ザ・コミュニストα

連載論文&時評ブログ

ブログという手段を通じて新たな知の地平を開拓せんとする社会思想家・ブロガーです。

標準世界語エスペランテート(連載第27回)

五 種々の構文


Ⅴ 関係構文

 
 エスペランテートに関係詞は存在しない。関係節は関係記号〈〉で囲う。

 
 祖語のエスペラント語の場合、英語と同様に疑問詞を転用した関係詞が存在し、しかも関係詞は先行詞の数・格(目的格)に連動して語尾変化するという英語以上に複雑な規則がある。

 しかし、エスペランテートには関係詞は存在しないので、文意の混乱を避けるため、補助記号を用いる必要がある。例えば、「今日、私は昨日買った花束を恋人に贈った」という場合、「(私が)昨日買った」の部分を関係記号で囲う。

 
 Hodiau mi donas ar mia amato hroroj <mi achetas hierau>.

 
 これによって、構文的には、やはり関係詞を持たない中国語や日本語に近づくが、関係節を後置する点では相違があることが留意される。すなわち、<mi achetas hierau>hrorojとはならない。

 
 ちなみに、音声に頼る話し言葉の場合は、関係記号を音声化することができないため、先行詞と関係節の直前(上例ではhrorojとmiの間)で一拍置く音声ルールを適用する。

 
 先行詞に前置詞が伴う場合、前置詞は関係句の後に移動する。

 
 例えば、上例を変更して「昨日あなたが花束を贈った女性はどなたですか。」という文では、本来の語順ならdonas ar tiu hemo(あの女性に贈る(贈った))となる前置詞arが、次のように後置詞化される。

 
 Kiu estas tiu hemo <bi hierau donas hroroj> ar ?

標準世界語エスペランテート(連載第26回)

五 種々の構文


Ⅳ 話法

 
 エスペランテートの間接話法は、時制の一致を必要としない。

 
 英語などの間接話法に現れる時制の一致法則が存在しないことは、祖語エスペラント語と同様である。ただし、この法則の意味するところは、両者で異なっている。

 エスペラント語では、動詞の時制変化を前提に、間接話法文の主節の動詞と従属節の動詞の時制が食い違っていてもよいことを示す。例えば「私は昨日、太郎に明日来るつもりだ言った。」という例文では、この日本語文と同様に、主節の動詞は過去形、従属節の動詞は未来形でよいわけである。
 これに対して、エスペランテートにあっては、動詞は時制変化しないのであったから、時制の一致ということがそもそも問題とならず、動詞はすべて統一活用形-asで一貫する。上例では、次のようになる。

 
 Mi diras ar TAROU hierau, ke mi benas morgau.

 
 ただし、hierau(昨日)やmorgau(明日)のような時を表わす副詞を添えずに時制を表現する場合は、動詞が時制変化する結果として、次のように時制の不一致が起こる。

 
 Mi diris ar TAROU , ke mi benos .

 
 ちなみに、上例を変更して、「太郎は昨日、明日私が来るつもりかと尋ねた。」という疑問文を内包する間接話法では、疑問を表す従属節を「~かどうか」を意味する接続詞chuで導く。時制の一致がないことは同様である。 

 
 TAROU demandas mi hierau, chu mi benas morgau.

 
 直接話法は、従属節を引用符で囲んだ会話文で示す。

 
 
上記二つの例文を直接話法で書き換えてみると、次のとおりである。

 
 Mi diras ar TAROU hierau,“mi benas morgau.”

 
 TAROU demandas mi hierau,“bi benas morgau ka ?”

