January 29, 2012

2012年合気道小林道場新年会

 1月9日(月・祝)毎年恒例となっております小林道場新年会が小平道場において盛大にとり行われました。
 新年会の開催は1月9日午後3時30分からですが、われわれ指導部は1月6日に集合し、準備を行います。出席者の確認と配布資料の準備、備品の準備、手配した料理等の確認、推薦昇段者の掲示の製作、式次第の最終打合せなどやるべき事は山ほどあり、まさに合気道小林道場の新年最初の大イベントです。
 新年会当日は正午に小平道場に集まり、会場のセッテイングをします。指導部員だけでは人手が足りず、毎年会員および学生の方々にお手伝いをいただいています。大変ありがたく思っています。

 料理は刺身の盛り合わせ、にぎり寿司、中華のオードブルに加え、今回も昨年好評だったたこ焼きを用意しました。本職(小平会員、琵琶さん)の作るたこ焼きで、大きなタコの入ったできたてを食べることができるので皆さんに大変喜ばれています。
しかし、皆さんに食べていただくため、新年会開始2時間前から仕込みの準備にかかります。そして宴会が始まってからはひっきりなしに作り続けます。私も少しの間、プロの技を見せていただきました。今年は一段と寒さも厳しく、辛かったと思います。まさに裏方の立役者の一人です。ちなみに、通常は1皿500円で販売しているところ、持ち帰りの土産は400円と特別安くしていただいています。皆さん是非ご賞味ください。
 琵琶さん、美味しいたこ焼きをありがとうございました。

新年会02 宴会でもプロの素晴らしい技を見せていただきました。スエーデン弥栄道場の会員でプロのマジシャンの登場です。
 まずはどこにでもあるようなカップを見せます。カップの上にのせたはずの小さな赤い球が消え、カップの中から出てきます。あちらこちらと球が移動し、最後はカップの中から野球のボールがでてきて観客の度肝を抜きました。拍手喝さいです。
 次はカードマジックです。演者は1枚のカードを抜いてもらい、それをカードの中に戻してもらいます。ポケットから蓋付きの灰皿をとり出し、テーブルの上に置きます。頃合をみつけて灰皿を開けます。中からカードが出てきました。まさか!? それはまさに観客のとったカードでした。なぜ誰も触ることができない灰皿からカードが出てきたのか?その信じられない結果に大きな感嘆の声があがっていました。やはりプロマジシャンの演技はインパクトがあります。

 私ごとで恐縮ですが、実は私も学生時代より趣味でマジックの練習をよくしていました。
最初のトリックはカップ&ボールという演技です。オリジナルは3つのカップと3つの球を使い、最後にレモンやみかんをだします。有名なマジックなのでその道に興味のある方は一度は観た事があるのではと思います。
 次のカードマジックはカードシャッフルのコントロール(1枚のカードを自由に移動させる)、フロントパームなどの技法を駆使した演技です。全く不自然な動きがなく、流石にプロの手さばきは鮮やかのものでした。
 技法の話は、時としてプロマジシャンの営業妨害になり、また不思議な世界に酔いしれている方に水をさす事にもなりかねないのでこのくらいにします。もし、それ以上の話が聞きたくなったら私の担当道場に来てください。もう少し詳しい解説をさしあげます。ただし、道場でしっかり合気道の稽古をしてからです。

新年会01 次に小平会員、今井さんの娘さんによる素晴らしいバイオリンの演奏がありました。
間近で生の演奏を聴ける機会はなかなか無いことなので、皆さん興味深々で聴き入っていました。その音色は皆さんを魅了し、真に音楽の世界に引き込むものでした。
演奏が終了してもその余韻が残っていたようで、しばらく気持ちの良さを覚えていました。
 今井さん、素晴らしい演奏をありがとうございました。

 最後になりましたが、今回も準備や後かたずけなどたくさんの方々にお手伝いいただきました。ご協力に深く感謝いたします。ありがとうございました。
また、我々指導部の行き届かなかった点もあったと思いますがご容赦ください。なお、ご提案等ありましたらお話いただけたら幸いです。改善していきたいと思います。
出席された方々、お疲れ様でした。今後も小林道場にご協力を宜しくお願いいたします。

指導部 小林幹雄


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January 11, 2012

北京合宿に参加して

明けましておめでとうございます。
12月23〜27日の北京合宿に参加した和光教室の太田見さんから感想文が届いていますので掲載いたしいます。

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IMG_0568 「太田見さん、北京行かない?」この弘明先生からの一言が、私の北京行きのきっかけになりました。11月の審査で一緒に初段を受けた保谷教室の今野さんからも「行きましょうよ!」と声がかかり、海外合宿に一度は参加したいと思いつつ、なかなかスケジュール調整が難しく行けないと諦めていたのですが、今回は週末と祝日が重なっていることもあり、二日休暇を取れば行けることに気づき、参加させていただくことになりました。


 日本からは小林弘明先生、小林幹雄先生、大崎繁一さん(所沢道場)、Yさん、今野弘子さん(保谷教室)、私の計6名で出発し、現地で矢野勝久さん(中国在住)、鈴木敏弘さん(所沢道場)のお二人が合流されました。
 出発当日、私は事前に弘明先生から送っていただいた旅程表の確認を怠り、集合時間に決められた場所に行かず、一人でチェックインを済ませのんびり朝食をとるという失態をやらかしてしまい、同行の皆様にご心配とご迷惑をおかけしてしまいました。
皆様本当にすみませんでした!

IMG_0640 巨大な北京空港に到着すると、合宿中お世話になる賀先生とお弟子さん達の歓迎を受け、車で宿泊先である「クラウンプラザパークビュー北京」へ向かいました。ちなみにホテルは5つ星の高級ホテルです。個人的には5つ星のホテルに宿泊する機会など皆無、内心かなりワクワクしていました。私の部屋は12階でしたが、窓からは高層ビルや高速道路を走るたくさんの車が見え、部屋は一人で泊まるには広すぎるほどで、使う機会のない豪華なデスクや椅子、大画面のテレビが並び、贅沢な空間でした。
 
 その日の夜は賀先生、お弟子さん達、西安や四川(?)から今回の講習会に参加するためにはるばるやってきた熱心な生徒さん達とともに、私達は中国の東北地方の料理をいただきました。宴席では「カンペー」「カンペー」の声がひっきりなしにかかり、少し飲むとお弟子さんのどなたかが、すぐにお酒を注ぎにきてくれます。食いしん坊な私は中国式の回るテーブルに並べられたお料理の数々を、一つ残らず逃すまいとテーブルが回るごとに箸を伸ばしました。中国の「カンペー」は日本の「乾杯」と意味合いが違い、飲むときは誰かと一緒に、杯を文字通り飲み乾すのだそうです。肝臓が強くないともちませんね。

 宴会はかなり盛り上がり、後半は日中歌合戦&マジック大会となりました。幹雄先生のスプーン曲げは、プロ顔負けの技でした。幹雄先生はマジシャンでもいらしたんですね。知りませんでした〜。
皆十二分に飲み、お腹がいっぱいになったところで車にて移動し、市内の湖畔にある繁華街を散歩しました。中国的な趣と西洋的なものがミックスされたような不思議な街並みで、湖は凍っていてとても寒かったのですが、にぎやかで素敵なイルミネーションが輝いていて、賀先生が一人一人に買ってくれた巨大な綿菓子を頬張りながら、楽しくお店を見て回りました。その後ギターの生演奏が聴けるバーに移動し、「カンペー」第二弾です。
お店が閉店になる11時30頃までそこで過ごし、お開きとなりました。


 翌日は、午前中に雍和宮という清の時代に開かれた北京最大のチベット仏教寺院を観光し、午後は北京市地壇体育館にて今回のメインイベントである講習会に参加しました。
 講習会では、弘明先生のご指導のもと、合計100名近く(?)の方が参加され、皆さん熱心に稽古されていました。弘明先生は中国語が堪能で、講習会では中国語で指導なさっていました。体術・剣・杖と2時間みっちり稽古したあとは、初段の審査が行われました。審査の途中に、保谷教室の今野さんと私が呼ばれ、自由技をやるように声がかかった時には、かなり青ざめましたが、日本代表(?)として気持ちだけは負けないようにがんばりました。日頃からもっと稽古を重ねて、いつ呼ばれても堂々とできるようにしたいな・・・と反省しました。講習会の模様は、現地のテレビ局が取材に来ていて終始カメラが回っていました。数日後にテレビで放送されたそうです。
 講習会終了後はパーティーです。40〜50名集まったのではないでしょうか。あちこちで「カンペー」合戦が続き、弘明先生は北京チームの恐ろしくお酒の強い女性につかまり、何10本(?)とビールを空けていたようです。「白酒」というアルコール度数が40位の相当強いお酒もかなり飲まれた(飲まされた)ようです。倒れなくて本当に良かったです。


