September 2014

September 27, 2014

浅野恭司 原画展 に行ってきました。

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朝からいそいそと準備して、行ってきました茨城県古河市。

いや、遠かった。

古河市は前に勤めていた職場に近いので、ヨユーかと思っていましたが、、、

無理。

この距離を毎日通うとか、本当にもう無理。

昔は冗談で「毎日が小旅行。」とか言ってたけど、フツーに旅行だよ。

しかも道中、恐ろしく何も無いし。
恐るべし、茨城県県西部。


さて、なんとか現地には着いたのですが、会場の古河歴史博物館がやたらと入り組んだ場所にあり、かなり困った。

しかも、狙いであるサイン会会場は歴史博物館から更に奥まった場所にあると言う。

で、サイン会会場に着いてみたら、結構な人だかり。
もっとしょぼしょぼのイベントで、家族3人で抽選すれば1人は当たる位のモンかと思っていましたが、全然そんなモンじゃありませんでした。

恐るべし、進撃の巨人。

抽選券を貰い、隣の弁当屋で昼ごはんを食べ、待つこと1時間。

抽選結果は


当然の落選。


うん。知ってた。

人生上、こういう抽選とか当たらないコトになってるんだよね。
抽選、当たったコトが無いもん。
大丈夫。予定調和だから。

まぁ、悔しいのは、当選番号と1番違いだってコトかな。
1人後ろで貰ってれば良かったね。


ちなみに肝心の原画展は、かなーーーり規模の小さいイベントでした。
会場の案内は、浅野さんがデザインした古河市のキャラクターの捨て看板とゆー。

実際の会場は、小さな歴史博物館の小部屋ひとつ。
展示内容は、もう一声と言ったところ。


でも、古河市にしてみれば、有名になった出身者がワザワザ不便な土地で展覧会を開き、キャラクターを作り、人を集めてくれるんだから、ありがたい話よね。


もう、古河に行くのは勘弁ですが、地元を大事にする浅野恭司さんのファンにはなりました。


「パパの趣味に付き合って、1日を使い、疲れた家族への言葉はないのか?」

「大変ご迷惑をおかけしました。本日は誠にありがとうございました。」

「夕飯は?」

「私めが作らせて頂きます。」

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September 26, 2014

明日は「浅野恭司 原画展 」に行きます。

明日は少しだけ遠出をします。
行動制限範囲をちょこーっと超えるのですが

第2回 浅野恭司 原画展
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↑コレに行ってきます。

浅野恭司さんは「水曜どうでしょう」や「鬼灯の冷徹」「進撃の巨人」のキャラクターデザインを手掛けた人。

どの作品も一通り見てきたので、単なるワガママで「行きたいなー、行きたいなー。」と騒いでいました。

そしたら、なんだかモヤモヤとしたものが、チリのように積もり積もってきた夫を察してくれた嫁様が

「道中寝ないで、話題を提供してよね。」

と長距離運転を引き受けてくれました。

久しぶりの遠出。
それだけで単純に嬉しい。

抽選ですがサイン会もあります。

抽選当たるといいなぁ。


「私が当たったら、なすびを描いて貰うんだ!」

「パパが当たったら、洋さん! ママは?」

「私が当たったら、あげる。」

「お、おぅ、ありがと。」

(実話)

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September 24, 2014

どーこぉかぁ遠くへ、いーきたーいな。

大動脈解離発症以来、僕の行動範囲には制限があります。

どれくらいかと言うと、大体、半径50km圏内かな?

仕事とかでどこかに行く必要がある時には医師の確認をとってから。
一度行ったディズニーシーは、気候の良い時期を待って、実家の両親同伴の上、前泊し、更に場内は車椅子でした。


旅行なんか無理して行かなないなら行かないで、生きている方が大事。

まぁ、そうなんですけど。

でも、案外としんどいのね。コレ。


以前なら半年に一度は大学時代の友人たちと旅行に行っていたし。
夏と年末年始には仙台の嫁様実家に帰っていたし。

なんだかんだで遠出をしていた。

それが無い生活ってのが、じみーーーに首を絞めてくるんですよ。


無駄に高速に乗って、どっかのサービスエリアでコーヒー飲んで帰ってくるだけでも良い。
意味もなく海ほたるで360度パノラマをやるだけでも良い。

どっか行きたい。

現代人には旅行禁止が意外なストレスになるのだと、この身体になって知りました。





こっからは言い訳。

最近の暴走する物欲は、ストレス発散の代償行為のような気がする。

旅行にいけない、食事は制限、身体を動かすにも気を使う。
酒も飲めないし、カラオケで熱唱も躊躇われる。

あまり考えないようにしてるけど、結構ストレス溜まってんのかな。



know_the_base at 21:12|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

September 23, 2014

iPadからのお試し更新

実家の壊れたノートパソコンの代わりに出て行ってしまった、僕のブログ更新用パソコン。

元々キーボードの相性が良くなかったので、実家にあげてしまうコトになりました(?)

そこで次なる愛機を探すべく、実家のiPadでブログを更新テスト中。


んー、慣れ、、、かな?

やっぱりキーボードは欲しい気もしますが、いつもiPhoneをいじっているので、まぁまぁ打てる、か?