標準世界語エスペランテート(連載第25回)

第2部 エスペランテート各論


五 種々の構文


Ⅲ 連辞文

 
 「AはBである。」を表す連辞文では、連辞としてestiを用いることを原則とするが、口語体では連辞を省略することができる。

 
 「・・・である」を表すエスペランテートの連辞は英語のbe動詞に相当するesti(統一活用形estas)であるが、口語体ではこれを省略することができる。例えば「私の名前は、太郎です。」は文章体ではMia nomo estas TAROU.となるが、口語体ではMia nomo TAROU.でよい。

 なお、「私の」という人称代名詞の所有格は、名詞の後に後置することも可能であったから、Nomo mia TAROU.という言い方もできる。

 
 主部及び述部がともに不定詞である場合は、連辞を省略することはできない。

 
 例えば、Bidi estas kredi.(見ることは信ずることである;百聞は一見にしかず)のような場合に、estasを省略してBidi kredi.と言うことはできない。こうした場合は、不定詞相互の関係性を連辞で言い表す必要があるからである。

 
 不定詞を用いた連辞文で連辞を省略する場合に、述部の補語が形容詞であるときは、述部を前置する。

 
 例えば「エスペランテートを学ぶことは、有意義である。」という文は、文章体ではRerni ESPERANTETO estas signihopiena.となる。

 主部のrerni ESPERANTETOは不定詞の名詞的用法(英語のto+不定詞に相当)であるが、この場合に連辞estasを省略するときは、述部の形容詞signihopienaを前置し、Signihopiena rerni ESPERANTETO.となる。
 このような倒置が行なわれるのは、エスペランテートではESPERANTETO signihopiena(有意義なエスペランテート)のように、形容詞を修飾される名詞に後置する用法も許されることから、この場合との混同を避ける必要があるためである。従って、述部が前置されても、強調的修辞法としての倒置法の意味は持たず、連辞を省略しない場合と意味・ニュアンスは変わらない。

標準世界語エスペランテート(連載第24回)

第2部 エスペランテート各論


五 種々の構文


Ⅰ 語順

 
 エスペランテートには、語順(文成分の配列)の決まりはなく、SVO、SOV、VSO、VOS、OVS、OSVのいずれも文法的に成り立つ。ただし、文章体における推奨語順はSVOである。

 
 口語体においては、上記諸文型はすべて等価的であり、意味・ニュアンスの相違はなく、各自が母語とする民族語の基本語順に従って語順を選択することができる。従って、下記の各文はすべて等価的に「花子は茶が好きだ。」を意味する。

 
 HANAKO amas teo.:SVO

 
 HANAKO teo amas.:SOV

 
 Amas HANAKO teo.:VSO

 
 Amas teo HANAKO.:VOS

 
 Teo amas HANAKO.:OVS

 
 Teo HANAKO amas.:OSV


Ⅱ 疑問文

 
 エスペランテートでは、疑問文の語順も平叙文と変わらないが、文末に疑問助詞kaを置く。疑問詞疑問文における疑問詞は必ず語頭に置く。

 
 最も簡単な諾否疑問文は、例えば、次のようになる(SVO型を選択)。なお、会話では、英語等と同様、諾否疑問文の文末は上昇調で発音する。

 
 HANAKO amas teo ka?(花子は茶が好きか。)

 
 ちなみに、これを理由を尋ねる疑問詞疑問文に変更すると、例えば次のようになる。なお、会話では、疑問視疑問文の文末は下降調で発音する。

 
 Kiar HANAKO amas teo ?(なぜ花子は茶が好きなのか。)

影の警察国家(連載第4回)

