映画 や行

March 25, 2018

夜は短し歩けよ乙女




「こうして出逢ったのも、何かのご縁」

森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」の映画化作品。

京都の男子大学生・私は、黒髪の乙女・彼女に恋をした。
いわゆる一目惚れだ。
私が彼女と恋仲になるべくとった作戦は、他人の目から見たら迂遠極まる「ナカメ」作戦であった。

なるべく、かのじょの、めにとまる。
その迂遠極まる努力を積み重ね、彼女と言う城の外堀を埋め続ける私。

外堀を埋め、外堀を埋め、いつまでも外堀を埋め続け、今宵も彼女の目にとまるべく夜の町を歩く彼女を追うのだった・・・。

そして一方、黒髪の乙女は「お酒が飲みたい。」という熱烈な思いに駆られ、単身で魅惑の夜の大人世界へと乗り込んでみることにしました。
めくるめく大人世界の光にわくわくして、二足歩行ロボットのステップを踏んでしまうのです。


私と彼女の2つの目線が交互に入れ替わりながら、2人の周囲で様々な出来事が起こり、様々な人たちと出会っていく。

錦鯉養殖業者の男・東堂。
酒を愛し、鯨飲する歯科助手の美女・羽貫。
羽貫の連れであり、謎めいた風貌と言動で天狗かどうかと疑われる男・樋口。
高利の金貸しと恨まれる一方、不思議と気前の良い老人・李白。

その他にも、パンツを履き替えない願をかけた男・パンツ番長などなど。

夜の飲み屋街で彼女を探し、古本市で彼女を探し、ゲリラ演劇やらゲリラ炬燵で混乱する大学祭で彼女を探し、必死に彼女の目に留まっては外堀を埋める私。

夜の飲み屋街で様々な人に出会い、古本市で懐かしの絵本を探し、大きな緋鯉のぬいぐるみを当てたりゲリラ演劇に出演し大学祭を楽しむ私。

彼の目には彼女しか映らず、乙女の目には世界の様々がオモチロク、彩り豊かに映る。

そして、乙女の目の片隅にいつも映った先輩は、いつしか乙女の心の片隅に・・・・?


森見登美彦の名作小説を映画化。
映画化したのは、同じ原作者の「四畳半神話大系」をアニメ化した製作スタッフ。

あの不思議な世界観をよくぞ見事に映像化したものだと感心する。

サブカル・オブ・サブカルな作風と内容の作品だが、なんと第41回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞している。

ただ、原作を読んでいない人にどこまで内容が伝わるかは、かなり疑問。
人物背景や展開がかなり独特の世界観を持つこの作品を、更には2時間にまとめるために内容をはしょったり、変更したり。
アニメ版の四畳半神話大系を観て世界観に慣れている、もしくは原作を知っている人なら、ストーリーを追えるけれども、一見さんにはちょっとしんどいだろう。

逆を言えば、この世界観に心を掴まれている人には、たまらない作品であるということだ。
だからこそこの作品は、一般ウケではないサブカルチャーの粋だと、自分は思う。

それでいいと思うし。
何でもかんでも一見さんまで面白い作品ばかりなんて、クソつまらない。

素晴らしく趣味に突き抜けた作品でした。


個人的には、全ての物語を無理に一夜の出来事に詰め込んでしまった変更が残念というか、不要だったと思う。
サークルの先輩の結婚を祝う会から飲み屋徘徊、李白さんとの飲み比べ、古本市、大学祭、風邪の大流行まで、その全部が一晩の出来事なんて、いくらなんでも無茶苦茶だ。

最終評価 B+



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February 26, 2016

八日目の蝉

八日目の蝉 通常版 [DVD]
井上真央
アミューズソフトエンタテインメント
2011-10-28


2011年・日本映画
日本アカデミー賞10冠。

妻のいる男を好きになり、不倫の末に子どもを堕ろした希和子(永作博美)は、不倫相手の妻が産んだ子を衝動的に誘拐してしまう。
希和子は赤ん坊に、堕胎した子に付けるはずだった薫と名前を付けた。

衝動的な誘拐。
そして、何の準備もないまま、希和子は薫を連れて逃亡生活に入る。

その逃亡生活の間、希和子はかおるを愛し、また、薫も希和子を本当の母親と慕った。

4年後、希和子は捕まり、薫は本当の親のもとに帰った。
薫の本当の名前は、恵理菜と言った。

そこから、恵理菜の人生は「普通」とは全く違った歪んだモノになっていく。

本当の母を母親と思えず、なんとか空白の4年を埋めようとする母親は、他人を見るような我が子の瞳に耐え切れず気が狂いそうになっていく。
4年の空白は埋まらず、完全にバラバラになっていく本当の家族。

大学生になった恵理菜(井上真央)は家を出て暮らし、そして妻子ある男と付き合っていた。
希和子のように・・・


地上に出て7日で寿命を終える蝉。短い命だけど、みんな同じなら寂しくはない。
むしろ、ひとり8日目まで生きてしまった蝉は、寂しくて仕方がないだろうね。


生後まもなくから4歳までの間、誘拐犯に育てられ、愛され、自分も母と慕ってしまう。
心の中にある愛した人は憎むべき誘拐犯であり、目の前にいる本当の親を親と思うことが出来ない。
親の愛が分からない葛藤を抱え、自分自身も愛を知らないまま母親となる恵理菜。

堕胎によって自分の子は望めなくなり、愛する人の子を誘拐して愛し、育ててしまった希和子。

夫を寝取られ、こどもを奪われ、それだけでも充分な苦しみなのに、こどもが戻ってきても埋めようが無い隙間に苦しめられ続ける母親。

3人の女性が、それぞれに深い業と苦しみを抱えている。その業の根底にある母性。
本当なら人を慈しむはずの母性が、人を傷つけていく。


映画としては、大人たちの自分勝手な業の果てに傷つけたられた恵理菜の再生を描いている。

そして、恵理菜目線であるが故に、作品の中で希和子は清らかで美しく、実の母親は醜い。

だが、子を持つ親としては、恵理菜の母親の想いに引き寄せられてしまう。

他人を母親と思って大きく育ち、懐かない我が子を前に、戸惑い、怒り、暴れる。
結果、家族関係は破綻させてしまう。

恵理菜から見て良いところの無い母親。

でも、よく考えてみると、この母親がこうなってしまうのも仕方ないように思う。
夫が不倫し、他所で子どもを作り、堕胎させ、自分が子を産むことでやっと普通の幸せを取り戻せるかと思った矢先に不倫相手に子どもを誘拐される。
そして、4年後に帰ってきた我が子は、誘拐犯である不倫相手を母と慕い、母との暮らしを引き裂いたと思っている自分には懐かない。

