなら、余程の理由があるハズ。

であれば、その余程の問題を知らないでは居られない。
だから、理由は聞く。
てか、金の話の前にその問題について相談してほしいかな。

まぁ、そんなレベルの問題が「50万」程度で何とかなるとも思えないけどね・・・。


で、納得と言うか、「金を出しても良い。」と思えたなら、「貸す」んじゃなく「渡す」かな。

返ってくると、予定したくない。
親友に金の督促をする位なら、もうドブに落として失くしたと思ってしまいたい。
もし返ってくるなら、拾ってラッキー位のモンと思った方が精神衛生上、良い。

ただ、ソコで嘘を吐かれていたり、不義理があれば、もうその人との関係は終了かな。
まぁ、そんな嘘や不義理をするヤツを親友にしていた自分の責だと思うけど。


しかし、真面目に考えてくと、「50万」って設定が微妙。
自分がもし「親友」と呼べる人に金を頼まなければならないような切迫した状況で、「50万」て。

どんなシチュエーションだよ。

むしろ「5万」とかの方が悩むかも?
いや、5万なら借りないし、貸さないで終了か?

旅行先で財布落としたとかなら、2万位はすぐ貸すかも。
んー、貸す? 貸すと言うか、その状況ならカンパで渡すかな。


ま、親友と金の貸し借りなんかするモンじゃないって話ですね。




あ、思い出した。
むかーーーーーーーーし、親友って呼べる奴に2万程度の貸しをしていたような。

で、「出世払いで返せ!(笑)」って言った気がする。

ホラ、群馬に行った時、ね? >えんどう ☆

もう、僕なんかすっかりブチ抜いてんだから、そろそろ出世払えww



「何で貸したんですか?」

「ここでは言えない、青春の思い出にだよ。」


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April 14, 2013

弱者の居場所がない社会 〜貧困・格差と社会的包摂〜

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講談社現代新書
阿部 彩 著
2011.12初版

貧困は「必要なモノやそれを得るための資源の欠如」であり、社会的排除とは「社会から追い出される」こと。
人間が生きる上で、本当に問題なのは貧困ではなく社会的排除である。
その「社会的排除」と相対する概念が「社会的包摂」であり、人と人が関わり合い、結びつき、社会に包まれることを意味する。
この「社会的包摂」こそ、今後のセーフティネットを構築する上で必要なものである。

・・・・・・・・・・・・・・・

第一章・生活崩壊の実態
第二章・「最低生活」を考える
第三章・「つながり」「役割」「居場所」
第四章・本当はこわい格差の話
第五章・包摂政策を考える
第六章・インクルーシブな復興に向けて

第一章では、様々なデータから低所得層を構成する要因を検証し、「健康保険料払えない→病院に行かない→病気になる→働けなくなる→更に貧しくなる」と言ったように、ある貧困要因が次の貧困要因へと連鎖していく実態を浮き彫りにする。

第二章では、では果たして「貧困」とはどういった状態なのかを、各国の水準やその決め方を紹介しながら検証していく。
食べるにも事欠くと言う状態と、その社会の中で生きるために必要なものがないと言う状態は、同じ貧困でも問題が違う。生きるだけなら携帯電話は必要ないが、日雇いの案内もメールで来る現代社会の中で携帯電話を持たないことは死活問題になる。

第三章では、貧困の極みであるホームレスであっても、他人に必要とされることや、認められること、役目があること、自分の安心できる場所があることによって「人間らしさ」が生まれることなどを紹介し、その重要性を説いている。
また、逆を言えば、それらが奪われることは人間にとってどれほど大きな問題かと言うことになり、名前さえ覚えて貰えない非正規雇用や、収入・役目・承認・居場所を同時に失う失業は、社会からの排除に直結していることを訴える。

第四章では、格差が果たして低所得者の怠慢によって生じた自己責任なのかを問いかける。
競争社会の勝者と敗者の間に本当に才能や力量の差がそれほどにあったのか、果たしてそのスタートラインは平等だったのか。
そして格差・階層が固定化した社会では、人は上の人間にへつらい、下の人間を蹴り落とす。そんな社会で他人を信用することは困難であり、他者に対する不信感は攻撃性へとすり替わっていく。
各種のデータから格差の問題は決して低所得層だけの問題ではなく、中・高所得層にも悪い影響を与えることを訴える。
そして、その社会で育った人間は常にストレスに晒され、健康や寿命にその悪影響が及んでいくことが証明される。

