2009年に観た映画

December 31, 2009

おくりびと

今年100本目を大晦日の朝に鑑賞。

おくりびと


いつか、誰でもおくりびと、おくられびと。

第81回 アカデミー賞外国語映画賞受賞
第32回 日本アカデミー賞受賞


東京のオーケストラでチェロ奏者をしていた大悟(本木雅弘)は、オーケストラの解散で職を失う。
自分の腕を見つめ直し、妻の美香(広末涼子)と共に故郷山形へと帰る。

そこでちょっとした誤解から見つけた仕事は、納棺師。

なり手の少ないこの職業。社長(山崎努)は大悟を即日採用にする。
初めは給料の良さから、右も左も分からないままに指導を受けながら現場に出る大悟だったが、少しずつ人を送り出すこの仕事にやりがいを覚えていく。

だが、大悟は美香にだけは「納棺師」の仕事に就いている事を告げられずにいた・・・。



本木雅弘と山崎努の所作の美しさ。
日本らしい作法と思いやりに基づいた荘厳さがそこにあり、見とれる。

人にはそれぞれ歩んできた人生があり、その最後を飾る葬儀にはその人の生き様が写し出される。
その最後の場で写し出される人生を彩る納棺師。
火葬で埋葬される日本であれば、どんな宗教の人でも必ず1度は彼らの手を通る。


大悟自身の中にも、周囲にも根強くある、死体を扱う仕事に対する偏見。
ましてや大悟が働くのは山形の田舎。都会であれば表に出ないその偏見が、あからさまにもなる。
それでもその偏見に相反して、その仕事の美しさ、豊かさ、大切さに触れた大悟が納棺師の仕事にやりがいと誇りを持っていく。
その過程がスッと心に入る。

きちんと自分の仕事に向き合い、意味も、あり方も自分の中で昇華した時、大悟は何を言われても譲らない一生の仕事とする。


産まれ、食べて、生きて、死ぬ。

ひとは誰でもいつか、おくりびと、おくられびと。

親しい人とも、自分自身も、誰でも死からは逃れられない。
当たり前のこと。
でも、日常の中では忘れられてしまいそうになること。

その意味を再び自分の中で噛みしめる。


アカデミー賞に輝くことに納得の作品。
よくぞこの非常に日本的な心情の揺らめきを理解してくれた。

観る前はアカデミー賞トラップ(期待値が悪いほうに裏切られ、本来以上に評価が下がる)を心配しましたが、全然そんなこと忘れての鑑賞。

2009年最後、100本目を飾る作品として最高の作品でした。


最終評価 A+

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December 29, 2009

特命係長 只野仁 最後の劇場版

特命係長 只野仁


セクシーでコミカル、それでいてシュールな味の深夜ドラマ「特命係長 只野仁」シリーズが静かなブームになったのはもう数年前。


王手広告会社に勤める総務課係長・只野仁(高橋克典)。
昼間はパッとしない、ダメ社員。しかし、その裏の顔は社の危機を影から処理する「特命係長」だった。

今回、只野に与えられた最後の特命は、社の命運を賭けたイベントのキャンペーンガール・シルビア(秋山莉奈)をスキャンダルから守ること。

だが、シルビアの周りには次々とトラブルが舞い込み、さらに仁の前には最強の敵(チェ・ホンマン)が立ちはだかるのだったぁーーー!!


ってヲイ!!

今までTVシリーズも観てないし!!

そもそもTVドラマなのに、初めて観るのが「最後の劇場版」って。


あまりの「特番押し」に負けて、チャンネル回してたら始まるトコだったので、思わず観ちゃった。

まぁ、そういう気分の時もあるよ。あるある。



しかし、なんつー微妙な内容。

無駄にセクシーシーン。意味不明かつ変なアクション。
まぁ、コレがこのシリーズの売りなんでしょうね。
深夜ドラマってこういう、ユルーいテンションじゃないとダメだと思うし。
真面目に頭を使ったり、思想があったりすると、疲れちゃうからね。


でも、流石に映画として公開するには下らな過ぎね?

コレを1800円とか出して劇場で観ちゃったら、いや、レンタルでも何でも少しでもお金を使っちゃたら、許せんよなぁ。

貴重な映画鑑賞時間を使ってしまった自分が悔しい。


最終評価 C+


てか、コレを今年の映画鑑賞数に入れても良いのだろうか?

「なんで観たんだ?」って、聞かないで。 自分でも疑問なんだから。


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四畳半革命 白夜に死す

四畳半革命


学生運動が終焉に向かう70年代初頭。
活動が末期を迎えるつれ、論理は置き去りになり、暴力だけが加速度を増していた。

思想など無く、ただ暴力に身を任せる男・直也。
組織のリーダーは彼の暴力を利用し、対抗組織を潰していく。

ある日、直也は対抗勢力に襲われ、誤って相手を殺してしまい、自分もまた深手を負ってしまう。
直也が目を覚ました場所は、売春バーの2階、四畳半の部屋だった。

そこに居たアッコは、字も読めず、足も上手く動かない売春女。

だが、健気に生きるアッコとの出会いが直也を変えていく。


シネマアートン下北沢・ショートフィルム映画祭「おかしな監督映画祭」で特別賞を受賞した作品。


うっわ。また、微妙な・・・。

なんか、どっかの大学の映研が作ったみたいな作品。
くっさい演技と、うっすいシナリオと、やっすい映像。

こんなん大学祭で観たなぁ。
キス・ヌードシーンがある辺りが、一応は大学祭レベルを越えるかな?

でも「映画を撮る」道に進む人は、このレベルの作品でもまず「撮ってみる。」コトが出来るかどうかが分岐点になるんだろう。
金も役者も設備も揃わない状況、理想には程遠い。
でも、とにかく自分の作れる精一杯でとにかく撮ってみる。作品を作ってみる。完成させる。
そして、他人に見せる。
それが第1歩になる。

歩き出した人と、歩き出さない人であれば、歩き出した人の方が目的地に辿り着くのは自明の理。

まぁ「映画を観る」道を進む人にとっては「ナニコレ?」なんですけどね。

1つの作品としてまとまっていることに拍手。


最終評価 B−



ちなみに、C評価をつける時の基準として「苛立ち」があります。
「ナニコレ?」を越えて「イラッ」とする「早く終われ。」と思う。それがC。

この作品は、そう言う意味では「イラッ」とはしない。なんとなく「微笑ましい。」なので、B−。
それが褒め言葉であるかどうかは、別問題。

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December 23, 2009

リダクテッド 真実の価値

リダクテッド 真実の価値


ブライアン・デ・パルマ監督。

2006年に実際にイラクで起こった、米兵による15歳の少女のレイプ及び彼女を含む一家4人の殺人事件。
この作品は事実ではなく、事件を基にしたフィクションである。


イラクに駐屯し、検問所を守るアメリカ軍の兵士達は、常に極度の緊張を強いられる。
灼熱の気温。
重い装備。
いつ終わるか分からない任務。
そして彼らが相手をするのは、文字も言葉も通じないイラク人達。
検問所を通るイラク人が民間人なのか敵なのか見分けはつかない。
それでも固定の場所で姿を晒し続ける自分達は、敵にとって格好の「標的」として、狙撃、車載爆弾、路肩爆弾、ありとあらゆる方法で命を狙われる。

戦場での映像を撮り、ドキュメンタリーを作って映画学校へ入ろうと考えるサラサールは、今日も検問所でカメラを回す。
だが、退屈で過酷な任務のワリに「衝撃の映像」は訪れない。
撮れるのはマヌケでありながらも緊張を強いられる検問所の作業と、兵舎でヌードグラビアやポーカーに興じる仲間達だけ。

そんなある日、「戦争に役立つ証拠」を押さえる為の作戦で押し入った民間人の家。
家に居たのは、無抵抗の父親と腰の悪い祖父、母、娘。
その日は父親の逮捕と証拠の押収だけでコトは済んだ。

だがその時、部隊の仲間・フレークが「娘」に目を付けていた。

そのミッションの後から、通学で娘が検問所を通るときのボディチェックが入念になる。

そしてある夜、ポーカーに興じる仲間にフレークが言った。

「あの家からは淫売の匂いがするぜ。」

フレークは酒に酔い、このまま兵舎を抜け出し、娘をモノにすると騒ぎ出した。
煽る仲間、止める仲間。

ともに「敵のアジト」を襲う仲間を集うフレークは、サラサールに声を掛ける「お前も来るよな?」

サラサールは、その現場に同行した・・・。


イラク戦争。
言葉で言ってしまえば、それだけのコト。

だが、その現場では何が起きているのか。
アルカイダとは何か。
報道されることが真実なのか。

戦争を遂行する上で「不都合な真実」は消されていないのか。


この作品を2007年に撮ったブライアン・デ・パルマ。
ヴェネチア国際映画祭で賛否両論を巻き起こしたことがうなずける内容。

アフガニスタン戦争の是非、イラク戦争の是非について、日本に居る僕はあまりにも「一般的な知識」しか持たず、コメント出来る立場に無い。
でも、それらの「一般的な知識」と想像力を使うと、これら一連の戦争には単純に「反対」としか思えない。


戦争において、現地の一般人は当然ながら被害者。
でも、そこに攻め入る兵士もまた被害者。

じゃあ、加害者は一体誰なのか。 アメリカ大統領なのか。

それは、世界に、日本に、僕の中にある「所詮は他人事」の感覚なんじゃないだろうか。

結局はイジメの構図と同じで、本当に悪いのはイジメられた側でも、イジメた側でもなく「イジメを容認する空気」なのではないだろうか。

そこまで分かっていながら、何もしない僕が居る。


作品としては、決してエンターテイメント作品ではない。
そして、扱う事件の特殊性からフェイクドキュメンタリーが「真実に迫る」と言うには、登場人物があまりにもカテゴライズされている。
これでは事件を起こしたアメリカ兵の実像が見えてこないし、どうやって「不都合な真実」が揉み消されたのか伝わらない。
町では不良だった心の弱い新兵が、心を病んでレイプ殺人犯になるのが現実なのか、どうなのか。

ただ、この作品の伝えんとするモノ、それが少しでも世界を変えたことには意味がある。


映画自体よりも、ラストに流れる戦場で血を流す一般市民の写真の方が説得力があるところが残念。
やはり、真実に勝るメッセージは無いのかも。


最終評価 B+



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December 19, 2009

チェンジリング

チェンジリング


クリント・イーストウッド監督。

真実に基づいた物語。

1928年・ロサンジェルス郊外。
電話交換手のシングルマザー、クリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)は息子のウォルターと2人で暮らしていた。

ある日、彼女が家を留守にしていた間にウォルターが姿を消す。 

誘拐事件。

だが、彼女の町のを守るのは、汚職に汚れた悪名高きロス市警。
この誘拐事件にロス市警は重い腰を上げない。

2週間、1ヵ月、どんなに待っても息子は帰らない。 
嘆き、泣き暮らす日々。
初動捜査を誤り、動きの鈍いロス市警への批判が高まりをみせた5ヵ月後。ロス市警から朗報が届く。

「息子さんが発見されました。」

喜びに湧くクリスティン。
警察はこの感動の事件解決を、不評が積み重なるロス市警の宣伝に大いに利用した。

マスコミのカメラが取り巻く中、感動の再会を果たすクリスティンとウォルター。

だが、警察が連れて来た息子は彼女の愛するウォルターではなかった。全くの別人。

当然、母は別人だと分かっている。だが、警察は自分達の面子を優先し「長く離れていたんだから雰囲気も変わりますよ。」と無理やり彼女に偽の我が子を押し付けた。
当然ながら、顔つき、身長、割礼、歯列、全てがそのウォルターは別人だと証明している。

なのに、警察は自分達の間違いを認めようとしない。

それどころか、必死に息子を探して欲しいと訴えるクリスティンを、無責任な母親で子供の判別もつかないと新聞に記事を載せ、あたかも彼女の方が異常であると言わんばかりになじる始末。

更にはクリスティンがそれに対抗して他の専門家の証明書を集めれば、精神に異常をきたしているとして精神病院に放り込み、問題を闇に葬ることで「解決」を図ったのだ。

「息子に会いたい。」 
その想いだけが過酷な環境の中でクリスティンを支えていた。



コリンズ事件。
最終的にはロス市長の失脚、警察署長の更迭にまで及んだ事件と真っ向から向き合った、1人のシングルマザーの話。


本当か。と、目と耳を疑う。
そして、あまりにも救いの無い、絶望に心折れてもおかしくない境遇の中で、ただ息子は生きていると信じ、行動し続ける母の強さに胸を打たれる。

あまりにも重く、救いの無い長いストーリー。
そして、最後に残されるのは儚い希望がひときれ。


都合良くはいかない現実に基づいた内容を、希望と誇りを感じさせるラストへと昇華したイーストウッド監督の手腕に脱帽。
実際、イーストウッドは監督になってからの方が、映画人として才能を開花させていると思う。
今、この人は、ハリウッドに残された映画の神の良心じゃないかとさえ思う。

そして、もう1人注目すべきはアンジェリーナ・ジョリー。
トゥーム・レイダースで魅せたボンキュッボンなバディでのアクションとは正反対の重く、暗く、悲しいストーリーの主役・コリンズ婦人を見事に演じきった。
本当に心から賞賛を贈りたい。


あまりにも重い内容で「楽しむ」のはナカナカ難しい。でも、素晴らしい作品であることに疑いの余地は無い。


最終評価 A




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December 16, 2009

ジャージの2人

ジャージの2人


父・54歳 グラビアカメラマン(鮎川誠)
息子・32歳 無職(堺雅人)

ある夏の日。
仕事を辞めたばかりの息子は、父親に誘われて祖母が住んでいた山奥の小屋に2人でしばらく過ごすことにした。

携帯の入らない山小屋で、現実の生活でちょっとした問題を抱えた2人の現実逃避。

祖母が集めていた古着の学校ジャージに身を包む父と息子。
父はファミコンで麻雀、息子は携帯の電波が入るポイントを通る犬の散歩。

特に何をするでもなく過ごすジャージの2人。

そこに時には他人が訪れてジャージの3人になったり、出て行ってまた2人に戻ったり。
そんなこんなで、ゆっくり流れる時間。

問題を動かすのは、何も行動ばかりじゃなかったりする・・・。



ゆったりと時間が流れる、ゆるーい空気に包まれた作品。
時々クスリとさせる笑いと、微妙な距離感を持った人間関係の中に流れる微妙な緊張感が作品を(そこまで)ダレさせない。

この作品の登場人物は少なく、そして「ジャージ」と言うアイテムによって心の立ち位置が上手く表現されていて面白い。

祖母の集めていた胸に「●●小」と書かれた紺や緑のジャージを着る人。
自分で持ってくる人。
ワザワザ買ってきちゃう人。
流石に「●●小」のジャージは着ない人。

他の早く時間が流れる場所では通わない心が、ゆっくりの時間の中でだけ通う。

通ったような気がする。


ただ淡々と時間が流れる作品で、それほど何がどうと言うことは無い。

でも、そんな手法でしか表現できないコトもある。


最終評価 B



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December 12, 2009

ストロングワールド (オリジナル劇場版ワンピース)

オマケの「0巻」が無くなるのが怖くて、公開初日に観て来てしまいました。

ストロングワールド

製作総指揮・尾田栄一郎


海賊王ゴールド・ロジャーと対等に渡り合い、海底監獄インペルダウンからの脱獄を果たした唯一の男・金獅子のシキ。
20年の潜伏を経て、伝説の男が動き出す。

シキの「フワフワの実」の能力で天空高くにいざなわれた島・メルヴィユ。
そのメルヴィユは、独特の生態系を持ち、攻撃性に異常発達した動物達が相争いながら生き延びる弱肉強食の世界、強者の為の「ストロングワールド」。
そして、その生態系こそがシキの20年計画のキモだった。

メルヴィユで虎視眈々と世界の転覆を狙うシキの計画が実を結び、実行に移されようとしていた。
だが、計画の確実な遂行にはもう1つ必要な能力があった。
それは、空に浮かぶ島の弱点である嵐を回避する能力。
シキはその能力を持つ人材を求めていた。

そんなある日、麦わら一味とシキの海賊船が出会う。

麦わら一味の航海士ナミは、肌で気圧の変化を感じ天候の変化を読む天才的航海士。

シキはその能力に目を付け、麦わら海賊団を騙して天空のメルヴィユに誘い込む。
そして、シキはルフィ達の不意を突いてナミを奪い去った。

空中で不意打ちを喰らい、散り散りに島に落ちていく麦わら海賊団のメンバー達。

果たしてルフィ達は島で生き延びてナミを奪い返し、シキの野望を打ち砕くことが出来るのか・・・。



ん・・・んー? あれ?

