療養生活

August 07, 2019

ヘルプマークを貰いました

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自分のような循環器障害や、人工関節、内分泌代謝疾患など、見た目では分かりにくい障害を持っていますと周囲に示すヘルプマーク。

そういうものがあると聞き、役場で貰ってきました。

そしてさっそくカバンに付けました。


いやね、本当に困るんですよ。循環器障害とか。
見た目が普通すぎて、優先席とか座るの躊躇われるんですよ。

パパママ、9歳、3歳で電車に乗ってて、席を譲って貰って、座るのは見た目普通のパパってのは、周囲の目が痛いんすよ。

まぁ、このヘルプマークは、そんなメンドクサイ夫を連れてる嫁様のためでもあると思ってます。


分かりやすいの、大事。



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June 27, 2019

長距離移動可になりました

大動脈解離を起こして6年半。

先日の外来で、嫁様の実家がある仙台までは行っても大丈夫と許可が出ました。

当然、重いものを持たないとか、身体の負担を考えてとか、制限はある前提ですけどね。

でも、何はともあれ。です。

長かった。


大動脈解離後は、禁酒、塩分制限、運動制限、あれもダメ、これもダメ。

まるで見えない壁が作った水槽の中に居るような気持ちを、ずっと抱えて生きてます。

もちろん、時間をかければ禁酒も減塩も慣れてはいきます。

それでも心のどこかに刺さって抜けないトゲ。


まぁ、長距離移動の許可が出たところで、この見えない壁が無くなるわけではないのですけど。

それでも水槽が少しは広くなったような、そんな気持ち。



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April 19, 2019

酒、恋し

2012年12月に大動脈解離を起こして、早6年超。

あれ以来、ずーーーっと禁酒しているわけですが。


大人ですから、社会人ですから。
飲みたくなる日もある。

好きでしたから。
飲めましたし。


週にビール1本くらい、、、

と、思う。

ただ、いざ飲むとなれば、飲める方だった自分がビール1本くらいで満足するのか。
しないわなぁ。

多分、しばらくは350mlを1本で我慢してても、何かの機会にもう1本、350mlが500mlとかになっていきそう。

「同じ1本だよ!」

とか、テキトーな言い訳をしてる自分が目に浮かぶわ。

基本、ダメ人間だからなぁ。


そんなこんなで禁酒は続く。

でも、あぁ、飲めてえぇぇぇぇぇえぇぇ!



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December 21, 2018

空振りでも、振るしかないやんけ

「何かあったら、必ず受診してください。」

いつも、定期外来でそう言われます。


さて昨日、胸部の違和感がありました。
痛みと言うか、きゅーーーっとくる感じ。
デスクワーク中だったのですが、落ち着かなくて座っていられないような、視界が狭まるような、とにかく変な感じ。

で、救急外来に受診しました。

結果は、異状なし。
血液検査も、心電図も、画像も、特別大きな異常はない。
エコー検査でも、血管に大きな動きはない。

血圧の上昇はあったので、不整脈とか気を付けてください(どうやって?)と言われ、終了。
家に帰ってきて、まだ血圧168とかあって、気持ち悪かったので早めに休みました。

ちなみに、血圧の薬を飲んでいるので、血圧は90強〜110弱くらいが正常値。


今朝のこと。
昨日の夜は大事をとって風呂に入らずに寝たので、風呂に入り、血圧を測っていました。

すると急に脱力感に襲われ、視界の狭窄と暗転感、そして発汗。
測っていた血圧を見ると、60/41 とか、今度は異常な低血圧。

昨日は高血圧。
今日は低血圧。

なんなんだよ、と思って改めて外来受診。

胸部レントゲン、心電図・・・今日も異常なし。


医師曰く
昨日と今日で立て続けに起こっているので関連性を考えたくなるが、別の症状だと思われる
昨日のは、何らかの原因で起こった不整脈
今朝のは、朝に風呂に入ったことによる迷走神経反射(めまい)ではないか

とりあえず、血管に異常はないので様子見で。

とのこと。

ほっとするような、釈然としないような。


なんか、去年も似たようなことあったんですよね。
胸痛あったから受診して、何も無しっての。

いや、こんな身体だからさ、ちょっと症状あると大騒ぎなんですよ。実際。
周囲にも心配かけちゃうし。

なのに、空振り、空振り、アンド、空振り。
軽いオオカミ少年気分。

何かあったら受診しろって言われて、何かあったから受診しても、空振り。


いや、空振り良い事なんですけど。
大事になってからじゃ遅いですし、ヒットされても、本当に嫌だし、困るんですけど。

でも、なーんかね。

どこからが「何かあったら。」なのか、わかんねーよ。


まぁ、空振りだろうと振ってくしかないんだけどさ。

なーんか、どうすりゃいいんだよっていう気持ちがぬぐえない。



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June 27, 2018

結構真面目な人生計画

人生100年時代。
なーんて言われてますね。

年金制度を守るため、政府は何とか利益誘導で受給年齢を先延ばしにしようと躍起ですし。

少子高齢化で労働者が減るのが目に見えているので(実際、もう少ないし)、何とか定年を先延ばしにして、少しでも長く働けと言っています。


さて。

僕の身体は、ポンコツです。
心臓の弁が機械ですし、大動脈が裂けてます。

人生100年?
残念ですが、そんなに身体が長持ちしない予想で生きてます。

リアルに何歳想定で生きてるかは生々し過ぎるので、カミングアウトしません。
しませんが、皆んなが自分の人生をイメージしてるマイナス何十年かで生きてます。

そらあ、毎日「病弱ヒロインの見てはいけない錠剤の数」ばりの薬を飲んでますしね。
20代からずっと大量服薬してんですから、血管が破けなくても、肝臓がもたないでしょ。

コレでも、大動脈が裂けた時に「あと10年、、」なんて思ってた時よりは、随分と先を見るようになってるので自分的にはポジティブ。
なので御安心を。


そんな短め想定で生きてる僕が、のんべんだらりと60歳まで働くのって、ちょっとシンドイんですよ。

少しは自由時間が欲しいじゃないですか。

そう考えると、どうしたって早期退職が視野に入る。

40歳ホヤホヤで何言ってんだ、コイツ?

いやいや。


結構真面目に、どうやったら早期リタイア出来るのか考えるのです。
こどもの年齢とか諸々勘案して、当面の目標は55歳。

あと15年。

娘24歳、息子18歳。
まぁ、許されるんじゃね?

逆算すると案外近くてビビるんですが。

でも、そこまでに色々と頑張ってみようかなと。
まぁ、頑張って計画倒れになったら、シレッと働いてりゃ良いしね。

でも、こうやって逆から考えると、人生ってもう短い。
焦るわ。



いや。そこそこ本気っすよ?



「なーんて言ってて、誰より長生きしたりてね!」

「そのケースは、ソレはソレで受け入たい。」


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April 14, 2018

効いてくれた抗生剤。

先週の日曜日に突然出来た頸部のシコリ。

しかも多数。

1週間抗生剤を飲んだ結果、一番大きかったヤツ以外は大体わからないくらいに消失しました。

医師曰く「やはりリンパ節炎だろう。」とのこと。

リンパ節のシコリは
「元に戻る人は戻るし、たまにシコリが残ってしまう人もいる。」
らしい。

まぁ、消えて欲しいが、残るならしゃーない。




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April 11, 2018

効いてくれ抗生剤。

日曜日に気付いた、頚部の腫瘤。

見てわかるくらい明らかにボコッとしてる右頚部。
気道に沿って触るとコリッとした感触が伝わる左頚部。

悪性リンパ腫・・・?

そんな最悪の妄想が走り出す。


なんせ、今の自分の仕事は癌関係。
毎日毎日、癌のカルテと向き合ってりゃあ、そんな風に思いますわ。

それに、心臓血管外科の保険請求担当になったら、本当に心臓の手術をすることになったという、悪しき記憶もありますしね。

仕事で担当すると、関連疾患を罹患する。
そんなバカなと思いつつ、冷や汗が背中を流れたのです。

勘弁してくれ。



月曜日に耳鼻科受診。
血液検査、頚部エコー、経鼻咽頭鏡までやって、医師の診断は「リンパ節炎」。

「ばい菌がリンパ節に入り込んで炎症を起こしているんでしょう。」

とのことで、抗生剤を貰って飲んでます。
まぁ、これで治らないようだと色々と怪しいんだどな!

たのむ、ガンバレ、抗生剤。




とにかく、仕事を休むほどではない、微妙な微熱感と倦怠感が続くのを何とかしてほしいぜ。




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February 26, 2018

大動脈解離後、初の大遠出

2012.12に大動脈解離を起こしてから、早5年。
ゆるゆると低空飛行を続ける毎日に、少し嬉しいコトがありました。

今度、大阪で従兄弟の結婚式があります。
それに出席出来ないかと医師に相談した結果


遠出許可。


家族と一緒とか、荷物を持たないとか、移動は電車で座ってるだけにしてとか、制限はあるものの、オフィシャルに長距離移動が許可されました。

なんとも時間のかかる歩みですが、ちょっとは前に進んだ実感。


そうは言っても油断大敵。
調子に乗らず。気を付けて行ってきます。


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September 22, 2017

TAVIという医療新技術

TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術 transcatheter aortic valveimplantation)

非常に身近な病院で、このTAVIが出来るようになりました。
医療の知識の専門的詳細は、上記のリンクからお願いします。

要するに、今までは開胸手術でしか治療できなかった大動脈弁狭窄症をカテーテルで治せるようになったということです。
ちなみに、保険診療適応は2013年から。



適応等にはもちろん色々な制約はあるのですが、これはすごい事です。
動く心臓内部の弁をバネ的な形状のステントで留置とか、医療の日進月歩は凄いです。
技術的な説明を調べた今でも「どうゆうこと?」って感じです。

え?
脱落とかしないんですか?

え?
もう新しい第二世代の弁が出てきてるんですか?>慶応大学 心臓血管低侵襲治療センター

第二世代弁の登場が2014年って、日進月歩がすぎる。


さて、なぜこのTAVIだけ医療技術ネタに触れたかというと、自分の身体の大動脈解離もいずれは治療出来るようになるんじゃないかと思わせる技術だったからです。

カテーテルとステントの技術が進めば、大動脈解離で剥がれた血管の内膜も内側から押さえることが出来るようになるんじゃないか・・・なんて、簡単に考えてしまいますが、実際は難しいのでしょうか。

それでも開胸して大動脈を全置換するような手術に比べ、カテーテルとステントの組み合わせには現実味があります。

このTAVIは2013年に保険診療承認の技術ですから、あと5年、10年と待てばいつか・・・。




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May 19, 2017

カウンセリングを受けてみた その2

「カウンセリングを受けてみた その1」より、つづく。


毎日、毎日、小さく心をポキポキポキ折る生活。
そんなに大きな 「コレだ!!」 と言う不満があるワケではない。
家族と過ごすのは幸せだ。

でも、心がスッキリしない。

何とも言えないモヤモヤが溜まりだした僕は、職場のカウンセリングを受診しました。

まぁ、せっかく制度があるんでね。
使ってみようかと。


で、予約して当日。

職員用のカウンセラーさんは、外部の嘱託の方。
自分の身体のあらましと、その1で書いたような日々の「ポキポキ」についてカウンセラーさんに促されるまま話していきました。

仕事も家庭も何も関係ない人に現状を語るというのは不思議なもので、思ってもいない本音の様なモノが飛び出してきます。
自分でも、まぁまぁ驚きます。

「毎日幸せだと思っているのに、何故か超絶ネガティブ発言が出ちゃう。」辺りまで一通り吐き出し終わって、カウンセラーさんに聞かれました。

「いま、何がしたいですか?」

ここまで散々に「旅行でポキリ」「外食でポキリ」とポキポキの内容を並べたものの、じゃあやりたいことが「海外旅行に行きたい。」なのかと聞かれると、そういう話ではない。

ひとつだけ、特別なアレがしたい。
という話ではない。

じゃあ、自分はどうしたいのよ?