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

1‐2:連邦捜査局(FBI)の二面性

 前回概観したアメリカの連邦集合警察体を構成する諸機関の中でも、中核的な存在としてその名を世界に知られるのが、連邦捜査局(FBI)である。FBIは連邦法執行機関の中でも最も権限が広く、実質上は単独で「連邦警察」に匹敵する陣容を備えた全米規模の捜査機関である。
 その中核要員である特別捜査官はしばしばテレビドラマなどで犯罪と闘うヒーロー/ヒロインとして描かれるため、善のイメージでとらえられやすく、実際そうした一面を持つが、一方で言わば「裏の顔」としての政治警察的側面を秘めている機関でもある。
 そうした表裏併せ持つ機関としてのFBIの基礎を築いたのが、1924年から72年の死去まで半世紀近くにわたり終身間長官を務めたエドガー・フーバーであった。彼が上部機関である司法省に入省した当時は単に捜査局と呼ばれ、まだマイナーな組織に過ぎなかったものをフーバーが一挙に大組織に育てた。
 彼はこの間、ギャングの摘発などで実績を上げたばかりでなく、フーバー長官時代に最盛期にかかっていた東西冷戦時代には、反共政策の中心として共産主義者や容共主義者を検挙する「赤狩り」にも辣腕を振るい、さらには、反戦運動や公民権運動などの非暴力的社会運動への不法・不当な監視・干渉活動にも手を広げていった。
 そればかりでなく、フーバーは大統領を含む政治家の個人情報まで収集蓄積し、それを材料に政界に睨みを利かすという手法で、FBIを議会の監督も及ばない聖域とし、自身の地位も保全していたのである。計八代もの大統領にまたがるフーバー時代のFBIは、大統領をも凌ぐ―唯一総統だけは超えられなかったナチのゲシュタポをも上回る―、超権力的な秘密政治警察機関そのものだったと言っても過言でない。
 彼の死後、FBIは一定の「民主化」がなされ、その政治性は希薄化されていったとはいえ、連邦政府高官や連邦裁判官人事における指名候補者の素性調査の権限を通じて高位公務員の個人情報を蓄積することにより、隠然たる政治性を保持している。
 一方、冷戦終結に伴い、反共イデオロギーは下火となったが、21世紀以降は、対テロ戦争の理念の下、FBIがテロ対策の中核機関となり、強制捜査権を持たないCIAやNSAのような諜報機関を補充する公安捜査機関としての役割が高まっている。
 また、中国、ロシアの覇権主義的台頭に伴い、新冷戦的な構図が形成される中で、新冷戦における主要な諜報戦であるサイバー攻撃対策に関するFBIの役割も生じており、FBIが新たな政治警察機関として再編されてきていることも、影の警察国家の象徴として注目される。

標準世界語エスペランテート(連載第23回)

第2部 エスペランテート各論


四 接辞

 
 エスペランテートは、接辞体系が極めて発達していることが特徴である。そのため、基礎的な語基に接辞を付加して様々な品詞を派生させることができ、実質的な単語の数を制限して学習を容易にする効果がある。この特徴は、祖語エスペラント語からの継承である。

 
 ただし、第1部でも言及したように、標準世界語としての意義を持つエスペランテートは、現代的な用語規準に従い、反差別の価値観を深く内蔵させたものでなくてはならず、そうした観点から、上記接辞の運用に関して制限がかかる。

 中でも、女性形の接尾辞-inoと反意の接頭辞mal-(l音のない公用エスペラント語ではmar-と表記)はエスペラント語の代表的な接辞であるが、これらはエスペランテートでは排除ないし制限される。

 
 男性形から女性形を派生させる接尾辞-inoは、エスペランテートに存在せず、女性形には固有の単語を用いる。

 
 例えば、uomo(男性)に対し、hemo(女性)を用いる。またpatro(父)に対し、matro(母)を用いる。

 
 否定の接頭辞mar-は差別的ニュアンスを帯びる場合には用いず、固有の単語を用いる。

 
 例えば、sano(健康)に対しmarsano(病気)とするのは、健康を基準として病気=不健康という差別的ニュアンスを帯びるので、病気には固有の単語iroを用いる。ただし、病気とは別に「不健康」という否定的なニュアンスを示す語として、marsanoを用いることは認められる。

 またjunuro(若者)に対しmarjunuro(老人)とするのは、若者を基準として老人=非若者という差別的ニュアンスを帯びるので、老人には固有の単語erduroを用いる。

 
 一方、barmo(熱さ)に対しmarbarmo(寒さ)やhermi(閉じる)に対しmarhermi(開く)などは、特段差別的ニュアンスを帯びないので、認められる。

 やや微妙なのは、ronga(長い)に対しmarronga(短い)のような例である。これも長いことを基準にして短いことを「長くない」と表現する点に差別的ニュアンスを嗅ぎ取ることはできるが、見方によっては端的に「短い」と表現するより婉曲的とも言えるので、これも認められるだろう。

標準世界語エスペランテート(連載第22回)

第2部 エスペランテート各論


三 基本品詞(5)