こんなモンっすか? 

あれ?


前にも書きましたが、僕は原作版「ONEPIECE」の大ファンです。
ですが、今までアニメや劇場版に原作者である尾田栄一郎はノータッチだったので、アニメ版には全く興味無く過ごしてきました。

でも、今回の「ストロングワールド」は製作総指揮&キャラデザ・尾田栄一郎と、初めてアニメ版の製作に原作者の名前が載りました。
更には、今回の作品の敵である「金獅子のシキ」は原作の中でも名前が登場し、劇場付録で「0巻」としてかつてのシキの活躍した時代をコミックス(原作)にして付けるとゆー「限りなく原作に近い」作品として期待をしていました。

いや、原作ファンなら期待せずにはいられないでしょ。


でも・・・。

あれ?

まぁ、ツマラなくはないですけど・・。 あれれ?


以下ネタバレを含みます。


「金獅子のシキ」に対して。
海賊王ゴールド・ロジャーに比肩した伝説の男が20年間を費やして練った計画がソレ?
しかも、映画の2時間の枠で消化する為とは言え、ちょっと弱くないですか?
それに、20年掛けて練った計画よりも、アンタの能力で島を浮かせられるなら、島をそのまま質量爆弾として使うだけで世界を支配するのなんか圧倒的に楽勝ですよね?
アンタ強いんだから、不意を突いてナミを奪って飛び去ればソレで良いのに、ワザワザ麦わら海賊団をメルヴィユに誘い込む必要って、無いよね?
更にはさらったクセに、結局、ナミの能力はそんなに必要としてない感じだし。

なんか、全体的に行動がチグハグ・・・。
コレじゃ単なる「嫌がらせの人」じゃん。


アニメシリーズの「オリジナル劇場版」に対して。
これは観に行ったほう、期待をかけた方が悪いのかも知れませんが、2時間の中に「ストーリー」「舞台設定」「各キャラの見せ場・戦闘シーン」の全部を盛り込むのはそもそも無理がありませんか?
まぁ、各キャラの設定や見せ場、技ナドを「分かってる前提」で作るのは良いけど、それを全部消化しようとしなくても良いのではないでしょうか。
2時間なんだし、スポットを当てる部分をもう少し絞り込まないと、麦わら海賊団も9人居ますから限界がありますよ。


最後に「ストロングワールド」と言う舞台設定に対して。

ソレ、必要なの?
結局は麦わら vs シキの構図にしかならないなら、必要無くね?



そんなこんな苦言を申しましたが、出入りシーン(麦わら海賊団のスーツ姿)やナミの水着・ワイシャツのみナドの見所シーンも多くあり、シリーズファンが観て「損をした!!」と怒るほどでもないです。


ま、オマケが目当てと言っても過言じゃないですしね。

オマケはしっかり入手しましたし!!

ストロングワールド付録



ちょっと期待ハズレで残念でした。

いや、そもそもアニメシリーズのオリジナル劇場版を大人が「映画作品」として観るべきじゃないのかなぁ。

ま、オマケに釣られてる人間を大人とするかどうかが問題だな・・・。


最終評価 B−

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イエスマン

またもや早朝の鑑賞。
この時間が穴だと発見したのは良いけど、僕の睡眠時間は・・・?

イエスマン


3年前に離婚した銀行の貸し出し担当・カール・アレン(ジム・キャリー)は、ずっと塞ぎ込んだ日々を送っていた。
親友の誘いを断り続けては退屈な夜を過ごし、銀行で貸し出しを却下し続ける。

いつも彼の答えは「ノー、ノー、ノー。」。

そして、親友の婚約パーティを欠席した夜、あまりにもダメな自分に気付く。

「このままじゃ俺・・孤独死?!」

その時、偶然出会った友人ニックの誘ってきた自己啓発セミナーを思い出し、半信半疑ながらもセミナーの会場に足を運んだ。

「全てにイエスと答えよう。」

そのセミナーの教えは単純だった。でも怪しい。やはり半信半疑のカール。

だが、そんなカールに業を煮やした指導者テレンスにおされ、カールは「何事にもイエスと答える。」誓いを立ててしまう。

そうしないと不幸が降りかかると・・・。

セミナーの会場を後にしたカールは、強引に自分を変え

車に乗せて欲しいホームレスに「イエス。」
友人の誘いに「イエス。」
ケンカの挑発に「イエス。」

とにかく、判断を迫られたら「イエス。イエス。イエス。」

その日から彼の全てが変わっていく。



まるでこの映画自体が人生を楽しむ答えを伝える自己啓発セミナーのよう。

正にジム・キャリーがハマリ役。
笑って、楽しんで、ラストには幸せにほっこり、で、少し今からの人生が豊かになる教訓がある。
ヒューマンコメディの秀作。

やっぱり僕はジム・キャリーのヒューマンコメディが好きなんですよね。
「トゥルーマン・ショー」しかり「ブルース・オールマイティ」しかり。

この作品も他の作品と同じように、笑いと共に人生や生き方への前向きな提案を示してくれる。

全てに「イエス。」と答えることで人生を180度変えていく男・カール。
初めはソレで全てが上手くいく。でも、やっぱりそれにはどこか無理もあり、その歪みが愛する人を傷つけてしまう。
でも、そこで彼は単純に「イエス。」と答えるコトを止めるのでなく、更に次のステージへと自分を変えていく。
そのバカみたいな前向きさが、彼の人生を楽しく豊かなモノへと変えていく。

ポジティブだけで生きていけるワケなんかない。
そんなコトは分かってる。
でも、人生の豊かさや楽しさを知り、味わうにはソレが必要だったりする。

時にはムチャでも「イエス。」と言って1歩前に進み、他人と関わる勇気が必要だとこの作品は教えてくれる。


まぁ、そうは言っても自己啓発セミナーには行きませんけどね。僕は。


ちなみにヒロインのゾーイ・デシャネル。可愛いです。


最終評価 A+



最近、映画の評価がゆるいかなぁ。
でも、良い映画は良いんだから仕方ない。




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December 11, 2009

俺たちに明日はないッス

ゆいかを寝かせる流れで早めに寝てしまい、超早朝に目が覚めたので久しぶりの映画鑑賞。
ギリギリでラストまで子守り抜きで観れました。

俺たちに明日はないッス


17歳の男子。
頭の中は・・・「とにかく、ヤリたい。」 

クラスメートの友野が国語の教師とラブホテルから出てくるのを見てしまった比留間は、それをネタに友野に関係を迫る。

イケメンの峯は、実は童貞であるコトを仲間に隠している。
ある日、生理で貧血になり道に倒れている同級生のちづを見つけてしまう。父子家庭に育ったちづは生理用品の買い方も知らず、性の知識も無い。そんなちづをバカにしつつも助けているうちに、峯とちづは親しくなっていく。

デブの安藤は、巨乳にコンプレックスがあり「デブ専」の秋恵に想いを寄せられ、どんどん親しくなるが・・。


本当は友野が好きな比留間。

本当は童貞の峯。

本当は自分じゃなく、自分の体が目当てだと知ってしまった安藤。



どんなに虚勢をはったところで、中身は不器用で、バカで、情けない17歳の高校男子。
体はほぼ大人。心はまだまだガキ。で、バカ。
それは基本、誰でも同じ。

そんな格好悪い高校男子をリアルに描いた作品。

仲間だとバカ騒ぎをして盛り上がりながらも、なんだかんだで互いの本当の悩みや経験は共有出来ない17歳独特の友情もまたリアル。


「自分はもうちょっと上手く振舞ってたよなぁ。」と思いながらの鑑賞。
でも、まぁ、当時の自分を客観的に見たら似たり寄ったりのような気もする。

そんな風に、苦い当時を思い出す。思い出せる作品でした。

まぁ、でも、どんだけ歳だけ重ねたって、子供が産まれたって「大人」になんかなれやしないんだけどね。

「女はわからねぇ。」とぼやいた比留間に「そんなの当たり前だよ。いまだに分からねぇよ。」と心の中で答える自分が居ました。


エンドロールに流れる、銀杏BOYZの歌う「17才」が良いね。


最終評価 B+

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November 30, 2009

夜のピクニック

夜のピクニック


24時間夜を徹して80キロを歩く毎年恒例の伝統行事「歩行祭」。

3年生の甲田貴子(多部未華子 )。
最後の歩行祭に彼女は密かな想いを抱いて参加していた。
それは、1度も話しかけたことのないクラスメイト・西脇(石田卓也)に話しかけること。

たったそれだけ。
でも、それだけがずっと出来ないでいた。

貴子と西脇には、誰にもいえない秘密があった。


仲間とワイワイしゃべりながら、ただ歩く。 歩行祭。

この特別な夜に、特別な夜だから。

その中で、告白であったり、仲直りであったり、みんなこのイベントにそれぞれの想いを乗せている。

今年の歩行祭が始まる。


特に特別な何かがある訳じゃない、起こるわけじゃない。

疲れ、足の痛み、無意味感。
そんなモノを抱えながらも、ただ歩く。毎年、歩く。

その歩く中で、時間の流れを感じ、戻らない一瞬を感じる。

青春。 

陳腐で安易な一言。でも、それを馬鹿にすることなんて誰にも出来ない。

観ている内に、まるで自分も参加してるかのような、高校時代に戻ったかのような気分にさせてくれる。

ただ単に高校生が歩く。それだけだったら間延びした内容になってしまう所を、貴子と西脇の関係があることで最後まで緊張感を持つ。

まぁ、榊安奈の弟が、あまりにもあんまりですがね・・・。



なんだかんだで、最後には心地よさが残る。

まるで一服の清涼剤のような映画でした。


最終評価 A−



このところ映画なんて観れなくて、自分の中にグツグツとマグマのように溜まってきた欲求を解消する為に、明日が仕事なのに深夜の鑑賞。

当たり映画でホント良かった。
この僕の気分が映画の評価に影響したかも知れないけど、ソレは抜きにしても良い映画でした。

やっぱり、映画って素晴らしいですね。サヨナラ サヨナラ サヨナラ。

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November 17, 2009

WALL・E (ウォーリー)

WALL・E


「トイ・ストーリー」や「ファインディング・ニモ」に代表される、ディズニーとピクサーが手を組んだCGアニメ映画シリーズの1本。


人類も他の生物も滅亡した地球。
地球は人類の出したゴミの山に埋もれていた。

そんな地球に残された、1体の掃除ロボット「WALL-E(ウォーリー)」。
友達はたった1匹のゴキブリだけ。
誰も居ないゴミの山を、たった1人で片付ける日々。

ウォーリーは、いつも男女が手を繋ぎ踊るロマンチックなビデオを見て、いつの日か誰かと手を繋ぐことを夢見る。

そんなある日、巨大なロケットから現れた白く美しいロボット・イヴ。
彼女は、遥か宇宙の彼方を飛ぶ宇宙船から地球に送られた探査ロボット。

たちまちイヴへの恋に落ちるウォーリー。
イヴと手を繋ぎたい。なんとかイヴを振り向かせたい。
献身的なウォーリーにイヴも少しずつ心を許していく。

だが、探査目的である「植物」を手に入れ、イヴは眠りに落ちてしまう。

そして、迎えに来たロケットがイヴを連れ去っていく。

ウォーリーはイヴへの想いから、ロケットにしがみつくが・・・・。



まるで現代のサイレントムービー。

ウォーリーもイヴも、ほとんど言葉らしい言葉は喋らない。
少しだけ人間達が言葉を発するが、ストーリーにとってさほど重要ではない。

作中での感情やコミュニケーションのやりとりの表現は、ほとんどパントマイムに近い動きやちょっとした表情で表現される。

なのに、ウォーリーやイヴの感情が面白いほどに伝わってくる。

内容的に当然ながら子供向けにストーリーは作られている。
だが、そこに含まれた隠喩には大人にも考えさせられるメッセージが含まれていて、その未来予想は痛烈でシュールで、子供向けとは言えどバカに出来ない。

当然ですが、フルCGムービーの表現手法と機械やロボットは相性が抜群。


ストーリーと、表現方法と、映像が、高いレベルでマッチして観客を惹き付ける。


んー。まぁラストが安易なハッピーエンド過ぎるきらいはあるけど、ディズニーだし、ソコはやむなしかな。
もうヒトヒネリを望むのは、求め過ぎか。

それでも子供も大人も、しっかりと楽しめるレベルの作品でした。


最終評価 A−

ランキングに参加してみました。



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November 15, 2009

ドラゴンボール EVOLUTION

ドラゴンボール エボリューション


鳥山明原作の伝説的漫画「ドラゴンボール」。
類稀な力を持った少年・孫悟空が仲間と共に、7つ集めると願いが叶うドラゴンボールを探し集める物語。
アニメ版は全世界で翻訳・放送され、全世界の子供に「ジャパニメーション」を知らしめた。

その伝説的作品をハリウッドが実写化。


遥か昔、地球にナメック星人の魔人ピッコロが大猿と共に現れる。
ピッコロと大猿の力で地球は滅亡の淵にあったが、そこに地球を救う戦士達が現れ、ピッコロを秘術「魔封波(マフーバ)」によって地中深く封じ込めた。

そして時は過ぎて、現代。

アメリカの高校に通う青年・孫悟空。
彼は武術の達人である祖父との二人暮らし。
18歳の誕生日に、祖父の宝物であるドラゴンボールの1つ「四星球」を託された。
ドラゴンボールは世界に7つあり、全てを集めると何でも願いが叶うと言う。

