January 2014

January 30, 2014

ディアブロ3を1ヶ月遊び倒した感想。

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2014年の1/12が終わろうとしています。
ディアブロ3にハマって約1ヶ月。
2014年の初頭を、このゲームに捧げてしまったknow_the_baseです。

この間、映画も観ず、本も読まず、ブログもろくすっぽ更新せずに、ひたすら遊び続け、そろそろ最高難易度(inferno)に突入しようというところまで来ました。

その1ヶ月を捧げた感想などを少し。


日本ではさほどの知名度はありませんが、世界的には大ヒットだった「ディアブロ2」の世界観とゲーム性を引き継いた今作。
スタンドアロンでのプレイと、オンラインでのプレイを切り替えられるシステムも健在。いわゆる、ハッシュ&スラッシュ系ゲームの古典的伝統を踏襲したゲームシステムの完成度は非常に高い。

非常に高い。

ん、まぁ、非常に高い。
だからこそ育児中の30男が寝る間も削ってバシュバシュとモンスターを切りまくってるワケですが。
そろそろこのゲームの根源的な問題点にぶち当たりました。

他のサイトやレビューでも指摘されていますが、このゲームの致命的な問題点。

それは、プレイヤー同士でアイテムを出し合い、競り落としあうオークションシステムです。


このディアブロってゲームは、何がそんなに面白いのかって言うと、アイテム集めなのです。
敵を倒し、敵がドロップしたアイテムで自分のキャラを強化していくゲームですから、アイテム集めこそが主眼。

ゲーム進める

どうにも今の装備じゃ進めないほど敵が強くなる

少し前に戻ったり、足踏みして、なんとか今よりも強くなる装備を探す

強くなって、また進む

また敵が強くなる

基本、この繰り返し。

レアなアイテムならより強くなれる。コレ、当たり前。
レアなアイテムはナカナカ出ない。コレ、当たり前。

大ヒットしたディアブロ2ってゲームでは、基本的には自分の獲得したアイテムだけで何とかキャラを強化しなくてはならなかったので、レアアイテムを求めて何百時間も同じ敵ボスを倒し続けたワケです。

でも、「2」の時代にはオンラインでのプレイもあったので、その局地的な場ではアイテムを融通し合ったり、トレードなんかも出来ました。

オンラインで出会った人に 
「○○って剣を探してるんだけど?」
「俺、持ってるよ。代わりに△△出る?」
と、やるんですね。

ソレには、良い面と悪い面があった。
良い面は、もちろん不要なアイテムと有意義に使えるアイテムの交換。
悪い面は、自分の欲しいアイテムを出してくれる人との出会いの少なさ、その上、野良トレードだったので、詐欺やダマシ、他人のキャラを殺害してアイテム強奪 etc・・・。

正直「2」はトレード以前に、同じくらいのレベルでマトモに一緒に遊べるプレイヤーと出会うのが大変だった。
なにせディアブロ2は、ゲーム中に死んでしまうと自分のアイテムを周囲にバラまいてしまうシステムだったので、ソレ狙いで他のプレイヤーを殺すプレイヤーキラーが居たのです。
僕は、プレイヤー狩りをする凶悪プレイヤーの存在が面倒でフリーのオンラインはプレイしませんでした。

そして、今作。
「2」時代のトレード問題を解決すべくブリザード社が投入したのが、オークションシステム。

統一のシステムで公的に運用され、自分の必要なスペックを検索可能。
しかもこのオークション、ゲーム内の通貨(ゴールド)だけじゃなく、リアルマネーにも対応しています。

これによって、オンラインゲームでは常態化していた野良リアルマネートレードを一掃しました。
これで詐欺もダマシも一掃。

いやーん、素敵。

素敵。

なんですが。

これがこのゲームにとっての癌でもありました。


とにかく、強力なアイテムがポロリと手に入ってしまう。

僕は4段階の難易度の、上からふたつ目(Hell)まではオークションに見向きもせずに遊んでいました。
ここまでは、このゲームにあんまり疑問を感じていませんでした。

まぁ、それでも「今回はレアアイテムのドロップ率が低いなー。」くらいの印象はありました。

でも、「最初の頃はこんな感じだったかなー?」なんて思いながら、弱めのアイテムでやりくりしながら先に進む毎日。

あの頃は楽しかった・・・(遠い目)

で、ナカナカ先へ進めない行き詰まりを感じだした頃に思い出したんです。
オークションのコトを。

さて、オークションを開いてみれば、今、自分が使っているアイテムなんか霞んで消えるようなアイテムが手頃な値段で出ています。
当然ですが、ゲーム内通貨が使えます。

ちょっと嬉しくなりつつ、幾つかのアイテムを購入し、ゲームは先に進めるようになりました。

その後。
ひたすらゲームオンリーだった僕は、ゲームと同時にオークションを眺めるプレイスタイルに変わったワケです。
「何か、もっと良いアイテムは出てないかな。」と。

でもってそんな中でゴミを掴んだり、ソレを売っぱらったりする数日を過ごし、僕は気付くのです。
この極めて便利なシステムが、ゲームの楽しみを奪っていると。

このゲームの癌だと。


当然ながらオークションの中では市場原理が働きます。
より希少で強いアイテムの値段が高く、ゴミアイテムは安く。
本当に強いアイテムは天文学的な金額で取引されています。

でも、その天文学的な数字にはカラクリがあって、リアルマネーでのトレードもある以上、現金換算できるんです。
他のサイトを見れば、億単位のゴールド自体を200円とかで取引出来るワケです。

チマチマとトレードして、数十万ゴールドになったと喜んでいた自分は何だったのか。

ちなみに、普通にゲームをプレイしていて手に入るゴールドは、どんなにソレだけ頑張っても一時間で2・3万ゴールドくらい。

市場原理やら、費用対効果やら、その他色々な問題、わかりますよね?


しかも、このシステムの癌は、それだけじゃありません。

思い出してみましょう。
僕は「レアアイテムのドロップ率が悪いから。」オークションに参加するに至ったワケです。

が。

この順序が逆です。

オークションがあるから、レアアイテムのドロップ率が悪く設定してあるんです。


全世界で何万人とプレイするゲームでは、1/100万 の確率でしかドロップしないアイテムも、一日に何個かは発生するワケです。
で、発生したアイテムはゲーム内で「捨てる」って行動を取らない限りは、無くならない。

つまり、どんなレアなアイテムでもいつかは数を増やし、市場原理で価値が下落する。

コレが普通のドロップ率で運用されたら、最強装備の意味が消えてなくなってしまう。
だから、個人単位のアイテムドロップ率を非常に低く設定してあるんです。

全世界数万人規模を前提としたアイテムドロップ率の設定。

コレは是か非か。

まぁ、非、ですよね。

だって、このゲームしてて何が嬉しいって、敵を倒した瞬間にいつもと色が違う表示のレアアイテムが空を舞った瞬間が嬉しいワケですよ。
その瞬間を思って、ほぼ作業のようにモンスターを狩り続けるワケです。

今までのドロップ率なら、一日遊び倒して数回、時には無い日もある。

それが、今回からは1ヶ月遊んで1回あるか、ないか。

しかも、レアアイテムの中でも希少価値にランクがあって、本当に価値のあるアイテムがドロップする確率たるや・・・・。


いやいや、御心配なく。

そのレアアイテム、オークションにはありますよ。

しかも、現実価格ではたったの200円!!

とかね。


いやいやいやいや。

僕のやりたいディアブロは、そういうコトじゃないんですよ!!

ってね。


この感覚は、「2」にハマってトレハンでドーパミン出しまくってた人ほど感じるんじゃないかと。


まぁ、意味無いけど考えちゃうんですよねー。

時給換算したら・・・、とか。


オンラインである以上は他のプレイヤーとアイテムをやりとりしたいのは人情。
確かに「2」時代のトレードに関して詐欺や強奪が横行してルール無用な感じもどうかとは思う。
けど、公的に運用されてしまうと、ソレを前提にしたシステムの介入がまたソレも癌なワケで。
かと言って、オンラインに対応しないスタンドアロンが良いのかと言われると・・・。

この辺がこれからのゲーム世界の課題なのでしょうね。

このディアブロ3は、リアルマネートレードを運営が公的に行い、しかも全世界で相当量が売れた作品。
良くも悪くも、オンラインゲームの課題が浮き彫りになった作品として、一里塚的な立ち位置にあるのかも知れません。

結局はバランスってコトになるんでしょうけど、ゲームを単純にゲームとして楽しめた時代は終わってしまったのかも知れません。


そんなコトを思いながらモンスターを狩る今日この頃。


ゲームとしての完成度は非常に高い良作です。
スタンドアロンだけで先に進める間は楽しく遊べるゲームです。

ただ、麻薬のように何百時間も・・・となると、ちょっとどうかな。



「そもそも大人が何百時間もハマるゲームを求めるってトコが癌だと、なぜ気付かない。」

「気付かないフリが出来るのも、大人の条件なのさ。」





know_the_base at 21:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | ゲーム

January 29, 2014

ブログにあげたくなる程のねぐせ。

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今朝の、ある人の、後頭部の様子。

あまりのアレで、思わずシャッターを切ってしまいました。



know_the_base at 19:51|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | こども

January 28, 2014

世界遺産が好きな、最近の自分

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最近、「世界遺産」が面白い。
皆さん御存知かとは思いますが、深津絵里さんのナレーションで世界遺産を紹介していくTBSで放送中の紀行番組です。