第五章では、ではどうしたら人と人の繋がる社会的包摂を生み出せるのか、今までの行政的なセーフティネットの中身を検証していく。
そして、女性・高齢者・障害・ひとり親・介護など、何らかの理由で「100%の企業戦士」になれない人たちの働ける「社会のユニバーサルデザイン化」を提案する。

第六章では、東日本大震災に焦点を合わせ、そこで今後起こりうる問題や、今後の復興で求められる施策への提言がなされる。
その上で、格差を「社会悪」として容認するのではなく、克服して社会的包摂を目指すべきだと語って文を閉じている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

弱者にとっても暮らしやすい社会が、どんな人にとっても生きやすい社会である。

ホームレスが寝ないように公園のベンチがひとり掛けで固定された肘掛で区切られ、最終的には止まり木の様な鉄パイプ状になる。
ホームレス対策が結局は全ての人の寛げない空間を生み出してしまう。
コレと似たようなコトが繰り返され、世の中の大部分の人にとって暮らし難い社会が生み出されてしまう。

これは、納得できる意見だ。

僕自身、病気になり、障害を負い、様々なセーフティネットに救われて今の暮らしがある。
健康保険が無ければ、有給休暇や療養休暇、そして勤めていた職場の理解が無ければ、僕と言う人間は職を失い、今頃は家族で路頭に迷っていたかも知れない。
行政と福利厚生と理解ある会社が僕のセーフティネットとなって僕を救い、再び仕事に戻してくれた。
それは、社会がコストをかけて育成した労働力が脱落せず、再び社会に貢献するようになったコトを意味する。
それこそがセーフティネットの役割であり、社会がコストを払う価値になっている。

誰でも病気になる可能性はある。
事故があれば障害を負うこともある。
そして、単なる離婚だけでなく、事故や災害によってパートナーを失えばひとり親になり、時間が経てば高齢者にもなる。
誰でも、社会的排除を受ける可能性がある。

でも、そこですくい上げてくれるハズのセーフティネットからこぼれ落ちてしまう人も居て、その人たちをいかにすくい上げるコトが出来るかが、社会の暮らしやすさになる。
そんなコトを考える一助になる本。


ただ、やはり「貧困」をテーマにし、全ての人を救うセーフティネットの構築を考える筆者と僕の考えは違う。
だって、この世の中は著者の言うような「本人は努力しているにも関わらずコボレ落ちてしまった人」ばかりじゃないだろ・・・と言う考えがもたげてくるんだもの。

まぁ、本人の性に社会生活上で致命的な欠陥があったとして、 「それは親の教育が・・・な、固定化された世代間格差だ。」とか言えなくもないけど・・・、ソレを言い出すとなーーーーんかソレはソレで歪んだ社会になる気もするんですよね。

もし、本当に著者が言うように「巨漢・強面で、他人をまず罵倒・威圧し、協調的な作業をしないホームレス」でさえも自尊心を持ち、他人に承認され、生き生きと働ける「ユニバーサル・デザイン化」された社会が生まれたら、僕は嫌だな。
そんなの、ソレはソレで人間の生きられる社会じゃない。ソレは聖人君子だけでやってくれ。

中国ばりのゴリゴリ格差社会もどうかと思うけど、完全に皆平等な社会も気持ちが悪い。

人間の性として、他人より良い暮らしをしたい、他人より上だと感じたいってのはある。だから、放っておけばソレが暴走していく。
ソレを考慮したうえで、社会制度(法)で常に格差の増大を慣らし、減らしてていく必要はあるよね。とゆー話だと僕は思う。

でも、まぁ、高所得者の所得税を優遇して消費税を増税する社会だし、著者の書く通り「高所得層が政治的に大きな影響力を持つ。」ワケだから、多少声高に格差是正を訴えてないと声が消されてしまうのも事実。


格差を肯定はしないけど、格差なしもオカシイと思う。
格差問題に関しては、そろそろ「どの辺がみんなが納得できる落としどころなのかを探ろうよ。」って議論があっても良いんじゃないだろうか?




know_the_base at 22:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) まじめな本 

April 13, 2013

人生の意味って何だろう。

僕は、こどもの頃から「人生の意味」とか考えちゃう、面倒臭い子でした。

元々理屈っぽいんでしょうか。
中学、高校、大学、今も、ずっとずーっと考えてます。
若い頃は、友達に議論を吹っ掛けたり、彼女に聞いてみたり。
今になって考えると、「うわー、メンドクサイ。」と思うヤツだったワケです。