そりゃあ、気も狂うだろ。

その挙句、その娘があの女と同じように不倫をして、子を身ごもったと言う。
娘に「堕ろしなさい。」と言えば

「お母さんはあの人(希和子)に『堕胎するなんて最低』って言ったんでしょ? それなのにわたしには堕胎しろって言うわけ?」

とか言われてしまう。

散々でしょ。
母親の人生、散々だよ。

それでも、娘に愛されたい、愛したいと願っている。

もう、見ていられないよ。


映画に出てくるどの女性も精一杯幸せになろうとしてて、それなのに苦しんで。
出てくる男は、どの男も情けない。

最後には終わってしまう、それが分かっている母と娘の逃避行が、とにかく、切なく、切なく、切ない。

胸が締め付けられる気持ちになる映画でした。


最終評価 A

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March 13, 2014

余命一ヶ月の花嫁



2009年 日本映画

明日がくることは奇跡です

末期の乳癌と闘い、24歳でこの世を去った長島千恵さんの残した感動の実話を映画化。


イベントコンパニオンの仕事先で赤須太郎(瑛太)と出会った長島千恵(榮倉奈々)は、出会いと同じくして乳癌の診断を受ける。

順調に付き合い、将来さえも共にしたいと思う2人。
だが、病魔は着実に千恵の身体を蝕んでいく。

千恵との結婚を考える太郎は、ある朝に千恵の異変に気づく。
そして、千恵は太郎に事実と別れを告げた。

太郎の元から姿を消し、乳房切除の手術を受け、抗ガン剤治療に苦しみ、ひとり癌に向き合う千恵。

そんな千恵の前に太郎が現れ、改めて太郎は千恵に残された少ない時間を共に生きると誓った。


えぇ話や。

タイトルからして結末は分かっているのだし、その結末は涙無しはあり得ない。

そりゃあ、お涙頂戴の演出はある。
でもさ。

観る方も泣きたくて観る。
作り手もそれに応える。
それの何が悪いという話。

不意打ちじゃないんだから、お涙頂戴な演出が嫌いなら観なければ良いのだ。


「来年は」という軽い約束、何気ない笑い話、残された時間の少ない人が口にするだけで意味が変わる。

「昼間は何してるの?」太郎が聞く。
「生きてる。」千恵が答える。

そんなひとつ一つの言葉の重さが、刺さる。

最期を迎える千恵さんに、夢だったウェディングドレスを着せて式を挙げる。
この時間を千恵さんと共に過ごした家族と友人の想いに、鼻の奥がツーンとしました。


でも、映画としてはもうひと声、かなぁ。
柄本明さんの父親役は流石。柄本さんが出てなかったら、もっと駄作になったハズ。

で、主演の瑛太や榮倉奈々はフツー。その時話題の役者で、良くもなく、悪くもなく。

だけど、友人役の安田美沙子たちの演技があまりにもイタイ。
バラエティのコントを見ているような気分になります。


最終評価 B


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November 11, 2013

闇金ウシジマくん

poster

2012年・日本映画
人気漫画を実写化した深夜ドラマの劇場版。

恐ろしいほど頭が切れ、冷徹、そして肝が据わった闇金融の丑嶋(山田孝之)。

丑嶋に関わってしまった人間の人生が、転がる。

パチンコ中毒で底辺生活が染み付いた母親が、丑嶋の闇金で金を借りてしまった未來(大島優子)。
金を返す為に稼ぎの良い出会いカフェで働き続け、金の為なら身体を売っても良いと考えるようになる。

一方、未来の幼馴染の純(林遣都)はイケメンダンサーを集めたイベントを企画し、彼ら目当てに集まる女性たちから金を巻き上げていた。
だが、純のイベントは、丑嶋によって資金調達の道を閉ざされる。

丑嶋を恨んだ純は、丑嶋への復讐を計画する・・・。


金と、暴力と、エロス。
大事なのは、ヤングマガジン的な分かりやすさ。
登場人物は、心情を全て言葉で説明してくれるので、単純明快。非常に説明的。
ストーリーも分かりやすく、闇金に手を出して堕ちていくテンプレな人達沢山。

とにかく説明セリフが多い、多すぎる。

分かりやすく作り過ぎて、非常に安っぽい。

林遣都は、脚本の結果としても、バカ過ぎる役。
彼はずっとイベントさえ成功させればって言ってるんだが、「何コレ?」ってくらいのショボイベント。
こんなイベントで人も金も集まるワケねーだろ。

そして、大島優子の演技力・・・、AKBクオリティ。
設定は高校出たて?でも、まんま大島優子。何歳の設定なんだか分からない。
てか、この子の要素、必要?


他の要素は大体残念なのに、それでも作品として成立させるのは、山田孝之の存在感。

分かりやすく感情をセリフで説明してくれるその他大勢に比べ、ほとんど表情を動かさず、セリフも少ない。
主人公なのに、登場時間さえも少ない。
それでも圧倒的。

とは言っても。
その山田孝之でさえ闇金なので、共感とか、応援したくなる要素とかは無いですしね・・・。
山田孝之の力をもってしても、キビシイはキビシイ。


最終評価 B−
山田孝之の存在のみが、この作品をCに落とさなかった。か、一応。


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September 11, 2013

許されざる者

許され~1

1992年・アメリカ映画
クリント・イーストウッド主演。


かつては名の知れた荒くれ者だったウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)。
愛妻クローディアを3年前に天然痘で失い、今は2人のこどもと穏やかに暮らしていた。

そんなウィリアムのもとに、スコフィールド・キッドと名乗る若いガンマンが訪れ、相棒になろうと持ち掛けてくる。

娼婦の顔を切り裂いた2人のカウボーイに懸賞金が掛かっている。
賞金は合わせて1000ドル、協力して賞金を山分けしよう。

最初は誘いを断ったマニーだが、2人のこどもとの細々とした暮らしの将来を考え、再び銃を握る。
そして、かつての仲間ネッド(モーガン・フリーマン)も同行者に加わる。

一方その頃、保安官のビルは賞金に引き寄せられて集まったならず者どもを締め上げていくのだった・・・。


雄大なアメリカの荒野。
武骨な銃が治安を乱し、治安を守る西部開拓時代。
誰しもが必死に生き、その中で人を傷つけ、傷つけられる。

人は誰しも罪を抱えて生きる、その中でも最も重い罪・殺人。

かつて若さに任せて女も子ども殺したマニーは、愛する女性によって変えられた。
だが、罪は消えない。
それを一番知っているのは、自分自身。
許されざる罪を抱えた自分自身。