その夜、復活したピッコロの手によって、祖父は殺されてしまう。
祖父が悟空に残した「ピッコロから地球を救う為、ドラゴンボールを集めよ。」とのメッセージを胸に、悟空は旅に出た。



コレを「ドラゴンボール」だと思って鑑賞してはいけない。
「なんとなく中国武術が取り入れられたアクションファンタジーだ。」位で観なくてはいけない。
「ドラゴンボール」だと思ったら、原作を知ってる人間は耐えられない。

この作品は、ハリウッドがお金を掛け「ベストキッド」の修行の雰囲気と「マトリックス」のCGアクションをパクッて、「ドラゴンボール」の設定を台無しにしながら作った「特撮戦隊モノ」。


色々な視点からの前評判の低さが聞こえてた作品ですが、これほどとは・・。

絶句。


怖いモノ見たさと、一応、自分で鑑賞してみないと・・・との気持ちからの鑑賞だったのですがここまでとは・・・。


まぁ、単に名も無きB級アクションって言われればB級として観れる。

のだが・・・。

中途半端にお金を掛け、ハリウッドの技術も投入し「ドラゴンボール」の設定を下敷きにして(汚している)る所が、いちいち原作ファンのカンに触る。

やはり僕も通り一辺の評価を僕も下さざるを得ません。最悪だと。

しかも「続編あるかも?!」的な引きのあるラストがまた許せない。


やはり日本の漫画・ゲーム作品のハリウッド実写化は、ヤバイ。

これは攻殻機動隊も銃夢もヤバイか・・・。


最終評価 C


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November 13, 2009

リクルート

リクルート


マサチューセッツ工科大学をトップで卒業する学生ジェームス(コリン・ファレル)は、現在就職活動中。
彼には高い技術があり、どんなコンピュータメーカーも彼を欲しがった。

ある日、ジェームスに近付いてきたCIAの男・バーク(アル・パチーノ)。

ジェームスはバークにリクルートされる。

謎の死を遂げたジェームスの父親について、彼はずっと情報を探し続けていた。
今までは、どんなに探しても手掛かりは無かった。
だがバークは、父の死にCIAが関わっていたことを暗に示す。

父の死の真実に近付く為、ジェームスは金も出世も未来もある道から外れ、薄給で手柄は公表されず名誉も栄光もない社会の影・CIAの扉を叩く。

CIA工作員育成の訓練場・通称「ファーム」に集められた新人達は、ファームでCIAの工作員としてのいろはを叩き込まれる。
主任教官はバーク。
CIA工作員の技術とは、格闘、運転技術、銃器の取り扱いに始まり、いかに他人を欺くか、いかに成りすますか、いかに騙すかに及ぶ。

ファームでは、日常の全てが嘘と真実の紙一重。

訓練生同士でさえも騙し騙される環境の中、ジェームスはバークに近付こうとし、一方では1人の女性訓練生レイアと出会い、心を通わせた。

ある日、訓練中に他国の機関に拉致され、拷問を受けるジェームス。
彼は「これはテストだ。」と信じ、耐えるが、そのリアリズムはとてもテストだと思えない。
最後には心が折れ、ファームの情報を吐いてしまう。

だが、やはりソレはテストの一環だった。 
ジェームスは採用試験に失格してしまったのだ。


失意にあるジェームスの元をバークが訪れて告げた。

「失格は偽装だ。君は採用であり、ここからは本当の任務になる。」

混乱するジェームスに与えられた初めての任務は、二重スパイの疑いがかかるレイアを監視し、身辺を洗うことだった・・・。



なかなかにスリリングなスパイサスペンスでした。

いつも他の映画ではドジを踏む「ダサい」イメージのあるCIA工作員。
だが、実際は知力も運動能力も、そして何より志のある人間が集められ、最高機密の中で養成されるエリート集団。
スパイ映画は数あれど、その工作員のスカウト、試験、訓練までもをストーリーに織り込み、効果的に使った作品は少ない。


何重にも仕掛けられた嘘と騙しあい。
どこまでがテストで、どこからが真実なのか。

老練な指導官にアル・パチーノ。
翻弄されながらも、鋭い直感で真実を探すコリン・ファレル。

そのキャスティングの上手さも相まって、最後までストーリーに飲まれるコトが出来ました。


観客はどんなピンチになっても「実はテストなのかも。」って言う引っかけを疑う心理が働いてしまう。
それを逆手に、非常に上手く使った作品。


最終評価 A−


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November 09, 2009

ボーダータウン 報道されない殺人者

報道されない殺人者


アメリカ国境に程近い街・フアレス。
メキシコの安い労働力と北米自由貿易による免税を背景に、アメリカ向けの輸出用TVやPCを作る工場が立ち並ぶ。
工場で働くのは、若い女性工員達。
3交代制で24時間動き続ける工場の行き帰りに、犯罪に巻き込まれる被害者が後を絶たず、荒野で発見される女性達の死体は数限りない。

シカゴの新聞社に勤めるローレン(ジェニファー・ロペス)は、フアレスで起こっている連続女性殺人事件の取材を命じられる。

かつてコンビを組んだこともあるディアス(アントニオ・バンデラス)を頼ってフアレスを訪れたローレン。
ディアスは、当局の弾圧を受けながら真実を伝えようとする零細新聞社エル・ソロ社の編集者。
ディアスはローレンにフアレスの真実を告げる。

ローレンが知った現実は、想像以上の人々の貧しさ、事実を捻じ曲げるために圧力をかける当局、そして、発見される何倍もの女性が失踪する事実。

連続強姦殺人から生きて戻った少女エバを足掛かりに、真実に迫るローレン。

だが、彼女が迫る真実は、貿易協定で利益を上げる企業にとっても、アメリカにとっても、メキシコにとっても「不都合な真実」だった。


「トラフィック」でも「バベル」でも、その他いくつもの作品で扱われるアメリカとメキシコ国境に絡まる無数の問題。
メキシコ国境問題には、「富めるアメリカ」と地続きの「貧しきメキシコ」の負の連鎖が凝縮されている。


この作品が扱うのは、貧困層女性の労働力を食い物にする巨大企業とアメリカ・メキシコ両政府。
そして、誰からも守られない女性達に襲い掛かる卑劣で無数といる犯罪者達。

「女性の保護よりも、隠蔽の方が安い。」そんな理由で闇から闇へと葬られる犠牲者の山。
ソレは、人権の蹂躙なんてものでは生ヌルイ抑圧。
その真実を報道しようとする女性記者に襲い掛かる、不都合な真実を表に出したくない「何者か」の圧力。

この作品は、事実を下敷きにしながら、監督のグレゴリー・ナヴァが取材から得た仮説を加えて作られた、最後まで緊迫感のあるストーリー展開で社会の闇を穿つ社会派サスペンス作品。



ラストまで惹き込むサスペンスは秀逸でした。
救いの無い現実の前に、少しだけ光のあるラストが良かったです。

ただ、フィードバックする記憶の映像の扱いが少し分かりづらく、目の前の問題に焦点が絞られて、圧力をかける政府側の根拠にまで迫らないので消化不良感が若干残るのが残念でした。
結局、ローランの記事がどうなったのかも分からないままだし。

でも、何でも原因や根拠が分からないままってのが、逆に実社会で起こりうるリアリティとも言えるのかも知れないが。


「日本に産まれてラッキーだった。」
そう言って他人事にしてしまうには、あまりにも悲しい現実があることを知る。


最終評価 A−


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November 04, 2009

チェ 39歳別れの手紙

チェ 39歳


キューバでの革命を成し遂げ、共産主義国家を打ち立てたフィデル・カストロ。
だが、彼の横に居るべき男が居ない。

男の名、チェ・ゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)。
彼は1通の別れの手紙を残し、カストロの元を去った。

別れの手紙には、こう綴られていた。

「世界にはまだ、私のささやかな助力を必要としている場所がある。」

ささやかな助力を求めたのは、南米ボリビア。
そこでは独裁政権の下で農民やインディオが圧政と貧困にあえいでいた。

彼は、再び革命の炎の中に身を投じた。

革命のカリスマの下に、志を持つ人間が徐々に集まる。
だが、彼らの志とは裏腹に、共産勢力からの援助は絶たれ、ゲバラ率いるゲリラは孤立していった。


キューバでの革命を成し遂げた英雄チェと仲間のキューバ人が訪れたボリビア。
民衆は確かに困窮し、餓えている。
武力闘争をすべき「機」ではあるはずなのに・・・。

打ち切られた共産勢力からの補給。
民衆に広がらない闘争の意識。
集まらない同志。

窮乏のゲリラを押しつぶすのは、圧倒的物量とアメリカの支援によって、着実に包囲網を狭める政府軍。

チェの率いるゲリラ達は、何百日も飢えと戦いながらジャングルの中を彷徨い、散発的に軍を襲う。
だが、そんな抵抗も虚しく何重にも何重にも包囲網が敷かれ、彼らは身動きもとれなくなっていく。

堕ちゆく英雄、チェ・ゲバラ。

彼らの放浪が300日を過ぎる頃。
ある貧しい村で包囲され、彼は囚われの身となった。

その時の彼には、作戦も、目的地も、合流すべき仲間も無かった。


飢え、医療も無く、困窮する人々を救いたい。
その想いから革命闘争の中に身を置き続けた男、チェ・ゲバラ。

「革命は勝利か、死か。」

生涯をただ革命家として駆け抜け、ある時は勝利し、ある時は死した。

勝利した28歳。死した39歳。
同じ手法で描かれる作品でありながら、前編と後編は対照的。


チェ・ゲバラが死を迎えるまでの1年を淡々と描いた「39歳 別れの手紙」。
前作同様に状況説明も無く、ひたすらにジャングルを飢え彷徨い、民衆の理解を得られず、仲間が減っていく英雄の姿を映し続ける。

理解できない状況、単調に続く戦闘、希望の無い展開、そして着々と向かう英雄の死。
当然、映画として面白いモノではない。

だが、その愚直なまでに映画的な作りを排して「ありし日のチェ・ゲバラを描く」と言う手法に、最後はのまれる。

自分自身の死さえも「我々の失敗で民衆は目覚めるかも知れない。」と、革命の礎に、1歩に変えてしまう。
そのブレの無い、芯の通った生き様に、英雄の英雄たる理由を知る。


映画としては失敗だと思う。

でも、映像偉人伝記「チェ・ゲバラ」として観て無駄ではないと思う。 


最終評価 B


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November 02, 2009

チェ 28歳の革命

チェ 28歳の革命


1955年。
放浪中のエルネスト・ゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)は、メキシコでフィデル・カストロと運命的な出会いを果たす。

彼はカストロの口から語られるキューバの窮乏に感じ、僅か82人の同志と共に海を渡る。
彼はキューバへの密入国後、そのまま革命に身を投じ、キューバ革命を成し遂げた。

軍医であり、兵士であり、革命家となった、若き28歳のチェ・ゲバラ。


彼の愛称である「チェ」はスペイン語で「ねぇ、君。」と呼びかける時に使う言葉。
それが彼のあだ名となり、彼自身をさす言葉になった。


「20世紀最大のカリスマ、チェ・ゲバラ」
39歳でこの世を去った革命家が、キューバ革命に身を投じた「28歳」を前編、ボリビアで人生の終焉を迎えるまで戦い続けた「39歳」を後編とした二部作で描く。

監督は「トラフィック」「オーシャンズ11」で知られるスティーブン・ソダーバーグ。


チェ・ゲバラを演じるベニチオ・デル・トロのキャスティングは最高。


ただ、映画全体を通じて冗長な感じが否めない。

今観ている戦場がどんな意味を持つのか、今はキューバ革命にとってどの時点なのか、今はクライマックスなのか、それが分かり難い。

キューバの地理に明るくなく、キューバ革命の時間軸での展開に明るくない人間にとって、この「戦場の地名だけ」で戦局の意味と状況を理解するのは不可能。

なので、ゲリラ戦が続く全編を通じて、単調な戦闘シーンが続いているだけの様に感じてしまう。

正直、戦闘シーンが続く中盤は睡魔との闘いに負けそうになる。


ただ「モーターサイクル・ダイアリーズ」の続きとして、青年エルネスト・ゲバラの成長を描いたロードムービーとして、観る価値はある。

無謀とも思える闘争革命に身を投じながら、そんな中で高い理念を維持し、女性や子供・農民たち弱い立場のに優しく、学識の無い部下達へ字の読み書き計算を教え、人を教え導く。
そんな彼が必然的にカリスマになっていく過程を理解することが出来る。


実在の人物を描く上で、事実を曲げずに伝える必要がある。
だが、映画としては起承転結を作り、状況や設定の説明もする必要はある。

コレは映画としては、あまりにも観る人間を選ぶ作品。


この作品が「39歳 別れの手紙」でどう完結するのか、見届けたい。


最終評価 B


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October 25, 2009

アマデウス

中学時代に音楽の授業で中途半端に観てしまったが故に、今までちゃんと観ないでいてしまった作品。

アマデウス


ある夜、自らの命を絶とうとした老人が精神病院に収容された。
老人はうわ言を繰り返す。
「許してくれモーツァルト、おまえを殺したのは私だ。」

落ち着きを取り戻した老人は、訪れた司教に告白を始める・・・。
その老人の名、アントニオ・サリエリ。


誰もが知る天才作曲家であり奏者、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
享年35歳。
若くしてこの世を去った、神に愛されし才能。
だが、その行いは「若者らしい」の枠を越えた奇行が目に付く女ったらしで、口は悪く、尊大であり、浪費癖があり、稚拙であり、下劣な男。

だが、まぎれも無く音楽においては、輝ける天才。

そして、その輝ける才能は濃い暗い影を落とす。

その影の名、オーストリア宮廷作曲家アントニオ・サリエリ。
禁欲的に一筋に音楽に向き合い、音楽の為に身を捧げ、品行方正、社会的な地位もあり、それに相応しい仕事と責任と義務を果たす男。

だが、音楽においてモーツァルトと比べてしまえば、あまりに凡庸な男。


サリエリにとってモーツァルトとの出会いは、運命の歯車を狂わせるに充分だった。

モーツァルトはサリエリが密かに想いをよせたオペラ歌手カタリナに手を出し、国王の寵愛をも奪っていく。
そして何よりモーツァルトは、彼が求めてやまない作曲の才能を溢れんばかりに持っていた。

サリエリの心にモーツァルトへの憎悪の火がつくのは、必然だった。


自殺を図った老人サリエリが語るのは、彼が摘んだ才能への懺悔と悔恨に満ちた半生の回顧だった。


どんな芸術も、文化も、大衆に理解され受け入れられるのは、今ある作品から半歩、いや、四分の1歩ほど先を行く作品。
本当の意味で「1歩」先を行ってしまえば、「今」を土壌に生きる人には理解されない。
だから、どの時代でも真の天才は理解されぬまま不遇の生涯をおくってしまう。
天才が世を去り、時が経ち、時代が彼らに追いついた時、やっと天才達の作品は理解され、讃えられる。