断崖絶壁や瀑布、果てしなく広がる干潟、光るアリ塚。
信じられないような自然遺産の光景。

アジアの喧騒、アフリカの自然、ヨーロッパの文明。
ちょっと感覚のズレた面白い文化遺産。

30分で地球を巡るTV旅行。

前はあまり見る番組じゃなかったのに、最近は深夜の再放送と通常のオンエアの週2回の放送をHDに溜まらない程度には見てしまう。
今か今かと毎週楽しみにしているって感じでもないのですが、予約録画にしておいて時々眺めるには凄く丁度いいのです。

この指向に家族も巻き添えをくって
娘っちが番組冒頭で「そにー、ぷれぜんつ。」というタイミングは既にバッチリ。




と、まぁ、何でこんな話をするかと言えば。

最近、一年経ったなーと、しみじみ思うワケすよ。
変わったコト、変わらないコト、色々あったなーと。
中には変わると思ったら変わらなかったコト、なーんてのもあるワケですが。

で、この「世界遺産」は、変わったもののひとつ。
この嗜好の変化は、やっぱり身体に制限かかったのがデカイかと。

「行く気になれば、基本どこでも行ける。」と思っている時と
「行きたいけど、ココはもう無理だな。」と思っている時はやはり違うということでしょうか。
やっぱり身体の問題とは切り離せないんですかねぇ。


いやいや、そんな合ってるのかどうかもワカラン自己分析よりは、単純に嗜好の高齢化が進んでいるってダケの話かも知れません。

でも、番組を見て「こんなトコ、もう行けないな。」という思いがチラリと頭をかすめるのも事実。
むー。
後ろ向きなんだか、前向きなんだか。


そんな最近の自分を真面目に分析するなら、凪。かな。
無風。
心は穏やかだけど、どこにも進んでいない。
そんな感じ。

一年前には沈没寸前だったのだから、応急処置で沈まずに浮かんでいられる幸せを噛み締めておけってトコです。


最近はディアブロばっかやってから凪なんだって話?


世界遺産とは言わないけど、せめて国内の温泉旅行くらいは気兼ねせずに行けるようにならないかなぁ。とは思いますけどねー。



「去年、あと10年宣言してたってコトは、あと9年ですなー。」

「君との付き合いが、あと9年なのかもよ。虚無君。」



know_the_base at 22:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

January 24, 2014

ロトの剣、18,996円。

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「勇者よ、ロトの剣を手にせよ…今なら10%引きで」 ─ 全長約110cmにおよぶ、1/1「ロトの剣」予約開始
ファミコン黎明期に名乗りを上げ、数多くの少年が冒険に旅立ち、そして勇者となった『ドラゴンクエスト』シリーズ。今なお絶大な人気を誇り、新作からリメイク作、スマートフォンへのリリースなど、多彩な展開でユーザーを楽しませ続けています。

『ドラクエ』シリーズは、それぞれに世界観が異なるシリーズなどもあり、シリーズ1作目から3作目にかけて描かれたロト三部作は、その代表とも言えます。ファミコンや後のリメイク作で、ロトの血筋を引く勇者として世界を救った方も多いでしょう。

そんな勇者の象徴と言えば、やはりロトの剣。強さもさることながら、勇者の名を冠する剣を手に入れるというのはロマンであり、冒険心をくすぐられるもの。それが例えゲームの中といえども、ロトの剣を装備した勇者を想像し胸を高鳴らせました。

ですが、その想像が現実となる日が来ました。なんと、ロトの剣が1/1スケールで発売されるのです。「ドラゴンクエスト ワールドプロップシリーズ 1/1 ロトの剣」は4月26日に発売を予定しており、Amazonではすでに予約を受け付けています。




全長約110cmにも及ぶためか、定価は21,000円(税込)となります。ただし、現時点(24日 12時)は10%引きとなる18,996円(税込)で予約を受け付けているので、かつて勇者として世界を救い、今懐に余裕のある方は、購入を一考されてみてはいかがでしょうか。

なお、商品の仕様に「男女共用」と書かれています。女性も勇者になれるので、どうかご安心を。
INSIDE for ALL GAMES より

スペック
スケール】1/1
【サイズ】全長約110cm
【素材】発泡ウレタン(グラスファイバー芯棒)

1/1 仕様っすか・・・・。

発砲ウレタンかー、写真だけだと質感はかなり良さそうだけど。

10%オフか・・・。



って、いやいやいやいや。

何を検討してんの。

10%オフかぁ・・・、じゃ、ねーよ。>自分


何に使うんだ。

ゾーマでも倒すのか。


でも、ね。

ザ・無駄遣いなのに、心惹かれるのが男の子ってモンですよ。


欲しい・・・。


大変です!

楽天ではさらに安い15,500円の店もあります!!



「鞘はあるんですかねぇ。鞘は。」

「そんなコトより、ママの許可が得られるかを先に考えれば?」

「そんなの、得られるワケがない!!」



know_the_base at 21:16|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 日記 

January 23, 2014

初めての手渡し。

昨晩のこと。
いつもの様に娘っちと僕でお風呂に入っていました。

ゴキゲンに遊ぶ娘とのお風呂。
よきかな。
よきかな。

そんな気持ちで湯船に浸かっていると、プーンと漂うスメル。

「あ、オナラしたでしょー。」
僕が指摘すると、娘っちはエヘヘ・・・、僕もアハハ。

最近、娘っちのオナラはクサイので、すぐ分かります。

そんな平和なひと時。

しかし、この直後、戦慄の笑撃が、走る



ふと、振り向いた娘っち。

「パパ、これ・・。」

何かを手渡してきました。

「何?」

受け取る僕。

ん?
なんだ、コレ?


茶色い粘土・・・?

いや

コレは


ウンチだーーーーーーーーーー!!


手に持ってしまったソレを、とっさに洗い場の方へ投げる僕。
困った表情で、湯船の底に漂う残便を見つめる娘っち。

「娘っちがウンチしたーーーーー!!」

脱衣所に控えているハズの嫁様にヘルプを求める。
湯船から出る。
佇む娘っちも湯船から出す。

嫁様が廃棄用のビニール袋を渡してくる。
洗い場のソレは、トイレットペーパーにくるんでビニール袋へ入れる。

だが・・・・、湯船の底に沈んだ残りをどうするか・・・。

トイレットペーパー、却下。
手桶、ソレをすくったと思うと今後がツライ。

ならば、一度は掴んだこの黄金の右手よ、再び我に力を与えたまえ!!!!

てやっ

ざぶ

ふに

うに

ポイ。

くぅ、被害を食い止めるためとは言え、右腕の侵食が激しい。
急いで浄化を!!
浄化を!!
拡散式汎用洗浄水栓起動!!

しゃわしゃわー。

ふーー。

危ないところだった。

命に届くトコだった。



さて。
シャワーの温度が上がる間に、娘っちを問いただす。

「だめだよー。お風呂でウンチしちゃー、どうしたのー。さっきトイレ行ったじゃん。」

「分かんなくて、間違えちゃった。」

どうやら、オナラのつもりで実が出てしまったらしい。
当然ですが、ワザとではなく、本人も「しまったー。」という表情。

怒る?

いやいや、我が家で怒るのは、何かやらかした後に反省してなかったり、誤魔化そうとした時なので、このケースはソレに当たりません。

それより何より、この状況があまりにもオカシくて、笑ってしまうパパ。

てか、パパ、爆笑。

困ってアレをパパに手渡した娘っちと、普通にアレを受け取ってしまった自分と、その後の展開が、もう、なんつーか、言葉を越えました。


その後は、とにかくシャワーで綺麗に流し、身体を洗い、冷える前にお風呂を出て脱衣所へ。

「どうしたのー? お風呂でウンチしたらダメでしょー。」と言いながら身体を拭いてくれるママに
「分かんなくて、間違えちゃった。」と同じ返答の娘っち。
状況を解説するパパ、で、状況を思い出して再び笑ってしまうパパ。

まぁ、本人はちょっと凹んでいるので、その後はもうあんまり話題にしませんでしたけどね。

しかし、笑撃の一夜でした。



ウンチを手渡しされたコトがありますか? 僕はあります。

子育ては、想像を超えていきます。


know_the_base at 20:58|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | こども

January 22, 2014

ママが一番、パパはちょっと二番。

我が家では、お風呂と寢かしつけは夫婦のどちらかがどちらかをやる制になっています。

以前はママとお風呂で、パパが寝かしつけだったのですが

最近のスタンダードプランは、パパとお風呂 → ママと寢かしつけ

になってます。


先日の夜。
いつもママが寝かしつけでは申し訳ないなーと思い、娘っちに提案してみました。

「今日は、パパとお風呂入って、そのままパパと寝ない?」と。

でも、娘っちの中で「一緒に寝るのはママが良い。」は絶対だったらしく。
しばらく悩んだと思ったら、切々とママと寝たい旨をパパに伝えだしました。

娘っち曰く。
あのね、○○(名前)は、ママと寝るのが良いの
○○は、ママがだーい好きでね、夜はママじゃないと困るの。
朝はパパと起きるでしょ、お風呂もパパと入るでしょ、だから寝るのはママにして欲しいの。
一番ママが好きなの。

