2020年8月30日。
8月最後の日曜日だ。ひょっとしたら夏休みが今日までの学校もあるかもしれない。
世間は年度明けから世界中を席巻する新型ウイルス、安倍総理の辞職、遅れてやってきておいてからふてぶてしく長居する夏の猛暑に脅かされながら、それでも表向きは、マスクをつけている以外にはいつものように、何食わぬ日常を過ごしているように思える。
本来ならば東京オリンピックが開催されていたはずだが、世界はこうも容易くひっくり返るものなのか、と日常の儚さに驚かされる。

2020年8月30日。
私にとって忘れられない日となった。
内容はバカバカしく下らないもので、大袈裟に言うのが憚られるが、「私にとって」、ここが重要で、とにかく忘れられない一日となった。まだ昼過ぎだけど。

ところで私は今、船に揺られながらこのブログを更新している。東京まで6時間。
後述するが、本来ならば疲れ切って眠りこけていたはずだ。さっぱり眠くないので、こうして下らなくて長たらしい文をここに記すことにする………

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必死の思いで取った連休、私は離島に渡って釣りをする計画に想いを馳せていた。とはいえ県境を越えるのに後ろ指刺される昨今の情勢。ならば「東京の宝島」と称される伊豆諸島なら……まぁ……一応…都内だし……と、歯切れの悪い言い訳をかましつつ、私はフェリーの予約を済ませた。往復で約1万2千円。

安い!と多くの方がおっしゃるだろうが、こちらは二ヶ月間のオールモスト無職を経て、友人の紹介のおかげで最近ようやく職を得たピチピチのex.就活ニート。社会人が大人ペンギンでニートが子どもペンギンなら、私の身体にはまだ産毛の名残がボサボサに残っている。まったく若鳥甚だしい。

この離島旅行は、なんなら自分への就職祝いも兼ねた超豪華釣り旅行なのだ。
パンピー換算で、世界一周100万円旅行に参加するぐらいの清水っぷりに相当する。

そんなわけで、当然宿なし飯なしの極貧釣行を予定していた。
せめてもと、コットとタッパにパンパンの米、そして釣った魚をその場で食べるんだ!と息巻き、醤油と薬味を用意した。奥さん、私は魚を捌くことに限っちゃ、あんたの一枚も二枚も上手なのよ……

まず不安だったのは天気のことだ。
月曜日に妖しく鈍く光る傘のマーク。しかしどうにも降り出すのは夜かららしい。おっしゃ!クリア!

ところが金曜日になって、少し雲行きが怪しくなってきた。
というのも、雲行きと言えど天気は雲一つない快晴らしいのだが、どうにもお天道さん、めちゃんこに張り切るつもりらしい。
いくら私の訪問にテンションブチ上がりの助とはいえ、さすがに35°C超えはいくらなんでもはしゃぎすぎだ。
釣行予定は日差しダイレクトアタックの離島の堤防、ミュータントだろうが悪魔の実の能力者だろうが社会人若鳥だろうが、フラットに死んでしまう。
ピンとこない人は、洋上に浮かぶ無人島の、ヤシの木にすがる蓬髪ヒゲモジャガリガリの遭難者を想像してください。どーすか…周り海でしょ……男パンイチでしょ…日差し…ね、ほら、やべーじゃないすか。アレっすよ。

そんなわけで、いくらニートの名残がバチバチに残る私とは言え、さすがに宿を取ろうという算段になった。それが8月29日、つまり昨日のこと。

ところが、当然、時すでに遅し。
「明日、宿泊まってもイイですか?」などと厚かましいことをぬかすバカを迎え入れてくれるような宿はどこにもなかった。つーかピュアに空きがなかった。
マズいなー、とは思ったが、日中は最悪日陰にコット引いて寝て過ごそう…と、不安は拭えないものの、その一方、まだ見ぬ離島の海に夢を馳せて、夏休みの子どもよろしく胸を躍らせていたのだった。

当日を迎えるにあたって、さまざまなものを準備した。
デカいクーラー、普段の釣行2回分はあろうかという量の釣り餌、ほとんど生命そのものになるであろう、たっぷりのスポーツドリンク、そしてそれらを積むキャリー(コロコロ)。
バンドを活発にやっていた頃に「ダルいから」「高いから」という理由でほとんど一度も使うことのなかったキャリーを、まさかこの場面で渇望するとは…人生何が起きるかわかったものではありません。
とにかく、ワクワクの量は荷物の量に比例し、プログレバンド約3バンド分の機材量はあろうか、というほどの荷物が用意された。これを世間は「離島釣行あるある」と呼ぶらしい。
かかった金額には一旦目を瞑ろう。フェリー代と併せて、来月あたり思わず目を覆いたくなるような金額の請求が来る気がしなくもないが、それは来月の私が頑張ることだ。頑張れ、来月の私。負けるな、来月の私。来月の私…元気で生きていますか…?