IMG_0689 翌日は一日観光です。まずは天安門の近くにあるショッピングストリートを散策し、天安門広場〜故宮〜南鑼鼓巷と巡りました。中国は本当に広くて何でも大きいですね。日本とは大きさのスケールが違うと思いました。ショッピングは値段交渉ができるので、交渉次第でだいぶ安くなるようです。一緒に参加したYさんは中国語が話せて、中国の方ともかなりコニュミケーションを楽しんでいました。合宿中はミニ中国語レッスンをしてくれたり、買い物の時には通訳してくれたり、大変お世話になりました。
 この日の夜は羊肉のしゃぶしゃぶでした。とにかくこれでもかこれでもかというほど、お肉が次々と運ばれてくるし、とてもおいしいので、ついつい食べ過ぎてしまいました。一ヶ月分のお肉を食べたような気分でした。北京に行く前は中国のトイレ事情にかなり不安がありましたが、北京オリンピック以後、かなり改善されたようで心配してるほどではありませんでした。でも羊肉しゃぶしゃぶのお店でついに「ニーハオトイレ」に遭遇してしまったのです!扉がなく扉側を向いてしゃがんで用を足すトイレです。各トイレ間の壁はあったので、まだましでしたが、さすがに扉がないトイレで用を足すのは抵抗がありました。しかし我慢をする余裕がなかったので、意を決して入りました。幸い他の人が入ってこなかったのでニーハオする必要はありませんでしたが・・・。

IMG_0651
 次の日も一日観光です。今日は万里の長城です。一度はここを訪れてみたいとかねがね思っていたので、大変楽しみにしていました。万里の長城観光はいくつかの場所があるそうですが、私達が向かったのは慕田峪長城と呼ばれる所で、全長2250mの長城へは、まずロープウェイに乗って上り、そこから城壁を歩きます。結構急な坂もあり、歩いているうちにかなり汗が噴出して、防寒のために身体のあちこちにつけていたホッカイロを半分はずしてしまいました。長城を歩きながら見る景色は、雲一つない真っ青な空と山々がどこまでも続いて、悠久の昔の中国を垣間見ることができました。長城を一通り散策した後は、ロープウェイで登ってきた道を今度は乗り物にのって、滑り台で下りました。久々に内心子供のようにはしゃぎつつ滑り下りました。楽しかったです。
 長城観光後夕食まで少し時間があったので、紅橋市場というところに、ショッピングに連れていってもらいました。お茶や雑貨、電気製品、チャイナ服等ありとあらゆるものが売られていて、怪しげなコピーみたいな商品や目を引くおもしろいものがたくさん並んでいました。また売り子達は売る気満々といった感じで、ちょっと足を止めて見ているとすぐに声をかけてきます。その場を立ち去ろうとすると、値札の金額からどんどん低い数字を言ってきます。見ていたチャイナドレスを、値札の半額で言ってきたのには驚きました。一体どうなってるんでしょう?値札はあってないようなものですね。

 最後の夕食は待ちに待った北京ダックです!!ホテルから車で1時間ほどの郊外にある高級レストランでの食事です。私は本場の北京ダックを食べなければ日本に帰れないと思っていたので、涎をのみこみつつ、いまかいまかと心待ちにしていました。丸テーブルには数々のおいしい料理が並び、皆で「カンペー」をしながらいろいろなお話に花が咲き、ついに北京ダックの登場です。コックさんがテーブル上で、こんがりと焼き上がったダックを滑らかな手捌きで切り分けてくれました。それをクレープで薬味と一緒に巻いていただきました。口に入れた瞬間に肉汁が口の中にひろがり、お肉の旨みを堪能しました。とても幸せな一時でした。
 後半はマジック大会第二弾です。幹雄先生はじめ、弘明先生、賀先生、中国チームのお弟子さんたちもそれぞれのマジックを披露してくださいました。本当においしく、愉快な宴でした。
IMG_0742

 今回の合宿では、賀先生をはじめ中国チームの方々には大変お世話になりました。至れり尽くせりのおもてなしに、申し訳なくなるほど、感謝しています。そして、成田出発から帰国まで我々参加者達の安全な旅を引率してくださった弘明先生、幹雄先生、どうもありがとうございました。私としては、思いがけず今回の合宿に参加することになりましたが、弘明先生の一言がなければ、こんなに充実した楽しい合宿に参加することはなかったと思います。一緒に参加した会員の皆様とも交流がもて、日本では得られない貴重な時間を過ごすことができました。
皆様「シェーシェー」そして「カンペー」!!(「スイイー」でもよいですよ。)

和光教室 太田見真理子


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January 02, 2012

笠原指導員 韓国指導

 年末の平成23年12月26日から30日まで韓国ソウルに行ってきました。
 韓国はこれまでにも何度か訪れている場所で、前年の夏にも小林先生のお供として行っていますので、海外と言ってもそれほど緊張せずに向かうことができました。
 仁川国際空港には現地の会員の一人、キムさんが迎えに来ていました。紙に大きく私の名前を書いて持っていてくれたのですぐに見つけることができました。

kankoku1
 ソウルの道場は新村(シンチョン)という日本の渋谷のような雰囲気のところにあります。周辺に大学がいくつもあり、レストランやカフェなどがいくつも立ち並ぶ非常に活気のあるところです。
 着いたその日の夜9時からの一時間の稽古をまず指導しました。初心者から有段者まで男女10人ほどで、雰囲気は日本と変わりません。違うのは言葉だけで、簡単な英語と片言の韓国語を駆使して指導しました。数名ですが現地に住んでいる日本人の会員の方々も稽古に参加されました。帰国前日の29日まで計7回指導しましたが、初心者がほとんどでしたので、基本動作や基本技を中心に指導しました。皆さんとても熱心で、私の指導から少しでも多く学ぼうという熱意が非常に良く伝わってきました。
 
kankoku4 気温は東京より5度程低いですが、道場は地下にあり、暖房も効いているのでとても暖かく、稽古の後は汗びっしょりです。その後のビール、焼肉、キムチがおいしくない訳がありません。稽古の後は韓国の責任者の尹(ユン)先生や会員の皆さんと道場近くのレストランに食事に行きました。周辺は活気のあるところなので様々な種類の飲食店が所狭しと並んでいます。ショッピングや韓国料理に舌鼓を打つ日本からの観光客も何人も見かけました。
 
 29日の昼は尹先生の自宅で尹先生の奥様の手料理をご馳走になりました。そこで小林先生と同じ誕生日の9月20日に生まれたばかりの尹先生のお孫さんを抱っこすることもできました。尹先生に似て丸っこい顔で体も大きく元気な赤ちゃんでした。
 
kankoku3 韓国語もコツさえつかめば覚えるのが楽しくなります。毎朝朝食は一人でホテル近くの適当な料理屋に入り、韓国語のフレーズ集片手に韓国語で私の好きなソルロンタン(あっさりした牛スジの煮込みスープ)や石焼ビビンバを注文していましたが、店のおばちゃんは快活で人懐っこく、色々と面倒を見てくれ、どこか懐かしく非常に居心地良く感じられました。韓国にはまる日本人が多いと聞きますが、その理由が良くわかります。
 次回の岩井の合宿には尹先生はじめ何人か韓国から参加される予定だそうですので、また会えるのが楽しみです。
 
kankoku5尹先生はじめ、会員の皆さんには滞在中色々とお世話になり、大変感謝しております。
 カムサハムニダ!

笠原 記

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December 20, 2011

スウェーデン・弥栄道場30周年に参加して

 スウェーデン弥栄道場30周年に小林保雄道場長と一緒に参加した上板橋道場の東城さんの感想文を掲載いたします。

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kao
 先般、十一月九日より十六日迄スウェーデン・ストックホルム市に於いて、ウルバン先生の弥栄道場、創設三十周年記念大会に参加させて頂きました。現地に到着、日本の真冬の寒さです。会員皆様の出迎えを受けました。ウェルカム、ウェルカムと言って、握手を求めスーツケースを持って下さいます。ホテルに到着しました。チェックイン、当地の習慣に従え学習しなければなりません。玄関出入口のセキュリティーボタンの操作、宿泊ホテルの道順カードの取得、ルームキーの操作、エスカレーター右側、エレベータ利用の際レディファスト、自在ドアー開閉の際は後続者への配慮、などが注意項目です。早速歓迎パーティが始まりました。その後毎晩、打ち上げパーティ、記念パーティ、さよならパーティの祝杯が続きます。
 尚、講習にも毎回出席して汗をかきます。終わった後、会員の方が袴を畳んで下さいます。そして毎回缶入りの冷たい飲み物を差し出して下さいます。又、練習の後、夜道などホテル迄、送って下さいます。余りの心配りに申し訳なく思い御遠慮申し上げましたが最後まで、氣配りして下さいました。