こりゃあ、要検討すな。


「マーマー!! パパがまた何か言ってるよー !!」

「コレはばーばの為に仕方なくだから。パパが自分で望んだワケではないのだから。」

「マーマー!! パパがまた何か言ってるよー !!」

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September 22, 2014

ゲーム卒業のタイミング

こんな記事を見つけて、激しく同意してしまった。


昔ハマった(やったことのある)ゲームは?
(この記事のタイトルおかしい)

ゲーム好きの人は、ふとした瞬間に「あ、もうゲームは卒業かも……」と思うことが定期的にあるそうです。そう思ってしまうきっかけはさまざまですが、例えば、今まで寝る間を惜しんでやっていたレベルだったのに、少しプレーしただけで「もういいや」となってしまったときに「ゲーム卒業」を考えてしまうとか。今回は、こうした「もうゲームは卒業だ」と思った瞬間を、ゲーム好きの読者に聞いてみました。

●ゲームをしても面白いと思わなくなった。(27歳男性/金融・証券/営業職)

●新しいゲームをプレーしても昔ほど興奮しなくなった。(28歳女性/学生/その他)

●好きだったタイトルの次回作が発表されてもワクワクしなくなったとき。もう卒業かもと思った。(31歳男性/情報・IT/事務系専門職)

●ゲームをする時間が「もったいない」と感じるようになったとき。(25歳女性/金融・証券/販売職・サービス系)

●ゲームを買うお金が「もったいない」と思うようになったとき。(25歳男性/機械・精密機器/販売職・サービス系)

●プレーしてもすぐに飽きたり、疲れたりしてしまう。(23歳女性/マスコミ・広告/事務系専門職)

●最後までクリアしなくても平気になったとき。(34歳男性/小売店/販売職・サービス系)

●3Dになったり映像が進化し過ぎたと感じたとき。「時代が変わったな」と思って次のシリーズ作品からやらなくなりました。(35歳男性/機械・精密機器/営業職)

●コントローラーのボタンを全部使いこなせなくなった。(33歳女性/アパレル・繊維/クリエイティブ職)

●RPGのレベル上げなどの単純作業がつらくなった。(23歳女性/学生/その他)

●結婚して、恋愛ゲームに登場するイケメンにドキドキするのに罪悪感を感じるようになった。(37歳女性/電機/技術職)

●自分が持っていないハードで、好きだったタイトルの新作が発売されたとき。(31歳女性/小売店/販売職・サービス系)

●新キャラが登場しすぎてついていけなくなった。(43歳男性/建設・土木/営業職)

●プレー動画を見るだけで満足するようになった。(32歳男性/学校・教育関連/専門職)

●セーブデータが消えてしまっていたとき。(27歳男性/金属・鉄鋼・化学/技術職)



15項目中7項目該当。

know_the_base よ、お前もか。


まぁ、コレ、正しくは「家庭用ゲーム」に限定されてて、ケータイゲームは含んでないっぽいですけどね。

該当したのはお金モッタイナイ系ではなく、モチベーションに関わる上から4つ辺り。
むしろお金モッタイナイよりも致命傷って感じ。


故障や世代交代により、家にあって(一応)稼働する置き型ハードは旧型wii のみ。
携帯型は、旧型PSPと嫁様のニンテンドー3DS。

んー。

まだケータイで出来るヤツとかは、やるんだけどね。
家庭用は諸々の面倒臭さに勝てなくなってきた。

専用ハードを買って、ソフトを買って、テレビの前に固定。
このハードルを越えられなくなってきたかな。

いつでも手元にあるケータイでDL出来るゲームのクオリティが必要十分になってしまったんだから仕方ない。


なんて、36歳が言ってんだから世話はない。


「知ってますよ。パパとママが夜な夜なドミニオンに興じているコトを! テレビゲームは卒業してもカードゲームは卒業しないのか!」

「あ、アレは良いの。楽しくて夫婦共通の趣味だから。何の問題もないの。」

「開き直り?!」

「いやー、むしろゲームは極めていくと対人のアナログゲームに勝るものはないのかもね。最終的には紙とペンのみで出来るテーブルトークが最強か?」

「卒業どころか、悪化しとるがな!!」


know_the_base at 20:55|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 日記 | ゲーム

September 21, 2014

ノートパソコンが無い暮らし

不便ですた。


実家の母が使っていたノートパソコンが壊れ、僕がブログ更新用に使っていたノートパソコンを貸し出しました。

キーボードの配置がイマイチ気に入らないヤツなので、あげてしまっても良いかぁー位の気分で貸し出したのですが

いざ、無いと案外不便なモンでした。

ほぼブログ更新にしか使わないし。
iPhoneあるから更新は困らないし。
なんて思ってたのですが、やはり作業力差は歴然。

更新も、コメント返しもノビノビになってしまってます。


いやー、こりゃあ困った。

仕方ない。

iPadとキーボードを買うしかないな。

うん。きっとそうだ。それが良い。

仕方ない、仕方ない。


うしししし。



「ばーば絡みな問題にすればママが文句を言えないと思っての狼藉の数々、ママが許しても、この紅葉ハンドがゆるしちゃぁ、おかねぇ!」

「は、はぁー!」

「打ち首獄門! ひったてぃ!」

「罰が重い!」



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September 19, 2014

流石にデケーだろ、iPhone6 plus

今日は平日休み。
iPhone6の発売日です。

別件でですがソフトバンク屋に来ました。

で、店頭に出ていた新しいiPhoneを見たのですが、デケーよ。

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写真は6plus と千円札を並べてみたところ。

んー、画面が大きい方が確かに画面は見やすいけどさ。

コレ、ポケットに入らないよ?

もう、ケータイは携帯すんなってコトなのでしょうか。

もし機種変更するにしてもplusはないかなー。
って、僕の今使ってる5Sの割賦は来年の12月まで有るのでした。

でも、実質自己負担2400円で機種変更出来るって言われるとね。
惹かれるよね。

ね?