その罪を背負う意味を知りながらもマニーが再び銃を握るのは、守るべきこどものため。
保安官たちと戦ったのは、親友ネッドのため。
そして、理不尽な暴力によって傷つけられた娼婦のため。

マニーは、単純明快なヒーローではない。
賞金を懸けられたカウボーイも、根っからの悪人ではなく、金銭的な賠償もしている。
敵役として描かれる保安官ビルも、多少やりすぎではあるものの彼の職務と時代を考えれば責められない。

それでもマニーは殺した。

それで、娼婦の恨みを晴らした。
それで、金を得た。
それで、友の仇を討った。

その行為によって魂を救われた1人の娼婦が居た。


無駄のないストーリー。

マニーは果たして人間なのか、それとも因果を司る死神なのか。
銃をぶっ放すウエスタン映画でありながら、その枠を超えた世界観。

コトが起こってからのマニーが怖すぎるし、格好良すぎる。
肚の座り具合が半端じゃない。

イーストウッド映画、ハズレなし。


最終評価 A



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July 11, 2013

郵便配達は二度ベルを鳴らす

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1981年・アメリカ映画

カリフォルニアの片田舎。
ドライブインで財布を盗まれたフランク(ジャック・ニコルソン)は、店主のパパダキスに誘われ、そのドライブインに住み込みで働くようになる。
だが、本当はパパダキスの妻・コーラ(ジェシカ・ラング)に惹かれた為だった。

夫の留守中、フランクとコーラは肉体関係を持つ。

激しく求め合う2人。
愛し合う2人にとって、夫のパパダキスは邪魔者。

夫への不満を溜めていたコーラは、夫を殺害することを決心するのだった・・・。


実際に会った事件を下敷きにした小説、の実写化。

感情描写抜きで、人妻に出会いました、SEXしました、夫を殺しましょうって展開は超展開。
しかも、刑事が調査も裁判も始まる前からイキナリ司法取引を持ちかけてきたりする。

冷静に観ると、すげー雑な展開だな。コレ


ただ、冒頭のフランクとコーラの情事はちょっと刺激的。
1981年当時にしてみれば、ほぼAVだったでしょう。

その話題性で映画史に名を残してはいるけど、作品としてはどうなのか。
ラストも意味不明だし。


とにかくジャック・ニコルソンの演じるフランクが、モラル的にも人間的にもヒドイ。

以上。


最終評価 C




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April 01, 2012

野生のエルザ

野生のエルザ


1966年・イギリス映画。

ケニアの自然監督官ジョージ(ビル・トラヴァース)と妻のジョーイ(ヴァージニア・マッケナ)は、アフリカの自然の中で現地の人たちと暮らしていた。

そんなある日、ジョージの管轄で人食いライオンが出没する。
夫のジョージは監督官として人食いライオンを殺すが、その妻であるメスライオが襲ってきた為に撃ち殺す事になってしまう。
そして、ジョージはそのメスライオンが連れていた子ライオンたちを連れて帰ってくる。

ジョーイとジョージは、子ライオンたちを家族の様に育てた。
そして、その中で1番小さな子にエルザと名前を付ける。
小さなエルザは他の兄弟にいじめられ、他の兄弟よりもジョーイに懐いていく。

大きく育ったライオンたちを動物園へ預けるジョージとジョーイだったが、エルザだけはどうしても手放せない。

そして、2人は悩んだ末にエルザを手元に残すのだった・・・。


野生のライオンと人間の絆を描いた作品。

全編ケニアロケとは言え、本物のライオンと役者がじゃれ合い、眠る作品は一体どうやって撮影したのか。
今じゃ撮りたくても撮れない作品だろう。

おそらく、ストーリーに合わせて動物の画を撮ったんじゃなく、色々な動物の画を先に撮ってストーリーをソレに合わせたんだとは思う。
思うが、だから簡単って話じゃない。

ストーリーに御都合が無いかと聞かれれば、微妙ではあるが、それでも動物と言う難しい題材を使って、ちゃんとストーリーを成立させる凄さは時代と言う枠を超える。


50年近く経った今でも充分鑑賞に耐える作品。
それだけで、素晴らしい作品と評して間違いない。


最終評価 B+

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February 15, 2012

ヤバい経済学

ヤバい経済学


経済学者スティーヴン・D・レヴィットとジャーナリストのスティーヴン・J・ダブナーによる共著『ヤバい経済学−悪ガキ教授が世の裏側を探検する』の映画化。

例えば、自宅を売りに出すとして。
30万ドルで売りに出して、29万ドルの買い手が付いた。コレは売りか否か。
仲介業者は必ず「売るべきだ。」と言うだろう。
だが、業者が自分の家を売るならどうする?
業者が自分の家を売る時には必ず「30万ドルの買い手が現れるまで待つ。」それはナゼか?
これは「誘因(インセンティブ)」の素直な反応だ。

ある親が兄には「勝ち馬(ウィナー)」と名づけ、弟には「負け犬(ルーザー)」と名付けた。その結果は?

日本の相撲にあるべくして在る「八百長」。その理由は?

90年代にアメリカの犯罪率が劇的に下がった。
理由は警察の作戦?それとも厳罰化?
いや、本当の理由は70年代に制定された「中絶の合法化」にある。その因果関係は?

高校一年生に「成績が上がったら50ドル」と目の前にニンジンをぶら下げたら、果たして成績は上がる?


世の中のタブーや、大人になったら出来ないシンプルな質問。
そんな疑問に、善悪なく、経済学者の目線で答えをだす。
クレイジーな経済学者が、データに基づいて現実の纏ったベールを剥いでいく。


と、言ったものの。

言ってる内容は、それほどヤバくはない?
てか、何というか・・・、フツーの話?