まぁ、思想とか、そんな大仰な話でもないんですが、でも「生きる意味。」「人生の意味。」を考えてしまう。

その大きな目標や最期や夢から逆算して、今、どうしなければならないかを判断していく。
メンドクサイと思われても、何かを決める時、僕には判断材料としてソレが必要だったんだから仕方ない。
その突き詰めた究極が、「生きる意味。」「人生の意味。」なんだら仕方ない。


例えば、大学進学を決めた時のコト。
まず、僕は家を建てたかったし、家族が欲しかった。
じゃあ、その家を建てるにはどうしたら良いか。家族と「幸せに」暮らすにはどうしたら良いか。
その為には、ある程度のお金が要る。
じゃあ、それなりにソコソコの給料のトコで働かなければ、そんなお金は作れない。
ソコソコの給料を貰う仕事をするには、大学は出ておいた方が有利だろう。
それなら大学に進学しよう。

こんなコトを言うとスポンサー(親)には怒られますが、だから僕の大学進学は「まず進学ありき。」であって、学ぶ内容は「4年間やっても飽きない位に面白そう。」なら、正直、何でも良かったんです。
あの当時は、「面白そう」が凄く大事でしたし。
(今になって思えば、もう少し金になること勉強しとけって感じですが・・・。)

こうやって書いちゃうと、ごくごく当たり前のコトで恥ずかしくなる。
学問的には本末転倒ですが、こんなんは現代においてはフツーすな。フツー。

でも、そうやって「なんで大学に行くのか。」の理由を、根っこから遡って考えていた。
一事が万事、この調子。

まぁ、この例えはもっと大きな話の断片で、随分と簡略化してますが、簡単に言えば、そんな感じに。


生物として考えるなら、子孫を遺すは必須だろう。
人生であったイイコト(+)とワルイコト(−)を全部足して、イイコト(+)が少しでも多ければ勝ちだろう。
人生の最期は、傍に愛する人たちに居てほしいだろう。

文字にすると何か当たり前過ぎて上手く伝わらないですが、色々ぐるぐる考えると、結論は自明のコトに辿り着くので仕方ない。
僕の中には、そんな色んなぐるぐる思索の断片があって、そのどれもが矛盾しない形で収まっていて。
で、その断片の集合体が元になって、進学も、結婚も、家も、ライフスタイルも、育児も、仕事のスタンスも、すべてが決まっていく。
自分の決定には、「なんとなく。」じゃなく、「〇が◇だから、△したい。」そんな風に理屈がある。

面倒くさくても、それが僕のスタイル。


まぁ、格好つけて色々言いましたが、結局は 「幸せになる。」 ことが大前提としてある。
で、自分が幸せになるには、家族も幸せである必要があるし、社会も安定している必要があるし、より望ましい未来に向かってる必要がある。

当然だけど、今までの僕は「より幸福に過ごす。」ってコトが大きなウェイトを占めていて、その為に考え行動してきた。


でも、最近、と言うか、例の病気になってから得に、「それだけで良いのか?」と考えてしまうんです。

何か、この世界に、自分でなければ生み出せない、自分が居た証しと言うか、爪痕を残したい。残さなくちゃいけないんじゃないか。
そんな風に考えるようになりました。

まぁ、じゃあ急に「芸術家になりたい!」とほざくかと言えば、そんなワケはなく。
果たしてこの欲求が、形のある「ナニカ」を残したいのかどうかもハッキリしない。

でも、このままじゃ、自分の人生に何か足らないような、そんな焦燥感。


大前提はあるモノとして。

「僕の人生って何の為にあるんだろう。」

回り回って、そんな一番最初の問いに戻ってきた感じ。



あーーー、もうちょっと深い話をしたいと思ったのに、なんか中二病な感じになってきた。

何か、上手く書けないっす。




know_the_base at 23:18|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 日記 

April 12, 2013

きょうのにっき。

今日のひと思索。
「TPPはアメリカが参加しなけりゃ上手くいくと思う。」

シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイも、こんなハズじゃなかったと思っているに違いない。

なーんて、今さら考えても仕方のない話。
何でアメリカって嫌いじゃないけど、好きになれないんだろう。



今日の報告。

今日は娘の幼稚園初日。
ママの報告によれば、別れを惜しむセレモニーは一切なく、元気いっぱいに登園したそうな。

よかよか。


一方パパは、自分のカルテを勝手に読み、セルフカルテ開示。
完全に客観的な目線で自分の入院生活の記録を読むのって、なんか変な感じ。

で、当時を思い出すと、今現在、思った以上に普通に戦力とカウントされ、思った以上に普通に働いてるコトに改めてビックリ。

しかも、今回持たせて貰った仕事は結構楽しい。
みそっかす扱いにならなくて、本当に良かった。

よかよか。


そして、週末。

よかよか。



know_the_base at 21:27|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

April 11, 2013

入園しました。

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本日、娘の入園式。
朝まで天気が心配でしたが、心地良い晴れになりました。