「え、本当に機種変更なんてしてませんよね?」

「してないよー。ただ様子見に行っただけだよー。」

「このパパって男、信用がおけないです。」


その後話。

嫁様帰宅後、iPhoneのコトを報告。
実質負担2400円は本当なのか、で議論になり、再度ソフトバンク屋へ。
で、確認した結果、やはりiPhone5Sの割賦が終わってからでないとダメみたい。

あぁーあ。


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September 18, 2014

新聞にオピニオンなんか要らない。

従軍慰安婦問題や吉田調書問題で朝日新聞に大バッシングの嵐ですね。

中国、韓国、東京電力に朝日新聞。
最近の「叩いて良い。」となったら徹底的って風潮に対する嫌悪感が半端ない。
けど、まぁ、今日の話はソコではなく。

僕自身も朝日新聞読者として、ちょっと思うところはあるのですが、まぁ、今日の話はソコではなく。


今日の僕の疑問。

「新聞にオピニオン(意見)って必要か?」 です。

朝日・毎日新聞なら左派、読売・日経新聞は右派、東京新聞なら比較的中道。
新聞各社にはそんな傾向がありますね。

元々は政治に対して批判的か、それとも政府の提灯記事を書くかっていうスタンスの違いが、今日の左右派の源流になっているのだろうなーとは想像します。
が、現在の状況って「新聞」ってモノの在り方からすると随分と歪んでません?

Yahooニュースに代表される断片化された情報は、時々刻々と更新され、ケータイを通じて常に手元に届く。
web情報の速さに新聞みたいなペーパーメディアが「早さ」で勝つことは不可能。

じゃあ、新聞に意味は無いのか?


いえいえ、新聞に意味はあります。

例えば、「バスの交通事故」のニュースがあったとします。
一件だけを取り上げれば、その事故の規模、被害者そんな内容が流れて終わり。
でも、その「バスの交通事故」の発生頻度が、バス業界全体だと5年に1件平均の中、A社だけが1年に1件発生していたとしたら、違う絵が見えてきませんか?

専従記者の仕事ってのは、断片化された情報を繋ぎ合わせて今まで見えなかった絵を浮き上がらせ、それを伝えていくこと。
で、現在のところ、最も一般的に記者が情報を伝える手段が「新聞」と、僕は認識しています。

膨大な一次情報の中に意味を見出し、繋げて、形にする。
この作業ってのは、素人が片手間にやってもナカナカ意味のある形にはなりません。
でも、一次情報だけでは情報の海にのまれてしまう。

「情報リテラシー講座」なんてモノも書きましたが、情報に対する訓練を受けていない素人がこの情報の海から正しい判断をし続けるなんて、まぁ、不可能。

だから、僕は情報を繋ぐプロの記者を雇う。それが新聞を「買って読む。」意味。

あくまで新聞は膨大な一次情報の中から意味のある情報を拾い出し、その情報を繋ぎ合わせて読者に提供するのが仕事。
そこに良いも悪いもない。善悪もない。新聞は、あるがままを伝え、そこから先の判断は、読者がする。


なのに、最近の朝日新聞がやらかしている失敗は、そこに自分たちなりの味付けをしようとしたことにある。
「世論をこっちに誘導しよう」という意図を持って、あるがままの情報に手を加えてしまった。

まぁ、情報伝達機関としっては、大変残念なお話。

その結果、従軍慰安婦という問題の本質が変わってしまったとなれば、右派の方々でなくともヒトコト言いたくなる。


でも、最近の大新聞を見ていると、その残念さは何も朝日新聞だけの話ではない。
毎日は朝日以上の左派傾向が目に余るし、読売は阿倍マンセーな反中・嫌韓な提灯記事ばかり書いて「右派」と呼ばれる読者のご機嫌ばかりとっている。

そもそも僕が新聞を「お金を出してとっている。」意味からしたら、首を捻りたくなる内容の数々。


さて、そこで最初の疑問に戻ります。


「新聞にオピニオン(意見)なんて必要か?」

政府の出してきた情報に懐疑的に向き合うか、肯定的に流すか、といった報道スタンスの違いはあって良いと思う。

だけど、情報に報道機関による味付け(意見)なんて、そもそも必要ないでしょ?

情報を受け取って判断するのは、読者でしょ?



記者だって物書きなのだから、何らか自分の意見を伝えたいって気持ちはあると思う。

そういう味付けした意見は、「オピニオン」欄や「社説」欄の中だけでやってくれ。

と言う話。

正しく言うと

「新聞にオピニオンはあっても良いけど、記事には要らない。」

ですかね。


朝日新聞には、報道機関としての本来の形に立ち返って欲しいものです。

まぁ、そんなコト言っても、情報の受け手側が未成熟って問題はありますけどね。



know_the_base at 20:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 | 国内問題

September 15, 2014

敬老の日に両親を使う鬼息子。

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昨日に続き、今日もピクニック。

今日は実家のじーじ、ばーばと一緒に霞ヶ浦近くの大きな公園に来ました。

昨日に比べると雲が広がって、やや肌寒さも感じますが、運動量抜群の娘は元気いっぱい。

じーじの手を引いては「じーじ、あれ行こう!」と、孫パワー全開。
そして、じーじメロメロ。

祖父と孫娘の最高デートを遠くから眺め、広げた簡易テントの中でゴロゴロするダケのパパ。

あー、楽チン。

大人が沢山居るて良いわー。楽だわー。


「パパは昨日だってママにお世話を任せて、ベンチでウトウトしてました。」

「今日もこれから軽く昼寝するわー。最高だわー。」

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September 14, 2014

久しぶりの攻殻機動隊 Stand Alone Complex が面白い。

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先日、軽く自己嫌悪に陥る原因となった「攻殻機動隊 Stand Alone Complex」の第一期DVDが届きました。