Ⅷ 前置詞/相関詞

 
 エスペランテートは、多くの前置詞を持つ前置詞型言語である。

 
 
この点では日本語のように名詞の後に付加する助詞で単語をつなぐ後置詞型言語とは大きく異なり、祖語であるエスペラント語の性質を継承している。

 代表的な前置詞として、ar(~に/へ)、de(~の、~から)、er(~中から)、sur(~の上に)、sub(~の下に)などがある。

 前置詞は種類が多く、意味も多義的であるため、学習者はしばしばその選択に迷うが、エスペランテートには特定の意味を持たない融通前置詞jeがあり、便利である。例えば、Tiu chi romano meritas je premio.(この小説は賞賛に値する。)のように用いられる。これも、祖語エスペラント語からの継承である。

 ちなみに、エスペラント語では名詞の目的格-nを転用して、「・・・へ」という方向を表したり、上記の融通前置詞jeに代替させたりする後置詞的用法もある。これはこれで便利な用法ではあるが、エスペランテートの名詞は一切の格変化をしないのであったから、このような便法も存在しない。

 
 エスペランテートには、相関詞と呼ばれる一群の品詞がある。

 
 相関詞とは指示(この:ti-/あの:di-)、疑問(何:ki-)、不定(或る:i-)、普遍(すべての:chi-)、否定(何も~ない:neni-)を表す限定詞の総称であり、遠称指示詞diを除けば、基本的にエスペラント語からの継承である。

 相関詞は実質的には指示詞、疑問詞、不特定詞、普遍詞、否定詞として独立の意義を持つが、上掲の共通語幹を基本に統一的な語形変化をするため、文法上はひとくくりにされる。
 相関詞の語形変化の法則は、指示詞ti-で代表させれば、tio(その物/事)、tiu(その人)、tia(そのような)、ties(その人の)、 tie(そこに)、 tier(そのように)、tiar(それだから)、 tiam(その時)、 tiom(それほど)のようになる。

 なお、エスペランテート語には冠詞が存在しないため、指示相関詞tiu(その)/diu(あの)や近称詞chiを組み合わせたtiu chi(この)といった指示表現で定冠詞の機能を代替させることができる。

標準世界語エスペランテート(連載第21回)

第2部 エスペランテート各論

三 基本品詞(5)


Ⅶ 形容詞・副詞

 
 
形容詞は、語根に‐aを付加して得られる。修飾される名詞の単複や格にかかわらず、一定である。

 
 形容詞の品詞語尾は、‐aである。品詞語尾‐oを取る名詞と組み合わせると、例えばbona orano(良い人)となる。

 この点、祖語のエスペラント語では修飾される名詞が語尾‐jを取る複数形のときは、形容詞も連動して複数形語尾‐jを取るという規則があるが、公用エスペラント語ではこの規則を廃し、形容詞は名詞の単複に連動せず、一定である。従って、例えば上例ではbona oranoj(良い人々)でよい。
 ちなみに、エスペラント語では形容詞が述語として用いられる場合にも、主語が複数形なら形容詞も複数形となるが、公用エスペラント語ではこの規則も廃される。従って、例えば「あなたたちは、良い人々である。」は、Biri estas bona oranoj.でよい。
 また、エスペラント語では修飾される名詞が目的格のときは、形容詞も連動して目的格語尾‐nを取るが、エスペランテートではそもそも名詞が格変化しないので、この規則も存在しない。

 
 
副詞には、本来副詞と派生副詞とがあり、派生副詞の品詞語尾は‐eである。

 
 本来副詞とは他の品詞から派生したのでない副詞のことで、hierau(昨日)、hodiau(今日)、morgau(明日)など、時を表す副詞が比較的多い。

 これに対し、派生副詞とは他の品詞から派生した副詞で、例えば形容詞bonaからbone(良く)が派生する。さらに、orane(人に)のように名詞から副詞を派生させることもできる。こうした規則は祖語のエスペラントを引き継いでいる。

 
 
形容詞・副詞ともに、比較級はpriを前置することで、最上級はprejを前置することで作られる。

 
 エスペランテートでは、比較級・最上級特有の語尾は存在せず、すべて前置詞で表現される。例えばpri bona/e、 prej bona/eのようである。比較級において「・・・よりも」を表す接続詞はzanである。