幼稚園の入園式なのでそんなに堅苦しいコトはないですが、親にとっては感慨深い節目です。

いつもママと一緒だった子が、明日からはママと離れて友達と一緒の時間を過ごします。
こうやって徐々に育っていくんだなぁ、と、パパはひとりジーンとしてました。

娘にとって楽しい幼稚園になると良いな。



know_the_base at 11:00|PermalinkComments(8)TrackBack(0) こども | 日記

April 10, 2013

アイアンマン 2

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「アイアンマン」懐かしいな。
ロンドンに行く飛行機の中で観たんですよね。
小さな画面と小さなテーブル、エチケット袋を開いた紙に感想を書いたことが思い出されます。
あれからもう5年も経ったそうな・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自身が天才科学者であり、自分の生み出した武器を売る商人として巨万の富を築いたトニー・スターク(ロバート・ダウニーJr)は、テロリストに囚われて自分の武器が人を殺し、自分の国を脅かす現実を知る。

その時に「アイアンマン」の構想を思い付き、試作機を作り出してテロリストの手から逃げ出し、国に帰ってその構想を現実に変えてヒーローになった。
(ここまでが前作)


一躍、ヒーローになったアイアンマン。
そして、自らの正体を明かしたスタークは「強力な武器の保持」を問題視した議会の聴聞に招聘されるが、その自由さと傲慢さで議会さえ鼻にもかけない。

だが・・・、その映像を睨む男が居た。

ウィップラッシュ(ミッキー・ローク)と名乗るその男は、一撃で金属を切り裂く武器を装備してアイアンマンの前に立つ。

そして、スターク自身もアイアンマンの動力であるバラジウムの中毒によって残りの命を減らし続けていた・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

欲しいモノは欲しい。
嫌いなモノは嫌い。

傲慢で、唯我独尊。そして自由。

決してイイヒトではない。でも、間違いなくヒーロー。
こどもがそのまま大きくなったようなトニー・スタークが、こどもの夢そのままの「アイアンマン」になる。

そんな自由なトニーを公私にわたって支える2人の女性。
トニーは、彼を支える女性たちの掌の上で転がされることを心地よく思いながら自由に振る舞い、その一方でアイアンマンの代償である中毒症状に苦しむ。


マーヴルヒーローらしい分かりやすい展開。
爽快感のあるアクションとストーリー。
それでいながら、単純におバカな話かと言えばそうでもない。
越えるべき父親の存在、互いに互いを想うのに関係を進められないヒロインとの関係、アイアンマンでいることで命を削る葛藤などを織り込むことで大人も楽しめるエンターテイメント作品にしている。

そして、この作品の魅力はもうひとつ。
それは、夢のある未来予想。
コンコンと叩くと呼び出しタッチで動かせるガラステーブルのPC。
自立思考して会話しながら主人をサポートするスーパーコンピューター、そのコンピューターが空間に投影しイメージ通りに動かせる立体モデル。

まるで80年代に自動車が空を飛ぶ未来予想図を描いたように、自由で、楽しくて、明るい未来の技術がソコにある。


ただ、ラストにかけてのバトルシーンの展開がチープ過ぎ。
トニーをライバル視する武器商人くんとか、バカすぎる。
鳴り物入りで出てきたウィップラッシュが弱すぎる。
この作品の最後はバトルシーンじゃなきゃダメなんだろうけどさ。それにしても残念過ぎる。