とのこと。

ん、まぁ、「起きるのやお風呂をパパとやってやってる」的なニュアンスには疑問があるが、寝るのはママが良いのは良くわかった。

じゃあ、ソレはソレでいいとして。

あんまり「ママが好きだから。」「ママが一番。」と言うものだから、パパのイジワル心に火がつきました。

「ママが一番? じゃあ、パパは?」

どう返すのかなー、困るのかなー?
と、思っていたら、即答で返ってきました

「パパはちょっと2番!」

おふぅ。

げふぅ。

2番すか・・・。


でも、げふっとなった僕の表情を見て

「でも、パパもすごーく好きで、ちょっとだよ。ちょっと2番なの。  

ママの次! ね!」

と、一生懸命に僕の2番が不動の2番であることを教えてくれました。


それは、フォローなのか、追い打ちなのか。


永遠の2番手を死守したい、今日この頃です。



「パパはコチョコチョとか、イジワルをするから2番なのっ。」

「えー、ママだってやるじゃん。」

「ママは良いの!」

「理不尽・・・。(実話)」




know_the_base at 20:19|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | こども

January 20, 2014

情報リテラシー講座 最終回 「心のフィルターの外し方」

長らく続いたこの情報リテラシーの勝手講義も、最終回。

ココまで付き合って頂いた方、ありがとうございました。
そして、せっかくココまできたら、最後まで一緒に逝きましょう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

情報リテラシー講座・最終回。

タイトル ; 「心のフィルターの外し方」


第5回 「心のフィルターは自分自身」では

みんな自分の心に常識という名前のフィルターをかけている。
人はフィルターによって、情報に勝手に色を付け、自分の解釈したいように解釈している。
この情報を歪めるフィルターは自分自身だから外すことは出来ない。

疑うべきは、情報の答えを出した自分自身。

じゃあ、どうしろっつーのよ。

ってトコまで話しました。


情報には、発信者の意図がある。
発信者に都合よく使われない為には、発信者の意図を読まなければならない。
でも、意図を読み解いた受信者自身は、自分のフィルターで自分の好きなように情報を読み解いてしまう。

そんな時は、自分のフィルターにも大きな間違いが無いか点検してみようと試みます。

自分は大きく、何らかの意見に、かたよってないか。

自己点検。
大事です。

では、その時に、自分ひとりで情報と向き合うネットが、自分の「常識」の誤りを指摘してくれるでしょうか。

「情報を鵜呑みにし、情報に踊らされる「情弱」にはなりたくない。」
そんな思いから、莫大な情報の海をサーフィンして様々な情報ソースを集め、検証し、自分なりの答えを出す。

「あぁ、自分にはこんな知らなかったコトがあるのか。」
「あぁ、こんな考え方もあるのか。」

「あぁ、こんな風に情報を分析すれば良いんだ。」

自分の持っていなかった知見を増やすのに、ネットは力になってくれる。ように見えます。

でも、その情報を選んだのも、正しいと判断したのも、全部、自分。
情報と「1対1」で対峙するネットは、自分フィルターの色を濃くするばかりで、実は自己点検には一切役に立ちません。

人は情報を集める時、自分に都合の良い、自分に気持ち良いモノを集めます。
しかも、ネットの情報は、発信する側も「自分フィルター」のみで情報を発信してきます。

発信者は、自分のフィルターだけで情報を発して気持ち良い。
受信者は、自分のフィルターだけで情報を受け取って気持ち良い。

ネットは莫大な情報があるけれど、そこは一大自慰ワールドに過ぎないのです。


それが悪いと言っているのではないです。
ネット上の情報とは、大部分が多くの「個人発」の情報だと言っているだけです。
そして受け取り手は、その「個人発」の情報を個人で受け取る。

発信元の性別・国別・年齢も分からない「個人発」の情報の海。
その発信元の「情報リテラシー(常識)」レベルは、中学生かも知れないし、専門の大学教授かも知れない。


「情報に騙されない。」と声高に叫んだハズのネットが、むしろ、一番受け取り手を騙す。
そのコトに気付かない自称「情強(情報強者)」のなんと多いことか。

マスゴミ、信じられない。
スポンサー、悪だ!
フジは在日だ!

「情報に騙されない。」にこそ、自分が騙されていないでしょうか。

ちなみに、僕の目から「マスゴミ!」言ってる情報を見ると、「良い感じに情報に騙されてて、あーぁ。」って感じに見えます。


さて、じゃあ、どうすんのよ。

答えは簡単。
視点を複数にすれば良いんです。

なるべく違うフィルター(視点)をもつ人が「自分にはこう見える。」という情報を集めれば良いのです。

対象の裏を見る人、上から見る人、正面から見る人。
視点が増えれば増えるほどに、対象物の実像は明らかになっていきます。


この時に、なるべくなら直接集まれたら最高です。

情報に、表情やしぐさ、服装、なんかから、情報の発信者の情報が得られる状況は必要です。

「在日は殺せ!」
とヘイトスピーチで叫ぶ人が、嬉々として楽しそうなのか、泣きそうになっているのか、無表情なのか。
金のネックレスやブランドの服で身を固めているのか、擦り切れたユニクロを着ているのか。

この言葉の外にある情報も、多面的に情報の側面を伝えるからです。


多くの人が「自分にはこう見える。」という情報を持ち寄って、対象物の実像に迫る。
その時に、自分の目からは仏像に見えるソレが、上から見たらハートの形かも知れないし、裏から見たら男性器かも知れない。

この時に、発信者と受信者が「1対1」になると、ネットと同じ状況になってきます。

目に見える「多数と多数」で集まって、情報を伝え合う。

それが、「議論」です。

同じフィルターの人間が何人集まっても、正しい答えにはたどり着かない。
異なった価値観の人間が集まって、議論して、初めて答え(らしきもの)にたどり着ける。

これが、「多様な価値観」のある意味です。



ここで大事なのが、自分と異なる価値観の情報を受け取る態度です。
「そんなワケない。」と言わずに、「えー!上から見るとハートなの?!」と相手の情報を受け取る度量が求められる。

一方で、相手がいくら「コレはチン○だ!」と言っても、自分の目から見える「これは仏像だ。」を手放さない信念も必要。

相手を認める度量と自分のフィルターを信じる信念。
この両方を持って多様な価値観を認められる人だけが、情報に騙されないで生きられる。

正しい判断を下せる。


情報から身を守り、騙されずに生きるには、別の考えを持った他者が必要。

そんな答えにたどり着きました。



ちなみに。
だから、民主主義は正しい判断をする根幹に「議論」を置く。

議会ってのは、何も多数派工作をする場でありません。
異なる価値観と議論する場所です。

姿の見える人間が集まって、異なる意見を言い合う。

本来の議会が持つ意味。にも、たどり着きました。



以下、余談。

ただ、仏像と男性器のように、あまりにかけ離れた答えを持つ同士が互いの答えを認め合うのは難しい。
憲法9条を至宝を見る人と、ゴミだと見る人の会話を噛み合わせるのは、正直、無理だと思います。

じゃあ、ソコはゼロサム(この言葉、キライ)で、互いを無視し合い、時に意見を抹殺し会えば良いのでしょうか?
僕は、そうはしたくない。

そんな時には、「ハートに見える」くらいの人に間を繋いで貰えば良いと思うのです。
もしくは、神々しい仏像には見えないけど、木の仏像には見える人とか、そういう風に、極端と極端の意見がゼロサムで殺しあわずに、ちょっとズレた誰かを沢山介していけば良いと思うんです。

そこにも、「可能な限り多様な価値観」がある意味があります。


ま、そんなマルっとした結論にも
「ヘイトスピーチで他の価値観を殺すことが主眼の価値観とはどう共存するべきか。」
なんていう、言葉の落とし穴もあったりするんですけどねー。

「そもそも価値観の多様性を理解してない。」とかね。


「コイツラは、言葉が通じないサルだ・・・。」なんて、思ったら負けだと思う、今日この頃。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いやー、長かった。
自分でも長かった。

「急性大動脈解離 闘病記」を書いている時くらいの気分になりました。

でも、書ききってスッキリ。

これこそ自慰だって、誰かのツッコミを待つ今日この頃。





know_the_base at 21:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

January 19, 2014

情報リテラシー講座 第5回 「心のフィルターは自分自身」

もう、ここまできたらやり切るダケです。

死して屍拾う者なし。

隣に誰も居なくなるって、こういうコトなのかな・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

情報リテラシー講座・第5回。

タイトル ; 「心のフィルターは自分自身」


第4回 「情報リテラシーは心のフィルター?」では

発信者と受信者の間で情報の意味が変わってしまう。
受信者側は、今まで発信者の出した情報を積み重ね、発信者に対してフィルターをかけている。

じゃあ、この情報を歪めるフィルターって悪いモノなの?

って話までいきました。


発信者が出す情報に色付けをして曲げてしまう心のフィルター。
コレは悪いものでしょうか?

人間は、誰でも自分の心にフィルターをかけています。
一瞬前までの自分が生きてきた経験全てが、そのまま心のフィルターになります。
日常の事柄から、政治経済に至るまで全ての「情報」が脳に届くには、フィルターを通らなくてはなりません。

今まで卵の黄身は黄色だったけど、もしかしたら、今日のこの卵の黄身は青いかもしれない。

そんな風に自分の経験と知識の全てを疑い、情報が持つ他の可能性を考えるのは不可能です。

日常手にする莫大な情報の受信と処理には、経験によってフィルターをかけ、ルーチン処理できる内容にはルーチンで一定の答えを出す機能が必要なのです。

情報ルーチン処理機能。それがフィルター。

性別で、生まれた国で、言語で、教育で、家庭で、様々な条件によってかかるフィルターは変わります。
むしろ、生きるというコトは、経験を重ねて自分の目にフィルターをかけることです。

いつもは薄黄色の卵の黄身。でも、今日の黄身はオレンジだった!

