February 24, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その2 初日CCU〜2日目朝

さて、「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。
毎回、長文。しかも、イタイやツライなどばかりの煉獄時代を含みますので、嫌な部分は読み飛ばして下さい。

2012.12.27
大動脈解離発症初日。
病名告知「解離、起きてるよ。」からは、基本的に医療者側のやらなければならないコトを問答無用で患者に処置していく行程が続きます。
もう、患者側に良いも悪いもない。やらなければならないコトを最短でやっていく。

発症当初、治療方針が決定する前に解離に対して可能な対処方法。

それは「絶対安静とモニタリング」です。

患者は、血管の裂け目が開かないように動かないで、裂け目の安定を待つ。
医療者側は、その解離の固定化までの間、致命的な部位へ解離が動かないかをモニタリングし続ける。

その為にすること。
超強力痛み止めの持続注入。
ベッド上で排泄を可能にする。
食事不能なので、点滴による栄養剤やその他薬剤の注入。
モニタリングの為に様々なモニターを付ける。

要するに僕は、尿管にカテを入れられ、点滴やら心電図やら様々なケーブルに繋がれ、寝返りひとつも許可制となりました。

この状態にする為に行われた処置の過程で、僕は健康な時に持っている「羞恥心」や「自尊心」を投げ捨て、捨てられ、必死で命を拾うコトだけを考える「入院患者」へとジョブチェンジしたワケです。

この「絶対安静」でツラかったコトを一気に列挙します。
・痛み止めが効いてるとは言え、背中から腰にかけてが痛むのに動けない。
・一応、意識有の状態で、同世代看護婦さんに陰部をつままれて尿管カテを挿入される。
・超強力鎮痛剤の副作用で吐き気が常にある。何かを飲めば飲んだだけ吐く為、飲水禁止となる。
・飲水禁止となり、許されているのは水を口に含むのみ。
・空気が乾燥してて、咳痰が異常に出る上、寝たまま動かずに痰を吐かなければならない。

痛み、猛烈な吐き気、痛みに響く咳、喉に詰まる痰、そして、ソレらへの反射で強制的に体が動いてしまうのに、「動かないで。」と言われるのが常にベースとしてキツイ。
そして、吐いたり咳きこんだりして猛烈に喉が渇くのに、「飲水禁止」であるコトが、更にキツイ。
そんなでした。

ちなみに、下記の2つは特記すべき、別件のキツかったコト。

右手首の動脈から直接に血管状況をモニタリングする「Aライン」ってヤツの挿入とか、痛かったな。
「人生の経験上で・・・。」と言えるくらい信じられない位に痛い注射を手首から入れるんですが、血管の形状のせいか5〜7回位は上手く入らずに刺し直したりとか?
そのくせ、ちょっとしたベッドの移動でラインがズレた結果、せっかくのラインがダメになる。
しかも、結局「刺し直さなくて良い。」コトになった時は、「だったら最初っから刺さないでくれよ。」と流石に思ったな。

そして、カーテン挟んで隣のベッドが家庭内不和を抱えたアジア系男性外国人(おそらく心不全?でそちらも安静のハズ)。
酒を飲んで面会に現れた妻との激しいケンカや、親族の仲裁、そして、自己判断で帰ると言い出して看護師たちに取り押さえられたりとすったもんだなど。
メンタルがヤラれ、ただでさえ耐え難い状況なのに、安静環境でなかったコトも厳しかったなぁ。

あとオマケ。
あまりにも喉が渇いて研修医に「水分を摂って良いか?」と聞いたら、「良い。」と言われ、喜々として水分を摂ってゲロゲロに吐き、「飲水禁止」になった過程。
コレに関しては、今でも「その「良い。」の判断は何だったんだよ。」とツッコミを入れたい。