ちょっと面白い経済学の教授が、ちょっと格好いい映像にのせて、ちょっと社会を斜に観た自分の研究をしゃべり続ける。
気楽に観られる「経済学入門」。

いやー、中身的には経済学入門でもないかなぁ。どっちかと言えば社会学的な社会実験とか含まれてるし、コレを経済学って言うと怒られそう。
大学の基礎経済学とかで「経済学って面白いよ。」ってゆーツカミで使ったら良いかもねっていう副教材かな。

映画としては、もうひとヒネリ欲しいトコ。


最終評価 B



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August 09, 2010

善き人のためのソナタ

善き人のためのソナタ


1984年。
東西冷戦下の東ドイツ・東ベルリン。

社会主義政権は、国家保安省による情報統制と思想統制によって体制を維持していた。
10万人の協力者と20万人の密告者。
東ドイツ社会は、人々が疑心暗鬼の中で暮らす密告社会だった。

国家保安省の大尉・ヴィースラーは、名声ある劇作家・ドライマンと恋人の舞台女優・クリスタが反体制的である証拠を掴むように命じられる。

大臣の関わるこの任務を遂行すれば、出世は約束される。

勤勉に組織に仕え、自分を殺し、人生を体制に捧げる献身の人であったヴィースラー。

彼はドライマンの部屋に盗聴器を仕掛け、屋根裏に身を潜めてドライマンとクリスタの愛し合う日々をひたすらに盗み聞いた。

そして盗聴の中で知る、音楽、文学、愛、そして自由。

氷のように凍てついていたヴィースラーの心が、少しずつ溶け出す・・・。



社会主義国・東ドイツの密告者会の中で、自由な表現を政治的圧力によって封殺された芸術家たちの、静かに降り積もる怨嗟の声。
その声が臨界を越えたとき、それを受け止める人間は自ら命を絶つか、動くかしかない。

ドライマンの友人・イェルスカは、声を封殺された芸術家。
そのイェルスカからドライマンへと贈られた楽譜「善き人のためのソナタ」。

「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」

その切ないソナタの調べが、ヴィースラーとドライマンの運命を変えていく。


その時々の社会システムの中で移り行く、善と悪の基準。
システムを動かす権力も、また人であり、そこには欲望が絡む。

何が正しくて、何が悪なのか。
人は道を失う。

でも、移り変わらないものもある。

それがヴィースラーを変える。



静かな演出の中、物語の展開はピリピリとした緊張感をはらむ。

それは、息を殺し、ひたすらに他人の生活を覗き続ける盗聴者のそれが持つ空気を写し取ったかのような絶妙なる表現。

その淡々としながら緊張感を抱えたストーリーは、予想も出来ない劇的なクライマックスへと結びつき、見終わった後には心に温もりを残す。


タブー視されていた東ドイツの国家保安省を扱った作品としての社会的価値。
起承転結、最後まで観客を惹きつけるストーリー。
愛と自由、芸術の意味を問う、深いテーマ。
そして、ふっと微笑みたくなる鑑賞後の清涼感。

そのどれもが高いレベルで融合している。


最後にヴィースラーがつぶやく、ひと言のセリフ。

それに感動を覚えない訳にはいかない。


最終評価 A+



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March 05, 2010

ヤッターマン

ヤッターマン


おしおきだべ〜。
ビックリどっきりメカ。
豚もおだてりゃ木に登る。ブー。

で、お馴染みタツノコプロの金字塔・ヤッターマン。の、実写化。


観た理由は、もちろん深田恭子ドロンジョが見たい一心。

foronnjo


ヤッターマン1号・桜井翔。
ドロンジョ・深田恭子。
ボヤッキー・生瀬勝久。
トンズラー・ケンドーコバヤシ。

キャストは最高。

ストーリーは説明不要。毎度、お馴染みのアレです。


素晴らしく楽しくアホで完成度が高い、コミックムービー。

いや、この作品は原作の再現力が素晴らしいね。
原作の持つコミカルなバカバカしさも含め、完全実写化と言って良いと思う。
この内容に文句を言う原作ファンは居ないんじゃないかな?

少しでも原作を知っていれば、充分楽しめる作品。

むしろ、原作を知ってる世代に特化して作ってる感が強い。
下ネタの小ネタ満載だし。

でもって、深キョン可愛いし。
てか、むしろドロンジョ、主役?

思わず楽しめる作品でした。


ただ、原作再現度が高いがゆえに2時間は長すぎるかな。
30分とは言わないが、もう少し短くまとめて欲しいところ。


最終評価 B+


期待値が低かった分、笑えてしまって、評価上がりまくり。
危うくA−をつけちゃうトコだった。

でも、冷静に考えれば、ソレはない。ないわー。

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December 29, 2009

四畳半革命 白夜に死す

四畳半革命


学生運動が終焉に向かう70年代初頭。
活動が末期を迎えるつれ、論理は置き去りになり、暴力だけが加速度を増していた。

思想など無く、ただ暴力に身を任せる男・直也。
組織のリーダーは彼の暴力を利用し、対抗組織を潰していく。

ある日、直也は対抗勢力に襲われ、誤って相手を殺してしまい、自分もまた深手を負ってしまう。
直也が目を覚ました場所は、売春バーの2階、四畳半の部屋だった。

そこに居たアッコは、字も読めず、足も上手く動かない売春女。

だが、健気に生きるアッコとの出会いが直也を変えていく。


シネマアートン下北沢・ショートフィルム映画祭「おかしな監督映画祭」で特別賞を受賞した作品。


うっわ。また、微妙な・・・。

なんか、どっかの大学の映研が作ったみたいな作品。
くっさい演技と、うっすいシナリオと、やっすい映像。

こんなん大学祭で観たなぁ。
キス・ヌードシーンがある辺りが、一応は大学祭レベルを越えるかな?

でも「映画を撮る」道に進む人は、このレベルの作品でもまず「撮ってみる。」コトが出来るかどうかが分岐点になるんだろう。
金も役者も設備も揃わない状況、理想には程遠い。
でも、とにかく自分の作れる精一杯でとにかく撮ってみる。作品を作ってみる。完成させる。
そして、他人に見せる。
それが第1歩になる。

歩き出した人と、歩き出さない人であれば、歩き出した人の方が目的地に辿り着くのは自明の理。

まぁ「映画を観る」道を進む人にとっては「ナニコレ?」なんですけどね。

1つの作品としてまとまっていることに拍手。


最終評価 B−



ちなみに、C評価をつける時の基準として「苛立ち」があります。
「ナニコレ?」を越えて「イラッ」とする「早く終われ。」と思う。それがC。

この作品は、そう言う意味では「イラッ」とはしない。なんとなく「微笑ましい。」なので、B−。
それが褒め言葉であるかどうかは、別問題。

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November 30, 2009

夜のピクニック

夜のピクニック


24時間夜を徹して80キロを歩く毎年恒例の伝統行事「歩行祭」。

3年生の甲田貴子(多部未華子 )。
最後の歩行祭に彼女は密かな想いを抱いて参加していた。
それは、1度も話しかけたことのないクラスメイト・西脇(石田卓也)に話しかけること。