いつものフィルターによってルーチンで処理されたコトの結果が、今日は違う。
これは受信者にとっては驚きです。

でも、卵の黄身が薄黄色でもオレンジでも、それぞれの卵(発信者)にとっては「俺、元々この色だし。」っていうモノ。
卵が受信者を驚かせてやろうと、黄身の色を変えるなんてコトはありません。

発信者は驚かせるつもりがないのに、受信者がフィルターの答えとズレて、勝手に驚く。


そうです。
フィルターとは、一般的に「常識」なんて呼ぶものです。


性別や生まれた国、家庭、教育で作られたそれぞれのフィルターは、その人だけのもの。

逆を言えば、フィルターこそが

「その人が、その人である意味。」

とも言えます。
このフィルターの存在の良し悪し語ることに意味は無いのです。


余談>
つまり、万人・万国共通の「常識」なんて、存在しないというコト。
自分の中の「常識」は自分だけに通じるモノであって、世の中で通じるモノじゃない。
なんて、世界の常識ですねw。

「非常識だ。」なーんて言って、まるで自分は世間一般を代表してるように怒る人が居ますが、「その常識、アンタの頭の中にしかないモンですよ。」と、言ってやりたい。
どうせ言うなら、「そうされると、私は不愉快です。」と、自分にとってどうかで怒って欲しいモノです。



さて、随分と遠いところまできてしまいました。
そろそろ、話を大元の 「情報に騙されるな!」に戻しましょう。

「情報に騙されるな。」とは、「情報のA(誰が)・B(受け取り手に)・C(何を伝えたいか)を考えろ。」だって話は第1回でやりました。

情報のABCを読み解く情報リテラシーは、現代に生きる上で必須の能力です。
情報を鵜呑みにする人は、「情報弱者」として弱肉になって美味しく食べられてしまいます。

さぁ、でも、情報を読み解く「自分」は心にフィルターをかけ、発信者の情報をそのままに受け取ることが出来ません。
その自分フィルター(常識)の色が付いた情報読み解きは、正しい答えに辿り着いたのでしょうか。

自分は相手の発した意図を、正しく受け取っているでしょうか。
負の情報リテラシーは発動してないでしょうか。


分かりますか?

僕は分かりません。


結局のところ。
どんなに格好良く「情報リテラシー」だの、「情報に騙されない。」だの言ったところで

人は、情報に勝手に色を付け、自分の解釈したいように解釈しているのです。

見ているモノは、自分の見たいもの。
聞こえているモノは、聞きたいもの。

それらを、自分の分かる範囲で、自分に分かるように処理しているだけ。

どんな賢人でも、何でもは知らないんですんです。知っていることだけ。


果たして、自分のフィルターは正しいのか。
自分に備わってしまった「フィルター(常識)」の誤りを自分で検証・解消する難しさは、語る必要が無いくらいのことです。


では、自分のフィルターを通して理解した「情報」に「騙されない。」とは、何でしょうか。


情報リテラシーを使って、情報の裏を分析すること?
その分析結果は、自分の都合良く集めた情報で、自分の都合良く分析し、自分の都合良く出した答えですよ?
まぁ、そんなモンが正しいわけないわなぁ。

すなわち、「情報に騙されるな。」とは、自分の出した答えを疑え。

と、いうこと。

疑うべきは自分自身というコトです。


じゃあ、どーしろっつーのよ。

情報リテラシーは、無意味なの?
堂々巡りで、どうせ答えには辿り着かないの?


いえ、答えに辿り着く方法は、あるんです。

誰にでも出来て、とても簡単な方法が。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この第5回で終わらせたかった・・・。

でも、長すぎるので諦めました。
次回こそ最終回にします。

では最終回「心のフィルターの外し方。」でお会いしましょう。




ちなみに「続き」は自画自賛ばなし。
書いておきたいから書いただけです。

怒らないで。



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know_the_base at 21:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

January 18, 2014

情報リテラシー講座 第4回 「情報リテラシーは心のフィルター?」

なんだか、最初に考えていたよりも随分と遠くに来てしまった気がします。


誰か・・・。

いや、弱音は吐くまい・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

情報リテラシー講座・第4回。

タイトル ; 「情報リテラシーは心のフィルター?」


第3回「情報リテラシーはいつも正しく働くのか」では

「沓を落とす」というメッセージから「兵法の極意」を読み解いた張良(受信者)の師匠・黄石公(発信者)の目線に立ってみました。
張良はスゴイけど、黄石公目線に立つとどうなのかは別問題。

「シンプルに情報をそのままの意味で受け取れない。」

ってのは、「負の情報リテラシー」にもなるんじゃないの?

そんな話まででした。


日常に溢れる情報。
発信者の意図と、受信者の理解がズレる。

これは、当然ですが良い場合と悪い場合がある。

相手の小さな弱音から、心に抱えた大きな問題を察知する。
そんな場合もあるでしょうし。

芸能人の小さな発言が思わぬ地雷になったりする。
そんな場合もあるでしょう。


「誰が、どんな内容を、どのタイミングで、どの方法で(メディアに)出したか。」

その情報ひとつが持つ意味は、複層的に積み重なり、読み解く人間によって意味を変えていく。
ひとつの情報の持つ意味が文字や言葉を超えて、何倍にも膨らんでいく。

その結果、正の情報リテラシーが発動すれば、「1を聞いて10を知る。」ようなコトもありますし。
負の情報リテラシーが発動すれば、「言葉を尽くしても理解が得られない。」ようなコトにもなるワケです。

負の情報リテラシーが発動してしまうと、「本当は○○という意味で。」といった訂正や反省さえもが更なる負の情報リテラシーを引き出すトリガーになってしまう。


この時に問題になるのは、情報リテラシーの処理は「1対1」対応にはなってないということです。

発信者から出る情報は、ひとつではありません。
時間をかけて様々な情報が発信者から出てきます。

受信者はそのひとつひとつを別個に吟味するのではなく、前の情報で自分の下した判断をベースに次の情報を処理します。
ひとつの情報には、前後の文脈がある。

例えば
「自衛隊を軍隊に!」と言った人が、「憲法9条改正!」と言い、「集団的自衛権の意味を変える。」と言い出した。

この時、情報の受け取り手は、ひとつひとつの情報に対してではなく、ひとつの発信者からの一連の情報として処理しようとします。
「集団的自衛権の意味を変える。」というメッセージには、「自衛隊を軍隊にしよう。」とする意図を見てとるのです。

これは、受け取り手にとっては、情報リテラシーで処理する前に通るフィルターとなります。

フィルターを通ることで、情報には発信者の意図しなかった色が付くことになります。
結果、発信者にすると、「そういう意味じゃないのに!!」 というメッセージを相手に送ることになってしまうのです。


ジャイアンが、「心の友よ。」と言って、のび太を抱きしめる。

今はどんなに良いことを言っていても、日頃の行いが悪いと信じてもらえない。

今言ってる「心の友よ。」を受け取るのび太の心には、昨日のパンチがよぎるワケです。


昨日があって、今日があって、明日になる。
人間ですから当然のことですが、情報リテラシーなんて格好付けても所詮は「人間のやること」なのです。


1度受け取り手がかけてしまった
「この情報の発信源はA(左右などのカテゴリー情報)だから、世論をBしたい。だからこの情報にはCというフィルターがかかっている。」
というフィルター(ややこしい!)は、簡単には外れません。

「ナチスに学べって言ったけど、ソレは良い意味なんだってば!」
なーんて発信者Aがどんなに頑張っても、まずそのフィルターは外れない。
むしろ逆効果になってしまいます。

そして、フィルターのかかった情報処理の回数が増えるほど、そのフィルターの色は濃くなり、外れにくくなっていく。


さて、情報リテラシー(だんだんこの言葉の意味がズレてきたな)にかかったフィルターは、悪いモノでしょうか。



余談

ちなみに、これまた最近よく聞く 「ブレた。ブレない。」と言う言葉。
コレは、発信者が受信者の作ったフィルターに合った行動をしているかどうかです。

別の事柄に対する別の情報を発しても、その人のイメージ(フィルター)に合致していれば「ブレない。」と評され、ズレれば「ブレた。」と言われる。

国防と従軍慰安婦問題、靖国は本来は別々の問題。
でも、情報の受け取り手が発信者に対して「全部賛成の右翼フィルター」をかけて処理している時に、「国防は大事だけど、靖国は参拝しない。」って人はブレているように処理される。

なぜ皆がココにこだわるかと言うと、大量の情報をさばいている受信者は「なるべく早く簡単に情報を処理したい」と考えているから。
その時に、フィルターから外れた行動をされると一旦立ち止まって考えなきゃいけなくなる。
それが、嫌なんですね。

右翼フィルターをかけたら、その人には右翼らしく振舞って欲しい。

そう考えているから「ブレ」にこんなに敏感になるんです。


本来の民主主義的には

「今すぐ脱原発だと思って政治家になったけど、議論を重ねる中で原発を併用しつつ量を減らしてくのが現実的と考えるようになった。」

は、アリなんです。

でも、今はソレを許さない。
それは、「今すぐ脱原発」ってフィルターをかけて処理していた人が「併用論」になると、面倒くさいから。

本当なら「何で併用論になったのか。」を聞かなきゃいけないと思うんですけどね。

手間、かかりますもんね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もう第4回だと言うのに、終わらない。
しかも余談まで書いてるし!

