February 22, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その1 発症〜CCUへ

記憶がハッキリ残っている内に、今回の「急性大動脈解離」の時系列での闘病記をまとめておこうと思います。
おそらく超長編連載になる予定。しかも、毎回長文。
そのくせ、前半に行数を割きまくって、後半はアッサリの予定。

まぁ、本人の記録なので、ご容赦下さい。


2012.12.27
クリスマスの余韻を残しつつ、年末の長期休暇まであと2日と迫った年の瀬。
その日も当然ながら出勤の予定。
むしろ、年末の長期休暇に向けて、準備すべき仕事を残業まで含めて頭の中で考えながら朝食をとっていました。

※基礎情報1・・・・・
遺伝子の病気「マルファン症候群」を持つ僕は、2005.12 に大動脈瘤の人工血管置換及び、人工金属弁への置換術を行っています。
その為、血管の中に血栓が出来ないように抗凝固剤(ワーファリン)を毎日飲んでいます。もちろん、それに付随した様々な薬も。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、朝食を食べ終え、朝の薬を飲もうとした時に何とも言えない違和感を感じました。
例えるなら、首元から現れた蛇が背骨にそって走り、そのまま胃の中に落ち込んでいくようなザワッとした感触。
そして、胃の少し下の辺りでとぐろを巻いた蛇が、そのままソコに居座るような感触が続きました。

確かに感じる不快な違和感。
でも、「痛いか?」と、聞かれれば、痛い訳でもない。
消えない違和感の正体を考えながら、しばらく待てば消えないかと僕は動きを止めました。

そんな僕の異変に気付いた嫁様と少し会話。
「大丈夫?」
「うーん? わかんない・・・。」
この時は本当に分からないコトしか分からないような状態でした。

何はともあれ、「とにかく職場(病院)に付いたら受診しよう。」と決め、出勤時間も迫っていたので手元の薬を飲んで出勤しました。

※基礎情報2・・・・・
マルファン症候群は、筋骨格・目・血管に特に異常を生じる病気。
なので、医師から「急性大動脈解離」と言う病気が発生する可能性がある事は知らされていました。
ただ、急性大動脈解離に関しては、発生時に「バットで殴られるような急激な痛みが生じる。」と話に聞いていたので、この時点の違和感を解離だとは考えませんでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出勤の為、いつもの通りを走っている途中から、段々と違和感は明確な「痛み」へと変わってきました。
通勤路の中ほどを過ぎた頃には、普通に座っているコトも満足に出来ないほどの痛みになっていました。

最も痛みが酷いのは腰から背中にかけて。
僕の中で解離の可能性も一瞬頭をよぎったのですが、徐々に痛みを増してくる症状の経過から判断がつかない。
むしろ、その時は腰の痛みから「尿管結石」なんじゃないかと思いました。

今になって思うと、とゆー、言い訳をさせて貰えば、僕は「大動脈解離」が起こったら、自分の人生は終わると考えていました。
本当の意味で死んでしまう可能性はもちろん、半死半生になって社会的に死んでしまう位のモノだと考えていました。(まぁ、本当にソレくらいにクリティカルだったんですが。)
だから、運転が辛うじて出来る位の痛み、そんなモノが「大動脈解離」だとは、認められないし、認めたくなかったんでしょう。
まぁ、後から思えばって話ですけどね。

僕の通勤路は国道6号線と言う、非常に太く、通行量も多い通り。
ですが、幸いにも近隣の学校が冬休みに入っていた為に流れはスムーズでした。

段々と、確実に増す痛み。
ここで車を路肩に寄せて救急車を呼ぶべきか、そのまま職場である病院まで自分で向かってしまうべきか。
コレは相当悩みました。

信号で止まった時に救急外来に連絡も入れ、悩んでいる間も車は進む。
病院まではもうあと数分の距離。
もう、大通りに車を止めて渋滞を作ったりしてまで救急車を呼び、救急車を待ったりするよりも、直接自分で向かった方が絶対に早い。

最終的に、痛みで吐き気さえ感じるようになっていました。
でも、僕の心の中で、「今、事故だけは、絶対に、ダメだ。」と念じながら、いつも以上の安全運転(のつもり)で走り、病院の駐車場に車を停めました。

救急外来の事務室に駆け込み、「とにかく急いで受診したい。痛い。」と伝える僕の切迫した状況を見た後輩が、診察券を握って救急外来に走ってくれました。

おそらく救急外来の中で僕のカルテを確認して「ヤバイ患者だ。」と思ったんでしょうね。
僕の待つ事務室に、いつもはにこやかな顔馴染みの看護師が飛んできて、「とのかくストレッチャー(救急で使う移動可能なベッド)に寝ろ、もう、決して動くな。」と真剣な表情で言うんです。

「あ、コレはヤバいヤツか。」 僕もやっとその時、大動脈解離の可能性を認めました。

今思えば、この辺から僕は相当混乱してます。

「担当医は? 誰先生?」 看護師の質問に、どうしてもいつもの先生の名前が出てこない。等々、いつもなら普通の受け答えがどうしても出来ない。

そして、驚くほど早く現れた別の内科医(その時、別件で救急の医師が集まっていたらしい。)から寝たままでCTスキャンで使う造影剤の説明を受け、いつも使っている薬なので寝たままの姿勢で同意書にサイン。
あっと言う間に点滴のラインが作られ、あれよあれよと言う間にCT室へと運ばれ造影CT。

で、付き添った内科医が、造影CTを取り終えて、まだ機械からも出ていない僕に

「解離、起こしてるよ。」

そう告げました。

医師にしてみれば、むしろ解離が前提での確認CTだったんでしょうね。
そして、多少は顔も知ってる職員である僕も「その為のCT」だと思ってると、思っての告知だったんだと思います。