で、買ったからには観るでしょ。

現在、第3巻。
このシリーズの核となる「笑い男事件」に公安9課が関わりだした辺り。

しばらく味わいつつ、ゆっくり楽しもうと思っていたのに・・・

止まらない。

この後の展開を知っているのに止まらない。


スゴイなぁ、この作品は。
10年以上前の作品とは思えないクオリティ。

アニメーションは、ある時期を境に質的な向上が無くなったとは言え、この作品のように
「10年前の作品なのに、今、新作として放送されても違和感が無い。」ってレベルは稀。


とりあえず、この作品を通しで見終わるまでは他には手が出ない、ですね。




know_the_base at 21:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 | アニメ

天高く馬肥ゆる秋。

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日差しは暖かく、風は少しだけ涼を含む。
空は晴れ渡り、高い。

正に行楽日和。

あまりにも、あまりにも良い天気に誘われて、今日は広い公園に遊びに出ました。

コンビニで手抜きお昼を調達してのピクニック。

公園には同じ目的の家族が数組。

夏に乗り遅れたセミと、秋を告げツクツクボウシの混ざり合った、今だけの音のシャワー。

穏やか。

なんて、良い日だ。

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September 13, 2014

ハロウィンていつからメジャーイベント?

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ママがお買い物にお出かけ中、娘と僕でハロウィンの飾り付けをしました。

ハロウィンの飾りもクリスマスのオーナメントシステムを採用して、一年にひとつだけ良いのがあったら買うことにしました。

なので、マトモな飾りはまだひとつ。

去年買った飾りがポツンでは淋しいので、折り紙でチョキチョキ切り絵。
コウモリやジャック オー ランタンなどを作って貼ってみました。

これから10月のハロウィンまで、玄関はハロウィン仕様になります。


しかし、ハロウィンていつからメジャーイベントになったんですか?

僕が大学生だった頃(2000年頃)まではソコまでのイベントじゃなかったと思うんだけど。

今は色んな街中の至る所でハロウィンハロウィン。
んー、いつから?

でも、ま、そうは言っても「トリック オア トリート?」をやってるのは見たこと無いですけどね。


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September 12, 2014

デッドコースター

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2003年・アメリカ映画。

原題は『ファイナル・デスティネーション2』。
もちろん、『ファイナル・デスティネーション』って映画の続編だけど、そっちはまだ観ていません。
だって午後のロードショー作品だもの。


リゾートに向かう若い男女。
キンバリーがハンドルを握ってハイウェイを走る車。
順調な旅の始まりと思ったのも束の間、何台もの車が絡んだ大事故に巻き込まれてしまう。

燃え盛る車、追突する後続車、事故に巻き込まれて次々に死んでいく人たち。

そしていざ、自分が死ぬ・・・。
キンバリーがそう思った瞬間、ハッと気付くとキンバリーは事故の時間の前の自分に戻っていた。

感情が高まったキンバリーは、自分と後続車の人たちを救うために車を停めて道を塞いだ。

警察官に声をかけられ、後続車の人たちから罵声を浴びる。
「ハイウェイを止めて!」警官を説得しようとしたその時、キンバリーの目の前でさっき自分が見た事故が起こる。

本当なら死ぬはずだったのに、キンバリーの予知によって命を拾った9人。

本当なら死んでいたはずの人間が生き延びると言うのは、運命を司る「死のシナリオ」の怒りに触れる。
その時から、9人は死ぬはずだった順番の通り「死のシナリオ」によって命を落としていく。

キンバリーは、死の運命に抗うために命を落とすはずだった人たちを集めるのだった・・・。


続編映画ですが、コレ単体で観ても特に問題なく観られます。

そして、完全B級、もしくはC級かと思うタイトルですが、結構面白いです。


死のシナリオなる強制力によって死を強要されるのだけど、その死に様がヒドイ(笑)んです。

排水溝に落とした指輪を拾おうとしたら手が引っかかって抜けなくなり、その時に火事が起こって間一髪で逃げたと思ったら、落ちてきた非常用梯子に頭を潰されたり。

必ず「これは死ぬ。」という状況を乗り越えて、ワンクッションおいて油断したところで殺されるのだけど、その死に様があまりにもユニーク。

作中では「奇妙な死に様」なんて言われてるけど、「ジョークのような死に様」が正解だと思う。

あり得ない状況で次々に死んでいく登場人物たちが、次はどんな展開で死ぬのか、それを予想してハズれるのがやたら面白い。
特にラストにかけて、今まで結構な重要人物だった人たちをポンポンと殺っていくところはかなりの見せ場。

サスペンスホラーとの分類ですが、この作品はサスペンスコメディだと思います。


真面目なツッコミをすれば、なぜフツーのハイティーンだった主人公が予知能力を得たのか、とかは謎のまま。

あと、ラストで主人公が生き延びた理由がいまひとつピンとこない。

でも、まぁ、その辺を真面目にツッコむ作品でもないし、別に良いかぁ。


最終評価 B



know_the_base at 21:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 2014年に観た映画 | 映画 た行