まぁ、他にもスタークが生み出す元素とかが簡単に出来過ぎだったり、それ以外にも言いたいコトはあるけどね。

それでも、エンタメ作品としては充分に楽しめる作品に仕上がってました。


ま、基本的に単純に楽しめるマーヴルヒーロー物が好きなんすよ。


最終評価 B+



know_the_base at 22:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 あ行

April 09, 2013

昭和物語 劇場版

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昭和39年、東京オリンピックがやってきた。

昭和39年・元旦
東京の下町の工場と一緒になった家で一家団欒で年を越す山崎家。
頑固な職人気質の父・有三。
いつも忙しそうな母・佳乃子。
口うるさい祖母・ヨシ。
大学生の長男・太一。
背が高いことを密かに悩む高校生1年生の長女・裕子。
そして、野球と初年漫画が大好きな小学5年生の公平の6人家族。

長嶋のサインボールを貰ったり、優等生だった裕子が非行に走りそうになったり、町工場の得意相手が詐欺にあったり、頑強だと思ってた父親が病気に倒れたりと、幾つもの小さな事件を山崎家は乗り越えていく。


「オールウェイズ 三丁目の夕日」をまんまアニメ化したような作品。
「ほらほら、こんなん懐かしいでしょ? どうよ! どうよ!」と押してくるワリに、これと言った事件もないストーリーが起伏少な目で延々と続く。
その当時を生きた人なら懐かしさとあいまって、盛り上がるのかも知れないが、リアルタイムを知らないと「ふーん。」で終わってしまう内容。

団塊の世代以上を狙った内容なんでしょうけど、そのコンセプトにアニメを絡めるってのは謎。
まぁ、実写は「オールウェイズ」とカブっちゃうからってのは分かるけど、いくら何でもと思う。

製作サイドもシニア向けと言うだけあって、アニメとしての方向性も良く言えば優しく、悪く言えばヌルい出来。
クオリティが低いとは言わないけど、今時の作品と比べると緊張感の無さが際立って見える。


まぁ、単にこの作品の狙う層に僕が入ってないダケと言う話かもしれない。


てか、団塊の世代以上の人が劇場に足を運んでアニメ観るんすかね?


最終評価 B−
 

know_the_base at 21:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 さ行

April 08, 2013

復帰して、引継ぎして、ひとり立ちして。

復帰して、一週間が過ぎ、日曜日を挟んで、月曜日が終わりました。

復帰前に心配していた仕事の配置は、別部署から転勤で出る人の後をそっくりそのまま引き継ぐ形で「良い感じに」使って貰えてます。

先週一週間は、ひたすら前任者からの引継ぎ。
そして、今日からのひとり立ちも、バタバタしながらも何とか無事にスタートがきれました。

新しい仕事は、基本、ひたすらデータと向き合うデスクワーク。
しかも、その内容は今までの医療事務経験が生きる内容。
患者さん相手のストレスもなく、動き回る仕事でもなく、自分も上司も納得の「適材適所」。



と、まぁ、良いコトづくしの様に言ってはみましたが・・・。

その「適材適所」の仕事が引き継いだ全てではなく、他にも幾つかの仕事がありまして。
で、他の幾つかの中に、「図書」なる仕事がありまして。

ね。本て、まとまると重いですよね・・・。
しかも、医療系の海外雑誌とか、分厚い上に写真ページ満載。つまり、一冊でもソコソコ重い。

そんな本の積み下ろしとか、本棚の整理とか、身体的に明らかにダメなんすよね・・・。

購入許可申請・発注・管理とかは問題無い。と言うか、今までと違う内容で面白そうですらあるんですけど、本の管理するのに運搬ナシってワケにはいかない。


まぁ、ダメなモノは、ダメだと伝えましたよ。上司に。
僕の身体も考え、仕事の内容も考えて貰ったってのに、心苦しいったらない。

現在は上の方々、検討中。

んー。どう判断されるやら。

その「図書」以外の仕事も色々あるんですが、そっちも今までの仕事と毛色が違って面白そうなんですよ。
このまま、あの場所でやらせて欲しいなぁ。

「本も少量で扱えば何とか・・・、いやいや、そう言うのが「無理」に繋がるんじゃないか?」とか、色々考えちゃいます。

そうは考えても、無理は禁物。
出来ないことは出来ない。

あぁ、面倒くさい身体。


「まぁ、あの感じだと悪いようにはされないのでは?」

「なぜ知ってる?」


know_the_base at 23:03|PermalinkComments(7)TrackBack(0) 日記 

「進撃の巨人」はじまる

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TOKYO MX
4月7日(日) 23:30〜

「このマンガがすごい2011・オトコ編」第一位。
「書店員が選んだおすすめコミック2011」第一位。
まさに話題の作品「別冊少年マガジン」連載中の「進撃の巨人」のアニメがはじまりました。