でも、次で終わらせるもんね!

と、決意だけしてみる。

では次回 「心のフィルターは自分自身。」でお会いしましょう。

次回は、更に長いけど、許して!!



know_the_base at 21:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

January 17, 2014

情報リテラシー講座 第3回 「情報リテラシーはいつも正しく働くのか」

何日やる気だ。
とは言っても、結論はまだ先なので、もう少しやらせて下さい。

てか、この辺の文章って、完全に自己満足だよなぁ・・・、誰か読んでるんだろうか?


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情報リテラシー講座・第3回。

タイトル ; 「情報リテラシーはいつも正しく働くのか」


第2回の「情報リテラシーと究極の学び」では

情報の裏を考える力・情報リテラシーは現代社会に必須。
古代中国の張良は、師匠・黄石公が靴を落としたっていう情報だけで兵法の極意にたどり着いちゃったんだぜ。

というトコまで話しました。



さて、こっからは僕のオリジナル。

僕は、この張良が「靴を落としたメッセージから兵法の極意習得」って故事は、もうひとつの意味を示唆していると思います。
それは

「人は情報から、相手の意図しない情報をも引き出すことが出来る。」

もしくは

「人は情報から、相手の意図しない情報をも引き出してしまう。」

です。

果たして、本当に黄石公は沓を落とすことで張良に「兵法の極意」を伝授しようとしていたのでしょうか?
本当はただ沓を落としただけだったかも知れません。
それなのに、張良はそこから「兵法の極意」を読み解いてしまった。

これは情報リテラシーが上手く働いた正のパターン。

でも、もしも黄石公にそのつもりが無かったとしたら。
黄石公の心中は、どんな感じだったでしょうか。


黄石公は今日も弟子の張良を連れて馬でパカパカ。

あー、今日も良い天気だなー。

昨日、この辺で靴を落としたんだっけか。
この靴、サイズ大きめなんだよなー。
ゆるくてゆるくて、馬に乗ってると直ぐに落ち・・ 「あっ!!」 

昨日と同じ場所でまた靴落としちゃった。
どんくさ、格好悪!

まぁ、弟子の張良にまた拾わせるか。

黄「おい、張良、靴を拾って履かせよ。」

張「師匠! 分かりました。コレが兵法の極意なのですね!!」

黄「お? 急になんだ、コイツ。」


黄「・・・・、ちなみに、そのココロは?」

張「小さなこちらの行動で、相手に決まった行動をさせる。これですね!!」

黄「お、おぅ。  そうそう、それそれ。ワシ、そうだったの。 良く気づいたね。」  


いやー。
黄石公はビビったでしょうね。


目の前の可愛い女性が「好きだ。」と言ってくれる。
だけど、こんな自分を好きになるなんて人は居るだろうか?
もしかして、騙して皆で笑おうってコトじゃないか?
それとも・・・。

なーんてのは、微笑ましい簡単な例。

単純に目の前の女性が「好き。」と言っている情報を、そのまま受け取れない。
情報の裏を考えてしまう。
発信者が発した意味を、受信者がそのままに受け取ってくれない。
こんな事は、良くあることです。

そうです。
情報リテラシーは「いつも」「正しく」働くとも限りません。

「シンプルに情報をそのままの意味で受け取れない。」

これは、受信者の中にある情報リテラシーが悪さをしているのです。


僕は、これを「負の情報リテラシー」と名付けます。


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と、第3回はこの辺まででしょうか。

ではまた明日、第4回 「情報リテラシーは心のフィルター?」 でお会いしましょう!!



know_the_base at 22:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

January 16, 2014

情報リテラシー講座 第2回 「情報リテラシーと究極の学び」

さて、超長文の「情報リテラシー」ネタシリーズの第2回です。

お暇な方はお付き合い頂けると、もの凄く嬉しいです。


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情報リテラシー講座・第2回。

タイトル ; 「情報リテラシーと究極の学び」


昨日の話 「情報リテラシー講座 第1回 「情報に騙されない。」って何よ 」では

最近よく見る「情報に騙されるな。」ってのは、「情報のA(誰が)・B(受け取り手に)・C(何を伝えたいか)を考えろ。」ということだ。

ってトコまで話しました。


こういった情報の裏を読み解く力を「情報リテラシー」と呼んだりします。
(正確には情報リテラシーの一部だけど)
(ネット世界では情報に振り回される(騙される)人・情報を手に入れられない人を情弱(情報弱者)と呼んだりするが、偏見や蔑視を込めたスラングなので使うのは自己責任で。)


さて、情報リテラシーが有ったほうが良いか悪いかで言ったら、もちろん有った方が良い。

自分が好きな可愛いアイドルが出ているCMを見て、商品を買う。
まぁ、ソコは自由だけど、ちょっと愚か。ですよね?
アイドルは商品を売りたいためのイメージ戦略であって、その商品自体の機能には何にも寄与しない。
CMという「商品を売りたい」情報だけのイメージに惑わされず、商品自体がどんなモノなのかを考えるのは、当たり前のコト。

「この情報が何を伝え、受け取り手にどうして欲しいのか。」

自分のトコにきた情報の裏を考える力は、現代社会においては必須とも言える。


ただ、この情報リテラシーが「いつも」「正しく」働くのか。


さて、ここで昔話をひとつ。

昔の中国に張良と言う若者が居ました。
張良は兵法の極意を学ぶために旅をして、黄石公に師事します。
だが、「兵法の極意を授ける。」と言った黄石公は一向に極意を伝授してくれません。

ある日、馬に乗った黄石公の沓(靴)が脱げました。
黄石公は張良に、「取って履かせよ。」と言って、張良は渋々その通りにしました。
翌日、また馬に乗った黄石公の沓が同じ場所で脱げました。
黄石公は張良に、「取って履かせよ。」と言って、張良は再びその通りにしようとしました。

その時、張良は気が付きます。

黄石公が何の意味もないこんなことをさせるだろうか?
一見意味が無いように見える「沓を落として履かせる」という作業の中に何らかのメッセージを隠しているんじゃないだろうか?
隠されたメッセージとは、すなわち「兵法の極意」だろう。
もし私(張良)が「二度あることは三度ある。」と明日、同じ場所で身構えていたら、黄石公の足元ばかりに集中してしまう。
もし、その時に黄石公が剣を振り下ろせば、私は避けることが出来ずに死ぬだろう。

「相手に決まった行動をさせる。」と言うのが、兵法の極意か・・・。

この「沓を拾う」という一見無意味な行動から兵法の極意を得た張良は免許皆伝を認められ、黄石公の下を去るのでした。


さて。

張良が得たのは、「相手に決まった行動をさせる。」といった兵法の極意だったのでしょうか。

いえ、実は張良が黄石公から得たのは、「全てから学ぶことができる。」というスタンスです。


この故事は師匠・内田樹が「究極の学び」として紹介していたモノです。

師・内田曰く。
この故事で稀代の軍師・張良を生んだ黄石公がやったことは、「兵法の極意を教える。」と言って、沓を落としただけです。
沓を落とすと言う行動は、本当は何の意味も無かったかも知れません。
それでも「師匠から何とか兵法の極意を学びたい。」と思って師の一挙手一投足に注目していた張良は、兵法の極意にたどり着きます。
この姿勢こそ、「学び」には必要。
究極を言ってしまえば、教壇に立つのは誰でも良く、生徒の側に「学び」の姿勢があれば学びは成立する。

と、まぁ、「教育」について師匠はこんな風に言ってました。


伝説の軍師・張良すげぇ!!

いや、でもさ。
一般人も張良みたいに情報リテラシーが発動するんすかね?

ソコに僕は疑問を感じるのです。
情報リテラシーが悪さをする場合は無いのかよ。と。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


といったトコで今日はココまで。

ではまた、第3回「情報リテラシーはいつも正しく働くのか」でお会いしましょう。




know_the_base at 22:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

January 15, 2014

情報リテラシー講座 第1回 「情報に騙されない。」って何よ

マスゴミ、情報リテラシー、情弱、情報に騙されない、そんな言葉を良く目にする。
「情報に騙されるな。」なんて、格好良いこと言ってて、それを正面から否定するのは難しい。

でも、なーんか、嘘くさい臭いがする。
みんながそうだそうだと言うコトって、なんかアヤシイ。

そこで、それらにまつわることをモヤモヤ考えながら指を動かしていたら、超長文ができあがってました。

あんまり長すぎるので、途中ぶった斬りでシリーズにしてみます。

お暇な方は、御一読いただけたら幸いです。


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情報リテラシー講座・第1回。

タイトル ; 「情報に騙されない。」って、何よ。


ネットの普及によって、誰もが無料で手軽に大量の情報に触れることが出来るようになった。
その一方で、TV・新聞・雑誌といった旧来のメディアはかつての勢力を失いつつある。

かつては「TVで言ってたんだから、間違いない。」が、当たり前だったけど、今、そんなコト言ってたら情報弱者扱いは避けられない。

旧来メディアが力を失った理由は、単純に面白くない(対価を払うほどの価値がない)いった理由もあるが、生の声を発信できるネットによって旧来メディア自身の持つ問題点を暴かれ、批判され、情報媒体としての価値を失ったという点も見逃せない。

ネットによって暴かれた旧来メディアの問題点とは何か。
その内容は多岐にわたる。
記者クラブ制による抜け駆けなしの取材であったり、スポンサーの都合が悪いことは報じない姿勢であったりと、メディアとしての根源に触れるもの。
「ためしてガッテン」の情報改ざんや、演出の過剰、販路や視聴率の確保のために行われる誤魔化しなど、消費者を騙すもの。
新聞記者やTVマンが高給取りであるといった、やっかみ半分の下卑たものまで。

確かに、ネットが普及するまでの情報は旧来メディアが握ってきた。
その中には、発信者に都合の悪い情報を隠したり、曲げたりしている部分があった。

その旧来メディアの裏がネットで暴かれることで、「今まで私たちはこんな風に誘導されてきた。こんな風に情報が隠されてきた。」という反発が生まれた。
かつての力が大きかった分、その反発は大きい。

だから、「ネットという武器を手に入れた我々は、もう、騙されない。」そんな流行が、旧来メディアの凋落の一端になっている。


その流行の中でで叫ばれるのは、 「情報に騙されるな。」 というスローガン。


ん?