そう考え、考え、考えて、ひとつのそれらしい答えがありました。

「身体のことを忘れたい。」

そう。
忘れたいのです。

この見えない壁のある部屋から、出たいのです。

解放されたい。


そんなコト、普通の理屈では出来ません。
劇的に身体が改善するような、夢の魔法はありません。

医師やら、家族やら、将来設計やら、どの視点から考えてもダメです。

「ゆるゆるでも良いから、僕が細く長く生きること。」を正解とすれば、ずっと部屋に籠ってるしかありません。

でも、それじゃ、いつか発狂しちゃう。
いや、これはワリと真面目に。


何かを選べば、何かを諦めるのです。



なので、真に勝手ではありますが、とりあえず50歳まで僕が生きられたら、もう、そこで一旦良い事にしようかな。と。
当初、目標にしていた10年よりも随分と長く生きてますし、そっから先は、多少は好きなことして、好きに旅行して、好きなものを食べれば良いじゃない。

それで何かがあったら、ソレはソレ。
仕方ないじゃない。

見えない壁の部屋に籠っていたって、何かはあるかも知れないし。
部屋から出たって、何もないかも知れないし。

特別な無茶をするって話じゃないですよ?

そういう日を迎えられると思っていないと
そこまで頑張れば解放されると

何か目標がないと、心の処理が無理なんです。

言うなれば、無期懲役刑か有期刑かの違いです。

有期刑の囚人は模範囚にもなりますが、無期懲役はどうせ出られないからと自暴自棄になるらしいですよ?


なので、50歳の誕生日でリアル人生ゲームはゴールとしようかな。と。


なんていう仮目標を作って、カウンセリングを終えました。



自分の中ではストンとくる話だったのですが、あんまり良い内容の文章になりませんでしたね。

周辺への波紋が大きすぎる場合は、無かった事にします。


とりあえず、ブログで書く内容ではなかったかなぁ。


「そんなコト言ってて、いざ50になったら「50は早いなぁ。」とか言ってそう。」

「うん。言ってそう。」


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May 18, 2017

カウンセリングを受けてみた その1

家族に恵まれ、仕事に恵まれ、環境に恵まれる。
こんな恵まれた僕ですが、御存知の通り血管が壊れてます。

大動脈です。

何度目だっていう説明になりますが、血管壊れてる人間は血圧を上げたらイケマセン。

スポーツなんてもってのほか。
アルコールだめです。
食事は減塩です。
重いものも持ったらダメです。
旅行も長距離はダメです。
なんなら怒ったりするのも、ダメっちゃあダメ(まぁ、感情は仕方ないけどねぇ・・・)。

血圧を低く維持するには、要するに健康的生活が一番。
早寝早起き、三食栄養のバランス良い食事をとり、心穏やかに暮らす。

その為には、延々と同じリズムの中で、何も起こらない毎日を延々と繰り返していくこと。

今日も明日も明後日も・・・
今日も明日も明後日も・・・
今日も明日も明後日も・・・


こういう生活を過ごしていると、たとえ毎日がすごく幸せであっても、自分の周りに見えない壁があるような気がしてきます。

見えない壁と言うのは、要は自分の心のブレーキ。

アレがしたいな → あぁ、でもダメだな。
アレが食べたいな → あぁ、しょっぱそうだしダメだな。
あそこに行きたいな → あぁ、遠いな。

何かしたいな。と思った瞬間に、理性がその行動を止めます。
行動を止める、と言うか、心を折ります。

アレしたい。ポキッ。
コレ食べたい。ポキッ。

何かを考える度に、自分で自分の心を小さく小さく折る。

毎日毎日毎日、ポキポキポキポキポキポキ・・・・・。


そして、延々と繰り返された日常のルーチンが、更に自分の行動を縛っていきます。
ルーチンから外れた行動を面倒くさく感じ、ルーチンの中で処理しようとしてしまう。


ガンジガラメの中で心をポキポキポキポキポキ。

解離を起こし、こういうメンタルの状態で5年目に入りました。


正直、時々 「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」 って叫びたい気分になります。

超絶ネガティブなことを、嫁様に言ったりしてしまいます。


各方面の方に怒られるから、超絶ネガティブな具体的な内容は内緒です。
でも、まぁ生きることを雑に扱う感じの内容です。



いかんな。

イカン。


そんなワケで、職場のカウンセラーさんにカウンセリングしてもらいました。


「カウンセリングを受けてみた その2」へ、つづく

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March 29, 2017

内部障害はめんどくさい

今日は家族で都内にお出かけ。

ダイヤが乱れて、想定より電車が混んでます。

嫁様は1歳児の息子を抱っこし、僕と娘が立っている。
そんな家族に優先席を譲ってくれる、心優しい人が登場。

もちろん、その心優しき人が席を譲ってるのは、明らかに嫁様。

でも、僕の身体を心配する嫁様は僕を座らせようとする。

ちょっと戸惑うものの、僕も無茶出来ないから促されるまま座る。


幼児を抱っこする母親、父親、小学生の娘。

自分より若干年上の女性に席を譲って貰って、座るのは父親。


んー。

気まずい。

譲ってくれた人に事情を説明したくなる。


外見で分からない障害って、厄介。





その後、その席を譲ってくれた人が再度座れて、僕の隣に座ったので
「内部障害なんです。」
と伝えました。

リアクションは

「あぁ。」

みたいな、納得した感じ。


で、すよね。

あー、内部障害めんどくさい。




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November 29, 2016

盲腸は働いてます

僕は胃腸が弱いです。
心臓に人工弁が入り、大動脈が裂けてて、その上、胃腸が弱いです。

どんな風に胃腸が弱いかと言うと、数日間便秘が続き、ある日開通したと思うと、腹の中が全部無くなっていくんじゃないかと思うくらいに下す。
この繰り返し。
調子がいい時で3日サイクル、悪い時で1週間サイクル。

悪い時の開通後は、地獄な感じ。

これは、もう幼少の頃からなので、自分としては当然と言うか、これが日常。

毎日快便!
なんて、そんなヤツぁいねぇだろ。
夢の話だろ。

と、思っていたら、皆さんは案外そうらしい。

えー。
ずるいよー。
なんだよー。

とは思うものの、まぁ、体質だからと諦めてアラフォーになりました。


さて、先日の診療情報管理士の集中講義で講師が気になることを言いました。

「盲腸は以前は何もしていないと思われていたのですが、実はここに大切なリンパ節が集まっています。」

ん?
なぬ?

僕はモノゴコロ付くか付かないかの頃に腸重積で手術をし、その時に「ついでだから。」と盲腸も切除されてます。

盲腸の働きって何よ。
「ついでだから。」で切られてしまう、ただのオマケ器官じゃないの?

そこんとこ、詳しく。
と、思っても、壇上の講師の講義を止めるわけにもいかず、「大切なリンパ節」が何をしているのかが分からない。

そこで、調べてみました。

もう切っちゃった?無用と思われてた盲腸が実は大切な器官だった
盲腸の役割とは?人間にとって意味あるの?

要するに。
・実は盲腸のリンパ節は、腸内細菌(善玉菌)のバランスをとる働きをしていた。
・腸内の有益バクテリアの安全な隠れ家の役割を果たしてた。


盲腸、働いてんじゃん!!!


そうか、盲腸だったのか。(本当は体質かも分からんけども。)

えー、もう盲腸無いよー。
腸内環境を整えるって、それ僕が欲しい機能じゃーん。
オプションで付けてよ〜。


正直、盲腸がある正常な状態って頃の記憶は無い。

盲腸無しの胃腸しか知らねぇから、正常な状態が分からねぇ!!


くそー、ついで違うわ。もー。

まぁ、腸閉塞を切ってくれた医師には感謝してるけども。


医療の発達って、素晴らしいけど時に残酷。



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August 17, 2016

緊急時、いのちの情報はここにあります。

爆弾を抱えた人間じゃなくたって、いつどこで何が起こるかは分からない。
事故だけじゃなく、脳梗塞だって、心筋梗塞だって、急にくる。
いつも自分のことを分かってくれている誰かがそばに居れば良いけれど、そういうワケにもいかない。

その時、必要な情報があります。

生年月日、かかりつけ医、飲んでる薬、家族の連絡先。

僕の「いのちの情報」は、ここにあります。


iPhone を立ち上げ、パスコード入力画面へ
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パスコード入力画面の左下「緊急」をタップ

すると、エマージェンシーコールの画面へ
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エマージェンシーコールの画面の左下に「メディカルID」という赤い文字があるので、そこをタップ

それで僕の

・生年月日
・既往病歴
・かかりつけ医
・常服薬
・緊急時連絡先
・臓器移植の意思表示
・血液型
・身長
・体重

が分かります。

僕はフルコースで記載しましたが、ここに載せる情報は自分で選択することが出来ます。
内容はiphone に最初から入っている基本アプリ「ヘルスケア」に登録した内容です。

知人の皆さん、もしもの時には、よろしくお願いします。


僕はこういう身体なので、この手の予防策は何でもやっておくことにしています。

皆さんも、いつ何が起こるか分かりません。
もしもの時の為、入力してみてはいかがでしょう。


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May 31, 2016

ポンコツ極まれり

風邪をひきました。
咳が出続け、濃い痰が出ます。

先日も何かの時に書きましたが、最近、体力がゴミです。
どーにもなりません。
すぐに疲れます。

循環器が壊れ、呼吸器が冒され、足元はおぼつかず、目は結膜炎。
身体の悪い所を書き出したらキリが無いくらい。

転校生という映画のように、もしも心と身体が入れ替わることがあったら、僕の身体に入った人はまぁまぁ驚くと思うんですよ。

「何このポンコツバディ!」って。


こうして深夜に目が覚めて、ひとりネガティブな気分になっていると、絶望に染まっていた入院生活を思い出します。

アレから3年半くらいが経ちました。

もう虚無くんは出てきませんが、身体に引きずられて、かなり心が弱ってるなぁとは思います。

なんとかこの低空飛行ライフを続けるために、僕にできる体力改善策を講じなけばならないのかもしれません。




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May 15, 2016

ありがとうシマダヤ、がんばれシマダヤ

減塩生活3年。
舌はすっかり減塩舌になり、卵の黄身にさえ塩っ気を感じる今日この頃。
しょっぱいものは美味しいと感じなくなってきました。

美味しいと感じない、というか、喉がチリチリする感じが残るのです。


それでも、長年の習慣からラーメンなんかが食べたくなるなる時があります。

でもラーメンの塩分量を考えると、1杯を普通に食べたら、その日は断食するくらいの覚悟が必要。


と、思っていたら。

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流石はシマダヤさん。
減塩のラーメンを出してくれてました。

流水麺で有名なこのシマダヤさん、減塩生活の強い味方なのです。

以前も塩分ゼロのうどんとか出してくれてましたし、何かと減塩商品を出してくれてるのです。

このラーメンも、麺に含まれる塩分はゼロ!
付属のスープで4gとのコトですが、まぁ、スープ全部飲んだりはしないモンねぇ。

これなら、1食2gをクリアしてラーメン食べられるんじゃね?!


世の中の減塩商品の中には「あれ?これは似て非なるモノですよ?」と言いたくなるモノも沢山ある。

でも、シマダヤさんの減塩商品でハズれたなぁーと思うのは、今のところ無いのです。

頑張れシマダヤ。
頼むぞシマダヤ。
僕らのシマダヤ。

ビバ!
シマダヤ!