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あらすじ

突然に現れた謎の「巨人」によって、人類は滅亡の危機に瀕する。
圧倒的な力で人間を捕食する巨人からみを守る為、人類は巨大な城壁を三重に築いた。

壁の中でかりそめの平和が100年続き、人類は自分たちが籠の中の鳥であること忘れようとしていた。

最も外側の城壁「ウォール・マリア」。
その南端に突出したシガンシナ区で医者の父・グリシャと母カルラ、幼馴染のミカサと暮らす10歳の少年エレン・イェーガー。
エレンは、親友アルミンと共に「壁の外」を知りたいと願っていた。
「壁の外へ出たい。」その願いは、壁の外へ出て巨人への反撃の糸口を探す調査兵団への憧れに変わっていく。

だが、そんなある日、人類は自分たちの境遇を思い出す。

絶対の信頼を寄せていた、高さ50mの「ウォール・マリア」を超える超大型巨人の出現。
超大型巨人は簡単に壁を破壊し、その穴から侵入した巨人たちはエサである人間を次々に捕食していく。

そして、エレンとミカサの目の前で母・カルラも捕食されてしまう。

エレンは、一匹残らず巨人を殺すことを心に誓い、訓練兵団へと入隊するのだった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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もの凄い想像力によって生み出された世界観で、血みどろの「巨人」と「人類」の戦いを描く「進撃の巨人」。
今まで隣にいた家族が、仲間が、簡単に巨人に喰われていく圧倒的なストーリー展開で、読む手を緩めることを許さない。

ただ、この原作、ストーリーは良いのに絵が残念↓なんです。
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これだけ売れてる漫画に対して言う言葉じゃないですが、ストーリーに対して画力が完全に足らない。
非常に、おしい。
僕がこのコミックスを買わないのも、絵があまりに残念だから。

でも、アニメ版はその辺、完全にクリアしてます。
原作の絵柄のテイストも盛り込んでいるのに、絵が綺麗。
まぁ、そりゃあ、当たり前だけれども。
しかも、「こんなんアニメで表現できるの?」と心配になるスプラッタな部分も、上手い見せ方であまりグロテスクになってない。

このストーリーにマトモな絵がつけば、鬼に金棒。
第1話を見た限りでは期待大というトコでしょうか。

ただ、原作がまだ連載中ってのが気になるトコです。
アニメは一体どこら辺までやる予定なのか。
ヘタ気に盛り込んで、中途半端で終わりってのはヤメて欲しい。
一期、二期と重ねて最後までいって欲しいモノですが・・・。

んー。





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April 05, 2013

新世紀エヴァンゲリオン Air / まごころを君に

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社会現象を起こしながら中途半端な形になってしまったTVシリーズの完結編。

前作の「DEATH & REBIRTH 」は、TVシリーズの総集編とこの後編の導入部分のみと言う、ファンの期待をこの最終話へと盛り上げる為の作品だった。

そして、真の最終話が始まる。


「 第弐拾五話 Air 」
最後の使徒と知らずに心を通わせた渚カヲルをその手で殺したシンジは、エヴァに乗ることを拒絶する。
すがる相手を探すシンジは、エヴァに拒絶されて精神が壊れてしまったセカンドチルドレン・アスカの病室を訪れる。
だか、シンジがいくらすがっても、アスカは何も答えてはくれなかった。

一方、使徒の殲滅を終えて特務機関ネルフは役目を終えた。

「死海文書」に基づき、人類の更なる進化を促す「人類補完計画」を遂行するネルフの上部組織・ゼーレ。
エヴァによる使徒の殲滅は、人類補完計画に必要な過程に過ぎない。
だが、その過程の中で「死海文書」の流れにネルフを率いた碇ゲンドウは逆らった。

使徒の殲滅を終えたネルフは用済み。
自らの手で「人類補完計画」を遂行することを決したゼーレは、今やエヴァを抱えた危険分子であるネルフに戦略自衛隊を差し向ける。

全ての使徒は、人類の有り得た進化のカタチ。
ネルフ最後の敵は、人間だった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人類を守るために使徒と戦ったネルフが、人間に襲われる。
対人戦に慣れないネルフ職員たちが虐殺され、占拠されていくネルフ本部。