観光について
toujo 二日目、講習の開始は夕刻よりの為、先に入国された五十嵐先生、道場長先生、私、三名で宿泊ホテルよりほど近いウェステルロングガータン通りを散策しました。北欧のヴェニスと言われるスウェーデンの首都です。東京都人口の一割にも満たない八十万人です。それでもスカンジナビヤ半島では最大です。十四の島より形成されております。七五〇年程前に建国されたとの事、日本の鎌倉時代、弘安の役の頃かと思われます。まだ新しく北欧五か国は兄弟の様なお国で争い事もなく、最近、日本で起きた東北災害の様なこともなく、ひたすら栄えて来た都市とのことで御座います。高台より眺めるガムラスは絶景です。ストックホルムの発祥の地で中世の面影が山積みしております。とんがり帽子のゴシック様式の建築がよく目に付きます。石畳の道を闊歩しながらのんびりと王宮、市庁舎、大聖堂、大広場、彼の有名なノーベル博物館、ガムラスタンの目抜き通りなど数えきれない程のコースがあります。でも大変分かり易い観光コースでした。次の日一人で観光に出掛けましたが、寒風吹きすさぶ悪天候になったので早めに引き揚げることにしました。最終日御当地 合気会、上層部の御配慮により、この御国に来て見逃してはならぬ「ヴァーサ号」博物館の案内をして頂きました。大きな木造船で約四〇〇年前処女出航の時、ストックホルム港で沈没、その原因は見送りに来た大衆に応える為、右舷に水兵、全員が集って片寄り過ぎた為との事、その後六十年前、引き揚げられ原型を留めたまま復元されました。船には数百の彫刻が施されております。我が国の左ノ甚五郎の作品と比較しても及ばない見事な彫刻でありました。当時の国王の権力の象徴とも言うべきか、数、多くの大砲が配置されております。これは昔の戦艦です、当時のお国の守り神として建造されたのでしょう。そして中には当時の造船技術が数多く展示されておりました。機械に頼らない手作りの技術です。それを見て私は、現代は機械に頼り過ぎ、昔の貴い技術が失われて行くのは誠に残念であります。そう思いながら観光させて頂きました。

講習会に参加して
tojo jo 弥栄道場の所在は宿泊したホテルの裏通りえ徒歩十分です。これ又ボタン四桁押さなければ入れません、地下三階に廣々とした畳敷きの道場があります。それに加えシャワ室、サウナ風呂、キッチンが完備され、諸外国の愛好家が修行の為、宿泊地としても利用せれているとの事で御座いました、御指導下さる先生は八段、小林先生、七段、五十嵐先生、七段、ウルバン先生、他、三名の先生方の御指導です。私も一日二、三回の受講しましたが、何と申しましても、小林先生の御指導は楽しく笑があって、分かり易く初心者から高級者迄、気軽に受講出来る、そして人と人との和を大切にする指導方法だったと思います。私も是非見習いたいと思います。次に五十嵐先生の御指導は剣の入身と間合いについての説明です。相手によっては入身、踏込みの深さ、速さ、身長の違い等、対応が違って来ます。どの様な状況にあっても正しい間合いが大切です。さすれば美しい合わせが仕上がります、杖術、徒手術、すべて同様の事が言えます。との事、受講してみて初心者の頃、板橋道場で各々の先生方にその都度、注意されたことが思い出されます。力を抜く、踏込んだ後で振り下ろす。息を止めるな、相手に届いていない、切先三寸を忘れるな、などです。ここで再度技の深さ、難しさ、を再認識致しました。

三十周年記念大会に出席して
 参加国は、ドイツ、イギリス、ポーランド、ハンガリヤ、フィンランド、ノルウェー、日本、10か国以上の交流国、合気道愛好家、二百名以上、各国の師範の先生方、各々の国の道場長の方々の、集結する中、盛大に挙行されました。式典の後、芸人を招いて余興が行われ、杯ある祭典が無事終了しました。

昇段審査を見学して
tojo laszlo 日本から出席されている小林八段、五十嵐七段の先生方の審査です。有段者10数名が受審されました。見学させて頂き、大変勉強になりました。兎に角、諸外国の方々は熱心です。本当に頭が下がります。受審の内、数名、不合格となりましたが、次回、練習を重ねて、必ず合格される様願っております。

総括して
 総ての日程、無事終了。六泊八日の合宿は矢の如く過ぎました。それにしても北欧は毎日日差しがなく曇り空です。これは北欧特有の天候だそうです。成田に到着した途端、煌々と日差しがあり、我が国の有り難味を染み、染み、感じた次第です。終りに、この度の杯ある弥栄道場、三十周年記念大会に参加させて頂き、ここに小林道場長先生、五十嵐先生に心よりお礼申し上げます。尚、ウルバン先生を始め、弥栄道場皆様にも、此の度の数々のお世話に対し幾重にも御礼申し上げまして閉じさせて頂きます

上板橋道場 東城信春 記


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December 15, 2011

志優館子供クラス5:合気道と私 渋谷 知夏

 合気道志優舘では、子供クラスで2級以上の審査規定に論文(作文)を設けています。
今回の課題は、『私と合気道』または『合気道と私』。
どちらかのタイトルを自分で選び、審査時に提出してもらいました。
初心を忘れない子供達の素直な作文を一読頂ければ幸いです。

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渋谷 知夏
 私は、幼なじみの友達が合気道を習っていると聞き、やってみたくなりました。
最初はとても緊張してしまい、何がなんだか分かりませんでした。
しかし見学に行くたびに、とても面白いし、技がカッコイイと思い、ついに入会しました。

 入会した時は、「ちゃんとできるかな。」と不安でいっぱいでした。
受身や膝行がうまくできなくて、もう無理かと思っていたら、同級生の由子ちゃんが優しく教えてくれました。私はとてもうれしかったです。
そのうち、明衣莉ちゃんや由季ちゃん、他の男子達とも友達になり、ますます合気道に行くのが楽しみになりました。

夏になり、だいぶ慣れてきた頃、先生から一通の手紙をもらいました。
それは『合宿』でした。私は友達と一緒に合宿に行けるなんて、とてもわくわくしてきました。
学校にいる時や遊んでいる時も、ずっと頭の中から離れませんでした。
合宿で初めて会った友達とは、なかなか話せなかったけれど、いつの間にか仲良くなっていました。
同じ学年の人もいたので、学校のことや合気道のことをいっぱいしゃべりました。
秩父の道場でも色んな人と話したり、みんなと仲良くなれた気がしました。
帰りのバスで、私は色々と振り返りました。
「この合気道に入れて本当に良かった。」と思いました。

 私は、剣と杖が大好きです。
剣は、カッコ良くて、なぜか小さい頃から憧れていました。
杖は、技が難しくなるほど、カッコ良いです。

 ドラマや本などで使っている人を見て、私もいつかは使ってみたいと思っていました。
いざ使ってみると、剣は重いし、使い方が難しく、とても苦戦しました。
慣れてきて間違えずにできると、自分もドラマの中の人のようで、とても気持ちが良かったです。
これから、もっと剣と杖をたくさん習いたいです。

それから苦手な技は、三人でやる技です。
とても力が必要だし、分からなくなってしまいます。だから三人の技は苦手です。

 今回が小学生最後の審査です。合格できるか、とても不安で緊張しています。
必ず合格できるように、技や礼儀をしっかりと頑張りたいです。

志優館 渋谷 知夏

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志優館子供クラス4:私と合気道 豊島 由子

 合気道志優舘では、子供クラスで2級以上の審査規定に論文(作文)を設けています。
今回の課題は、『私と合気道』または『合気道と私』。
どちらかのタイトルを自分で選び、審査時に提出してもらいました。
初心を忘れない子供達の素直な作文を一読頂ければ幸いです。

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豊島 由子 私が合気道を習い始めたのは、父と母に進められたからです。
武道の中で合気道を選んだ理由は、自分の身を守れるようになるためと、精神を鍛えるためだそうです。

 合気道を始めたのは、四年生になった春でした。それまで合気道がどういうものか知りませんでしたが、習っていくうちに、合気道の技を身につければ、力の弱い女の人でも自分の身を守る事ができるのを知りました。もう一つは、感謝の気持ちを持って、礼や挨拶をすることが大切だと知りました。

 私が合気道を始めて変わったところは、始める前よりもたくさん挨拶をするようになったところです。登下校や学校でする挨拶の数が増えました。学校のお昼の放送で、挨拶が良くできる人として、何回も名前を呼ばれた事があります。挨拶ができるようになって良かったと思います。

 その他には、違う学校の人や同級生以外の人達とも仲良くできるようになりました。
合気道を習い始めたばかりの頃は、先生や他の人に教えてもらうばかりでしたが、しばらくすると、私が新しく入ってきた人達に教えるようになりました。

 人に教える事で、自分の間違っていたところや新しい発見をする事ができました。
教える事は、とても大変だけど勉強になって良い事だと分かりました。

 私の合気道での目標は、黒帯になる事です。
そして、みんなに優しく、お手本になれるようになる事です。そのためには、先生の話を良く聞き、他の人がやっているのを見る時は、しっかりと見て、一生懸命、稽古に取り組みたいと思います。

合気道を始めて、色々な良い事がたくさんありました。
稽古は、いつもとっても楽しいし、自分のためにもなるので、これからも続けたいです。
 合気道は、私に目標を持たせてくれるものです。今もその目標に向かって頑張っています。
合気道を習えて良かったです。

志優館 豊島 由子


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志優館子供クラス3:合気道と私 原嶋 諒

 合気道志優舘では、子供クラスで2級以上の審査規定に論文(作文)を設けています。
今回の課題は、『私と合気道』または『合気道と私』。
どちらかのタイトルを自分で選び、審査時に提出してもらいました。
初心を忘れない子供達の素直な作文を一読頂ければ幸いです。

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原嶋 諒
 僕が合気道を習いたいと言い出したのは、小学校3年生の時でした。
理由は、はっきりと思い出せませんが、僕が自分から合気道が良いと言ったそうです。

