栗原貞子氏の[ヒロシマというとき]という有名な「詩」に沿って、加害者意識の問題を考えてみました。

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<ヒロシマ>といえば、<パールハーバー> 

と返ってくるのが世界の現状であるが、そういう対立感情を乗り越えるためには、
まず

わたしたちの汚れた手をきよめねばならない 

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と詩は書いています。


私達の汚れた手、というのは、侵略者としての日本の加害責任のことなのですが、
この詩の「わたしたち」ということばに、自分自身は入っているのか?ということを考えました。

 

戦後生まれのわたしたち
加害者としての「わたしたち」というのは、日本人のことに違い有りませんが、その時に読者である自分自身を含めているか?と言う問題です。

戦後生まれの「わたし」の手も汚れている、と詩は語っているのでしょうか?


1980年代ころから、戦争について反省するときに、日本人は被害者意識の方を強調してきたが、それではではだめで、加害者であったことを自覚しなければならないという考えが出てきました。

このころから「日本人は加害者意識を自覚している」と思っている人が多いようですが、その「われわれ」の範囲についての認識が充分でない、と私は考えています。

栗原氏の詩を読めば、栗原氏自身の手が汚れている、と感じていることが伝わってくるのですが、果たして多くの日本人が自分自身の手が汚れていると感じているでしょうか?

日本のインテリが加害者性を自覚するようになった、という時のその内容というのは、真珠湾を奇襲したこと、南京虐殺を行ったことなどのことだと思われます。

侵略戦争全体のことと思う人も多いと思われますが、その時の侵略の意味範囲を具体的に認識している人は少ないと思われます。例えば日露戦争は含んでいるか?というような疑問です。


この時に今の日本人の頭の中には、真珠湾を奇襲したのは日本海軍であり、南京虐殺を行ったのは日本陸軍である、と言う程度の認識で、要するに自分ではない、誰か彼かが行ったことだ、という意識が強いと思います。

真珠湾も南京も日本人が行ったことだから日本は加害者でもあったのだと自覚しただけで、それはあくまでも他人の犯罪であって、今の自分とは関係ない、という意識だと思います。

戦後生まれの人は特に、自分とは関係ない、昔の悪い日本人が具体的な加害者としてイメージされるのではないでしょうか?


栗原氏が「わたしたちの汚れた手」と書いたときの「わたしたち」を、どれだけの日本人読者が「それは自分自身のことだ」と思うでしょうか?

このように今の日本人は、加害者意識と言うものを「他人事」としか思えない人ばかりであって、これでは栗原氏の思いは裏切られているといえます。

このことは「戦争を起こしたのは誰か?」という議論をするとよく解ります。

総力戦の時代に国民が民族意識を高揚させて、日本人全体が軍国主義に陥っていた時の戦争なのですから、日本人全体が一丸となって戦争を戦ったに違いないのに、軍部が悪い、天皇に責任がある、などと責任転嫁を行っているのが、戦後の日本人(インテリ)です。


マスコミ、教師
マスコミが最も悪い例なのですが、自分たちが戦争を煽ったと自覚反省している人はほとんどいません。

マスコミ人の多くは、真実を報道できなかったことについて、軍部の弾圧に負けてしまった、と反省するだけで、弾圧など関係無しに自発的に積極的に戦争を煽ったことを自覚できるマスコミ人は今も存在しません。

つまりマスコミ人は彼自身が加害者であるにも関わらず、自分たちは弾圧された被害者である、としか思っていないのが現状です。

戦争を支持し、戦争を煽った人が加害者なのであって、その加害者が自分のしたことを自覚していないのですから、日本人全体の手は汚れたまま、ということができます。

学校の先生も同様で、戦争を煽る授業をしたことを、軍部に強制されていやいやしたことだった、と言い訳するような人が多いのですが、この人たちに加害者意識があるとは到底思えません。


日本人全体
マスコミ人や先生だけではありません。総力戦、軍国主義下での戦争では、多かれ少なかれ日本人全体が戦争加担者だったのであり、日本人全員の手は汚れていたのです。

そしてそのことを自覚できないでいる、戦後生まれの我々も、その手は汚れている、と自覚する必要があります。

戦後生まれの我々を含めて、日本人全員が自分自身の汚れた手を清めることから始めなければならないと私は思っています。

 

 

[ヒロシマというとき]全文

<ヒロシマ>というとき

<ああ ヒロシマ>と

やさしくこたえてくれるだろうか

<ヒロシマ>といえば<パールハーバー>

<ヒロシマ>といえば<南京虐殺>

<ヒロシマ>といえば 女や子どもを

壕のなかにとじこめ

ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑

<ヒロシマ>といえば

血と炎のこだまが 返って来るのだ

 

<ヒロシマ>といえば

<ああ ヒロシマ>とやさしくは

返ってこない

アジアの国々の死者たちや無辜の民が

いっせいにおかされたものの怒りを

噴き出すのだ

<ヒロシマ>といえば

<ああ ヒロシマ>と

やさしくかえってくるためには

捨てた筈の武器を ほんとうに

捨てねばならない

異国の基地を撤去せねばならない

その日までヒロシマは

残酷と不信のにがい都市だ

私たちは潜在する放射能に

灼かれるバリアだ

 

ヒロシマといえば

ああ ヒロシマと

やさしいこたえがかえって来るためには

わたしたちは

わたしたちの汚れた手を

きよめねばならない