久しぶりのラーメン。

夕飯が楽しみです。


「最近、更新が途絶えてましたが、何かありましたか?」

「何かと忙しくてサボってただけでした。」

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December 07, 2015

腹減った

本日CT検査につき、昼食抜き。

この空腹感・・・・しんどい・・・。

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August 17, 2015

解離が不幸じゃなくなった時

昨日の午後、昼寝をしました。
娘と一緒に。

夏休みの午後。
すーっと涼しい風が通る場所で娘と昼寝。

しばらく寝て、起きて、まどろみの中で思いました。

幸せだ。と。

大好きで一緒に居たい人たちと不和なく暮らし、自分の心の中に特に迷いや悩みなし。

これほどの時間はないな、と。



その後で、ふと思いました。

あれ?身体の問題は? と。

解離を起こした身体は悩みじゃないのか、オマエ。と。

でも、自分の心の中を覗いてみると、どうやら身体のコトは、もう悩みではなくなったみたい。

僕の身体は、自分が努力してどうこうなる問題ではない。
なので、ただ淡々とやるべき事をやるだけ。

どうしたら良いかと、心を煩わせる問題ではなくなっていました。

もう、この解離の問題は、僕の当たり前の日常として昇華されたのだなーと。

そんな風に思いました。


ストンとそう思えた、夏の午後。

幸せでした。

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June 01, 2015

良くはないけど、今日明日どうこうって話でもなし。

先日、勝手に見た検査結果で凹んでいたknow_the_base です。

で、今日はその検査結果に基づいた診察の日でした。

医師も「いつもと同じだね。かわりないよ。」とは流石に言いませんでしたよ。



具体的な話をしてしまえば、僕の大動脈には瘤があります。
要するに、ホースの一部分が薄くなって圧に耐えられなくなっていて、そこが風船の様に膨らんだ部分のことです。

その瘤が 50mm を超えると手術の適応になってきます。

僕の瘤は現在、51mm。

「おい、じゃあもう手術じゃないか!」と、言えば、さにあらず。
手術をするリスクもあるので、簡単に50mm超えたら切るって話にはならないのです。

じゃあ、何が手術の判断基準になるかと言うと、この瘤がどれくらいのスピードで大きくなるのかが大事なワケなんです。

実際、以前に手術をした時は54mmくらいまで様子を見てました。
経過をみようって言い出してから2年くらいは様子見てました。

今回は胸を開く手術2回目、更に大動脈解離後なので、手術のリスクは高い。

なので、手術の判断はより慎重になる。


まぁ、解離を起こした時の退院説明(2013.02)だと47mmだったので、単純に考えると現在の拡張速度は年間 2mm くらいのペースなのかな。

結構早い。

前回の手術の諸々がオーバーラップしてくるんですよねぇ。

次回は10月に造影のCTを撮って、進行状況を確認するとのこと。


医師曰く 「まだそんなに心配するような状況じゃないよ。」 とのこと。




まだ・・・、ね。

ま、勝手に膨らむコトはあっても、縮むコトはないんだし。

あと1年か、長くて2年くらいで何らかの動きがあるかもね。

その覚悟はしとこうね。

くらいの話でしょうか。


あーぁ、やんなるわー。





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May 30, 2015

病院勤めの悪いところ

自分の検査結果を診察より先に見てしまうこと。

しかも、結果を読む力も無くは無いこと。

そして勝手に凹むこと。



検査は一昨日でした。

診察、月曜日なんすよねー。

さてさて。



「見なきゃ良いのに。」

「いや、気になるでしょ。だって。」

「医師より先に素人が読んだ結果ねぇ。」

「門前の小僧、習わぬ経を読むってヤツね。」

「無駄凹み。」

「ですねぇ。」



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February 02, 2015

活動範囲が広がりました。

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昨日、雛人形を出しました。
こどもが居ると、家に季節感が溢れますね。


さて、本日は定期診察の日。

退院から2年が過ぎ、とりあえず大きな変化の無い期間がしばらく続きました。

で、医師に「そろそろ少しは出来ること増えますか?」と相談したところ、久しぶりに活動限界が少し広がりました。

ちょっとした旅行くらいなら行ってもOKとのこと。

もちろん、重いモノを持たない。
歩く時間の制限。
などなどを守るのは大前提。

あと、何かあった時に病状の説明が出来る家族同伴も必須。
温泉の長風呂、繰り返し入浴なんかもダメ。

バカをやったり、はしゃぐのも禁止です。
って、コレは医師に聞くまでもないですね。


でも、まぁ、旅行も良いでしょう。だって。


やったー。

久しぶりの前進!

うれしー。


それと、今後は「何をしちゃダメ。」と言うより、「何をしたいか。」で判断しましょう。だそうだ。

もちろん無茶はしませんが、少しは人生の楽しみを取り戻せそうです。


もう、家の周辺だけの生活は飽きたよー。まじで。



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January 27, 2015

久し振りに虚無君登場

夜中に目が醒め、久し振りに眠れません。

このままだと完敗してしまいそうなので、情けないですが文章化。


自分の心の裏面、虚無と向き合ってます。
良いことがあると、必ずと言って良いほど現れるんだよな、コイツ。

流石にこの裏面君との付き合いも長くなってきたので、完全にメタメタにされるって感じではなくなってきました。

ただ、悶々と寝られず。
ただ、悶々と自分の不安と向き合う。

自分自身の裏面だから、自分自身の不安の1番痛い所を知ってる。
ソイツが、ただ延々と「◯◯だったら、どーすんだ?」と、答えようの無い質問を聞いてくる。
その鋭い質問を受け止め続けるだけ。

まぁ、具体的な質問はね。
身体ぶっ壊れてるの忘れない?って言う、いつものヤツだから。

でも、他人も読むブログに、整理して書き込む。
この作業は、虚無対策にかなり効果的。
自分の心の中だけだと巨大過ぎて手に負えないと思った敵が、みるみる小さくなる。
客観視って大事。

ブログに吐き出してしまうってのが、こんな効果があるなんて、身体を壊すまで気付きませんでした。

メンヘラなネガティヴブログにも優しくしようという話です。


あー、しんどい。

早く朝にならないかな。



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January 16, 2015

繰り返し見る夢

「昨日見た夢でさー・・・・。」

なんて話題、時々ありますが。

いつも聞きながら、すげーーーどうでも良いって思ってます。


ブログで夢の話をするようになったら終わりだと思う。のですが。

最近、本当に繰り返し見る夢の話です。



夢の中で僕は手術を受けています。

大動脈を人工血管に置き換える手術です。

夢の中なので、手術中なのに意識があります。

手術中に「あぁ今、血管を交換してるんだ。」って思ってます。

で、手術が終わってICUに入り、手術の成功を医師に告げられる。

そして、嬉しくて、泣く。

いや、解放感。かな。

とにかく泣く。


前後の色々は違うし、視点とか、覚えている部分は違うのですけど、最後に泣くのだけは間違いなく一緒。

そして目が醒めて

「あぁ、まだこの身体か・・・。」

と思って少し凹む。

そんな毎日。


夢占いをするまでもなく、願望がモロすぎ。

解離を起こした当時は

「手術になったら人生が終わる。」

と本気で思って、手術を受けないで済んだことを喜んで泣いていたクセにね。


2年経つと、こんな夢を見る。とゆー話。


まったく、人間ってヤツぁよ。



「血管を変換すると欠陥が出てくるのが、誤変換なのか正解なのか。」

「正解です。」



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December 24, 2014

Merry Christmas EVE !!

今年もクリスマスイヴを迎えました。
皆さんも大事な人と時間を過ごしていますか?

今日の夕食は、毎年恒例の家族でクリスマスディナーです。

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フランスパン、鳥モモのロースト、ポテトフライとサラダにテリーヌ。
あと、お約束のシャンメリー。

塩分的にはかなり足が出ていますが、昨日から調整しているので大丈夫。

そのあとは、もちろんクリスマスケーキ。

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フランスパンはヤマザキ製。
テリーヌは伊藤ハム製。
鳥モモやポテトは自家製。
クリスマスケーキは近場の洋菓子屋さん製。

お値段にしてしまうと何てコトのないクリスマスディナーですが、値段の問題じゃないっす。

家族が揃ってこの時間を過ごせるコトが、プライスレス。
本当に、お金で買えない価値があります。


正直、この時期は憂鬱です。
クリスマスと大動脈解離を起こした日があまりに近く、このクリスマスディナーをしているとあの日がオーバーラップしてくるのです。

クリスマスと人生最悪の日がリンクしてしまっているのです。
数日前のクリスマスに撮った写真を握りしめ、「あの日に帰りたい。」と心潰れた時を思い出してしまうのです。

トラウマなんでしょうね。

そう言えば、その前に大手術をやったのもこの時期でした。

クリスマスが僕にとっては完全に鬼門。

そのせいか、この時期になると気が重くなり、体調も何だかおかしくなります。


でも、自分の横で楽しそうにクリスマスソングを歌ってクリスマスを喜んでいる存在が、そんな僕のモヤモヤを忘れさせてくれます。

こうして嬉しい記憶を何度も塗り重ねていければ、いつかはクリスマスをまた心から祝えるようになるのでしょうか。

またこうして来年も無事に過ごしたい。

この願いが叶うことが、一番欲しいクリスマスプレゼントです。



「1年いい子にしてたらだね!」

「うーーん。それがハードルなんだよね・・・。」


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November 08, 2014

僕の身体がダメになった社会人1年目頃の話。 その2

さて、おじいちゃんの過去の話は長いもの。
大動脈瘤が見つかった頃の話、その2です。

僕の身体がダメになった社会人1年目頃の話。 その1」から続く。


さて、社会人1年目まで健康な人生を歩んできた僕は、モヤっとした胸の違和感が原因で外来にかかることにした。

気胸を疑ったので、先輩の勧めもあって呼吸器内科へ。

顔なじみの若い呼吸器の先生は、聴診器を当てながら難しい顔。
そして、こう言った。

「心雑音があるんだよね。循環器に行ってもらおうかな。」

お、おぅ。

意外な展開でしたが、この時点では特に心配もなく循環器内科へ。

循環器で診てくれたのは、循環器科長の医師。
ちなみに、地方医療を支えると自負する自院の中で、事務方でさえゴッドハンドのひとりだと思う良い先生。

そのゴッドハンドも聴診器を胸に当てると難しい顔。
そして、こう言った。

「心エコー(超音波検査)やってみようか。」

お、おぅ。

お? 心エコー?

人生上、やったコトの無い検査。
医療事務やってるから、その検査が何であるか(血流の動きが見られます)は分かってるけど、具体的にどうするかは知らない。
だって、患者さん検査中の検査室なんか入るワケない。

初めての検査にちょっとドキドキしながら初心エコー。
この後の人生で定期的にやるようになる心エコー。

次の診察、検査結果を見たゴッドハンドは、問答無用で造影CT検査の予約を入れた。

これは、もう、ただ事じゃない。
だって造影CTって、3割負担で10,000円近い検査ですよ。(←医療事務目線)

値段の問題じゃないけど「ちょっとやろうか。」で、やる様な検査じゃない。

本気のヤツだ。


で、造影CTの検査が終わった次の診察、ゴッドハンドはこう言った。

「大動脈に瘤が出来てるんだよ。それに伴って僧帽弁が逸脱して心臓の出口で逆流が起こってる。」



おぅ。

確かにゴッドハンドが指し示す僕の大動脈には、素人目にも明らかな「ボコッ」っとした白い塊がある。

「これからは運動は制限しなくてはいけない。サッカーなんてもってのほか。」





はい。


「大動脈の瘤は、5cmを超えたら手術の適応になる。君のは今、4.7cm。」

え? ギリギリじゃん・・・。

てか、手術?
心臓の手術って、ソレ・・・

「このまま変わらないなら良いけど、大きくなるなら切らなくてはいけない。だから、次からは心臓血管外科にかかって。」

はい・・・ 心臓血管外科ですか・・・。


胸モヤっと → 若手医師 → ゴッドハンド → 心エコー → 造影CT → 心臓血管外科

トントン拍子に段階を踏んで、トントン拍子に転がり落ちていく僕の、何か。


心臓血管外科と聞いた時の足元が崩れる感じは、何とも苦い思い出。
正直、症状は「そこはかとない胸の違和感」だけ。
それなのに、医師の説明は「死亡率」とかが出てしまう内容。

あれ? コレ、誰の話?
あ、そうか、自分の話か。自分の話だった。

そんな確認を要する感じ。

実際、その時発見された「胸部大動脈瘤」って病気は、ほとんど症状が無いのに突然に破裂して命を奪うため「サイレントキラー」なんて呼ばれる病気。

破裂前に発見できたのは、本当にたまたまの幸運。
僥倖といっても良いくらいのもの。

たまたま、病院で働いていた。
たまたま、胸の違和感を先輩に相談した。
たまたま、医療費無料だったから受診した。

それだけじゃなく、この職場の存在を紹介してくれた父の言葉にのって就職試験を受けたのもたまたま何となく。

たまたまの、たまたまの、たまたまの・・・、さて、偶然はいくつ重なると奇跡ですか?


裏話。
僕には落ち着いた感じて病状説明をしたゴッドハンド先生。
その後、サッカー部の先輩方に

「know_the_base 君をサッカーに誘うなんて、何考えてるんだ!」

という、とばっちり説教をしたらしい。
先輩方、僕の身体に大動脈瘤があるなんて知らんちゅうの。


ちなみにこの後、死亡率○%の手術をして、発症したら即死の可能性も十分にあった大動脈解離をやったワケですが、その辺の話は、→「手術前夜」とか、「急性大動脈解離・闘病記」、もしくは、カテゴリ「療養生活」へ。

もしも、自分がフツーに外回りの営業マンとかだったら、今頃確実にこの世には居ない。
だって、バリバリ働く営業マンが「何となくモヤっとした胸の違和感」程度で仕事を休んで病院にかかるとは思えないでしょ?