September 11, 2014

欲望管理が出来ない自分をやめたい。

自分で分かっている自分の欠点のひとつに「無駄遣い」がある。

DVD・Blu-ray、本、漫画、フィギュア、カードゲーム・・・・。

かつて集めたモノは数知れず、今も僕の本棚はキチキチのギチギチ。

蒐集癖なんて言うと「男の性みたいなモンでしょ。仕方ないじゃん!」なんていう、言い訳めいた響きがあるけど、実態はただの「無駄遣い」。

この自分の悪癖を知っているが故に、Amazonのアカウント管理を嫁様に一本化して買い物制限をしていたのに、ヤフオク!を覚えてそのタガが外れかけてます。

昨日の夜、ヤフオク!で、「攻殻機動隊SACの第一期DVDセット」を買ってしまいました。
そんなに高額のモノでもないけれど。
市場価格よりは割安ではあるのだけど。

値段の問題じゃなく。

ちょっとこのところ無駄遣いが過ぎるから「もう本当に欲しいものだけにする。」と思った矢先の衝動買い。

自分でもどうかと思う。


誤解の無いように言っておきます。

嫁様に怒られたワケではありません。
少しガッカリされただけです。

なので、今日は反省文です。


モノを買う。
その時その時には、それなりの理由(言い訳)を付けて、納得したつもりになっているのだけど、その大半は「無駄遣い」。

・好きな映画(アニメ)のDVD・Blu-ray
うん、まぁ、欲しいよね。
いつでも好きな映像作品が手元にあるなんて最高だ。
でも、ソレ、年に何回観るの?
そして、ソレ、旧作レンタル100円でしょ?

・本・マンガ
完全に同上。

・好きな映画(アニメ)のグッズ等
うん、まぁ、欲しいよね。
ポスターや模型にフィギュア、並べてるだけだけど欲しくなるよね。
でも、ソレ、要る?
買って並べて、終わりだよね?

・カメラ関係
確かに良い機材で撮ると綺麗に撮れる。
ハイスペックは最高だ。
でも、君が撮るの、娘ばかりだよね?
そのスペック、要る?

その他、色々色々色々と日々物欲にまみれ、流され、ちょこちょこと買う。
この繰り返し。
そして増えていくモノ、モノ、モノ。

そのひとつひとつを手にとってみれば、映画はレンタル、本は図書館、漫画は漫画喫茶で済ませられなかったのか?
本当に必要か?
今必要だったか?
そんな疑問が湧いて出る。


大体の欲しいモノは、冷静に考えると要らないモノ。
全て、棚を埋めるばかりの、ただの飾り。

お金を使わなくたって、モノを買わなくたって、今と同じ生活は出来る。
そんなコト、しばらく前から分かっている。

それなのに、なぜ買ってしまうのか。
レンタルや漫画喫茶の無い時代からの習性と言ってしまえば、それまでだけど。

いい加減、いつまで続けるのか。>自分


本当に必要なモノだけを買う。

本当に必要なモノだけに囲まれて暮らす。

ひとつの理想。


そういう生活を実践している人が目の前にいる。 嫁様だ。

必要なモノがあっても彼女はすぐには買わない。
何度となく吟味して、店にも確認に行って、でも気に入ったものが無ければ「買わない。」という選択をする。
結果、彼女の周りには、彼女が快適に暮らす為のモノだけがある。

ちょっと小金がある時に、「何か欲しいものないの?」と聞いても、大抵の場合「んーー、特にない。」と彼女は答える。

僕が社会人になって初めてボーナスが出た時の話。
まだ大学生だった嫁様に「何でも良いから欲しいモノを買おうよ!」と無理やり買い物に連れて行ったコトがある。

誕生日でもないのに「何か買ってやる!」と息巻く彼氏の顔を立て、半日繁華街を歩き回り、何とか彼女が選んだのはブランド物でも何でもない何千円(5000円しなかった?)かのカバンひとつだった。

「デザインと大きさでコレが良いから。」と、僕が勧めた同じくらいの大きさの値が張るブランド物は却下された。


そのスタンス、心から「この人、すごいな。」と尊敬する。

金銭管理、物品管理、書類管理。
日常の隅々にまで行き渡る透徹した嫁様の計画性と管理能力は、仕事で事務方をやっている人間から見ても稀有だと思う。

僕の人生に嫁様が居なかったら、きっと家も建たずに狭いアパートでガラクタに埋もれて生きていただろう。
嫁様が居てくれたから、無理をしない形で家だって建てられたし、整理された快適な日々の暮らしを満喫できている。

一方で、このお手本が目の前に居ることで「何で自分は嫁様のように暮らせないのか。」と自分が情けなくなる。


せめて、嫁様に言われたとおり、ヤフオク!のアプリは消そうと思います。

僕という人間と、このヤフオク!のアプリはダメな方向で合いすぎでした。


今日は、しみじみと反省したので、しおらしく終わります。


「でも、心の中では色々思ってんでしょ? 分かってんだよ、ちょっと吐き出してみ?」

「人間が本当に必要最小限だけで生きるとか言い出したら、少しの衣類と食料だけで生きられるのかって話ですよ。
無駄なモノの中から芸術や文明は生まれたし、芸術も娯楽もない世界で、何のための人生かって話にもなってくるでしょ?!」

「反省は?」

「しゅーーーん。」


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September 08, 2014

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 「新編」叛逆の物語 



2013年・日本映画
シャフト製作


劇場版「魔法少女まどか☆マギカ」の第三弾。
TV版のダイジェストだった「魔法少女まどか☆マギカ (前編) 始まりの物語」「(後編) 永遠の物語」
この「叛逆の物語」は、その先の物語。

自分の願いの代償に、人の悪意や心の闇によって生み出された存在「魔女」と戦う宿命を背負うことになった少女たち。
命を懸け、存在を懸ける、あまりにも過酷な運命に翻弄された少女たちの因果。
歴史の中に数多存在した魔法少女たちが紡いだ因果の果て、生み出された最強の魔女・ワルプルギスの夜。

ワルプルギスの夜を前に、「過去から現在にわたる全ての魔法少女たちの解放。」を願った鹿目まどか。

自分の存在を代償にしたまどかの願いによって、世界は作り変えられ、魔法少女たちのルールが作り変えらた。
まどかが変えた世界で、苦しみ、憎しみ、命を散らした少女たちが生きる別の世界が生まれる。