たったそれだけ。
でも、それだけがずっと出来ないでいた。

貴子と西脇には、誰にもいえない秘密があった。


仲間とワイワイしゃべりながら、ただ歩く。 歩行祭。

この特別な夜に、特別な夜だから。

その中で、告白であったり、仲直りであったり、みんなこのイベントにそれぞれの想いを乗せている。

今年の歩行祭が始まる。


特に特別な何かがある訳じゃない、起こるわけじゃない。

疲れ、足の痛み、無意味感。
そんなモノを抱えながらも、ただ歩く。毎年、歩く。

その歩く中で、時間の流れを感じ、戻らない一瞬を感じる。

青春。 

陳腐で安易な一言。でも、それを馬鹿にすることなんて誰にも出来ない。

観ている内に、まるで自分も参加してるかのような、高校時代に戻ったかのような気分にさせてくれる。

ただ単に高校生が歩く。それだけだったら間延びした内容になってしまう所を、貴子と西脇の関係があることで最後まで緊張感を持つ。

まぁ、榊安奈の弟が、あまりにもあんまりですがね・・・。



なんだかんだで、最後には心地よさが残る。

まるで一服の清涼剤のような映画でした。


最終評価 A−



このところ映画なんて観れなくて、自分の中にグツグツとマグマのように溜まってきた欲求を解消する為に、明日が仕事なのに深夜の鑑賞。

当たり映画でホント良かった。
この僕の気分が映画の評価に影響したかも知れないけど、ソレは抜きにしても良い映画でした。

やっぱり、映画って素晴らしいですね。サヨナラ サヨナラ サヨナラ。

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June 02, 2009

闇の子供たち

闇のこどもたち


命に値札が付く世界。

タイ・バンコク。
日本新聞社バンコク支店の記者・南部(江口洋介)は、日本人の子供の臓器移植に絡む脳死の臓器密売ルートを追っていた。
密売ルートを追う中で元仲介業者の男に出会う南部。

「臓器提供の子供は、『生きたまま』全ての臓器を売られていく。」

その男の口から語られる事実は、南部に衝撃を与える。
次第に取材に本気になっていく南部。
取材の中で児童擁護NGOの施設を訪れた南部は、そこで働く日本人ボランティア・恵子(宮崎あおい)に出会う。

バンコクのスラムで、貧しさから10歳に満たない子供たちが売春宿に売られていく。
鞭で打たれ、タバコの火を押し付けられ、劣悪な環境の中で外国人の客をとる子供たち。
そして、いずれ病気(AIDS)になればゴミ袋に入れられ、ゴミ収集車に捨てられる。

そんな子供達の現実が、南部や恵子を突き動かす・・・。


目の前の1人を救っても、別の子供が代わりになるだけの世界。

貧困を無くす事など出来ない。現実は変わらない。

でも、それが何もしなくて良いことの免罪符にはならない。


抵抗する力の無い子供たちに群がる大人たちの醜さには、本気で吐き気をおぼえる。
買うほうも、売るほうも、何もしないほうも、全員同類。醜い。

でも、吐き気をおぼえるのは、自分も同類だから。
それは、誰もが持ってる醜さ。それを「自分は違う。」なんて、聖人ヅラして言い切る人間なんて、僕は信用できない。


しかし、ラスト・・・。 そうくるか。

貧困が生み出す児童買春や人身売買。それを食いものにするマフィアや児童性愛者・・、それだけでも充分にメッセージ性があるのに・・・。
更にそこから一歩踏み込んだこの作品は、本当の意味での人間の業の深さまで描ききったのかも知れない。
あのラストで、この作品は安易な社会派ドラマから1つ突き抜けている。

江口洋介演じる南部の崩れ落ちる嗚咽。あれこそ人間の業の果て。

そして、あれが飾らない人間の本質。


この作品、全てが真実ではないが、知るだけでも意味がある。

エンターテイメントでは決してない。でも、沢山の人に観て貰いたい。



ただ、エンディングの桑田佳祐書き下ろしの『現代東京奇譚』・・・。
曲は好きなんですけど、正直、この映画のラストで流す曲?

ミスマッチな曲を流すことで、映画に流された感情を引き戻すっていう配慮なんだろうか?


最終評価 A

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May 15, 2009

4ヶ月、3週と2日

4ヶ月、3週と2日

1987年。
チャウシェスク政権下のルーマニア。

大学の寮で同じ部屋に住むオティリアとガビツァ。
2人は落ち着かない気持ちを押し殺していた。

ガビツァは妊娠していた。そして、その子を堕ろそうとしていた。

抑圧的な社会主義政権の下、中絶は犯罪。

だが、いくら禁止をしても望まない妊娠は存在する。
暗黙の世界で非合法の堕胎は彼女達の手の届くところにあった。

ホテルの予約1つにIDの提示を求められる社会の中で「友人の噂話」のレベルで犯罪を犯す。
そんな不安の中、自分の体を傷つける決意を固めなければならないガビツァ。
ガビツァの為、慣れない危険な橋を渡るオティリア。

そして、2人は顔も知らない堕胎屋に身を任せる・・・。


若く、それゆえ浅慮な2人。
だからと言って、誰も甘やかしてはくれない。
現実は厳しく、自分の犯した罪は深い。
2人は、否応無くその罪(胎児)と向き合う。


暗く、重い映画。
BGMは足音や吐息、そして溜息。

何気の無い女子寮のシーンから彼女達の緊張感がピリピリと伝わり、最後まで緊張が解ける時間は無い。
それでいて、最後まで目を離せない迫力。

淡々と長回しで撮られた自然な映像が、微妙な表情の機微、揺れ動く心を伝える。
リアルな映像が、都合の悪い部分も隠さずに伝える。


少し考えが足らず、依存心の強いガビツァ。
肩肘を張って生きるオティリア。
窮屈な社会の片隅で、追い詰められた2人の若い女性。

そんな2人に近付くのは、非合法のリスクを盾に2人の体を要求する、医者でもない堕胎屋。
妊娠のリスクを押し付けるのに、何も察せず、支えず、ヤルことはヤリたい甘ったれの彼氏。


