最鬱点より愛を込めて

今から10年近く前の話だ。終電を逃した私は12月の森閑とした山形駅で、一人途方に暮れていた。雪が激しく降る、吹雪の夜だった。
駅前にビジネスホテルはあったが、全く金がなかったので二進も三進もいかない。何か手立てはないかと街を歩くと、おじいさんが声をかけてきたので「助かった!」と思ったが、これがなんと普通にポン引きだった。藁にもすがる思いで事情を話すと「そうかい、じゃあな」と渡る世間は鬼ばかり。憤る気力もなかったので、24時間営業のイオンに駆け込んだ。
フードコートは封鎖されており、深夜勤の店員たちは皆暗く淀んだ瞳で店内をうろつく異端者を見つめており、長居はさせないぞ…という雰囲気が充満していた。仕方がないのでなぜか筆記用具を買って外に出た。どうにも、駅の通路しか屋根が付いている施設はなさそうだ。
東京と違い、東北には仙台を除いてほとんどホームレスがいない。理由は、誰が説明しなくても住んでいればわかる。冬が越せないからだ。そんな地で、私はその一夜を、寒風吹きすさぶ山形駅の構内で過ごす覚悟を決めていた。
当時はすでに東京に住んでいたため、帰りたい帰りたい帰りたいと呟きながら、生きて無事に帰れたら何がしたいかイオンで買った筆記用具に綴り続けた。涙が出そうだったが、人間、一縷の希望さえあれば極限状態でも一晩くらいなんとかなるもんである。東京とは違い、東北の終電は早く始発は遅いが、それでも陽が昇る前には始発電車がやってきた。
たったそれだけのことで号泣したのは、後にも先にもあの夜だけだ。
東京生活でも、大雪に遭遇して一晩電車で過ごした夜もあったりしたが、東京トレインビバークは佐々木氏やその他大勢の乗客も一緒にいたこともあって、あの夜に比べればなんということはない。謂わばあの構内通路は独房のようだった。
今となっては笑い話だが、もう一度やれと言われても断固拒否する。三万やるからやれ、と言われたらやる。絶対やる。いや、めっちゃしんどいけど金もらえるなら妥当だわ。

金のないやつぁ俺んとこへ来い!俺もないけど心配すんな!と呼び出され、私は出向く。すると虚ろな目で黄昏の街並みを見つめながら、奴は力なく呟く。
「見ろよ、燃えているあかね雲…そのうちなんとか…なるだろう…?」

そんなん言われた日には、張っ倒すね。大方昼の中央競馬でけちょんけちょんに負けたんでしょう。それこそ私の方が「まぁ…飯行こうぜ…なんとかなるさ…」と呟くだろう。「いや、お前金ねぇだろ…」と奴は言うだろうが、「俺もないけど心配すんな…」と私は精一杯格好つけるのだ…



奴って誰?何の話?とか言う人がたまにいますけど、意味はないのです。感じることが全てなのです。
伝わる人って案外いるんだなぁと感じた出来事があって嬉しく思った日でした。

最近、「マジオドライバーズスクール」と書かれた教習車を見かけることがあった。多くの場合、自動車教習所というものは頭に地名がつくものだと思っていた。例えば、私が免許を取得した平泉ドライビングスクールは平泉にあった。そこに来てマジオである。漢字で書くとやはり本気男、だろうか。なんだか一気に猛々しくなるな……

3000m級の山々が並ぶ日本アルプスの山梨側、その頂にそびえ立つ教習所、そここそがまさに本気男ドライバーズスクール。そこでは日夜益荒男たちが免許取得に向け、命がけで切磋琢磨するのであった。
軟弱な男はまずそこまで辿り着けないが、それこそまさに本気男の狙い。本気しか受け付けていない。
よしんば女人が辿り着いたとしても、麻袋に詰められてジープで家まで送り返される。相撲協会もドン引きの女性排斥主義。
入学金はポケットに入れたくしゃくしゃの紙幣でなければならない。血や泥などで汚れていれば尚好ましい。ピン札など持って行こうものならその場で破り割かれる。
教官たちはみなアメリカのアームレスリング選手のような風貌で、戦時中の愛国鬼畜軍曹のような精神を持ち合わせている。私語など挟もうものなら教習車ごとスクラップにされてしまう。
そして見よ、このエグさ極まる教習コースを!
S字クランクは活火山の火口に配置されており、コースアウト即ち死を意味する。一定の間隔で振り子ギロチンが往来する直線コース、その道は火山灰を固めたもので、走った側から崩れ去っていく。ギロチンに怯んでスピードを落とそうものならこれまた火口にイン。即死である。坂道は断崖絶壁。坂道発進以前の問題ですよ!なんぞと弱音を吐く者があれば、屈強な教官によって火口へと叩き込まれ、即死。
気合いと度胸だけがモノをいう世界。
本気男ドライバーズスクールでの免許取得までの平均期間は15年。本気の免許取得とは、そういうものだ。





ここまで書いてそろそろ飽きてきたけど、これ完全に男塾ですわ

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