魔女の代わりに生み出された魔獣・ナイトメアと戦うことになった魔法少女たち。

だが、その終わらないナイトメアとの戦いの中、魔法少女のひとり・暁美ほむらは違和感を感じる。

「私たちの戦いは、これで良かったんだっけ?」

その小さな疑問は棘となってほむらの心に突き刺さる。


可愛い絵柄、洒落た演出によって毒を増していく、相変わらずのダークファンタジー。
あまりにも救いの無い、呪いにも似た物語は、脚本・虚淵玄(ニトロプラス)の真骨頂。

世界の理(ことわり)を書き換えたり、作り変えたりする物語だけに、超展開はあって当たり前。
とは言え・・・・

辿り着くラスト、驚愕と言うか、衝撃と言うか、そういうのとは違う斜め上をいく「ここまでやるか」感。

でも、この観客置いてっちまうくらいの展開が、「魔法少女まどか☆マギカ」らしさ。
変な予定調和なハッピーエンドなんか用意しない潔さ、流石。


そして、映像作品としての完成度、半端ない。

可愛さ、グロさ、残酷さ、愛おしさ、そんなものがアニメで表現される驚き。
この作品は、アニメーション作品と言うか、ちょっとした前衛芸術だと思う。


違和感の答えに辿り着いてしまったほむらと、諸悪の根源・きゅうべえの対話。
まどがが生み出した新しい世界の中で、その神に近いまどかの力を利用しようとするインキュベーター・きゅうべえと、「まどかにもう一度会いたい。」と願う心を利用されたほむらの答え合わせ。

この対話の意味を一発で理解するのは結構大変。

でも、ナゼか大体意味が分かってしまう変態変換脳。

エヴァに始まった「視聴者に分かって貰わなくても構わない。」というスタンスの作品を観続けた結果がこの能力かと思うと、自分でもどうかと思う。


観る人間を選ぶことは間違いない作品だけど、ハマる人にとっては堪らない作品。


最終評価 A


know_the_base at 22:26|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 2014年に観た映画 | 映画 か行

September 06, 2014

ブログのススメ

「老若男女問わず、皆さんブログを書きましょう。」と言うお話をします。

芸能人でもない零細ブロガー歴9年(!)の人間が感じてきた、ブログやってて良かったこと、続けるコツ、その他を、何回かに分けて紹介したいと思います。

ちなみに、この現在のこのブログは、毎日の平均来訪者が110人前後、ページビューは300前後ってトコ。

何万ビューもあって、毎月数百万稼ぐ芸能人ブログとは雲泥の差。
でも、単なる一般人のブログを、毎日100人以上の人が読んでくれてるって、地味にすごくない?

あれ? そうでもない? 

そうでもないですね。

つまり、この記事は、「アクセスをバリバリ稼いで、アフィリエイトでガンガン稼ぐノウハウを教えろ!」という希望には添えません。
むしろ、逆の内容です。

単なる一般人ブロガーだけど、若干廃れつつある「ブログ」の良さをアピールしたい。
そんなウブな動機で書いています。

御了承ください。


まず「ブログ」を薦めるにあたって、パッと思いつく大事なコトを挙げていきます。


・自分のブログの一番の読者は自分自身

そもそも日記なんだから、自分が読むのは当たり前。
むしろ自分さえ読まないブログなんか、書く意味なし。
でも、逆に、自分っていう読者がひとりいるなら、書く意味がある。

日記を書くのって、良いよね。

こんなバカなブログの推薦方法あるかってくらいの話ですが、日記、良いですよ。

そして、日記を日記でなくブログにするメリットは沢山あります。

手書きで字を書かなくて良い。
日記帳がなくても、携帯ひとつでどこでも書ける。
過去の記事、検索できる。
画像を載せるのも簡単。

基本三日坊主の僕が9年続いたのは、手書きじゃなかったから。

もちろん、ブログは紙媒体の持つ「守秘能力」は一切望めません。
ナイショのコトを書き続けたいなら、紙の日記がイチバンです。


・アフィリエイトはつまらないからやらない。

一般人がいくら頑張っても、ブログでは最低賃金の半分の稼ぎも望めません。

アフィリエイトを意識すると「閲覧数」とか気にしだし、閲覧が稼げる記事を書こうとしてしまいます。
でも、人気がある商品、人気がある観光スポット、一般人が考える閲覧が稼げそうな記事なんて誰でも思いつくし、誰かもっと有名な人が書いています。

ネタの為に体験し、文章を書く。
それは結構な労働ですが、一般人がブログで稼ぐなんて、そもそも無理。

ブログで金を稼ごうと考えるくらいなら、コンビニでバイトした方が良いです。確実だし。
小銭稼ぎの結果、ブログがつまらなくなるので、スパッと諦めてやめましょう。

もしも、誰かの役に立つ記事をあなたが書いたなら、それは相手が勝手にgoogleで検索して見つけて、勝手に使います。

ちなみに、よほど特化した趣味を持っているか、マニアックな専門知識がある人が書いた専門向けブログは別。
この記事はそういう人に向けていませんので悪しからず。

もしも、どーーーしてもアフィリエイトがしたいなら、しばらくブログを書いてソコソコの閲覧が稼げるようになってから考えても遅くはありません。


ちなみに、このブログでAmazonのリンクを貼るときがありますが、アレのアフィリエイト収入は僕に入りません。
全部ライブドアに入ってます。
無料ブログをこんだけ使い倒しているので、アフィリエイト分くらいは恩返しの気持ちでリンクを貼ってます。


・「○○ブログ」と専門性を気負わない。

何でもかんでも書きましょう。

ブログを何かひとつのテーマにまとめるのをやめましょう。

日記ブログだとしても、そんなに毎日日記に書くレベルのイベントは起こりません。
映画ブログだとしても、そんなに毎日映画は観れません。
読書だとしても、旅行だとしても、グルメだとしても、同じです。