ん。まぁ、何か格好良いコト言ってるけど、ソレって何よ?


では、ネットで見かける「情報に騙されるな。」とは、どういうコトだろう?と、考えてみた。


情報には発信者の手を通る時に、「この情報は、こんな意図を、こんな風に伝えたい。」という考えが加わる。
言葉通りの情報が表なら、発信者の考えは裏。

「この表はこの数字を取り上げているが、こっちの都合の悪い数字は意図的に入らないようにしている。」とか、「こう書くことで、世論をこう誘導したいのか。」など。

情報の受け取り手は情報に触れるときに、発信者が情報を発した意図(裏)を考える。
発信の意図を考えると、表の情報の意味が変わってくる。


「この情報の発信源はA(思想の左右など・カテゴリー情報)だから、世論をBしたい。だからこの情報にはCというフィルターがかかっている。」

情報の「A・B・C」を知れば、そんな裏の意図を読むことが出来るようになる。


例>
「その情報の元は朝日新聞(左系)だから、世論を反自民にもっていきたい。だから、安倍の言うことには批判的だ。」

ネットが普及することによって、今までは隠されていたA・B・Cが明らかに(部分的でも)なり、誰でも簡単に情報通になることが出来るようになった。

そんな現代においては、裏の意図を考えないで情報に触れ、鵜呑みにすることは、「情報に騙された、情報弱者である。」と評価される。


「情報に騙されるな。」=「情報のA・B・Cを考えろ。」と、読み替えることが出来る。

そしてソレが出来ない人は、情報弱者。

そんな構図が、「情報に騙されるな。」のスローガンからはみてとれる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

情報リテラシー講座と題してるのに、情報リテラシーまでいかんかった。

我ながら長すぎ・・・。


なので、こんなトコで第1回は一旦終了。

明日は、「情報リテラシーと究極の学び」です

know_the_base at 21:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

January 13, 2014

本日の反省文

夫婦のルール
・自分の趣味のコトは、こどもの寝た自分の時間でやるコト。

要するに、僕の映画、ゲーム、アニメ、読書、ブログは、夜にやるコト。



でも・・・、私、今日、約束破りをしまして。

嫁様が風呂に入ってる間に、ちょこーーーっと、ね。
害があんまり無いかなーーと、思うヤツを、ちょこっと、ね。

いや、最近は時間がいろいろアレでして、HDの容量もそろそろアレでして、つい魔が差しまして。

えぇ、はい。
ほんの出来心だったんです。

本当です。


娘っちに 「ママには内緒ね。」と言ったモノの、そんな約束が守られるワケもなく。

脱衣所に入った第一声で、一瞬で、バレまして。

まぁ、怒られまして。

えぇ。怒られまして。

静かに、ね。

諭す感じに、ね。


「娘っちが、そういう子になったら、どうするの?」

って、ね。


あの、えっと、はい。

困ります。



ごめんなさい。

嫁様には反省を示しましたが、ここで、改めて反省の弁を述べさせて頂きます。


出来心とは言え、娘に深夜アニメを見せました。

もう、やりません。

申し訳ありませんでした。




「でも、ニセコイ面白かったよね。パパ。」

「ジャンプ作品だし、製作シャフトだし、新房さんだし、大丈夫だと思ったんだけどなー。」

「いや、ダメだろ。(世間の声)」


「・・・、はい。」


know_the_base at 20:57|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 日記 | こども

January 10, 2014

「艦隊これくしょん」 ケシカランと言う前に。

今、「艦隊これくしょん(略・艦これ)」なるゲームが流行しています。
で、ソレを「右傾化だ!」とか「二次大戦賛美だ!」と目くじらをたてる人が居るそうな。

なーんて話題で超長文書いちゃった。


さて、何から話したら良いのかな。
「艦隊これくしょん」とは何ぞや。からかな?

「艦隊これくしょん」とは
角川ゲームスが開発し、DMM.comが配信しているブラウザゲームである。第二次世界大戦期の大日本帝国海軍の艦艇(軍艦)を萌えキャラクターに擬人化した、「艦娘(かんむす)」と呼ばれるキャラクターのカードをゲーム中で集め、強化しながら敵と戦闘し勝利を目指すという内容である。
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Wikipedia より

ちなみに、「艦娘」ってのは↓こんな感じ
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空母・赤城

ん、まぁ、コレ↓を
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アレ↑にするセンスには脱帽するしかないワケですが。

「艦むす・赤城」が本当の赤城を下駄にしてるのが、ちょっと可愛い。

ちなみに、ゲームとしては課金控えめの良作ゲームという噂(僕はやってない。忙しいし)。

で、この第二次大戦期の戦艦やらを使ったゲームが流行するという現象に対し、「右傾化」の批判が起こるって言う。
で、ゲームしてる若者は「バカジャナイノ?」と言うってゆー。
お約束というか、マッチポンプというか、そういうのがある。と。

そんな話です。

戦艦・大和とか、空母・赤城とか、これらの単語は、確かに帝国海軍丸出し。
そんな言葉が、そこらの若者の口から飛び出せば、世代によっては、それなりにインパクトがあるのは分かる。

のですが、正直、「右傾化!」言う方も言う方で、もう少し中身を知ってから批判しようよ。とも思う。

まぁ、そんな「中身は知らないけど、けしからん。」なんて批判は、ネット民にとっては良いネタとして煽ってるだけ。とも思う。

そのくらいの話。
でも、ま、どっちもどっちで終わりにせず、もうちょっと掘り下げてみよう。


さて。

まず、男の子の武器好きについては、もう仕方ないじゃんよ。
と、思うけど、どうすか?

こどもの時、誰が教えるワケでもないのに、好きなテレビは戦隊モノやロボットモノ、遊びで木枝や傘を剣に見立てて振り回す。
一度は本物のナイフとかに憧れるし、その延長上にはモデルガンとか、格闘技とかがあって、そっから先にいけば流線型の戦闘機に心を躍らせ、戦艦の巨砲のスペックを喜ぶ。
その派生として、スポーツカーやら、電車やら、男の趣味のモロモロがある。

これはもう、男の性としか言い様が無いでしょ。
狩猟で生きてた時代からの名残なんだから。

憲法9条堅持の宮崎駿だって、自身の兵器マニアは認めるとこなワケです。


一方で。
道具ってのは、手にしてしまうと使いたくなるのが人情。
新しいハサミを買えば、特に切るものが無くても切れ味を試したくなるのは当たり前。

だから、「兵器を持つ=戦争する。」って理屈に繋がる。

それがこじれて「艦これ好き → 兵器好き → 兵器持ちたい → 使ってみたい → 戦争」になるんじゃないの?って批判が生まれる。

ん、まぁ、理屈は分かる。
分かる、けど、この理屈は「風が吹いたら桶屋が儲かる」くらいの理屈でしかない。

そのひとつの矢印を越えるパーセンテージは如何程かってトコが抜けてる。
「艦娘(可愛い女子イラスト)、はぁはぁ」が → ひとつ矢印を超えて「空母赤城、はぁはぁ」になるには、大きな壁がある。

「武器が好き」な男の子は、みんな喧嘩がしたいかって話ですよ。
「兵器マニア」と「戦争したい」は、似ているようで違う。

「艦これ」ケシカランの人たちは、ココを同列に語るからややこしくなる。


ここでもうひとつツッコミたいのが、「じゃあ、戦艦じゃなくて、日本刀や西洋甲冑でも同じことを言う?」です。

日本刀や西洋甲冑も、昔は戦争の道具でした。
でも、今、ソレに目くじら立てる人はいないワケです。

そして、現代において「女の子+日本刀(or 西洋甲冑)」なんて、ベタも良いところの題材なワケ。
↓こんなんはもう溢れすぎて飽和してます。
LAcFi


日本刀や西洋甲冑が好きでも「右傾化!」と言われないのは、既に日本刀や西洋甲冑が軍事兵器の役目を終えて、もう人殺しの道具ではなくなったから。

本当に日本刀で斬られた人なんて、現代にはナカナカいない。
日本刀が戦争に繋がるとは誰も考えない。

既に日本刀で戦うのはファンタジーなんです。

だから、誰も怒らない。


日本刀と戦艦は時代が違うでしょ?

いやいや、同じことが起きてるんじゃないすか?