出発の前日。会社の皆さんに帰りがけ「期待していてください!皆さんに高級魚のお土産お持ちしますよー!」と宣う、研修中の新入社員。
「気をつけてねー」「死ぬなよー」などと送り出されて、私は退勤し、準備もそこそこに眠りについた。

翌朝。つまり今日の朝。
荷物を載せたキャリーを「よいしょっ」と傾けると、「バキッ」と、一番聞きたくない嫌な音が。
…ハンドル部と本体を接続する金具が、重さに負けて変形している……変形して外れてる………
なんてこったい!こんなことならリサイクルショップで買うんじゃなかった!変なとこセコった報いがこれか!でもお願い!今だけは勘弁!!
火事場のクソ力で金具をねじ曲げ、どうにか接続部に押し込む。
…かなり怪しいが、まぁ、騙し騙し使えなくは…あ…外れた………
ワクワクの量がそっくりそのまま絶望の量になった荷物を、這々の態で汗だくになりながら運ぶ。
なんてこったい、まだスタートすらしていないというのに!それにしても幸先が悪すぎるぜ!!

必死になって荷物を運びながら駅に向かっていると、ふと脳裏に「まさか人身事故とかないよな、日曜の早朝に…」とバッドなイデアが浮かんだ。
偉大なるマーフィーの法則。イデア、即具現化。サマージャンボが過ぎる。
ついさっきとのこと。復旧見込みが到着予定時刻とほぼ同刻。どう足掻いても電車では無理だ!路線変えようがどうしようもないくせぇ……

「中止…か?」

無駄になるパンパンの釣り餌、大枚はたいて「えいやっ!」と購入した来月の自分を突き刺すナイフと同意のフェリーのチケット代、次はいつあるのかわからない晴天無風の連休、タッパに満ち満ち詰めた米、たっぷりのスポーツドリンク、果てしなく青い海を背に巨大魚と格闘する自分、カード会社からの請求書をクシャクシャに握りしめて静かにむせび泣く来月の私、就職おめでとう俺、本当に助かったありがとうN(仕事を紹介してくれた友人)、母ちゃん元気かな………様々な想いが一同に去来する。
それは人が死の間際に見るという走馬灯のそれにひどく似ていた。走馬灯、それは極度に研ぎ澄まされた集中力から見える記憶の渦だという。
しかし私はその走馬灯に似た去来する想いたちを断ち切り、その集中力を問題解決へと充てるべく使った。

「車は??車はどうだ!?」

カモングーグルマップ!!
ぐぅ…ギリギリ……乗船受付とかして間に合うのかコレ…俺一回も行ったことないぞ…?
駐車場は…?何これ、値段ピンキリじゃねぇか…一番安くて一日2200円??ハンパねぇ!!二日で素泊まり一発分くらいになるじゃねぇか…!!

…ええい!考えている時間はねぇ!!

私は荷物を早朝の誰もいない駅前のロータリーに置き、家に車を取りに帰った。そして荷物を改めて車に積み込み、閑散とした日曜早朝の道を、都内中心部へと向けてアクセルを踏んだ。

……地味に高速の料金が高ぇ…!

普段都心に向かうことがない私は、改めて都心とは無縁のサイフスタイルであると痛感した。距離から考えられる額が、田舎の比じゃねぇ。

…どんなにズタボロでも、帰りは下道で帰ろう……
出船の時刻には、道がどこかで詰まっていたり、道に迷って少しでも遅れれば即アウト。心に余裕などなかったが、財布にも同じくらい余裕がないので、車を運転しながらそんなことを思った。

目的地周辺に到着し、「P」の看板を血眼で探し、どうにか乗船ターミナル近くの地下駐車場に到着。
一日4千円!!?
人間のやることじゃねぇ!!!
うちのアパートが日割で駐車場ついてそんな感じだぞ!!!?と、東京都心の冷酷無比っぷりに声を張り上げそうになりながらも、「ぐぅ…」と息を殺し、とにかく時間がないので「えええええい!!」とピットイン。