振り返ると、どこかひとつ間違えたら落ちてしまう綱渡り人生。
真面目な話、今自分がココにて、こんなコト書いてて、娘や嫁様と一緒に暮らして幸せにしていられるのは奇跡だと思う。

この環境に居たから、たまたま生きてる。
そんな儲けもん人生。

生きてるだけで丸儲け。



余談。
大動脈瘤が判明した時、絶賛遠距離恋愛中だった嫁様にもモチロンそのコトを伝えました。
当時は携帯電話の通話が同じキャリア同士だと21:00以降が無料になる料金プランを使って夜に話してたのは懐かしい思い出。

「僕の身体は、これこれこういうコトになってしまったみたい。
 おそらく心臓の手術をするし、そこで死ぬかも知れんし、生き延びたとしても障害を負うことは間違い ない。
もう、普通の身体じゃないんだ。
 こんな厄介な身体の男とワザワザ結婚する必要ないよ。」

投げやりな気分に任せて、嫁様に結婚をやめるように促しました。
でも、嫁様は取り合いませんでした。

「そんなの関係ない。」

そうハッキリ言ってくれました。
嬉しかった。

その時、嫁様は21歳(秋だったら22歳?)の女子大生。
今思い返しても、肝の座った良い女です。



「パパの文章は、最後にはノロケか!!」

「そうだよー。最高でしょ、ウチのママ。

そして、そのママを選んだ自分の眼! 素晴らしい。最高のママを選んだ自分、最高!
ひゃっほう!」

「パパ・・・・。」

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November 07, 2014

僕の身体がダメになった社会人1年目頃の話。 その1

忘れ去られたシリーズだけど、過去の思い出話をしようと思う。
今日、書いておきたいなーと思ったのは、僕の身体が大きく変わってしまった頃のこと。

このブログを始める前、社会人1年目頃の話。

僕は大学を卒業し、就職するまで、特になーんも身体に困ったことは無かった。

記憶もないほど小さな頃に腸重積をやってお腹を開いたり、幼稚園の年長の時に真珠腫性中耳炎をやって耳を手術したり、高校生の時に気胸をやって手術したり。

何だかある時にドカンと手術を伴うような大きな病気をやってはいたものの、基本は健康だった。

中学の時はサボリ魔ながらテニス部にいたし。

高校の時には自転車で毎日往復22kmの高校に通っていたし、好きな女の子と一緒に帰りたい一心で時にはソレを44kmにしたりもしていた。

極々一般的で、極々自堕落な一人暮らしの大学生活を謳歌して、僕は実家に帰って病院勤めの社会人になった。

その職場は自宅から片道50km(時間にして1時間半、往復3時間弱)、かなり僻地にある病院で、通勤には車でしか行けない陸の孤島みたいな場所だった。

何で職場の近くで一人暮らしをしなかったかと言うと、僕自身がド田舎暮らしが嫌だったのももちろんある。
でも、もっと大きな理由は、僕は大学時代から付き合っていた一歳年下の彼女(現・嫁様)の卒業を待って結婚なんてコトをする気だったから。

仙台生まれ仙台育ちの彼女をその陸の孤島に連れて行くのは、ちょっと無理だった。

仙台から遊びに来た彼女を連れて、将来自分たちが暮らすかも知れない職場近くの地域を見に行った時のことは今も忘れられない。

基本的には冷静で、好悪を顔に出したり、露骨な事を言わない彼女の顔が、職場が近くなるほどにどんどんと固く暗くなっていき、ひとこと

「ちょっと、無理。」

と言った。
あぁ、コレは無理なヤツね。 と、僕はその瞬間で説得を諦めた。

そんなワケで、僕は「ココなら、まぁ・・・。」と彼女が住めると判断してくれた自宅から、毎日50km離れた病院に通っていた。

話が逸れてしまった。

とにかく、僕は毎日長時間の通勤をして、当直とかもやって、先輩に誘われるままに病院の職員で集まったサッカーなんかにまで参加していた。


社会人になった頃、要は、健康だった。


確か、社会人1年生の秋頃だったと思う。
そこそこ環境にも慣れ、先輩とも軽口を叩けるようになっていた頃。

なんとなーく、薄ら、もやっとした胸の痛みとも言えないような違和感を感じた。
そんなモヤっと違和感が数日続き、高校生の時に気胸をやっていた僕は、また気胸にでもなったかと気になってきた。

病院の事務員ってヤツは、そりゃあ一般人と比べれば医療の知識はある。
だから、先輩に何気なくその事を話した。

当時、ウチの職場は職員の医療費無料と言う、破格の福利厚生があったので、先輩は何の気なしに

「外来かかってくれば?」

そう言った。


多分、言った本人は忘れてるかも知れない、この一言で人生変わった。

変わったというか、残った?

いや、拾った。かな?


さて、長すぎるので前後編にします。

→「僕の身体がダメになった社会人1年目頃の話。 その2」へ続く。


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October 29, 2014

減塩食品ランキング

減塩生活に入って1年半。
毎日の減塩によって味覚が敏感になり、ちょっとの塩味で十分美味しく頂けるようになりました。

ベーコンエッグはベーコンの塩味で食べる物です。
醤油なんてやりすぎです。
しょっぱ過ぎます。

内助力マックスな嫁様が作ってくれる減塩食は問題なく美味。
むしろ、彼女の料理スキルは「減塩」という制限によってワンランクレベルアップしたのではないでしょうか。
最近では塩分過多な外食がツライ。

そんなこんなで、減塩生活もあまり苦じゃなくなってきました。

ちなみに、僕の1日の塩分量は 6g。
だいたい1食 2g 計算なのですが、朝昼をだいたい 1.2g-1.8g 程度に抑えてオヤツなどもちょいちょい食べます。


さて、そんな減塩ライフを過ごす僕が勝手にオススメする

減塩食品ランキング!!!


第5位:ジャガビー (Jagabee:製造元・カルビー)




形状的にはじゃがりこに似ていますが、こちらは減塩推奨食品オヤツです。
ジャガイモを素材のまま加工したのが功を奏し、小袋タイプはひと袋あたりの塩分量が驚きの 0.1g!!
これはかなりの数字です。
しかも、どの味を選んでもそう塩分量が変わらないのも嬉しいところ。


どんどんいきます。

第4位:ポテトチップス(うす塩:製造元・カルビー)




こちらは減塩的には意外性があるポテトチップスのランクイン!!

またもやカルビー!
お世話になります!!

ひと袋85gあたりの塩分量は0.9g!!

あれ?意外に多い?
いやいや、考えてみて下さい。
ポテチひと袋を一気には食べないものです。個人的には4-5回に分けて食べるイメージ(1回0.15〜0.2g相当)です。
やはりこちらも素材の姿そのままに加工されたことが塩分の抑制に役立っているようです。

ポテトチップスは決して「減塩」なワケではありません。
でも、管理管理の生活の中での潤いとしての評価がランクインに繋がりました。

塩っぱさに飢えている時などに少量つまむと良い感じ。


減塩ひと口メモ。
基本的に素材の形をそのまま使った商品の塩分は少ない傾向にあります。
コーンンポタージュ(製造・リスカ ひと袋85gあたり1.0g)の様にそんなに塩っぱくない菓子であっても素材に塩を練りこんでしまうようです。
例えば、ポテトチップスにしてもオレゴンスタイル(チップスターやプリングルス)の様に素材を一旦潰してから加工したものの塩分量は多くなります。
実際に感じられる塩っぱさと、摂取している塩分量は決してイコールではないことがポイントです。


第3位:パスタ



急に一般名詞をぶち込んできやがったな、コノヤロウ。

他の麺類やパンなどには塩分が多く含まれる中、主食でありながら塩分0は高評価!
残念ながら「パスタのみで食べる」という食べ方が出来ないので、実際に食べる時にはソース分の塩分がポイントになります。


第3位(のオマケ):ビーフン



こちらはパスタからの派生ということで、ベトナム出身のビーフンが同じく3位扱い。

米から作られた麺は、こちらも塩分0の高評価!
パスタと同じく麺自体ではなく具材の塩分がポイントになります。

パスタほどの汎用性が無いところが残念!


第2位:ホットケーキ

減塩生活をしていても、どうしても外食する日はある。
そんな日の朝にはホットケーキ!

手軽さ、満腹感、こどもが大好き。
それでいながら塩分0だなんて、素敵。

我が家では小麦粉・卵・牛乳・ベーキングパウダー・砂糖をまぜて生地は自作しております。

訂正》
コメントで御指摘を頂きました。
ベーキングパウダーにはナトリウムが含まれていました。
一食0.7gほど塩分を摂取してました。
失礼しました。


さて、堂々の1位は!



第1位: 白米 (モチを含む)




第1位は日本人のソウルフード、白米が堂々のランクイン!!

新米だったら白いご飯でモリモリいける。
それでいて塩分0!!

白いご飯、最強! 最高!

減塩生活者だってお腹いっぱいになりたい。
そんな夢を叶えます。


さて、ランキングには入りませんでしたが、減塩生活を支える食品は他にもいろいろあります。
チョコレートやグミなんかも塩分0オヤツとしては優秀。

ここで選には漏れてしまったものの、どうしても紹介したいものを特別賞にしました。


特別賞: キッコーマン減塩醤油




世の中、減塩商品は数あれど、中には「減塩なんだからこの味で妥協しろよ。」と言わんばかりのモノもあります。

そんな中、こちらキッコーマンさんが出している減塩醤油は素晴らしい。
ほぼ、完全に風味が醤油です。
何も言われないで出されたら、僕は気付かないと思います。

この減塩醤油のデメリットは、若干割高であることと、塩分が少ないので常温ではなく冷蔵保存だと言うことくらい。
みんなが減塩醤油を使って、割安にしてくれたら良いのに。と、勝手に思ってます。

でも、あまりにフツーに醤油すぎて「調味料ってどうなのよ。」という思いから特別賞とさせて頂きました。


さて、色々と御紹介しましたが、もちろん、白いご飯が美味しいからって食べ過ぎれば太ります。
他の弊害が出てきます。

塩分だけじゃなく、過ぎたるは及ばざるが如し。
何事も程よく、丁度よくが肝心ですね。


「最初がジャガビーで最後が白米って、評価軸がブレブレじゃないですか。」

「やはり、書き出してからランキングを決めているようではダメか・・・。」

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September 24, 2014

どーこぉかぁ遠くへ、いーきたーいな。

大動脈解離発症以来、僕の行動範囲には制限があります。

どれくらいかと言うと、大体、半径50km圏内かな?

仕事とかでどこかに行く必要がある時には医師の確認をとってから。
一度行ったディズニーシーは、気候の良い時期を待って、実家の両親同伴の上、前泊し、更に場内は車椅子でした。


旅行なんか無理して行かなないなら行かないで、生きている方が大事。

まぁ、そうなんですけど。

でも、案外としんどいのね。コレ。


以前なら半年に一度は大学時代の友人たちと旅行に行っていたし。
夏と年末年始には仙台の嫁様実家に帰っていたし。

なんだかんだで遠出をしていた。

それが無い生活ってのが、じみーーーに首を絞めてくるんですよ。


無駄に高速に乗って、どっかのサービスエリアでコーヒー飲んで帰ってくるだけでも良い。
意味もなく海ほたるで360度パノラマをやるだけでも良い。

どっか行きたい。

現代人には旅行禁止が意外なストレスになるのだと、この身体になって知りました。





こっからは言い訳。

最近の暴走する物欲は、ストレス発散の代償行為のような気がする。

旅行にいけない、食事は制限、身体を動かすにも気を使う。
酒も飲めないし、カラオケで熱唱も躊躇われる。

あまり考えないようにしてるけど、結構ストレス溜まってんのかな。



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August 24, 2014

自宅警備員は自由時間中。

嫁様と娘が御実家に里帰り。
長距離移動が出来ない僕は、自宅警備員として自由時間を満喫中。

この嫁様里帰りでの自由時間も3度目。
もう「フリーダーム → ホントは淋しいの。」ってネタは良いかなと。

まぁ、嫁様と娘が居ないのは、淋しいってか、つまんないよね。



さて、その自由時間にやったコト。

PSPVitaを検討するも、店頭で面倒臭くなり撤収。
まいんちゃんの写真集を見かけるも、流石に撤収。
嫁様の車の洗車と給油。
量販店で減塩オヤツの買い込み。
自分の本棚を飾り棚にすべく(何の為かは御推察)アクリル板とアクリルカッター購入。
アクリル板の加工と棚の作成(満足度55点)。
昼寝。
アニメ尽くし。

有意義なんだか、何なんだか。

せっかくの時間だからいつもは出来ないコトをしたいなーと思いつつ、案外そんな劇的なモンは無いんだよね。


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July 03, 2014

地獄抜けました

31日夜の発熱も結構しんどかったですが、そんなのは序章に過ぎなかった。

早退した1日(火) の午後から始まった、地獄巡り。

トイレ → ベッド → トイレ → ベッド(意識消失) → トイレ →  

この無限ループ。

この無間地獄。

今は昼なの? 夜なの? 深夜なの?