だが、そんな不遇の天才にも理解者は居る。
その1歩先の価値と意味を知りえる、時代の半歩先を行く人間が必ず居る。
サリエリは間違いなく、時代の半歩先を歩く才人であった。
だからこそ1歩先を行く天才を理解し、だからこそ憎み、だからこそ愛した。

モーツァルトが最後に書き上げた「レクイエム」の作曲を手伝いながら、憎むほどに愛した天才の受け皿となり得たサリエリの満ち足りた喜び。
そして、やっと天才と共感し得たと思った瞬間に、自分の策謀で天才を死なせてしまった凡人の悔恨。

この作品は、天才モーツァルト以上に凡人サリエリを描いた、凡人の為の鎮魂歌。


モーツァルトの謎に満ちた半生を紐解きながら、神に愛された彼の音楽を最も良く知り、理解し、憎みながらも愛してしまったサリエリの解説で聴く。

モーツァルトの生み出した素晴らしい音楽。
どんなエピソードがあろうと無かろうと、その価値は不変。
その事実こそが、彼が神に愛された証明であると、この作品を彩り続けた彼の音楽が教えてくれる。


最終評価 A+


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October 24, 2009

ゾンビストリッパーズ

ゾンビストリッパーズ


そう遠くない未来。
ジョージ・W・ブッシュの4期目。
ブッシュは議会を閉鎖、理由は「いろいろ邪魔するから。」。
そんでもって、アメリカの戦地は拡大していく。
イラク・アフガニスタン・リビア・シリア・パキスタン・レバノン・・・and more 。

慢性的な兵員不足を解決する為、政府はW産業と結託して死者を蘇らせゾンビ化するウィルスを開発する。
だが、ウィルスは研究所内で感染。職員その他は全てゾンビ化してしまう。

研究所のゾンビ掃討の任を受けたZ分隊。

Z分隊の隊員として研究所掃討作戦に参加し、ウィルスに感染してしまった兵士Aは、自分も処理されてしまうことを恐れ違法ストリップ劇場に逃げ込む・・・。


タイトルからして明かな、B級ホラー・コメディ。


はい。 出来心だったんです。

当然ながら、グデグデ感の漂う作品。
でも、だんだんシュールさで笑えてくる不思議。まぁ、相当に引いた感じでの笑いですけどね。

「結局、何なの?」 
とか考えちゃいけないんだけど・・・やっぱりこの作品を撮ろうと思う理由が知りたいよね。

ゾンビって存在は、欧米人にとって何なんだろうね?

いや、そもそもホラー・コメディってジャンルが何なんだろうね?

てか、何で僕はこの作品を観ちゃったんだろうね。

でも、何でか笑えちゃうんだよね。 

嫌いじゃないけど、他人には決して薦めないよね。


最終評価 C+


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October 22, 2009

ブタがいた教室

ブタがいた教室


4月。
6年2組の新任教師・星先生(妻夫木聡)が連れて来た1匹の子ブタ。

「このブタを皆で1年間育てて、最後には食べようと思います。」

生きるコトは、食べること。
命を頂くコトの意味を学ぶ体験学習。

その日から、6年2組のクラスメートになったPちゃん。
餌やりも、ウンチの掃除も、クラス全員で。

1年を共に過ごしたPちゃんを、食べるのか、食べないのか。
クラスを2分する大議論に発展する・・。


「命の長さは誰が決めるの?」
「Pちゃんは食べられる為に生きてるの? それは誰が決めるの?」
「じゃあ、皆は何の為に生きてるの?」

命と向き合う。 命を頂く。

その責任は? 意味は?

「いただきます。」 その言葉の意味を知る。


「どうすれば良いのか。食べるのか、食べないのか。」
答えの無い授業の中で、悩み続けるこども達。
その授業の中で、僕自身もずっと6年2組の1人として考えていました。

まぁ、僕の意見は初めから「食肉センターに送って、食べる。」派で、ですが。

改めて食べることの意味、命を頂くことの意味を考えました。

頭では分かってるけど、でも、日常の繰り返される食事の中で当然になっていく命への感謝を改めて考える機会って、実は少ない。


この授業を実際にやってしまった先生は、相当に相当な先生ですが、凄い人だとは思います。

この授業自体も、映画も、賛否両論あって当然だし、そうあるべきだと思う。


後で知った事ですが、この映画に出演した子供達の台本は無かったそうです。
オーディションから本当にブタを飼い、本当に議論し、本当に感情移入し、本当に決めた結果なのだそうです。
だから、この作品は『実際にあった「いのちの授業」』を下敷きにしてはいても、ある種のドキュメンタリーとも言える作りになっています。

実際、ムキになり、涙をながし、感情論に走る、これらが演技だったらこども達の演技力は半端じゃないもんね。

この授業への賛否は別として、全ての人に1度は観て欲しい、考えて欲しい作品。


最終評価 A+




でも、ラスト。 
やりすぎであっても、本当にお肉になったPちゃんと向き合って「いただきます。」をする姿も必要だった気はするなぁ。


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October 20, 2009

落語娘

ゆいちゃんがあんまり周囲の音に動じない子なので、今後もフツーに映画鑑賞が出来そうです。

落語娘


12歳で落語に出会い、運命を感じたその日から、恋も勉強もそっちのけに落語に身を捧げてきた香須美(ミムラ)。
大学の落語コンクールの賞を総ナメにし、華々しく落語界へ・・・。

と、思った。 が、現実はキビシイ。

伝統がどこまでもついてまわり、男尊女卑が当たり前の落語界。
彼女が憧れ、門を叩いた師匠には「女性だから。」の理由で弟子にしてもらえない。
そんな時、彼女を拾ってくれたのが平左師匠(津川雅彦)だったのだが、平左は奇行のあげく寄席にも出れない謹慎の身。
しかも、香須美に稽古をつけないばかりか、放蕩の借金をたかる始末。

前座として下積み3年目。
女性に風当たりの強い落語の世界で、師匠の後ろ盾も無いままセクハラ、パワハラに耐えながら何とか身を立てようとする日々。

そんな時、平左師匠にTV局から声が掛かる。
どんな名人でも、演じれば命を落とす禁断の噺「緋扇長屋」。

その禁断の噺を平左に演じさせようという企画・・・。

平左は香須美の心配をヨソに、落語界を向こうに回し「緋扇長屋」に挑むのだった・・・。


古い作法、しきたりが残り、実際に「禁断の噺」と呼ばれる演目も存在する落語界。その細かいディティールを現役の落語家達が監修し、落語界の本当の裏までを取り込んだ作品。

まぁ、とにかく、和服のミムラがキュート。
作品の要所要所に見せる彼女の落語が、可愛くも案外としっかりしたモノで、笑えると同時に感心する。

しかも、その師匠である平左である津川雅彦の魅力が凄い。こういう爺さんって格好良いよなぁとホレボレしてしまう。

そして、ラストのミムラの切る啖呵の小気味よさと、津川さんの演じる「緋扇長屋」はナカナカに圧巻。


こじんまり、と言ってしまえば確かにそうなのですが、小気味良くも魅力有る秀作でした。


最終評価 B+


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October 18, 2009

東南角部屋二階の女

執行猶予に映画を観よう、7本目。

東南角部屋二階の女


父の借金を抱え、祖父の持つ土地を売りたいノガミ(西島秀俊)。
その土地に立つボロアパートに暮らしながら祖父の説得をするが、なかなか話が進まない。
借金に追われ、ノガミは逃げるように仕事を辞めてしまう。

取引先を切る理不尽な仕事に嫌気が差し、突発的に大企業を辞めてしまったノガミの後輩・ミサキ(加瀬亮)。

フリーの料理人と言えば聞こえは良いが、仕事にありつけないままの29歳・独身のリョウコ(竹花梓)は、親への手前と、将来への不安を結婚で解決をしようとした。

それぞれに目の前の嫌なコトから逃げて生きている3人の若者。

同じ日に仕事を辞める事になったノガミとミサキ。
ウェブで知り合ったノガミと見合いをしたリョウコ。

偶然に「逃げる」タイミングが重なり、出会った3人。

行くあての無いミサキとリョウコは、ノガミの住むボロアパートに転がり込む。

1階2部屋、2階2部屋、たった4室のアパート。
それなのに、2階の東南角部屋は開かずの部屋になっていた。

3人はそのアパートに関わってきた老人達と出会い、生き方を学んだ時、少しずつ逃げないで前を向く力を得ていく。


穏やかに過ぎる時間の中、逃げないで生きてきた人生の先輩達からそれぞれに何かを学んでいく。

そんなに劇的なドラマは起こらない。
老人達も人生を語ったり、諭したりする訳ではない。

ただ、淡々と同じ時間と空間を共有する若者達と老人達を描いた作品。

見終わった後には心地よく、清々しい。


でも、ちょっと淡々とし過ぎ感が否めない。
3人が「逃げる」動機も、なぜ生き方を変えるほどの変化を得たのかも分かり難い。
逃げなくてはならなかった問題の負荷があまりにも小さく描かれているが故に、そこへ向き合う過程や力も小さく捉えてしまう。
きっと本人にとっては大きな問題なのに、観客への見せ方があまりにも弱い。

あまりにも単館向けと言うか、観客の理解力・読解力に依存してしまった作りではある。


最終評価 B


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October 17, 2009

プラダを着た悪魔

執行猶予に映画を観よう、6本目。

プラダを着た悪魔


大学を出たてのアンディ(アン・ハサウェイ)はジャーナリスト志望。

方々の出版社に応募し、やっと引っかかった面接は有名ファッション誌「ランウェイ」の編集長・ミランダ(メリル・ストリープ)のアシスタント。
「ファッションなんか・・。」そう思いながらアンディはオフィスを訪れる。

ファッションの知識ゼロ。ファッションセンスもゼロのアンディ。
身に纏うのは、単なるブルーのセーターとおばあちゃんの着る様なスカート。

でも、彼女が訪れたオフィスは、全員がスリムでファッショナブル。
そこで会う人、会う人が彼女をヘンなモノでも見たかのような顔をする。
そして、誰もが、彼女自身もが「不合格」だと思った。

だが、ミランダはアンディを採用する。

ファッションに興味を持つ多くの人が憧れる仕事。
でも、アンディは興味ゼロの世界。

その日からアンディの戦争が始まる。

ミランダの一言でデザイナーのコレクションが変わり、ファッションと言うマンモス業界が動く。
そう。彼女はファッション界の女帝。
そして、彼女の振る舞いは、誰もが認めるサディスト。

「ハリー・ポッターの新刊を娘達に。売っている?バカね。出版前の次回作よ。」
次から次へと繰り出される無理難題の山。
間違いなくミランダは「プラダを着た悪魔」だった・・・。

「1年耐えれば、次へのステップになる、扉が開く・・。」
アンディはそう自分に言い聞かせ、ミランダの下で24時間いつでも彼女からの電話に出て、降りかかる難題に耐える日々。

だが、超一流の人間のトップがしのぎを削るファッション業界で、さらにトップを走るミランダの下で働くうちに、少しずつアンディの意識が変わっていく。

彼女自身がミランダのアシスタントとして一流である為に、努力を始める。

でも、それは今まで彼女が築いてきた人間関係を犠牲にしてしまうコトでもあった・・・。



いや、凄く良い作品でした。惹き込まれました。

ファッション業界の華やかさと、歪み。
ファッションの素晴らしさと、空しさ。
私生活を犠牲にしながら仕事に生きる女性の喜びと、悲しみ、決断、後悔。
そして、人として生きることに何が本当に大事なのかを見つめ直す。

ファッションとは何か?
仕事とは何か?
夢とは何か?
自分とは?

恋に夢に頑張る純朴娘のサクセスストーリーと、言ってしまえばありがちなのですが、その切り口がこれほど鮮やかな作品も少ない。

アンディとミランダの1つひとつのセリフ、表情によって微妙に揺れる心理の描き方が絶品。

それでいながら、ファッション業界の裏側や問題点をコミカルに見せ、観客を全く飽きさせない。
ミランダが次々に出す無理難題もソレ自体がスリリングで、それを乗り越えていくアンディの機転と頑張りの過程が楽しい。

音楽も良いし、アン・ハサウェイは可愛いし、メリル・ストリープは流石だし。
言うことナシ。


同系統の作品として「プリティウーマン」があるけど、僕はコッチの方が圧倒的に好き。
特に自分をちゃんと見つめ直して迎えたラストの良さったらない。


これで僕が女性のファッションにもっと詳しかったら、もっともっと違った楽しみもあるんだろうなぁ。


最終評価 A+


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October 14, 2009

地球が静止する日

執行猶予に映画を観よう、5本目。

地球が静止する日


「ウェストサイド物語」「サウンド・オブ・ミュージック」を生んだロバート・ワイズ監督が撮ったSF作品のリメイク。


宇宙生物学者のヘレン博士(ジェニファー・コネリー)はある夜、突然彼女の家を包囲した政府関係者に身柄を拘束される。
理由を聞いても「国家の危機。」としか返答が得られない。

彼女が連行された軍の基地には生物学者や天文学者、地質学者、各分野の専門家が集められていた。

「78分後、宇宙から飛来する飛翔体がNYのマンハッタンを直撃する。」

地球の終焉。

彼女達に知らされたのは、その驚愕の事実だった。

なすすべなく「その時」を迎えた彼女達。
だが、飛来した光る物体は、何も破壊することなく地上に降り立った。

正体不明の光る球体。
そこから現れたのは、人の姿をした存在「クラトゥ(キアヌ・リーヴス)」と圧倒的な破壊力を持つロボット「ゴート」。

「何のために地球に来たの?」 へレンが問う。

「地球を救う為。」クラトゥは答える。

地球は人類の為に死にかけている。地球を救う為には人類を滅ぼさなくてはならない。
多様な生命体が生きられる星は少ない。人類の為に地球を失う訳にはいかない。

クラトゥは地球を救う為の処置を始める。



あぁ、ひと昔前のSFってこんなでしたよね。

地球の為に人類を滅ぼすことにする地球外超文明生命体。
ま、リメイクだから当然ですが、あまりにも古典的なアプローチ。
しかも、その超文明代表のクラトゥの行動原理が非常に曖昧で、彼の心変わりも、もたらした結果もイマひとつピンとこない。

・人類と言う一種の生物の為に地球が滅んでしまう。
・人類は滅亡の危機に瀕さないと、自分達の行動を省みることが出来ない。

メッセージもテーマも分かり易いし、分かるんだけど、どうも心に響かない感じ。

結局、最後までクラトゥのメッセージはヘレンとその子供にしか伝わっていないし、人類滅亡の危機が自分達の環境破壊のせいだと人類は知らないままに終わる。
しかも、ラストは人類が自分達の行動を省みて変わった結果、滅亡をまぬがれたワケではなく、クラトゥの気まぐれに近い。
これじゃあ人類は変わらんでしょ。

カタルシス映画にしても淡々とした展開だし、メッセージ映画にしても、もう少し作りようがあるんじゃなかろうか。

現代の作品として出すには、あまりにも練りが甘い。
VFXは素晴らしいものがあって、そこは観れましたが、全体としてはボヤッとした印象に終わってしまった感があります。