華麗に降り立ち、見渡せば高級車の中に浮き立つオンボロの軽が一台。知るか!バカ!
荷物を壊れたキャリーに積み、エレベーターを探す。
刹那、視界がグニャリと歪む。

えれべーたー、たくさんある…

どれ!?どれが本物!?
さながら気分は悪夢を見る耳をすませば月島雫。走り回る時間の猶予もない。

「ええい!」
とにかく飛び込んでみたエレベーターは、どうやら不正解。人気のない、そして出口のないホテルのロビーに到着。さながら袋小路で悪夢を見ているドブネズミの気分だったが、失望している暇はない。高橋名人も目を見張るような「閉」連打で元のフロアへと戻る。

とにかく地下駐車場を乗船ターミナル方向へと徒歩で進みながら、運行会社への連絡先を検索する。
地下通路!電波悪い!そんなの常識!!
働かないインターネッツに業を煮やしながら、響く自分の足音にイライラしながら歩を進める。荷物の重さは感じない。火事場の馬鹿力は割と続く。
あった!連絡先!!
「もしもし!?も…」
流れてきたのは、営業時間外を告げる冷淡で無慈悲な音声ガイダンス。必死さが間抜けさを助長する、自分の声が地下駐車場に響く。
しかしその間抜けさに絶望するよりも先に、私の目は運行会社の乗船ターミナルへつながっているエレベーターを発見した。こんときの喜びったら、アンタもう。

急いで乗り込み扉が開くと、ビンゴ!
安心したためか、急に荷物がズシンと重くなった。
しっかし、車を停めたところからめちゃくちゃ離れてたな…帰りは野宿明けにこの荷物だ……思いやられる…。

出だしからクライマックスではあったものの、どうにかギリギリで乗船に間に合い、私は船へと悠々乗り込んだ。

あれ…かぶっていたはずの帽子が…ない……?
知るか。

離島の日差しで焼かれて死ぬことがほぼ確定したものの、現段階では概ね快適だ。空調が行き届き、すごい速さで夢の離島へと向かう船。時間が経つにつれ、沖合に向かうにつれ、海は透明さと青さを増していく。
あぁ……信じられないくらいツイてなかったが、俺は無事に船に乗れたんだ…。なんて素晴らしい眺めだろう。今夜は星空もきっと澄み切って美しいだろうな……
駐車場代、二日間で8000円か……まぁ…来月の俺ファイト!
人の性だろうか、船が南に向かっていくにつれて私もだんだん穏やかに、楽観的になっていった。「ハロー、今君に素晴らしい世界が見えますか」とかツイッターに投稿しようとしていた。
どんな魚が釣れるだろうか。東京と違ってジメッとしてないだろうから、意外と日中も釣りできるんじゃないだろうか……
そんなことを考えながら船に揺られていると、2時間強の航路も束の間で、あっという間に目的の島へと着いた。

降り立つ人は少ない。目論見通り。
観光的にはあまりスポットの当たっていない島を選んだのだが、功を奏したらしい。
夏で天気も良く休日なので、ひょっとしたら…と危惧していたが、今日初めて、良い方向に予想が転がったらしい。
こうなったらあとは釣るだけ!やったるでー!!と船を降りると、島の駐在さんがやってきた。

コロナ騒動前に一度、前職の先輩たちと伊豆大島に遊びに行ったことがあるのでわかるのだが、本土からやってきた人たちを警察がチェックしているらしい。犯罪者なんかが島に逃亡してくるのを防ぐためだそうだ。たいていは手荷物のチェックなどを簡易的に行い、楽しんでくださいねー、てな具合になるのだ。

伊豆大島のときもそうだったので、バッグを開けて荷物のチェックに備えていると、駐在さんがおっしゃった。

「釣りですか?」
「はい!」

どうやら荷物のチェックは質疑応答のあとらしい。降船者が少ないだけあって念入りだ…

「宿は取られてますか?」
「予約いっぱいで取れなかったんですよね…」
この一言に、駐在さんの表情が曇った。
「あの…宿泊は…じゃあ、野宿ですか…?」
「そうですね…野宿というより夜通し釣りしようかと…」
悲しそうな顔で光る眩しい空を一瞥した後、駐在さんは優しく、申し訳なさそうな声で言った。

「今、宿泊先がない渡航の方の滞在をお断りしているんですよ……」




や っ ち ま っ た





そんなわけで、私は今帰りの船でこのブログを記している。
駐在さんは確認不足のバカ野郎に、「日帰りでもジェット船使えばマックスこの時間まで釣りできますよ!」とか、「どうにか方法があるはずです!」とか、「どこどこ(宿の名前)には連絡しましたか!?空いてないですかね!?」と、自業自得の間抜けである私に、とても優しく接してくれた。しかし朝から続くエターナル凶行で流れを察し、すっかり浜辺に打ち上げられたイカの死体みたいになっていた私は「いえ…確認しなかった僕が悪いんです、こんな折に本当すいません…」と、最速で帰還する船を予約した。仮に空いている宿が見つかったとしても、支払うお金が朝の高速代で使ったことによってギリギリ届かないはずだった。島にはゆうちょしかない。俺にはゆうちょの口座がない。
とにかく一挙手一投足申し訳なさそうにターミナルを案内してくれる優しい駐在さんに、つい、堪えきれずに朝からの出来事をウワーッと吐き出してしまった。努めて明るい口調で話すことが、私の限界だった。
「…そんなことって……」
駐在さんは小さな声で、まんまそうおっしゃった。