食事? ナニソレオイシイノ?

そうこうしていると熱も再発。
「寝る?意識消失の間違いでしょ?」的な状況。 

トイレの壁に頭を預けての意識消失もしばしば。


いつに間にか明ける夜。

二日目に突入するも、出勤など夢のまた夢。
無間地獄ループは若干間隔が開くようになるものの、昼までに口に出来たのはウィダーひとつ。

夕方になり、もう、眠いんだか眠くないんだか分からなくなった頃、少し空腹感を感じられるようになる。
で、お茶漬けを一膳。
その後、しばしグッタリ。

そして、胃にモノを入れてしまった刺激によって軽度の無間地獄に再突入。

体力を極限まで奪われ、もう、トイレ以外の理由で動くことさえ億劫。
この頃の僕の見た目は、ドラクエ的に言うと

「まるで生きる屍のようだ。」

って感じ。


でも、そんな屍に対し 「夕飯食べられる? 何が良い?」 と玉音響くは、嫁菩薩。

菩薩様に、胃が求める 「とろろ蕎麦」を無心する。

だがしかし、「蕎麦が無いから買いに行く。」と菩薩が準備を始めると、今日に限って「蕎麦が嫌だ。」と娘のイヤイヤ攻撃発動。

イヤイヤイヤイヤ、蕎麦イヤー!!


・・・。

うるさいなぁ、もう。

「今日だけは君の好き嫌いなぞ、知ったことではナイノダヨ。」

自分の胃腸とギリギリの攻防中のパパ、この時ばかりは一切の余裕なし。
蜘蛛の糸を登る亡者を蹴り落としたカンダタよろしく、とろろ蕎麦の糸を切ろうとする娘を容赦なく蹴落とす。


そんなやりとりをヨソに、菩薩様によって夕食にリクエスト通りの「とろろ蕎麦」が出てくる有り難さ。

ありがたや、ありがたや。なむなむ。


そして、「美味しいね!」と言いながら蕎麦を食べる娘。

・・・・。

まぁ、良し。
お前も登れよ、糸。


モノが食べられるようになると、やはり回復が違う。

その夜は2回しかトイレに起きず、一応の就寝。


そして本日の朝。

今日は、仕事的に絶対出勤な日。

正直、フツーだったらお休みにしたい体調だったものの、無理くり出勤してみると案外大丈夫でした。
やはり職場の緊張感というか、何かに集中している時は胃腸のことを忘れられるというか。

大人治療法としては、強引にでも通常運行に戻してしまう技もある。とゆー話。

結果、帰宅時には大体フツーに戻ってましたし、夕飯も軽めにですが食べられました。
これで週末の結婚式には万全の体調で参加できそうです。



さて、今回の感染性腸炎で良かったこと。

この3日間、ほぼ絶食状態。
結果、超減塩になったワケです。
なので、結婚式の御馳走がソコソコ食べられる!

ちなみに、体重は2.5kg減。

胃腸炎で苦しんでいる間は、頭の中が「オナカ痛い。苦しい。とにかくツライ。」一色になったので、例の虚無も出てくる余地なし。
3日間、虚無を追放した結果、今回の虚無君は撃退したもよう。


転んでもタダでは起きないぜ。

イエス! ポジティブ!



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June 29, 2014

虚無再び

病んでるアピールみたいで嫌だけど、まぁ自分の日記(blog)だし、記録も大事。

アラフォー男のメンヘラアピールなんて、どうすりゃ良いのか、僕にもわからん。

でも、この身体を抱えて、笑って暮らすだけなんて出来ないし、多少の病みは許して下さい。



先日のCT検査以来、正直、ぐっすり寝られない。
一歩、いつもより良くない結果が出ただけなのだけど、その一歩は平地に居るのと崖っぷちに立ってるので意味が違う。

心のイメージでは、一歩下がって踵が当たった石が転がって、後ろの崖から落ちていく、その落ちてった石を見て、崖の深さを実感する。

西部劇的にベタな追い詰めらた人のイメージ。


いつもいつも良くないコトを考えるとかではないのだけど、どうも気持ちが晴れない。

眠りが浅くて、夜中の変な時間に起きてしまう。
一旦起きると、寝られない。変なコトを考える。

で、夜に寝ない分、昼間は猛烈な眠気と戦うことになる。

昼寝をしてしまい、夜に更に寝られなくなる悪循環。

遂には生涯の友・虚無君登場。

しかも、何度となく撃退して、で、それでも戻ってリターンズとなった虚無君は、戻って来るたびに強くなる。
こりゃあ最終的には無理ゲー必至。

映画じゃないんだから、「今度の虚無は、100体だ!」とか、そんな盛り上がり求めてませんから。

まぁ、最終的ってコトを考えれば、勝てる戦いのワケないんだけど。

クライマックスは主人公が大きくなり過ぎた虚無と一緒に自爆して、エンディングに幼いこどもが遺品を引き継ぐパターンであることは知ってるんだけれども。

まだ、ちょっと早いかなー。



いや、本当、ココにこのコトを書くのって、虚無氏の存在を自分の中で軽くする為ってのがある。

自分一人で向き合ってるとドツボにハマるけど、「いやー、虚無出ちゃってさ。」と書き込むコトで、逃げ道が出来る感じ?

皆にメンヘラアピールして申し訳ないし、格好悪いけど、取り扱い注意の人がラベルなしで居るよりはマシだと理解して欲しい。


まぁ、崖から落ちるにはまだ早いので、本人の落ち込みに対して、「あれ?まだ元気じゃん。」と皆さんが思う期間は長いと思います。

あと2年!

って、本人が言われると「2年?短っ!」と感じるけど、ハタから見てれば「アイツ、死ぬーとか騒いでたけど、なんだかずっと元気じゃん!」になる。

年単位の話ってのは、本人と他人じゃ感じ方が全然違いますからね。



あーあ、ぐっすり寝たい。


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June 19, 2014

足元緩い下り坂。加速度に御注意下さい。

今日は10ヶ月ぶりのCT検査。
定期的に血管の状態を見てるんです。

まぁ、自分の働いてる病院で受診するってコトは、自分のカルテが見れちゃうってコトなんですよ。

読影結果を読めるってコトなんですよ。

入院中は端末に触れないから、単純に患者でいられた。
ソレはソレでイライラもした。

けど、今は結果も、それが示す意味を調べる方法も、全部手の届くところにあるんだもんね。


ね。
良くないね。


小さな変化なんですよ。
数値にして、1mm。

この結果で、今日明日どうこうって話じゃないけどさ。
足元はゆるーい下り坂だったってコトを、ハッキリと思い出すには充分だったと言う話。

こんな小さな変化が、こんなに重くのしかかってくるとはなー。

まだ医者の見解を聞いてないのに、勝手に結果見て、勝手に落ち込んでるんだから世話が無い。


このまま何でもない日常がずーっと続いてくれるだけで良いのになぁ。

そんなに贅沢な望みかなぁ?


と、まぁ、流石に今日は気持ちが落ちております。


でも、一方で、こどもが居ると言うのは素敵なコトだと再認識。

どんなに気持ちが落ちていたとしても、そんなことお構いなしに世話を焼かせるし、面白いし、可愛い存在が、無理矢理に笑わせてくれる。
この有り難さ。

家族の存在にメリット・デメリットなんか、考えるまでも無いです。


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March 25, 2014

やっぱり、この身体はキライ。

4歳の娘を背負うコトに躊躇いを感じるこの身体がキライ。


最近は穏やかに暮らしていて、虚無なんて名付けた心の闇の出現率も低下中。
でも、やっぱり心の底から自分の身体に嫌気が差すと言うか、バクバクと虚無に心を喰い散らかされる瞬間はあるんですよね。


今日は有給消化の休日。

嫁様は出勤してしまい、パパと娘っちは1日一緒に過ごしました。

紙粘土で遊んだり。
お昼を作ったり。
お昼を食べたり。
プリキュアの映画を観たり。

公園に行ったり。

ポカポカと暖かい昼下がりに、娘と2人でのんびり公園デート。
これ以上ない幸福イベント。

ベンチで少しトロトロしてしまったパパの一瞬のスキを突いて、娘っちが水栓で手を洗う。

当然、濡れる。

靴が濡れる。

気持ち悪いから、脱ぐ。

靴を脱ぐ。

靴下も脱ぐ。

裸足になる。


さて、どうやって帰る?

パパと娘。
近所の公園から裸足の娘を家に連れ帰る方法。
フツーなら、抱っこなり、オンブなり、肩車なり。
どうとでもなる。

でも、このパパはフツーじゃないポンコツ。

血管ボロボロ、血圧上げると一撃死の可能性があるので重いものを持ってはダメな人。

牛乳の入った買い物袋を持つのはヤメろと医者に言われる身体。
成長著しく娘は最近、15kgを超えました。

さて、どうする?



まぁ、結局はオンブで帰ったんですけどね。


ただ4歳の娘を背負う、と、言う事に迷う身体。

その判断を下す前の自分の迷い。


伝わるかな、この情けない自分感。


コレは仕方のないこと。
迷って当たり前だし、むしろ、そうすべきではなかったかも知れない。

嫌がる娘に濡れた靴を履かせるのが正解だったのかな、なんて、今になって思うんですけど。

そんなこたぁ、分かってるんですけど。

でも、仕方のないコトだから凹まないなんてコトもない。


穏やかで、平和な日々だからこそ、こんな小さな躓きに凹みもする。

こんな小さなイベントに、自分の身体の現実を突き付けられる。

やっぱり、この身体はキライだ。






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January 28, 2014

世界遺産が好きな、最近の自分

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最近、「世界遺産」が面白い。
皆さん御存知かとは思いますが、深津絵里さんのナレーションで世界遺産を紹介していくTBSで放送中の紀行番組です。

断崖絶壁や瀑布、果てしなく広がる干潟、光るアリ塚。
信じられないような自然遺産の光景。

アジアの喧騒、アフリカの自然、ヨーロッパの文明。
ちょっと感覚のズレた面白い文化遺産。

30分で地球を巡るTV旅行。

前はあまり見る番組じゃなかったのに、最近は深夜の再放送と通常のオンエアの週2回の放送をHDに溜まらない程度には見てしまう。
今か今かと毎週楽しみにしているって感じでもないのですが、予約録画にしておいて時々眺めるには凄く丁度いいのです。

この指向に家族も巻き添えをくって
娘っちが番組冒頭で「そにー、ぷれぜんつ。」というタイミングは既にバッチリ。




と、まぁ、何でこんな話をするかと言えば。

最近、一年経ったなーと、しみじみ思うワケすよ。
変わったコト、変わらないコト、色々あったなーと。
中には変わると思ったら変わらなかったコト、なーんてのもあるワケですが。

で、この「世界遺産」は、変わったもののひとつ。
この嗜好の変化は、やっぱり身体に制限かかったのがデカイかと。

「行く気になれば、基本どこでも行ける。」と思っている時と
「行きたいけど、ココはもう無理だな。」と思っている時はやはり違うということでしょうか。
やっぱり身体の問題とは切り離せないんですかねぇ。


いやいや、そんな合ってるのかどうかもワカラン自己分析よりは、単純に嗜好の高齢化が進んでいるってダケの話かも知れません。

でも、番組を見て「こんなトコ、もう行けないな。」という思いがチラリと頭をかすめるのも事実。
むー。
後ろ向きなんだか、前向きなんだか。


そんな最近の自分を真面目に分析するなら、凪。かな。
無風。
心は穏やかだけど、どこにも進んでいない。
そんな感じ。

一年前には沈没寸前だったのだから、応急処置で沈まずに浮かんでいられる幸せを噛み締めておけってトコです。


最近はディアブロばっかやってから凪なんだって話?