最終評価 B


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October 12, 2009

トランスポーター2

執行猶予期間の映画鑑賞4本目

トランスポーター2


裏世界のトランスポーター(運び屋)・フランク(ジェイソン・ステイサム)の爽快アクション第2作。


フランクが特例的に引き受けた今回の仕事は、大富豪の7歳になる息子・ジャックの送迎。
日々の送り迎えの中、心を通わせるフランクとジャック。

そんなある日、ジャックを狙う集団が現れる。
誘拐の過程で巻き込まれたフランク。
その犯罪集団は、初めは単なる営利誘拐を思わせるが、その行動には不審な点が多くある。

フランクはジャックと交わした「必ず守る。」その約束を守る為、動き出す。



今作、スゴ過ぎです。彼(ジェイソン・ステイサム)。
ブッ飛び方が半端じゃない。

このブッ飛び方を良しとするかどうかでこの作品の評価は真っ二つになる。

必然性が無さ過ぎるロマンスとアクション。
ナンセンスで、更には過剰すぎるストーリー展開とアクション。
勘違いした日本文化と、意味不明の日本刀アクション。

これらの連続。

車の下に貼り付けられた爆弾を外す為に、加速し疾走、ジャンプ1発1回転、爆弾だけクレーンに引っ掛け、爆破。車も自分自身も無事ですよ。

そんなの連続。 

んー。 素敵にナンセンス。 めちゃくちゃ。無敵。
物理法則なんて知ったことかの世界。

銃弾とか、普通にかわしますからね。


初めは、何だコレ? 地雷か? と思うのです。が、いっそココまでイッてしまえば逆に面白くなってくる。

ここまで真面目にバカでナンセンスに突き抜けた作品も少ない。
ダメな人は本当にダメだと思いますが、その勢いに乗れてしまえば、すんごく楽しめます。

まぁ、とにかく笑わせてもらいました。


最終評価 B+

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October 10, 2009

天国はまだ遠く

今のウチにどんどん映画を観ましょう期間。3本目。

天国はまだ遠く


自ら命を絶つ決意を持ち、人の居ない場所を目指す千鶴(加藤ローザ)。

「ひと気の無い場所へ・・。」そう言う彼女を乗せたタクシーが着いたのは一軒の寂れた民宿・たむら。
そこに居たのは、民宿の主人にはとても見えない青年・田村(チュートリアル・徳井)だった。

大量の睡眠薬を飲んで床に就くが、生き延びて朝を迎えてしまった千鶴。

そこで彼女を待っていたのは、田村の作った美味しい朝食だった。


生きることは、食べること。
食べることは、生きること。

魚を採り、鳥を絞め、野菜を採る。 生きる為に命を頂く。

そんな当たり前のコト。

何にも無い、でも何でもある。

そんな当たり前の暮らし。

それらが、都会に疲れた千鶴を癒す。


ありきたりと言えば、ありきたりの作品。
でも、見終わった後に切なくも心地よさを残す作品。
特に何が起こるわけでもない、そんな作品だからこそ細やかな心の動きを伝える。

チュートリアル・徳井さんは、演技も配役も合ってて良いです。
が、なんか徳井さんってだけで微妙に笑えてしまうトコが・・・ねぇ。 素敵。

「徳井さん、加藤ローザ抱きしめちゃって!」みたいな。

加藤ローザもこう言う純朴系の役の方が良いね。


ふわっと、良い作品に出会いました。


最終評価 B+

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October 09, 2009

ICHI

執行猶予映画鑑賞の2本目。

ICHI


三味線を弾いて歩く、盲目の女旅芸人・市(綾瀬はるか)。

彼女の持つ杖は仕込み刀。
その抜刀術、目に留まらぬ速さ。 

旅の途中でチンピラに絡まれた市。
そこに割って入った侍・藤平十馬(大沢たかお)に出会う。
割って入ったは良いが、腰が引け、手が震え、刀を抜くこともままならない十馬。
今にも十馬が斬られようという時、市の刀が翻る。市は、あっと言う間に3人を斬り捨てた。

その後、2人が辿り着いた宿場町。
そこでは昔から町を仕切るヤクザ・白川組と、剣の達人・万鬼(中村獅堂)率いる新興の狼藉集団・万鬼党が対立していた。

市が斬った万鬼党のチンピラを十馬が斬ったと思い込んだ白川組を率いる若頭・寅次(窪塚洋介)は、十馬を用心棒に雇う。

市も十馬も、望まずして抗争に巻き込まれていく・・・。



なんだコレ。 学芸会? ですか?

作品全体を覆う安い、ぬるい、学芸会的空気感。

綾瀬はるか、大沢たかお、窪塚洋介、中村獅堂、柄本明・・・。
名のあるキャストの演技なのに、かえって作品全体を覆う白々しさに拍車をかけるばかりで痛々しい。

製作サイドは、とにかく綾瀬はるかが「座頭市」って思い付いちゃったんだろうね。

正確な時代は不明だが日本中世、女性の盲目旅芸人の一人旅。
その設定自体にムリがあるのだから、真面目なツッコミを入れる方がマヌケなのかもしれないが、あまりにも設定が先行してしまった感が否めない。

盲目の女旅芸人なのに、綾瀬はるかは綺麗な白い肌。白く細い手。
ボロボロにほつれているのに、やたら小奇麗な着物。

そして、それぞれに変に浮いた演技と演出。音楽。

ツッコミだすとキリがなく、ソレが目に付く度に作品から気持ちが離れる。

特に十馬の設定なんて、目も当てられない。


陳腐で安易なストーリー。時代考証もヒドイもんだし・・・。

個性的な役者の演技がかえって仇になる稀な作品。


なぜに今、「女」座頭市だったのか・・・。

難しく考えないで楽しむエンタメ作品にも成り切れない作品でした。


そんな中でも、綾瀬はるかの殺陣は比較的良かったです。



最終評価 B−(ギリギリ)


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トランスポーター

ゆいちゃんが来るまでの僅かな執行猶予期間。

ゆっくりと映画を鑑賞してられるのも今だけ。


トランスポーター


フランク(ジェイソン・ステイサム)は凄腕のドライバー。

彼は金さえ払えば何でも運ぶ、運び屋(トランスポーター)。

彼は自分に課したルールに従って着実に仕事をこなし、裏の世界では一目置かれる存在。

ルール1 「 契約厳守 」
ルール2 「 名前は聞かない 」
ルール3 「 依頼品は開けない 」

だが、ある日の依頼で、彼は痛恨のミスを犯す。
依頼品であるカバンを開けてしまったのだ。

カバンの中には1人の女性ライ(スー・チー)が入っていた。

その女性との出会いで、正確無比だった彼の仕事の歯車が狂いだす・・・。



ジェイソンのキマるアクションと、カーアクション格好良さ。それが全て。

ストーリーはアクションの為の味付けにすぎない。

何も考えないで、単純に楽しい。


最終評価 B+

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October 04, 2009

平凡ポンチ

平凡ポンチ


全く鳴かず飛ばない自主映画監督・真島アキ(佐藤佐吉)。
三十路を越えて初めて掴んだチャンスである商業作品デビューを、ライバルに奪われてしまう。

そんな失意の中に居る真島の前に、女優願望と巨乳願望がある謎の美少女・ミカ(秋山莉奈)が現れる。
ファンである真島に、自分の作品を撮って欲しいと言うミカ。

毒を持つミカの表情にインスピレーションを感じた真島はカメラを回しだす。

が、明らかにブッ飛んだ行動に及ぶミカは、ちょっと巨乳グラドルを殺害しちゃったりと、次々に問題を引き起こす。

どうしても巨乳になるまでは捕まりたくないミカと、ミカに巻き込まれた真島。そんな2人の逃避行ドキュメンタリー映画の撮影が始まる。


いや、ヒドイね。コレは。 

あれー?
この監督の「東京ゾンビ」は意外と好きだったのにな。

ストーリーは理解の度を越え、監督であり主演の佐藤佐吉の演技は見れたものではなく、何故、自分がこの作品を観ようと思ったのかも良く思い出せない。

秋山莉奈(通称オシリーナ)のブルマ姿、アンミラ姿、浴衣姿、ナース姿が見たければ、是非。


あぁ、そっか。秋山莉奈が観たかったのか、僕は。
そうか。そうだそうだ。きっとそうだ。


最終評価 C

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September 30, 2009

不都合な真実

不都合な真実


ブッシュとアメリカ大統領の座を競い合った、元アメリカ副大統領アル・ゴア。彼の著した「不都合な真実」の映画版。

「不都合な真実」とは「地球温暖化」のこと。

それは「京都議定書」に調印していないアメリカの政治家にとって、認めてしまったら取り組まざるを得ない、だが、取り組んでしまえば経済への悪影響は免れない。
正に「不都合な真実」。

この作品は「不都合な真実」を著し「地球温暖化」を世に知らしめるためにアル・ゴア氏が開いた講演会を繋ぎ合わせ、科学的な検証、美しい地球の映像、危機的な映像、ゴア氏自身の動機部分を加えて生み出された映像版「不都合な真実」。


まるで2時間の地球温暖化講座を受けた生徒の気分。
その講義は決して眠くなる類のモノではなく、目を見開き、聞き入る内容。

地球温暖化について、一通りの知識を持っていると思っていても、その危機感が甘かったことを思い知る。

まず、アル・ゴア氏の講演が見事。
流石は一瞬アメリカ大統領になりかけた男。一流。話の運びが上手い。

そして、準備してある膨大な資料の裏付けと、美しい地球の映像達が危機感を感じさせる。


鳩山首相が世界と約束してきた、二酸化炭素の25%の削減。
コレを現実にする為に協力するコトが、今の日本人に出来る最短ルート。

そんな目標は経済を停滞させる? 
そろそろ、その思考ルーチン自体を見直すタイミングに来てるのではなかろうか。


今、始めれば、まだ間に合う。 かも知れない。

子供に地球を残す為、今出来ることをしなくては。


映画として、ではなく、現代を生きる基本として全ての人に観てもらいたい作品。



最終評価 A



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September 27, 2009

フィクサー

フィクサー


大手弁護士事務所で「奇跡の仕事人」と呼ばれるマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は、事件のモミ消し専門の掃除屋。

法の裏をかき、相手を説得し、事件を無かったコトにする。それが彼の仕事。

自身のプライベートは子供とも満足に会えず、今後の為にと開いたレストランも失敗して借金が残る。
裏の闇を嫌と言う程に見る仕事をしながら、彼はとにかく現状に嫌気がさしていた。

そんな時、巨大農薬企業のノース社が抱える30億ドルの農薬集団訴訟を12年も扱ってきた同僚のアーサーが奇行に走る。
原告の女性を裸で追い回し、警察に捕まったアーサー。

「担当弁護士が警察に捕まった。」その事実をモミ消しにマイケルは動くが、アーサーは彼の前から姿を消す。

アーサーは、彼の奇行以上の危険を抱えていた。

長年にわたって事実を捻じ曲げる訴訟に身を晒し、心を病んだ彼は、ノース社の内部資料を持って原告団側に寝返ろうとしていたのだ。

その事実を知ったノース社の法務担当のカレンは非情の手を打ってくる。

マイケルはアーサーを追う中で、訴訟の真実と、アーサーの真意と、弁護士事務所の立場の中で揺れる。



アクションと言うには地味。
サスペンスと言うには捻りが無い。

でも、1人の男が自分の人生で積み上げたものを全て使って、見せた最後の決断には格好良さとリアリティがある。

見てる途中は上記の通り大して面白いとも思わないでいるが、エンドクレジットのジョージ・クルーニーの表情で「良い映画を観た。」と思わせる力があった。

見終わった後に思えば、時間軸の使い方、セリフ、同じシーンのカットの切り方など、ナカナカに唸るトコも多い。
まぁ、映画マニア向けと言ってしまえばそれまでなのだが、単純すぎないストーリーにも好感が持てた。

ま、作品として地味っちゃあ、地味ですけどね。



この作品の中で、主人公が決意をする瞬間に馬と出会うシーンがあるのだが、欧米人にとって「馬」ってどういう存在なんだろう?

多くの映画作品を観る中で、この「馬」文化が時々顔を覗かせるのだが、その感覚的な意味が掴みきれていない気がする。

単純な「自由」の象徴と言うわけでもなく、直接的な「自分自身」の投影とも少し違う。
「本来あるべき姿」と言うか「生」の象徴に近いモノなんだろうけど、その辺の感覚の本当のトコを知りたいですね。


最終評価 B+


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September 26, 2009

GSワンダーランド

GSワンダーランド


1968年。
ビートルズ以後、グループサウンズ(GS)全盛の音楽業界。
猫も杓子もGS。GS。グループサウンド。

そのブームに乗り遅れそうになったレコード会社・ファインレコーズ(社長・岸部一徳)は、慌てて新人バンドを探しだす。

そんな時、デビューを夢見ていたボーカルのマサオ(石田卓也)、ドラムのシュン(水島ヒロ)、ギターのケンタ(浅利陽介)の「ザ・ダイアモンズ」が見出される。
が、会社が用意していたのはオルガンメインの楽曲だった。

ソコで急遽用意された、女性キーボードのミック(栗山千明)。

でも、当時のGSブームに女性メンバなど考えられなかった。そこで会社が考えたのは、ミックの男装。

彼女が女であることを隠してデビューしたものの、最初の曲は全く売れない。

そこで会社が彼らに用意したイメチェンのネタは・・・真っ白なタイツと「王子様とニュー歌謡」のキャッチフレーズだった・・・。

彼らの名前は「ザ・タイツメン」。


「ザ・タイガース」「スパイダース」「ブルーコメッツ」を生み出した日本のGSブームは熱狂的に隆盛し、あっと言う間に去った。

素人に毛が生えたようなレベルのバンドが、レコード会社の思惑1つで使い捨てにされた時代。
この作品は、その時代へのジョークなのか、皮肉なのか、オマージュなのか。

1969年現在に10代〜20代だった人だけを狙った作りは、当時を知らない人間には、何が良いのか分からない挿入歌の数々と世界観にヤラれる。

ただ、音楽業界の隆盛や、タイツメンからソロになったミックや、彼らの後にブレイクした温水さん達のグループの扱いなどから、そこはかとない哀愁を感じることは出来る。かな?


この作品のキモは、栗山千明・水島ヒロ・石田卓也・浅利陽介らの白タイツ姿ですかね・・・。

栗山千明って、今ひとつ作品に恵まれない感があるなぁ。
この年代の女優さんにしては、ちょっと個性的過ぎるのかな?


