とりあえず、整理は後でということでツイートだけまとめておきます。
 ここからは気象台の場所の確定ぐらいはしたいですねとは思っているところですが。(「南大東村誌」見ればちゃんとわかる気もします)

昨年から、8月11日は国民の祝日になりましたね。これは、南大東島地方気象台の前身であるところの東洋製糖会社私設の「南大東島観測所」が業務開始されてからちょうど99年を祝して、祝日になったものではないのですが、今年の8月11日が南大東島観測所100周年なのは本当です。 pic.twitter.com/cxs3Awb8BM

この私設気象観測所は、農業気象観測の目的で中央気象台指導の下に、1917(大正6)年8月11日に業務が開始されたもので、島の開拓(1900年1月23日)からは17年半経過した時期での業務開始でした。(写真はサトウキビ刈り取りの様子。今も観測データは島の農業に役立てられています) pic.twitter.com/FfH2zadPfC

なお、南大東島から南に約110㎞離れた沖大東(ラサ)島ではこの2年前に気象観測が開始されています。この沖大東島は第二次世界大戦を経て無人島となり、約30年ほどで気象観測の歴史が閉じたことになります。(地図は地理院地図 maps.gsi.go.jp より。) pic.twitter.com/hMhxXQKI3V

設立当時の南大東島観測所は(当時)東洋製糖会社事務所の裏側に設置されて、地上10.5メートル(35尺)の鉄塔上に風力計が設置されて、風向計は事務所の屋上に設置されました。また、翌1918(大正7)年には南大東無線局から中央気象台に気象電報の送信が開始されます。(写真は現在の露場) pic.twitter.com/k5q9fLEQWv

この1917年には、製糖工場の建設の着手(1917年6月1日)もなされていて、ちょうど建設の機運も上がっていたようです。この製糖工場は翌年2月15日に竣工され、当時の工場と最初の一歩を揃え、観測所はその100年の歩みを始めたというわけです。(写真は現在の製糖工場の煙突) pic.twitter.com/xV2WnSCJOg

「南大東島観測所」に話を戻すと、民間で観測されていた時のデータは現在、気象庁ホームページ www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn には掲載されていません(中央気象台に移管されたのが1942年2月1日より。) pic.twitter.com/qvmenxfJHs

この辺、島にいたときに探してみたのですが、自分の探索範囲では民間であったときの職員が観測した生データを見ることはできず、でした。ただ、1929年に発行された「大東島誌」にはそれまでのデータを基にした統計は掲載されていて、(画像は抜粋、引用)観測が継続されてたことは垣間見えます。 pic.twitter.com/VU9e53FEwz