April 11, 2018

感情の感想

「嫌い」という感情は、非常にやっかい、面倒くさい、エネルギーを使う。
「あの人の、ああいう振る舞いは好きじゃない。」とか、「ああいう言い方は嫌だ。」と部分的に評価することはあっても、「あの人は嫌い」と全人的に嫌いになることはあまりない。部分的な「嫌い」を繰りかえされることでなることが多い。
そして、一度全人的に嫌いになってしまうと、大変めんどうくさい。
一挙手一投足に苛立つ。
見る・聞くと苛立ちで思考が奪われ、エネルギーが無限に失われるのに、相手の動きが気になってしまう。
とにかくムダで、面倒くさいのに、自分でなかなか止められない。
非常にやっかい。

「好き」という感情は、その辺にわりとよくある。
「嫌い」は部分的になる場合が多いが、「好き」は比較的全人的な場合が多い。
男女はあまり関係ない。
「好き」は「嫌い」に比べてハードルが低い。その分、感情に占める濃度が薄い。
自分の思考の全部を奪い取ったり、エネルギーを無限に使ってしまったりはしない。
脇に置いておいておける。
コントロール可能。

「好き」と「嫌い」は表裏一体と言うけど、それは嘘。
数には10倍もの差があり、思考に占める密度も10倍の差がある。
「好き」が「嫌い」に変わるより、「無関心」に変わる場合の方が圧倒的に多い。
「嫌い」の方が感情としては圧倒的に濃くて強い。
「嫌い」が「好き」に反転した経験は、今のところない。

「怒り」は、なかなか持続しない。
瞬間的にカッとなることはあっても、翌日まで保つことはあまりない。
どうやら、自分の感情は沸点が高く、保温能力が低く出来ている。
身体や心を動かす源泉になる感情なのに、どうもあまり湧き出さない。
「怒りに身を任せる」というのを一度やってみたいと思っている。
カッとして殴り合いのケンカをするなんて、憧れすらある。
「ふつふつと腹の底にマグマのように怒りを溜めて社会悪と戦う。」シビレル、憧れる。
他人に怒り続けられる人と言うのは、非常にエネルギッシュで凄いと思う。
「怒り」は、自分の中では正の感情に分類されている。

「苛立つ」は、よくある。
疲れていたり、「嫌い」に心のエネルギーを喰われていたりすると良くなる。
要するに余力不足。
人間的に未熟ということ。
「怒り」と似ているようで、全然違う。
何も生み出さない。負の感情。
比較的コントロール可能。
コントロール出来るならしろよと思いつつ、それが面倒になると表面に出てくる。

「愛」はとても大事。
関係を保つことは時に面倒だったり、手間がかかったりもする。
でも、これがあるから生きていける。
穏やかにあり続けてくれると助かる。

「憎しみ」は、幸いにして、まだ持ったことがない。
願わくば死ぬまで持ちたくない。

「喜び・幸せ」は、非常に身近でとても沢山ある。
朝から晩までに20や30では足りないくらいある。
書ききれない。
ただ、「嫌い」や「苛立ち」が心を占めると見えなくなる。

「悲しみ」は非常に希少。
ただ、一度心を占めるとこの感情で全部になる。
日常に戻ってくることが非常に大変。
たいてい人の死が関わっている。




「喜怒哀楽」というけれど、「楽」ってなんだ?と普通に思ってしまった。

そら「楽しい。」だろと。
なんか、最近、心の底から楽しいって思ってない気がする。



心のエネルギー枯渇中。




know_the_base at 22:12│Comments(0) 雑感と意見表明 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