世界遺産とは言わないけど、せめて国内の温泉旅行くらいは気兼ねせずに行けるようにならないかなぁ。とは思いますけどねー。



「去年、あと10年宣言してたってコトは、あと9年ですなー。」

「君との付き合いが、あと9年なのかもよ。虚無君。」



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December 17, 2013

ソレはパラダイスのような、試練のような。

もうすぐ年末年始ですね。
今年も、もう終わりそうです。

去年のアレがあってから、もうすぐ一年。

一年経ちますね。

最近の体調は順調に好調で、なんだか発症前の自分に戻れたような気もするのですが、すぐに調子にのるのが僕の悪い癖。
そして、毎月、外来を受診するたびに、「まだ、なーーんも治ってなんかない。」現実を知るのです。
そして、体調は悪くなくとも、確実に血圧に反映される冬の寒さを感じると、背筋にゾクリとするモノを感じるのです。

なーんて、ね。

もう、僕はもう、何事もない日常さえ過ごせれば、それで良いのです。



さて、そんな身体の僕は、まだまだ長距離移動不可。

とゆーわけで、夏に引き続き、この年末年始の嫁様の里帰り期間には「ぼっち」期間があります。

なんと、数日間フルで自由時間と言う、夢のパラダイスタイム。

一日中、映画を大音量で見てよし。
一日中、ゲームし続けてよし。
一日中、寝続けてもよし。

でも、塩分制限と外出は控えましょうね。

とゆー。

何でも出来るような、何にも出来ないような微妙なるパラダイス。
夏の時は、一日一本の新作レンタル鑑賞とゆー、何とも地味極まる過ごし方をしてしまったワケです。

何事も慣れてないって、哀しいね。

大学時代には独り暮らしでソレはソレと楽しく過ごせていたのに、それから10数年。
なんじゃこの体たらくは。

しかも、夏の時は日中仕事の夜のみパラダイスだったものの、今度の年末は丸4日!!

むむむむ・・・、一歩も家を出ず、誰とも会話しない自分が見えるようだ・・・。

真面目に何か計画しないと・・・。




「時間を有意義に? 読書でしょ。読書。」

「その為に kindle 買わないとなー。サンタ氏、持ってこないかなー。」

「何でだよ!! てか、サンタ氏を何だと思ってんだよ!!」

「欲望具現化装置?」

「全世界のクリスチャンに謝れ。」



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October 20, 2013

心に響いた言葉

思考に気をつけなさい
それはいつか言葉になるから

言葉に気をつけなさい
それはいつか行動になるから

行動に気をつけなさい
それはいつか習慣になるから

習慣に気をつけなさい
それはいつか性格になるから

性格に気をつけなさい
それはいつか運命になるから

by マザー・テレサ



言葉には力がある。
言葉にすると、それが実現する。
日本ではそれを「言霊」という。

言霊をマザー・テレサが知っていたとは思わないけど。

言葉にするとそうなってしまう。
いや、言葉以前に、考えることが運命を決める。
それは世界のどこであっても真理だから、きっと辿り着くべき人は、そこへ辿り着くんだろう。


ゆるやかな虚無と言うか、自分の最近の思考が良くない方を向いている。

ソレは自分で分かってて。
危うく言葉にしそうになっていた。

いや、言葉にしてしまってたこともあった。
でも、もう言葉にするのは止めようと思う。

それ以前に、考えることさえ止めようと思う。可能な限りだけど。

忘れようと思って、嫌なコトを忘れるコトが出来れば苦労はない。
それでも忘れられるだけ忘れようと思う。

良いトコを考え、良いコトを言葉にしようと思う。可能な限りだけど。



画像1

やっぱり、このたなくじは神懸ってる。



え?

何だかんだで、80まで生きますけど、何か?


そんなことをしれっと言ってるくらいが良い。



「俺はいつかビッグになるからよぅ!!」

「残念ながら、言葉には思考と行動が伴ってないと運命にはならないっす。」



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October 14, 2013

鬱とは言わないけど、落ちてるのは否定しない。

10日に声優の壇臣幸(だん・ともゆき)さんが御自宅で亡くなりました
青年座の俳優さんで、声優では映画「バットマンシリーズ」のクリスチャン・ベールの声とか、機動戦士Vガンダムのクロノクル・アシャー、NARUTO の干柿鬼鮫とかが代表作でしょうか。
50歳。
再発性急性大動脈解離だそうです。
数日前に会った人は、いつもと変わらない壇さんに会っていて、突然の訃報に驚きを隠せないでいるそうです。

御冥福をお祈りします。





一方で、このニュースに触れて僕の気持ちが落ちるのは、仕方の無いこと。
御本人に全く関わりの無い個人的なものなんですけどね。

再発性大動脈解離。
50歳。
御自宅。

この3つのキーワードが心に刺さって、抜けない。

すごく身につまされると言うか、現実は厳しいな。と。
このニュースに触れてから、色々と考えてしまいます。

まぁ、何を考えてるかは、御推察下さい。

考えても仕方ないコトなんですけどね。
分かってるんですが。


0655 今日のたなくじ
画像1


どんピシャかっ!!!


このたなくじ、この記事を書き終わるか終わらないかのタイミングで始まったんです。
で、僕は面倒でスルーしようとしたのに、娘が「たなくじ、たなくじー!」と騒ぐので撮ったんです。
で、この結果。

なんだ、この展開。

神なのか、娘っち。



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September 02, 2013

そこまで鈍るのか!!

重いものが持てなかったり。
酒が飲めなかったり。
そんな身体になって早8ヶ月。

「いのちだいじに。」の指令の下、とにかく運動をせず、少し疲れたら休憩の日々。
そんなこんなで早8ヶ月。

まぁ、硬くなりますわな、筋。
まぁ、細くなりますわな、腕。
まぁ、鈍りますわな、身体。

いくらなんでも流石にヤバイ。
この衰えっぷりはナイ。

そんな危機感は募りつつ、でも、出来ることには限界がある。


そこで僕が選んだのは、テレビ体操。


そう、NHKでやってる、アレ。
アレをね、毎日やろうかと思ったんです。

10分間のてぃーびープログラムっすよ。

せめてもの、ってトコですよ。


で、やってみて数日・・・。


アレ?
何?
この四肢に残る疲労感は?

アレ?
何?
この内モモのハリは?
筋肉痛?

まさかね・・・ラジオ体操で?
体育の時間の準備運動ですよ?


そこまで鈍るのか、身体って。

おそるべし、35歳のアラフォーバディ。



嫁様 「とりあえずラジオ体操(5分)だけにすれば?」

僕  「う・・・、うん。 そうするよ・・・。」


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July 20, 2013

酒が無いという暮らし。

いやーーー、そう言えば。

こないだ、僕は酒が飲めない身体になりまして。

まぁ、酒だけじゃなく、塩分制限とか、移動制限とか、納豆制限とか、他にも色々と制限はあるんですが。

減塩食は慣れると美味しかったりしますし。
長距離はあと一二年我慢すれば、多少は制限も緩和される(かも)知れませんし。
納豆は、まぁ、納豆ですし。

何とか自分を誤魔化すことも出来るのです、が。


正直、酒はキツイすね。


いや、僕は「毎晩飲む」とか、そういうんじゃなかったですけど。

やっぱ、好きでしたからねぇ。酒。

酒は、酒自体も好きでしたけど、飲んでる時間・空間が好きだったんですよね。

独りで飲む時の、解放感とか。
友達と飲む時の、何でもアリな感じとか。
沢山でワイワイも楽しかった。

ツマミとか用意して悦に入ったりとか。
自己満足的に良い酒を調達してみたりとか。
酒に関わる色々が楽しかった。

深酒して、後悔することもあったけど、アレはアレでいつも理性がかけてるストッパーが外れる感じが、時には必要な時もあった。

まぁ、それがもう無いと言うのは、やっぱり。ね。

半年前まで生きるの死ぬのと言っていて。
何とかあと10年は生きようか。とか、思ってて。
まだ安定したと言う状況でもないくせに。

「別に良いかぁ。」と、思うようにはしているものの。

ふと。

ビールのCMを見て、夏だなー。とか。
美味そうに飲むなー。とか。

やっぱ思っちゃいますね。

無ければ死んじゃうってモンでもないし、むしろ身体には良いのかも知れないですが。
生きてる方が圧倒的に大事なんですが。
やっぱ、こういう感情は「寂しい。」って言うんでしょうね。

寂しいは、寂しいな。と。


まぁ、まだ発症して半年ほどで。
医者からは「まだ入院の延長に居ると思ってね。」とクギを刺される状況で。
何となく日常っぽく過ごしてるだけの日々なのに。

戻ってみた日常があまりに前と同じみたいな日常だから、なんか、たまに前の生活に手が届くような錯覚を感じちゃうんですよね。
そんなの、無理なんですけど。

錯覚なんですけど。


あーぁ、つまんねー身体だな。おい。


「今日はどうしました?」

「ん? んー、他が満ち足りてるからって、他で代替えの効かないものってあるよなー。と思ってさ。」

「ぐびりと一杯どうすか。バレやしやせんて。」

「久々に出てきてウルサイ。虚無。」


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March 31, 2013

療養生活の終わり。

明日から、また働きます。


さて、このネタは「4月から社会復帰します。」と内容がカブってるので、短めに。

4月からの復帰。
節目としては丁度良い時期。
仕事も変わる気配が濃厚ですし、以前とは身体も違う。
またゼロから、心機一転していこうと思います。

今は、夏休みの終わりのような、新人のような気分。
出勤時間とか確認したくなる感じ。
寝過ごしたらどうしよう・・・。

まぁ、気張りすぎずに頑張ります。


皆さん、御心配をおかけました。
支えてくれて、力をくれて、ありがとうございました。
一応、社会生活に戻るまでに回復しました。

ばんざーい。



「仕事に戻れて嬉しい? でも、半年もすればまたグチってるんですよね?」

「そりゃあ、そうさ。だって、人間だもの。」


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March 28, 2013

4月から社会復帰します。

本日、外来受診して決定しました。
4月から仕事に復帰します。

既定路線だったとは言え、少しホッとしました。
ひと段落って感じです。

丸三ヶ月。
長かったような、短かったような。
まぁ、復帰と言っても身体が治ったワケではないので、少しずつ慣らして無理せず頑張りたいと思います。


ただ、職場は人事移動の真っ最中なので、4月から自分が何をするのか知らないんですよねー。
何だろ、この微妙な立ち位置。



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March 23, 2013

11周年

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食料品の買い出しをして、昼食に念願の寿司を食べ、娘っちと一緒に嫁様に髪を切って貰い、記念写真を撮り、家で夕飯を食べる。
そんな結婚記念日。

今日で結婚11年となりました。
「紙」「藁」「革」「花(絹・書籍)」「木」「鉄」「銅」「青銅・ゴム・電気器具」「陶器」「錫」ときて、今年は「鋼鉄」婚式。
「鋼鉄」かぁ、11年目だし新しい包丁とかを買うのかな?