標準世界語エスペランテート(連載第20回)

第2部 エスペランテート各論


三 基本品詞(4) 


Ⅵ 動詞の分詞形

 
 エスペランテートの動詞の分詞形は態を基準とした能動分詞と受動分詞に分かれ、それぞれに継続形・完了形・未然形の活用変化がある。すなわち能動分詞は-ante、‐inte、‐onte、受動分詞は‐ata、‐ita、‐otaである。

 
 エスペランテートの動詞は分詞を派生するが、英語のような現在分詞・過去分詞といった時制を基準とした分詞ではなく、態を基準とし、時制変化に準じた活用変化をする。これは時制変化しない本来の動詞と異なり、分詞は主語の状態を表すのに用いられるため、補足的に時を表現できることが要請されるからである。

 分詞のうち能動分詞は副詞的に用いられ、Trinkinte akbo, tiu kato horiris.(水を飲み終えると、その猫は立ち去った)のように分詞構文の従属節を導く。受動分詞は英語のbe動詞に相当する動詞estiと組み合わせてStrato estas kobrita de nejho.(道路が雪で覆われてしまった)のように受動態を作る。

 
 分詞を用いた完了形・進行形等の複合時制は、存在しない。

 
 簡素簡明を旨とするエスペランテートでは、分詞を用いた複雑な現在完了形/進行形等々の複合時制を用いる代わりに、時間的な相を表す副詞ないし副詞句で実質的に複合時制を表現すれば足りる。

 
 Mi jam rernas ESPERANTETO.(私はすでにエスぺランテートを学習した)

 
 Mi nun rernas ESPERANTETO.(私は、エスペランテートを学習中だ)

標準世界語エスペランテート(連載第19回)

第2部 エスペランテート各論


三 基本品詞(3)


Ⅴ 動詞

 
 動詞は人称、数、法による変化を一切せず、不定形は‐i、統一活用形は‐asの語尾を取る。

 
 エスペランテート祖語であるエスペラント語も人称、数による変化をしないが、命令法、条件法による活用変化がある。
しかし、エスペランテートでは、法による活用変化もない。
 命令法は、英語と同様、Donas ar mi akbo.(私に水をくれ)のように、主語を省略した動詞文で示すことができる。

 条件法は、Se mi habas mono, mi tuj achetas domo.(もし私に金があったら、すぐに家を買うだろう)のように、条件(もし)を示す接続詞seで従属節を導けば足りる。

 
 動詞は原則として時制による変化をせず、語尾‐asを全時制共通の統一活用語尾とする。

 
 
そうなると、例えば、Mi iras ar kinejo.と表記しただけでは、「私は映画に行く/行った/行くだろう。」のいずれなのか判別できない。そこで時を表現するにはnun(今)、hierau(昨日)、morgau(明日)などの時を表す副詞ないし副詞句を必ず添えなければならない。
  このことは一見不便にも思えるが、実際のところ、時の表現には微妙な幅があって、現在・過去・未来といった画一的な時制によって表現し切れるものではなく、副詞や副詞句の助けを一切借りずに表現することのほうが不自然であるので、動詞の活用変化が存在しないことは決して不都合ではない。代表的な自然言語でも中国語やマレー語の動詞は時制変化しないが、これら言語の話者間で不都合は生じていないのである。

 
 時を示す副詞ないし副詞句を伴わない文中の動詞は、過去接尾辞-is、未来接尾辞-osを伴う。

 
 エスペランテートでは時を示す副詞ないし副詞句を添えることが構文上望ましいが、あえて添えずに表現する場合に限り、時制を明らかにするため、時制変化語尾を付加する。例えば、上例では、Mi iris ar kinejo.(私は映画に行った)/Mi iros ar kinejo.(私は映画に行くだろう)のようにである。

 
 これは動詞の時制的不変化法則の例外とも言えるが、時制接辞は動詞の活用語尾というよりも、副詞や副詞句の代用として時制を示す助詞に近い機能を持つと言えるだろう。

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