 父と母は、僕が男の子なので何か武道を習ったほうが良いと考えていたそうです。
父は小学校から高校まで剣道をしていて、僕にもやらせたいと思って進めてくれましたが、あまり興味がありませんでした。空手も考えてみましたが、あまりやりたいとは思えませんでした。

 合気道をやりたいと言ってから、母がこの道場を探してくれました。4年生になる時でした。
そうして僕は、4年生から志優舘で合気道を習い始めました。
 初めの頃の事は、良く覚えていませんが、膝行や受身が難しかったです。それに慣れてくると今度は、船こぎ運動や一教運動や八方の言葉や動き方を覚えるのに苦労しました。

 それに剣・杖でも13の杖など、とにかく覚えることが多くて、稽古にいくたびに何か新しいことを習っていたように思います。
最初のうちは、この一つ一つを覚えるのに精一杯だったけど、そういう時に困っていたら、まわりの僕より年上で級も上の人が、やり方を見せてくれたりして助けてくれました。そうやって、いろんな技を覚えたり、みんなと稽古するのが楽しくて、合気道がだんだん好きになってきました。

 その中でも一番楽しかったのは合宿です。
初めて参加した時は不安があったけれど、他の道場の人達と稽古したり、ゲームをしたりしているうちに、だんだん仲良くなって、それからは毎年参加するのが楽しみになりました。
焼き肉では、おはしを焼いて怒られた時もあったけど、僕にはいい経験だったと思います。

 今年から僕の妹も合気道を始めました。僕が合気道を始めた年よりも2つも下です。
だから妹以外の僕より下の子達に何か教えてあげたり、僕が今までみんなにしてもらったように親切にしてあげたいと思います。
 でも僕もまだ先生から注意されることが多いので、もっと怒られないようにならないといけないと思いました。

志優館 原嶋 諒

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志優館子供クラス2:私と合気道 荒川 青葉

合気道志優舘では、子供クラスで2級以上の審査規定に論文(作文)を設けています。
今回の課題は、『私と合気道』または『合気道と私』。
どちらかのタイトルを自分で選び、審査時に提出してもらいました。
初心を忘れない子供達の素直な作文を一読頂ければ幸いです。

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荒川 青葉 私が合気道を始めたきっかけは、3年生の時の無料体験がとても楽しかったからです。
私は最初、合気道は自分を狙って来た人をやっつけるものだと思っていました。
けれど、やってみると「やっつける」とかではなく、「自分を守るもの」だと思いました。
また、他の武道と違うところ、試合が無いということは老若男女、みんなが楽しめるものなのだと強く感じました。

私は1回審査に落ちました。
その時に仕切り屋だったことや情熱だけが走り過ぎて、謙虚や感謝の気持ちが足りなかったことに気づき、悔しかったけど一歩だけ前に進めた気がしました。

 また、私は笑顔じゃなかった時期がありました。
自分が楽しんでいないから、合気道が楽しくないと考えていました。
けれど南先生から「楽しく稽古するのが志優舘のモットーだから」と言われて、笑顔になるのを心がけました。すると、合気道がすっごく楽しくなって、自然に笑顔になりました。

 そして最近は、人に教える大変さを感じました。
伝え方がわからなかったり、あるいは伝わらなかったり、言う事を聞いてくれなかったり、とにかくたくさん教える人がいて困った時、先生が教えてくださったのが「大きな声で指示をだして、時には叱る」ということでした。最初はうまくできなかったけど、今は、だいたいの人が理解してくれて良かったなぁと思います。だけどやっぱり難しくて、まだまだかなぁと思っています。

 あとは合宿がすごく楽しいです。
ふだん合えない松伏、瀬崎、吉川道場の子と一緒に稽古ができたり、新しい友達ができたりするからです。けれどたくさんの友達が集まる場所だからこそ、ワガママの人が出てきたりすることもありました。実際、○○君と一緒になってたくさん学ぶことがありました。
けれどそこでも南先生に「疲れても笑顔で!」と言われて、笑顔って強いと思いました。

 私は、これからもっときちんとみんなに、技を教えられるようになりたいです。
みんなで楽しみながら、しっかりと稽古ができるようになるように、まずは自分からきちんとやっていきたいと思います。
謙虚・感謝・情熱を持って。

志優館 荒川 青葉

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志優館子供クラス1:私と合気道 柴田 菜月

 合気道志優舘では、子供クラスで2級以上の審査規定に論文(作文)を設けています。
今回の課題は、『私と合気道』または『合気道と私』。
どちらかのタイトルを自分で選び、審査時に提出してもらいました。
初心を忘れない子供達の素直な作文を一読頂ければ幸いです。

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柴田 菜月 私が合気道を習い始めたきっかけは、自分から「合気道をやりたい」と言ったからです。

 初めて合気道を体験してみたのは、合気道志優舘の三郷教室の道場開きの日でした。
初めて見る合気体操も、よくわからなかったけど、ドッジボールをしたり、稽古の手伝いに来ていたハンガリーの人たちもいて、とても楽しそうだなと思いました。
私も「先生達みたいに合気道が上手になりたい」と思い、合気道志優舘に入会しました。

 習い始めた時は、二教運動がとても怖かったです。
でも、今では自分の手首を「ボキッ!」となるまでやるぐらいできるようになりました。
習い始めてしばらくすると、「相半身」と「逆半身」を教わりました。
最初は全然わかりませんでした。でも今まで、6年間やってきたので、わからないことはあまり無いと思います。

 それから、合気道を続けてきてわかったこと。
一つは、とにかく道場の入り口では『礼』をすることの大切さです。
二つ目は、合気道の先生以外の人でも、出会ったら自分から声をかけ、『大きな声で挨拶をする』こと。
そして三つ目は、『人に教えることは、その人のためにも、自分のためにもなる』ことです。
このことは今でも、続けています。

 これ以外でも、学んだことはいろいろありますが、これからも合気道を続けて、いろいろ学んでいきたいです。

志優館 柴田 菜月

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December 05, 2011

「キュウリの板ずり 」

 先日、東京家政大学付属女子中学校に於いて小林弘明師範による護身術講習会が行われました。アシスタントとして参加した小平道場の高橋倫子さんから、講習会の模様を投稿していただきました。

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集合


 去る11月12日、東京家政大学付属女子中学校に於いて生徒の保護者を対象とした護身術教室が開かれました。講師として弘明先生が招かれ、助手役で小平道場・宇佐さん、所沢道場・山中さん、和光道場・アレナさん、小平道場・高橋がお伴致しました。弘明先生曰く「小林道場の美女軍団」(又の名を単に家が近い?女子軍団)です。

二教 小林道場に講師の依頼が来る事になったいきさつには不思議な縁を感じます。家政大付属中学のPTA行事で護身術を習おうという事になり講師を探していたところ、保護者の中に“弘明先生の奥様(教師をしていらした)の教え子”がいらして、小林道場に聞いてみようという事になったそうです。又、それとは別ルートでたまたま上板橋道場のチラシを持って来た保護者が居たたそうです。二つが同じ道場とは知らず、先の話がダメだったらチラシの道場にお願いしようという話になっていたそうです。どちらにしても小林道場に話が来る定めになっていたという事です。

片手取り 家政大は女子校らしく華やかな雰囲気でした。案内された体育館にはもちろん男子更衣室や男子トイレは無く、弘明先生は美女軍団と一緒にに女子更衣室でお着替えになることに(一応ツイタテ代わりのロッカーはありましたが)。講習を行う部屋に行ってみると小さなマットが三つ敷いてあり、これでは20人が運動するのには無理があったので急遽下の階から重さ70キロの大きなマットを皆でやっと運び上げてみたら、マットの割りに体育室の戸が小さく、どう押し込んでも入りません。しかし、こんな時でも弘明先生は慌てず戸を取り外しマットを搬入する事が出来ました。

受け身 参加者は殆どがお母さん達。柔軟運動に始まり片手取り、胸取り、後ろ片手首締めなど襲われた場合の対処の仕方が指導され、皆さん楽しんで体を動かしていらっしゃいました。面白かったのは、参加者から一教の最後の決め方について「キュウリの板ズリ(キュウリに塩を振り、まな板の上で押しながらゴリゴリする調理法)みたいにすれば良いんですか?」という質問が出たり、「これは覚えておくと夫婦喧嘩の時に使える!」などと言いながら練習していたところです。主婦ならではの発想です(^_^;)。

首締め あっと言う間の楽しい講習会でした。これが合気道に興味を持つきっかけになり、楽しさを知ってもらえたらいいなと思います。きっと板ずりの上手な強い主婦が増える事でしょう。

小平道場 高橋倫子

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November 12, 2011

矢野勝久氏を囲んで

 一時帰国していた小平道場の矢野勝久さんが日本語教師として本格的に中国に行かれました。
向こうで小林道場を開くと意気込んでいます。その壮行会が先日行われました。

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 10月15日(土)に矢野勝久さんの送別会が行われましたのでご報告致します。
皆さんご存知のことと思いますが、中国へ日本語を教えに行かれている矢野さんが、ビザの関係で一時帰国されました。
 今までは中山(中国の)という所で活動されていましたが、「楽しいよ!すばらしいよ!
一度来なよ!」と言われる矢野さんのお話し、日常生活のことなどを聞きたい、聞かせて欲しいということで、道場長をはじめ20名の有志の方々が集まり盛大に行われました。

