トニー・ギルロイ

September 27, 2009

フィクサー

フィクサー


大手弁護士事務所で「奇跡の仕事人」と呼ばれるマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は、事件のモミ消し専門の掃除屋。

法の裏をかき、相手を説得し、事件を無かったコトにする。それが彼の仕事。

自身のプライベートは子供とも満足に会えず、今後の為にと開いたレストランも失敗して借金が残る。
裏の闇を嫌と言う程に見る仕事をしながら、彼はとにかく現状に嫌気がさしていた。

そんな時、巨大農薬企業のノース社が抱える30億ドルの農薬集団訴訟を12年も扱ってきた同僚のアーサーが奇行に走る。
原告の女性を裸で追い回し、警察に捕まったアーサー。

「担当弁護士が警察に捕まった。」その事実をモミ消しにマイケルは動くが、アーサーは彼の前から姿を消す。

アーサーは、彼の奇行以上の危険を抱えていた。

長年にわたって事実を捻じ曲げる訴訟に身を晒し、心を病んだ彼は、ノース社の内部資料を持って原告団側に寝返ろうとしていたのだ。

その事実を知ったノース社の法務担当のカレンは非情の手を打ってくる。

マイケルはアーサーを追う中で、訴訟の真実と、アーサーの真意と、弁護士事務所の立場の中で揺れる。



アクションと言うには地味。
サスペンスと言うには捻りが無い。

でも、1人の男が自分の人生で積み上げたものを全て使って、見せた最後の決断には格好良さとリアリティがある。

見てる途中は上記の通り大して面白いとも思わないでいるが、エンドクレジットのジョージ・クルーニーの表情で「良い映画を観た。」と思わせる力があった。

見終わった後に思えば、時間軸の使い方、セリフ、同じシーンのカットの切り方など、ナカナカに唸るトコも多い。
まぁ、映画マニア向けと言ってしまえばそれまでなのだが、単純すぎないストーリーにも好感が持てた。

ま、作品として地味っちゃあ、地味ですけどね。



この作品の中で、主人公が決意をする瞬間に馬と出会うシーンがあるのだが、欧米人にとって「馬」ってどういう存在なんだろう?

多くの映画作品を観る中で、この「馬」文化が時々顔を覗かせるのだが、その感覚的な意味が掴みきれていない気がする。

単純な「自由」の象徴と言うわけでもなく、直接的な「自分自身」の投影とも少し違う。
「本来あるべき姿」と言うか「生」の象徴に近いモノなんだろうけど、その辺の感覚の本当のトコを知りたいですね。


最終評価 B+


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know_the_base at 09:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0)