その極限状況の中、人類のためにエヴァに乗ったチルドレンたちもそれぞれに壊れていた。
最後の使徒・渚カヲルをその手で殺し、傷つき、生きる意味さえ見出せない碇シンジ。
エヴァに乗ることが全てだったのにエヴァに拒絶され、心を失った惣流・アスカ・ラングレー。
自分の目的の為に「サードインパクト」を発動しようとする碇ゲンドウの指示のまま、自分を殺して発動の鍵となる綾波レイ。

今までのTVシリーズで謎とされていた「人類補完計画」や「使徒」、そして「エヴァとは?」、「ゲンドウの目的とは?」、「本当の結末とは。」その全てが凝縮されている。
ファンが知りたかった真実が次々に明らかになる中、命を散らしていく登場人物たち。

シンジをエヴァに乗せるために自らの命を盾にした葛城ミサト。
愛した男、そして、自分を裏切った男・ゲンドウと共に死ぬことさえ叶わなかった赤城リツコ。

そして、シンジが遂にエヴァ初号機に乗った時、目にしたのはアスカが乗ったエヴァ弐号機を食い散らかした量産型のエヴァシリーズだった・・・。


「第弐拾六話 まごころを君に」
人類・生命の源・リリス。
ネルフ本部地下のセントラルドグマは、生命を生み出したリリスの卵。
最初の使徒・アダムを身に宿したゲンドウはリリスを使って死んだ妻・ユイに逢うことを願い、綾波レイを鍵にしようとする。

量産型エヴァによって捕えられたエヴァ初号機とロンギヌスの槍。
そして、ゼーレによって発動される「人類補完計画」。

レイは最後の最後でゲンドウを拒絶し、シンジを救うためにリリスと融合したのだった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かつては感覚的に「なんか納得できた。」としか表現出来なかったエヴァが、10数年の時を経て理解に変わった。
この内容を理解し、納得出来てしまうようになったのは、僕が成長したからなのか、脳が腐ったからなのか。

他者と自分。
自分を自分だと認識し、他者と区切る為の境界線・ATフィールド。
そのATフィールドと取り払って、他者と自分が融合することによって誰も傷つかない世界を生み出す人類補完計画。
でも、そこには自分も居ない。そこでは誰にも出会えない。
シンジは、そんな世界を拒絶し、他人と傷つけあうことはあっても、他人と関われる世界を望む。

シンジがアスカの首を絞めようとしながら涙し、そんなシンジを「気持ち悪い。」と蔑むアスカ。
この「理解不能」と言われたラストシーン。
コレは、そうしてシンジが選び取った世界でアダムとイヴになったシンジとアスカが、残酷だけどやっぱり傷つけあってしまう人間の業を示す。

新劇場版も、このストーリーと根っこは一緒。
単に表現方法を変えただけで、あっちもエヴァだし、こっちもエヴァ。
結局、庵野監督がエヴァを通して表現したいコトは同じなんじゃないだろうか。

新劇場版「シン・エヴァンゲリオン」の上映が待ち望まれます。


最終評価 A



know_the_base at 22:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 2013年に観た映画 | 映画 さ行

April 04, 2013

「暦物語」の発売決定

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100容輿浬颪れた小説です。

最終章に入った「物語シリーズ」。
次の「終物語」を待ってたら、急に一冊挟まれるコトになったみたいです。

3月の末頃に発表になって5月に発売とは!
本当に突然ですな。

講談社のHPによれば
「 ご愛顧いただいた<物語>シリーズが「終」わる前に、一度彼らの過ごした一年を振り返ってみたくなりました。一年を振り返るので「暦」物語です。by 西尾維新 」
とのこと。

1ヶ月につき1話の12話の短編集のような作品になるそうな。

「終物語」が楽しみだったけど、物語の終わりを寂しくも思っていたので嬉しい限り。
しかも、楽しみ少ない5月の刊行。
分かってるなぁ。>西尾維新

そして、7月からは「猫物語(白)」から始まるセカンドシーズン開始。
分かってるなぁ。>シャフト
(本当に7月からやるんだよね?)


何はともあれ。
こうやって、楽しみを指折り数えて過ごすのは幸せなコトです。


「そして、マニアネタを書くたびにブログの読者は離れていきます。」

「書きたいことを書いて、読みたい人が読んでくれる。ソレで良いのです。」



know_the_base at 22:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 | 物語シリーズ関連

April 03, 2013

猫物語(黒) つばさファミリー(下) Blu-ray Disk 完全限定生産版

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「猫物語(黒)」の上巻が届いたのは、 「闘病記」を書き終えた後。

で、下巻が届くのは社会復帰3日目。
疲れた心に届く、本日発売のアニメ Blu-ray Disk 。
タイミング、分かってるなぁ。>シャフト様

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優し過ぎるし、怪異に魂売っぱらっちまうくらいに強すぎる。
他人を圧迫するほどに正しいよ。それを否定したくなる気持ちは分かる。
だけど羽川、それがお前なんだよ!