さて、展開が派手だった救急外来の急転直下に対し、CCU(集中治療室)に上がってからは、とにかく地味(?)に耐えるのみの初日。

救いはやはり家族に会えたコト。
誰と何を話したか、とか、曖昧ですが、それぞれの顔を見ただけで泣けたコトだけはハッキリ覚えています。

そして、夜。
面会時間ギリギリまで家族は居てくれたものの、一晩中と言うワケにもいかない。
安眠など出来るワケもなく、ちょっとウトウトと眠れそうか・・・と思うと、看護師が現れて定時の血圧測定(両手足・両手首の4か所)をしていく。、
キツイを耐え続け、眠れない夜。アレは長かった。
しかも、全く寝られない長い夜はCCUを出るまで続きました。
ツラかったな、CCU。


2012.12.28
発症から明けて翌日、ある意味でこの闘病記のクライマックスになります。
なぜなら、大きな治療方針の決定があったからです。

大動脈解離と言う病気に対して、可能な治療の選択肢は2つ。

「手術をするか、しないか。」です。

不幸中の幸いで、CTの結果も、正常な会話をしているところからも、今回の解離は(27日現在では)脳血管にダメージのある形ではなかった。
なので、脳死や緊急手術は回避した。(もし脳側へも裂けていた場合、おそらく、今ここに居ません。)

だが、裂けているのは大動脈。
枝のように細かい血管が繋がり、その一つひとつが大事な臓器へと血液を運んでいる。
脳と言う、最悪の場所を避けれたからソレでOKとは問屋が卸さない。
どこか大事な臓器への血管が裂けても、裂けて血管内に残る膜がどこかの枝の入り口を塞いでも、それもアウト。

そして、今回、僕の解離は、右の腎臓及び消化器官へ血を送る血管側と裂け目を伸ばしていたのです。

このまま安定を待つか、手術が必要な状態なのか。
27日の検査結果は「手術必要?」のギリギリのトコ。
担当内科医にも現時点では判断のつかない、微妙なボーダー上に僕は居ました。

「手術しちゃえば良いじゃん。」

ね。そんな風に思いますよね。

でも、大動脈は、大動脈です。
背骨に沿って伸びる、血流の中心。木で言うなら幹。
さらにその幹の手前には骨、皮、五臓六腑があるワケです。
その幹から生えている枝ひとつ殺さず、幹を人工物に交換しようって話ですからね。

しかも、血の止まらない抗凝固剤を飲んでる患者を、ほぼ緊急のような状況で。

今まで自分が自分の身体について調べ、知っている知識。
大動脈解離と言う病気のヤバさ。
医療事務という仕事柄や、前回の手術の時の難易度、そして、ソレから推定する今回の手術の難易度は

成功率? さぁ?
死亡率? 言っちゃいけない位じゃない?

そんなトコでしょうか。

ま、簡単に「手術しちゃえば良いじゃん。」とは・・・、ね。

「手術が必要かも。」と朝イチで担当医師に伝えられた時、僕の中の全ての知識が「遂に来た。」と警報を鳴らしていました。
「大動脈解離を起こしたら、死ぬかもしれない。」 確実にその方向へと足元が傾いていく。そう感じました。

手術になったら、死ぬかも。

本気で、そう思う2日目が始まりました。


「急性大動脈解離・闘病記 その3 2日目・手術の判断」へ



「随分と大げさに言ってませんか?」

「表現は抑えている方だと思います。」


know_the_base at 12:32│Comments(2)TrackBack(0) 日記 | 療養生活

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この記事へのコメント

1. Posted by コム   February 24, 2013 17:42
8台疾病付きの住宅ローンを組んで、初期のガンになったら、生還もできそうだし、ローンもチャラになってラッキーかもね、なんて話す人をみたりもしますが、やはり入院はハードルが高いなぁと感じました。
羞恥心や自尊心って、なかなか抑えられないもんだしね。
2. Posted by 管理人   February 24, 2013 20:43
>コム
そのプランはもし実行されればラッキーだろうけど・・・ね。
そのガンが初期だと良いですね。
って、話かなぁ。

当然のように下着を剥ぎ取られ、陰部への処置、オムツ着用当たり前。
集中治療室に入った時に意識があると、羞恥心・自尊心をコナゴナにされるね。
あの時に「あぁ、入院患者になったな・・・。」と痛感したよ。

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