結語

 
 本連載では、奴隷という慣習に焦点を当てて、世界歴史を現在から過去へと遡ってとらえ直すという異例の叙述を試みてきた。結局のところ、奴隷制は少数の例外を除けば「文明」の開幕時にはすでに存在していたという哀しい事実が改めて確認された。
 その場合、「文明」を拓いた古代国家の時代に奴隷制が初めて創始されたか、それ以前の先史時代にすでに創始されていたかはなお検証の余地が残されている。私見は、先史時代に立場の弱い他者を拘束して使役するという言わば始原的奴隷慣習が創始されていて、古代国家はそうした慣習を法律という「文明」の所産に仮託して制度化したとみなしている。
 もっとも、先史時代と言っても純粋な狩猟採集生活の時代には奴隷は必要とされなかっただろう。狩猟採集生活では各人の狩猟採集の技能がすべてだからである。その後、農耕生活に移行しても、原始農耕は比較的平等な共同体成員によって担われ、奴隷労働を必要としなかった。
 おそらくは、生産活動の組織化とともに雑務に従事する被用者を必要とするようになり、とりわけ肉体労働的な部分労働を拘束下の他者を使役して担わせる習慣を生じ、そうした奴隷を安定供給するべく、人間そのものを商品として売買する奴隷取引・交易が活発化したものと考えられる。
 最も初期の奴隷は戦争捕虜ないしは戦争に伴う略奪によって拉致された被征服地の住民であっただろう。奴隷制と戦争は相即不離の関係にある。その後、貨幣経済の発達に伴い、負債を負った債務者が奴隷に落とされる経済奴隷も増大していく。戦争と貨幣経済が奴隷制を支えた―。そう断じても過言でない。

 
  現代においては、戦争捕虜の奴隷化も債務奴隷もほとんど見られない代わりに、第一章各節に見たような種々の形態での現代型奴隷制が依然として残されている。これらの奴隷は、旧来の奴隷とはいささか異なり、表面上は「契約」に基づく労働の形態を取っていることも多く、身体的には拘束下にないこともある。
 序説冒頭で紹介した「人格としての権利と自由をもたず、主人の支配下で強制・無償労働を行い、また商品として売買、譲渡の対象とされる「もの言う道具」としての人間」という文字どおりの奴隷を「形式的意味の奴隷」と名づけるとすれば、現代型奴隷の多くは形式のいかんを問わず、実態として雇い主に隷属している点で「実質的意味の奴隷」と呼ぶべきものである。
 厳密には前者だけを「奴隷」と呼ぶべきかもしれないが、奴隷の定義を狭めると、現代型奴隷の多くは奴隷でなく、単なる労働者ということになって、その禁止と保護をゆるがせにすることを恐れるため、本連載では「実質的意味の奴隷」を含めて、奴隷の定義を広く取ってきたものである。
 もっとも、「実質的意味の奴隷」を拡大解釈していけば、賃金を報酬として受け取りつつ、雇い主の支配下で剰余労働搾取を受ける賃金労働者もある種の奴隷―賃金奴隷―ということになる。
 しかし、正当な賃金労働者には入退職の自由が保障されていることから、本連載では、総体として領主に隷属しながら相対的な生計の自由が保障されていた歴史上の農奴を奴隷に含めないのと同様に、賃金労働者も奴隷には含めなかった―強いて言えば賃奴―。
 いずれにせよ、人類が自己利益を拡大するために他者を「もの言う道具」として利用しようという欲望を断ち切れない限り、奴隷制は何らかの形で残存し続けるだろう。人類は果たして奴隷制と絶縁することができるか否か―。これは、人類の未来がかかった大きな問いである。(了)