その告知は、非常に冷静で、淡々と「確認事項を確認しただけ。」と言った雰囲気でした。


「解離、起こしてるよ。」

頭の中を回る言葉。
理解、出来るのに、消化出来ない言葉。

「最悪のパターンだったか。」 と、冷静に受け止める自分。
「仕事どうしよう。」 と、どうにもならないコトでテンパる自分。
「自分はどうなるんだ。あれ?これから死ぬのか?」 と、思考が半分ブラックアウトして、何も考えられなくなる自分。

この瞬間から、色々が一気にゴチャゴチャになりました。(この先はちょっと記憶が曖昧かも)

救急外来に戻ると、担当部門の先輩が「家族に連絡するから携帯貸して。」と声をかけてくれる。
これから明らかに迷惑をかける先輩。「申し訳ありません。」としか言いようがない、どうしようもない申し訳なさ。
まだ、この時は年末の仕事の処理のコトとか考えてて、自分でも大変だと思ってる量を、この人たちに押し付けるのかと思いながら携帯を渡す。
この時位まで「仕事どうしよう。」が頭にガンガン鳴り響いてて、この日で一番泣きたくなった瞬間かも知れない。

傍に居る内科医に
「最低2週間〜1ヶ月くらいは入院だから。CCU(集中治療室)の用意が出来次第、上がってもらうよ。」
と告げられる。

この辺から、感覚がバカになって、自分の話が少し他人事の様に感じ出す。

医療事務的に名前だけ知っている「最強クラスの鎮痛剤」が、当然の様に自分に注入されていく。
「へぇ、こんな形で、こんな風に使うのか。」なんて、本当に他人事のように観察したりしてしまう。

いつもの担当医師が現れる。
「どうやって来たの?」と聞かれ、「自分で。」と答えたら、「次は絶対に救急車で!!」と言われる。
「そんなコト言われても。」と、思いつつ、「そうか、次もあるのか。」と言う現実に気付く。

寝たままの姿で、チラリと嫁様と父上の後姿が担当医師と一緒に診察室の中に消えていくのが見える。

痛み止めの効果なのか、どんどん増していた痛みは同じ痛みで足踏みするようになってくる。

自分の考えていた「大動脈解離」と多少イメージのズレた現状に、多少の安心感と言うか「(この病気の)最悪パターンじゃないかも?」といった楽観的なことを考え、内科医に今後の展開など聞いてみる。

「事務職への復帰は出来るんじゃないか?」

その言葉を聞いて、少しだけ安心する。

「CCUの用意が出来た。」と連絡が入り、そのままストレッチャーでCCUへと運ばれる。
その時、少しだけ嫁様と父上の顔を見る。この時の心境は、上手く文字に出来ない。
と言うか、嫁様と父上の表情も、自分の心境も、上手く思い出せない。

自分の心境は、「悲しい・ツライ」と言うよりも、「申し訳ない。」に近かったコトだけは憶えている。

そして、CCUへと辿り着く。


「急性大動脈解離・闘病記 その2 初日CCU〜2日目朝」へ




「2/22 猫の日と猫物語に絡めたオチ、付けますか?」

「この連載で、オチ付けますか?」

「・・・。」

「分かればよろしい。」




know_the_base at 12:32│Comments(5)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

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この記事へのコメント

1. Posted by ナカムラユエ   February 23, 2013 07:34
続き、のあるしあわせ。
われわれ読者は「続き」があるのはあたりまえと思っていましたが
管理人さんのこの文章を読むと、決して当たり前などではなく
さまざな協力と幸運と生への執着が「続き」を生んだのだとおもいました。

続き、待ってます。
でもあんまり根をつめないでくださいね。
2. Posted by べべお   February 23, 2013 08:17
話してもらったから、知っている部分もあるけど、改めて文章化されると…

いかに壮絶だったか、一言では言い表せない大変さが分かるよね。

気持ちの整理も改めて出来るんだろうけど、心身共に無理はしないでね。
3. Posted by 管理人   February 23, 2013 20:57
>ナカムラユエさん
始めてみました。闘病記。
そうですね・・・、自分で書いてて「続く」が続かなかったらどうしようと思ってしまいます。

まぁ、この長編は一気に書いてしまって完結させる予定です。
根を詰めるつもりもないのですが、文章を打つのは基本、好きなようです。

>べべお
自分で書いて伝えてると思ってるよりも、意外と壮絶な内容だよね。

まぁ、文章を打つ分には使ってるのは頭と指先だけなので、疲労っていうほどの疲労は感じてませんのでご安心を。
ま、ほどほどを心がけます。
心配ありがとう。

4. Posted by コム   February 23, 2013 23:26
いやー、本当に参考になる内容の話でした。

以前に書いていて、消えてしまった「発生」がこの感じだったんだね。

運命的に病院に勤めていたとゆーか、あの沖縄での再会では、色々と抱えていたんだね。
あの時、一瞬曇ったお二人の顔を見ましたが、色々とあったんだね。

本当に勉強になります。
ウチが集中治療室に入ったのとは、意味が違う、、、。

また、再会、よろしくね〜


5. Posted by 管理人   February 24, 2013 10:36
>コム
iPhoneで打つのとキーボードで打つのは気分がちょっと違うんだよね。
なので、iPhoneで打つのがキツイと感じたこともキーボードだとイケたりしてまう。

僕の「病院勤め」は奇跡というか、そうじゃなかったらこのブログが初年度辺りで終わっててもおかしくない位に僕の命を救ってくれてます。
職場が病院じゃなかったら、外来に受診するのも一苦労だし、本当に病院勤めでよかったよ。

また地元に戻るときには再会よろしゅう!

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