最終評価 B


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September 24, 2009

X−MEN ファイナル ディシジョン

X−MEN ファイナル


X−MENシリーズ三部作の完結編。シリーズを一気に観ております。


ミュータントと人類の相克は続く。
それでも、関係は少しづつ前に進んでいた。

ミュータント省が置かれ、閣僚の中にもミュータントが受け入れられるようになり、共生の希望が芽生えた。
だが、その関係に新たな問題が浮上する。

ミュータント遺伝子を抑える「治療薬」が開発されたのだ。

果たして治療薬は、ミュータントの希望なのか、抹殺の始まりなのか。


あぁ・・・遂にアメコミの「トンデモ」な部分が出てきちゃいましたか・・・。
と、嘆息したくなる展開が多目です。

多分、原作を知ってる人ならって言う展開なんでしょうけど、映画オンリーで来た人間には、ちょっと付いていけない。

「1」「2」は上手くキャラクタを絞り込んで、ストーリーも差別問題を一本芯にした良い作りだった。

今作は新監督になって、今までの展開を受けて、更には往年のファンも満足させてって言うラストを望むのなら、こういった展開しか無いのかなー、とも思う。

が、ちょっと展開の飛躍に気持ちが付いていかない。

なんて言うか、主人公達X−MEN側よりもマグニート側の方に、心理として自然な行動原理があるように思えてしまうんですよ。
自分達の存在を否定する「治療薬」との向き合い方がX−MENサイドの掘り下げが非常に甘い。
X−MEN側の主要メンバが次々に死んでいく中で、その死んでいった仲間の意思を守るためってダケが戦う理由では、迫害によって自分達の存在を否定された人達と戦う理由にならないんじゃなかろうか。

しかも、その死んでいった仲間もご都合で生き返らせてしまうのでは・・・。

まぁ、でも「エンターテイメント作品として、ソコまでヒドイか?」と、言われれば「ファンには楽しめるんじゃない?」と答える。かな。

噂ほどはヒドくない・・・ような気がしました。


持ち味が違う監督の作品を受けて、の続編&最終章にしては頑張ったと思うけど、何で監督がこの作品で変わってしまったのだろうか。


最終評価 B

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September 23, 2009

X−MEN 2

X-MEN 2


早速ですが、X−MEN「2」デス。


様々な特殊能力を持つミュータント。
彼らは人類の進化形なのか、それとも単なる突然変異なのか。

ミュータントの中には、2つの勢力がある。

磁力線を操る磁界王マグニート率いる、自分達を人類の上位種とし、人類を支配しようとする勢力。
それに対し、最強の精神感応能力を持つプロフェッサーが率いる「X−MEN」は、人類との協調をはかる勢力。

前作でマグニートを捕らえることに成功したX−MEN。
だが、その戦いの中で自分達の存在を一般の人々に知られてしまう。

そんな時、ミュータントによる大統領暗殺未遂事件が起こり、それを引き金に全国に巻き起こる反ミュータントのムーヴメント。

そして、X−MEN達の本拠地であり、プロフェッサーの開いた学校「恵まれた子達の楽園」はミュータントの集まる大統領襲撃犯の隠れ家として、人間の軍によって襲撃される。

一連の事件。その全ての黒幕は、ミュータントに憎悪を抱く男・ストライカー。

ストライカーは、全世界のミュータントの位置を感じとる事が出来るプロフェッサーの機械・セレブロに目を付け、それを奪う事で全てのミュータントを抹殺することを目論んでいた・・・。



このシリーズ、あなどれないです。

ミュータントを差別し、抹殺さえしようとする一般人との争いは、どんな社会でも起こり得る多数派による少数派への差別となんら変わらない。

古くは黒人差別。日本の沖縄やアイヌ、部落。HIVやゲイ。数え上げればキリがないほど、差別は多く、歴史は古く、深い。

それは、まるで人類に課せられた業のよう。

この作品の中で一般人の家族を持つ青年が、家族に自分がミュータントであることをカミングアウトするシーンがあるのだが、そのシーンの中には、差別と向き合う様々な心の痛みが上手く織り込まれていて、心が痛い。

ミュータントの中の指導者であるプロフェッサーとマグニート。
彼らのスタンスは非暴力で差別に耐えたキング牧師と、暴力で立ち向かったマルコムXの様でさえある。

単純な超能力アクションとして観ても充分に楽しめる作品になっているが、それで終わらせてしまっては勿体無いほどのテーマを抱えた作品。

本当にあなどれないです。


ただ、それぞれのミュータントの能力や彼らの扱っている機械への説明は少なく、パッと流して観てしまうと、ストーリーを追うことさえ難しいかも知れないです。
まぁ「2」ですから、その辺は「わかってるでしょ?」的な作りもアリではあるんですけどね。


最終評価 A−


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September 22, 2009

X−MEN

X-MEN


スパイダーマン。アイアンマン。デアデビル。
アメリカンコミックから抜け出してきた、御存知マーヴルヒーロー。

その代表格「X−MEN」


人類に突然変異が生まれる。
ミュータントと呼ばれる彼らは、様々な個性的な能力を持つ。

目から破壊光線を出すサイクロプス。
驚異的な再生能力と全てを切り裂く爪を持つウルヴァリン。
天候を操るストーム。
最強の精神感応(テレパス)をもつプロフェッサー。

人とかけ離れた能力を持つ彼らは、社会の中で恐れられ、差別を受けていた。

そんなミュータントの中に2つの勢力が生まれる。

ひとつは、ナチスのホロコーストを生き延びたユダヤ人であり、磁界を操る力を持つマグニートが率いる「人より優れた種であるミュータントが人類を支配するべきである。」と考える集団。

もうひとつは、学校を開いて迫害されたミュータントの子供達を集め、教え、育てる、人類との協調を図ろうとするプロフェッサーが率いる「人類とミュータンントの協調」を模索する集団。
そこで育ち、子供達を教え導く立場になった青年達は「X−MEN」と呼ばれる。


仲間も無く、孤独な放浪生活をおくっていたウルヴァリン。
彼は、肌が直接触れることで他人の生命力やミュータントの能力を奪ってしまう少女・ローグと出会う。

2人が出会って間もなく、ウルヴァリンはマグニートの手先である怪力の男・セイバートゥースに襲われ意識を失ってしまう。
そこを救ったのは「X−MEN」である、サイクロプスとストーム。

ウルヴァリンはプロフェッサーの開いた学校で目覚めX−MENの存在を知る。


その頃、アメリカ上院でひとつの法案が審議されていた。
それは、社会からミュータントを締め出す「ミュータント登録法案」。

法案の審理を止め、ミュータントを認めさせる為、マグニートは一般人をミュータント化する機械を作り出す。

その最初の標的は、法案を強行に推し進めるケリー上院議員だった。

そして、マグニートはNYで開かれる国連の総会を狙う。

ミュータント化する機械のエネルギーとして連れ去られたローグを救う為、X−MEN達は戦いに向かった・・・、


アクションもストーリーも案外としっかりと魅せる作品でした。

ミュータント達の繰り広げるアクションのテンポと、スーパーパワーを持ってしまった悲哀。

人を超えるスーパーパワーを持つコトなんて、実は誰も望んでいない。
それはスパイダーマンにもあったテーマで、マーヴルヒーロー物の根底にはいつもそれがある。
マーヴルヒーローなんて言うと単純な「勧善懲悪」をイメージするが、そんな安易な二元論では決してない。

X−MENがスパイダーマンと異なるのは、スパイダーマンは孤独であり、X−MENには仲間が居るコト、そして、同じ悲哀を抱えた同士が戦い傷つけあってしまうコト。


なかなかバカに出来ないクオリティでした。


最終評価 A−

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September 21, 2009

ハンサムスーツ

ハンサムスーツ

結局、人は見た目?

定食屋の店主・琢郎(ドランク塚地)。
彼は料理の腕はピカイチの心優しき男。

でも、彼はブサイク。 とにかくブサイク。

好きになった女性に告白すれば泣かれ、道を歩けばストーカーに間違われる。
琢郎の「琢」の字が「豚」に似てるコトから、仲間達からはブタローと呼ばれる。

そんなある日、心優しい美女・寛子ちゃん(北川景子)が彼の食堂のバイトに入る。
寛子ちゃんに恋をする琢郎。
周囲にもノセられ、寛子ちゃんに告白をする。が、あえなく玉砕。

フラれるのは、自分がブサイクだから・・・。 落ち込む琢郎。

そんな時、友人の結婚式に着るスーツを買う為に訪れた洋服の青山で、着るだけでハンサムになれる「ハンサムスーツ」をすすめられる。

着てみた姿は・・・めっちゃハンサム(谷原章介)!!

皆が振り向くハンサムになった琢郎は、ハンサムライフを謳歌する・・・。


いやー、期待してなかったんですけどね。 楽しかった!!

楽しく笑って、ちょっとキュっと心を掴むトコもあって、最後にはほっこりと幸せな気分になる。

伝えたい内容も説明不要の直球ストレートなので、考えなくて良いし。

とっても良い出来のコメディでした。

キャストもニヤリとしたくなる絶妙な配置だし。

渡辺美里の「 My Revolution 」
ユニコーンの「大迷惑」
米米クラブの「Shake Hip 」
90年代初頭の楽曲に乗せて、テンポ良くストーリーが展開するのも心地良かったです。

この作品でこんなに楽しめるなんて意外でした。
こういう伏兵は嬉しいモノです。

北川景子も可愛いし。

いやぁ、良い気分です。


最終評価 A

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September 20, 2009

ぐるりのこと

ぐるり

めんどうくさいけど、いとおしい。
いろいろあるけど、一緒にいたい。



芸大を出た後、特に儲かる仕事をする訳でもなく、安定した長続きをする仕事をする訳でもない夫・カナオ(リリー・フランキー)。
雑誌編集の妻・翔子(木村多江)。

真面目に、何事もきっちりの妻。
どこかぐうたらで、肩の力の抜けた夫。

バブル全盛の90年代初頭に結婚した2人。

小さな問題があっても、2人ならナゼか、幸せ。

そんな暮らしをしていた2人。

だが、2人に小さくない問題が起こる。  翔子の流産。

そこから翔子は、少しづつ心のバランスを崩していく。
でも、そんな翔子を受け止め、そっと寄り添うカナオ。

全部を上手には出来ない。困難なコトもある。良い時も悪い時もある。
でも、ずっと傍にいる。


カナオと翔子の暮らした世紀末から新世紀に変わった10年は、社会的にも様々な変化があり、事件が起こった10年だった。
そんな10年に沿って、ゆっくりと歩んだ夫婦を丁寧に、丁寧に描く。


1つ、ひとつの言葉。しぐさ。変化。 その1つひとつが、沁みる。

人は1人じゃ生きられない。そんな当たり前のことを再認識する。

ゆっくりした映像から、誰かと生きる事の豊かさを感じる。


最終評価 A


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September 16, 2009

燃えよドラゴン ディレクターズカット版

ドラゴン


フォアー!!!

言わずと知れた、ブルース・リーのカンフーアクション。


少林寺で技を磨く男リー(ブルース・リー)は、少林寺の厳しい掟を守り従い、己を高めていた。
そんな彼の元をアメリカ情報局が訪れる。
情報局は、リーにある武術大会への参加をに求めた。

武術大会を開くのは、麻薬の栽培で財を成し、暗黒界のボスとして名を馳せる男・ハン。
ハンも以前は少林寺で学び鍛えていたが、掟を破って教えを悪用し、今では己の欲望の為だけにその力を使っていた。

武術大会は、香港にほど近い絶海の島・要塞島で行われる。
その島はまた、ハンによる麻薬栽培の本拠地でもある。

リーは犯罪の証拠を押さえる為、武術大会の招待者として島へ向かった。


正直、今観るとなんだかなぁ満載ではある。
ツッコミを入れだしたらキリが無いっちゃあ、キリが無い。
ストーリーなんて、あって無いようなモノ。

でも、ブルース・リーの鍛え上げられたアクションに熱くなっちゃうのもまた事実。

とにかく、彼のアクションだけは今でも必見の価値がある。

あけすけな嘘の中にあっても色褪せない、本物(ブルース・リー)の凄さ。

アクション映画の源流がここにある。


なんか、この作品を観ると、ダメですよね。

軽くステップを踏んで「フォアー!!」とか叫びたくなっちゃう。


意味は要らない。 感じろ!!

フォアー


フォアー!!



最後に。
この作品はディレクターズカットじゃないオリジナルをオススメします。
基本ストーリー不要なんだから、余計なシーンが増えるのはこの映画の持ち味を損ないます。


最終評価 A−


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September 12, 2009

蛇にピアス

蛇にピアス


金原ひとみ著、芥川賞受賞作品「蛇にピアス」。
その作品を演劇の鬼才・蜷川幸雄が映像化。


渋谷の街を歩くルイ(吉高由里子)。

「ねぇ。スプリットタンって知ってる?」

ルイは轟音のクラブで、眉ピアスに唇ピアス・刺青、更には舌を2つに分けたスプリットタンの男・アマに出会う。

強烈な痛みと共に自分の体を変える。そんな肉体改造に興味を持つルイ。
そして、アマの紹介で刺青の彫り師シバに出会う。

自分の中から湧き上がる肉体改造への衝動に身を任せ、ルイは自分の肉体を変えていく。


ルイ・ヴィトンのルイ。アマデウスのアマ。その自己紹介だけで、本名も年齢も知らないルイとアマ。
互いを何も知らない2人が知ってるのは、肉体を変える痛み。
それだけで2人は寄り添う。

痛みでしか自分の存在を確認出来ず、肉体を変える事で自分を変えられると思うルイ。
だが、衝動を感じ、念願だった刺青を入れた後、ルイは生きる気力を失う。

刺青を入れても自分は自分。
それに気付いてしまった彼女は、痛みに耐えて変えた肉体(自分)の価値を見失う。


出会ってスグ、彫り師のSM、男に求められるままに応じ、繰り返される強烈なセックスシーン。
観ているこっちが痛くなる舌ピアスなどの肉体改造シーン。
衝撃的なそれらのシーンが目を奪う。だが、この作品の本質はソコではない。

肉体も行動も、表面を誤魔化せば本質の問題を無かった事に出来るような気がするのに、実際は何も変わらないことをいつまでも理解しない少女ルイ。
彼女の精神の幼さと、大人になった肉体の崩れた痛々しいバランスが、この作品の本質。

僕は、彼女の感覚も感情も持ったことが無いし、共感は無い。 ただ、痛々しい。


「痛い、イタイ、たいたいたい・・・。」と、言いたくなるシーンと、ちょっとしたアダルトビデオの様なセックスシーン。

確かに「渋谷」「不安定な少女」「肉体改造」って言うキーワードに、文学賞狙いのあざとさを感じる原作。

後半に中途半端に挿入されたサスペンス要素。

かなりの体当たり(脱ぎまくり)には驚くが、ルイの内面を表現しきるには遠い演技力の吉高由里子。

この作品は本質から目を逸らして、そっちで語りたくなる要素が多い。

で、なんか、文学的で、芸術的で、ちょっと難解な作品に出会うと「他人の評価は低いけど、自分は分かるよ。共感したよ。」なんて言いたくなる。

でも、ちゃんと1つひとつ装飾を剥ぎ取っていって、最終的に出てくるのは薄っぺらな少女の考えの足らない生き方だけ。
ルイを薄っぺらに感じてしまう僕は、彼女に共感を覚える人に言わせれば「ツマラナイ大人」なんでしょう。