F1000089
 また一時帰国という短い期間の中で、すぐに皆さん(飲み会好きの人を多く含む)が集まるという、小林道場の結束力・団結力にはいつもながら感動致しました。

 矢野さんの向こうでの食生活は外食が中心で、ビール4元(約40円)と色々な定食12元位(約120円)のセットが定番のようです。また、電気は通じているが洗濯機がないのでタライで洗濯をしているそうです。
 洗濯で思い出したのですが、中国の方の肌着は圧倒的に赤が多いということで、中国の方にとって赤という色は特別なカラー‥?なのかもしれません。
 中国の学生さんに日本語を教える傍ら、課外活動で合気道も教えていらっしゃるそうで(ご自身の稽古相手として…笑)、矢野さんらしくパワフルで活動的な充実した日々をお過ごしのようでした。

F1000081 小林先生からは海外でのご指導経験から、様々な習慣や考え方などの違いについてお話し下さり、先生よりずっと体格の大きな海外の方を承服させた武勇伝では、最高に盛り上がらせて頂きました。
いつもながらとっさのご判断と行動に皆感じ入っている様子でした。また臨場感あふれるお話しをお願い申し上げます。

矢野さんの次の赴任先:珠海(じゅかい・マカオから車で1時間位)の広東科学技術職業学院
出発日:10月31日(月)   来年1月下旬には一時帰国予定です。
スカイプ名:yanochan5 矢野氏「小林道場のこと、皆さんの近況などコンタクト待ってまーす。」

小平道場:岸田宏喜 記

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November 08, 2011

岩井合宿を満喫してきました!

10月に行われた岩井合宿に参加された東村山道場の氏家さんから感想文が届いていますので、ご紹介します。

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 東村山道場所属の氏家です。氏家というとほとんどの方が娘の典子を思い浮かべると思いますが、私は母親です。娘は合気道暦18年ですが、私は10年です。
そして先月(9月)からもう一人の氏家が府中道場に入会しました。娘にとっては「はとこ」、私にとっては姪のようですが氏家家の三人が小林道場にお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。(下の写真です)

ujiie 今回の岩井合宿に参加することになったのは、その姪の「参加してみようかな」のひと言からです。私にとっての岩井合宿のイメージは遠くて学生の合宿のようなキツイもので、体力のない私には無理と思っていましたが、今回は一泊で参加者も少ないようでしたし、娘も久し振りに参加したいという気持ちになったようで私も誘われました。

 参加を決めたのは締め切り直前でした。そして申し込みはしたものの、私はどのコースで稽古をするかで悩みました。一応袴ははいていますが(初段です)審査後は週一回の稽古になり休会の時期もありました。そして今年に入って足を痛めて休むことが多かったので、初段の技はもとより全てがうろ覚えで体力は以前より落ちてしまいました。通常のクラス以外ではほとんど稽古をしていない私にとって岩井合宿は他の先生方の指導を受けられる絶好の機会と思い、受講するコースを決めました。もし次回昇段審査を受けるなら必要となる組杖のクラスと荒井俊幸先生と白川勝敏先生の特別講習(師範稽古)のクラスを選びました。組杖のクラスは合宿前に担当の小柳先生に「ゼロからのスタートですが大丈夫でしょうか?」と確認しましたら、勿論OKということで安心しました。
合宿当日は好天に恵まれ、車で北原館に向かいました。到着して手続きをしたら、三人で一部屋というゆったりした部屋割りだったので集合時間まで休養できました。
集合場所は宿舎から徒歩2分ほどの体育館で、道着姿の参加者が少し緊張した面持ちで集まっていました。そして道場長の挨拶、副道場長の稽古の説明の後、集合写真を撮り、コースに分かれて稽古が始まりました。

 組杖のクラスは13人、その中で動きを覚えていない人は私の他に二人いたので少し気が楽になりました。一本目からゆっくりとわかりやすく指導していただき、受けと取りを交代しながら進みました。私はなかなか覚えられず、先生に注意されながら、隣の人を見ながら、組んだ人に聞きながら一通り7本目まで終わりました。組んでくださった方、私の質問の多さにも関わらず付き合っていただきありがとうございました。一時間の稽古では駆け足のようでしたが、今後はDVDを参考に少しずつ思い出して自習が出来ると思います。

shugo 二回目の稽古は荒井先生のクラスでした。始めに「イザナミ」「イザナギ」のお話があり、それから技の説明と稽古です。稽古をしていて「イザナミ」「イザナギ」とは技の説明だったのでは、と思いました。イザナミとは動く、イザナギとは静まるという意味があると聞いたことがあります。動と静の繰り返しで物事が進んで行くならば、それに合わせることで相手とぶつかることがなくなり、無駄な力は必要ないということに思い至りました。たぶんできる人は無意識にやっていることなのだと思いますが、私のようにぶつかってしまうことが多い者には有り難い説明でした。
夜は全員が集っての懇親会。私は少し疲れていたので10時頃には部屋にもどるつもりでしたが、普段あまり話をしたことのない方、初めてお会いした方々の話を聞いているうちに時間が過ぎてしまい、終わり(11時)まで楽しんでしまいました。先生方はあちらの輪、こちらの輪を巡ってくださり、私も一緒に歓談させていただきました。いつものことのようですが宮崎(大学)や海外からも参加されている方がいて、その熱意には感動してしまいます。

 二日目は5時半に起床して海岸を散歩しました。元気な人はランニングです。早朝の海岸は爽やかで体がリフレッシュされました。その後全員で体操をして宿舎に戻り、道着に着替え、道場長直々の朝稽古でした。体育館に移動中、姪がどうしたらいいのかと心配そうだったので「大丈夫、できることを一緒にやろうね」と話していたのですが、準備体操が終わった時、道場長が「初心者の人の指導は山脇先生にお願いします。」と言ってくださり、姪もホッとしたようです。全員での稽古も白帯の会員さんを順番に呼んで要望を聞き、それを全員で稽古するという初心者も上級者も楽しめる稽古で、道場長の配慮が感じられる内容でした。この朝稽古を終えた姪が「道場長の存在感は圧倒的ですね。」と初めての道場長稽古に感激していました。

 朝食の後は白川先生のクラスに参加しました。初めに日本の文化の話があり、日本では二つの物があるとその二つは平等ということは無く、必ず差があると考えるそうです。その差は上位と下位となり、右と左では左が上位で右が下位と決められていたそうです。手足を使う場合、下位の側から動かすという説明もありましたが、状況によっては下位が左右逆になるそうです。ここから帯の結び方の話になり、帯の両端には合気道と名前の刺繍がしてありますが皆さんはどのように結んでいますかという質問がありましたが、ほとんどの人が無意識に結んでいたようです。先生のお話では上位下位を考え合気道の刺繍を左側、名前を右側にし、名前だけの帯では名前の方を左側にします。このように決められていることによって迷うことが少なくなるということでした。この話を前提に合気道の技の説明に入りましたが、相手と組んだ時には状況によって上位と下位の手足が決まります。その時上位の手を動かそうとすると相手とぶつかってしまいなかなか動かせませんが、下位の手を使うと抵抗なく動かすことができます。これは杖取りで稽古しましたが、本当に軽い動きで相手を崩すことができました。特に女性は力が弱いのでこのことをしっかり身につけてくださいと強調されていました。1時間半(自習時間も含め)のクラスでしたが、お話と4つの技を時間をかけて稽古することができ、私にとってはとても贅沢な経験をすることができました。
この合宿では新たな学びもありましたし、普段の稽古で指摘されていたことを再確認することもできました。これからの稽古で目指したいことも見つかり、思い切って参加して本当に良かったと思っています。

 娘が受けたのは三回とも特別講習でしたが、荒井先生の稽古は以前にも二回受けたことがあり難しいお話だと思っていたのが今回は半分位わかったような気がして自分の理解力が高まったのではないかと嬉しく思ったようです。白川先生の稽古は初めてでしたが、力の弱い女性向けの稽古は楽しかったそうで、久し振りの岩井合宿に満足していました。
姪と一緒に稽古をしていろいろと教えてくれた、唯一小学生参加のなつみちゃん(昨年も岩井合宿に参加された立川の安田さんご夫妻のお嬢さん)ありがとう!姪もとても楽しかったと喜んでいましたよ。
先生方はじめ参加された会員の皆様には大変お世話になり本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

東村山道場 氏家みち子


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September 12, 2011

千回稽古

 合気道小林道場では1000回、1500回、2000回と稽古回数を達成した人に記念品を与えてその努力を称えています。道場としては出席状態を管理していませんので自己申告です。以前は記念の盾を出していましたが、最近は道場長の色紙が欲しい人が多いので道場長の書にしています。戸田東合気道会の鈴木氏から稽古出席1000回に達したと下記の投稿がありましたので掲載致します。
 皆さん稽古日数を数えて、ぜひ申請して下さい。

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鈴木親子1


私は小林道場に入門させて頂いて7年半が経ちまして、9月3日(土)の戸田東教室での稽古で稽古回数が1,000回に達しましたので報告させて頂きます。直接の指導者である合気道増田道場 道場長 増田学師範が南越谷に新道場を開設された年に稽古1,000回を達成できてとても嬉しいです。
私は、平成16年3月に入門させて頂いた訳ですが、思い返せば色々なことがありました。
 古傷のあった右膝を2度も痛めてしまって半身半立・座技が出来なくなってしまったことや、胃と食道にポリープが出来易い体になってしまったこと。ポリープに関しては、今も半年に1度、定期健診を受けています。
 