さて、この定番書き出しも8回目。
そろそろ書くことも無くなったか。
と、思いきや、今年は今までとはまた違った気持ちでこの記念日を迎えています。

去年末に人生変わるレベルのナカナカ大変な病気を患い、現在進行中の療養生活もほぼ3ヵ月。
この3ヵ月は、大変なコトや心折れるコトも沢山あったけど、だからこそ家族の居る嬉しさや幸せを噛みしめ、感謝する気持ちの深まった3ヵ月でもありました。

3歳になって、すっかりおしゃまになった娘の存在は、僕に生きる意味を与えてくれました。
そして、今でも「パパ、病気治ると良いね。」とストレートな気持ちでパパを心配してくれる度に、抱きしめたくなり、抱きしめています。
今は一緒に居る時間が通常運行時に比べてあまりに長いから、ちょっと厳しくなってしまう時もあるけど、こんなにゆっくり毎日一緒に居られるなんて今後ないと思うと、この嫌な療養生活も悪くないと思って過ごせます。

娘の成長を見ていたい。
そんな当たり前が、僕の生きる動力だとつくづく感じています。


嫁様は、もう、言葉では表現できません。
ただ、感謝。

入院生活の全てを支えてくれ、僕の折れた心を支えてくれ、壊れた身体の僕と前と変わらず、前以上に支えてくれる。

彼女の中にある、しなやかな強さにどれほど救われたか。
今、僕がこうして暮らしていけるのは、全て彼女のおかげです。

病状説明の後で、すぐに前を向いてくれたこと。
グズグズな身体の代わりに動いてくれること。
美味しい減塩料理を毎日研究してくれること。(嫁様の減塩食は本当に美味しい!)
何気ないけど、その時に僕が本当に欲しい言葉をくれること。
自然体で、当たり前のように僕の隣に居てくれること。

そのひとつ1つに惚れ直しています。

ノロケと言われても良い。
身内を褒めるのも、恥ずかしくない。

心底、僕には勿体ないほどの妻です。
いつも、本当にありがとう。


この療養中、時間があるのを良いことに少しずつ家の中を片付けたりしています。
その中で、結婚式で互いに贈った聖書に書かれたメッセージを見つけました。

「良いことも悪いことも分かちあい、共に生きていけたらと思います。」

これは、嫁様から僕に贈られたメッセージの一節です。

そのやさしい文章は、結婚のメッセージとして奇抜なモノではありません。
でも、そのメッセージ通りに暮らすのは決して簡単なことではありません。

ここまで11年目の結婚記念日に抱えた気持ちを伝えようと、言葉を尽くしてみたけれど、僕の気持ちが表現しきれたとも思えません。


ただ、これからも貴女のメッセージ通りに、全て分かちあいながら共にずっと一緒に笑ってすごしましょう。

ありがとう。



2002.3.23 〜 2013.3.23



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March 14, 2013

今日は良い日でした。

本日、外来受診日。
CT検査の結果、「血管に変化なし」とのコト。
しかも、血管に問題無かった上、腫れていた胆嚢の状態も良くなったらしく、飲む薬の種類が少し減りました。
たまには良い外来もあるモンです。

体力の復調もあって、仕事への復帰は4月からの予定。
人事異動の関係もあって、4月からの僕の仕事が何なのかは現在不明。

検査の度、外来の度、いちいち気持ちがユラユラするのも面倒ではありますが、人間だもの仕方ない。

何も無かったら、喜び。
何か有ったら、耐える。
その覚悟で、今を楽しむ。

僕に出来るコトはソレだけなんですが、なかなか吹っ切れないモンです。

まぁ、ソレが実践出来たら、本当にある種の「悟り」ですからね。
まだまだ若輩者には荷が重い。

とにかく、今日は良い日でした。
よきかな。



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March 13, 2013

明日は外来受診日だなー、と。

明日は外来予約日。

退院後一ヶ月。
初のCT検査があります。

何にも無いと良いなー、と。
何を言われるのかなー、と。
職場だから慣れてしまってたけど、病院って本来は行きたい場所じゃないなー、と。
あと二週間で復帰出来るのかなー、と。

何をどう考えても、どうにも気が重い。


とにかく、「何も変化なし。」であると願うのみ。

しかし、ホントに面倒な身体になったもんだ。


いちいち揺らがない心が欲しい。
精神修行しかないか?


「まず、滝行から。」

「血管的に本末転倒な心意気だから。ソレ。」


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March 10, 2013

モヤモヤした療養の日々。

退院して24日。

療養生活は一応、安定傾向?
体力面は随分回復し、時として入院前の身体に戻ったかの錯覚を感じるコトもあります。

しかし、ソレが良いコトなのか、どうなのか。

むしろ、解離以前は動きすぎたし、頑張りすぎた。
それがこの結果と因果があったのかなかったのかは不明。
でも、以前と同じように「平気、平気。」と動いてしまえば、元の木阿弥になりかねない。

血管のダメージは目に見えないってのが、厄介だとつくづく感じる。

自分や周囲から見た一見フツーな外側と、実際はグズグズな中身の認識ズレが今後の課題になるんでしょう。

自分でも把握しきれない自分の身体のコトを、周囲にどう理解して貰うか。
常に周囲にアピールするにしても、過剰になれば鬱陶しい。
その程良い距離感を保ちつつ、どう自分を律し続けるか。

難しいなぁ。

実際、病状を分かってくれてる家庭内に居ても難しさを感じるくらい。

もじもじダラダラしてれば、「シャキっとして、何かしようよ。」と言われる。
でも、片付けなどを始めて調子が出てきて頑張ろうとすると「座ってて。」と言われる。

自分自身に「どうせいっちゅうねん。」と、言いたくもなる。

これが仕事の復帰となったら、んー。不安だ。

それでも何とかやらねばならぬ。
働かねば、食ってゆけぬ。


で、そうかと思えば、背腰部の違和感を感じてドキリとする。

常にフワフワした不安でソワソワする。そんな感じです。



精神面は、どうなんでしょ。
本人的にはフツーのような気がするんですが・・・。

でも、映画を観る気にならないのはナゼなのか。

あと、ちょっと娘の躾とかが、以前に比べて厳しいと自分でも感じる時がある。

コレは嫁様曰く「以前なら、こんなにずっと一緒に居るコトがなかったからだと思うよ。」とのこと。
確かに、ソレもあるかと思うけど、ソレだけでもない気がする。
焦りや不安、ストレスを娘にぶつけてるなんてコトは・・・、無いと思うんですけどね・・・。

精神面に関しては、自己評価が難しいトコです。

むむ、コレも懸案事項かなぁ。


なんだか日常のすべてがモヤモヤした感じ。
そして、このモヤモヤした文章。

でも、ま、日記(ブログ)らしいと言えば、日記らしいのでしょうか。


まぁ、そんな毎日を過ごしています。と、言う話。



「こんなまとまった時間、何か有意義なコトをしてはどうですか?」

「そんなの、療養休暇に求められてもねぇ・・・。」



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March 05, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その7 退院

この長かった闘病記も、これにて一旦区切りがつきます。

「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。

とは言っても
2013.2.1 〜2013.2.14
この期間、病状と治療に関して言えば、正直、何もありません。
ただ、本人と家族が病状を知った。と、言うだけです。

やっているコトは、それまでと同じように安静にしつつ徐々に安静度を上げていき、10分程度の歩行と入浴が出来るようにしただけ。

実際、退院とは言っても、身体が治ったには程遠い。
病院で上げるコトが出来る安静度がソコまでで、出来る治療が無いから退院と言うだけの話。
そこからは長い家庭生活の中で、何か月や何年といった長いスパンで徐々に安静度と言うか、行動範囲を上げていく作業になるワケです。

だから
「予定日まで何も無ければ。」
と、宣言された退院予定は、そのまま決定に変わりました。

まぁ、悪く言ってしまえば、無期懲役囚の仮出所。
いつまでも治らない病を抱えるってのは、いつまでも入院の延長に居るのと同じだとつくづく思います。

それでも、やっぱり家は良い。
不安定だった気持ちが、少しずつ、でも、着実に安定してくるのを感じています。


これにて「急性大動脈解離・闘病記」は一旦終了となります。
拙い文章を長々と読んで頂いた方、それだけで嬉しいです。ありがとうございます。

記録としてちゃんと残せて満足しています。
自己満足で良いんです。ブログなんだから。

今後はまた以前のようなアホ記事を混ぜながら、「ソレはソレ。コレはコレ。」としゃあしゃあと書いていけたらと思います。
今後とも御愛顧下さい。




以下は、後日談。
退院後20日近くが過ぎて、精神面だけでなく、体力・体調面も随分と落ち着いてきました。

日々の暮らしの中で、荷物を運ぶ時、家具を組み立てる時、何をするにしても嫁様や両親の力に頼りっぱなしで情けないと思いながら
娘と遊ぶ時には、娘にも「パパは病気だから。」と気を使わせながら
掃除や流しの片づけなど、今の僕が出来るコトで体力を着けながら
何とか、家の中の暮らしは出来るようになりつつあります。

でも、もう、自分ひとりで生きられる身体ではないので、今は他の人への甘え方を勉強中といった所でしょうか。


病状としては、外来受診上は変化なし。
ただ、本当に何にも無いワケでもなし。

手術や大きな怪我をした事がある人なら分かると思いますが、傷の痛みと言うのは時間の経過によって感じなくなっていきます。
でも、何かのキッカケで疼いたり、痛んだりする。
僕の血管も同じです。
ふとした時に、痛んでみせたり、疼いてみせて、自己主張する。

しかも元々、側弯症だったり、腰痛持ちだったりして、背部・腰など体幹には何かと痛みや違和感がある。

その度に、ビクビクしたり、気持ちを落としてみたり。
結局は何でもなくて立ち直ったり。
そんなコトを繰り返しながら暮らしてます。



もう、平均寿命まで生きようとか、そんな大望はないです。

平均寿命、男性は約80歳ですから。
そんな長持ちする身体じゃないです。

でも、まだまだ死にたくないです。
全っ然。サラサラないです。
本気で絶望してた頃に考えてた「遺言」とか、もう最近は考えてもいないです。

騙しダマシでも良い。
のらりくらりでも良い。
何でも良い。

とりあえず、10年。
10年、何とかしてみようか。

34歳であと10年を望んでも罰は当たらんだろ。

10年あれば、家のローンも結構返してるハズ。
娘も中学生だし、ちゃんと記憶にも残れるハズ。
10年あれば、後悔を今よりは減らせるハズ。

その次は、その次考えようか。

とりあえず10年、死ぬ気で生きる。

これが当面の目標。


最終目標は、「パパの病気は、私が治してあげるの。」と言ってる娘が本当に治してくれるコトかな?




「長かったですね。」

「そうですね。コレで他の書きたかったネタが書けます。」

「ビブリア古書堂とかも読んでますもんね。レビュー書きたいんでしょ?」

「頭と指先は元気で身体はダメって、何とも誤解を生むブログになりそうですなぁ。」



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March 04, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その6 病状説明

病状説明の日。
この日のコトを思い出し、書く。
この作業は、何とも言えない苦さがあります。
どう書こうか。その前後の記事も多い部分なので、いっそ書かないか。
悩みましたが、書けることを書ける範囲で残しておこうと思います。

今回の内容は、皆さんへより、自分自身への戒めって意味合いが強いです。


では、「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。

2013.2.1 木曜日
この日は、数日前に撮った造影CTを基に、担当医師から詳しい病状説明がされる約束になっていました。

約束は17:00。
医師の外来診察が終わった後ということで、遅めの時間設定。
まぁ、後ろが詰まってない分、ゆっくり時間をかけられるってコトなんでしょう。
もちろん家族同席可だったので、嫁様と父上に同席を頼みました。

その日までは、部分部分で説明を受けていたものの、総合的な病状説明というのはこれが初めて。
発症当日にCT画像で説明を受けたのは嫁様と父上のみだったので、僕はまだこの時まで自分のCT画像すら見たことがない。
僕自身としては、なんとなく事実を遠くに置かれているような、そんなもどかしさを感じていました。

今思えば、その日の前までは軽い躁鬱と言うか、病状を軽く見積もりたい自分はちょっと無理矢理に楽観的になろうとしてた気がします。

診察の前に医師への質問を羅列したリストを作ったり、更にはそれをブログに載せてみたり(「医師への質問リスト」)。
しかも、リストの内容からして、楽観の自分は「血圧などで多少制約が増えるけど、基本的には今までの生活に戻れる。」と信じてることが分かる。
一方で、冷静な自分がその楽観にブレーキをかけている。

今思えば、その軋みで心のバランスがガタガタになってた。
だから、冷静な自分だけになってしまう夜中に、昼間の楽観の反動で悲観の極みである虚無と対峙するコトになってた。
そんなトコでしょうか。

看護師から外来が押しているので、時間を遅らせたいと連絡があり、診察はズレにズレて18:30開始。
(一応、この展開を医療事務の僕は予想してまいた。)
本当なら診察後に冷えたのを食べる予定だった夕食をたべてしまい、診察を待つ。

18:30過ぎ。
遂に診察の呼び出し。
質問リストを握りしめて、病棟の中にある面談室へと向かう。

面談室には、担当医師と研修医が並んで座って待っていました。
壁付けになった4人掛けのテーブルで、壁に大きなディスプレイ。
奥の壁側、担当医師の前には僕が座り、その左手、研修医の前が嫁様。
父上にはテーブルから離れた予備の椅子に座って貰いました。

担当医師は、どこから切り出すか考えるようにディスプレイの中の僕のカルテを動かし、最新の造影CTの画像説明を始めました。

「ここが、心臓。で、大動脈は一度上に向かって、ここが弓部、そして、ココから解離は始まってる。見えるね?」

CTのスライドを動かしながら、淡々と説明が続く。
その説明は、今まで画像を見ていなかった僕にとっては多くの情報を持っていて、圧倒的な説得力で、絶望的な現状を示してた。