ま、それで結構。


最終評価 B

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September 10, 2009

我が教え子、ヒトラー

我が教え子、ヒトラー


1944年12月25日。
連合軍の猛攻を受け、廃墟となったベルリン。

瓦礫のベルリンにセットを組んででも、今なおドイツ帝国は健在と国威を示さなくてはならない。
ナチスの命運をかけた新年パレードまであと5日。

戦況の不利を覆すべく、ヒトラーの新年の演説に国威の復活の望みをかける情報相ゲッペルスは1つのアイディアを実行に移した。

ヒトラーは今、心身ともに弱り、国民の心を惹き付けるカリスマからほど遠い。
過去、ナチスが、ドイツ帝国が、炎の様に燃え上がった1939年。
あの当時のヒトラーが必要なのだ。

ゲッペルスは当時ヒトラーの演説指導をしたユダヤ人俳優グリュンバウムを収容所から呼び戻し、ヒトラーへの個人指導を依頼する。

グリュンバウムとヒトラー。2人だけの個人レッスンが始まる。


非常にシュールで上質なコメディ。

ユダヤ人の監督に手によって作られた、事実を下敷きに作られた作品。

会話の途中でも杓子定規に「ハイル・ヒトラー」を叫ぶ軍人達。
戦場で腕の動かなくなった右腕に敬礼強制ギプスをはめる政府高官。
黄土色のジャージを着るて、ボクシングの真似事でユダヤ人にノックアウトされるヒトラー。
瓦礫の山にセットを組んだパレードに熱狂する国民。

その姿は、どれも笑いを誘うと共に、哀しい。

グリュンバウムとヒトラー。
不思議な関係の2人が、危ういバランスの上で言葉を交わしていく。
心の片隅に「ヒトラー暗殺」の想いを秘めるグリュンバウム。
だが、愛に餓え、周囲を信用できなかったヒトラーがグリュンバウム教授にだけ心を開いていく。

敗戦濃厚、瓦礫の山になったベルリン。
その廃墟の中で、自分は裸の王様であることを知るヒトラー。それでも、裸の王様であり続けるしか道は無い。
愛に餓え、その裏返しから虐殺への道を歩き続けた彼と、その狂気に翻弄されたドイツとユダヤ。

コメディなのに、その絶妙な距離感が「こんな辺りが真実なのかもね。」と感じてしまう。

敗戦直前のヒトラーの狂気を描いた作品は他にもあるが、この作品は秀逸。



以下は映画自体の評価とは少し離れます。

どこか悲しく、おかしく、愛らしくさえ見えるヒトラー像。
ユダヤ人監督の手によってこの作品が生み出された事に価値を見出したい。

戦後60年を越え、猛烈な憎しみは和らぎを見せ、憐憫であっても相手への理解と許容が生まれてきたからこそ、この作品は生まれた。
監督1人の心の変化ではなく、多くの人の心にこの作品を許せる土壌が無ければ、映画作品としては成立しない。

僕は「チベット問題」を語った時の自分の答えに証明を貰ったようで嬉しかったです。

解決するのは「時間」。その答えの1つがここにある。

人間は、血を流さないで理解を進めれば、どんな過去だって乗り越えていけるんだ。


最終評価 A−


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September 09, 2009

オープンウォーター2

オープンウォーター2


実話を基に、ダイビングツアーで海に取り残され、何も無い海の恐怖を描いた「オープンウォーター」の「2」です。
なぜか製作がアメリカ→ドイツになりました。


豪華なヨットで海に出た男女6人と赤ちゃんが1人。

6人の内、4人は高校時代からの親友。

かつてはゲップの名人。今日が30歳の誕生日のザック。
資産運用で金を儲け、今じゃヨットの持ち主のダン。
世界を股にかけて放浪の旅を続けるローレン。
結婚し、子供もいる幸せ一杯のエイミー。

そして、エイミーの夫ジェームスとダンの最近の恋人ミシェッル。

久しぶりの再会と豪華なクルージングに浮かれる6人は遠洋でヨットを停め、海に入る。

ハシゴを出し忘れたまま・・・。

どんなに探しても、足掻いてもヨットに登る手段の無いまま、時間が過ぎていく。

そして、1人、また1人と体力を失い、命を落としていく・・・。



てか、バカ過ぎで引く。

特にダン選手。

海に恐怖感があって、赤ちゃんの世話があるからって留守番をしてるエイミーを抱いて海に飛び込んでみたり。
船にナイフを突き立てて登ろうとしたザックを止めようとして、ザックにナイフ突き立て&ロストしてみたり。

要するに、この映画はダン選手による人災の話。

でも、それ以前に色々と登る方法はあるよね。6人の大人が力を合わせれば。

ツッコミ所も多く、1人観客が引く程のバカが居るサバイバル映画・・・。


まぁ、どんなに楽しくても浮かれ過ぎには注意っていう教訓を伝えたかったのかな?


最終評価 C+


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August 28, 2009

ぜんぶ、フィデルのせい

ぜんぶ、フィデルのせい


1970年代・フランス。
9歳のアンナはカトリックの学校に通う少女。
弁護士のパパ。雑誌記者のママ。弟のフランソワ。キューバ人の家政婦のフィロメナと仲良く暮らしていた。

伯母のマルガと従姉妹のピラルがアンナの家に来るまでは。

共産主義者のマルガは伯父のキノと共にスペインで反政府運動を行っていた。
活動の中でキノは命を落とし、アンナの家に身を寄せたのだ。

伯母の言葉で父はどんどんおかしくなる。

パパは仕事に行かず書斎に篭もる日々を続け、ある日、ママと一緒に南米チリに旅立った。
帰ってきたパパは、チリの為に働くって言い出した。
その為には家族で力を合わせていかなきゃいけない。団結って言うんだって。

革命でキューバから逃げてきたキョーサン主義嫌いのフィロメナは辞めさせられた。
パパは変な人たちと付き合うようになって、家だって狭くて汚い所へ引っ越した。
宗教の授業を受けられなくなって、お金が無いから電気だって満足に点けられない。

キョーサン主義って何?
チューゼツって何?
カク戦争で世界が変わるの?

大人はいつも「後で教えてあげるから。」とか「大人になったら分かる。」ばっかり。

団結の精神なんて大嫌い。パパもママも怒ってばっかり。

それもこれも「ぜんぶ、フィデルが悪いんだ。」



フィデルは、キューバ革命を起こした革命家フィデル・カストロのこと。
普通のフランス家庭に育った少女が、共産主義に染まり変わっていってしまう家庭環境に一生懸命合わせていこうと努力する。
前までは大人の言うことは同じで、正しいことは決まってた。なのに、環境が変わりだしてからは、あっちの大人はこう言うし、こっちの大人はこう言う。
先生の言うことと、パパやママが言うことと、家政婦が言うことと、おじいちゃんやおばあちゃんの言うこと、みんな違う。
何が正しいのか分からない。

でも、少女は変わり行く環境の中で彼女なりに自分の答えを見つける。
自分の頭で考える力と方法を身につけていく。


なんとも素晴らしい視点の映画。
70年代の混乱した政治情勢を背景にしながらも、決して「政治映画」にならず、どこか可笑しく愛らしい少女の成長物語になっている。

少女が最後に辿り着いた境地へ、多くの大人たちはたどり着けずに居る。
多くの大人たちは、自分と同じ価値観の中で何も考えずに心地よく流され、自分の心地よさを奪う他の価値観は認めない。

だが、多様な価値観の中を必死に生きるアンナは、違う価値観の存在を自然に受け入れる土壌を自分の中に培っていく

その健やかな、しなやかな少女らしい強さに目を見張ります。

無垢な子供の発する、物事の核心を突く「なんで?」に大人がどう答えるか。
どうやら、そこに子育てのキモがあるようです・・・。


主演したニナ・ケルヴェルの膨れっつらのキュートさが印象に残りました。


最終評価 A

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August 25, 2009

フレフレ少女

フレフレ少女

新垣結衣がガクラン。それが全て。
  それで喜べない人が観る必要ナシ!


小説の中の恋に憧れる高校2年生・百山桃子(新垣結衣)。
そんな彼女に、運命の出会いが訪れる。
野球部期待の1年生エース・大島クンのボールが桃子の頭を直撃。
気を失って目覚めたその時、目の前で頭を下げる大島クンに桃子は一目惚れ。

なんとか大島クンに近付きたい。

その想い。それだけで桃子は廃部寸前の応援団に入部する。

そこで彼女の与えられた役目は・・・団長?!



えーーと。あの・・新垣結衣見たさの出来心だったんです。
地上波でやってたもんで・・・つい・・。

新垣結衣オンリー動機はダメだって「恋空(評価C+)」で思い知ったハズなのに・・・。

学習しないなぁ、自分。


評価? 
あほう映画でも新垣結衣は可愛い。演技がアレでも良いのです。
真面目なツッコミ及び脱力ポイントは多すぎるので割愛させて頂きます。
正直、ヒドイです。 以上。


まぁ、新垣結衣が応援団長とか、やってみたかったってのは分かる。分かるぞ企画した同志よ。
オヌシもダメ人間なのであろう。その心意気は買うぞ。うむ。

だが、だったらガッキーが可愛く見えるように最大限の努力をしようよ。
君らはその努力を放棄してるよ。投げっ放しだよ。ひどいよ。

あんまりじゃね?この映画。むしろガッキーが可哀想で観ていられなくなる。

あ、むしろガッキーを応援する作品なのか? 逆に? 


最終評価 C+
このプラスはガッキーが可哀想分。

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August 23, 2009

バンクジョブ

バンクジョブ


ジェイソン・ステイサム主演

1971年・ロンドン。
中古車ディーラーのテリー(ジェイソン・ステイサム)はタチの悪い借金を抱え、出口の見えない自分の暮らしに嫌気がさしていた。
そんな彼に幼馴染のマルティーヌ(サフロン・バロウズ)から銀行強盗の話が持ち込まれる。
小さな悪事はそれなりにやってきたテリーは「一生に一度のチャンス。」と言うマルティーヌの説得で実行を決心する。

地下から穴を掘り、銀行の貸金庫を狙う。

昔からの仲間を集め、テリーは計画を実行に移す。

見事、忍び込んだ銀行の貸金庫。
彼らが盗み出した数百万ポンドもの現金と宝石。
その中に混ざっていたのは、預けていた人間達の秘密の山。そして、門外不出であるべき王室スキャンダルの証拠だった・・・。

彼らの計画、それは犯罪組織にスキャンダルを握られたイギリス政府に仕組まれたモノだったのだ。
脅迫ネタを奪われた犯罪組織、別の秘密を隠していた別の犯罪組織、政府・警察、そして王室さえもを敵にまわした逃亡劇が始まる。



銀行の地下金庫に強盗団が侵入し、数百万ポンドにも及ぶ現金と宝石が強奪される事件が起こり、数日間はトップニュースとして報道されていたが、ニュースは突然人々の耳に入らなくなる。
それは、イギリス政府からのD通告(国防機密報道禁止令)による報道管制だった。
その実際に1971年にあった事件を基にして作られたクライムムービー。


途中まではユル〜い「オーシャンズ11」のような展開が続く。
やっぱりB級ムービーか・・・と思いきや、銀行強盗が成功し、自身の計画が仕組まれたモノだと分かってからの展開はナカナカにスリリング。充分に見応えアリでした。

ステイサムのアクションは少なく控えめ。でも、逆に「シリアス展開のステイサムも格好良いじゃん。」と見直してしまう。
結局、ハゲても格好良い人は格好良いのだ。

舞台になったロンドンは去年行った場所。
行ったことのある地下鉄の駅などが沢山出てきて、それを見てるのも楽しかったです。

こう言う掘り出し物があるから映画ってヤツは奥が深い。

まんまじゃないにしても(当然)、こんな事件が実際にあったなんて「事実は映画よりも奇なり」です。


最終評価 A−


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August 21, 2009

アイ・アム・レジェンド

アイ・アム・レジェンド


地球最後の男に、希望はあるのか。

ウィル・スミス主演。

アメリカ、ニューヨークで新種のウィルスが発生した。
大気感染で広がるウィルスは爆発的に感染者を増やし、そのウィルスに感染した生物は凶暴性を増し、他の生物を襲う。
人間はその連鎖を止める事が出来ず、ウィルスの爆発的な流行は全世界に及び、世界60億の人類は死滅した。

人類が死滅した地球でたった1人、生き延びた科学者ロバート・ネビル(ウィル・スミス)は愛犬のサムだけを相棒に、AMラジオで他の生存者へのメッセージを送る。

毎日、毎日、誰も来ない待ち合わせ場所でサムと2人「誰か」を待ち続けるロバート。
孤独は徐々に彼の心を蝕んでいた。

だが、ロバートは希望を失ってはいなかった。

「ワクチンを作る。」

その目的、科学者としての矜持が彼を支え、動かしていた。



ウィルスが蔓延 → ウィルスに感染した人は「ゾンビ」になって生存者を襲う → 1人生き延びた主人公が人類が滅亡した世界でサバイバル。って設定は、基本的に「28DAYS LATER・・・」と同じ。

ウィル・スミスしか居ないマンハッタンは見応えはあるけれど、映像的にはゾンビモノとしても、アクションとしても、特別に際立った点がある訳じゃない。

でも、映画としてダメなワケではないのです。
ゾンビやアクションに目を奪われますが、この作品の本当の中核は心理描写。
孤独が心を蝕んでいく過程が丁寧に描かれていて、そこが良かった。

自分で置いたマネキンに話しかけ、唯一のパートナーである愛犬・サムを救う為には自分の命を危険にさらす。
その段階を踏んで壊れていく精神の描き方がナカナカでした。


地球上で1人ぼっち。

僕は生き延びるのなんて絶対ムリ。


最終評価 B+






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August 19, 2009

セブン

セブン 


僕を映画好きに導いた作品の1つ。サイコスリラーの傑作。

デヴィット・フィンチャー監督。
ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、ケビン・スペイシー出演。


月曜日、1つの死体が発見される。
現場では、自分では歩くことも出来ないほどに太った男がスパゲッティに顔を埋めていた。
自制が効かない男の変死体か?