追い詰められて、追い詰められて。
それでも生きることへの根源的な強さを感じさせる2人の女性。

それに対比して浮き出る男の汚い部分が、痛い。
でも、決して彼らは特別「ダメ」な訳じゃなく、それは男の誰しもが普遍的に抱える汚さ。
堕胎屋が強いる、2人の弱みに付け込んでのセックス。隙あらば、と考えてしまう本能。
そして他人事で真剣に「妊娠」を考えない彼氏。「妊娠」と言うリスクがどこか他人事になって、「堕ろす」にしても「産む」にしても、当事者になりきれない弱さ。

リアルな表現だからこそ、男性の目線にはそれらの弱さや汚さが、痛い。



この映画のメッセージの全てを考えられたとはとても思えない。全てを感じられるとは思えない。
きっと僕が女性だったらもっと沢山感じる事が出来たんだろう。でも、男だからこそ感じるものもある。
それで良いと思う。 

でも、それでも、男って・・・。


最終評価 A−

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March 03, 2009

靖国 YASUKUNI

yasukuni

明治2年より、天皇の為に死んだ「英霊」を祀る靖国神社。

終戦記念日8月15日。その神社には様々な人々が集まる。

大きな日本国旗を捧げ、参拝する老人。
旧日本軍軍服に身を纏い、行進を行う集団。
ラッパを鳴らし、行進する集団。
「天皇陛下万歳」を叫ぶ人々。
君が代を歌う集団。
戦没者集会に訪れる国会議員。
そして、それに抗議をする近隣国の若者たち。

その人々の姿に「意見」をさし挟まず、記録したドキュメンタリー。


監督、リー・イン。中国映画。


この映画は、「賛成」も「反対」も「反日」も「賛美」も無い、案外にフェアなドキュメンタリーになっていて、好感が持てる。
逆を言えば、特に主張の薄いこの内容で、何故にあんなに話題になったのかが疑問。

微妙な日本語の中国人監督が日本で撮ったドキュメンタリーで、更には微妙な編集故に、意見を盛り込めなかった感がある。
まぁ、その力量不足がかえってフラットな視点として、良い効果を与えたと言える。かな。



戦争は、人を殺す。国家的に国民を使い、他国の人間を殺す。

そこには当然、殺す人と殺された人がいる。
殺した人は自国で英雄視され、殺された人の国では逆になる。
ただ、どちらの国にも殺された人の家族は居て、その殺された人への想いは国を越えても変わらない。

その怒りも嘆きも消えない。
彼らは、どこかに怒りや悲しみの矛先を向けるか、癒しを求めるかせざるを得ない。

個人が他人を殺せば、その個人に責任を問うことが出来る。許す事で心の平安を得る事が出来る。
だが、国と言う、集団生活を生きる為の都合によって生み出した「概念」が殺せば、やり場がない。
そのやり場のない矛先や癒しの象徴として、靖国神社がある。

それだけの事だと僕は思う。

僕個人として、そこに賛成も反対もない。 それは当たり前。仕方ない。

ただ、それだけ。

流石に、戦争で死んだ何万という人の家族全てに 「その「悲しみ」は自分の中で昇華して。」 とは言えない。

ただ、仕方ない。
殺したんだから恨まれるのは仕方ないし、殺されたんだから、悲しむのも、怒るのも仕方ない。

あとは時間が経つのを待つだけしか出来ない。世代を重ね、実際に死んだ人と具体的な繋がりが無い世代に変わっていくのを待つしかない。



「自分は正しい。」なんて思った時に、人は最大の間違いを犯すんです。
そんな人間レベルの「正しい。」を他人に強要するのはやめましょう。

あ、あと、コミュニティ依存はほどほどに。
酒は飲んでも飲まれるな。
コミュニティ、利用はしても、利用されるな。


最終評価 B

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January 11, 2009

やじきた道中 てれすこ

やじきた道中 てれすこ

東海道中膝栗毛でお馴染みの「弥治さん」こと弥冶朗兵衛と「喜多さん」こと喜多八の珍道中。
今作は、それに落語演目「てれすこ」を絡めた人情喜劇。

今作で弥次さんを演じるのは中村勘三郎。喜多さんを演じるのは柄本明。


大阪で謎の生物「てれすこ」があがり話題なる。
「てれすこ」は万病に効く薬との噂が広がる。

江戸の品川「島崎」の花魁・喜乃(小泉今日子)は店を出る為に客を騙しては小金を集めてた。
だが、身受け先も無い喜乃は店を抜けられない。
喜乃は自分に惚れてる弥冶に「沼津の父親が死の病。」と嘘をつき、足抜けの手伝いをさせる。
 
その頃、役者の喜多は舞台で大失敗。
首を吊ろうにも吊れずに失敗。勇気の無い喜多は、江戸から逃げ出すのに弥次と喜乃に便乗した。

江戸から大阪へ上る、弥次・喜多・喜乃の珍道中。 始まり始まりー。


ちょっと前の王道喜劇。

起承転結の安心感。無難に笑える冗談。そんでもって、ちょっとホロリ。

ただ、タイトルになってる「てれすこ」の話が、本筋に絡んでこないのが残念。
しかも、ラストにちょろっと出てきて、いま一つ説明も無くオチに使われても、何が何だかサッパリで楽しめない。
落語の「てれすこ」を知ってる前提のオチってのはどうなのか。

題名がコレじゃあ、もったいない。


中村勘三郎の演技って、良くも悪くも歌舞伎役者なんですよねー。
時代劇喜劇ならそれが味になるから、いいんですが。
他の役者さんが間を合わせるのが大変だったろうな。と。

小泉今日子は案外、良いです。
嘘と冗談含みの喜劇だから見れるのかも知れないですけどね。
ただ、もう40越えてると思えない若さですね。20代後半の役もギリギリセーフ?かな?

ゆったりした気分で見て、気楽に楽しむのが吉。

ま、人情喜劇ですからね。そりゃあ、そうだ。


最終評価 B


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October 30, 2008

やわらかい生活

やわらかい生活

両親はもう死んで居ない。
彼氏も亡くし、親しい女友達はアメリカで交通事故で亡くなった。

親しい人たちの死で心に傷を負い、対人関係が希薄な橘優子(寺島しのぶ)35歳。
彼女はそう鬱病になり、精神病院に入退院を繰り返す。

生活資金は親の残した保険金がある。
社会の正しさで自分を縛ってきた優子は、会社を辞め、街を変え、ただ自分の「楽しい。」の為だけに生きるコトにした。

インターネットで出会った「趣味の良い」痴漢、幼さの残る鬱のヤクザ(妻夫木聡)、都会議員に立候補した同級生、家庭崩壊中の従兄・祥一(豊川悦司)、彼女の周囲に居る男達が少しずつ、少しずつ彼女を癒す。


寺島しのぶが、日常に居るレベルだけどちょっと美人って感じで良い。
従兄の豊川悦司が格好悪カッコ良い。真っ赤なスウェットが似合うなぁ。ダメ男だけど、優しいなぁ。35歳の女性に心当たりがあるが、こんな男の人に傍に居て欲しいと思ってるのかなぁ。
妻夫木聡・・・・、チョイ役?