「○○」のネタだけ書こうと思っていると、まず更新の期間がノビノビになります。
更新が少ないから、当然ながら閲覧も少ないまま。
で、やる気は失われていきます。

でも、「今日はこんなことがあった。」「今日はこんな映画を観た。」「今日食べたアレは美味しかった。」というコトが「何も起こらない」人も少ないのではないでしょうか。

「旅行記」や「映画感想」を読んで役立ててくれる人は、勝手にgoogleで検索して、その記事だけを読んで去っていきます。
雑誌じゃないんだから、「○○」の情報が「○○ブログ」に集まっている意味はあまりありません。

一方で、その自分が書いた様々なネタは、自分の人生の記録として残ります。
「アレっていつ買ったんだっけ?」とか、「アレってどんな作品だったけ?」と思ったとき、ブログは非常に役にたちます。

ソレを仕事にしているワケでもない一般人が「○○」だけに限定したブログなんか、そもそも無理と割り切りましょう。


・出来る限りの知人に宣伝してしまう。

僕は親・兄弟・親戚・友人・知人・職場の同僚と「ブログなんて書いてるんだよねー。」と言える距離感の人にはブログの存在を教えています。
これは絶対ではないですが、オススメです。

その結果、もちろん「書けないネタ」も生まれます。

でも、それが良い感じのブレーキにもなります。
顔の見えない電子世界だからと言ってルール無用なワケではありません。
無茶苦茶を書けばしっぺ返しがありますし、時には社会的に死んでしまう場合もあります。
でも、記事を書くときに「○○も見てるんだよなぁ。」と思うコトがブレーキになります。

あと、久しぶりに会った親戚や友人と、話の前後や近況を説明する必要なく会話が出来ます。

この効果は、本当に絶大。
もっとココはアピールされて良い。

あまり会えない叔父さんが、この間書いた社会問題について語りかけてくる。
「お久しぶりです、最近いかがですか?」から毎回始める関係とは違う人間関係が築けます。

それに、親戚や友人はブログを結構読んでくれます。
しかも、リアクションがある。

リアクションはとっても大事。

更新のモチベーションや、文章の書き方が全然違います。


さて、ブログを書くデメリットですが。

基本的にこの9年間でデメリットを感じたコトはありません。

しいて言えば、更新してないと気になってしまう。くらいでしょうか。

あと、一応はWeb情報のみで身元バレしないようにはしています。
一般人のブログがそうそう炎上なんかしてくれません。
燃えてもローソクが良いトコです。


このままずーっと死ぬまで続けたら、ちょっと面白い読み物になるんじゃないかなーなんて小さな野望を抱えた零細ブロガーの独り言ですが

どうです?

ブログ、ちょっと興味が出ませんか?

この企画は個人的に気に入ったので、またいつか続きを書こうと思います。




まとめ。

ブログやってて良かったコト
・自分の日記がある。(←コレ最重要)
・日記を書くときに手書きしなくて良い。
・日記がウェブ上にあるので、いつでもどこでも読み返せる。しかも、どんなに膨大な量になってもカテゴリや月毎に分かれているので遡りやすい。(映画感想・読書感想・買ったものの感想を書いておくとより良い。)
・親戚・友人・知人に公開しておくことで、話の前置きが要らない。むしろ、意外な人が読んでいてくれたりして話がはずむ。
・文章を書く事に抵抗がなくなる。
・一応は他人が読むものとして書くので、起承転結、言葉使いや韻、見やすさなんかも意識した見せ方が上手くなる。
・日々の暮らしの中でブログネタを探すことで、自分の中のアンテナが敏感になる。

ブログやっててダメなコト
・多少は時間をとられる。
・更新してないと気になる。
・もしも何かのキッカケで炎上したら、不特定多数に過去の文章を遡られてしまう。

know_the_base at 22:31|PermalinkComments(0)TrackBack(1) はじめに | 雑感と意見表明

September 03, 2014

男女別「恋愛対象」の探し方。

まずは下の画像を御覧下さい。


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↑男子用


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↑女子用


さて、この画像を見て、あなたは心の中で何を思いましたか?


A:「この中に可愛い子(格好イイ人)は特にいない。」

B:「しいて言えば、上の段の右から○番目の子が可愛い。 しいて言えばだけどね。 しいて言えば。」

C:「栃木のローカルアイドル・とちおとめ25じゃん!!(懐かしのアイドル・ずうとるびやん!)」







答え。

Aの方:女子脳をお持ちです。

Bの方:男子脳をお持ちです。

Cの方:現実はあなたには合わないようです。


この回答が、男子脳と女子脳による「恋愛対象」の探し方に直結してます。


どういう事か、今から説明します。

男子(脳)の恋愛対象の見つけ方。 
「限定条件の中で比較して、より可愛い子を選ぶ。」

女子(脳)の恋愛対象の見つけ方。 
「自分の中に理想像があり、理想像と現実を比較する。」


僕は男子なので、完全にBの思考で画像を見ました。
僕の中では「上の段の左から二番目の子が可愛い。」が、この画像を見た時の感想。

男子は、一定条件下で集められた女子(恋愛対象候補者)を見た時、その中から自分の恋愛対象になりうる相手を無意識に探します。
ひとつの女子群を見たら、その中の女子にランクを付ける。
そして、自分の中で上位にランクされた女子を「恋愛対象者」として認識するのです。