だが、検視の結果は、死因は異が破裂するほどの食物の大量摂取。そして額には銃口を押しつけられた跡。
男は何者かに死ぬまで、無理やりに喰わされていたのだ。

そして、現場に残された「GLUTTONY(大食)」の文字。

事件を扱うのは定年まであと6日のベテラン刑事・サマセット(モーガン・フリーマン)と新人刑事のミルズ(ブラッド・ピット)。

火曜日、続けて発見されたのは、高報酬で知られた敏腕弁護士。
死因は、自分の肉を自分で切り取ったことによる失血死。

そして床には血で書かれた「GREED(強欲)」の文字。

「憤怒・嫉妬・高慢・肉欲・怠惰・強欲・大食」
あと5つ、殺人事件は起こる。
ミルズはこの2つの殺人を、人間に課せられた7つの大罪を模した連続殺人事件だと推察し、捜査を進めていく。



95年の作品か。もう14年も前の作品なのか。
時間が経っても、何度観ても、良い作品は良い。価値は少しも下がらない。
人間の1番の罪は、無関心。そのテーマは、現代でも、現代でこそ更に意味を持つ。
そして、シナリオ、役者、映像、音楽、全てが観客を作品に惹き込む。

ラストシーンは心臓を掴まれた気分。
ブラピの慟哭が、スタッフロールの後まで心に残る。


確か、僕はブラッド・ピットを意識したのはこの作品が最初だと思う。
それ以来、ずっと彼のファンだ。彼ほど格好良くジャンクフードを食べる男も居ないだろう。

当然、ブラピを導く老練のモーガン・フリーマンも格好良い。

でも、この作品を本当の意味で締めるのは犯人役のケビン・スペイシー。
サイコスリラーで1番大事なのは犯人だと言っても過言じゃない。
どんなにサイコな事件でも、理念もなかったり、犯行に無理があったりと、犯人自身がショボショボだと腰砕け。
でも、この作品は違う。
犯人が決して事件に負けてない。むしろ、この犯人だからこの事件を、と、納得してしまう。


ちなみに、僕はブラピのファンになってから、彼の真似を日常に取り入れてたりします。

例えば、口に付いたケチャップを親指で拭ったりとかね。

何で誰も気付かないのかなぁ?


最終評価 A+


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August 18, 2009

劇場版・グレンラガン 紅蓮編

紅蓮編


「お前が信じる、お前を信じろ!!」


以前紹介した「天元突破 グレンラガン」劇場版・前編、デス。

劇場版がソレはソレのオリジナル作品になってしまった「エヴァンゲリオン・劇場版」とは違い、こっちはTVアニメシリーズ映画化の定番とも言える、ザ・総集編。

なのでストーリーは基本、TVシリーズのまんま。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

遥か未来。人間は何百年もの間、地中に穴を掘って生活していた。ジーハ村の少年シモンは、いつものように得意な穴掘りをしていると、光る小さなドリルと巨大な顔を見つける。兄貴分と慕うカミナに、その顔を見せようとしたその時、突如として村の天井が崩れ、巨大なロボットとライフルを持った少女・ヨーコが落ちてきた。
騒ぎの中、シモンは巨大な顔に光るドリルを差し込むと、その顔はロボット=ガンメンとなってその姿を現した。シモン達は襲いかかる敵ガンメンを打ち破ると、勢いそのままに地盤を突き割り大空へと飛び出す。眼前に広がる壮大な地上の風景に興奮を隠せない一行は、地下暮らしを投げ打って地上で旅する事を決意する。だが地上は獣人達が人間に対して侵攻を続ける戦場でもあった。

ウィキペディアより

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2部構成の前編にあたる「紅蓮編」は、地下から出たシモンとカミナが集まった仲間・グレン団を率いて獣人達と戦い、地上を支配していた螺旋王の四天王を倒す所まで。


勢いオンリーでぶっ飛ばすノリは健在。

この作品、考えたらダメ。感じないと。


ヨーコの魅力も健在。
ヨーコ


相変わらず男の妄想満載ww。

こういうのが好きかって? そりゃあ、嫌いではありませぬさww。

ヘンタイ? その御意見、ごもっとも!!


まぁ、映画としてはダイジェスト感が強すぎです。
流石にこの内容と要約の仕方じゃ、TVシリーズを観てない人にはついていけないでしょ。

まぁ、シリーズファンなら、ね。ってトコですか。


最終評価 B+




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August 16, 2009

硫黄島からの手紙

硫黄島からの手紙


クリント・イーストウッド監督。スピルバーグ製作。
「父親たちの星条旗」に続く、太平洋戦争硫黄島戦2部作の第2弾。


太平洋戦争末期。
東京とサイパンの中間に位置する、小笠原諸島・硫黄島。
日本本土を守る重要軍事拠点。
逆に、ここを奪われる事は本土への攻撃の足掛かりを敵に与える事になる。

ここを守る司令官として赴任したのは、陸軍中将・栗林(渡辺謙)。
彼はアメリカへの留学経験を持ち、アメリカと戦争をする愚を骨身に染みて知っていた。

栗林は誠実に任務に向き合う。
だが、戦況は彼の知る以上に悪い。
栗林が頼りにした太平洋艦隊が、ミッドウェー海戦で惨敗。

大本営は司令官である栗林にさえも、正確な戦況を伝えていなかった。
更に大本営は、島に僅かに残る戦闘機をも奪っていく。

制海権なし、制空権なし。補給なし。
残されたのは徴兵で訓練も行き届かない歩兵団のみ。

海の上に取り残された硫黄島。
勝算などはなから無い。絶望的な防衛戦。

そんな状況下にあっても、派閥で対立し合って連携のとれない陸海空軍の上層部。

絶望的な状況下、末端の兵士たちは届かないと分かっていながらも家族への手紙を綴る。
何通も何通も。

「心配するな。体に気をつけて。」

兵士たちの家族へ宛てた手紙は、ただ積み重なっていく。

栗林は、部下を巻き込んで玉砕に走ろうとする海軍少将・林に訴える。

「我々が1日この島を守れば、本土の家族が1日生き延びる。
 我々が1日でも長く島を守ることには意味があるのです。」



クリント・イーストウッド監督。撮影はアメリカのスタッフ。
太平洋戦争時の日本軍がどんな風に描かれるのか、ちょっと気になっていたのですが、そんな杞憂など忘れてしまうレベルに仕上がってました。

キャストはほとんど日本人、言葉も日本語、日本の風習も違和感を感じさせない。

それでいて、視点は驚くほどに中立。
どっちが正しい、とか、誰が正しい悪い、とか、善悪。そう言うレベルを超えて描かれていることに驚きと、それ以上の共感を感じました。

でも、どんな視点で描こうと、どんなレベルで描こうと、戦争は悲惨で悲しい。

戦争の狂気と、愚かさ。それを繰り返したくない反戦の願い。
それはアメリカ人であろうと、日本人であろうと関係ない。同じ人間の願い。

長い月日が経って、記憶が薄れていっても、こうして素晴らしい作品に触れて、観た人が戦争の悲惨さを知って、想いを新たにしていくことが大事なんだと思った終戦記念日でした。


地上波&CM入りでの鑑賞だったことが悔やまれます。


最終評価 A−





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August 08, 2009

サマーウォーズ

サマーウォーズ 


「時をかける少女」の細田守監督。
キャラクターデザインは貞本義行。

長編アニメ映画。製作は「時かけ」同様、マッドハウス。

この作品を僕が観ないワケない。


世界を救うのは、家族の絆。

2010年、夏。
高校二年生の小磯健二は、数学オリンピックの日本代表になれず落ち込んでいた。
何も予定のない夏。
部室の片隅で仮想世界OZのメンテナンスのバイトを友人の佐久間として過ごすしかない・・・。
そんな風に諦めていた。 その時、学校のマドンナ的存在、憧れの夏希先輩から声が掛かる。

「誰かバイトしてくれない?」

バイトの内容は、夏希先輩の90歳になる祖母・陣内栄の誕生会の手伝い。
場所は長野の山奥。
バイトとは言え、憧れの夏希先輩と3泊4日。
夏希に憧れる健二にとって、それもう、願っても無い話。

健二は佐久間とのジャンケンに勝ってバイトの権利を手に入れる。

長野の山奥にある夏希の実家は、戦国時代から続く正に旧家。
城の様な門。鯉が泳ぐ池。やたらと広い家。
圧倒される健二を夏希が祖母・栄に紹介する。

「これが私のカレ。将来、結婚する人。」

夏希のバイトの正体は、体調を崩した祖母を元気付ける為の嘘の彼氏役だったのだ・・・。
流れに呑まれ、彼氏役をつとめることになった健二。

夏希の実家に集まった親類縁者を紹介され、陣内家の歴史を聞かされ、ヘトヘトになりながら1泊した朝、健二の携帯に1通のメールが届く。

内容は、2000桁に及ぶ数字列のパズル。
健二は何かの懸賞だと思って、パズルを解いてしまう。

だが、それは、ウェブ世界で人々の生活の根拠となる仮想世界・OZのセキュリティキーだったのだ。
犯人はセキュリティを突破し、次々に他人のアカウントを奪っていく。
行政も、企業も、社会にあるほとんど全てがOZに依存している世界。アカウントを奪われるのは、そのまま現実に他人に成り代わることに等しい。

ウェブ世界の混乱が、そのまま現実世界の混乱へと結びついていく。

初めは仮想世界の話。と、他人事だった陣内家の人々。
だが、仮想世界のトラブルが最愛の祖母・栄の死に繋がってしまう。

「ばあちゃんの敵討ちだ!!」

陣内家の人々と健二は、1人ひとりの力を持ち寄る家族の絆で、世界規模の事件に長野の山奥から挑むのだった・・・。



いやーーーー。最っ高に面白かったぁ。
映画の2時間用に組まれたシナリオは、起承転結しっかりしてて、完全にストーリーに惹き込んでくれました。

先の予想とか、そんな余計なコトに頭を使わない位に夢中になってしまいました。
後から考えればお約束のベタストーリーかも知れませんが、それがどうした。
楽しく泣いて、笑って、エンターテイメント作品にそれ以上が必要かってなモンです。
とにかく。家族の繋がりとか、皆の力を合わせてとか、僕の好きな要素が満載スギなんですよ。この作品。

なんと、鑑賞中に2度も泣いてしまいましたからね。
感情の余韻でしばらく呆けましたもん。

やっぱ劇場は良いなぁ。
あの独特の、自分の中身がその作品のコトだけになる瞬間ってのは家ではナカナカ作れない。


あえてツッコミ・・・は、無くもないけど、別にいいや。
楽しかったんだもんね。それが全てだもんね。


え? 長編のアニメ作品なので、ヲタ受けが良いだけ?

いやいや、ちょっと強引に連れて行った嫁様も楽しんでくれたみたいなので、別にヲタだからってワケでもないようですよ。
誰でも、きっと楽しめます。


この夏、家族でも、恋人とでも、1人でも楽しめるエンターテイメントとしてオススメです!!


最終評価 A+


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ブラックサイト

ブラックサイト


好奇心と言う悪意が人を殺す。

アメリカ・オレゴン州。
殺人のライブ映像を中継するサイト「キル・ウィズ・ミー」が開設される。

被害者の胸にはナイフで付けられた傷。
アクセス数に応じて、血液抗凝固剤が投与されていく。

好奇心でアクセスする人間が増えれば増えるほど、被害者は死に近付く。
被害者の命を握るアクセス数は、マスコミ、警察が動くほどに爆発的に伸びていく。

1人を殺し、次、そしてまた次。
シリアルキラーは加速度を増していく。そして、同じようにアクセス数も加速度を増す。

追うのはFBI捜査官ジェニファー・マーシュ(ダイアン・レイン)。

少しずつ犯人の実像に迫るジェニファーだったが、犯人の牙は彼女の家族、そして彼女自身にまで及ぶ・・・。


インターネットの匿名性は長所であり、それ以上に短所。
アクセスすれば「共犯者」だと言われても、アクセスする人間は数万、数十万に及ぶ。
人は自分自身の好奇心を抑えられない。



んー。あまりにも定番通りの展開、ラスト。と、言ってしまえば、それまででもある作品。

インターネットに潜む匿名性・悪意や、他人のセックスや自殺を中継して視聴者を集めるマスコミ、人間の好奇心の在り方・・・。
扱うテーマの話題性はインパクトは充分な内容なのだが、その見せ方が定番すぎるかな。

途中まではドキドキハラハラ感もあって魅せていくのに、途中、フッと引く瞬間が来る。

何となく「作り物」感、「ウソ」感が鼻につく瞬間、「え?」って、なる。

悪くない、のに? あれ? って、なる。


ちゃんと作られた作品なのに、なーんかなー。


最終評価 B




 


以下ネタバレ。


犯人像の作りこみが甘いよ・・・。
単純な復讐を動機にした単独犯が行うには、犯行が大掛かり過ぎる。
この手のサイコキラーものの裏の主役は犯人なんだから、もうちょっと練ってもらわないと。
まず「アクセス数が増えると人が死んでしまう。」ってコンセプトから後付けした感が見え見えだし、ただの20歳そこそこの青年が何でも出来るスーパーマン過ぎるでしょ。

それにFBIが色々ずさん過ぎる。
単独犯に対して、2名もの捜査官の身が危険に晒され(1人は殺され)、セーフハウスまでもがバレバレってどうなの。
ウェブ世界では足どりを掴ませないってのは良いけど、実世界の捜査はどうなってんのさ。
結構特殊なモノを大量に使い、1つひとつが充分犯罪なコト(下院議員の車に死体を隠したり、他人の家で被害者を拉致したり)をしていく単独犯を追い詰められないFBIってどうなの。

色々と作りが甘いよ。


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August 02, 2009

百万円と苦虫女

百万円と苦虫女


「百万円貯まったら出て行きます。」

短大を出ても就職先がなく、フリーターをしていた鈴子(蒼井優)。
ただ家を出たかっただけなのに、ひょんなことで前科がついてしまう。

拘置所を出て実家に帰るが、中学受験を控えた弟、仲の悪い(表面的に取り繕う)両親、自分の噂をする近所、鈴子は居場所を失う。

勢いで宣言した百万円を地道なバイト掛け持ちで貯め、鈴子は家を出て行く。

海の家、山奥で桃農家、気分に任せて土地を決め、そこに住み、百万円が貯まったら出て行く。
そこで築いた人間関係も何かもそこに残して、次の場所へ。

そんな暮らしを続ける中で、鈴子は様々な人に出会う。


嫌なコトを嫌と言えない。嫌なコトがあっても苦虫を噛んだような表情で笑って誤魔化す。
自分探しとは違う。むしろ、探したくない。自分からの逃避行。
探さなくたって嫌でも自分はココにいる。

他人と距離を置こうとして距離を置くわけではないが、基本的に人付き合いが苦手な鈴子。
そんな彼女が、誰も自分を知らない土地に住む。
でも、少し経てばどうしたって他人も自分を知っていってしまう、関わっていってしまう。
そうして、他人と言う鏡に映った自分が見えてしまう。

小さな出会いを重ねて、鈴子は少しずつ強くなる。



淡々とした中に、ハッとさせられる言葉が詰まったロードムービー。

他人との関わりの中で鈴子自身も変わるが、彼女に関わった人間も少しづつ変わる。
人は1人で生きようとしても、どうしたって1人では生きられない。それに改めて気付かされる。



主演の蒼井優の魅力で魅せてしまう映画かと思っていましたが、ストーリーもしっかりした映画作品として魅せる作品になってました。

当然、蒼井優はイイのでが、周辺を固めるキャストも味があって、でもあくまで控えめでスゴク良い。
ピエール瀧も森山未来も。良い。

森山未来演じる中島君と鈴子の恋愛は、2人が不器用すぎて心がキュッとなります。


ラスト切ない。ホント、切ない。

大事な大事な人生の分岐点も、自分の些細な選択で逃してしまう。
でも、それが人生。


最終評価 A

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