June 16, 2017

人生の幸せと不幸せを分けたもの。 その1

小学2年の娘とくっついて寝て、深夜に起きて、考えたこと。

まず、今のこの生活は、自分の身に余ると言うか、上出来すぎるほどに幸せだなぁと思う。

40歳が視野に入ってくると、それなりに自分も、周囲も見えてくる。
自分は、やたら頭が良いとか、やたら運動が出来るとか、そういう才能はない。
何かに情熱を燃やし、何かに邁進する気概もない。
特筆するほど金持ちじゃないし、かといって金に貪欲なほどの欲求もなければ、稼ぐ才能もない。

ふつーだ。

あまりにもフツーのスペックの凡百の一般人。
むしろ、循環器系に障害があるし、自分自身単体のスペックだけ考えたら平均よりマイナスだ。

でも、今の自分は家族に囲まれ、気に入ってる家に住み、それなりに自分では良いと思う仕事をして暮らしている。
仕事はほぼ定時に帰って、夕飯を家族で一緒に食べて、わいわいして、娘とくっついて寝る。

昭和か。

妻と子2人、一軒家、そこそこの仕事。
昭和の中流家庭を絵に描いたような生活だ。

僕は野原ひろし(クレヨンしんちゃんの父)なのかな?

でも、この生活は、やれブラック企業だ、やれ貧困だと報じられる現代の日本社会では、相当に幸運で幸福な生活だと思う。


僕はいわゆるロストジェネレーションと呼ばれる、団塊2世で不遇の世代。
高校だかにバブルははじけ、就職氷河期、派遣切り、年末派遣村、ニート、そんな社会不安がリアルタイムでまさに自分の世代で起こってた。

実際、不安定な社会情勢の先端に現在進行形でいる世代だと思う。


自分の出身大学は、世間に名の知れたような有名大学でもなく、何かの専門性に特化したような大学でもない。
地方のそこそこの、しかも文系学部・文系学科を、特に優秀でもない成績で卒業した。

大学卒業の頃の自分は、今の自分が見たら本当に情けなくなるくらいに何も考えてないパープリンで、なんとなーくで生きてたし、なんとなーくで就職も考えてた。

一方で就職氷河期やらなにやらってのが、その渦中だとそんなヤバい状況なんだっていう認識が追い付かないワケで。
就職に準備も何もしてないし、動き出しも早くはなかった。

つまり、凡百一般人の情弱大学生は、就職氷河期真っ盛りで就活もそんなに上手くいってなかったワリに危機感も薄かった。

何もないだけじゃなく、危機意識も、準備もない。まさにザコ。

もはや死亡フラグ立ちまくりだ。

あのまま就職失敗してたら、たぶん当時はやたらと羽振りの良かった工場派遣とかに金に釣られてなって、派遣村行き。
もしくは良く分かんない営業とかになって、超忙しくしてるうちに大動脈瘤が早々に破裂して死んでたハズ。

とにかく、特に何もない自分のスペックで、あの状況は、今振り返ると完全にアウト。
綱渡りにしても、半分落っこちてる感じだ。

よくあそこから今の状況を手にしてんなぁと、本気で思う。 まじミラクル。


じゃあ、死亡フラグの自分と、今の自分。
分けた要素は何だったのかなぁと振り返る。



長くなりすぎた。

これも次回に続くにしよう。



「パパ、人生語っちゃうのー?」

「うん、オヤジだから。」


know_the_base at 05:12│Comments(0)TrackBack(0) 雑感と意見表明 

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