終戦から70年近い年月が過ぎ、実際に戦争を体験した人は少なくなった。
これによって、第二次世界大戦は記録の中の歴史へと変わりつつある。
それは良いか悪いかの問題ではない。

ただの事実。

歴史になってしまえば、織田信長を語るのも、東条英機を語るのも意味合いが近くなっていく。

比叡山の焼き討ちをして第六魔王と呼ばれた信長の虐殺も、今や英雄のいち功績になってしまう。
実際の人物を知る人が居なくなれば、その人の業績や逸話だけが残り、人格や功罪は誇張され偶像化していく。

「徳川家康の墓(日光東照宮)にお参りしたぜ。」と、「A戦犯合祀の靖国参拝したった。」は、どちらも歴史上の存在になってしまえば「多くの人が死んだ戦争の責任を持つ人物の墓参り。」という意味合いとして同じコト。

戦国武将も、A級戦犯も、歴史(偶像)になっていけば、意味合いが似てくる。

ネトウヨかぶれな現代っ子が考える「靖国」は、歴史上の存在と自分を繋ぐ象徴ってだけ。
歴女が好きな武将の城を巡ったり、墓参りしたりするのと同じように僕の目には映ります。

会いにいける偶像(アイドル)ってトコでしょうか。


で、偶像化には副産物があります。
それがファンタジー(おとぎ話)です。

実際に何が起こったかを知る人が居なくなり、記録の残る逸話と逸話(断片と断片)の間にはどうしても隙間が出来る。
その隙間を想像で埋めていく。

美化するも、貶めるも、脚色するのも自由自在。

そこに物語(ファンタジー)が生まれるワケです。

「三国志」も、「平家物語」も、「竜馬がいく」も、元を正せば、語り部が断片と断片のあいだを想像で補ったもの。
歴史家と、歴史小説家の差は、その断片の隙間を、想像で埋めるか埋めないかの差だと僕は思ってます。

で、歴史的に古くなればなるほどに断片と断片の隙間が広くなって、想像を挟む余地が出てくる。
まぁ、ムチャクチャを楽しむ作品なら「関羽雲長が女(他の三国志武将も女)。」なんて漫画があるくらいですからね。(ちなみに、日本の戦国武将は軒並み女性にされています。)
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古い歴史には、無茶苦茶な想像も受け入れる素地(隙間が)ある。
だから、今でも「源義経」や「三国志」なんかが人気の題材だったりするワケです。

そんな有象無象の想像の中に、上で出てきた裸に西洋鎧を身にまとう女戦士なんて「ファンタジー」も含まれている。

実際、素肌に金属片の鎧なんて、痛くて着ていられないし、もし女戦士がいたらゴリラみたいな人じゃなきゃウソでしょ。
なーんてコト、みんな知ってる。
でも、それじゃあ絵にならないし、楽しくもない。
だから、半裸に鉄鎧なんて嘘を混ぜてある。

で、その嘘を嘘として、ファンタジーとして楽しむって文化はある。

誰も、本気で「自分が剣を握って半裸の女戦士と戦う。」ことなんか考えてもいない。

「艦隊これくしょん」はその一環。 (←当たり前)

もし、「第二次大戦では多くの人が亡くなったんだ。だから、そんなファンタジーはけしからん!!」と言うのなら、歴史ネタを使ったありとあらゆる小説・映画・漫画などの創造物は全部けしからんにしなくちゃオカシイ。

戦国時代を扱った作品も、幕末も、人は亡くなってるけど、それを題材にした作品に「けしからん」とは言わない。

まぁ、こんなコト、誰でもわかる。


なのに、なぜ「艦これ」が問題になるのか。

それは「艦これ」は、第二次世界大戦を過去の歴史だと思ってない世代と、過去の歴史と思っている世代の意識のズレが顕著に出ているから。

「大河ドラマ」を見ている人は、大体の人が大河で語られる歴史を、自分とは地続きじゃない「物語」だと思っている。
だから、歴史上の人物には様々な想像を加えることが出来るし、本人よりも格好良くしたり、脚色することが出来る。

大河ドラマで新撰組を描くときには、視聴者に「新撰組に父が殺されて・・・。」って言う人は「いないもの」とするのが大前提。
それが、新撰組に「父を殺された。」人がまだ結構いる時代であれば、新撰組を英雄的に描くのは憚られるし、出来ない。

憚る(はばかる)

第二次大戦で親族を亡くした人がまだいるのに、それを若者が憚らない。
それが、「艦これ」ケシカラン問題の核心。


第二次世界大戦については、その「憚られる」基準がズレてきてる。

ココが、ポイント。


じゃあ、なぜ若者は憚らないのか。

それは、若者にとっては、第二次世界大戦は歴史であり、脚色を加えて良いファンタジーだから。


第二次世界大戦は、今、歴史になる過渡期にある。

そして、その「歴史」になる過程が、過去よりも早い。
コレが現代の問題点のひとつ。

祖父と孫が一緒に暮らしていたような時代なら、過去が「歴史」なるには少しの間があった。
「祖父の父は、特攻で亡くなった。」
そういった話を身近で聞けば、第二次大戦はまだ自分の人生と地続きだと感じられる。

少し前までは、祖父から孫の代くらい(100年くらい)は「歴史」にならずに、自分たちの物語だった。

でも、核家族化、さらには孤族化が進んだ現代は、自分が生きる「今」だけがあって、ソレ以前は全部「歴史」になってしまう。


だから「艦これケシカラン」世代と、「けしからんバカジャナイノ」世代が、ひとつの時代に混在してしまっているだけ。

そこが「艦これ」問題の焦点であって、「艦これ」に右傾化は関係ない。


僕の結論。

「艦これ」けしからん。
と、思う人は、第二次世界大戦が若者の中で歴史(ファンタジー)化している事実とどう向き合うかを考えましょう。

「艦これ」けしからん、バカジャネー。
と、思う人は、少しは「まだ第二次世界大戦を自分の痛みと感じている人が居る」ことに思いを寄せましょう。

互いが、もう少し相手のコトを考えてみましょう。とゆー、あまりに当たり前の結論。


それでも「艦これは右傾化だ!」と言いたい人はコレ↓を見て、右傾化とは何かを自分に問い直してください。
792118312

ゲーム中、艦むすがやられると「中破!」とか「大破!」っていって、服が破けていくんだってさ。

まぁ、「艦これ」なんぞより「大戦略」や「ファミコンウォーズ」の方が、まだ右傾化言えると思いますよ。



ちなみに、「第二次世界大戦の歴史化」と「戦争のファンタジー化」と言うキーワードは、これからもちょいちょい出てくると思います。

最近の発見なんで。


know_the_base at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 国内問題 | 雑感と意見表明

January 09, 2014

スマホ電池のもたせ方

無題

スマートフォンのバッテリーは機種によって持続力が異なりますが、消費が激しいものでは1日も持たないものも少なくありません。そんなスマートフォンのバッテリーを長持ちさせて、バッテリー寿命も長くするための4つのコツがまとめられています。

4 Ways To Keep Your Smartphone's Battery Healthy, Happy And Juiced Up

要約
1>電池の残量を40%〜80%にしておくこと (でも、月イチくらいは使い切って放電するのも大事)
2>月イチの放電時以外は、バッテリーをゼロにはしないこと
3>暑い場所に置かないこと
4>有線で充電すること

Gigazine より


なんだって。

「1」のバッテリー残量を40%〜80%ってのはやってなかったな。
いつも寝る前に繋いで、朝には100%にしてしまっていた。
あと、時々0%にして放電ってのも知らなかった。

気を付けよっと。

以上、マメ知識でした。





備忘録というか、なんというか。
ブログの更新をサボっていると自分が気持ち悪い、今日この頃。

習慣とは恐ろしいものです。
基本、三日坊主の僕がなぜにこの「ブログ」だけは続いたのか、正直、謎ですけどね。

でも、これだけ日常に馴染んでるのに、あんまり更新しないと「アイツ、生きてるの?」なんて、ね。

ならない?

あれ?


で、ココ数日、心の中だけで考えていて、本来なら書いているハズのネタは

>ディアブロ3でナイトメアに入りました
>「カツ婚」の読書感想文
>去年の朝日「声」欄への投稿雑感
>NISAは使いません
>第二次大戦は既に「歴史化」しているという事実

の5本です。
 
しかし、ネタはあるものの、なにせ時間が・・・

年末年始の特番も幾つか見ていないモノがあり、今期始まったアニメの第一話をひとっつも見ず、映画もHDに溜まる一方。


それもコレも・・・、ね。

以上、久しぶりにゲームのせいで睡眠不足の know_the_base でした。



「ちなみに、去年更新を頑張ってたのは、生存報告って意味合いもあったんす。」

「ほんとにー? ただ暇だっただけでしょ。」



know_the_base at 21:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

January 07, 2014

理解なのか、諦めなのか。それが問題だ。

先日から「ディアブロ3」はじめました。

まぁ、コレが面白いんですが。

面白すぎると言うのも、大人にとっては罠と同じ。
寝る間も惜しいほどのハマリよう。
この数日、本当にコレしかやってないコトに愕然とします。


そして、このプレイ環境がヤバイ。

我が家のレイアウト的に、デスクトップPCに向かう=リビングに背を向ける。
音響環境はヘッドフォン。

完全に没頭モードなワケです。


「う・・・、コレはマズイか・・・。」と、嫁さまに声をかけるものの

「大音量でアニメとか映画とか観てるより、静かで良い。」との返答。

「なら、良いかにゃ?」と、再びゲームの世界へ・・・


そして、気付くとさっきまでソファに居たはずの嫁様が寝室に行ってしまっているという・・・。

むむむ・・・。


だって、面白いんだもん!!