そう鬱とか、ホント難しい病気。
優子の自由な暮らしも、自分に負荷をかけない為の自己防衛だと思うと、切なくなる。
手術の後とか、軽くこんな症状になりかかった時もあるから、人ごとじゃないね。

鬱の優子が徐々に祥一に心を開いていく過程が良い。
男女と言うほど生々しくなく、兄弟と言うほど親し過ぎない。絶妙の距離感。

祥一が別れ際に言う
「昔が勿体ないよりも、今が勿体ない。」
って言葉。重い。

ゆっくりと当たり前に流れる時間と、心のヒダを描いた作品。
コレと言った盛り上がりとか無いけど、それこそが日常。


最終評価 B+


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May 10, 2008

ゆれる

ゆれる

オダギリジョー 香川照之 

東京の売れっ子カメラマン・猛(オダギリジョー)は母の一周忌の為に実家へ帰った。
そこでは、兄・稔(香川照之)が家を継ぎ、古い頭の父と堅実な生活を送っていた。

父から兄が引き継いだガソリンスタンド。
そこには幼馴染・智恵子(真木よう子)が働いていた。

田舎の狭い人間関係。
仲睦まじく働く、兄と智恵子。
まだハッキリとはしないが、智恵子は兄と結婚するだろう。

そんな情景を眺める猛。

猛は嫉妬とも、兄への対抗心とも、智恵子への昔の想いが疼いたともつかない気持ちで智恵子を抱いた。

翌日、三人は兄弟の思い出の渓谷へ行く。

はしゃぐ兄。
東京には無い自然を撮る弟。

明るく振る舞う兄弟とは裏腹に、智恵子は、もう、昨日までの智恵子ではなくなっていた。
東京へ行きたいと、猛に訴える知恵子。
「もう、こんな所には居たくない。連れて行って、東京に。」

そんな智恵子をはぐらかして、猛は渓谷に掛った吊り橋を渡り、美しい自然にカメラを向ける。

ふと振り向くと、吊り橋の上で揉み合う二人の姿。

次の瞬間、谷底へ落ちる智恵子。


吊り橋を渡るまでは、兄弟でした。


とても緻密に、丁寧に、兄弟って関係を描いた作品。
実直で温厚で誠実、でも女性にはもてず、田舎で父と暮らす独身35歳の兄。
自由奔放で才能に溢れ、女にも困らない、東京で自由に暮らす弟。

二人の間にあるのは愛なのか、憎しみなのか。

本音、建前。
愛、憎。
明、暗。
思い出、妬み、憧れ。

いくつもの複雑な感情が入り混じり、その間で不安定にゆれる、心。

地味な兄を香川照之が、奔放な弟をオダギリジョーが見事に演じきってる。
1つの表情、1つの言葉、目線、しぐさ。そんな1つ1つでゆれ動く二人の感情を見事に表現してる。二人の表現力、演技力がすごい。

二人の父を伊武雅刀が、その弟(叔父)を蟹江敬三が演じていて、その二人もまた同じような愛憎を抱えてて、深い。


兄弟ってヤツぁ、人生最初のライバルですからね。
どこまで行ってもその呪縛からは解き放たれないのかなぁ。

でも、兄→誠実。弟→奔放。って構図はどこも一緒なんですかね?

え? ウチ? ウチは違いますよ。

僕→誠実。兄→奔放。です。


嘘です。ゴメンナサイ。

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March 27, 2008

約30の嘘

約30の嘘

「ひとつの嘘を通す為にはな、他にちっちゃな嘘を30はつかないといけないんだよ。」

三年前に騙し取った金を仲間の一人に持ち逃げされ、解散していた詐欺師のチーム。
今回、その中の一人の発案で再びメンバーが集う。

今回のヤマは寝台特急トワイライトエキスプレスで各地を回り、B級品の掛け布団を高級羽毛布団として販売すると言うもの。
騙し取る金の総額は1億2000万円。

北から南へ向かう列車の中、仕事は順調に進み、売上は7000万円を越えた。

その時、現金を詰め込んでいたスーツケースが消える。

一体、誰が?

疑心暗鬼の中、逃げ場のない列車の中で騙し騙される詐欺師たちの狂宴が始まる。


6人の詐欺師達を椎名桔平、妻夫木聡、中谷美紀、田辺誠一、八嶋智人、伴杏里の実力のある個性派俳優が演じる。
音楽はクレイジーケンバンド。

なんか期待値が上がります。上がりますなぁ!!

んーもう、すっごく作り込まれた緻密なストーリー展開が・・・・って、あれ?
んー。
そうでもないかも。
なんか、フツー。
なんか途中までは騙し騙され・・・みたいな展開なんだけど、最後は・・・って・・・んー。

まぁ、悪くはないんですけどね。役者さんの力に頼りすぎ感が否めないかな。
せっかくの寝台特急の中で6人の詐欺師がって舞台装置がそこまで生きないと言うか、何と言うか。

フツーに見て、ふつーに楽しめました。

最終評価 B

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November 11, 2007

ユナイテッド93

ユナイテッド93

2001年9月11日。
アメリカで起こった同時多発テロ。
世界を震撼させ、アメリカをテロの脅威に晒したこの事件は、終わりのない「テロとの戦い」の引き金となった。

その日、4機の旅客機がテロリストによって占拠された。
内2機はニューヨークにあるアメリカ経済の象徴とも言えるツインタワー・世界貿易センタービルに激突。
1機はアメリカの国防の中心・ペンタゴンへ。

そして、最後の1機の目標は   ホワイトハウス。

しかし、最後の1機・ユナイテッド航空93便のみがその目標へは到達しなかった。


そのユナイテッド93の離陸から墜落までを、遺された資料や家族への連絡内容の証言を集めて再現されたドキュメンタリー映画。

製作は遺族からの承認を得ており、リアリティを追求する為に乗客は無名俳優を起用し、パイロット・客室乗務員には職業経験者、そして、なんと管制官役の一部は当時、実際に勤務していた管制官が本人役を演じている(スタッフロールで「As Himself」と表記される。)。

ヒーローなんて居ない。悪役も無い。

検証や、メッセージが極力排除され、あの日、あの時、あの飛行機の中で何があったのかの再現に力が注がれ、それが逆に強いメッセージを伝える。



涙が出ました。
久し振りに映画を見て、涙が出た。
どこに感動した、とか、分からない。
でも、鼻の奥がキュっと痛み、涙は流れた。

乗客・乗務員たちが必死に携帯で家族へ伝える「心から愛してる。」


「神よ。」

乗客も、テロリストも共に口にする祈りの言葉。
なのに向うのは悲劇。


この映画を評価する言葉を僕は持たない。
何が正しいのかも知らない。

それは神が教えてくれるんでしょう? 