 本当に、一時は合気道を続けさせて頂くのを辞めようかと考えた時期もありましたが、平成23年9月で75歳になられる道場長が、誰よりもお元気に、そして、誰よりも楽しそうに合気道の指導を行っている、お姿を見せられては、30歳も若い私が稽古を続けない訳にはいきませんでした。そんな道場長のお姿に惹かれて、皆さん、道場長の下へ稽古にお伺いするのでしょう。
 私は、そうです。
 そして、今、娘達が「パパみたいに黒帯になりたい!!」と言って、学校がある日でも上板橋道場や増田道場 南越谷道場の夜の稽古に付いて来たり、休日でも小平道場と増田道場 南越谷道場の早朝稽古、また、所沢道場・府中道場・東村山道場・和光合気道会の稽古にも付いて来るようになりました。今後も稽古に精進し、有段者として、微力ながら合気道の益々の普及に尽力すると共に、後進の育成・指導にも知力を尽くします。
1000回記念として道場長から色紙を頂戴できるとのことですので、これは、あくまでも私の希望ですが、最近、戸田東合気道会では親子会員が、どんどん増えていることや、特に、戸田東合気道会の会員の方々、週1回稽古の各道場の方々には、日々、根気と希望を持って稽古して頂きたいなどの理由から、色紙は、戸田東合気道会の稽古場である、戸田東中学校の柔道場で稽古時に頂戴できると大変嬉しいです。週1回稽古の道場では、初段を取るのに10年近く掛かってしまいます。それでも、日々稽古に精進すれば稽古1,000回出来るのだ!有段者になれるのだ!という根気と希望を持って頂きたいのです。ご多忙のこととは存じますが、ご検討の程、よろしくお願い申し上げます。
私が稽古に伺わせて頂いた時に、懇切丁寧に指導して下さった小林保雄道場長・小林弘明副道場長・合気道増田道場 道場長増田学師範を始めとした師範・指導員の方々、また、小林道場以外の道場の代表者、師範・指導員の方々には、この場をお借りして改めてお礼申し上げます。
 ありがとうございました。

戸田東合気道会 鈴木 保行


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September 08, 2011

鈴木 康真 先生を囲んで

 9月3日(土)に鈴木康真先生の送別会が行われましたので、ご報告します。

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 皆さんご存知のように、鈴木康真先生は国際協力機構のシニア・ボランティアとしてシリアに派遣されましたが、現地の政情不安により、およそ2週間の派遣期間で帰国されていました。

鈴木 このたび新たにヨルダンに赴任地が決まり、9月6日(火)に出発ということで、9月3日(土)に、鈴木先生ご夫妻を迎えて送別会を行いました。ヨルダンはシリアの南隣りで日本の四分の一ほどの面積です。王国であるために治安は良いということでした。

 出発前に飲み会をしましょうということで声をかけましたが、道場長・笠原先生をはじめ18名の有志の方が集まり、小林道場の結束力と飲み会好き!!はいつもながら感動的でした。
 今回の派遣に際しては、奥様も最初から同行され、食事や健康管理など派遣業務のバックアップをすることなど、おしどり夫婦ぶりを披露されていました。

 ヨルダンの合気道事情は3年ほど前に指導員の派遣があった後はブランクがあり、ほとんど最初からのスタートに近いこと、また、道場の手配などは現地の空手の指導員と協力して指導を行うとのことでした。
 鈴木先生は派遣に備えての指導の心構え、現地の方のこと、剣杖などの備品のことなどを話してくださいました。

道場長 小林先生からは周く身近に合気道を愛好している人がいるため、そういった縁でつながりを持てることや指導に関しては自らが実践する事など、これまでの道場運営の経験をお話いただきました。

 合気道の素晴らしさを世界に広めていく事は、合気道を志す者にとって何よりの自己実現につながる事と思い、鈴木先生ご夫妻のこれからヨルダンでのご活躍に心より期待いたします。

小平道場:山本英久 記



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August 31, 2011

たこ焼きボランティア

 先日皆さまにご協力いただいた「たこ焼きボランティア」の報告文を掲載させていただきます。ご協力有り難うございました。

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 この度、「たこ焼きボランティア」計画に賛同して下さいました皆さま、心あたたまる善意にとても感謝しております。
本当にありがとうございました。

6月19日(日)から7月4日(月)までの約2週間、宮城県石巻市の人の繫がりでいろいろな場所で炊き出しをしてきました。

(仮設住宅 3ヶ所 、避難所 5ヶ所、地域 8ヶ所 経費は総額約30万円)

 炊き出し総数は約800食、避難されてる宮城の方みんなには食べてもらうことはできなかったですが、みんなたいへん喜んでくれ、多くの笑顔をいただきました。
 また募金をして頂いた方々の写真を持参して見ていただきました。現地の方々も大変感謝していました。

この「たこ焼きボランティア活動」ができたのも皆さんの善意からなる募金があったおかげです。

細かな活動内容は、関西たこ焼き「流」のホームページの(こんなんです)というコーナーにのせてますので、
ぜひ見て下さい。

ホームページアドレス
http://www.nagare-style.com/

今後とも日々精進して参りますのでどうぞよろしくお願いします。
小平道場所属 琵琶俊二

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府中ブロック別合宿

 府中ブロック合宿が7月23〜24日に行われました。遅くなりましたが、その時の感想を府中道場の吉崎さんに書いていただいたので掲載いたします。

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 府中ブロック恒例の河口湖合宿が、7月23日、24日に行われました。例年4月に行われる合宿ですが、今年は東日本大震災の影響で日程を変更して実施されました。暑さが気にかかる所でしたが、今回の合宿所の道場は周りの木立で日差しから守られ、時折心地よい風が入ることでそれほど暑くありませんでした。

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 全3回の稽古では、剣杖の当たる間合いの確認、全力の速さで出された突きを入身・転換・回転で捌く、入身投げを丁寧に行う等、基本の確認が集中的に行われました。通常の1回の稽古では基本だけをテーマに行われることは滅多にないことなので、非常に興味深い稽古となりました。
 個人的には、剣や杖では攻撃すれば届かず、次に間合いを意識すれば相手の頭の更に後ろを叩き、速い突きは当たることしばしばで、入身投げは形以上の奥深さを感じ、といろいろ思い知らされることとなりました。でもこれが面白くてたまらなかったのですから、合気道の奥深さを再認識するやら、自分の合気道へののめり込み具合に気づくやらという2日間でした。

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  さて、河口湖合宿では初日夕食後の懇親会は稽古のひとつに数えられるくらい重要なイベントで、例年大変な盛り上がりを見せる(あまりに盛り上がりすぎて時折宿の人に注意されるのは秘密です)のですが、今年は参加者が18名といつもより少なめだったこともあってか、日本酒とワインで参加者同士がゆっくりと語らう、しっとりとしたオトナの懇親会となりました。それでも、数名の方遅くまで飲んでいらしたようですが、翌日の朝6時半の稽古に全員そろうのですから、何とも皆さんお元気です。
最終日の稽古の後は、恒例の小柳先生の演武に加えて、今回合宿に参加していた尺八奏者である吉祥寺道場のクリストファー遙盟参段に、生演奏を披露していただきました。道場で稽古の後に尺八の演奏を聞けるという「日本づくし」とでもいうべき、得難い経験でした。この場を借りてお礼申し上げます。

 私は、小林道場のような町道場で稽古することの良さのひとつに、職場や学校を離れた人との交流があると思っています。そして、その良さが一番発揮されるのが泊まりがけで稽古を行い、交流を深める合宿であろうと思うわけです。
稽古には来ているけど、まだ合宿に参加したことがないという皆さんはぜひ合宿に参加してみてください。来年の河口湖合宿が更に盛り上がることを期待しています。

府中道場  吉崎大介初段 記


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June 27, 2011

合宿初参加にあたって

 先日行われた嬬恋合宿に参加した、小平道場・戸部さん(写真)の感想文を掲載いたします。

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1 はじめに
 初めまして、小平道場に所属している戸部陽介と申します。入門してから約1年半が経とうとしています。
 この度、初めて小林道場の合宿に参加させていただきましたので、誠に僭越ながら感想文を寄稿させていただきたいと思います。
なお、本感想文は、合宿未経験の方を意識し、時系列順に体験をつづらせていただき、感想文というよりは体験文の性格が強いとは思いますが、合宿についての紹介文になればとの思いで、文章を書いていきたいと思います。

2 初参加へ
 まずは合宿に参加した動機からお伝えしたいと思います。
もともと、私は運動神経と覚えが悪く、そのうえ稽古も「可能な限り出る」とは心がけてはいますが、最近は稽古に思うように出られず、来る昇級審査に向けて何かせねばと気持ちが焦っていました。そんな折に「小林道場嬬恋合宿」のお知らせがあったのです。
しかしながら、合宿って相当厳しいのかな、稽古でついていけなかったらどうしようなどと、なかなか「合宿参加」に踏み切れないでいました。そこへ、小平道場所属の奥村さんが「戸部さ〜ん、出頭めいれ〜い」と軽い感じで、嬬恋合宿の案内状を持ってきてくれたので、なんだか躊躇している自分の背中を押してくれた気がして、思いきって参加してみることにしました。また、小林道場長の「土日は忙しい?」とのお誘いも、なんだか緊張をほぐしてくれる一言であり、行ってみようとの気にさせていただきました。

