吉祥寺道場稽古再開総師範指導@龍光寺道場 

July 23, 2018

総師範指導@龍光寺道場 

 先日は、龍光寺道場にいらして頂き、ありがとうございました。
きっかけは、新しく作った道場の正面を決めるのに、何か足りなくて、小林先生に見て頂きたいというのが私の願いでもありました。

私が小林道場にいた頃は、いつも先生がすっきりと何でも決断されている姿を目にしていたので、近くにいる私たちも気分が良くて、当たり前の道場風景がありました。
 
ここはまだまだ道場とは名ばかりです。小林先生の書「合気道」の掛け軸を使わせて頂くに当たって失礼がないか確認がてらの報告に私の甘さが伝わってしまい、今回いらして下さったのでしょうか、本当に有難くて感動の一日でした。

新しい道場というのは元学校法人として、和裁洋裁学校だった建物が全盛期から30年近くそのままで、一部場所貸しはしていたものの、頑丈に作られた、トイレも水道も出る建物です。
それが埃だらけで管理のされてない倉庫では勿体ないという事から始まりました。
現道場は習いに来るのが殆ど子供で、普段は幼稚園のホールを使って身体作りを主に稽古をしていますが、その子たちが中学生になると、体力や受け身は身に付くものの、精神面に置いて大事な時期に入る年頃です。そして、そもそも私自身が、生活に落ち着きがなく整えなければならない部分もあり、日常から離れた空間を作り、皆が気持ちを整えられる場所を作りたかったのです。
 
同時進行でお寺の倉庫化した部屋を応接室、幼稚園の使わなくなった教室を倉庫にするという計画。しかも一人で。
何度、火事場の馬鹿力を経験したか、皆には見られたくない形相です。
一人で出来ないところはまとめて業者さんに頼みますが、道場の畳は息子と二人で並べ、息子は「オレ、力あるー!」と自分で驚く程、家具など大きな物を持ち上げてもらいました。
お寺は、使わない大道具ばかりで私の手の幅では間に合いません。ちょっと誰か〜がいないのです。
見えない所でひたすら机や本棚を一教運動で持ち上げるのみ、もし誰かに見られたら、他にやる事も多く(道場作りは)やらなくていいとストップをかけられてしまうので、形になるまでは手伝い要員も呼べません。また成果を早く見せないと、納得が得られません。
途中、綺麗になり始めた建物を見てあそこは図書室にするとか、宝物館にする案も出ましたが、図書室のスペースを新たに整理中の倉庫に作り、私は道場作りを続行!
人が出入りしてこそ、建物は生きるはず。
畳を並べて4月から大人クラスとして中学生たちが稽古を始めましたが、保護者の大工さんに畳を固定してもらい、気持ちのいい稽古が出来るようになりました。
 
お寺でも、これからどんどん綺麗になっていくのが楽しみと言ってもらえるようになり、ちょっとだけひと安心です。
本来の目的は「お寺に来た人が和める場所を作る」ですので、道場作りは最初の一歩、言い訳でしかないかもしれません。
私は結婚を機に合気道は忙しい生活になるのでやらないと思っていました。
同時に歳を取っても続けられるものとして、高校の時に選んだ合気道が、社会に出て合気道で学んだ精神が充分に活かせると自信を持てるまでに稽古をさせて頂きました。
女性は兎角、結婚によって人生が変わることは有りがちです。
稽古ができなくとも、培った精神力や応用力のようなものは毎日の稽古で人と向き合い触れ合う中で体得しているような気がします。
だからか合気道の仲間はとても安心します。 
みんなも合気道をやればいい!と思ってしまいました。それが道場の始まりです。
小林道場では誰かが道場で指導を始める、地域で演武会をやるとなると皆んなで応援、率先して手伝いに行きました。それがなんとも楽しくて、その思い出が支えになり今の私に力を与えてくれています。


 先生が初めて道場に入り、正面をさり気なく確認していつものように軽く一礼し、畳の上に入るその瞬間、長年の古くて汚い倉庫が新しく道場という名の火が灯されたような…先生の一礼ひとつの所作が、私には、とても綺麗で美しい姿に見えました。
次に、恥ずかしそうに入ってきた息子には、大人のクラスだから見るだけねと前から言って聞かせてたのに、無理やり挨拶をさせている私の横で、これも先生のさり気ない「よーし、じゃあ着替えてこーい」の言葉に、私より早く自宅で道衣を着て、道場に向かうとは驚きの行動で、息子なりに「仲間」の意識が芽生えたのでしょうか。
 
