January 18, 2014

情報リテラシー講座 第4回 「情報リテラシーは心のフィルター?」

なんだか、最初に考えていたよりも随分と遠くに来てしまった気がします。


誰か・・・。

いや、弱音は吐くまい・・・。


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情報リテラシー講座・第4回。

タイトル ; 「情報リテラシーは心のフィルター?」


第3回「情報リテラシーはいつも正しく働くのか」では

「沓を落とす」というメッセージから「兵法の極意」を読み解いた張良(受信者)の師匠・黄石公(発信者)の目線に立ってみました。
張良はスゴイけど、黄石公目線に立つとどうなのかは別問題。

「シンプルに情報をそのままの意味で受け取れない。」

ってのは、「負の情報リテラシー」にもなるんじゃないの?

そんな話まででした。


日常に溢れる情報。
発信者の意図と、受信者の理解がズレる。

これは、当然ですが良い場合と悪い場合がある。

相手の小さな弱音から、心に抱えた大きな問題を察知する。
そんな場合もあるでしょうし。

芸能人の小さな発言が思わぬ地雷になったりする。
そんな場合もあるでしょう。


「誰が、どんな内容を、どのタイミングで、どの方法で(メディアに)出したか。」

その情報ひとつが持つ意味は、複層的に積み重なり、読み解く人間によって意味を変えていく。
ひとつの情報の持つ意味が文字や言葉を超えて、何倍にも膨らんでいく。

その結果、正の情報リテラシーが発動すれば、「1を聞いて10を知る。」ようなコトもありますし。
負の情報リテラシーが発動すれば、「言葉を尽くしても理解が得られない。」ようなコトにもなるワケです。

負の情報リテラシーが発動してしまうと、「本当は○○という意味で。」といった訂正や反省さえもが更なる負の情報リテラシーを引き出すトリガーになってしまう。


この時に問題になるのは、情報リテラシーの処理は「1対1」対応にはなってないということです。

発信者から出る情報は、ひとつではありません。
時間をかけて様々な情報が発信者から出てきます。

受信者はそのひとつひとつを別個に吟味するのではなく、前の情報で自分の下した判断をベースに次の情報を処理します。
ひとつの情報には、前後の文脈がある。

例えば
「自衛隊を軍隊に!」と言った人が、「憲法9条改正!」と言い、「集団的自衛権の意味を変える。」と言い出した。

この時、情報の受け取り手は、ひとつひとつの情報に対してではなく、ひとつの発信者からの一連の情報として処理しようとします。
「集団的自衛権の意味を変える。」というメッセージには、「自衛隊を軍隊にしよう。」とする意図を見てとるのです。

これは、受け取り手にとっては、情報リテラシーで処理する前に通るフィルターとなります。

フィルターを通ることで、情報には発信者の意図しなかった色が付くことになります。
結果、発信者にすると、「そういう意味じゃないのに!!」 というメッセージを相手に送ることになってしまうのです。


ジャイアンが、「心の友よ。」と言って、のび太を抱きしめる。

今はどんなに良いことを言っていても、日頃の行いが悪いと信じてもらえない。

今言ってる「心の友よ。」を受け取るのび太の心には、昨日のパンチがよぎるワケです。


昨日があって、今日があって、明日になる。
人間ですから当然のことですが、情報リテラシーなんて格好付けても所詮は「人間のやること」なのです。


1度受け取り手がかけてしまった
「この情報の発信源はA(左右などのカテゴリー情報)だから、世論をBしたい。だからこの情報にはCというフィルターがかかっている。」
というフィルター(ややこしい!)は、簡単には外れません。

「ナチスに学べって言ったけど、ソレは良い意味なんだってば!」
なーんて発信者Aがどんなに頑張っても、まずそのフィルターは外れない。
むしろ逆効果になってしまいます。

そして、フィルターのかかった情報処理の回数が増えるほど、そのフィルターの色は濃くなり、外れにくくなっていく。


さて、情報リテラシー(だんだんこの言葉の意味がズレてきたな)にかかったフィルターは、悪いモノでしょうか。



余談

ちなみに、これまた最近よく聞く 「ブレた。ブレない。」と言う言葉。
コレは、発信者が受信者の作ったフィルターに合った行動をしているかどうかです。

別の事柄に対する別の情報を発しても、その人のイメージ(フィルター)に合致していれば「ブレない。」と評され、ズレれば「ブレた。」と言われる。

国防と従軍慰安婦問題、靖国は本来は別々の問題。
でも、情報の受け取り手が発信者に対して「全部賛成の右翼フィルター」をかけて処理している時に、「国防は大事だけど、靖国は参拝しない。」って人はブレているように処理される。

なぜ皆がココにこだわるかと言うと、大量の情報をさばいている受信者は「なるべく早く簡単に情報を処理したい」と考えているから。
その時に、フィルターから外れた行動をされると一旦立ち止まって考えなきゃいけなくなる。
それが、嫌なんですね。

右翼フィルターをかけたら、その人には右翼らしく振舞って欲しい。

そう考えているから「ブレ」にこんなに敏感になるんです。


本来の民主主義的には

「今すぐ脱原発だと思って政治家になったけど、議論を重ねる中で原発を併用しつつ量を減らしてくのが現実的と考えるようになった。」

は、アリなんです。

でも、今はソレを許さない。
それは、「今すぐ脱原発」ってフィルターをかけて処理していた人が「併用論」になると、面倒くさいから。

本当なら「何で併用論になったのか。」を聞かなきゃいけないと思うんですけどね。

手間、かかりますもんね。

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もう第4回だと言うのに、終わらない。
しかも余談まで書いてるし!

でも、次で終わらせるもんね!

と、決意だけしてみる。

では次回 「心のフィルターは自分自身。」でお会いしましょう。

次回は、更に長いけど、許して!!



know_the_base at 21:13│Comments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

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