3 出発
 さて、嬬恋村へは他の参加者の方々と共にバスで行くことになりました。バスで参加される方の中に、普段道場でお顔を拝見している方もいらっしゃいましたが、いわゆる仲の良い友達がいないため、バスなかで「このままどうなってしまうのか」と不安と寂しさでいっぱいだったのは事実です。車内にてバスの出発を待つ間、いつの間にか寝てしまっていました。目が覚めたのは、休憩とお弁当の購入を兼ねて立ち寄った横川パーキングエリアだったと思います。
 再びバスは嬬恋村に向け、出発いたしました。これまで寝ていたとはいえ、失礼ながら、所沢を出発してから隣の席に座っている方と特段挨拶をしておりませんでした。お隣に座られていた方は、上板橋道場所属の東城さんでいらっしゃいました。その後の嬬恋村への道中、東城さんから様々な興味深い話を聞くことができました。合気道の心構え、そして文武両道とは何かなどなど。東城さん曰く「戸部さん、健康の秘訣は何かわかりますか?健康の秘訣とは、家庭円満ですよ」。味わい深い一言でした。また、ご存知の方も多いとは思いますが、東城さんは詩吟の達人でもあります。合気道と詩吟のかかわりについてのお話は、普段聞くことのできない、貴重なお話でありました。合気道の稽古自体は始まっていませんが、既に合気道の合宿は始まっている。そんなことを感じさせるバスの車内でした。

4 初日稽古
 午後過ぎたあたりだったでしょうか。バスは宿泊地の嬬恋村のペンションに到着いたしました。とても清潔感のある綺麗なペンションで驚きました。
部屋はいわゆる相部屋で、部屋を共にするのは、立川道場に通っていらっしゃる吉野さんという方でした。吉野さんも私と同じく合宿初参加ということでしたので、お互い不安なもの同士、急速に心が分かち合えた気がしました。二人の合言葉は「無事に東京に帰ろう」だったと記憶しております。
 合宿初日の稽古は、嬬恋村の県立高校で行われました。大きな体育館ではありましたが、概ね100名の参加者で、道場は熱気であふれかえっていました。緊張のあまり、具体的にどのような技を教わったのかほとんど忘れてしまいましたが、体術、剣、杖まんべんなく、それでいて各人のレベルに合わせて指導員の方々が指導して下さったので、自分の苦手分野の克服ならびに、得意分野の更なる研鑽に励むことができる充実した稽古でした。これが、合宿稽古の醍醐味のひとつであると思います。
 稽古後は、温泉でリラックスさせていただきました。余談ながら、群馬県は全国有数の名湯場でもあります。良いお湯に、良い景色、また露天風呂に小雨が降っていたのも情緒を煽り、来てよかったなと感じました。

5 パーティ
 皆様ご存知の通り、嬬恋合宿は今回で10周年という節目を迎え、私は偶然にも非常におめでたい会に立ち会うことができました。10周年という記念にあたり、国内からは群馬県や京都府からお祝いに駆け付けた合気道関係者の方々、また海外からも多くの祝電が寄せられるなど、小林道場のスケールの大きさと、懐の深さを感じました。
 嬬恋道場内で行われた10周年記念パーティに花を添える数多くの美味な料理とお酒と共に、偶然隣に居合わせた方々と合気道や合気道以外の話で盛り上がり、楽しい時間は瞬く間に過ぎて行きました。行きのバスの中で東城さんが「光陰矢のごとし」とおっしゃっていたのが、なぜか思い出されました。

6 朝稽古そして最後の稽古
 朝稽古は昨夜のパーティ会場でもあった嬬恋道場で行われました。昨夜は、嬬恋道場周辺は真っ暗闇であったため、道場の周辺がどのようになっているか分かりませんでしたが、小川と緑の自然に囲まれた、とても「気持ちの良い」道場でありました。嬬恋道場で稽古をすると、合気道と自然の相乗効果で、体が浄化していく、そんな気持ちにさせてくれる、清々しい朝稽古でありました。
 朝稽古で気持ち良い汗をかいた後の、朝食も最高においしかったです。パンはペンションの方が手作りで作ってくれているらしく、なるほどみんなおかわりする理由がすぐにわかりました。
 合宿最後の稽古は、初日と同じ高校の体育館で行われました。体術の指導は、群馬県合気道連盟の荒井先生が行い、準備体操のやり方や体術の指導方法が、小林道場とは少し違うので、合宿ならではの新鮮さを味わうことができました。例えば、指導において「八百万の神と合気道について」「相手の中心を意識する合気道について」など、技の指導の合間にいわゆる講義がなされながら指導が進められていったなどがあります。
ひとえに合気道といっても、いろいろな合気道があり、普段と違う合気道を経験することで自分の合気道の高みを目指す。そのように感じられたのも、合宿の醍醐味であるかと思います。

7 最後に
 合宿から数日経った稽古にて、小林道場長から「戸部さん、合宿参加にあたってのブログをお願いします」とのお声かけをいただき、「はい」と即答はしたものの、どのように書こうかと考えておりました。そこで、思いきって職場の元上司で、私を合気道の道に導いてくれた阿部さん(小平道場所属)に相談してみたところ、「合気道の本を一冊読んでから臨みなさい」と更なる課題をいただく結果となってしまいました。
 合気道の本は読んだことはありませんでしたが、良い経験となるとも思い、小平市中央図書館で「すばらしい合気道(植芝吉祥丸著・昭和59年発行)」を借りましたので、この本の中から一説を引用してこの感想文をむすびたいと思います。

「元来、合気道では勝敗を争う試合を行わない。互いに争うことなく、自身を練磨することに専念できる。厳しい中にも和気あいあいと肌を触れ合い、汗を流し合う、練習を通じて、友愛、友好をわかちあい、深めあうことができる。合気道は人間交流のきずなとしても役割を果たしている」。
 
 思えば、今回の合宿では多くの方々と知り合うことができました。皆様と知り合えたことは私にとっての財産である。私自身を練磨し、私自身も皆様にとって深めあうことのできる存在になれるよう精進してまいりたいと思います。
最後に、合宿でお世話になったすべての方々にこの場を借りて、感謝の気持ちを述べたと思います。
 ありがとうございました。

小平道場 戸部陽介



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June 23, 2011

嬬恋道場十周年記念合宿

 6月18〜19日まで、恒例の嬬恋道場合宿が行われました。今年は嬬恋道場十周年として、盛大に行われました。合宿の時にいつもお世話になるペンションのオーナーで、嬬恋道場の会員でもある岡村さんに合宿の感想を書いていただきました。

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okamura 私は嬬恋道場に所属の岡村と申します。嬬恋合宿では私どもの宿をご利用頂きまして小林先生、弘明先生や会員の皆様いつも大変お世話になっております。

 さて、嬬恋道場で山脇先生のご指導を受け、約10年が経ちまして、10年間の思い出や合宿でのエピソードなど書かせて頂きたいと思います。
 友人から合気道をやらないかと誘われ、子供クラスがあるし、自分がやらないまでも子供やるのではないかと思い道場を訪ねました。天井の高い太いはりが通った木造の道場、大きな窓から飛び込んでくる景色、とても気持ちのよい空間でした。先生は子供クラスを指導されておられ、テンポの良い補助体操に子供達が夢中になっていました。娘も息子も即入会し、「お母さんもやろうよ」と言う事になり、
子供達と共通の話題もできそうだし、友人も一緒なら何とかできるかなと思い私も始めることになりました。一年先に入会している先輩を含め武道など全くやった事のない数名の婦人クラス、先生には合気道だけでなく袴のたたみ方や道場での決まりごとについても教えて頂くこととなり、今にして思うと顔から火が出るような失態も数多く、先生がよく何もおしゃらずに我慢してくださったと思うばかりです。

 産休後赤ちゃんを連れて出で来るママさん会員、子供連れで来る会員、私のような体より口が動いているおばさん会員、大人クラスは赤ん坊の泣き声、騒ぎ出す子供とそれを怒るママの声、ママの稽古中お弁当を食べる子供達、たまにカレーや焼きそばの香が道場中に広がります。男性会員は黙々と稽古をするのですが女性会員は途中で子供の世話をしながら稽古をしていました。
 稽古の後お茶を頂きながらつい自分達のおしゃべりで盛り上がってしまうおばさん会員、こんな女性会員を抱えた嬬恋道場です。同時期から今までやってきたメンバーともよく話しますが、こんなに続くとは自分でも思わなかったし、山脇先生でなければ続かなかったかっただろうと。
本当に先生有難うございます。

嬬恋道場が発足してから程なくして、東京から小林先生、弘明先生や小林道場の会員の皆さまが合宿として来られるようになり、美しい技に感激し、一緒に練習したり教えて頂いたりすることが私達の楽しみになりました。それと同時に初心者で手のかかる私達に親切に教えて下さり、審査が近い時などわざわざ東京から来て稽古の相手をして下さった皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