なので、男子鉄板の話題は(女子にコレを知られると怒られますが)、「クラスの可愛い女子ランキング」なのです。

この男子脳の恐ろしいところは、自分に与えられた女子群がどんなに少数であろうと、ブ○の集まりであろうと、どんなカテゴリーの女子群であってもその中でランクを付けてしまい、その上位者を恋愛対象としてしまうこと。

結果、こういう存在が生まれます↓
"オタサーの姫"を見た!--「ツインテール」「黒髪」「カラオケでアニソン」
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「オタサーの姫」 とは。
いわゆるオタクサークルの中で特に可愛くもないのにチヤホヤされる女子のこと。
また、男子集団の中にいる客観的には可愛くないのにチヤホヤされる少数女子を指す場合も含む。

この「オタサーの姫」こそ、典型的な男子脳の発露。

オタ集団や理系・工学系など、女子人口が極端に少ない環境下でもこの「男子脳」が働いてしまう。
結果、極少数女子の中で「よりマシ」な存在が「一番可愛い子(姫)」として扱われる状況が生まれてしまう。

もちろん、その対象がひとりだった場合は・・・御察し。

この男子脳を利用した作品が「東京島」ですね。
無人島に多数の男子とサエないオバさんが漂着し、オバさんがその島の女王になるっていう。


(注・ここから先の女子考察は、偏見と憶測に満ちています。)

一方、女子はどう恋愛対象を選別するか。

それは、「自分の中に理想像があり、理想像と現実を比較する。」のです。
限定条件の中に好みの水準に達した男性(恋愛対象者)が居なければ、「選ばない。」という選択をするのが女子です。

なので、女子の会話の鉄板は(噂で聞くだけだけど) 「出会いがない。(良い男が居ない)」なのです。

男子は自分に与えられた限定条件の中から 「あの子が(この中では)一番可愛い。」と考えるので、「出会いがない。」と言う状況はあまり生まれません。
女子は「脳内の水準を満たすか、満たさないか」が大事なので、「出会いがない。」という状況が簡単に起こるのです。

理想の水準をどのレベルに置くかだけが女子の中の判断基準となり、現実は後からついてくるモノ。

なので、共学になったばかりの元女子校に入学した少数男子だからと言って、キモメン・ブサメンがモテモテのチヤホヤになることは無いのです。
その環境でさえ、多少なりチヤホヤされる男子は、それ以前に一定水準をクリアしているハズです。



要約してしまえば、恋愛対象の探し方が

男子は比較評価、女子は絶対評価

なのです。


良く「男子は理想主義(夢見がち)。女子は現実主義。」なんて言葉を聞きますが、こと恋愛に関しては「男子が現実主義。女子が理想主義。」なんですね。

なーんて、現実はこんなに単純じゃないですけどね。



余談
今回の記事を書くにあたって、程よく「ダメ」な感じの女性集団と男性集団の画像を探したのです。
で、ダメな感じの女性ユニットはすぐに幾らでも見つかったのですが、ダメな感じの男性ユニットが、まー見つからない。

正直、ずうとるびはイマドキの格好をさせれば格好良くなりそうだし。
でも、明らかにブサイクなお笑い芸人とかの画像を使うのはちょっと違うなーと苦しみました。

ここでも男性脳と女性脳の分かりやすい特徴が出てるなーと、自分の見解を強化させました。

男性は、「冷静に客観視するとアイドルとは呼べないような女性集団」からでも自分の「推し」を見つけることが出来てしまう。
だから、地方アイドルなんてもんが成立する。

一方、女性は「冷静に客観視するとアイドルとは呼べないような男性集団」なんてモンから「推し」を見つけることは出来ない。
だから、地方「男性」アイドルなんてもんは成立しない。

ローカルアイドルってのも、そうやって考えると上手いコト出来てるのね。


「AKBも地方アイドルですよね?」

「実際、地方アイドルレベルに毛が生えた程度だと、個人的には思うよ。」


know_the_base at 22:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 国内問題 | 雑感と意見表明

September 01, 2014

ダイナソー in L.A.

ダイナソーinL.A. [DVD]
トリート・ウィリアムズ
アルバトロス
2013-12-04


2013年・アメリカ映画

バイオテクノロジー会社が復活させてしまった恐竜たち。
実演プレゼン中にコントロールの効かなくなった恐竜たちがロサンゼルスの街に逃げ出して、さぁ大変。


自分のコトしか考えず、手柄の為に安全対策を無視する暴走チーフ(マッチョ)。

チーフの暴走が止められないけど、安全策は提案する科学者(ナヨナヨ)。

正義感があり、なぜかオノで恐竜と戦える消防士主人公(無敵)。

文句と運だけは一人前。絶体絶命のピンチでもジョークを忘れない主人公の娘(色気なし)。

時々浮いて見える不思議な恐竜たち(モロCG)。


CGとお約束展開に彩られた、とにかく作りが雑なB級映画。

パクパクと一般人たちが恐竜に喰われていく。
これだけの事件なのに、警官たちは拳銃をパンパン撃って、バクバク喰われるばかり。

でも、何よりヒドイのは、2013年製作とは思えないCGの恐竜たち。
これなら1993年製作のジュラシックパークの方が圧倒的に恐竜らしい。

どんな銃弾も通さない恐竜が、主人公の木材殴りで倒れるのはなぜなのか。

恐竜の生態についての考察は一切ナシ。あっても小学生の図鑑レベル。
恐竜が単なるデカくて凶暴な爬虫類としてしか描かれていないので、生き物に見えない。

と、まぁ、タイトルから想像通りのクオリティでした。

ラストのハッピーエンド風味が、最悪。


最終評価 C+


何か最近、BC級映画しか食指が動かないんですよね。
流して見られる作品がちょうど良いと言うか。

know_the_base at 22:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 2014年に観た映画 | 映画 た行