そういえば、先生は先生でありながらいつも私たち会員を仲間のようにして接して下さっていました。
私も息子のように、周りの言葉など気にせず、先生に言われたら素直にすぐ動けば良かったと思う事があります。
先生はいつも全く気にしても無いし、言った覚えもないことだと思いますが、今回の最後に先生をご案内したかった場所、入口にこんな言葉が書いてあったのを私は何度も来てるのに気付かず、内弟子の林ちゃん、それをすぐ目にし、「先生はどっちですか?」と。
孔子の言葉です。「智者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」
先生は、またさり気なく、「水は形を変えるから面白い」と仰っていました。
 
先生はどれだけの変化に対応し行動をしてこられたのだろうかと、私は30年前を思い出しました。
ちょうど小林道場が20周年を迎えるという時に所沢道場へ入門し、小林先生の他、多くの凄い先生方、内弟子さん、先輩方に、運良く道場での稽古で出会い、誰もが憧れるような「将来は合気道の先生に…」などと思うのは一瞬で消え、兎に角、この良い合気道、小林先生の技から発する合気道が長く続いて貰いたくて、応援したい一心でした。
なので、先生という自覚がないまま、今までは指導の経験をさせて頂いていると思っていたので、本当に合気道の先生になるには、これから訪れる覚悟も必要だと思っています。
私は、どのように形を変えていくだろうか?
虚勢を張る自分になる経験もするのだろうか?ガードを固めて、技さえも硬くなってしまう経験もするのだろうか? 嫌われるような言葉を使わなければならない時が来るだろうか?今まで、自分はどれだけ周りの人たちに守られて来たかを、一人になってよくわかり、その都度「役割り」をこなして来た周りの人の気持ちも見えてきました。
 
道場にはいつも本気の人たちがいたという事だと思います。
私の技や姿勢は未熟ですが、いつか龍光寺で合気道を知り、稽古を続ける人にも、私が出会った本当の人たちに出会って欲しい。
私はその観る目を養うまでの繋ぎがせめて出来るだろうかと、がむしゃらに稽古をしたいと思ってます。
それまで皆に会えないと思って頑張ります。
そして、「一人でも多くの人に合気道を」を私も目指します。

今回は、私のような小さな道場にも足を運んで頂き、先生をもてなすとは到底出来ない程、教えて頂く事の多い時間を過ごすことが出来ました。
 
中学生を中心に参加した子供たちと大人一名。1時間の短い時間の中であれだけ汗をかいて、なんか楽しかったと充実した表情の子どもたち。
後で感想文を書いてもらい、小林総師範の事を高齢なのに凄いと、言葉足りな気な文面に、私からも感想を述べずにいられなくなり、小林先生は高齢で凄いのではなーい!という反発心も込めて、先生のご指導はいつになっても変わらず、繰り返しの稽古の中で、もう限界というところの少し先で、次の技に変わります。
 このタイミングが絶妙に凄いんです。 
その場に留まらず、もう一歩踏み出す力を心地よく与えてくれます。
(まだもっと先生の稽古が受けたいな)と涙が出そうでしたが、甘えてる時間はないので、私は前に進みます!!
今回、お忙しい立場であるにもかかわらず、私どもの道場にいらして下さった総師範小林先生、そして小林道場とご家族の皆様には、大変感謝しております。

ありがとうございました。

そして私の主人(副住職)も当日、とても手伝ってくれました。いつも当日のみのお陰で、積み上げていく事の苦労を肌で実感し、苦しむ人を思いやれるようになってきました。
私にはぴったりな主人です。当日6歳になった息子の誕生日にも付き合って下さり、ありがとうございました。

これからも遠くからですが、皆様のご健康を心よりお祈り致しております。

 

龍光寺道場 神宮千津

道場のブログには、中学生1名、高校生1名、6年生1名の文面を送りますが、採用できそうでしたら、幸いです。
子どもが手書きで書いたものを添付するのが良いですか?
活字に変えて送信致しますか?
月曜日に送ります。

追伸 
 小林先生がいらして下さった次の稽古で、中学生が率先して、持ち運べなかった道場に立てかけたまま諦めていた大きな額も、私から梱包の仕方を教わり、大人に声をかけ皆で力を合わせ2階に運んでくれました。
先生の部屋にエアコンも入りました。隣の物置も出来てきて、道場は急展開で良くなります。
お盆では、手伝いの親戚のお坊さんに涼しい部屋を案内したいと思います。道場から始まって皆んなが居心地が良くなるように、近づいてきました。本当にありがとうございます。






龍光寺道場 神宮千津



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