最終評価 A

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December 26, 2006

11月18日 世にも不幸せな物語

No.83

世にも不幸せな物語

イギリス貴族のボードレール家には発明家の長女・ヴァイオレット、読書家の弟・クラウス、かみつき家の末妹・サニーの3兄弟が両親と共に仲良く暮らしていた。
しかし、3人が外で遊んでいる間に起きた不意の火事によって家も両親も失ってしまう。

その火事から3人の世にも不幸な物語が始まる。

急な両親の訃報に愕然とし、家を失い、行き場を失った3人の前に遠縁として身元引受人を引き受けた俳優を名乗る奇人・オラフ伯爵が現れる。
他に頼る先の無い3人は彼の下に引き取られていく。

しかし、オラフは善意の人間では無く、3人に残された莫大な遺産を奪う為に3人の命を狙う罠を次々に張り巡らせていた。


ジム・キャリーの演じるオラフ伯爵が間抜けで面白い。本当に幅のある役者だな彼は。でも、どんな役をやっててもあくまでジム・キャリーはジム・キャリーにしか見えないんだけどね。ソレを是とするか否か。

あんまり意識して観た作品ではなかったのですが、映像は美しく不思議で面白かった。

最後にもう少し振った謎の解明を入れて欲しかったなぁ。メイン部分が投げっぱなし感が強くて『えー。ココで終り?』って感じがするね。

最終評価 B

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December 04, 2006

10月21日 妖怪大戦争 

No.72

妖怪大戦争

親の離婚によって母方の実家へ連れてこられた少年・タダシ(神木隆之介)は神社の祭でその年の麒麟送子に選ばれる。
麒麟送子(キリンソウシ)はこの世でただ1人、大天狗が守る伝説の剣を手にし、闇を払うことが出来る存在。

まぁ、麒麟送子なんて言ったって、記念の手ぬぐいと弁当を貰って終わりさ・・・。タダシはそう考えていたのだが・・・。

タダシが麒麟送子に選ばれた時に前後して、人間の世を呪う男・カトウ(豊川悦司)の悪しき計画が始まろうとしていた。
カトウは次々と日本に住む妖怪達が捕らえ、人間の捨てた物と融合させ悪の尖兵へと変えていく。そして、カトウの計画の最終目標は人間に使われ、捨てられた物の呪いの集まった大怨霊・ヨモツモノを復活させ、人間の世を終らせようとする事だった。

カトウの計画を止められるのは・・・。

そう。この世で1人麒麟送子に選ばれたタダシだけなのだ!!

タダシの変哲も無い夏休みが大冒険に変わる。


いや、面白かったですよ。本当に。くだらなくって、シュールで。
子供向け全開なんだけど、本当に子供に分かるの?ってネタも満載。

最後の小豆に関してはもう少し説明が必要なんじゃないの?とは思うケドねー。

河童の河太郎を演じる阿部サダヲが非常に好き。

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February 27, 2006

2月20日 夜になる前に

No.3

夜になる前に

 1950年代。キューバ革命の時代に多感な10代を過ごした青年レオナルド・アイナス。実在した亡命作家の自叙伝的作品。
 彼は文章を書く才能を認められ。国立図書館に勤めながら文筆活動を行い、性の開放革命にも参加していた。
 1970年代。共産主義軍部による独裁政権が暴走を始め、文化活動や芸術家と呼ばれる人間は革命家と同じ扱いを受け、弾圧の対象になっていた。言論は統制を受け、自由な表現と精神は失われようとしていた。

 1980年 カストロ政権による突然の開放。思想の異なる人間の亡命の自由が気まぐれのごとく与えられる。

 このストーリーにはエンターテイメントも、クライマックスも無い。ただ、書くことでしか自分を表現出来ない男がもがき、もがき、人生の最後に自由の国・アメリカへたどり着くが、そこは彼の考えた楽園とは言えなかった。

 ユン・チアン著の『ワイルドスワン』を呼んだ時に中国の近代化への革命の流れや、文化大革命の凄惨さを市民の目線で感じるコトが出来た。今回のこの作品も、キューバ革命やカストロ独裁政権の統治下で1人の作家が見た世界を1人の市民としての視点で見るコトが出来る。
 文化への弾圧。言論統制。戦時下の日本でも行われた行為だが、その言葉の響き以上に危険で、人間性や文明・文化にとって致命的な意味を持つ。
 
 万人にとって面白い作品ではないですが、その映像の意味は深いと思います。

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November 17, 2005

9月21日 黄泉がえり

No.75
黄泉がえり

死んだはずの人間が生き返る「黄泉がえり」。

戦時中に神隠しにあった少年が年老いた母の元に戻る。
イジメを苦に首を吊った高校生が葬式に現れる。

黄泉がえりの彼らは幽霊やゾンビなどではなく、死んだ時そのままの姿で家族の元に帰って来る。

死んだハズの人々が九州のある地域で次々と黄泉がえる。
政府は事実を隠し、原因の追究をはかる。

政府機関で一連の事件の原因を探す川田平太(草薙 剛)は、自分が昔から好きだった女性・橘葵(竹内結子)も黄泉がえりであることを知る。


もし、愛する人が一時でも帰ってきてくれたら・・・。

そんな思いをそのまま映画にした作品。
一応、黄泉がえりの理由らしきものも語られるが、そこは本筋じゃないんで、まぁ置いておいて、ストーリーの切なさを味わうべき。

黄泉がえるのも突然なら、消えるのもまた突然。

夢のような時間の意味とは?
深いようで非常にシンプルな答え。

まぁツッコミ所はあるけど、純粋な気持ちで見たモン勝ちです。


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