「ディアブロはじめました。じゃなくて、ダメ人間になりました。が、正解。」

「人間失格にならないようにしないと・・・。」




実兄へ
Screenshot000

ノーマルモードの中盤、アクト2をクリア。

現在はアクト3の中ほどです。

はやくオンラインであそぼー。



実話の追記

その後、寝室にて。
僕が布団に入ると、嫁様が薄目を開けたので

僕「上(寝室)に行くなら声かけてよー。(ゲームで)遊びすぎて嫌?」

嫁「いや、娘っちが泣いてたから(声をかけてるヒマなかった)。ゲームは、別に。」


・・・・、リアル反省。




know_the_base at 00:57|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 日記 | ゲーム

January 05, 2014

低温やけどに気をつけろ

「低温やけど」とは
温熱熱傷の1つ。低温熱源による熱傷。長時間の低温熱源の直接接触により受傷する。
接触部の温度が44℃だと約6 - 10時間で受傷する。
wikipediaより


低温やけど、て。
何でやけどするまで熱源触ってんのよ。
アホジャナイノ。
むしろ、都市伝説でしょ?


なーんて思っていたら。

やっちまいました。


体重が落ち、血圧が落ちることですっかり手足の先の冷感に弱くなった今日この頃。
そんな僕にとって、程よい温かさの湯たんぽは冬のマストアイテム。

その夜も足先を温めたいと、くっついて寝ていました。

そして朝。
ジクンと左のくるぶしに走る痛み。
表面と言うよりもより内側っぽい痛み。

何だろうと見てみると、赤みを持つ薄い水疱が出来てました。

大きさは、赤み部分を含めて一円玉ほど。

一瞬、理解できないものの、思い当たる理由はひとつ。
すぐにソレが「低温やけど」だと分かりました。

「うお。やっちまった。」

慌てて冷水をかけるものの、弱火でじっくりと長時間くらったダメージは回復せず。

かといって外来にかかるほどのコトもなし。

現在は、自分の自然治癒力に任せているところです。

ほっとく分には、いつもいつも痛いって感じではないですが、風呂はダメ。
お湯に浸けるとメチャメチャ痛いです。
低温やけどは、普通のやけどよりもダメージが深くてより痛く、より治りにくいですね。

むむー、低温やけどあなどりがたし。


本当になるんだな「低温やけど」。

本当に気付かないんだな「低温やけど」。

赤ん坊や高齢者だけじゃなく、35歳の男もなります。
都市伝説じゃありません。

ビックリです。

今回は、接触面積が小さかったから大事には至りませんでしたが、コレがホットカーペットとかで半身のやけどだったら致命傷になりかねません。


寒さが厳しくなってきました。

皆さん、気をつけてください。


「パパが高齢化してるダケでは?」

「たとえそうでも気をつけるに越したことないでしょ。」

know_the_base at 08:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

January 02, 2014

廃人宣言

えーーーと。

しばらく、旅に出ます。

探さないで下さい。






え、と。
ディアブロってゲーム、知ってますか?

Diablo III (輸入版:北米)
Blizzard Entertainment
2012-05-15



洋物のアクションRPGなんですが。

大学時代にプレステ版の「1」に出会い。
言ってもまだスペックの低かったプレステ版は、ローディングに異常な時間を要し、クリアはしたもののハマるというトコまでではなかった。

結婚直後の頃にPC版の「2」を実兄に薦められる。
このブログを始める前の話ですね。

で、コイツがヤバかった。
オンラインゲームでありながら、スタンドアロンとを切り替えられるシステムは遊びやすく、しかもメチャメチャ奥が深く、そりゃあもうハマりにハマりました。

寝ても覚めてもPCに向かってディアブロ2をカチャカチャカチャカチャ・・・、危うく夫婦仲を冷やしたものです。


そして、この正月。
実兄が今年の誕生日にと持ってきたのは、PC版の「3」でした。

まだ日本語版も出ていない、完全英語オンリーのオリジナル版。
今度の1/31を待てば、日本語のプレステ3版が出るというのに、このタイミングでのPC版。

邪悪だよー、この誘いは邪悪!!

逃れられるワケないじゃないか!!

くそー、今年は「絵」でも描いて過ごそうと思ってたのに!!
ハイソな生活をしようと思ってたのに!!

何してくれんだ。>実兄!

そして、ありがとう!!>実兄!


で、早速、インストールしてプレイしてみました。

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くそっ!
おもしれぇ!!!

いつもは英語なんかまったく出来ないくせに、何でゲームの中だと何となく分かるんだよ!
なんで、何となくのカンだけで遊べちまうんだ!!

どうなってるんだ。>自分!


これにより、僕の生活時間は限りなく減少するコトとなりました。

もう、前もって廃人宣言をさせて頂きます。



トリストラムへと旅立ちます。

探さないで下さい。



「さよなら、パパ。」

「パパはアズモダンを斃すまで帰らないよ・・・。」

「斃しても帰らないくせに。」




know_the_base at 23:49|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日記 | ゲーム

January 01, 2014

テッド

テッド [DVD]
マーク・ウォールバーグ
ジェネオン・ユニバーサル
2013-07-24


2012年・アメリカ映画

世界一ダメなテディベア、出没!

1985年、ボストン郊外。
いじめっ子さえも無視し、いじめられっ子にさえ悪態を吐かれる少年、ジョン・ベネット。

そんなジョンのクリスマスプレゼントは、しゃべる大きなテディ・ベア。
ジョンは、「本当に君と話したい。」と聖夜に願った。

少年の純粋な願いは、叶った。

立ち、動き、しゃべるようになったテディ・ベアのテッドは、一躍有名人になる。
セレブリティの仲間入りをしたテッド。
でも、テッドはいつまでもジョンの親友だった。

いつまでも、いつまでも、そう、ジョンが35歳になった今も。

一世を風靡したテッドも、今やすっかり酒と女とマリファナ漬けのダメオヤジ。
一方でジョンはジョンで、まだテッドとべったりの生活を良しとしていて、交際4年目になる彼女のローリーとの結婚が決意できない。

そんな暮らしに転機が訪れる。

ジョンとロリーの交際4周年の記念日に、テッドが部屋に沢山の娼婦を呼んで乱痴気騒ぎ。
食事から帰ってその状態を見たローリーは、ぷっつん。

怒るロリーに促され、ジョンはテッドに家を出ることを提案する。

そして、27年で初めて離れて暮らすことになるのだった・・・。


テッドとジョンは長年連れ添って、カノジョさえも入り込めない阿吽の呼吸を持つ親友。
練りに練られたジョークの応酬を繰り返し、雷が怖いと2人で一緒に眠り、歌を歌う。

だがソレは、お互いに依存しあってしまい、お互いをダメにする関係。

その甘えた関係が、本当に愛した女性の存在で次のステップへと進んでいく。


やべ、洋物コメディで本気で笑っちゃった。

初笑いはテッドだったかー。


テッドの見た目はテディ・ベアだけど、中身はただのスケベオヤジ。
実際、中身自体もテッドが人間でも、別に成立してしまうストーリー。
でも、テッドがテディ・ベアであることで、R−15になってしまうような下品な下ネタジョークさえもユーモラスに変わる。
そこが、この作品のポイント。

27年連れ添った親友との本気の殴り合いのケンカ。
なのに、相手がテディ・ベアってだけで、その哀しいシーンで無性に笑える。

この設定を考えたセス・マクファーレン、天才!!

コメディをベースにした、テッドとジョンのバディムービー。
上質なコメディの定番とは言え、この下ネタ満載コメディで最後にはホロリと出来るラストが待っているとは!

ちょっと御都合感があるけど、悲しいラストはこの作品には似合わない。


てか、この映画はこどもに観せる必要もないし、観る必要もない。
だって、こどもには面白さが分からないと思うもの。

決してファミリーでは観られない(R−15)コメディだけど、2014年の皮切りとしては十二分に楽しめました。


最終評価 A−



know_the_base at 22:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2014年に観た映画 | 映画 た行

新年あけましておめでとうございます

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2014年。
新年あけましておめでとうございます。

Eテレの「23:55−06:55 年越しを御一緒にスペシャル」で年を越した know_the_base です。

今年のたなくじは 「尻上がり大吉 (年後半になるほど吉来たる)」 でした。

今年はどんな楽しい1年になるのでしょう。



2012年の大晦日、CCUのベッドの上で決めた目標「来年は、必ず社会復帰する。」は無事に遂げるコトが出来ました。

そんな精神的に重い目標は2013年でおしまい。

今年の目標は、「絵」 にしようかなと。
色鉛筆画(大人のぬりえ的な?)とか、本格的なデッサンの仕方とか?
この身体で出来る新しい趣味を開拓しようかと。

マエムキ!!

しかし、絵とかになると、「何が目標の達成なのか。」と言うツッコミにブチ当たるのです。
でも、ソレを言いだしてしまうと目標の選択肢が非常に狭まるので、コレはもう年末に「まだ続けてますよ。」と言えたら達成にしようかなーと。

別案で、「毎日、一句詠む。」と言う、無茶なのも考えたのですが、本人がキツいわりに誰得なのでヤメにしました。


ま、真の目標は、「何事も無く、毎日を楽しく過ごす。」です。


午年、年男。
今年も1年よろしくお願いします。



know_the_base at 00:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記