以下、要素毎に行間を空けて、箇条書きにて。
ちなみに、僕が途中で質問リストで考えてきた質問を投げかけて、それに答えて貰った内容を含みます。

※注意!
箇条書きですが、自分用記録も兼ねるので長いです。 「要するに」まで読み飛ばして下さい。

担当医師曰く

・君の弓部(脳へと続く大事な血管分岐のある場所・大動脈をステッキに見立てると、曲がった持ち手部分)には、大動脈瘤がある。
・その弓部大動脈瘤は、今回の解離を期に大きくなった。
・弓部で何か起これば、それは脳へのダメージに直結する。
・もし、この弓部部分で解離が起きていたら、大変危険な状態になっていただろうし、強制的に緊急手術になっていた。そもそも今、ココでこうして話しては居られなかっただろう。今回は運が良かった。
・今後の進行は分からないが、この弓部大動脈瘤はもう少し大きくなると手術適応の大きさになってしまう。

・大動脈解離は、その弓部大動脈瘤の少し先から起きて、右側の太もも付け根まで続いている。
・この解離によって、大動脈の壁は薄くなっている。
・今後の進行は分からないが、この大動脈が血圧で膨らんでくるようであれば手術をしなければならない。

・解離の進行は、現状で止まったという保証はない。
・解離は、何も下にばかり進むのではなく、弓部側へ進行する可能性もある。

・基本的に、今現在は手術の適応はない。だが、今後は経過によって必要になる。それは、他の医師に聞いても同じ答えだと思う。
・その手術は、前もって用意を周到にしても大変難しいモノになるだろうし、解離が動いて緊急となれば難易度は飛躍的に上がる。

要するに。(病状)
病状は非常に不安定なモノで、ひとつ間違えば即、命に繋がる。と、いうコト。
その経過は、今後の診察で細かくCT等で見ていく以外、手の施しようはない。と、いうコト。


以下は、今後の生活について。

・すべての鍵を握るのは血圧になる。血圧を上げないように暮らして貰う必要がある。

・食事は減塩食。
・長距離移動は一年はまず無理。一年後に検査して要相談としましょう。
・また、長距離移動は「仕事上やむなく」などならまだしも、数年単位のスパンで必要性の低い「旅行」などは薦められない。
・ちょっとでも力を込めるような重いモノは持たない。重さに基準は無いが、仮に解離を抱えた高齢者が持とうとして、自分が止めるようなモノは持たない。と、考えれば良い。
・歩くの(ウォーキング)は、病状が安定したとして最大で30分程度になる。それも一年後位に要相談。
・水に入るプールや海は入ること禁止。
・すべては一年後まで病状が安定していたら、次を考えていきましょう。
・その他、細かい注意や禁止事項の説明。

要するに。(日常生活)
血圧が少しでも上がるようなコトは以後、禁止。
退院しても、今後一年は日常生活内の安静度を上げていく為の入院中と考えること。


病状は、不安定かつ、即、命に届く。
その不安定を、可能な限り安定させる為に、暮らしを30代男性から70代以降へと切り替える。

そして、その状況は死ぬまで続く。


根拠なく、「制限は少し増えるかも知れないが、今までの日常に戻れるよ。」と、そんな話を夢見ていた自分は、説明の途中から足元が崩れだし、何とか手元の質問リストを読んで冷静を保つコトが精一杯。
辛うじてその場では泣かなかったものの、ソレを我慢しながら話しているコトは周囲に伝わってたと思われます。


診察を終え、部屋に戻る。

その後については、その日の記事そのまま。「現実を知った。」

心は絶望、一色。
掴んでいたハズの未来が、手からスルスルと滑り落ちていく感覚。

「娘も抱き上げられない身体になった。」と言って泣き。
「プールも海も連れて行けない。」と言って泣き。
「今は落ち着いてても、すぐに死ぬのかも知れない。」と言って泣きました。

優しい言葉をかけてくれる父に、負の言葉で反論し。
前を見ようとする嫁様に、否定的な言葉で応じる。

恐怖、放心、情報の飽和、混乱、様々な負の要素に完全にのまれ、まったく前が見えなくなっていました。
自分はもう価値が無い、壊れたオモチャみたいなモノだと感じました。


その後、2日。
ただタオルを顔に掛けて、泣くばかりの時間が過ぎていきました。
その2日間、自分の中には可能性も存在価値も無くなったと自分自身は感じていました。

それなのに、家族や友人は変わらなかった。
僕の中に前と変わらない大切さを感じてくれ、それを言葉にして伝えてくれ、僕との未来を信じてくれた。

だから、「絶望にも慣れる、幸せにもなれる。」この記事が書けた。

たった2日、されど2日。
絶望の底を、何とか抜けた。
そこからは、行きつ戻りつを繰り返しながら、精神的には少しづつ落ち着いていきました。



さて、この大長編となった闘病記も、次回で退院を迎えて取りあえず終了となります。

まぁ、次回まで。と思って、お付き合い頂けたら幸いです。


「急性大動脈解離・闘病記 その7 退院」へ



「とにかく大げさじゃないですか?」

「そう思う人はそう思うし、そう思わない人はそう思わない。ソレだけの話だよ。」



know_the_base at 23:33|PermalinkComments(5)TrackBack(0)

March 03, 2013

ひな祭りしました。

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本日は3月3日。
桃の節句、ひな祭りで御座います。
なので、毎年恒例企画として、じーじとばーばを御招待して食事会を開催しました。

ばーばが招待のお礼に「ペコちゃんのほっぺ」をデザートに買ってくれるとのコトで、娘っちはじーばと一緒に不二屋さんへ行き、なぜか帰って来たら

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↑コレになってました。

他のお客さんの順番待ちやら、その他諸々の結果・・・らしいのですが。
どうにも甘い。甘いなぁ。

それでじーばも娘っちも楽しそうなら、ソレで良いの・・・でしょうか?

んー。

ま、いっか?

パパもオコボレ頂いたし。
娘っちのテンションも高いまんまだし。

たまに(?)だし。
御馳走さまです。>じーじ&ばーば


さて。

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今日のメニューは、ママの作った、いわゆる「すし太郎」的なインスタントを使わない本格ちらし寿司。
干しシイタケの戻しから、ダシ、具材の煮込み、寿司酢まで全部。
全部嫁様の御手による本格ちらし寿司。

料理上手なママで素敵。

確かに。
本当に、素敵です。
素敵なのですが、それよりその手数は僕の減塩の為と思うと、僕的にはむしろ感謝。

実際、彼女の管理する減塩メニューは、まったく減塩と感じさせない満足度があります。

これが独り身だったら、嫁様が居なかったら・・・。
どうなってたんでしょうねぇ。どうにもならなくなってたんでしょうねぇ。

・・・。

むしろ、減塩と言う制約を受け、料理に対して本気になってる嫁様はちょっと腕を上げてる?

管理されるコトに感謝と快楽を感じてる。
こりゃあ、むしろ、僕は嫁様依存症にならないように気を付けないといけないかも知れません。

あぁ、この平凡な平穏がすげー幸せ。
ひとつひとつ、1日1日への喜びや感謝は、解離発症前と後では比にならないと感じる毎日です。

いつまでも平凡な毎日で居たい。




「また最後がポエミーですね。それより、明日が賞味期限なのに7個も残ったケーキの行方が気になります。」

「しまった! 3人家族で割り切れない!」

「そう言う問題ですか? 
しかも、最近、嫁様ノロケが過ぎるとのコトですが?」

「コレは、嫁様をスーパー主婦へとプロデュースして金ヅルにする為の布石です。」

「あの献身に対する本音がソレですか?」



know_the_base at 22:26|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

March 02, 2013

急性大動脈解離・闘病記 その5 一般病棟へ、そして胃腸炎

モチベーションと記憶のある内にサクサクいきます。
「急性大動脈解離・闘病記」の続きです。

2013.1.10
2週間のCCU生活を経て安静度を上げてきた僕は、遂に一般病棟へと移りました。
しかも、念願の個室。
これで、深夜にも関わらず自分の欲求を叫び続ける人や、救命活動で医師や看護師らが指示を飛ばし合う緊迫するシーン、ソレに伴う切ない家族の泣き声など、精神と安静に悪い環境から離れるコトが出来ました。

でも、一般病棟で解放感を味わったのも束の間。
あっと言う間に別件にで苦しめられるコトになったんです。

それは、胃腸炎。

え?
胃腸炎?

なになに? ここまで死ぬの生きるのと盛り上げちゃったから、ここに来て何も無いってのが恥ずかしくなった?
そんな、無理に盛らなくても大丈夫ですよ。

いえいえ、本当に苦しんだんです。胃腸炎。

突然に襲ってきた腹痛は、半端じゃなかった。
体感的には、解離初日の運転中より痛い位。
後日見てみたら、その時、痛みに耐える為に僕が抱え込むようにしていたテーブルに、しっかりと爪痕が残っていました。
痛みが始まった時は、もしや消化管がどうかしたかと、本気で緊張が走ったほど。

以下、汚い話で申し訳なし。
散々に騒いだ結果、胃腸炎に落ち着いたワケですが、今度は水様便が止まらない。
胃腸炎の治療法は、悪いモノを出し切ってしまうしか無いので、とにかく出すしかない。
で、例のベッド上で用を済ませる差し込み便器に座り続けること2晩。
しかも、胃腸炎で食事が摂れないので、いったん抜けた点滴を再挿入されたり、一般病棟は散々な出だし。

胃腸炎はこの入院にとって完全な回り道。
治療も後退、もしくは足踏みしたこの時期は、ツライばかりで良いコトの無い時期でした。

でも、その後の経過は順調に推移し、点滴も抜け、食事も摂れるようになり、安静度も順次上がって病棟内歩行フリーになって、やっと人間らしくなったのが一週間後位(2013.1.17頃?)でした。

そこからの10日間ほどは、肉体的な意味では平穏無事な毎日。
特にコレといって治療が進んだ実感が持てないまま、白い壁と白い天井、そして緑のカーテンに囲まれ、完全に単調な毎日を消化するダケ。
時々、深夜にどうしようもない恐怖心が襲い掛かってくる以外は、あまりにも単調に繰り返す毎日。

この頃は「閉鎖環境訓練かっ!」などとのたまって、面会を求めたりしてました。

それまで生きるの死ぬのと騒いでいたハズが、急に訪れた平穏。
ソレが、「あれ?このままの感じでいけるんじゃないか?」と言う幻想を生んでました。
今思えば、解離発症後で一番楽観的だった時期かも知れません。
でも、変に楽観的だったからこそ、本当の現実を直視している冷静な自分が夜中に告げる事実に怯えていたのでしょう。

いや、妙にハイな時と落ちた時の落差から考えて、軽く躁鬱だったのかも。

向精神薬や睡眠薬を使ってたワケだし、医師・看護師はそうだとは決して言わなかったけど、今思えばそうだったんだろうな。

そして。そんな平穏の中、そのまま前の生活に戻れるんじゃないかと夢を見ていた僕を、奈落へと突き落す日がやってきます。

運命の日。2013.2.1 木曜日。

この日は、いや、あの診察時間は、忘れようと思っても忘れられません。


その当時の心境は、書いた記事が何より伝えてると思います。
2013.2.1 「現実を知った。」
2013.2.3 「絶望にも慣れる。幸せにもなれる。」

あぁ、まだこの二つの記事を読むと、涙腺がヤバイ。
一応、次回は木曜日の診察の内容から。かな?


「急性大動脈解離・闘病記 その6 病状説明」へ





know_the_base at 20:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 28, 2013

今日が嫌な日になることは分かってた。

病気は病気だけで十二分に苦しむ。
それなのに現実は、オマケを付けてくる。

良いコトもある。悪いコトもある。

そんなコトは分かってる。
一応、オトナだから。

でも、ソレでも凹むコトもある。


今日は、退院して最初の診察日。
それなりに現実と向き合う日。

今日は、職場(病院)へ行きました。

僕は、ダメな身体になりました。

色々、ある。
今後も、ある。

そんなコトは分かってる。
分かってた。

一応、オトナだから。



それでも、あそこに帰るコトが目標。今でも。

それに今日は、またひとつ嫁様を惚れ直したので、そんな良いコトもあったので、それで無かったコトにする。

大丈夫。







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