「日曜の朝に人身事故なんか起きます…?」
私がリピートするのを、駐在さんは自分の身に起きた悲しい出来事のように聞いてくれた。明らかに落ち込んでいたであろう私を見るその目は、高専三年生の春に「今年で学校を辞める」と告げたときの母と同じ、深い悲しみと優しさに満ちていた。きっと飼育員さんを想って死んでいった戦時中のゾウたちも、そんな目をしていたと思う。でもこの場合悪いのはひたすら確認不足だった私なのだ……。すまないゾウさん、引き合いに出してすまない……。

帰りの船を待ちながら見つめた南の海は青く澄み切り、どこまでも美しかった。すぐ目の前に渋谷109のギャルくらいウミガメがいて、遠い昔に渋谷で私に「Don't touch my boobs!」と怒鳴ってきた黒人女性(触ってません、凝視してただけです)くらい迫力があった。
ああ…あんたら優雅でええなぁ…おっちゃんも竜宮城に連れったってくれや………………えぇ……ほうか…そやな…今どこも物騒やさかいになぁ……

帰りの船は、半袖半ズボンの肌の浅黒い眉毛の細い男性と二人きりだった。電源周りを占拠している。いや、幸い電池あるけども。

もはや美しさすら感じた。
すごい…すごいですよ博士!!
存在しない脳内の博士に、私は心から感嘆した様子でそう呟いた。
なんて日だ!
あんな風に元気よく叫ぶ元気も私にはありませんでした。

ああ、そして一息ついて船から海を見下ろせば、薄緑に汚れたきったねー東京の海です。私は帰ってきたのです。なんと長い時間文章を綴っていたことか。私はついに、帰ってきてしまったのです。そう遠くない位置に、スカイツリーが不吉に屹立しているのが見えます。駐車場代が4000円で済むのは幸なのか不幸なのか。GoToなのかStayHomeなのか黒なのか白なのか、はたまたポン酢なのかゴマダレなのか正解はわかりませんが、お出かけの際は行き先の最新の情報を確実なものにしてからが、自分も他人も話を聞かされた人間も嫌な気持ちにならなくて済みます。こんなバカがこの世に一人ぼっちでありますように…

今は、せめて帰りに事故とか遭いませんように、と思う気持ちが私の中で唯一人間らしくあるものです。木更津港も川崎の工業地帯も、ただ一切は、過ぎていきます。

ああ、そうこうしてたら支払いが滞納しているカード会社から電話がかかってきました。ネタではありません、リアルタイムです。妙縁で明日はきっちり本土にいるので、明日支払えます…ちゃんと折り返すので、微妙に番号変えて連絡しなくても大丈夫です、ご迷惑をおかけしてしまい、どうもすいません…

ついでにカミングアウトすると、先日住宅街で真夏だというのにガタガタ震えながら右足を中心にクソまみれで立ち尽くしていた坊主頭の男はこの僕です。家まで我慢できず、野グソするにもニッチもサッチもいかない状況で、着衣立ちグソするより他に道がなかったのです…思いがけない物量で、だいぶランオーバー甚だしい外観に仕上がってしまったのです……あの短パン気に入っていたのでとても悲しいですが、どう考えても再起不能な状態でした…短パンというよりもはやゲリ糞そのものになってしまっていましたから……水に流せるティッシュで水に流せぬ過ちを包み、きっちり燃えるゴミにポーンしました…本当にすいませんでした……

せめて、ここまで読んでくださったあなたが私よりも不幸でないことを祈ります。自業自得なんですが、私は、確実に不幸の手紙が届く来月の自分を思うと不憫で仕方がありません。
それではみなさんご機嫌よう。

まさか自分がこんな10年後を送っているとは、10年前の自分は思いも寄らなかっただろうね。

それはそれでまた一興だったりもするんだけど、次の10年後はそうもいかないよね。頑張るのは嫌いだし嫌だけど、頑張らないために頑張る、ならまだやれる…かな…多分……

人間、朝陽を浴びて起きるのが一番身体にいいわな

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