世界史における近代化という現象は、国民(民族)国家の形成のことと考えられますが、国民国家になるためには民族としての一体感を作り出す必要があります。

 

 

民族としての一体感

日本の場合には、明治政府はまず標準語作ったように、フランスでもスペインでもドイツでも方言を廃する標準語運動が盛んにおこなわれました。

アイヌ人や琉球人を日本民族の一員とするための標準化運動も強制されました。

朝鮮人や台湾人に日本語を教える教育も実行されました。

 

中国が近代国家となるためには、国民の一体感を作り出すことが重要で、少数民族に対する標準語教育は熱心に行われました。

 

漢民族という自覚

中国では少数民族に中国をわが祖国と考えられるようにするための一体感を持たせる政策が行われています。

そのために作られたのが「中華文明」という言葉です。

中国全体が中華文明として一体だ、という気持ちです。

 

ところでこの時に少数民族以外の国民である漢民族の人たちにとって、漢民族という自覚は必要なのか?という疑問があります。

 

中国が国民国家となるときに、少数民族の人びとが現在の中国政府を「わが祖国」と考えるようにする必要はある、と想像できますが、大多数の国民としての漢民族に対して、漢民族意識を持たせる必要はあるでしょうか?

私の想像では、その必要は無い、と思います。

中国政府も漢民族意識は有害無益だ、と考えている、と思います。

漢民族の人びとは、自分を漢民族と自覚しないで、直接中国全体をわが祖国と考えてほしいと考えているはずです。

 

だから今、漢民族と分類される中国国民に、自分の国を漢民族の国と意識することは無く、少数民族も加えた「中華民族」という民族意識による一体感が生まれている、と私は見ています。

中華民族という言葉によって、少数民族を差別、弾圧するようなことはあり得ない、と思います。

「中華民族=漢民族」ではないからです。

 

しかしこれはあくまでも建て前の話で、漢民族の人びとの無意識の差別意識があり得ない、ということではありません。

 

これを戦前の日本に当てはめて考えれば、日本民族とか、大和民族という言葉は、朝鮮民族、台湾民族を含んだ日本国民全体と考えられていて、朝鮮人にも台湾人にもそういう意識が生まれていました。

 

したがって、日本民族という言葉が、朝鮮民族などを差別するために使われたことは無い、と思っています。

 

しかしこれは、日本人心の中に、無意識のうちに朝鮮人差別が存在したことを否定しているのではありません。

 

 

小数民族から見た中華民族

中華民族という言葉は、現在の中国全体に一体感をもたらすために作られたものですが、この言葉によって本当に一体感がわいてくるものか?どうかが問題です。

今までの歴史を見れば、チベット民族やウィグル民族の人びとが、既存の中華文明に一体感をもつことは困難なことのように見えます。

しかしながら「民族」という言葉は、論理を超えていて、どういうことに一体感を感じるのか?ということは、とらえ難いところがあります。

 

例えばスイスのように、明らかに異なった民族が、一体感をもっていることもあります。

アメリカのように多数の異民族の移民を受け入れている国も、憲法への忠誠によって一体感を持てている例もあります。

 

このような例を見ると、チベット民族が、中華民族という言葉に帰属意識を感じることもあり得る、と私は思います。

チベット民族は、絶対に中華民族にはなりえない、ということはできないと思います。

 

「中華」という言葉に、排他的な意味は無い

中華という言葉は、民族統一のために作られた言葉ですので、少数民族を差別するために使われることは無いと思います。

また周辺国を軽蔑するために使われることも無い、と思います。

「愛国心」という言葉が、周辺国を敵視する感情のように思われていますが、それは間違いで、本当は自国を愛することであることと似ています。

本当の意味の愛国心を持った人は、他国の人の愛国心も認めるものであるのと同様、中華民族意識を持っている中国人ならば、他国の人の中華意識も認めることが出来るはずです。

 

中華民族というナショナリズム感情

中華という言葉が、国内の少数民族差別に使われないとしても、周辺国に対する排他的ナショナリズムの感情として、現れることはありうると思います。

中国が近代国家=国民国家になっている、ということの結果として、です。

 

過去の中国の栄光を取り戻すための言葉として、今後利用されることは予想されます。

その時には、中華という言葉は、他国と比較して自国を優秀な文明だ、と誇る意味で使われると予想されます。

 

しかしながら、中華文明の優秀さを誇る気持ちから発展して、他国を侵略するような排他性を持つようになるのか?という問題がありますが、その兆候は今のところ見られない、と思います。