まさか自分がこんな10年後を送っているとは、10年前の自分は思いも寄らなかっただろうね。

それはそれでまた一興だったりもするんだけど、次の10年後はそうもいかないよね。頑張るのは嫌いだし嫌だけど、頑張らないために頑張る、ならまだやれる…かな…多分……

人間、朝陽を浴びて起きるのが一番身体にいいわな

昔は夏の終わりによくロッド・スチュワートのマギー・メイを聴いていた。途方もない気持ちになる、しょうもない失恋の唄なのに。

ただ恋の終わりを歌うというより、あぁ、これからどうしようか、と立ち尽くしている感じが自分勝手でとても好きだ。ロックバンドのシンガーにでも応募しようかな、っていう知ったこっちゃないパートがとてもいい。

思い出して楽しいことよりも、思い出して悲しくなったり腹立たしく思ったりすることが多いのが冬なのかもしれない。だから人はネガティブになるのかもしれない。どっちが鶏でどっちが卵なのかは知らないけど…

70sのベスト盤で知った名曲だ。他にはドン・マクリーンのアメリカンパイが好きだった。20歳になったばかりの頃、冬の仙台で、ムクムクと上着を着込んで、家のある高台を自転車で下って市街地を抜け、よく海へ出かけたものだった。
誰も知り合いがいなくて、夜の闇に溶けて消えてしまいそうな感覚が居心地良かった。iPodもどきみたいなポータブルオーディオに詰め込んだ70年代のAORは、青春の混沌をそっくりそのまま音にしたような、現状への途方もないやるせなさと失望、未知の時代へと向かう不安と、何とかなるさというような、どこか投げやりな未来への微かな希望とを内包していたように感じた。それが70年代という時代だったのかもしれないが、俺は知らない。生まれていないから。
でも、そんな混沌の時代に生まれた名曲たちと、当時の現状がとてもよくハマっていた。だからか、人生の過渡期にはいつだって冬の仙台を自転車で駆け抜けていた頃に流れていた音楽を、古いロックを、聴いてしまう。途方もないやるせなさと失望、未知へと向かう不安、何とかなるさというような、どこか投げやりな未来への微かな希望。いつになく、今年の冬はそれらが強く感じられる。まるであの頃のようだ。11年経って尚、何も変わっちゃいない。春になったら、すべてをぼんやりと霞が覆い尽くしてくれればいい。

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