あらすじ

障り猫に憑かれた阿良々木暦のクラスメイト・羽川翼。
猫に憑かれた彼女は怪異「ブラック羽川」となり、両親を襲い、阿良々木暦を襲い、そして街の通行人を無差別に襲い続ける。
暦は翼の家に潜入し、翼が長年にわたって晒されていたストレスの根源を知る。
血の繋がらない両親と、限りない善性を持つ翼の軋轢は、考える限り最悪の状態だった。

怪異の専門家・忍野メメさえも手玉にとる、驚異の新種怪異となってしまった「ブラック羽川」。

好きかなって思って、好きだなって感じて、好きだってわかる。
でも、この気持ちは恋じゃないな。
もうとっくに恋を越えていた。
だって、僕は羽川の為に死にたいって想ってるんだもの。

暦は「恋を超える想い」を抱いて、羽川を取り戻すために動き出す・・・。


猫物語(黒) つばさファミリー(下) 完全限定生産版
・キャラクターデザイン渡辺明夫描き下ろしデジパック仕様
・本編Disk
#つばさファミリー 其ノ参
#つばさファミリー 其ノ肆

・特典CD
ED 「消えるdaydream 」 & あとがたり完全版 

・三方背クリアケース
・特製ブックレット(12P)
・エンドカードピンナップ
・スーパーピクチャーレーベル

・原作者:西尾維新書き下ろしキャラクターコメンタリー
 副音声 出演・影縫余弦 斧乃木余接
・特典映像 
4話ノンクレジットエンディング (物語)シリーズセカンドシーズン告知PV

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お前は限度額のない変態かにゃ。

さて、猫物語(黒)の下巻です。
上巻と同じく、地上波2時間枠放送版では一気に放送された内容を、30分枠アニメサイズに編集し直してある版。

そうかー、今回の副音声は影縫さんと余接かぁ。
原作の方ではどんどん人が減っていく阿良々木ハーレムの穴を余接が埋めているから、彼女たちもヒロイン扱いにランクアップってコトなのかな?

ストーリーは当然ながら佳境に入り、ジョークパートばかりだった上巻と打って変わって無駄話なしのシリアスシーンが続く。

この作品シリーズは、原作とアニメ化の関係が最高に良い。
想像していた原作の行間を、映像が、声が、音楽が、埋めていく。
原作で興奮し、アニメ化で想像力が増幅される。
それが、次の原作を読む時に再び生きる。

原作とアニメ化の関係は、こうでなきゃ。


この猫物語(黒)の感想は、原作を読んだ時と同じ。

切なすぎ。

お互いに想いを秘め、恋人になる前のモラトリアムとも言える期間の淡い恋心。
それが、事件を切っ掛けにして男の子の想いが変わってしまう。
「恋」だったものが、「愛」と呼べるものへ。
そして男の子の淡い恋は、永遠に失われてしまった。

それは恋心を秘めたままの女の子にとっては思いもかけない変化。
それが、次の煉獄を連れてくる。

この物語の後で恋人になった戦場ヶ原ひたぎと羽川翼の差を思わずにいられないけど、「結婚しちゃえば?」と声をかけた忍野の言葉に、やっぱり賛同せずにはいられない。


しかし、白髪・猫耳・黒下着のブラック羽川でありながら、表情だけ翼に戻ってるトコ・・・、可愛い過ぎ!


know_the_base at 21:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) アニメ | 物語シリーズ関連

April 02, 2013

疲れた頭にチョコレート

社会復帰2日。
やっぱ疲れます。

そんな時には、甘いチョコレート。ってことで、こんな画像をば。

なんで? どうして!? 何度見てもそのトリックがわからない摩訶不思議なチョコレートイリュージョン!
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Pouch より


これで無限チョコレートじゃあーーー!!

やっほい。




答えはリンクに行くと、なんとなーく分かります。
「そんな答えなぞ要らん!」と言う剛の者は、解答をコメント欄にお願いします。

ちなみに僕は、考えるのを放棄しました。



「・・・・、なんですか? この記事。」

「働くってのは、疲れることだよね。」



know_the_base at 23:06|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 日記