 個人的には合宿の時に先生方も会員の皆さんが、和気藹々と飲んだり、話たり、先生方がお酒をついで回ったりする光景を見ているのが、主人も私も大好きです。
 小林道場長の道歴50周年の時や合気道小林道場40周年の盛大なパーティの中心で、お祝いを受ける先生のお姿を拝見すると合気道を始めて数年の私でも、先生がとても偉い方なのだという事は判りました。それにも関わらず、こうして大勢で座を囲み、会員の皆さんとお酒お飲み、話し、笑い、時には明治大学の校歌を大合唱して、最後に後片づけの号令までかけて潮が引くように会が終っていきます。これは合宿が始まって以来全く変わりません。「あんなふうに出来る方達は少ないよ」これは主人の口癖です。

 小林先生、弘明先生の和を大事にし、縁を大事にし、人を大事にする姿勢、また奥様の細やか気配りには同じ女性としてはっとすることも多く、私は主人とお付き合い頂いている方々にこんな風に出来ていただろうかと考え直すことが多々あります。
 この10年を通して教えて頂いた事は合気道だけではなかったように思います。これらの指導していただいた沢山の事を忘れずに今後も嬬恋道場で仲間達と稽古に励んでいけたら幸いです。

 最後に毎年私共をご利用頂きありがとうございます。主人共々重ねてお礼申し上げます。

嬬恋道場 岡村理恵

嬬恋合宿の写真はこちらからご覧下さい。



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June 14, 2011

インドネシア講習会報告

 インドネシア五周年記念講習会に参加した小平道場の加藤さんから、報告文が送られて来ましたので掲載いたします。

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DSC04518

写真:加藤さん(左)

 2011年4月30日インドネシア、バンドンで行われた小林道場5周年記念講習会に参加させて頂きました。詳細につきましては弘明先生がブログに載せておりますので、個人的な感想を書かせて頂きたいと思います。

 今回の体験は、合気道の講習会に来たというよりも「道場長と行くインドネシア・ハプニング珍道中」という趣きでした。
 講習会当日、時間通りに会場に到着すると道場長はスター扱いで芸能人のような写真攻撃にあい、我々は隅っこのほうでそんな光景を眺めていました。しばらくすると写真攻撃も納まってきて、更衣室?のような場所で道着に着替え、さぁそろそろ講習会が始まるぞぉと思ったところで最初のハプニング発生です。会場を見ると時間をとっくに過ぎているのに、まだマットが敷き終わっておらず、講習会が始められません。大丈夫なのかなぁこの人達と思い、周りのインドネシア人達を見ていると誰1人として焦っている様子は見受けられず超マイペースという感じです、そんなこんなで予定よりだいぶ遅れて講習会が始まりました。

 和気あいあいとした雰囲気の中、体術の稽古からスタートです、1度休憩を挟み後半は剣杖です、そしてここで次のハプニングが起きました。道場長が、剣杖基本、剣合わせ、杖合わせ、組太刀、組杖と、全体を5つのグループに分け、「じゃあ杖の合わせ加藤さん指導して」と言うではありませんか、聞いてないよぉ〜とあたふたしていると、すぐに指導開始です。
 どうしたものかと思い思案していたのですが、とりあえず相手見つけて勝手にやらせて、分かんなかったら聞いてというスタイルで始めました。
 すると、しばらくしてどこからともなく先生と呼ぶ声・・・パッと振り向くと私の事を先生と呼んでいるではありませんか、俺は先生ちゃうっちゅ〜ねんと思い英語で「私は指導部の人間ではない、あなた達と同じ一般会員の1人です、だから先生と呼ぶな」と言ってみたのですが、いまいち伝わらず、もういいや先生で、と割り切って指導しました・・・。

DSC04608 そんなこんなで講習会も終わりその後は現地の方の昇段審査です、さぁのんびり見学させてもらおうと思っていたら、ここでまたまた次のハプニング発生です、弐段の審査を受けるアリさんという方から審査の受けをやってくれないかとの依頼です、今回の講習会は幾つかの団体が参加しているとの事でしたので、アリさんの道場は規模が小さくて受けを取る人がいないのかなぁなんて思って話しを聞いてみると、インドネシア国内6都市40ヶ所以上に道場があり、会員数は1000人以上いるとの事です、しかもアリさんはそこの指導部にいるとの事、そんなにいるなら、いくらでも受け取る人いるだろぉ〜、突然、初対面の人に頼むより、ふだん一緒に稽古してる人に頼んだ方がいいんじゃないかぁ〜と言ってみたものの、剣杖の受けがイマイチで何とか剣杖だけでもと言う事なので渋々了解しました・・・・が、結果的にはとても良い経験になり、アリさんに最後の日空港まで送って頂き、その上、個人的にお土産まで戴きました。

 そんなこんなで昇段審査も終わりその後は演武会です、さぁ今度こそのんびり見学させてもらおうと思っていたら、またまたハプニング発生です。時間の都合により演武会は中止との事、しかも何のアナウンスもありません。現地の人にとって道場長の演武を生で見る機会は貴重なはずなので、さすがに文句が出るんじゃないかと思いきや誰も文句を言いません。うぅ〜ん、まっいっかもう遅いし、この後は温泉行く予定らしいから早く着替えて温泉だぁ〜と思っていたら、温泉も中止、翌日早起きして行くことになりました。結果的には翌日のほうが天候も良く正解でしたが、何ひとつ予定通りにいかないインドネシアの人達に振り回された1日でした。

 でも細かい事は気にしないインドネシアの文化のほうが、年間3万人以上の自殺者を出す日本よりずっとストレスが少なくて良いんだろうなぁ〜と、人生の豊かさはお金の豊かさとイコールではないなぁ〜と、改めて気づかされたインドネシア珍道中でした。

 最後に、約¥2000の講習会費払っていませんが、細かい事は気にしないと言う事で・・・・。


小平道場 加藤秀和 記

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May 19, 2011

インドネシア5周年

 4月29日〜5月5日まで、インドネシアに行ってきました。今年はインドネシアに合気道小林道場が発足して5周年という事で道場長と私、小平道場の神田先生、加藤さん、東村山道場の渡辺さん、和光教室の佐藤さん、6月から仕事を辞め中国で第二の人生を歩む矢野さんの総勢7名で交流を深めて来ました。

 記念行事の講習会はジャカルタから約200キロ弱離れた高原都市バンドンで行われました。バンドンは1955年にバンドン会議が開かれた事でも有名な所です。講習会には約160名が参加し、みな道場長との稽古に時間を忘れて楽しんでいました。講習会の後半は日本から参加した有段者にも手伝ってもらい、剣や杖の基本から組太刀、組杖まで熱心に稽古しました。稽古後は昇段審査が行われ、初段11名、弐段1名、参段2名、四段1名が新たに誕生しました。
 道場長のインドネシア訪問は20年ぶりとなり、20年前に道場長の稽古に参加した人たちが組織の垣根を越えて数名参加していました。私としても昔の生徒が今でも合気道を続けていて、会いに来てくれるのは大変うれしい限りです。指導者冥利につきると行っても過言ではありません。

 インドネシアは私にとって第2の故郷とも呼べる場所でもあり、家内と出会った場所でもあります。また、大学院の時の研究テーマでもあります。
 インドネシアといえばバリ島とか初代大統領の自称第三夫人であるデヴィ夫人(本当は第五夫人らしい)が有名ですが、インドネシアと日本の結びつきは皆さんの想像以上に深いものがあります。首都ジャカルタには1万人以上の日本人が暮らしていて、日本料理屋や居酒屋などがたくさんあります。高級な日本料理屋では、毎日食材を日本から空輸していて値段は高いですが日本と同じものが食べられます。現地の港で魚を仕入れている安めの寿司屋などもありますが、インドネシアの生活に慣れてからでないとそういう寿司屋には行けないというのが暗黙の了解になっています。

 インドネシアは東西に広く3万以上の島々からなっています。東の端から西の端まではアメリカ大陸より広いので、その大きさが分かると思います。300種類ぐらいの違った民族があり、言葉も300種あると言われています。現在はインドネシア語が共通語です。日本がインドネシアを統治するまではオランダが300年以上統治していました。日本統治後オランダ語が禁止されたため、インドネシア語が急速に国民の間に広がり、インドネシア人としての自我が形成される下準備となったと言われていいます。
 
 その他にもインドネシア青年に軍事教練をする事により、日本敗戦後のオランダとの独立戦争を戦う兵力が養成されたり、積極的にインドネシア人を徴用した事が独立後の政治を行う基礎となったりしました。それまでオランダはインドネシアで搾取しかしていなかったので、その事に関しては日本に感謝の意を表しています。
 その気持ちの表れとして、日本がポツダム宣言を受諾した2日後の1945年8月17日にインドネシア共和国としての独立を宣言しましたが、その宣言書には西暦ではなく、皇紀2605年8月17日と書かれています。

 独立宣言後にもインドネシアはオランダとの独立戦争を戦いました。その時に多くの残留日本兵もインドネシア独立のために戦い、何名かは英雄墓地に埋葬されていますが、そのほとんどは身元も確認されないまま弔われていません。
 この話に興味がある方はこちらをご覧下さい。

 インドネシア訪問の写真はこちらです。

小林弘明 記

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